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第五話 先に置いた矢

 四日後の朝、レノルは安宿の寝台に十八本の矢を並べた。


 窓板を細く開けると、冷えた風が入ってくる。寝台へ敷いた古布の端が浮き、矢羽が一斉にかすかな音を立てた。ラネダルの朝はもう始まっていた。中庭では桶を置く音がし、通りからは荷車の車輪と、それを避ける人の足音が重なって聞こえた。


 十本が幅広の狩猟矢、六本が細身で丈夫な矢、残る二本が鈍い鏃をつけた矢だった。


 幅広の一本は、前の戦いで石に当たって箆が折れたものだ。拾い戻した鏃を研ぎ直し、よく乾いた予備の箆へ挿し、糸を巻いてある。指の腹で継ぎ目をなぞっても、引っかかりはなかった。箆の色はほかよりわずかに濃い。何度も削って重さを合わせた跡が、朝の光を細く返していた。


 その隣だけは、木肌が新しかった。


 失った一本の代わりに買った矢である。羽を留めた糸もまだくすんでおらず、鏃の根元には鍛冶場の油の匂いがわずかに残っている。レノルは二本を順に弓へつがえ、弦を引かずに箆の通りを見た。修理した一本はほかと同じ位置へ収まった。新しい一本は、羽の端を爪で少し撫でて整えた。


 矢を矢袋へ戻す。


 背負い具の四つの小袋には、使った分を買い足してあった。茨を生む種莢は四回分。傷を閉じる助けにする葉は三回分。町で探し、値を確かめ、形の悪いものを除いて揃えるのに、四日のうち半日を使った。残りは段駆け(サルクェン)の素材を売り、弓と足輪を手入れし、身体を休めるために使った。


 左の腿には、走った疲れももう残っていない。


 レノルは古布を畳み、腰帯を締めた。薄い朝餉を食べて宿を出た頃には、東側の屋根が明るくなっていた。


 加工街へ向かう荷と、城門へ向かう荷は、同じ通りを途中まで進む。皮を積んだ車の後ろを歩き、乾いた染料の粉を掃く店先を過ぎた。誰かが水を撒いた石畳だけが濃い色をしている。その上を朝の光が、屋根の隙間ごとに細く区切っていた。


 城門の外へ出ると、光は急に広がった。


 盆地の畑には薄い靄が残り、遠い畦だけが、その上へ黒い線を引いていた。朝待ち橋の向こうでは、谷へ向かう道が草地の間を曲がり、いくつもの枝道を山裾へ分けている。さらに高いところには、断崖を渡る石造りの水路が朝日を受けていた。町から見れば指で隠れるほどの線なのに、その下には一日で歩き切れない斜面と林が重なっている。


 橋の上に、大盾はなかった。


 レノルは足を止めず、いつものように一人で渡った。


 橋を越えた先では、朝の道がいくつもの仕事へ人を分けていった。荷馬を連れた二人は北寄りの道へ折れ、籠を背負った三人は水路の下へ続く畑道へ入った。レノルの前を歩いていた老人も、山羊の群れとともに草の深い斜面へ消えた。道に残ったのは、谷へ向かう古い轍と、自分の足音だけになる。


 盆地の底から見ると近かった山裾は、歩いてもなかなか迫らない。畑が痩せた草地へ変わり、草地が疎らな林へ変わってから、ようやく岩の多い谷口が見えた。振り返れば、ラネダルは朝靄の向こうで低くなり、石の水路だけが町より高い場所を渡っていた。


 道の両側の露が消え、背中へ日差しの温かさを感じる頃、鉄舐め谷の口へ着いた。


 谷底を流れる細い水は、春の雪解けが退いたぶんだけ石の間へ沈んでいる。日陰にはまだ湿りが残るが、日の当たる岩棚は白く乾き始めていた。レノルは谷へ入る前に水を飲み、風下から上の苔生した段を見た。


 水の退いた縁には柔らかな草が伸び、細い茎の間から黒い土が見えていた。裸だった石の際まで、緑が上がってきている。


 岩の色が、二か所でゆっくり動いた。


 二体の苔運び(メシュラ)が、低い身体を岩へ沿わせている。


 人の膝ほどの高さしかない。だが、六本の脚に挟まれた胴は太く、前半分を覆う甲は、大人が両腕で抱える荷より幅があった。灰色と黄土色の重なった前甲には淡い筋が走り、下の縁は石へ押し当てるために硬く尖っている。その縁を岩肌へ噛ませ、身体を進めるたび、乾いた石を削る音が谷へ響いた。


 一体は、岩の窪みから剥がした灰緑の苔を背へ載せていた。苔には細かな砂と白い粉が混じっている。もう一体が横から身体を寄せ、落ちかけた塊を二本の脚で押し戻す。二体は苔を挟んだまま、上流の岩陰へ続く狭い割れ目へ向きを変えた。


 レノルはそこへ近づかなかった。


 割れ目の奥には、何体いるかわからない。外へ出ている二体だけでも、前甲を並べられれば柔らかなところが見えなくなる。単独で狩るなら、苔を置いて離れるまで待つか、さらに高い棚へ回って一体だけを引き離すところだった。


 下流側の石が鳴った。


 大盾の男が、谷底とは別の枝道から上がってきた。


 歩幅はいつもの長さに戻っていた。左脚を置くたびに身体が遅れることもない。ただ、段を上がる時には左を深く曲げず、右足で先に身体を押し上げている。


 盾にも修理の跡があった。


 割れた下の板には薄い木が当てられ、裏の横木を留める紐は新しく結び直されている。下縁を包む皮は、前より厚く、灰褐色だった。段駆け(サルクェン)から取った、傷の少ない肩から前脚の皮だ。湿らせて巻いたものが乾き、板の縁へ固く馴染み始めている。それでも、新しい皮の端にはまだ色の違うところが残っていた。


 男も二体を見つけた。


 大盾が背から下りる。レノルは弓を手へ移した。


 二人の間には、呼び合う約束も、どちらが先に見つけたという取り決めもない。男は谷底から上の段へ登る短い坂を見た。レノルは、その右上にある低い岩棚と、さらに下流へ抜ける乾いた道を見た。


 一体が苔を背から落とした。


 六本の脚が石を掻き、前甲がこちらを向く。もう一体も割れ目へ入らず、横へ並んだ。硬い縁が岩へ触れ、二度、短く鳴った。


 この谷で採るものを奪う相手として、二体は人を見たらしい。


 男が盾の下縁を、坂の途中にある低い石へ寄せた。


「ここで止める。右の棚を使え」


 レノルは右上の岩棚へ二歩上がり、盾越しに坂の左側が見える位置を取る。


「分かった」


 細身の矢を抜いた。


 二体は同時には来なかった。


 右の一体が先に坂を駆け下り、低い頭をさらに下げた。岩を削る縁が、正面から盾の中央へぶつかる。


 木の板が深く鳴った。


 男の肩が後ろへ押された。だが、盾の下は石へ寄せたまま動かない。衝撃は腕だけで止まらず、盾の面から石と右脚へ抜けた。新しく巻かれた下縁の皮が白い粉を噴き、板の当てが一度震えた。


 もう一体は正面へ重ならなかった。


 坂の外側へ回り、前甲の尖った下縁を、盾の左下へ差し込もうとする。六本の脚が順に岩を噛み、重い身体が斜めに持ち上がった。前の戦いで盾を裂いた力と同じ向きだった。


 男は盾を引かなかった。


 男は盾の脇から槍を伸ばし、正面の一体の前脚を越したところで手首を返した。鉤が脚の後ろへ掛かる。その個体が盾を押すたび、男は柄を低く押さえ、踏み直そうとする脚を石の縁へ寄せた。


 レノルは弦を半ばまで引いた。


 硬い甲へ射ても、矢は欠ける。脚の付け根には淡い半月形の皮が見えるが、正面の一体は盾へ身体を寄せ、外側の一体は前甲で互いの横腹を隠していた。


 男の動きは、崩れた旧道で見ている。


 盾の後ろを通った時、男は正面の一頭を押し返したのではなかった。受けた重さの向きを変え、槍の鉤で一歩だけ崩していた。


 レノルは矢先を、今見えている身体へ合わせなかった。


 盾の左、低い石の脇へ向ける。


 外側の一体が、下縁へ甲を入れた。盾が左から持ち上がりかける。男は左脚を大きく踏ん張らず、右足を軸に身体を半歩だけ回した。正面の一体が押していた力が、盾の斜面を滑る。鉤に掛かった前脚が石から外れた。


 低い身体が横へ流れた。


 前甲の後ろで、淡い半月が大きく開く。


 そこは、レノルが矢先を置いていた場所だった。


 弦を放す。


 細身の矢が、脚の付け根から奥へ消えた。鏃は前甲の裏へ斜めに入り、低い胸の中まで届いた。一体は脚を折り、流れた勢いのまま石へ横倒しになった。前甲が岩を叩く。残る脚が二度、石を掻いたが、重い身体を持ち上げることはできなかった。


 男は倒れた一体へ槍を向け続けた。


 残った個体が盾の下から離れる。


 逃げる動きではない。


 六本の脚が別々の石を蹴り、身体が坂を横切った。低い前甲の先は、矢を放ったレノルへ向いている。


「来る」


 レノルは二本目へ手を伸ばした。


 その個体は真っ直ぐには上がってこなかった。盾を避けるように坂の下へ一度振れ、そこから岩棚の端を回り込む。前甲の筋が日を返すたび、向きが変わる。レノルが横へ動けば、その先へ六本の脚が揃った。


 二本目をつがえる。


 距離は射るのに近すぎず、魔法も届く。


 背負い具の種莢袋は閉じたまま、右脇にあった。右手で口を開き、種莢を一つ取り、呪句を終えれば、苔運び(メシュラ)の行く先へ茨を生やせる。自分や男の身体へ、動く茨の守りをまとわせることもできる。


 だが、そのどちらにも、右手と、短く四つ数えるほどの時間がいる。その間は弦を引けない。


 大盾の男は、もう動き出していた。


 最初に盾を置いた石を離れ、苔運び(メシュラ)とレノルの間へ斜めに入る。左脚を深く出して止めるのではない。近づく甲へ盾面を向けながら、右足で一歩ずつ位置を変えている。


 レノルは袋へ手をやらなかった。


 右手を弦へ残し、岩棚を下流へ走る。


 その個体が男の脇を抜けようとした。盾の端へ前甲をぶつけ、六本の脚で押しながら身体を捻る。男は一歩だけ下がった。押し負けたように盾が傾く。


 さらに六本の脚が踏み込む。


 次の瞬間、男は盾を正面へ戻した。


 斜めに押していた前甲が平らな面を受け、行き場を失う。男は左脚を深く曲げず、右肩と腰を一緒に返した。新しい下縁は石を擦ったが、甲の尖りを下へ潜らせない。


 鉤穂が低く走った。


 前の脚を突くのではなく、その先の石へ置かれるはずの脚を横から払う。その個体は前の二本を開き、残る四本で身体を支えた。すぐに向きを変え、盾の右へ出ようとする。


 男も回る。


 レノルは射たなかった。


 柔らかな半月は一度見えたが、盾の縁と槍の柄が重なっていた。この個体は先ほど倒れた方より速く、脚を崩されても同じ向きへ押し続けない。前甲を引き、男が盾を直すより先に外側へ回る。


 レノルは岩棚を一段下りた。


 そこでは低すぎた。甲の上しか見えない。


 苔運び(メシュラ)が前甲を男の盾へ打ちつける。男は半歩下がって受け流し、甲が離れると、踏み直す前脚へ槍を払った。その個体は脚を引いて鉤をかわし、今度は坂の上から盾の下を狙った。


 板が鳴る。


 新しい皮に、白い筋が増えた。


 それでも盾の下縁は浮かなかった。男が同じ場所で耐えず、押されるたびに石一つぶんだけ足場を移しているからだ。その個体は六本の脚で何度も追い、尖った縁を差し込もうとする。そのたび、男は前甲を盾面へ受け直した。


 短い押し合いが三度続いた。


 レノルは下の棚を横へ移り、途中から上の段へ戻った。足輪に歩調を合わせるほどの距離ではない。石を二つ越え、男の右肩と苔運び(メシュラ)の横腹が重ならない高さを探す。


 その個体がまたレノルへ向きを変えた。


 今度は盾を大きく迂回せず、男の右を擦り抜けようとする。男は追って前へ出なかった。盾を半身ぶんだけ引き、通れるように見える隙間を残した。


 低い頭がそこへ入る。


 男は槍を低く突き出し、奥の前脚の向こうへ通した鉤を返した。踏み出す脚が引っ掛かった。


 男は槍を引かず、柄を地面へ押した。前脚の置き場が消える。高い側の脚が二本、同時に岩から外れた。身体が男の盾へ寄り、反対の横腹がレノルの方へ開く。


 レノルは半歩だけ上へ移った。


 男の肩越しではなく、盾の右端と岩壁の間に、淡い半月が見えた。


 二本目を放つ。


 矢は脚の付け根を貫き、前甲の内側へ深く入った。最初の一射と反対の角度から、低い胸の奥を通る。その個体は開いていた脚を戻せず、頭から岩へ落ちた。硬い縁が石を削り、灰色の粉が広がる。六本の脚がばらばらに動き、やがて前の二本だけになり、それも止まった。


 谷に、削られた粉の落ちる音が残った。


 レノルは三本目を抜かなかった。


 弓を下げずに、上流の割れ目を見る。男も槍を下ろさない。二人は位置を変え、倒れた二体と割れ目の両方が見える場所へ移った。


 すぐに別の甲が現れることはなかった。


 岩陰から吹く風が、落ちた灰緑の苔を揺らした。谷底の水音が戻ってくる。戦いへ入る前には坂の端にあった日向が、盾の幅ほど下へ動いていた。長くはない。それでも、二体が何度も盾へ向きを変え、レノルも上下の棚を移るだけの時間は過ぎていた。


 男が先に槍の穂を下げた。


 レノルは弦から右手を離し、倒れた一体へ近づいた。前甲の外から石を投げ、脚が動かないことを確かめる。矢柄へ触れる前に、岩の割れ目と、苔を運んでいた跡をもう一度見た。


 奥へ入れば、持ち帰るものより多くの相手を起こすかもしれない。


 二人は割れ目を離れ、下流から風の通る乾いた場所で待った。


 レノルは水を一口飲んだ。息はほどなく平らになった。右手は弦を引いた重さを覚えているが、腕に震えはない。小袋は一つも開けていなかった。


 大盾の男が、左脚へ手を当てる。


「前の傷は」


 男は膝を浅く曲げ、立ち直った。


「開いていない」


 布に新しい血はなかった。


 盾の下縁には、鉱物の白い粉が付いていた。新しい皮に浅い擦れが何本も走っている。薄い当てをした板も、結び直した横木も動いていない。男は裏へ手を回し、一つずつ押して確かめた。最後に下縁を石へ当て、体重を短く預ける。きしみは返らなかった。


 力が弱かったわけではない。


 正面から受けた最初の一撃では、盾全体が鳴っていた。もう一体が下へ入り続けていれば、新しい皮は乾き切る前にまた剥がされていただろう。二体はそれを何度も狙った。


 ただ、同じ向きの力を、同じ場所で受け続けなかった。


 石へ下縁を寄せた最初の受け。押す脚を鉤で外した一歩。場所を移しながら盾面へ受け直した三度の衝突。二本の矢が、鉤で脚を崩された苔運び(メシュラ)を一体ずつ仕留めた。白い擦れは残っても、板を割るほどの重さは積み重ならなかった。


 レノルは倒れた一体の矢を抜いた。細身の鏃に欠けはない。箆を転がすと、曲がりもなかった。血を拭い、もう一本と分けて布へ包む。宿で洗い、乾かすまでは矢袋へ戻さない。


 日は頭上に近づいていた。


 二人は岩の割れ目へ背を向けず、倒れた二体を作業場所まで引いた。低い身体でも、前甲と六本の脚に詰まった重さは大きい。レノルが後ろの脚をまとめ、男が前甲の端を持つ。一体ずつ、石を二つ越えて水から離した。


 解体用の刃物を取り出す。


 黒い鍛造肌の残る背を親指で支え、手の長さより少し短い刃先を、前甲の後ろへ入れた。硬い甲そのものを切ろうとはしない。柔らかな皮へ沿わせ、六本の脚の根元を避けながら、甲を留める筋を順に外していく。


 大きな前甲が一枚、身体から離れた。


 裏には細かな筋が走り、矢の入った場所だけが暗く濡れている。表には灰色と黄土色の層があり、磨けば腕や荷を守る当てに使える。縁の欠けたところは小さく切り分けられる。


 男ももう一体の前甲を外し、表へ向けて並べた。


 二枚の形はよく似ていた。一枚は左の縁に長い擦り傷があり、もう一枚は前が少し厚い。レノルは厚い方を男の側へ置いた。盾の下へ当てて大きさを見るには、そちらの方が使いやすい。


 男は何も言わず、苔運び(メシュラ)が背に載せていた苔の大きな塊をレノルの側へ置いた。


 灰緑の苔は、乾いた表面の下に湿りを残している。混じった白い粉は、指で押すと砂より細かく崩れた。二体が運んでいた分を広げ、石や血のついたところを除く。残った量を二つへ分けると、レノル側の方が少し重かった。


 レノルは縁の小甲を一枚、男の山へ移した。


 男は二つの山を見比べ、自分の側から小さな苔の塊を取ってレノルの側へ載せた。


 それで二人とも手を止めた。


 硬貨を出す必要はなかった。前甲が一枚ずつあり、持ち帰った後に使えるものの重さも大きく違わない。


 肉は匂いが強く、すべてを運ぶ価値は薄い。使える小さな甲と苔を包み、残りは谷底の水と人の通る坂から外した。血のついた石には乾いた土をかける。岩陰へ続く運び跡は踏み荒らさず、その手前で作業を終えた。


 レノルは刃を拭き、別布へ包んだ。背負い具へ湾曲した前甲を括りつける。思ったより幅があり、肩越しに振り返ると、灰色の縁が片側へ張り出していた。歩いた時に岩へ当たらないよう、紐を一つ下へ掛け直す。


 男の背にも一枚が収まった。大盾と前甲が重なると、背中の幅がさらに広く見える。それでも男は一度立ち、荷を揺すってから、左脚を庇わずに数歩進んだ。


 日が正午を越えた頃、二人は段を下りた。


 谷の上では風が変わっていた。朝には動かなかった低い雲が盆地の奥へ流れ、遠い畑の色が明るくなる。ラネダルの壁は、幾重もの畦と林の向こうに薄く見えた。断崖の水路はさらに遠く、その先で山の影へ消えている。


 谷口の向こうには、来る時には靄に隠れていた南の丘まで見えていた。丘の背には細い道が白く続き、やがて木々の間へ消える。ラネダルから一日の狩りへ出ただけでも、まだ踏んでいない道は盆地の縁ごとに残っていた。


 下流へ行く道と、山裾を上流へ回る道が分かれた。


 大盾の男は上流を見た。レノルは下流の風を嗅いだ。水の近くに出る獲物を探すなら、まだ日が高すぎる。けれど、足跡を見て、明日の狩りに使える道を確かめる時間は残っている。


 二人は同じ道を選ばなかった。


 男が先に山側へ折れる。大盾の下には、今日増えた白い擦れが残っていた。レノルは盆地側へ下り、途中で一度だけ背負い紐を締め直した。


 矢袋には十六本。使った二本は、洗うための別布に包んである。種莢も葉も減っていない。背中には前甲と苔があり、正午過ぎの明るい道が先へ続いていた。


 朝に一人で橋を渡った時と同じく、これからどこへ行くかは自分で決められる。


 ただ今日は、まだ見ていない道を一つ確かめても、日のあるうちにラネダルへ戻れるだけの余裕があった。


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