仲間の温かさ
「仁、こっち来ても良いぞ」
劫火は仁の個室に向かって声を発する。劫火の声を聞いた仁は、ゆっくりと扉を開けて、再び劫火の横に座った。
「桜井、ありがとな」
遼は仁に軽く頭を下げる。
「礼を言うなら劫火さんに言え」
そして仁は遼の耳元で、あることを呟いた。
(劫火さんを怒らせると怖いから気をつけろよ)
(今言うことかよ!?)
遼は優しく微笑んでいる劫火を見て、仁の言葉を疑った。
(嘘言うなよ。劫火さんは優しそうな人じゃねえかよ)
(幸せな奴め。そう思っていられるのも今のうちだと思え)
仁は遼の耳元から顔を離し、口を固く閉じた。
「何話していたんだ?」
話の内容が気になる劫火は2人に尋ねるが、2人は答えなかった。
「話は変わるが、西原。抄さんが家族を助けられなかった理由を教えてやる」
遼は真剣な表情を浮かべて仁の顔を見つめた。仁が今から話す内容を察したのか、劫火も少し険しい表情に変わる。
「それを聞くためにここまで付いてきたんだ。納得のいく理由だろうな?」
仁は軽く目を閉じて、遼に真相を話した。
「抄さんは……伊澄真里さんと同じ小隊で、伊澄真里さんと同じレジェンドランク隊員だ」
「え?」
仁の言葉を聞いた遼は一瞬、目の前が真っ白になった。
「姉貴が……伊澄さんと同じ小隊? レジェンドランク?」
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「2人とも毎日戦って飽きないのかな」
真里は小隊部屋に設置されているテレビを使って、抄と宏大の模擬戦の様子を見ていた。
「同じ相手で、同じ戦法同士で戦っていたら、私なら飽きるね」
静佳は自分の考えを述べて、真里の隣に座った。
「似たもの同士。考えることも、飽きを感じないのも一緒なんじゃない?」
映像に目を向けず、悠香は携帯ゲームをしながら言葉をこぼす。
2人の戦いは主に殴り合いだった。抄は自分の体に四色を纏わせ、宏大は一色を纏っていた。拳がぶつかり合うたび、周りに衝撃波が走り、木々や建物は吹き飛んでいった。
「やっぱあんたの拳は重くて熱くて良いね。私を本気にさせる拳だよ」
「お前こそ、速くて威力があって面白いよ。俺の一色をさらに熱くさせる!」
2人は大きく振りかぶって、右の拳をぶつけ合う。再び衝撃波が走り、今度は地面が割れる。そしてお互いの力に弾かれ、強制的に離れる。
「これならどうだ?」
宏大は思いっきり地面を殴り、抄の足下周辺に火柱を発生させた。火柱に囲まれた抄は焦ることなく、体に纏っている四色の雷を周囲にまき散らす。炎と雷はぶつかり合った結果、相殺という形で消える。
「囲んだところで決定打になってないよ?」
抄は不気味に微笑みながら宏大との距離を一気に詰める。腕で防御を試みる宏大だが、抄の回し蹴りが腹部に決まり、宏大は勢いよく建物を壊しながら吹き飛んでいった。
「効くでしょ?」
宏大が飛んでいった方向に抄は声をかけ、瓦礫の中から宏大は言葉を返す。
「ああ……効いたね」
しかし宏大の体は、言葉とは裏腹でピンピンしていた。
「嘘つき」
抄は再び宏大との距離を詰め、追撃を試みるが、宏大の周辺温度が急上昇する。それを感じた抄は追撃を中断し、宏大を睨みつける。
「お前の蹴りのお陰で、火力が上がったみたいだ」
宏大はゆっくり抄に歩み寄る。そして抄は電圧を上げて、迎え撃つ準備を整える。お互いに駆け出し、渾身の一撃を繰り出す。
「うおおおおおおぉぉぉぉ!!」
「はああああああぁぁぁぁ!!」
拳がすれ違い、どちらかの体に当たった瞬間、土煙が舞い、2人の姿が隠れる。
「おお!?」
「相変わらず、決着のシーンだけはかっこいいんだから」
小隊部屋で様子を見ていた静佳と真里は、思わず言葉が出る。
舞っていた土煙が晴れていき、2人の姿を確認できた。2人とも背を向けて、未だに振り返らない状態が続くが、しばらくして1人が地面に膝をつける。
「……クッ! ……クソッ!!」
地面に膝をつき、悔しがる声を上げたのは宏大だった。そして、宏大はダウンを宣告され、電脳チャンネルから除外された。勝利を手にした抄はホッとした表情を浮かべて、電脳チャンネルから離脱した。
「今日は抄ちゃんが勝ったね!」
静佳は自分のことのように嬉しさを露わにし、結果を見た真里は軽く微笑んだ。
「これで894戦中434勝・430敗・30引き分けだね。何とかまた4勝分リードになったね」
「え~抄勝ったの? 勝つと機嫌良くなってうるさいんだよな~」
結果を聞いた悠香は露骨に嫌そうな表情を浮かべる。その言葉を聞いた真里は苦笑いを浮かべる。
「だあぁ~、クソッ! 負けた……」
宏大は転送用のベッドに横たわったまま、悔しさを言葉にした。
「惜しかったね。あと0・3秒速かったら私が負けてたよ」
抄は宏大の転送室に入って、最後の一撃について感想を述べた。宏大は体を起こし、抄に歩み寄った。
「今日もサンキュー。言い訳なしで俺の完敗だ」
「ありがとう。次も私が勝つから」
「次は俺だ」
2人は笑い合いながら軽く握手を交わし、それぞれの小隊部屋に戻っていった。
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「本当に……姉貴がレジェンドランクなのか?」
遼は驚いた表情を浮かべて、仁に確認をとった。仁は遼から視線を逸らすことなく答える。
「本当だ。抄さんは真里さんとほぼ同時期にレジェンドになった。AAAランク時代でも、真里さんに次いで、ブレーダー部門で2位になるほどの実力を持っている。レジェンドランクは世間には極秘の存在。身勝手な判断で戦線に立つことは許されていない」
「……ってことは、俺が中学だったとき、姉貴はもう……」
「そうだ、レジェンドランク隊員になっていたからお前の元にも、両親の元にも行けなかったんだ。本当は自分の口から言いたかったはずだが、規律により、話せなかったんだ」
自分は見捨てられた、という遼の考えは勘違いだった。
(なんだよ……そんなの最初から知っていれば……俺よりも姉貴の方がずっと辛いじゃねぇか……)
遼は視線を落として、項垂れる。遼の気持ちが沈んでいるのを察した劫火は、遼の肩に手を置き、優しく声をかけた。
「西原くん。今日はもう休むと良い。気持ちが沈んでちゃ、何をやっても身が入らないよ」
遼はスッと顔を上げて、劫火の言葉に甘えた。
「すみません。今日は失礼させてもらいます」
立ち上がって小隊部屋を後にしようとする遼に、劫火は一方的に話す。
「明後日」
遼は振り向き、劫火に目を向ける。
「明後日の夜、君の実力を見せてもらうよ。またここに来てくれ」
「あ……」
「返事は?」
戸惑っている遼に対して、劫火は少し目つきが鋭くなり、返事を求めた。終始、優しそうな表情を浮かべていた劫火が表情を変えたことによって、遼は少し身震いして返事をする。
「はい! お願いします!」
声を張って返事をし、自分の小隊部屋に帰って行った。
「劫火さん。本当に俺のわがままに付き合ってもらって、ありがとうございます」
遼が部屋の外に出て行ったことを確認した仁は、今一度劫火に頭を下げた。劫火は湯飲みに残っていたお茶を飲み干し、仁に声をかけた。
「珍しいな……いや、初めてだな。お前が他人を気にかけるなんて」
「そうですか?」
「もしかして、弟子のお陰か?」
劫火はニッコリと笑って仁を見つめる。仁は顔を赤くして視線を逸らす。
「いえ……いや、劫火さんに隠す必要はないですね。弟子に頼まれて西原を落ち着かせてくれと頼まれたもので」
仁が動いた理由を聞いた劫火は、ソファーにふんぞり返り、大きく息を吐いた。
「仲間思いの良い隊長じゃないか。今度、ゆっくり話をしてみたいもんだな」
「面白い奴ですよ。きっと劫火さんも気に入るはずです」
「それは楽しみだな」
仁と劫火が軽く談話していると、部屋の奥から声が聞こえた。
「お兄ちゃん~、私お腹すいた~」
仁の妹、桜井早紀が腹部をさすりながら、個室から出てきた。その様子を見た仁は呆れた表情を浮かべて、言葉を返す。
「早紀、今日は用事があるから外食してくれって言ったじゃないか」
「外に出ようとしたら、さっきまでいたお客さんが来たから出れなかったんだよ~」
「はぁ……何が食べたい?」
「え? 作ってくれるの? じゃあ、オムライス」
「今週ずっとオムライスじゃないか。もっと他のものにしろよ」
早紀は頬を膨らませて仁に反論する。
「だって、お兄ちゃんのオムライス美味しいんだもん!」
「それ以外は不味いって言いたいのか?」
「そうじゃないもん! 全部美味しいけど、オムライスが良いのッ!」
「仁、作ってやれよ」
劫火が優しい口調で仁を説得する。自分の援護をしてくれたと感じた早紀は、明るい笑みで劫火に駆け寄り、腕に抱きつく。
「ほら~劫火さんもこう言っているし、作ってよ!」
「早紀、離れなさい」
「はあ……分かった待ってろ」
「わ~い! お兄ちゃんありがとう!」
兄妹仲良く会話する姿を見て、劫火は微笑む。
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水澤小隊の小隊部屋の前に辿り着いた遼だったが、入るのを躊躇っていた。
(2人とも……呆れているのかな?)
心に我慢が効かなく、荒れた自分の姿を見せたことに、遼は後悔していた。そのまま部屋に入ることが出来ず5分経ち、遼のナノマシンに無線が入る。
「はい、西原です」
『いつまで外に突っ立ってんの?』
「れ、玲奈!?」
無線相手は玲奈だった。
(何で外にいることが分かる? 監視でもされてんのか?)
『早く入ってきなさい』
「あ、ああ」
無線が終了し、遼は勇気を振り絞って扉のロックを解除する。扉の向こうのリビングに玲奈と詩織の姿はあった。
「遅い!」
「遼くん、お帰り」
「すまない……2人とも」
「そんな事どうでも良いから、あんたは隊服どれが良い?」
いきなりの話題に遼はキョトンとする。そして、詩織が遼に説明する。
「ホープから支給される隊服とエンブレムのデザインを2人で決めてたの。私たち2人じゃ中々決まらなくて……遼くんの意見も聞きたかったの」
「不抜けた顔してどうしたの? さっさと選ぶよ」
数時間前の自分の言動に、触れてこない玲奈と詩織を見て、遼は問いかける。
「2人とも怒ってないのか?」
「何で怒るの? まあ、強いて言うなら帰ってくるの遅すぎ」
玲奈のドライな対応に遼は視線を落とす。
「……悩みくらい、私たちだって聞いてあげるから」
「え?」
「だから、困ってることがあったら何でも言ってよ。聞くだけ聞いてあげるから」
「私たちで良かったら、いつでも相談に乗るよ」
玲奈は少し照れくさそうな表情を浮かべ、詩織は優しく微笑む。そんな2人を見た遼は驚いた表情を浮かべた後、ニッコリと笑って2人の傍に歩み寄る。
「ありがとな、2人とも」
玲奈と詩織は顔を合わせて微笑む。
(いつまでも昔の事で悩むわけにもいかない……前を見て、2人を信頼して、俺は2人と一緒に強くなる!)
そして夜が更けるまで、3人は楽しく自分たちの隊服とエンブレムを考えた。




