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第三話 夜明けの四影

 自分の獲物をラネダルへ持ち帰った日の夕方、レノルはそのまま加工街へ下りた。


 まだ温かさの残る肉と皮を台へ広げ、持ち帰った角も見てもらった。受け取った硬貨を革袋へ収めて安宿へ戻ると、中庭の井戸で解体に使った刃物と幅広の矢を洗った。血と脂を落とし、それぞれ乾いた布で水気を取る。刃物は鞘へ戻さず、矢と離して小部屋の風の通るところへ置いた。


 翌朝、レノルは町の外へ出なかった。


 寝台の上へ古布を広げ、乾いた道具を並べる。矢柄を転がして曲がりを見て、鏃の留めと羽の並びを確かめた。解体用の刃物は、黒い背へ血の残りがないことを見てから、皮を引いた丸みだけを砥石へ短く当てる。指先で刃を確かめ、油を薄く引いて、乾いた革鞘へ戻した。夕方には、十八本すべてがまた矢袋に並んでいた。


 窓の外では、昼を過ぎても荷車の音が続いていた。近くの壁には、冬を越した上着が干され、一階からは縫い針を落としたと言い合う声がした。レノルも洗った布と革紐を窓辺へ吊るし、ほつれた肩紐の端を縫い込んだ。山へ出ない日にも、次に山へ出るための仕事は残っていた。


 窓を開け放していても、昼の風はもう冷たくなかった。袖から出した手首に日が当たり、針を送るうちに温まっていった。


 熱い湯で汗と脂の臭いを洗い、夕食には湯気の立つ煮込みを食べた。寝台へ横になると、腿の奥に残っていた張りが、ようやく自分の重さに沈んだ。


 その次の朝、レノルは暗いうちから食事を取った。


 空が白む前の町では、窓より先に立ち上がった炉の煙が、屋根の間へ低く流れていた。水を運ぶ桶が石敷きの道で鳴り、門の方からは閂を動かす重い音が届く。レノルは宿の壁に背を預け、長弓の弦を指で弾いた。短い音は澄んでいた。


 宿の戸口で食べたのは、湯気の落ち着いた煮込みと、塩気の強い干し肉だった。空にした木鉢を返すと、ダミラはそれを脇へ置き、次の鉢へ煮込みをよそった。


「今日も谷かい?」


「ああ。鉄舐め谷で狩りをしてくる」


「気をつけておいで」


「行ってくる、女将」


 戸口では、弓袋を背負った者が連れの背負い紐を引いて確かめ、槍を持つもう一人が戸を押さえていた。三人が出ると、朝の冷気が食堂へ流れ込んだ。早く出る者の顔ぶれは日ごとに変わっても、闇の中ですることは似ている。食べ、紐を締め、自分の荷を持って門へ向かう。


 種莢は革袋の内で割れていない。足輪の留めにも緩みはなかった。レノルは水と昼の食べ物を背負い具に入れ、北東の門へ向かった。


 門が開いたばかりの道には、夜露を含んだ土の色が残っていた。早くも外へ出る荷車が輪跡を二本つけ、後ろから来る者たちがその間を歩く。見張りは一人ずつの荷を見るので、列は緩く進んだ。


 門外へ出ると、盆地の東側はまだ山の影の中にあった。西の空まで薄い青が広がり、その下で川だけが鈍い光を返している。畑の間の水路に沿って身を屈める人の背が、朝の冷気の中を少しずつ動いていた。


 朝待ち橋では、町へ入る者より山へ出る者の方が多かった。空の籠を重ねた二人が先に渡り、その後を小さな荷を負った者が続く。レノルは一枚ずつ朝露をまとった橋板の中央を踏んだ。


 橋の向こうで、彼らは別々の道へ散った。レノルも鉄舐め谷へ向かう登りを進み、途中で北へ折れる旧道を選んだ。


 鉄舐め谷へ向かう者はそのまま登り、薪を積んだ籠の者は低い雑木林の方へ曲がった。旧道の入り口には、一時置かれたらしい割った木が二束あった。結び目は朝露に濡れていたが、下の土はまだ新しく凹んでいる。束の脇には、今朝ついた靴跡も残っていた。


 いまでは荷車の通らない道だった。所々に車輪の幅を思わせる平らな石が残り、崩れた縁から草が張り出している。下に新しい道ができてからも、歩く者と山の獣はここを使っていた。


 山側には、石を並べた低い壁が残っていた。中ほどまで土に埋まり、上へ伸びた木の根がいくつもの石を抱え込んでいる。人の手で築かれた積み方であることは分かるが、誰がどんな荷を通した道かは、レノルは知らなかった。それでも、雨水を山側へ逃がす石の溝と、沈んだ路面を踏まずに済む歩き方は、いまも役に立った。


 道の下には、人の背丈より高い低木が密生していた。その間から小さな鳥が二羽飛び立ち、盆地の方へ翼を並べて降りていく。道の上の空はよく晴れていた。下の森はまだ夜の色を残し、葉の先から露がひとつずつ落ちていた。


 道が山裾を回るたび、ラネダルの見え方が変わった。まだ高い城壁の上が朝日を受けているが、壁の内側はいくつもの屋根と煙の層に分かれている。南へ細く光る川は、盆地の端で曲がり、見えない土地へ流れていく。あの町の壁の外にいるのに、盆地の全体は一日で歩ける庭のようには見えなかった。


 山の方では、朝日が近い尾根から順に影をはいでいた。その奥には、まだ青黒い山肌が幾重にも残っている。レノルの進む旧道は、遠くから見ればその一枚目の山裾に付いた細い傷にすぎない。


 日が山の肩から全部出た頃、道の真ん中に蹄跡が現れた。


 前脚の片側が深く、後ろ足を引きずった跡が残っている。大きさは大人の雄のものだった。疾走する間隔ではない。速く歩こうとして、一歩ずつ重みを崩している。


 蹄の後ろには、細かい石粉を一度蹴った跡があった。それが数歩ごとに繰り返されている。獣はそこで立ち止まって振り返り、急いでまた歩き出していた。


 右手の草に、血が付いていた。


 レノルは膝をついた。葉の先に残った血は黒ずんでいたが、乾き切ってはいない。いくつか先では、腹の高さの岩が赤く擦れている。角の跡はない。獣の肩か脇が触れたらしい。


 血の付き方は、右と左で高さが違った。平らな道では右側の葉へ付き、獣が山側へ寄ると、左の岩肌にも薄く残る。血の落ちる側をかばうように歩き続け、曲がりで通れる幅を失ったのだろう。


 一度、蹄跡は旧道から草地へ外れていた。そこで草は身体の幅に倒れ、血が丸く溜まっている。横たわったのではない。四つの蹄が同じ方を向いたまま、腹だけを土へ降ろしている。それでも長く休めず、また道へ戻っていた。


 その場所の後ろに、丸く深い蹄跡があった。追われて立ち上がった時についた跡だった。


 傷ついた岩剥ぎ(ケルヴァル)が、夜のうちにここを通った。


 血は道の先へ続いている。その蹄跡の横に、ひとつめの異なる足跡があった。


 扇を開いたような前足の跡。三本の趾が土を押し、その斜め後ろへ、半月形の小さな穴が付いている。岩の縁では、石苔が剥がれた半月形の跡だけが残っていた。


 後ろ足の跡は、前足より細長い。一歩の間は広いが、走った獣のように土を後ろへ蹴り出していない。低い頭を血の匂いへ向け、高い腰を安定させたまま、選んだ速さで進んでいる。


 段駆け(サルクェン)だ。


 夕暮れに上流の岩陰から出る獣だった。これまでレノルが見たのも、落ちた日の色が岩棚に残っている頃ばかりだ。夜が明け、人の往来が始まるこの時間に、平地に近い旧道にいるのは早すぎた。


 レノルは長弓を弓袋から出した。


 その先で、足跡は二つに増えた。


 旧道が一度崩れ、人の歩き幅ほどの岩棚だけを残す場所だった。傷ついた獣はそこを避け、下の枯草へ降りている。追う足跡の一つも下る。もう一つは、岩棚の切れた縁をそのまま横へ渡っていた。


 同じ場所で、別の高さが同時に削れている。下の獣が傷ついた獣を急かし、上の獣が岩棚を渡って先を塞ぐ。平らな道では、こんな跡は残せない。段の多い山裾でだけ、その足を十分に使える。


 一頭は傷ついた岩剥ぎ(ケルヴァル)の真後ろを進んでいる。もう一頭は少し上の石段を並び、岩の張り出しで下へ降りていた。低木の下に灰褐色の粗い毛が残り、岩棚の上下に新しい擦り跡がある。


 それで終わりではなかった。


 追跡が緩む場所まで来ると、後ろから重なった足跡と、前へ出た足跡がある。先まで追っていた獣が血の跡へ寄り、別の獣が前へ回っていた。岩棚を上下に分かれ、休む個体と追う個体を替えながら進んでいる。


 前に出た足跡は、大きな石の陰で少し止まっていた。尾が掃いたらしい細い弧が、露の上に二本残っている。そこから先では、先頭だった足跡が血の跡より後ろへ回り、古い足跡の上に新しい足跡が重なっていた。追う側は先頭を交代しながら、傷ついた獣に休む間を与えず進んでいた。


 レノルは、夜の山の静けさを思い出した。人の灯りが届かない岩棚で、四頭が鳴き声と尾の動きを繋ぎ、一頭の血を夜明けまで追ったのだ。いま道に残る足跡は、どの一頭が先へ出て、どこで後ろへ回ったかまで示していた。


 足跡は四頭分あった。


 夜通し追われたなら、傷ついた獣は遠くへ行けない。だが、血の量は石の多い場所で減り、その先で途切れた。岩へ上がったのか、越えた段の向こうへ倒れたのかは分からない。


 血の流れる方から、粗い息の音はしなかった。


 日は旧道の全体を照らし始めていた。夜の湿りを残す土と、すでに白く乾き始めた石が、踏んだ場所の違いを見せている。血の跡が一度消えた岩の向こうには、まだ広い山地が続いていた。谷へ下れば水があり、尾根を越えればここから見えない斜面がある。倒れた場所を当てずっぽうに探して歩き回れば、日のあるうちに帰れなくなる。


 その時、道の曲がりの奥で、低い喉鳴りが一つした。


 すぐに、別の高さから応えが返った。


 レノルは道の縁へ寄った。盆地側は幅の広い緩斜面で、低木の間を下れば、群れと距離を開けて町へ戻れる。一人で四頭を待ち受ける必要はなかった。


 長弓を手にしたまま、レノルは声のした方を見た。


 旧道はその先で山側の半分を失っていた。岩壁から落ちた大石が積み重なり、残った道幅は大盾一枚よりわずかに広いだけだった。崩れの上には緩い石段があり、そこからは下の道と、岩壁の切れ目の短い通り道が見える。通り道は、冬や雨の水が走ったらしい涸れた石の流れ跡へ下っていた。


 水がある時なら、山から来た流れはその短い道を横切り、残った路面の外へ落ちるのだろう。いまは丸い石が乾いて重なり、下端のわずかな土に、草が一団だけ生えていた。短い通り道は人が一人通れる幅しかない。長弓を横にすれば岩に当たる。


 崩れの下は、背の高さほどの大石で盆地側からも塞がれていた。大きな獣が回り込むなら、一度旧道から外れなければならない。人なら、石の間と短い通り道を使える。


 その下に、大盾の男がいた。


 鉄舐め谷とその周りで、以前から何度か見かけていた男だった。大盾を左腕へ通し、右手の槍を低く持っている。男の足もとにも、扇形の足跡と半月形の穴があった。


 男はレノルを見上げた。


 レノルは左手の指を四本開いた。


 男は短く頷いた。それから自分の前の道を槍先で示し、上の石段を見た。


 足跡と低い鳴き声は、別々の高さを進む獣の位置を示していた。低い道を追ってくる二頭。上の岩棚を横切る二頭。


 レノルは上の石段と、その後ろの斜面を見た。ここに残れば下の男を矢で援護できる。二歩下がれば岩が肩を隠し、そのまま盆地側へ走れる。上から来る獣に近づかれた時の道もあった。


 男の位置からは、その斜面は見えない。それでも男は、レノルが退く道へ獣を送らない位置にいた。


 大盾の男は、下の道をレノルの方へ上がってはこなかった。大石の積み重なる狭い部分へ背を向け、盾の正面を山側に合わせながら、ゆっくり下がっていく。広い道で四頭に囲まれる位置から、横に並べない場所へ群れを運んでいた。


 上から来る獣の路とは、岩壁と崩れに隔てられている。男が退いても、その二頭をレノルへ寄せる動きにはならない。


 二日前と同じだった。


 男は、自分の前の数を減らすために、獣を上の石段へ追い上げることもできた。それでも、レノルの退き道へ群れを流す方には動かなかった。


 レノルの後ろには、盆地へ下れる斜面がまだ開いている。


 一声目より近い喉鳴りが、上の岩棚から聞こえた。


 レノルは踵を返さなかった。


 崩れの上の石段へ上がる。長弓を立てても岩に触れず、下の旧道からすぐには爪の届かない高さがあった。下流側には涸れた流れ跡へ降りる短い通り道が見える。男が狭い道を保てなくなっても、別の方向へ下りられる。


 矢袋から幅広の矢を一本抜いた。


 下で、男の盾が止まった。


 上の岩棚で、岩壁の曲がりからひとつの頭が出た。


 低い楔形の頭。丸い耳は小さく、灰褐色の短い毛の上を、背に沿って黒い筋が走っている。幅広い胸と肩から、身体は高い腰へ向かって斜めに上がっていた。頭を低くしたまま、長い尾だけが岩壁の外側へ曲がる。


 腹と脚の内側は背より淡い。後ろ足が高く、立ち止まっていても、次の岩棚へ身体を投げる前のように見えた。頬の下の毛がふわりと動き、低い息が石の間を渡った。


 もう一頭はそれより高い岩棚を進んでいた。


 前足の三本の趾が石の平らな面を踏み、左右に開いた掛け趾のうち、斜面側の一本だけが岩の縁へ下りる。幅の広い前半身が崩れず、上下の段を横に切っていた。


 レノルは弓の上端を岩から外した。


 岩棚は、矢を射ち上げるほど高くはない。それでも獣の腹側は見えず、肩の後ろも縁に隠れている。後ろ足が次の段へ移るなら、前半身が横を向く一息がある。


 下の旧道から、石に爪の当たる音が続いた。


 大盾の男は退いていた。背後の狭い場所までは、まだ数歩ある。一頭が低く張り出した岩の下から出、もう一頭は男の盾より高い棚を同じ速さで並んでいる。


 下の一頭はすぐに飛び掛からず、大盾の幅を見ながら少しずつ近づいていた。盾の右が開けば右へ、岩壁へ寄せれば上の獣が低くなる。男は槍先を大きく振らず、二頭の間で小さく動かした。手前の一頭に踏み込ませながら、上の一頭には掛け趾を下ろす場所を与えていない。


 その動きの終わりごとに、男の踵は後ろの大石へ近づいた。急いで逃げているようには見えない。自分が止まる場所を、足の後ろで測っていた。


 男は盾より高い棚の一頭も見た。盾の上縁を山側へ寄せた。それでも、レノルの石段へは上がらない。


 男のいる場所は、長弓なら届く。だが、茨の守りを他人にまとわせる術は、あそこまでは届かない。レノルが今送れるのは矢だけだった。


 レノルの方で、高い岩棚の一頭が足を止めた。


 レノルは弓を引いたまま、目だけで斜面側を見た。今なら下れる。矢を放した後でも、すぐに二歩戻れば岩の陰へ入れる。大盾の男は、もう狭い部分へ半身を入れていた。


 男を援護するにも、この石段まで獣に迫られては、下を狙う余裕がなくなる。


 長い尾が水平に伸びた。その下の岩棚で、血の跡へ鼻を寄せていた獣も頭を上げる。二つの丸い耳が、先にレノルへ向いた。


 風は横から来ている。匂いで知られたのではない。石段へ上がる靴の摩れか、下の男が見た位置か、長弓の動きを読まれた。


 血の跡を追っていた獣が、岩棚から一段低い棚へ降りた。レノルのいる石段の縁へ、下から迫ってくる。


 石が前足の下で鳴る。掛け趾が縁を取り、高い腰と長い尾が振れもせず後ろから続いた。大きな獣なのに、上下の動きがほとんどない。人が平らな道を走るより速く、岩棚を横切ってくる。


 前足が岩へ下りるたび、三本の趾の外側へ掛け趾が開いた。斜面側の石だけを掴み、次の一歩ではすぐに浮く。爪を引きずらないので、音は短く、進む速さも落ちない。


 長い尾が上へ跳ねる。高い岩棚の獣の尾が、別の方向へ一度振られた。下の旧道で、二頭の爪音が左右へ分かれた。


 このまま待てば、高い棚の一頭も、下から迫る一頭も、レノルの立つ石段へ来る。


 高い棚の一頭だけでも、近づくのを遅らせたい。


 レノルは高い棚の獣へ弓を向けた。


 獣の後ろ足が動く。前足が岩の縁へ寄り、肩が横向きに開いた。


 弦を放した。


 幅広の鏃が灰褐色の毛を撥ねた。


 矢は肩の上を浅く擦り、血を散らして岩の割れ目へ消えた。石に当たった音はしなかった。深い隙間へ落ちたらしい。


 引いた分の力は、手ごたえのない暗い割れ目の中へ消えた。レノルは矢を目で追うのを止め、弦から左手へ残った震えのうちに、次の矢へ指を掛けた。


 傷を受けた獣が、低い喉鳴りを一声上げた。


 その声で、レノルのいる段の下まで来た獣が頭を上げた。長い尾が一度、山側へ大きく振られた。


 その獣が身を翻した。岩の割れ目を利用し、掛け趾を石へ食い込ませながらレノルのいる段へ上がる。


 大盾の男を追う二頭は、そのまま道を詰めた。


 男の盾に近い一頭の喉が低く鳴る。その音に重なって、レノルの下から登る獣も喉を鳴らした。四頭は散ったのではない。岩壁と崩れを隔てて、まだ互いの位置を知っている。


 男は大石の間へ左の足を入れた。大盾を目の前に立て、横向きには一頭しか通れない幅へ身体を収める。盾の上方では、もう一頭が岩棚へ掛け趾を下ろした。


 レノルの正面には、矢が肩をかすめた一頭がいる。さらに、血の跡を追っていた一頭が下から岩を登ってくる。


 先ほどまで群れが追っていた血の匂いは、旧道の奥へ消えていた。


 四頭の注意は、今は二人の人間に向いている。


 朝の日は尾根を越え、乾いた旧道を白く照らしていた。夜の血は石の窪みだけに黒く残る。崩れの下には盆地の草地が広がり、その先でラネダルの城壁が薄く光っている。遠くの道を行く荷車は、この岩陰で低い喉鳴りが四つ重なったことも知らず、町へ進んでいた。


 下では大盾の面に日が当たり、長い影が崩れの石へ伸びていた。上では二頭の灰褐色の背が、その影を横から超えてくる。


 レノルは二本目の幅広の矢を抜いた。


 手にした一本を合わせて、残る矢は十七本だった。


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