伊澄真里 初訪問
合計100体のゴーストを倒した玲奈は、息を切らしながら仰向けで寝転がっていた。
「あ~疲れる。何回やり直したか忘れたよ」
「8回だ。数えられる数字だぞ」
寝転がっている玲奈を見下すように仁は玲奈の横に立つ。玲奈は軽く目を閉じて体を起こし、呼吸を整える。
「で? 次は何するの?」
仁は腕を組んで、次の訓練内容を伝える。
「次は俺と10本先取の勝負だ。ただし、今回は空中戦はなしだ」
「ええ~ッ!!」
不満な表情を浮かべる玲奈に仁はため息をつく。
「あのな。師匠から言われたこと忘れたか? 地上戦の戦い方をお前に教えるために、俺が訓練しているんだ。空中禁止は当たり前だろ?」
呆れた表情を浮かべる仁に対して、玲奈は頬を膨らませる。そして立ち上がって、仁と戦う準備をする。
======
「……10分も持たなかったな」
結果は玲奈の惨敗。崖っぷちに追い詰められたときに、死に物狂いでなんとか仁から1本取ることは出来たが、実力は簡単に覆らない。
「ぜぇ……ぜぇ……ダメ……もうダメ」
玲奈はうつ伏せで倒れ、強制的に電脳チャンネルから除外された。除外された玲奈を追うように、仁も電脳チャンネルから離脱した。
現実世界に戻った玲奈は、体こそ異常はなかったが、精神的に疲弊していた。
「あ~、何やってもダメだ……」
転送用のヘルメットを着けたまま、玲奈はベッドで寝転がっていた。
「簡単に強くなれるものか。粘り強く努力した奴だけが強くなるんだ」
仁が冷たく玲奈に説教する。そして玲奈の動きを観察した仁は結論を言い渡した。
「率直に言うとブレーダーとしてのセンスは確かにある」
その一言を聞いた玲奈はホッと胸をなで下ろす。しかし、仁は容赦なく玲奈の足りないところを指摘する。
「しかし、今のお前の戦い方では今後キツくなる。攻撃を受ける際に、武器で防御をしようとする。無形武器は他の武器と違って形状を変化することが出来るが、その分耐久力がない。当然、耐久がない武器は防御力が低い。相手に反撃の隙を与えない戦い方が無形武器を使う上で一番重要なことだ」
仁の指摘通り、ゴースト100体や仁を相手にした時も、玲奈は無意識にそれをやっていた。玲奈は「確かに……」と自分の戦い方を見つめ直して、素直に指摘を受け入れた。
「それと剣を振る時、お前は腕を振り切っている。その振り方は威力を重視する方法だ。無形武器はスピードを重視した武器。サブの武器として使う分には問題はないと思うが、お前の腕の振り方を活かす武器は太刀系か両刃系が適性があると俺は判断する」
「太刀系か両刃系……固有武器か」
玲奈は天井を見つめて考える。仁は玲奈に深く考えさせる時間を後回しにさせ、次の話に移った。
「それと玲奈は他の新入隊員と違って基本的な知識をまだ理解していない。小休憩の後、お前の小隊部屋で俺が教える。行くぞ」
玲奈に休憩しろと伝えた仁は、玲奈を置いて転送室から出て行った。
「基本的な知識……ねぇ」
玲奈は仁の後を追うように転送室から退出した。
======
電脳チャンネルでの訓練を一部始終見ていた遼と詩織は、改めて仁の強さを確認した。自分たちが知っている人物の中で、玲奈は強いと思っていたが、それは空中戦だけだと思い知らされた。地上戦が混ざると、経験が浅く、基本的な知識を学べていない玲奈では仁には敵わなかった。
「やっぱり強いな。玲奈じゃ相手にならないぞ」
「その前に玲奈ちゃんはゴースト100体でも苦戦してたね」
遼はテレビを消して詩織に目を向ける。
「玲奈には強くなってもらいたいけど、俺たちも強くなりたいよな」
「そうだね。だけど私たちまだCランク隊員だから、今はちゃんと基礎を身につけないと」
詩織は微笑んで遼の話しに合わせる。
「かぁ~、詩織は本当に真面目だな」
「それが私の長所なんだけどね……」
やる気のなさそうな表情を浮かべる遼に、詩織は苦笑いを浮かべた。他愛もない会話を終えた瞬間、部屋のインターホンが鳴る。
「今日はよく鳴るな~」
扉に目を向ける遼は、決して自分から訪問者を迎え入れようとしなかった。
「面倒くさいからって、私に全部対応させないでよ」
動かない遼に呆れながらも詩織は扉に向かって歩き始めた。
「は~い。今開けます」
ロックが解除されて扉が開くが、詩織の目の前に人はいなかった。
「あれ? 確かに鳴ったんだけどな……」
詩織は不思議そうに首を傾げて、辺りを見渡すが、やはり訪問者はいなかった。不気味に感じた詩織は震えながら、部屋の中に戻ろうとした。
「動かないで」
背後から聞こえる声に、詩織は振り向くことが出来ず、両手を挙げる。
「え? なんで?」
「水澤小隊の隊員ね。水澤ちゃんはどこにいる?」
正体が分からない人物が、玲奈の居場所を教えろと脅迫する。詩織の背中には冷たい何かが当てられる。
「お~い、詩織……って! 何やってんだ!」
中々戻ってこない詩織の様子を見に来た遼が、状況に気づく。詩織の背後にいた人物は素速く遼の懐に入り、腕を掴んで軽々と投げ、地面に叩きつけた。
「おわッ!! ……いっつ~」
思いっきり背中から叩きつけられた遼は、電撃のように体中を駆け巡る激痛に耐えていた。
「遼!」
駆け寄ろうとする詩織の喉元に、青い槍が行く手を遮り、言葉を発しようとすると喉が貫かれる程の寸止めだった。
「ダメだよ~。無警戒にロック解除したら」
状況とは場違いな柔らかい声色が、詩織の耳に届く。声の持ち主は、少し小柄で華奢な体つきの女性だった。青い槍が数㎝離れたことを確認した詩織は、眉をハの字にして女性の目を見る。
「あなたは……」
女性は詩織の言葉に軽く微笑んで、その場を制圧し続ける。すると小隊部屋の入り口の扉が開き、青い槍が砕かれる。
「何やってるんですか?」
「詩織! 遼! 大丈夫?」
詩織たちを助けるように玲奈と仁が小隊部屋に入ってきた。槍を砕かれた少女は一瞬、驚くような表情を浮かべるが、すぐに笑顔を取り戻す。
「伊澄さん……冗談も程々にしてくださいよ」
仁が呆れた顔で女性に話しかける。数秒前まで重心を低く保ち、いつでも攻撃出来る態勢をとっていた女性が姿勢を直す。
「仁くんまでいたのは誤算だったね。ごめんなさい、2人とも」
玲奈は未だに激痛と闘っている遼を支えて、仁と女性に目を向けた。
「あ~、安心してくれ。この人は不審者とかじゃないんだ」
「あ!! あなたが水澤ちゃんね!!」
女性の視界に玲奈が映り込み、目を輝かせながら駆け寄る。呆けた顔を浮かべる玲奈に、女性は満面の笑みを浮かべる。
「会いたかったよ! 水澤ちゃん!」
======
玲奈たちは女性と仁の話を聞いて、状況を理解した。
テロまがいの行為をした女性、伊澄真里はちょっと驚かそうと思い、今回のプチ襲撃をしたのだという。話を理解しても玲奈たちは呆けていた。
「えへへ。なんか普通に挨拶しても面白くないし、ちょっとスリルを取り込んでみたの」
「ちょっとどころじゃないし、挨拶は普通にしてください」
仁は突っ込みに真里は耳を貸すことなく、玲奈たちにもう一度謝った。
「怖い思いをさせてしまってごめんなさい。でも、本当に確認もしないでロックを解除するとさっきみたいなことになりかねないから気をつけてね」
「なんで開き直ってるんですか?」
仁は不機嫌そうに真里を横目で見る。苦笑いを浮かべる真里を見て、玲奈は気になることを口にする。
「あの~、伊澄さん? さっき私に会いたかったって言ってましたけど、どのような用件で?」
「堅いね~。冗談であんなことをしただけだから、もう気を張る必要はないよ」
真里の柔らかい笑顔を信じて玲奈と詩織は気を許す。そして遼は未だに背中が痛むのか、ソファーに横になった。
「用って訳じゃないけど、入隊試験を見て、一度話をしてみたかったの。綺麗な飛び方をするし、健気にドSブレーダーに立ち向かっていく姿に私は感動しちゃって……」
「伊澄さん。誰がドSですか?」
真里を睨みつける仁を無視して話は進む。
「ねえ! 仁くんが忙しくて予定が空けられなかったら私が代わりに教えてあげよっか?」
真里のいきなりの提案に玲奈は混乱する。
「え!? え~っと……」
「伊澄さん。玲奈は師匠直々の命令で俺が教えているんです。弟子をとらないでください」
終始、真里に対して固い言葉を並べる仁に、真里が動く。
「もう~。弟子を私に取られそうだから妬いてるの? 仁くんったら意外と嫉妬深いんだね」
頬をつつかれる仁は抵抗することなく、真里の言葉を聞き流していた。
「あの~、来ていただいて嬉しいのですが、そろそろ訓練を再開しなくちゃいけないので……」
玲奈は予定が迫ってきたことを伝えると、真里は軽く微笑んで扉に向かおうとする。
「ごめんね、邪魔して。本当に水澤ちゃんたちと仲良くなりたいからまた来ても良い? あ、ちゃんとアポも取るし、普通に入るから」
真里の問いかけに、玲奈と詩織は少し目を合わせて「是非!」と答える。遼は心の中で「出来れば来て欲しくない」と思った。満足そうな表情を浮かべた真里は小隊部屋を後にした。
「伊澄真里さんって……」
仁は片目を瞑って、玲奈の思っていることを察して答える。
「聞いて驚くなよ。見た感じ天然でおっちょこちょいで、変なことをしでかす人だけど、戦うことに関しては最高レベル。個人ランク戦、模擬戦、遠征戦で敗北なし。世界最強と謳われるホープ隊員だ」
仁の一言で玲奈と詩織は固まり、横になっていた遼はすぐに起き上がって声を上げる。
『はあぁ!? あの人が世界最強!?』
水澤小隊の部屋から少し離れた場所で、真里がくしゃみをする。




