秘密の嵐
とある小隊部屋にて、優一小隊の隊員だった3人は、密かに集まって愚痴をこぼし合っていた。
「優一が降格してしばらく見ないなぁと思ったら、新人の特別入隊試験の手伝いをしていたんだぞ? あいつは一体何がしたいんだ?」
怒り混じりの声で室井宏大は白夜霊斗と鷹森紅志に優一の話題を持ち出した。
「あまり大きな声を出すな宏大。優一が考えていることは昔から分からなかっただろ?」
霊斗が腕を組みながら静かに話す。
「俺の声も昔からだから慣れろよ!」
再び大声を出す宏大に対して霊斗は表情を変えること無く、紅志に目を向けた。
「紅志、優一が肩入れしていた新人の情報は手に入ったか?」
「何とか入手できた……だけど、身辺情報を見ても普通の高校生だよ?」
紅志は優一が肩入れする新人、水澤玲奈の身辺情報が記載された資料を机の上に広げた。
「お前……こんな個人情報どこから持ってきた?」
宏大が極秘であろう資料の入手方法が気になって紅志に尋ねる。紅志は宏大を見ずに「企業秘密」と伝えて、方法を明らかにしなかった。
霊斗は真剣に文字をなぞるように黙読し、内容を頭の中に取り入れた。
「水澤玲奈……入隊試験で見せた風読み飛行。霧峰本部長ですら過去に1人だけしか見たことが無いという特殊な飛び方。優一が目を付けそうな人材だな」
「確かにあの新人の飛び方は異常だったな。あんな無茶な飛び方で、重力の影響を受けないのか?」
宏大が記憶を振り絞って玲奈の飛び方を思い出そうとする。
速度も旋回角度も常識の範囲外。宏大たちが知っている人物の中でも、玲奈のような風を読みつつ、高い飛行技術が求められる飛び方をしている人物は、思い浮かばなかった。
水澤玲奈という人物の詮索を続けていると、紅志が気になるところに目を止めた。
「……普通の高校生だけど……気になるところが」
宏大と霊斗は紅志の見ている資料をのぞき込むかのように見る。注目させるため、紅志は指を指す。
「父親が水澤の誕生前に行方不明になっている」
「父親が? 母子家庭か?」
霊斗が冷静な分析で紅志に尋ねる。
「母親は健在。水澤が誕生の後、仕事はしてなくて、水流山の麓にある家をリフォームして暮らしてたみたい」
水流山という山の名前を聞いて宏大は驚きの表情を浮かべた。
「水流山って、ここから北に1万㎞程離れた場所じゃねーか! それならここで入隊するよりもホープNORTHに入隊した方が近いじゃねーか!」
「話を最後まで聞け、宏大。紅志、続けてくれ」
霊斗が宏大を黙らせて、話の続きを促した。
「水澤が小学校に通うとき、自宅から最寄りの学校じゃ無く、このホープ本部に近い小学校に通わせてたみたい。中学生になった時点では、母親の元を離れて1人暮らしをしていたみたい。どうやって遠くの土地から通わせていたのかは分からないけど、母親は一般人ではないことが濃厚だね」
「水澤玲奈の……母親」
霊斗が母親に関する資料を探そうとするが、見当たらなかった。
「残念だけど、新人の資料を入手することは出来たけど、母親の資料は無理だった」
「そうか……危険を顧みず、よくやってくれた。紅志」
霊斗が感謝の言葉と共に、紅志に頭を軽く下げる。
「まあ、新人のことは一旦置いておくとして……優一が降格宣告をされたとき、他の小隊に入隊するって言ってたけど……」
本部長室に呼び出されたあの日のことを、宏大は思い出していた。
「ああ。今ではレジェンドランク大丈優一ではなく、AAAランク大丈優一だ。優一が入隊する小隊に関して、俺たちがあれこれ言う立場じゃない」
霊斗が少し柔らかい表情で宏大に目を向ける。しかし、宏大は気になるのか霊斗と目を合わさずに天井を見つめる。
「そんなに気になるなら本人に聞いてこい」
「やなこった。これからヤツが来るはずだから、そんな暇はねえよ」
宏大は自分は多忙ですと言わんばかりの口調で、霊斗の提案を突っぱねた。すると部屋全体にインターホンの音が鳴り響き、扉の向こうの映像がテレビに映し出された。
『宏大!! 今日も来てやったよ! 私と勝負しなさい!』
扉の向こうにいるのは伊澄小隊所属の西原抄だった。
「来たな! 受けて立つ!!」
宏大は勢いよくリビングから飛び出て、小隊部屋の外に行ってしまった。残された霊斗と紅志は苦笑いをして、声を重ねた。
『自分の隊長よりもライバルか……』
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水澤小隊に入隊を希望する優一のメッセージを読んだ玲奈たちは、驚いた表情のまま固まっていた。
「俺も水澤小隊に入りたいし許可してくれる?」
固まっている玲奈たちに構うことなく、満面の笑みで優一は返事を待ち続ける。我に返った玲奈は、ようやく優一に視点を戻すことが出来た。
「いや……なんで結成したての小隊に入隊したいんですか?」
玲奈は優一のナノマシン情報を確認して、話を続ける。
「確認させてもらいましたけど、優一さんAAAランクじゃないですか。もっと他に強くて、上位ランクの小隊に行った方が良いんじゃないですか?」
冷静を取り戻した玲奈が優一に問いかける。優一は表情を崩すことなく、質問の答えを返す。
「それがね~どこも引き取ってくれないんだよ。自分勝手に行動して、面倒ごとを抱える奴はね」
(こんな人がAAAランク?)
玲奈たちの心の声はシンクロしていた。
確かにAAAランクの桜井仁の師匠ということは、実力的に問題はないことは理解できた。しかし、AAAランクであるにもかかわらず、小隊に所属できないことに玲奈たちは違和感を感じていた。
「本部長に頼んで、小隊を紹介してもらえないんですか?」
詩織が戸惑いながらも優一に尋ねる。優一は「無理無理」と手を振りながら言葉を返す。
「今暁美は俺に対しての怒りがMAXなんだ。相手にしてもらえずに終わるだけだよ」
「自分で小隊を結成しないんですか?」
遼が続けて優一に尋ねる。優一はため息をついて、思いを語る。
「隊長って堅苦しくなるじゃん。俺は自由人だから向かないなって思っちゃって」
「だからって何で私たちのところなんですか?」
玲奈が呆れながらため息をつく。すると、待っていたと言わんばかりに優一は理由を述べる。
「1ヶ月前に君たちを見て、君たちとなら一緒に戦いたいなぁって、思っただけ。それ以上でもそれ以下でもないよ」
どう聞いても上辺の理由。その程度の嘘を見抜けない玲奈たちではなかった。
「聞く限り嘘にしか聞こえないですけど……」
「大丈夫! 君たちの邪魔はしないから。模擬戦もランク戦も俺は出ないようにするから」
「ランク戦に出ない? どうしてです?」
詩織が疑問に満ちた表情を浮かべる。
「君たちはこれから3人で切磋琢磨しながら、ランク上位を目指そうとしている。言っちゃあ何だが、今の君たち程度の隊員相手なら、俺は10秒以内で全員倒すことが出来る」
優一の言葉を聞いた瞬間、玲奈たちに寒気が走る。今の一言のみ、偽りはないと感じられた。謎の寒気に気を取られている玲奈たちに構うことなく、優一は説明を続ける。
「そうなるとバランスが悪くなるだろ? それに君たちのためにはならない。俺はただ単に小隊に所属していたいだけ。分かってくれる?」
理由も何も説明してくれない優一に、玲奈は軽く笑った。
「前から思っていたけど、本当に優一さんの考えていることが分からない……だけど、どうしても所属したいのなら認証します」
玲奈の一言を聞いた遼と詩織は、すぐに駆け寄る。
「何考えてるんだ? 玲奈」
「そうだよ。模擬戦やランク戦にも参加しないって、所属してないのと一緒だよ?」
「模擬戦とランク戦だけでしょ? 実戦は?」
玲奈の一言で優一の表情から柔らかい笑顔は消えて、不気味な笑顔が現れる。
「もちろん出る。それは小隊に所属していなくても出る……ただ、小隊に所属しているのであれば、俺はその小隊の隊長の命令に従い、命懸けで小隊と市民を守る」
偽りがないと感じられる言葉を聞いて、玲奈は静かにナノマシンを操作した。玲奈の行動を見て、遼と詩織は冷や汗を1つ、額から流して見守っていた。
「……優一さん。たった今、水澤小隊の入隊を承認させてもらいました」
再び優一の表情は軟らかい笑顔に戻り、遼と詩織は認証したことを否定することはなかった。
「ただし、優一さんの条件通り、模擬戦とランク戦は私たちだけで行います。実践の時だけお願いします」
「任せてくれ。隊長」
優一が親指を立てて、了承する。
「それとこっちの条件もあります。私たちの動き方を見て、アドバイスをしてください」
「アドバイス?」
優一と静かに聞いていた遼と詩織も首を傾げて、玲奈の出す条件を聞いた。
「私は仁が師匠として面倒を見てくれますけど、遼と詩織には師匠はいません。師匠になってくださいとは言いませんが、どうか戦う術を教えてくれませんか?」
玲奈は代表して優一に頭を下げた。玲奈に遅れること2秒後、遼と詩織も頭を下げた。
「俺に頼むとはお目が高いね。もちろん断らないよ。ただし、俺も毎日来られるか分からないから、過度な期待はしないでもらいたい」
優一は快く了承し、手を差し出した。
「色々教えてもらいますよ」
玲奈は優一の差し出した手を握りしめた。
「あと、俺は個人の部屋に住み続けるから」
遼がキョトンとした表情で口を開ける。
「優一さん、ここに住まないんですか?」
「小隊に入れれば俺は良いんだ。個人の部屋に結構荷物があってね。ここに持ち込むのも面倒だし」
そして優一は遼に近づいて小言で話す。
「それに……君のハーレムを邪魔するわけにはいかないしね」
遼は一気に赤面し、小さな声を保ちつつ、反論する。
「ちょ! 何言ってるんですか!? 俺は2人にそんな感情持ってませんし、余計な気遣いは無用ですよ!」
「そうか? 俺に隠し事は無意味だぞ? 玲奈ちゃんではないことは分かってるけど……」
「それ以上、俺をからかうんなら、こっちにも考えがあります」
優一は全てを見ることが出来る瞳で、遼の心の中を覗くと、青ざめるような考えを持っていたため、それ以上からかわなかった。
「お前、使えるものは使う派の人間だな。参ったね~」
「さっきからコソコソと何話しているんですか?」
玲奈と詩織が話を戻そうと声をかける。遼と優一は何事もなかったような顔をして、2人に向き直る。
「いや、何でもない。俺の個人部屋の合鍵番号をメッセージで送っておくから、用事があればいつでも来てくれ。それじゃあ、俺はこの後用事があるからゆっくり休んでくれ」
出口に向かって歩く優一に、玲奈たちは「ありがとうございます」と感謝の言葉を添えて見送った。そして緊張の糸が切れたのか、玲奈はヘナヘナと椅子に腰を下ろした。
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優一はホープの飲食フロアーの一角にある、BARを訪れて、ウイスキーを飲んでいた。
「優一くん、1人で来るなんて珍しいね?」
BARのマスターが1人酒を楽しんでいる優一に声をかける。煙草の煙を吐きながら優一は言葉を返す。
「しばらくは俺1人です。仲違いしたわけじゃないですよ。マスターも飲んでください。1人で飲む酒には慣れてなくてね」
優一の言葉に甘えて、マスターはハイボールを作り始める。
「しかし、他にも沢山飲み屋があるというのに、毎回ウチに来てくれるのは何故ですか?」
「知ってるくせに」
灰皿に煙草を消火させて、優一はウイスキーを一口飲む。
「父親の同級生だからって気を遣わなくても良いんだよ」
マスターが笑顔で優一に気を遣うが、優一の考えは違った。
「確かに親父の知り合いってのもあったけど、1番大事なのは秘密話がしやすいからです」
マスターの表情から笑顔が消える。優一は不適に笑い、マスターを見つめる。
「いつからウチは密会所になったんだよ」
「マスターの口が堅いことを信用してるんですよ」
優一とマスターは静かに笑い、グラスを交わした。グラスの中にある酒を飲み干すと同時に、1人の女性が入店してきて、優一の隣に立った。
「話したいことがあるって何?」
優一に呼びだされて、来店してきたのは伊澄真里だった。




