早朝訓練
朝7時過ぎ。
水澤小隊の部屋では誰1人、起床している人間はいなかった。1つの個室から忙しく目覚ましが鳴り響き、銀髪の少女は目を覚ます。
「ん~。もう7時? 起きないと……」
銀髪の少女、月影詩織は目を擦りながらリビングに歩を進めてテレビをつける。そして昨日に買ってきたアイスコーヒーをグラスに注いで一口飲む。
「……今日中に家の荷物を、ここに移さないと」
独り言を呟いていると、詩織の爆音の目覚ましによって睡眠を妨害された少年が、寝ぼけ眼でリビングに入ってきた。
「遼くん……おはよう」
寝起き声で詩織は遼に朝の挨拶を交わす。遼は不機嫌そうに自分専用のグラスにアイスコーヒを注ぐ。
「おはようじゃねーよ……お前いつもあんな爆音の目覚ましかけてるのか?」
寝起きで少々機嫌が悪くなっている遼は詩織に目も合わせず、コーヒーを飲む。
「私、二度寝しちゃうかもしれないから爆音にしているの」
「今まで近所からクレームが来なかったのが不思議でならないな」
そして2人は玲奈の個室に目を向ける。爆音の目覚ましが鳴ったにも関わらず、玲奈が起きてくる気配はなかった。
「……本当に寝てるのか? あいつ」
「多分ね……」
起きてこない玲奈に2人は呆れた顔でテレビを見る。その時、部屋全体に響き渡るインターホンが鳴った。
「ったく! 誰だよ、こんな朝早くに」
「私が出るね」
詩織がパジャマ姿であることも気にせず、訪れた人を確認するため入り口に向かった。ロックを解除して扉が開くと目の前に立っていたのは。
「おはよう、月影さん。玲奈はいる?」
「あれ?」
朝早く訪れたのは隊服姿の桜井仁だった。思考回路が機能しきっていない詩織は、仁の顔を見てしばらく呆然としていた。
「失礼させてもらうよ」
呆然としている詩織を躱して、仁はリビングに足を運んだ。リビングでくつろいでいた遼は「あれ?」という表情を浮かべて仁の顔を見ていた。遼の存在に気づいた仁は軽く頭を下げて、玲奈の個室に足を運び、勢いよく扉を開けた。
「起きてるか? 玲奈」
声を少し張って玲奈の起床を確認する仁だが、玲奈本人は未だ夢の世界だった。寝相が悪いのか布団は掛けておらず、枕は頭から離れた場所に置いてあり、気持ちよさそうに寝息をかいていた。
「起きろッ!! 玲奈ッ!!」
「……んあ?」
仁の声は爆音の目覚ましよりも大きく、遼や詩織も一気に眠気が覚めるほどのものだった。そして玲奈も夢の世界から現実に戻った。
「ん~……なんで仁がここに?」
「俺は今日非番だ。朝訓練するぞ。さっさと顔洗ってこい!」
仁は玲奈をベッドから離し、強制的に洗面所に押し入れた。そして仁はキッチンに足を運んで、何かの調理を始めた。
「少しキッチンを借ります」
『はぁ?』
遼と詩織は気の抜けた声で仁に返事をする。
手際よく料理を進めていく仁の姿を見て、遼と詩織は声を発することが出来なかった。
顔を洗い終わった玲奈が洗面所から出てきたときには、朝食が出来上がっていた。香ばしい焼いた食パンの匂い。フワッフワな仕上がりで甘い匂いを放っているオムレツ。ドレッシングが掛かって、シャキシャキな食感が期待できるサラダなどがリビングのテーブルに並んでいた。
「朝食だ。しっかり食べろ」
玲奈は仁に言われるがまま、朝食に手を伸ばす。オムレツを食パンの上にのせて一口。口に広がるパンの香りと卵の甘さが玲奈の目を覚まさせる。
「ん~!」
食べ物に夢中になって食べ続ける玲奈。おいしそうに朝食を食べてくれる玲奈を見て、仁は軽く微笑む。
「ほら、サラダも食べろ。慌てて食べるな。ゆっくり食べろ」
傍から見た仁と玲奈の光景はまるで親子の朝食のようだった。
「は~……おいしかった!」
「食べ終わったところ悪いがさっさと着替えろ」
「着替えるって? 何に?」
玲奈は首を傾げながら仁の顔を見る。
「隊服だよ! 今から訓練だよ! さっさと着替えろ!」
「隊服はまだないよ~」
「じゃあ、学校の制服でいい! 着替えろ!」
玲奈の個室に一緒に入っていき、仁は玲奈の制服を準備する。流石に着替えを手伝わせるのはマズいと思った詩織が2人の後を追う。
「桜井くん! 流石に着替えは1人でさせたほうが……」
「俺は気にしないよ。妹の着替えをいつも手伝ってますから」
「私も気にしないよ~」
玲奈と仁は口を合わせて詩織の心配していることを跳ね返した。玲奈のだらしなさと、仁の几帳面さに圧倒された詩織はそれ以上何も言わなかった。
「ほら、髪もボサボサじゃないか。リボンも結んでやる。ジッとしろ」
玲奈の髪をとかし、白いリボンで髪を束ねる。身支度が一通り終わり、仁は玲奈を連れて部屋から飛び出ていった。
一連の流れがあまりにも早かったため、遼と詩織は開いた口が塞がらなく、呆然としていた。そしてリビングのテーブルに目を向けると、自分たちの分の朝食が用意されていた。朝食を見て詩織と遼は口を揃えて呟く。
『……女子力高いな……』
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「今気づいた! なんでこんな朝早くに来たの!?」
通路を走りながら玲奈は仁に尋ねる。仁は前を向きながら言葉を返す。
「今日は非番だったからだ。朝から行動しないと一日が無駄になる。それと、今まであんな生活だったのか? もう少し早く起きる癖をつけろ」
「だからって早すぎない!? せめて9時とかでしょ!?」
「お前には教えなくちゃならないことも多いし、教えてもらうこともある。それに小隊の準備も何もしていないんだろ? 今日一日は忙しいと思え」
そして2人は異次元電脳チャンネル転送装置が取り付けられている部屋にたどり着き、各々の部屋に入室した。無線で電脳チャンネルの番号を伝えた仁は、玲奈と電脳チャンネルで落ち合うことにした。
転送先は初めて戦った市街地フィールドだった。
「展開が急すぎて、まだ頭が回らないんだけど」
お互いのバトルサポートの発動を確認した仁は、玲奈と対峙する。
「今から3時間、俺がお前に地上戦での戦い方を教える」
「本当に急だね……で? 何をするの?」
仁はチャンネルの仕様を操作して、地上、上空に人型ゴースト50体ずつを出現させた。玲奈は瞬間的に臨戦態勢に入り、仁に目を向ける。
「まずはお手並み拝見だ。地上と上空のゴースト全てを倒せ。倒し方の手段は問わない。制限時間もない。ただ、一撃でも攻撃を受けたら最初からやり直しだ」
仁は邪魔にならないような場所まで距離を取り、玲奈に無線で話しかける。
「準備は良いか? それじゃあ、始めッ!!」
仁の開始の合図と共に、ゴーストが一斉に動き回る。一気に玲奈と距離を縮めるゴーストもいれば、距離をとるゴーストもいた。動きを瞬時に合わせて、玲奈は無形武器で近づいてきたゴーストに攻撃する。ゴーストも自分の腕の形状を変化させて、刃に変わった腕で玲奈に攻撃する。
「剣!? これが人型のゴーストの攻撃手段?」
遠くで見ていた仁がニヤリと笑って「それだけじゃない」と呟く。玲奈の真横から霊力の弾丸が交差し始める。目を向けるとゴーストの手から霊力の弾丸が次々と発射されていた。
「嘘ぉ!?」
玲奈は翼を生成して、上空に逃げる。そして上空に避難する玲奈を狙い撃つかのように、上空のゴーストも攻撃を始める。しかし、玲奈は落ち着いて攻撃を躱す。隙を突いては反撃し、確実に1体ずつ倒していく。
「やっぱり空だとゴースト程度じゃ止められないな」
そして空にいたゴーストを全て倒した玲奈は地上に目を向けて、ゴーストの数を確認する。
「数を確認する必要はない。地上のゴーストはまだ1体も倒してないからな」
無線で事実を突きつける仁に、玲奈は苦笑いした。そして急降下して地上に降り立ち、無形武器を使って確実に1体倒す。しかし、背後から放たれた霊力の弾丸が被弾し、倒れ込む。
「被弾したな。最初からやり直しだ」
倒したばかりのゴーストどころか、上空のゴースト全てが復元され、やり直しを宣告された。
「そんな~」
「泣き言を言っている場合じゃないぞ。さっさと終わらせろ。次に進まないぞ」
その訓練の様子を小隊部屋で見ている、遼と詩織は優雅に朝食を取っていた。
「うわぁ~。桜井スパルタだな」
「空のゴーストを倒しても地上のゴーストで足止めされている……玲奈ちゃんの弱点を再認識しているのかな?」
映像越しで、遼と詩織は玲奈の過酷な訓練を見学し続けた。その後、玲奈は数回やり直しを食らった。
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とある小隊部屋にて、未だに水澤玲奈に関する情報を集めている人物たちがいた。
「徹夜で資料ばっか見てるのはつまんねーぞ」
室井宏大は資料を天井に向かって投げ、椅子にふんぞり返った。その様子を見た鷹森紅志は苦笑いを浮かべて、白夜霊斗は呆れた表情を浮かべる。
「誰かさんが情報収集を手伝わず、模擬戦闘していたのが悪かったんだろ?」
宏大に冷たい言葉を送ったのは霊斗だった。
「俺のせいかよッ!! 第一俺が手伝ってても進んでないだろ。いなくても良いんだろ?」
「お前だけが外に出歩くのは不愉快だ。みんなと一緒なことをやるときは一緒にやれ」
冷たい視線と共に冷たい言葉が宏大に送られる。短気な宏大は霊斗に対して怒りをぶつける寸前だった。今にも喧嘩が始まりそうな雰囲気だったが、紅志が必死に沈める。
「まあ、今日中にやらなきゃダメなことじゃないし、息抜きも必要だよね。霊斗もずっと付き合わせてしまって悪かったね」
「紅志……」
「紅志、お前が謝ることじゃない。俺は自分の意思で資料に目を通してたんだ」
「それでもね。休憩は必要だよ」
紅志の一言に折れたのか、霊斗はため息をついて、席を立った。そして冷蔵庫の目の前で足を止めて、宏大と紅志に缶ビールを投げた。
「今日はもうやめだ。飲んで少し仮眠を取ろう」
宏大と紅志は顔を合わせてニッコリと笑い、ビールを開ける。そして喉越し良く入っていくビールを堪能して、3人は雑談を始める。
「2人は……優一がどんな思いで水澤玲奈に肩入れしていると思う?」
霊斗が静かに問う。宏大と紅志は数秒考えて、思いを口にする。
「何か見えたんだろ?」
「飛び方が綺麗だったから?」
それぞれの口から出た意見を霊斗は取り入れ、自分の意見も口にした。
「恐らく、宏大の言っていることの方が近いだろう。あいつは資料とかあまり見ないからな。自分の『全てを見る目』が何かを映したんだろう」
「その何かってなんだ?」
「そんなの分かるわけないだろ」
霊斗は少し視線を落として、宏大の発言に呆れていた。
「だよな~。せめてヒントが欲しいよな~」
「そうだね~」
部屋の入り口から女性の声を聞き取った宏大たちは、身構えて目線を向ける。しかし、目を向けた先には誰もいない。
「あ、カフェオレある。もらうね~」
次は冷蔵庫の方から声が聞こえ、目を向けると。
『い、伊澄ちゃん!!』
「やっほー。お疲れだね~みんな」
宏大たちは一斉にテーブルに広げていた資料を隠す。
「どうしてここに? って部屋の扉はロック掛かっていましたよね?」
霊斗が驚いた表情で真里の顔と部屋の入り口の扉を見る。
「え? 開いてたよ?」
キョトンとした表情でカフェオレを飲み進める真里は扉を指さした。そして宏大の表情が曇る。
「最後に部屋を出入りしたのは……宏大ッ!!」
霊斗の怒りの矛先が宏大に向けられる。
「また俺のせいかよ!」
「お前以外に誰がいる!?」
「オートロックが壊れてるんじゃねーのかよ!!」
「オートロックが壊れるわけ……」
『え?』
3人は一斉に真里に目を向ける。そして真里は瞬時に3人の前に立ち、不適な笑みを浮かべる。
「ダメだよ~。ロックが簡単に外れる小隊部屋で重要な話したら……誰が聞いているか分からないんだから」
3人の顔が一斉に青ざめる。そして真里は紅志に資料を差し出させることを目で伝えて、テーブルの上に出させた。
「優一くんから頼まれたの。良からぬことを企んでいる3人を止めてくれって」
「優一……」
「バレてたか……」
「そんな……痕跡は残さなかったのに……」
真里は資料を早急に回収し、開いている席に腰を下ろした。
「さて、どこまで知っているのか、話してもらおうか」
微笑みながら、微かに殺気を漂わせる表情を浮かべた真里が、宏大たちを観念させた。




