8.ドウタン⋯キョム!?
どこをどう歩いて戻ったのかも、よく覚えていない。
気づけば、私は教室の自分の席に座っていて、机に突っ伏していた。
「……無理」
声に出さずにはいられなかった。頭の中では、まださっきの光景がリピート再生されている。ガルド様の手。ユリウスの指先。近づく距離。重なる、唇。
う、うわぁぁぁぁ!
無理無理無理。
『ガル×ユリ』もワンチャンありかなぁって思わないこともなかったけど、
き、キスシーン見ちゃったら、やっぱムリィィィ!
せめて『殿下×ガル』カプならもっとと腐ってても……?
って、ダメだ。私の脳ミソも腐ってやがる。
「もう、無理……」
処理落ちした脳が、ぶすぶすと煙を上げているような感覚だった。前世の記憶も、今世の常識も、何もかもが追いつかない。
突っ伏したまま、しばらく死んだように動けずにいると、ふと、近くの席から声が聞こえてきた。
「えぇ、だってあの方のあの筋肉、素敵だと思いません?」
「…、まあ、人それぞれ好みはございますから…」
教室での会話って前世とあんまり変わんないなぁ。
そんなことをボーッと考えていると、
「…ドウタンキョム…。」
……ん?
机に頬をつけたまま、私は耳だけをそちらに向ける。
「ドウタン…なんですって?初めて聞くお言葉ですけれども…」
「…なんでもありません。すみません。」
会話は、それだけだった。他愛のない世間話として、すぐに別の話題に移っていく。
でも――私の頭の中では、今の一言だけが、鐘の音のように反響していた。
ドウタンキョム。
同担、虚無。
その言葉を知っている。知っているどころじゃない。前世の、あのグループの中だけで使われていた言葉だ。「同担拒否」じゃない。「同担虚無」。推している対象に、他に同じ熱量で語り合える相手がいない、あの独特の孤独感を指す言葉。
一般的な言葉じゃない。少なくとも、この学園の生徒たちが、当たり前のように口にするような言葉じゃないはずだ。
がばりと、私は顔を上げた。
まさか。
まさか、とは思う。でも。
――待って。待って待って待って。
もし、あの言葉を使っていたのが、ただの偶然じゃないとしたら?
もし――前世の、あの仲間の誰かが。
私と同じように、この世界に転生しているのだとしたら?
心臓が、どくん、と大きく跳ねた。
そう考えると、いろんなことに説明がついてしまう。ガルド様とユリウスの、公式にはあり得なかったはずの関係。台詞の端々に感じる、微妙な違和感。まるで――誰かが、原作を"書き換えている"かのような。
「……二次創作」
ぽつりと、呟く。
でも、誰の目から見ても分かるような大きな改変じゃない。ほんの数文字、ほんの一言。まるで、きっかけだけを、そっと差し込むような。
「これ、絶対……」
誰かが、書いてる。
前世の、あの仲間の中の、誰かが。
私は震える指で、記憶の中の顔ぶれを一人ずつ思い浮かべようとした。
私も含めて四、五人…だったはず。名前は、えーと…。なんかはっきりしないな。
なんにしろ、もし、この学園のどこかに、彼女たちの誰かがいるのだとしたら。
私は、拳を握りしめた。
――犯人を、見つけなきゃ。




