遼の姉
「遼……」
「あ……姉貴」
不穏な空気が2人の間に漂う。詩織と真里は何が起きているのか理解できず、見守ることしか出来なかった。
すると、女性の表情が一変し、満面の笑みで遼に抱きつく。
「会いたかったぞ~! 遼!!」
「おい! 姉貴! 人前で抱きつくなよ!!」
「久しぶりの姉ちゃんに緊張しているのか? 前みたいに甘えて良いんだぞ~?」
呆気にとられていた真里が我に返り、女性に言葉を掛ける。
「しょ、抄ちゃん。もしかして……その子が前から話していた」
真里の声に気づいた抄が振り向く。
「ああ、ごめん。ちょっと感情を抑えられなかったね。これ、私の弟」
その言葉を聞いた詩織は「ええ~!!」と驚きの声を上げる。
「遼くんのお姉さん!?」
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「いや~、水澤小隊の情報を見ていたら遼の名前があったから驚いたよ~」
嬉しそうな表情で抄はカフェオレを飲む。未だに遼は姉と視線を合わせず、横を向いていた。
「そんで、あんたが」
「は、はい! 遼くんと一緒に水澤小隊に所属している月影詩織です!」
詩織の堅苦しい挨拶に抄は大笑いしていた。
「アハハハ! 堅くならなくて良いよ。私、そんなに偉い人じゃないから」
「小学生の時にお姉さんがいるって聞いていましたが、まさかホープの隊員だったなんて……」
「まあ、私は中学2年生で隊員になったからね。それ以来、会う機会が減ってしまったから、遼の友達は私を見たことがないってのも、不思議じゃないからね」
数分前まで不機嫌そうな表情が嘘のように、笑顔で詩織と会話する抄。そして、ずっと口を閉じている遼が目を合わせずに抄に言葉を投げる。
「姉貴……とっとと帰ってくれない?」
遼の冷たい言葉に、抄が怒り出すと予測した詩織と真里は、抄に目を向けて、いつでも取り押さえられる態勢をとった。しかし、抄の笑みが崩れることはなく、遼に言葉を返す。
「久しぶりの姉ちゃんだって言うのにつれないことを言うなよ~。本当はまだ一緒にいたいんだろ?」
抄の意外な返答は真里の頭上に雷を落とした。
(しょ、抄ちゃんが怒らない!? 明日は血の雨でも降るの!?)
戸惑っている真里と緊張しっぱなしの詩織を余所に、姉弟の会話は続く。
「昔から暴力的で俺をしつこくいじってきて、中学の途中から急にいなくなったと思ったら、ひょこっと顔出してきて姉貴面しないでくれ」
「ちょ、ちょっと遼!!」
実の姉に冷たい言葉を浴びせる遼に、詩織は注意しようとするが、抄が視線で抑止する。
「そうだね。寂しい思いをさせてしまったね……」
「別に寂しくなかったし」
「でもね、遼をいじってたのは好きだったから」
少し、恥ずかしそうな表情を浮かべて思いを語る抄。再び真里の頭上に雷が落ち、今度は詩織の頭上にも雷が落ちた。
(抄ちゃんが恥ずかしそうな顔するなんて!)
(ブラコン発言!?)
「キモいこと言うな」
冷ややかな視線を送る遼だが、抄も退かずに優しい目で遼を見つめる。調子が狂ったのか、遼は席を立ち、店から出て行ってしまった。
「しょ、抄ちゃん……今の発言は……」
「ん? 何?」
「いや、好きって……」
「ああ、姉弟として好きだよって意味。そうじゃなかったら変な奴じゃん」
遼と話していた声色と違い、あっけらかんとした口調で真里に言葉を返す。そして呆けている詩織に抄は目を向けて、口を開く。
「月影ちゃん」
「あ、はい!」
ニッコリと笑いながら抄は詩織の目を見る。
「もう少しだけ話さない?」
詩織は軽く微笑んで、抄の目を見て話を聞いた。
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小隊部屋のインターホンが鳴り、玲奈は誰が来たのかを確認する。モニターに映った人物は。
『やっほ~。玲奈ちゃんお疲れ~』
「ほ、穂香さん!」
玲奈は扉のロックを解除し、穂香を小隊部屋に通した。小さな体で、いくつもの荷物を抱えながら穂香はヨロヨロとリビングまで足を運んだ。
「に……荷物、どこかに置いて良い?」
「あ、はい」
穂香はリビングの床に荷物を散乱させ、椅子に座った。
「はひぃ~……疲れた。優一くんは私に出張らせることはなかったのに、弟子の仁くんは問答無用で出張らせたね」
皮肉たっぷりの言葉に、仁の表情は引きつり、ため息をついていた。
「どうでも良いんで、頼んでいたことをやって貰えませんか?」
「ちょっと待て! 一息くらいつかせてよ!」
再びため息をつく仁は、仕方なさそうな顔で「10分だけですよ」と、穂香を休ませた。
「全く、昔から変わらないんだから。大変だね~玲奈ちゃん。こんな奴が師匠だなんて」
玲奈は苦笑いを浮かべて、否定も肯定もしなかった。
「ところで、仁から話を聞いていたんですけど、私に七色プログラムを追加してくれるんですか?」
「もちのロン! こいつから簡単な説明を受けたのなら、取り込む資格はあるよ」
親指を立てながら穂香は答える。
「使い方は追加し終わってから説明させてもらうけど、その前に……仁くん」
穂香は仁に目を向けて話を続ける。
「武器くらい取りに来なさいよ。結構重いんだから」
玲奈は床に転がっている長細い段ボールの中身が武器だと察した。仁は表情を変えることなく、言葉を返す。
「ついでだから丁度良かったじゃないですか」
穂香さんは何か言いたそうな表情を浮かべるが、それ以上何も言わなかった。
「武器ってもしかして、私の……」
玲奈が言いかけた言葉の続きを察した仁は軽く微笑む。
「そうだ。お前のメインとなる近接武器だ」
「なんで自分が見繕った感じで言っているの? 私が用意したんだけど?」
穂香さんの言葉を無視して、仁は段ボールを開け、2つの武器を机の上に出す。
「両刃剣と太刀……」
「そうだ。これは俺からのプレゼントだ。どちらか1つを選べ。細かい調整は穂香さんに頼め」
「また私!? どれだけ仕事を押しつけるの!?」
仁に文句を言う穂香だが、仁は胸ポケットからある物を取り出し、穂香に見せた。
「こ! これは!!」
「早紀公認の、早紀が猫を愛でている写真です。これと引き換えに俺の依頼を受けてくれますよね?」
「ぐッ! …………いくら?」
「金まで出そうとしているんですか?」
穂香は少し息を荒くしながら言葉を返す。
「依頼だけじゃ、お釣りが出てしまうよ。こんなレアショット、いくら出せばいいの?」
(なんでこの人は他人の妹の写真に執着しているんだろう?)
仁は少し首を傾げながら、言葉を返す。
「いや、金はいいですよ。もともと早紀から渡してくれって頼まれていたものですから」
「そ、そう? じゃあ、今回はお言葉に甘えさせてもらうよ」
(チョロいな)
穂香は秘蔵写真と引き換えに、仁の依頼を引き受けた。
「あとでアルバムにしまっておこう……さあ! さっさと終わらせようか!」
2つの武器に気を取られている玲奈が、ハッと我に返る。
「はい! お願いします!」
「っとその前に、仁くんは部屋から出て行ってね」
穂香の言葉を察した仁は素直に別室に移動した。
そして玲奈は穂香の向かいに座り、制服の上着を脱ぎ、ワイシャツのボタンを外して、肩を露出させた。穂香はハンコ注射を取り出し、玲奈の右肩に刺した。
「取り付け完了。5分間そのままね」
穂香は自分のパソコンと玲奈のアルカディアと同期させて、プログラムの追加処理を行い始めた。
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甘味処のあるテーブルにて、沈黙が続く。カフェオレの中に入っている氷がゆっくりと溶け、グラスに音を立てる。
「あの~お姉さん。さっきから私を見ているだけで、話が進まないんですけど」
数分間の沈黙に痺れを切らした詩織が抄に声を掛ける。未だに真剣な表情で詩織を見続ける抄は答えず、横で見ている真里は首を傾げながら見守っていた。
そして、抄が軽く微笑んで、ようやく口を開ける。
「……うん。あんたなら大丈夫そうだね」
詩織は何のことか分からず、首を傾げながらカフェオレを一口飲む。
「ねえ、遼と付き合ってどのくらいなの?」
カフェオレが器官に入った詩織は、むせ返る。
「……いきなり何を言い出すんですか!?」
詩織は顔を真っ赤にして焦る。その様子を見た抄は「あれ?」と気の抜けた表情を浮かべる。
「遼くんとはただの友達で小隊仲間ですよ!」
「そうなの? 傍から見て結構お似合いだと思ったんだけどな~」
横で静かに話を聞いていた真里も静かに頷く。
「私なんかじゃ、遼くんとは釣り合えないし、遼くんは恐らく好きな人がいると思うし……」
「好きな人!? ねえ、誰なの?」
その一言を聞いた抄は目を輝かせて食いついた。思わぬ食いつきに詩織は焦りながら答える。
「玲奈ちゃんですよ~。普段はライバル視していますけど、恐らく玲奈ちゃんのことが好きなんだと思いますよ」
「玲奈?」
「ほら、風読みの」
玲奈の名前を聞いて、ピンと来ていなかった抄だったが、真里のフォローもあって思い出すことが出来た。
「ああ! あのデタラメな飛び方の子ね。あの子が好きなの?」
「デタラメって……恐らくですよ。遼くんは玲奈ちゃんが好きだと思います」
抄は椅子にふんぞり返って、頭の中を整理し始める。
「でも、玲奈ちゃんはそのことに気づいていないですし、気持ちが伝わっても断ると思います」
抄は眉をハの字にして見解を聞く。
「玲奈ちゃんは自分よりも強い人と、飛ぶことが好きな人が好きなんです。お姉さんの前で言うのは気が引けるんですけど、遼くんは玲奈ちゃんの足下に及びません。実る可能性はゼロに等しいと思います」
抄と真里の真剣な眼差しが詩織に向けられる。
「でも、遼くんは玲奈ちゃんを尊敬して、必死に追いつこうと頑張っています。玲奈ちゃんが死にかけているときも、休むことなく訓練に励んでいました……」
「そういうのどーでも良いからさ」
話の腰を折った抄が、気だるそうな表情を浮かべて詩織を見る。
「あんたは遼のこと、どう思っているの」
「わ、私ですか?」
「そう。私はあんたの思いが聞きたかったんだよ」
「どうして私なんですか?」
詩織は困惑した表情で返答する。抄はため息を1つついて思いを口にする。
「ただ単に私があんただったら良いなぁ~って思っていただけ。それ以上でもそれ以下でもないよ」
遼の姉が自分を認めてくれていることに嬉しく感じている詩織だが。
「今日初めて会ったのに、何を言っているんですか?」
抄は軽く微笑んで、言葉を返す。
「思い出したんだ。あんたとは一度会っているんだ」
「え?」
詩織は呆けた顔で抄を見る。そして抄は思い出話を語り始めた。




