5.ユリウス、迷子になる(訓練場へ)
放課後、ユリウス・セラフィヌスは廊下を歩いていた。
いつもの通り、この時間は図書室に向かうはずだった。次の小テストの範囲を確認しておきたかったし、先週借りた魔導書の続きも読んでおきたい。
「図書し……」
足が、止まる。
「……えっと、あれ。どこに行くんだっけ」
自分の言葉に、自分で戸惑う。おかしい。今、確かに何か目的があって歩き出したはずだ。それなのに、その中身だけが、すっぽりと頭から抜け落ちている。
「……ああ、訓練場に行くんだった」
思い出したように呟いて、踵を返す。
――いや、待て。訓練場? 自分が?
一瞬、頭の奥で小さな違和感が瞬いた。自分は戦略と魔導担当だ。剣を振るのはガルドの役目で、自分がわざわざ訓練場に足を向ける理由なんて、これまで一度もなかったはずだ。
なのに、体は迷いなくそちらへ向かおうとしている。まるで、最初からそう決まっていたかのように。
「……どうも、最近考えがまとまらないな」
眼鏡を押し上げながら、小さく息を吐く。
「疲れているのか、私は」
「それとも……誰かによる、精神に働きかける魔導の攻撃を受けている? ……いや」
一度浮かんだ仮説を、すぐに自分で検討にかける。癖のようなものだ。
「そのような魔導があるとすれば、必ず痕跡が残るはずだ。精神干渉系は、術式の残滓が対象の魔力波長に現れる。私ほどの魔導の使い手であれば、感知できないはずが……」
そこまで考えて、思考がふっと途切れる。
「……何を、確認しようとしていたんだったか」
眉根を寄せる。理詰めで潰そうとした先から、考えそのものがするりと逃げていく。まるで、霧を掴もうとしているようだ。
「ないものを疑うなど、私らしくもない。やはり、疲れているのだろう」
そう結論付けて、ユリウスは自分を納得させた。深く考えることはしなかった。というより、深く考えようとした瞬間、思考がするりと逃げていくような感覚があって、それ以上追いかける気になれなかったのだ。
訓練場の方角から、剣を打ち合う乾いた音が、微かに聞こえてくる。
……ガルドは、今日も一人で素振りをしているのだろうか。
そう思った瞬間、なぜか少しだけ、足取りが軽くなった気がした。
――いや、気のせいだ。ただ、様子を見に行くだけだ。他意はない。
廊下の窓から、中庭の花壇が見える。
そういえば、あの花壇の薔薇も、今年はどこか元気がない。魔力の巡りが、心なしか滞っているような……
「……気のせいか」
呟いて、ユリウスはまた歩き出す。
訓練場の方角へ、軽くなった足取りで。




