力を求めて
食事処を後にした遼と仁は、とある小隊部屋を目指して歩いていた。
「なあ? 俺をどこに連れて行こうとしているんだ?」
「いいから黙って付いてこい」
仁は遼と顔を合わせることなく、前だけを見て歩き続ける。遼はそれ以上口を開けることはなく、静かに仁と並んで歩き続けた。
「……ここだ」
「ここって……」
遼は小隊部屋のネームプレートを見て、目を丸くした。
「劫火小隊の部屋だ」
「何でここに? って当たり前か、お前の小隊部屋だもんな」
仁は遼の目を見て、あることを尋ねる。
「西原、1つだけ聞かせてくれ。本当に強くなりたいのか?」
仁の質問に対して遼は軽く息を吸って、静かに答える。
「……ああ。強くなれるなら何だってする」
「……分かった」
返答を聞いた仁は、扉のロックを解除し、遼を部屋の中に招き入れた。
「ただいま帰りました」
「仁、お帰り……っと、友達も一緒か?」
部屋の奥から出てきた青年が、遼の顔を見て微笑む。そして、仁は遼に青年を紹介した。
「知ってるかもしれないが、この人が俺が所属している小隊の隊長。火宮劫火さんだ」
「よく見たら君はあの時の……」
劫火は遼の顔を見て、思い出す。
「はい、ご無沙汰しています。西原遼です」
「やっぱりか~。いや~中々見かけなかったものだから、入隊やめたのかと思ったよ」
遼は愛想笑いを浮かべて劫火の話を軽く流す。
「劫火さん、無理を言って時間を作ってもらって、ありがとうございます」
仁が劫火に軽く頭を下げて感謝の言葉を贈る。劫火は「大丈夫だよ」と優しく返答し、部屋の奥に案内した。遼はお客用のソファーに座り、対面に劫火が座る。
「俺はお茶を淹れてきます」
「仁、いつもすまないな」
キッチンに向かう仁に、劫火は優しい口調で感謝を述べる。そして、遼に目を向ける。
「数分前に無線で仁から聞いたよ。抄ちゃんの弟なんだってね?」
「あ、はい。そうです」
「そっか~。目つきはなんとなく似ているけど、抄ちゃんより優しい顔をしているね」
「あ、ありがとうございます」
「緊張しなくて良いよ」
緊張して言葉が詰まりがちな遼を気遣って、劫火は優しい言葉をかける。劫火の優しい言葉と表情に安心した遼は、肩の力を抜いた。
「お茶です」
「ありがとう」
仁は3つの湯飲みをテーブルの上に置き、劫火の横に座った。劫火は湯飲みを手に取って、お茶を一口飲んで、話を進めた。
「で? 俺にお願いしたいことって何?遼くん?」
「え? お願い? ……俺は、何も……」
急な質問に頭が回らなくなる遼に代わって、仁が質問を返す。
「劫火さん、西原遼に、中距離での戦い方を教えてくれませんか?」
仁の言葉を聞いた遼は、一瞬呆けた顔を浮かべた後、焦り始める。
「ちょ、何言ってんだよ!? 桜井!」
「何って、言葉通りなんだが?」
焦っている遼とは対照的で、仁は冷静さを保っていた。
「いやいや!! 本当に話が飛躍しすぎて俺はついて行けてないぞ!?」
「何だ? まだ状況が理解できていないのか? 部屋に入る前に聞いただろ? それに何だってするって」
「聞かれたし、何だってするとは言ったけど、急展開過ぎるだろ!? それに火宮さんに迷惑かけるし……」
遼は足を組み始めた劫火を見て、冷や汗をかき始める。
(あ、やばい。完全に火宮さんが機嫌を損ねている。あ~、終わった。俺、ただじゃ帰れないわ……)
「別に良いよ?」
劫火の意外な言葉に遼は目を白黒させる。仁は軽く微笑んで劫火に頭を下げる。
「ありがとうございます。劫火さん」
「……ただ、仁からじゃなくて、君の口から聞きたいな~」
劫火は遼を見ながらお茶を飲む。
「もう一度聞くよ。俺にお願いしたいこととは何かな?」
仁と劫火の視線が遼に鋭く突き刺さる。2人の視線に耐え続け、遼は唾を飲み込んで、覚悟を決める。
「ひ、火宮さん。俺に中距離での戦い方を教えてください!」
遼は立ち上がって、後頭部を見せるほど頭を下げた。頭を下げている遼を見た劫火は、優しく声をかける。
「顔を上げて。西原くん」
遼はゆっくりと顔を上げて、劫火の顔を見つめ、静かにソファーに座った。
「……仁、西原くんと2人で話がしたい」
劫火は横に座っている仁に目を向けて、離席を要求した。
「分かりました」
仁は素直に立ち上がって、自分の個室であろう場所に入っていった。
「西原くん」
「はい!」
声が裏返りながら遼は返事をする。
「強さとは何だと思う?」
突然の問いかけに、遼は即座に答えることが出来なかった。中々答えが出せない遼を見て、劫火は話を進めた。
「人によっては様々な捉え方がある。強さとは純粋な力。強さとは知識。強さとは心。挙げればキリがないほどある。その中で俺は、強さとは信頼だと思う」
「信頼……」
「そう。人と人が信頼し合うことによって、数字では計れない可能性を見いだすことがある。何度か目の当たりにしたことはないか?」
その言葉を聞いた遼は、玲奈の特別入隊試験を思い出した。飛ぶことを恐れていた玲奈が飛べたのは、紛れもなく遼や詩織が玲奈が飛べることを信じていたからだった。
(あの時の玲奈も……)
「俺は元々1人で戦っていた。周りを気にすることなく、気ままに暴れてきた。そんな俺の様子を見たある人が、仁とその妹の面倒を押しつけてきた。最初は面倒なことなんてごめんだと思っていたが、今ではその人に感謝している。仁たちと出会ってから俺の考えは、少しずつ変わり始め、他人を尊重して、周りをよく見るようになった。そして、幾度となく信頼する力のお陰で、俺は何度も救われた」
劫火の過去を少し聞いた遼は、顔を俯かせた。
「……大丈夫だ。君は強くなる可能性を秘めている。ただ、今は迷走しているけどね」
劫火は優しく遼に声をかけて、お茶を飲む。遼は再び頭を下げる。
「……劫火さん、俺を弟子にしてください」
劫火は無言で遼の頭を優しく撫でた。
「こちらこそ、よろしく」
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遼と詩織の過去と、今日1日の出来事を聞いた玲奈は、腕と足を組んで困った表情を浮かべた。
「今まで話せなくてごめんなさい。でも、いじめられていたなんて聞いたら、玲奈ちゃん嫌がるかな? と思って……」
詩織は胸の中に留めていたことを全て話し終え、玲奈に目を向けた。すると玲奈は詩織の額に思いっきりデコピンする。
「痛ッ!! 何するの!?」
「ほっんとにあんたはバカだね。そんな程度で私が軽蔑すると思うの?」
玲奈の呆れた表情を見た詩織は、今にも泣き出しそうな顔を浮かべた。
「過去は過去。思い出は大切にしなくちゃいけないけど、引きずるのは良くないよ。今が大事なんだから」
玲奈は優しい口調で詩織に自分の考えを伝える。詩織は玲奈を見続けて、涙が溢れないよう必死にこらえる。
「ただ、あんたたちの過去と、今日1日の出来事を聞いても、遼が変だったことには繋がらないね」
そのことに関しては詩織は分からなかった。玲奈は数秒悩むが、諦めて詩織に手を差し伸べる。
「まあ、いいや。聞かれたくないことなんて人には1つや2つあるよ。それをいかに人前に出さないようにするかが大事」
「……無理矢理勝負させて、私に過去話させてそれ言う?」
詩織は玲奈から視線を逸らして、数十分前の言葉を思い出す。
「あんたと遼って顔に出やすいタイプだから隠し事しているって一発で分かるよ」
詩織は頬を膨らませてふてくされる。
「さあ、帰ろう。帰って隊服のデザインとエンブレムを一緒に考えよう?」
「遼くんは?」
「あいつのことは大丈夫。しばらくしたら帰ってくるよ」
玲奈の自信はどこから来てるのか理解できない詩織だったが、玲奈の手を取って、一緒に小隊部屋に向かって足を動かし始めた。
「……あと、詩織弱すぎ」
玲奈の言葉を聞いた詩織は足に力が入らなくなり、前のめりに倒れる。
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「抄ちゃん、弟くんに嫌われているね~」
小隊部屋の隅っこで体育座りをして落ち込んでいる抄を、真里はからかい始める。抄はうっすらと涙を浮かべた目で、真里を睨みつける。
「うっさいな~。結構落ち込んでるんだよ……久しぶりに会った弟が私に暴言吐くなんて……昔は優しくて、いじりたくなるくらい可愛かったのに……」
「へぇ~。抄ちゃんでも落ち込むことがあるんだ~」
「いい加減にしないと、真里でも怒るよ」
真里はニコニコと笑みを浮かべて、ソファーに座りながら抄の様子を見続ける。
「ただいま~って抄ちゃんどうしたの?」
「珍しい……抄が落ち込んでる」
元気溢れる明るい声と、常に冷静さを保っている声が入り口から聞こえてくる。
「静佳ちゃん、悠香ちゃん。お帰りなさい」
「はい、真里ちゃんカフェオレ~。ところで抄ちゃんどうしたの?」
静佳は買い物袋からカフェオレを1つ取り出して、真里に手渡す。真里は抄に目を向けて、事の顛末を話す。
「それがね~、久しぶりに会った弟くんに冷たくされて落ち込んでるの」
「真里ッ!!」
落ち込んでいた抄は勢いよく立ち上がり、真里に殴りかかろうとした。
「ぼ、暴力はダメだよ~」
静佳が懸命に抄を抑えて、真里から引き離そうとする。
「真里、そのこと詳しく」
無表情を保ちながら、悠香は真里に詳細を求めた。
「それがね~」
「それ以上言ったら殺す!! 悠香にそれ以上言うなぁ!!」
「落ち着いて抄ちゃん……ぐはぁッ!」
抑えていた静佳は抄の肘打ちを思いっきり食らい、自由になった抄は真里の頬を横に引っ張る。
「この口か!? おしゃべりな口はこれか!?」
「いひゃい! いひゃいよ! ひょうひゃん」
その時、小隊部屋のインターホンが鳴り、悠香が扉の向こう側を確認する。
「どちら様?」
『俺だ。宏大だ。抄! 出てこい!虫の居所が悪いから勝負しろ!』
「あいにくだが、抄は今取り込んでいる……」
悠香が言葉を言い切る前に、抄は扉の外に出て行ってしまった。
「丁度良い。私も虫の居所が悪いの。ボコボコにしてあげるから覚悟しなさい!」
「こっちの台詞だ!」
周りが声をかける間もなく、2人は転送室に向かって走り出した。
「慌ただしく行っちゃったね……」
静佳は呆然とし、悠香は呆れた表情を浮かべる。
「仲が良いのか、悪いのか分からん」
「ほっぺた痛い~!!」
頬が赤く腫れている真里の声は、生活棟全体に響き渡り、反響した。




