遼の思い
電脳チャンネルから除外された詩織は、ヘルメットのシールド越しで天井を見つめていた。なんとも言えない倦怠感によって詩織はベッドから起き上がることが出来なかった。
「多少は意地を見せたけど、まだまだだね」
詩織の転送室に入ってきた玲奈は、開口一番に戦闘内容の評価をした。そして、詩織が横たわっているベッドの近くにある椅子に座り、ヘルメットを外させた。
「……狙撃してくるなんて」
詩織は眉をハの字にして玲奈の顔を見た。その表情を見た玲奈は軽く微笑んで言葉を返した。
「ホープのバトルサポートは、近・中・遠距離の武器を1つずつ装備することが出来るんだよ。私が狙撃してこないと勝手に判断した詩織のミスだね」
「装備できるって言っても、玲奈ちゃんあまり狙撃練習してなかったでしょ? どうして正確に狙い撃てたの?」
玲奈は頬をポリポリと掻いて、詩織の疑問に答えた。
「多分、私のナノマシン、アルカディアの思想変換が作動したからかな?」
「思想変換? 穂香さんが言っていた……」
「そう。私の思いで作動する特別なシステム……前回は感じなかったけど、今回はしっかりと感じた。詩織を狙撃する時、すんなりと照準が定まって、どんな距離でも撃ち抜ける気がしたの」
詩織は参った表情を浮かべて、天井を見る。玲奈は詩織の左手を優しく握る。
「約束だよ。何があったのか話してもらうよ」
詩織はそっと目を閉じて、今日起きたこと、過去に起きた出来事を玲奈に全て話した。
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「う~ん」
「気がついたか? 西原」
激しい頭痛に耐えながらも、遼はうっすらと目を開けた。
(確か……俺はサウナで……)
「少し楽になったら水分を取れ。ゆっくりでいい」
視界が少し良好になった遼は、ゆっくりと辺りを見渡した。脱衣場のベンチに横になっていることを理解した遼は、横にいた仁の顔を見る。
「さく……らい」
「先に着替えさせてもらった。お前も気分が良くなったら着替えろ。俺は外で待っている」
仁は言葉を残して、足早に脱衣場から退出した。
ゆっくりと遼は体を起こし、仁が用意したであろう天然水をガブガブと飲んで、大きく息を吐いた。そして数分間、体の調子を取り戻すことに努め、ゆっくりと顔を上げて立ち上がり、残っている天然水を飲み干した。
(桜井……関係のない俺にどうして?)
天然水が入っていたペットボトルを見つめて、遼は着替え始める。そして外に出ると、腕を組んで待っていた仁が遼に話しかける。
「大丈夫か?」
「ああ……その……ありがとな」
少し照れながらも、遼は介抱してくれた仁に感謝の言葉を送る。仁は表情を崩すことなく、遼を見つめて言葉を返す。
「礼はいい。それよりも、ちょっと顔を貸してくれないか?」
「……分かった」
仁は遼をある場所に連れて行った。移動の間、2人は言葉を交わすことなく、思い空気が漂う。
(やっぱり玲奈を殴ろうとしたことに怒っているのか? そりゃあそうだよな……一方的に怒鳴りつけて、玲奈や詩織……姉貴にも不快な思いをさせたからな……)
「おい」
「ん?」
仁は遼に声をかけてあるものを手渡した。
「今のうちに食べたいものを決めておけ」
手渡されたものは食事処のメニューだった。遼は目を丸くしてメニューの表紙を見続けた。
「おいおい。表紙に料理は記載されてないぞ?」
遼は我に返って、仁に目を向けた。
「いやいやいや!! なんで飯を食いに行く流れになる!? おかしいだろ!?」
「晩飯まだだろ? よかったら一緒にどうかなって思って。安心しろ、会計は俺がする」
仁の清々しい顔を見た遼は呆気にとられ、言葉を失った。
「その代わりと言ってはなんだが、約束通りキレていた原因を話してもらうぞ?」
遼は言い返す気力もなく、静かに「……はい」と答えた。
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「今日の昼にも見たが……相変わらずめっちゃ食うな……」
目の前で定食の大盛り4人前を軽く平らげる仁を見て、遼は苦笑いを浮かべた。
「そうか? これでも抑えている方なんだが? ……あ、五目そば大盛りとエビカツカレー大盛りを追加でお願いします」
仁の追加注文を聞いた遼は、呆れ顔でペペロンチーノを食べ進める。
「で? どうして苛立ってたんだ?」
話しかけてくる仁に視線を向ける。
「食事中に会話はしない。幼い頃に習わなかったか?」
正論を述べられた仁は言葉を失う。遼はゆっくりと食べ進め、紙ナプキンで口元を拭き、お冷やを口にした。
「ご馳走様……約束だ。食べながらで良いから聞いてくれ」
遼は未だに食べ物を口に運んでいる仁の目を見て、自分の思いを口にした。
「今日……久しぶりに姉貴に会ったんだ」
仁は口の中に入れている食べ物を飲み込んで言葉を返す。
「姉貴?」
「西原抄……俺の実姉だ」
仁は驚いた表情を浮かべ、思わず箸を止める。
「しょ、抄さんが姉!? お前、本当か?」
「そんな嘘を言っても仕方ないだろ?」
遼の表情を見た仁は、嘘ではないと感じ、静かに続きを聞いた。
「俺は昔から姉貴に助けられて生きてきた。勝ち目のない喧嘩をしても、いじめられても姉貴はいつも助けてくれた。困っていることがあったら相談にも乗ってくれた。今思うと情けないことだと思う。だけど、心から姉貴には感謝している……だけど、姉貴は中学2年生になった途端、俺の前から姿を消した。連絡もなく、両親も知らないの一点張り。その時の俺は考えも幼く、姉貴は俺の弱さに嫌気がさしてどっかに行っちゃったんだと思ってた。それから俺は姉貴のことを忘れて、強くなることを決意したんだ」
仁は追加注文された料理も平らげて、真剣に話している遼の顔を見た。お冷やを一口飲んだ遼は、話を進める。
「もう誰にも馬鹿にされない、誰にも舐められないと心に強く思い、勉強も体づくりも必死に頑張った。中学に上がった頃には、いじめられることはなく、みんな俺を認めてくれるほどだった。……だけど、ゴーストが俺の家の近くで出現して、両親はゴーストに殺された……。俺は1人で悲しんでいるのに、姉貴は顔を出すどころか、連絡すらしてこなかった。当時は俺だけじゃなく、家族も捨てた身勝手な姉貴だと思った。……俺は姉貴を憎いと思った。そして遠い親戚から、姉貴がホープに入隊していると知った時、もっと腹が立った……」
遼は拳を握りしめて、視線を落とした。そして、遼の目からは一筋の涙が流れた。
「……なんで……なんで、隊員なのに……俺たちを助けてくれなかったんだよぉ!!」
仁は嗚咽している遼を、見つめることしか出来なかった。少し息が落ち着いた遼は、ゆっくり続きを話し始めた。
「……だけど、過去の話だ。今では俺もホープの隊員になって人を守る立場になった。それもこれもあいつらに会ったからだ」
「……玲奈と月影さんか」
仁は真剣な眼差しで遼の目を見る。ゆっくりと頷いた遼は話を進める。
「あいつらに会えたから、俺は立ち直れたんだ。玲奈とは中学からの付き合いで、バカだけど、どこか姉貴と似ているところがあったんだ。顔や考え方も全く違うけど、それだけで俺はあいつを避け、無視していたほどだったけど……」
「飛んでいる姿を見たのか?」
遼は頷いて話の続きを述べた。
「初めてあいつの飛んでいる姿を見た時、俺は泣いていた。自分が勝手に決めつけた印象だけで人を判断して、無視していた自分を悔いたよ。それじゃ、いじめていた人間と変わらないと思い知った。それから玲奈に頭を下げて、俺は許してもらった。当時の玲奈の言葉は今でも鮮明に覚えている」
「……それは?」
「あんたなら理解してくれると思っていたよって」
遼は目に浮かべていた涙を拭き取って、玲奈の言葉を口にした。
「本当に頭が上がらなかった……向こうは歩み寄っていたのに、俺は拒んでいた。とんだ大馬鹿野郎だよ。他人が聞いたら笑っちゃうだろ」
「ふん。俺も似たようなもんだ。あいつを拒んだが、実力で認めさせられ、受け入れてくれた。お互い、あいつには頭が上がらないな」
2人はお互いの失敗に笑い合った。
「確かに、桜井は玲奈のこと嫌っていたからな」
「ああ。ホープに入隊する前に問題起こす大馬鹿者は初めて見たからな」
「違いない」
再び2人は笑い合い、遼は続きを話した。
「詩織は小学校の時から一緒にいるんだ。いじめられているところを助けたら、どこに行っても一緒にいてくれた可愛い妹のようなもんだ。実際、両親の葬式の時でも詩織は一緒にいてくれた。ずっと俺を支えてくれた大事な友達なんだ。そして、2人に恩を返すために、ホープに入って俺は2人を守ると誓ったんだ」
「……そうか。だが、それとキレていた原因と何の関係がある?」
腕を組んで、仁は核心に迫った。遼は頭をガリガリと掻いて、本心を語った。
「……姉貴に、俺は強くなったと思ってもらいたかったんだ」
「抄さんに? でも、お前は抄さんを憎んでいるんだろ?」
「ああ、憎んでいた。だけど、昔の考えだ」
仁は納得のいかない表情を浮かべて話を聞き続けた。
「俺は姉貴の本心を知らない。ちょっと荒っぽいけど、根は優しい姉貴だ。俺たちを助けられなかったのも、両親が死んで、駆けつけられなかったのにも理由があるはず。それを俺には話せないだけ。そう信じて、俺は姉貴と向き合った。今日は久しぶりに会った姉貴に、成長した姿を見てもらいたかっただけなんだ」
「……それで、玲奈に勝負を挑んで、返り討ちに遭って、弱いと自覚させられてキレてたと?」
遼は不甲斐なさそうに俯いて、ゆっくりと立ち上がった。
「長々と話したくせに、くだらない理由で悪かった。だが、今日俺がキレていた理由はそれだ……ご馳走様でした。話を聞いて貰えて、ちょっとは楽になった。ありがとう」
遼は仁に背を向けて、食事処を後にしようとしたが、仁に引き留められる。
「……西原。もう少し、話さないか? 場所を変えて」
「は? いや、これ以上は迷惑だろ?」
「弟子の仲間が真剣に悩んでいるのに、見過ごすわけにはいかないだろ? それに、抄さんが家族を守れなかった理由も教えてやる」
その一言で遼の表情は一変し、体を仁に向ける。そして、仁はある人物に無線を入れて、遼と共に食事処を後にした。




