大人の夜と学生の夜
優一の隣の席に真里は座り、ハイボールを注文する。そしてウイスキーを飲んでいる優一を横目で見て、「優一くん」と静かに呟く。
「折角飲むのに隊服のままでいいの?」
真里は少し顔を赤くして、自分の服装を見つめ直した。
「ゆ、優一くんが話があるって言ったから急ぎで来たんだよ!? まさか飲むことになるなんて、思ってなかったもん!!」
「その割には躊躇いなくハイボールを注文したね? いや、場所的に飲む場だと分かるでしょ?」
優一が苦笑いをして突っ込む。真里は頬を膨らませて、出来上がったハイボールをゴクゴクと飲む。真里の良い飲みっぷりの姿を見て、優一は軽く微笑む。
「宏大くんと抄ちゃんが暴走して、延々と勝負してたのが悪いんだよ」
ハイボールを一気に飲み干して真里は優一に愚痴る。なんとなく事情を察した優一は頭を掻いて「お疲れ様」と労った。
「またあの2人か……限度というものを知らないのかよ」
「止めるの大変だったんだからね」
「君なら止めるの大変じゃないでしょ? その気になれば2人を一瞬で倒すことが出来るでしょ?」
「本気を出せばね。それよりも話って何?」
話の路線を強引に戻し、優一は煙草を取り出して火を着ける。
「……マスター、申し訳ないけど」
優一は目でマスターに席を外して欲しい意図を伝える。慣れているマスターは、真里の代わりのハイボールを作って、店奥に入っていった。
「……君には伝えておかなければならないことがある」
真里は固唾を飲んで、優一の次の言葉を待った。
「俺は今、水澤小隊の隊員になった」
「み、水澤小隊? ……水澤って今日の?」
「そう、彼女たちの小隊に所属した。ランク戦とかは出ないけど、戦場に立つことになったよ」
真里は少し俯いて、ボソボソと呟いていた。
「……い……な……」
「ん? なんだって?」
「良いな~ッ!! 水澤ちゃんの隊員になったの!? ってことは今度からほぼ毎日、顔合わせるんだね!? あの子の飛び方綺麗だし、なんか見ていると体が動けなくなるくらい感動した!! 見た目も結構かわいいし、話してみたいッ!! ねえねえ、どんなしゃべり方なの!? 好きな食べ物は!? 姉妹とかいるの!? 教えてッ!!」
真里の意外な反応に、優一は驚きを隠せなかった。
「ど、どうしたんだ? そんなに目を輝かせて……と言うか食いつく所そこ?」
「気になるものは仕方ないじゃないッ! ねえ? 師匠とかまだいないんでしょ? 私がなってあげようか?」
「残念ながら試験終了後に仁と相互師弟になったよ」
優一が現実を突きつけると、真里は本気で落ち込み、輝いていた目に光がなくなっていた。
「早ッ!? なんで仁くん……羨ましいな……」
「そこまで落ち込むこと?」
カウンターテーブルに顔を突っ伏している真里を見て、優一は呆れ顔を浮かべた。
「私の直感が言っているよ~。あの子はレジェンドになれる素質があるよ~」
真里の一言で優一の目が真剣な眼差しに変わった。
「……やっぱり伊澄さんも分かったか……彼女は底知れない可能性を秘めている。初対面の時に、俺は目を付けていた」
「だから死風で死にかけていた水澤ちゃんを助けた」
「知っていたの?」
誰も知らないはずの真実を、真里が知っていたことに優一は少し驚いた。誰から教えてもらったかは、優一は追求せず、話を戻す。
「そろそろ本題に入ろうか……」
真里は姿勢を直して優一を見つめる。優一は煙草の灰を灰皿に落として、話を続けた。
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水澤小隊専用の部屋のリビングで、西原遼は玲奈の特別入隊試験の映像を見直していた。初めの一方的に玲奈がやられているところではなく、終盤の空中戦を何気なしに見ていた。
仁は積極的に攻撃していたが、玲奈は仁の翼を壊すために二発、発砲。そして、とどめの無形武器での攻撃が一振り。無駄がない攻撃に、遼は鳥肌が立って、何度も見返していた。
(新型ナノマシンの性能なのか? 高速で動いて斬ることは前から出来たが……翼を正確に狙い撃つ射撃なんて……)
遼自身、中距離手を目指していたこともあって、玲奈の射撃に少し魅入られていた。
(人を狙うんじゃなくて翼や足か……まずは機動力を無くすか……)
真剣に頭をフル回転させて考えている遼の背後から、ある人物は声をかける。
「あーッ! 今日の私の試験映像だ!」
振り向くと目の前に立っていたのは、シャワーを浴びて、バスタオル姿の玲奈だった。
「おう、しっかりと見返させてもらったぞ」
遼は軽く微笑んで、再び映像に目を向ける。玲奈も遼の肩越しに、映像を見る。
「良い射撃だな。翼を狙ったのは故意か?」
「まあ、なんか狙えたし狙って撃った。正直当たるとは思ってなかったけど」
「新型のナノマシン……えーっと、何だっけ?」
「アルカディア?」
「そう! それのお陰か?」
狙い撃てた状況をアルカディアの性能なのかを玲奈に追求したが、玲奈は呆れ顔で遼に言葉を返した。
「だから、アルカディアの機能を実感できなかったんだって!」
「そんなことないだろ? 多少は何か感じただろ? って今気づいた! 服着ろよ!!」
バスタオル一枚しか身に纏っていない玲奈の姿を見て、遼は赤面する。玲奈は「ん?」と自分の姿を見て、遼をからかい始めた。
「私の裸見て興奮してるの? 遼も男の子だね~」
「お前の裸なんて興味ねーよ! と言うかお前には恥じらいってもんがないのか!?」
慌てて玲奈から離れようとする遼だが、足が絡まり、玲奈の肌に触れてしまった。
「あ!! 触った!! 遼の変態!!」
「今のはわざとじゃない!! 事故だ!!」
「どうかな? 必死に弁明をしているところがわざとらしいよ」
玲奈は遼を蔑むような目で見下して、服を着るために自室に入っていった。殺される思いでいた遼は、体中の力が抜けて、地面に倒れ込んだ。
「はぁ~……助かった。てか、服着てから出てこいよ!!」
玲奈の個室に向かって遼は怒りの声を放つが、ドアの隙間から玲奈の瞳が見え、殺気を感じてそれ以上は何も言えなかった。血圧が高くなっているのか、体中が熱くなった遼はソファーに腰を下ろした。
(俺……いつか殺されるわ)
「どうしたの? 遼くん声荒けてたけど……」
遼の背後からまたしても声が聞こえた。恐る恐る振り向くと、これまたバスタオル姿の詩織がいた。
(お前もか!!)
「し、詩織……何でもない」
「何でもなくて声荒けてたの? 具合でも悪いの?」
詩織が遼にゆっくりと歩を進める。
「し、詩織! 取り敢えず服着てくれ!」
遼はギュッと目を瞑って目から得られる情報を受け入れなくした。詩織は遼の耳元で静かに囁いた。
「ごめんね。脱衣場に着替えを置く場所がなかったから今日だけ許してね。明日からは玲奈ちゃんも私も気をつけるから」
伝いたいことを伝えて詩織は自室に走って行った。事情を知った遼はポカンと口を開けて固まっていた。
「……だ、脱衣場なのに……着替えを置けないって」
遼は体が一気に重くなって、ソファーに寝転がった。その様子を見ていた玲奈と詩織はお互いに顔を合わせて「ちょっとやり過ぎたかな?」と苦笑いした。
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静かにBARで話を進める優一と真里の間に不穏な空気が流れ始める。優一が伊澄真里だけに話しておきたい内容を伝えると、真里の優しい瞳が優一に向けられる。
「……また私たちに内緒の任務?」
「すまない……伊澄さんには伝えたいと暁美には言っている」
優一は申し訳なさそうな顔で真里に謝る。そんな優一の顔を真里は見つめることしか出来なかった。
「ゴーストが現世に出てくる現象の調査と、ゴーストを操っている黒幕の調査……1人じゃ難しいでしょ?」
「ああ。ゴーストがどこから出てくるのかも分かってなく、本当にゴーストは操られているのかも分かっていない。それに周りには敵しかいない場所に、俺1人だけが調査に向かう」
「じゃあ、私も……」
真里が自分も随伴しようと意見を出すが、優一は断る。
「君はレジェンドランク。ホープの切り札的存在で、今ではレジェンドのみんなを束ねる存在。勝手な真似は暁美も許さない」
普段、軽い口調が特徴の優一だが、真里だけに伝えたい話では重い口調だった。
「じゃあ、何で私にこんな話を?」
疑問に満ちた表情を浮かべて真里は優一に問いかけた。優一は軽くため息をついて、返答する。
「それを聞くのは野暮だよ」
「そう言うと思ってた」
想定していた返答が来たことに、真里は軽く微笑んだ。そして静かに立ち上がって、テーブルの上にお金を置いた。
「安心して。止めたりなんかしないから。ちゃんと宏大くんたちには秘密にしておくから」
ニッコリとした表情を浮かべて真里は優一を見つめる。優一はテーブルに置かれたお金を真里に返し、立ち上がる。
「相談料だ。ここは俺の奢り。それと宏大たちの動きにはちょっと気にして欲しい」
「どうして?」
再び真里は疑問に満ちた表情を浮かべる。優一は真里の耳元で理由を話す。
「あいつら……水澤玲奈に関して動き回っている。暁美は見て見ぬ振りで泳がせているらしいが、気になる点が1つあるんだ」
「気になる?」
「そう。どうやら暁美は水澤玲奈に関して何か隠している。それもかなり重要な内容を」
真里は優一の瞳を見て、提案を出す。
「玲奈ちゃん本人に聞いてみるのは?」
「それは暁美が隠している内容次第だな。今は無理に聞く必要はない。ただ、俺はその内容を知りたい。だから、君の協力が必要なんだ」
真里は一瞬で優一の考えていることを理解して、瞼を閉じる。
「……なるほど、俗に言う極秘任務をしてくれって訳ね」
「嫌なら断っても構わない」
「いや、丁度私も玲奈ちゃんに興味を持っていたの」
そのことに関しては、BARに入ってきた真里の様子を見て、優一は知っていた。断ることが絶対ないと知っているため、優一は私情の任務を真里に依頼した。
「くれぐれも暁美には気づかれないように」
「分かったよ」
真里に極秘の任務を依頼して優一はBARを後にした。そして真里もBARを後にして、自分の小隊部屋に向かって歩みを進めた。




