第六話 二度鳴る橋板
安宿の中庭で、レノルは矢袋の外に残してあった二本の矢を取った。前の狩りから二日が過ぎた朝だった。
井戸の脇には、夜のうちに洗った椀が伏せてある。石敷きの隙間には細い水が残り、空の明るさを一筋ずつ映していた。宿の台所からは、焼いた薄いパンと、煮崩れた豆の匂いが流れてくる。早立ちの客が共同の卓を離れるたび、戸口から朝の冷気が入った。
一本ずつ目の高さで回す。細身の鏃に欠けはなく、箆にも曲がりはない。矢羽を留める糸も締まっている。苔運びの前甲と苔を背負って帰った夜、井戸水で血と脂を落とし、矢袋へ戻さず風へ当てておいたものだった。解体用の刃物も鞘から離して乾かし、長弓は乾いた布で拭いて弦を外した。
昨日、前甲と苔を加工街へ渡して宿へ戻る頃には、二本とも乾いていた。レノルは古布の上で箆を転がし、矢羽を整え、糸の緩みまで確かめた。今朝、最後に指を沿わせてから、ほかの矢と同じ袋へ戻した。
幅広の狩猟矢が十本。細身で丈夫な矢が六本。鈍い鏃の矢が二本。合わせて十八本ある。
レノルは長弓へ弦を掛けた。弓身を傾け、上下の弦輪を見る。毛羽立ちはない。弓を軽く返し、朝の光を木肌へ滑らせる。薄い割れも、湿りの残ったところもなかった。
右脇の小袋には、使わずに持ち帰り、潰れがないか見直した種莢や葉が入っている。食べ物と水も一日分ある。身体には、前の狩りの疲れは残っていなかった。
朝餉を済ませ、レノルは宿を出た。
通りの空は屋根の間でまだ淡かった。加工街へ下る坂では、空の籠を担いだ男たちが門の方へ上がってくる。その横を、夜の見張りを終えた者が二人、眠そうな顔で下っていった。店の鎧戸は半分しか開いていないが、荷をつなぐ柱の周りだけはもう人が動いていた。
辺境門を出ると、盆地の朝が城壁の外いっぱいに広がった。
畑の低いところには薄い靄が溜まり、その向こうで山裾が幾重にも青く重なっている。北東の峰には朝日が届いていたが、斜面の林はまだ深い影の中だった。鉄舐め谷へ向かう道は、朝待ち橋の先で草地を横切り、見えない低みへ一度沈んでいる。
橋のたもとの草は、通うたびに少しずつ丈を増していた。柔らかな葉先が、朝露の重みで道へ垂れている。
橋のたもとで、レノルは弓を持ち替えた。
出立前の点検は、宿の中庭で終えている。ここで確かめるなら、矢袋の下を留めた紐と、背負い具の荷崩れだけでよかった。
矢の括りに触れたところで、城門の方から人の流れが出てきた。
籠を背負った採集者の後ろに、大盾の上端が見えた。
人の肩より高い位置で、使い込まれた木の面が朝日を受けている。板を当てた下部と、灰褐色の皮を巻いた縁までは遠くて見えない。それでも、あの幅を持つ盾と、荷を揺らさず歩く厚い身体を見間違えることはなかった。
大盾の男は、もう門を出ている。
橋までなら、長くはかからない。
レノルは、締まっていた矢袋の紐をいったん緩めた。結び目の位置を指一本ぶん下へずらし、歩いた時に矢筒の下端が腿へ当たらないか確かめる。次に、異常のなかった下の弦輪へ親指を当てた。弦を少しだけ外へ押し、木の先へ正しく収まっているのをもう一度見る。
やり直す必要のない点検だった。
橋を渡る荷車が一台、脇を通り過ぎた。御者がこちらを見たが、狩人が橋の外で荷を直すのは珍しいことではない。レノルは荷車へ場所を空け、橋板の端から流れを見下ろした。細い支流の水は朝の影を運び、橋脚の石へ当たって小さく白くなっている。
背後で、重い足音が止まった。
大盾の男が、橋のたもとに立っていた。
左脚に遅れはない。盾の下縁には前の狩りでついた白い擦れが残っているが、皮も板の当ても浮いていなかった。男はレノルの弓と、その先の道を順に見た。
「鉄舐め谷へ行くのか」
「ああ、そのつもりだ」
男は橋の向こうへ目を移した。
「俺もだ」
レノルは弦輪から手を離した。
二人は橋を渡った。
並んで歩こうと決めたわけではない。橋を越えた直後は、男が半歩ほど前にいた。道が畑の縁で狭くなればレノルが後ろへ入り、荷車を避けられる幅へ戻ると、今度は自然に横へ出た。
男は、道端の枝が大盾へ触れない側を選んだ。レノルは長弓の上端が男の盾へ当たらないだけの間を空けた。互いに歩幅を変えた覚えはないのに、草地へ出る頃には、二つの足音がほぼ同じ間で土を踏んでいた。
朝露を含んだ草が、道の両側で膝より低く光っている。畑を離れると、風は土の匂いより山から下りる冷たさを強くした。遠い斜面では、林の影がゆっくり縮み、その上を鳥が二羽、谷を横切るように飛んでいった。
振り返れば、ラネダルの城壁は畑と薄い靄の向こうですでに低かった。門から流れ出た人々は枝道ごとに小さく分かれ、籠や鍬が草の間へ消えていく。それでも河岸段丘の上に並ぶ屋根と塔は長く続き、その背後には南西へ開く盆地が、朝の明るさの中を見えるかぎり広がっていた。
草地の端では、荷車の片輪が半ば土へ沈み、折れた轅とともに道脇へ寄せられていた。轅の外側には、手のひらより長い四本の爪痕が斜めに走り、裂けた引き革には灰色の毛が一束残っている。荷台と荷はすでに運び去られ、そばに立つ危険標だけが新しい布へ替えられていた。
二人は同じところで足を緩めた。男は林側へ盾を向け、レノルは草の倒れと土を見た。荷車を回収したらしい幾人もの靴跡に、夜の新しい獣跡は重なっていない。二人は使えそうな金具を拾いに道を外れることはせず、片輪が背後へ小さくなるまで、前と後ろを分けて歩いた。
男は道の分かれで足を止めなかった。
右へ折れればタルヴェドへ上る道、左寄りの古い轍を取れば鉄舐め谷へ向かう。男は左へ入った。レノルも同じ轍を選んだ。
それだけで、行き先をもう一度確かめる必要はなかった。
盆地の底から見ていた山裾が近づくにつれ、道には石が増えた。二人は同じ場所で歩調を落とし、雨のあとに泥が残る窪みを別々の側から越えた。男が先に低い枝を盾の縁で押さえる。レノルはその下を通り、今度は前に出て、崩れた路肩のうち踏める石を選んだ。
言葉を交わさなくても、前と後ろは何度か入れ替わった。
レノルが一人で歩く時は、立ち止まるたびに道の先と背後を自分で見た。今日は前を男が歩く間、後ろの草と枝道を見る時間を長く取れる。レノルが痕跡を見るために速度を落とすと、男も数歩先で止まり、急かすことなく周囲へ顔を向けた。
谷口に近づく頃、日は山の端からすっかり離れ、谷の西側の斜面まで照らしていた。城門を出た時には靄に濡れて見えた草も、ここでは先だけを残して乾いている。朝の大半を歩いたが、日はまだ頭上には届いていなかった。
鉄舐め谷の水音が、岩の間から聞こえてくる。朝の湿りは日陰にだけ残り、日の当たる石からは白い匂いが立っていた。鉱泉の混じる細い流れに沿って、古い蹄跡と、前脚で石肌を掻いた新しい跡が上流へ続いている。
レノルは風を確かめた。
谷を下る冷たい流れの上を、横から弱い風が渡っている。泉上の乾いた段へ上がるなら、右の低い棚から近づけば匂いを先に送らずに済む。
大盾の男も足を止め、谷底と上の棚を見比べた。
レノルは右へ顎を動かした。男は何も尋ねず、盾が岩へ触れないよう身体を横にして後へ続いた。
二人は水を飲み、弓と槍をすぐ使える位置へ移した。
乾いた段へ出る手前で、レノルは片膝をついた。
低い岩の向こうに、二本の角が見えた。
少し離れて、もう二組ある。
三頭の岩剥ぎが、泉より上の低い棚にいた。
どれも若い雄だった。成熟した雄ほど肩は盛り上がっていないが、短く締まった脚には、石の斜面を一息に上る力がある。二本の角は頭の横へ開いてから後ろへ寝ており、内側には薄い石肌を剥いだ白い粉が付いていた。
一頭が前脚で岩を掻く。湿って緩んだ表面が薄く剥がれ、その下へ鼻先を寄せた。残る二頭は少し離れて若芽を食べている。互いの身体が触れるほど固まらず、それでも一頭が顔を上げれば、ほかも耳を動かした。
雌も仔もいない。
レノルは三頭の位置と、棚の上にある開けた上り口を見た。左側には灌木が密に生え、追えば角を絡める。右は岩が滑らかで、射た後に血跡を追いにくい。中央の一頭なら、上へ走っても短い草地へ出る。その外側にいる一頭が、群れから半歩ほど遅れていた。
「若い雄が三頭いる」
レノルは声を落とし、岩の隙間から上り口を示した。
「外の一頭を、あそこへ向かせたい」
男は一度だけ身を上げ、低い棚と風を見た。
「下から出れば、風上へ向くか」
「向く。追わなくていい、平たい石まで姿を見せてくれ」
男はレノルが示した下側の石を確かめた。
「分かった」
二人は逆へ動いた。
レノルは風下を保ちながら右の棚へ回った。靴底を岩へ平らに置き、砂の浮いた場所を避ける。長弓を横へ倒せば枝へ触れるため、身体の前へ立てたまま進んだ。射る場所に選んだのは、腰ほどの岩の脇だった。上半身を出せば、中央の上り口と三頭の横腹が見える。
矢袋から幅広の狩猟矢を一本抜いた。
まだつがえない。
大盾の男が回り込む側は、岩棚の起伏に隠れている。見えている三頭だけを追うと、男がどこまで来たかを見失う。レノルは群れの耳と視線を見た。
一頭が噛んでいた若芽を離した。
風上へ顔を向ける。
残る二頭も、ほぼ同時に頭を上げた。
下の岩の陰で、大盾の縁がゆっくり動いた。
男は走らなかった。槍を低く持ち、三頭から姿が見える場所へ一歩だけ出る。盾は正面へ据えず、角を向けられてもすぐ受けられる角度で身体の横に残していた。
三頭の岩剥ぎは、男と風上の斜面を交互に見た。
中央の一頭が先に上り口へ向く。内側の一頭が続く。外にいた若い雄は一歩遅れ、二頭の後ろへ入ろうとして横へ身体を振った。
その横腹が、レノルへ開いた。
レノルは矢をつがえた。
左足を岩の脇へ置き、右足を半歩引く。上り口へ走る先と、前の二頭の脚が射線から外れている。横風は弱く、今は草の穂先を同じ向きへ倒していた。
弓を上げながら、耳の近くまで弦を引いた。
若い雄の前脚が地面を離れる。
着く場所を見て、弦を放した。
幅広の鏃が前脚の後ろへ入り、茶灰色の毛の中へ矢柄の半ば近くまで沈んだ。
一頭は前へ跳ねた。
残る二頭が斜面を駆け上がる。角の先が朝の光を返し、すぐに灌木の向こうへ消えた。傷ついた一頭もそれを追ったが、二度目の跳躍で後脚が揃わなかった。低い棚を越え、草地の奥へ走る。
レノルは二本目を抜かなかった。
最初の矢が深く入っている。ここで背後から射てば、角や肩へ当てるだけになる。逃げた二頭へ矢を送る必要もない。
大盾の男が上の棚へ出てきた。
「当たったか」
「前脚の後ろに入った。深い」
レノルは獲物が消えた草地を見た。
「血を追う」
男は外へ逃げた二頭の方角へ盾を向けた。
「周りは俺が見る」
レノルが先に草地へ入った。
血は、最初の着地に大きく落ち、その先で細い飛沫になっていた。蹄跡は上りへ続いているが、歩幅が急に短くなっている。草の倒れ方を追えば、走った向きは迷わない。
男の足音が後ろにある。
一人で追う時なら、レノルは跡を見て数歩進むたび、顔を上げて左右を確かめた。今は血と蹄跡へ目を落とす間、男が盾の脇から草地と岩棚を見ている。レノルはそれでも完全に周囲を任せきらず、曲がり角の前では止まった。男もぶつからない距離で止まり、盾を前へ移した。
追跡は長く続かなかった。
上り口から大きな岩を二つ越えた先の陰に、若い雄は横たわっていた。角の片方が草へ埋まり、もう片方が斜面の下へ向いている。胸は動いていなかった。
レノルは石を一つ投げた。
石が後脚へ当たっても、反応はない。
「息は止まっている」
男は盾を前へ据えたまま、獲物の頭側へ回った。
「まだ角を払うかもしれない。後ろを頼む」
レノルは弓を持ったまま、来た草地と上の斜面へ身体を向けた。
男が槍の柄で片方の角を押す。首も前脚も動かない。追い詰められた岩剥ぎが最後に角を横へ払うことはなかった。
二人は、しばらくその場で待った。
逃げた二頭が戻る気配はなかった。風が血の匂いを谷の下へ運び、草の中では小さな虫が動いている。射た時には岩の上縁にあった日差しが、今は岩陰の内側へ指の幅ほど入り込んでいた。
レノルは矢柄へ手を掛けた。
肉を大きく裂かないよう、入った角度へ沿ってゆっくり抜く。幅広の鏃は血に濡れていたが、先は欠けていなかった。箆を転がしても曲がりはない。布で拭い、ほかの矢と混ぜずに包んだ。
大盾の男も、盾の下縁を返した。革についた白い石粉を手で払い、指先で縁を押す。新しい裂け目はない。
使った矢は洗えば戻る。種莢も葉も減らず、盾の縁も石粉を払えば済んだ。一頭を二つに分けても、それぞれの取り分には、今夜の宿代と明日の食べ物を払って余るだけの値がある。
男が、逃げた二頭の方角を見た。
「残りを追うか」
灌木は上の斜面まで続いている。二頭の跡を拾い直し、群れからもう一頭を離し、射る場所を探すところから始めることになる。その間、仕留めた若い雄は毛皮の下に熱をこもらせたままになる。
「いや、こいつを先に冷まそう」
男はうなずき、盾を地面へ据え直した。
一射で得た一頭を、二人で持ち帰る。
そのための仕事は、ここからの方が長い。
獲物を水から離れた平らな場所へ動かす。男が角の付け根と前脚側を持ち、レノルが後脚をまとめた。短く締まった身体には、斜面を上るための重さが詰まっている。二人で持ち上げても、岩を一つ越えるたびに足場を選ぶ必要があった。
日陰の残る場所へ下ろすと、レノルは背負い具の定位置から解体用の刃物を取り出した。
黒い鍛造肌の残る背を親指で支え、研いだ刃先を腹の皮へ短く入れる。男が後脚を押さえ、身体が斜面へずれないよう角の向きを変えた。腹を開き、熱のこもるものを先に外す。血と匂いが強くなると、二人は風下に荷を置かず、作業場所を半歩ずつずらした。
男は刃を持たない間も手を止めなかった。
皮を引く側を替え、切りやすい張りを作る。外したものを食用、売れるもの、その場に残すものへ分け、血のついた草を踏まない場所へ並べた。レノルが腱を切って関節を外すと、男はすぐに包み布へ移した。
ときおり、どちらかが手を止めて上の斜面を見た。逃げた二頭の蹄音は戻らない。代わりに血の匂いへ寄ってきた小さな羽虫が、日向で細く群れ始めていた。レノルが刃を使うあいだは、男が皮を押さえながら上の斜面へも目を配った。男が包みを整えるあいだは、レノルが刃を置き、弓を手元へ戻した。
大きな部位を外し終えると、二人は飲み場より下流で手を洗った。血のついた水が飲み場へ戻らない場所を選び、土と草で指の脂を落としてから、携行食を出す。
レノルは固いパンを水で流し込み、干した果実を二つ噛んだ。男は大盾を岩へ立て掛け、その影へ肉の包みを置いてから、自分の食べ物を取った。二人は作業場所を挟んだまま、それぞれ外を向いて食べた。話すことはなかったが、背後を確かめるために何度も振り返る必要もなかった。
短い休みのあと、レノルは刃の汚れをもう一度拭った。日に温められた柄を握り直し、残る関節を外す。男も盾の影から包みを戻し、皮の端を持った。
日が頭上を越える頃には、若い雄の身体は運べる大きさに分かれていた。狩りそのものは一射と短い追跡で終わったが、刃を入れ、冷まし、包み、残すものを道から外すまでには、その何倍もの時間がかかっていた。
肉を二つの山へ分ける。丈夫な皮は、使える幅を残して二枚に分けた。角は一本ずつある。男は自分の背負い具と盾の間を測り、皮を畳んで低い位置へ当てた。
「盾をすぐ背から下ろせるようにしたい」
レノルは男の荷と、自分の弓を見比べた。
「皮はそちらを多くして、そのぶん肉をこっちへ回すのはどうだ」
男は二つの肉の山から、厚い包みをレノルの側へ移した。
「角は一本ずつでいい」
「その分け方なら持てる」
二人は荷を組んだ。
レノルの背には肉の包みを身体へ近く置き、その外へ小さい方の皮を巻いた。角は先を下へ向け、歩いても弓へ触れない側に括る。男は大きい皮を盾の内側へ沿わせ、肉を腰より上へ寄せすぎないよう二つに分けた。立ち上がる時、どちらの荷も背中を後ろへ引いた。
男が先に数歩歩いた。大盾を背から外し、すぐ前へ回せる。レノルも弓を上げ、弦が荷紐へ触れないことを確かめた。
取り分が釣り合っても、弓や盾をすぐに使えない荷では帰れない。
二人は皮の端と肉の包みを一度ずつ入れ替えた。最後に背負い紐を締めると、重さは左右へ大きく偏らなかった。
残したものは水場と人の通る棚から外した。血の濃い土を掘り返し、乾いた土を上へかける。二頭が逃げた斜面と、次に群れが使う上り口は塞がない。
レノルは刃を拭き、別布へ包んだ。
作業を終えた時には、谷底まで日が入っていた。
朝に湿っていた岩肌は白く乾き、細い水だけが深い色を残している。来た時より風が温み、遠くの斜面から鳥の声が一度、谷へ落ちてきた。
二人は来た道を下った。
荷があるぶん、足は朝より遅い。それでも一頭分を一人で背負う時とは違い、急な下りで身体を後ろへ引かれる重さは半分ほどだった。男が前で足場を選び、レノルは後ろから荷紐と枝道を見る。道が開けると前後を替え、レノルが先に崩れた石を避けた。
谷口を離れてしばらくすると、道脇に荷を置ける平たい石があった。二人はそこで一度だけ荷を下ろした。レノルの肩には背負い紐の跡が赤く残り、男の額にも汗が浮いている。水を飲み、肉の包みから熱が抜けているか確かめ、緩んだ括りを締め直す。
一頭分を一人で背負っていれば、休む間にも弓を遠くへ置くことはできない。今日は男が水を飲む間、レノルが道の両側を見た。次にレノルが背負い紐を直すと、男が盾へ腕を通した。休息を終える時にも合図はなく、一人が荷を背負えば、もう一人も同じ石から立ち上がった。
低い帰路へ出たところで、景色が大きく開いた。
モセラン盆地の畑が、午後の光の中を南西まで続いている。畦は遠ざかるほど細くなり、林と集落の屋根をいくつも挟んで、最後は淡い靄へ溶けていた。ラネダルの城壁は河岸段丘の上に長く横たわり、その下をラネムが光を折りながら流れている。
さらに北東の高みでは、石造りの水路が断崖の間を横切っていた。
朝とは違う低い角度から見ると、支えの石は細い脚のように重なり、水の通る上部だけが西日を白く返している。片側は岩壁の影から現れ、もう片側も遠い崖の中へ沈んでいた。そこへ上る道らしい線は、斜面のどこにも見えなかった。
レノルは長くは見続けなかった。
肩の荷が一歩ごとに沈み、足元には乾いた轍が続いている。今日はあの高みへ向かう日ではない。盆地の下まで戻り、門が閉じる前に肉と皮を扱える場所へ渡す仕事が残っていた。
男が少し先で足を止めた。
背負い紐の下へ指を入れ、皮がずれていないか確かめている。レノルも自分の荷を下ろさず、腰側の括りを締め直した。男は待つとも急かすとも言わず、レノルが歩き出すと同じ間で足を出した。
日が西へ傾くにつれ、二人の影は道の前へ長く伸びた。
畑へ戻ると、朝に外へ向かっていた荷車が、今度は空になって町へ帰っていく。草を刈った者、籠を満たした者、何も持たず早足で戻る者が、それぞれの道から合流した。二人はその間を、一頭から分けた二つの荷を背負って歩いた。
朝待ち橋が見えた頃にも、まだ城壁の上には日が残っていた。
男が先に橋へ乗る。大盾と荷の重みで板が低く鳴った。レノルが続くと、少し違う高さでもう一度鳴る。細い流れは朝より明るく、橋脚の影だけが長く下流へ伸びていた。
二人は橋を渡り、辺境門の脇へ荷を下ろした。門番が、二つの荷から一本ずつ出た角へ目を向けた。
「谷で仕留めた一頭を、二人で分けてきた」
レノルは肉の包みを開き、その横で男が畳んだ皮の端を持ち上げた。門番は両方の荷を順に覗き、布の下まで確かめると、門の内側へ手を向けた。二人はそれぞれの包みを結び直し、荷を背負って一緒にくぐった。
門内では、帰ってきた荷がすぐに別の道へ分けられる。皮と肉を受け取る加工街は低い方角にあり、宿や荷役場へ向かう通りは高い段を横切っている。
大盾の男は上の通りを見た。レノルは加工街へ下る坂を見た。
どちらからともなく足が止まった。
朝と同じように、次の約束はなかった。名を尋ねることも、明日の行き先を確かめることもない。
男が上の通りへ向きを変えた。レノルは坂を下った。
一人で出られた朝の道を、今日は一頭を二つの荷に分け、二人で帰ってきた。




