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大好きなゲームに転生したら、推しも世界も腐りかけてて困るんですが…私が元に戻します!  作者: 藤紫
第三章 世界の危機編

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20.腐ってやがる(お前もな)

森の奥で、戦いが始まっていた。

私は結界の内側から、遠くに見える光と影を見つめていた。

これ以上近づくのは、流石に自殺行為だ。モブの分際で、戦場に踏み込むつもりはない。でも、目を離すことだけは、できなかった。


最初の衝突は、激しかった。

黒く変色した樹々の間から、異形の獣たちが溢れ出す。

以前、私が遭遇したものより、明らかに大きい。体表を這う蔦は、まるで意思を持っているかのように、武器を絡め取ろうと伸びていた。


「……来る!」


ガルドの怒号が、夜の森に響く。

彼の剣が、先頭の獣の前脚を一閃で叩き斬った。黒く濁った体液が飛び散る。以前のような迷いのない、力強い軌道。鍛錬を取り戻した身体が、ちゃんと応答していた。


直後、横から別の獣が躍りかかる。

ガルドの死角。


「ガルド!」


ユリウスの声とほぼ同時に、氷の槍が宙に展開し、獣の側面を貫いた。

精度の高い魔導。思考がクリアになった彼の本領だ。


「……助かった」


「当然です。後方支援担当ですから」


短いやりとり。

なのに、二人の声には、以前のような甘さはない。あるのは、戦友としての信頼と……それでも消しきれない、何かだ。

前方では、フロレンティアと殿下が、大樹への道を切り開いていた。


「左! 蔦が!」


「分かっている!」


殿下の光魔導が、絡みつく蔦を焼き払う。

言葉に詰まることは、もうない。的確な指示と、迷いのない術式。切り札としての力が、確かに戻っていた。


フロレンティアの聖魔導が、それに重なる。

浄化の光が、黒ずんだ地面を薄く照らすたびに、異形の獣たちが苦鳴を上げて後退した。


「このまま大樹まで……!」


フロレンティアの声が、途中で途切れた。

大樹が、目の前に姿を現したからだ。

かつては精霊の加護に包まれ、淡く輝いていたはずの大樹。

今は、幹の半分以上が黒い蔦に覆われ、ところどころから、赤黒い液体が滴り落ちていた。樹皮のひび割れから、何かを睨むような、濁った光が覗いている。


「……聖なる大樹が…このような…」


殿下の声が、低くなる。


「……腐ってやがる…」


ガルドが呟くのに呼応するように、大樹が、軋む音を立てた。


(……お前もな)


私は、恐ろしさに身を縮めながらも、小さく唇を曲げた。

こんな緊迫した場面で、不謹慎なツッコミが浮かんでしまう自分を、少しだけ、呪った。



次の瞬間、無数の蔦が、鞭のように四方へ打ち出される。


「散開!」


ガルドがフロレンティアを庇って横へ転がる。

ユリウスは氷の壁を展開し、殿下の側面を守った。

蔦の一本が、ユリウスの防護を一部砕いて、腕に迫る。


「——ッ」


ガルドが、とっさに踏み込んだ。

自分の剣で蔦を叩き斬り、そのままユリウスの前に立つ。背中で、彼を完全に隠すように。


「お前は、後ろにいろ」


「……無茶を」


「うるせえ。今は、いい」


短い言葉。

戦場の中で、二人の間だけが、一瞬、静かになった気がした。

殿下とフロレンティアが、その間に大樹の正面へ躍り出る。


「今だ! フロレンティア!」


「はい!」


二人の魔導が、同時に解放される。

光と聖なる力が、大樹の幹に直撃した。

黒い蔦が、焼ける音を立てて弾け飛ぶ。

大樹が大きく揺れる。濁った光が、激しく明滅した。


「まだだ——!」


殿下の追加の一撃。

フロレンティアの浄化が、それに重なる。


ガラリ、と何かが砕ける音がした。


大樹の中心部から、黒い核のようなものが露出し、ひび割れていく。

獣たちが、一斉に苦鳴を上げた。体を覆っていた蔦が、急速に枯れて剥がれ落ちる。


そして……


光が、戻った。

大樹の幹から、かつての淡い輝きが、ゆっくりと溢れ出す。

黒ずんでいた樹々の葉が、夜の中で、わずかに緑を取り戻していく。地面を覆っていた不穏な霧が、風に溶けて消えていった。


遠吠えが、止む。

森が、静かに、呼吸を再開した。

私は、結界の内側で、長く息を吐いた。


……終わった。


完全に、元通りになったわけじゃない。

でも、少なくとも、世界は「壊れる」方向から、引き戻された。

遠くで、四人の姿が、大樹の前に並んでいるのが見えた。

フロレンティアが、剣を下ろす。殿下が、空を見上げる。

ガルドとユリウスは、少し離れた位置で、互いの傷を確認し合っている。

視線が、絡む。

すぐに、意図的に外される。


残ったものは、残ったまま。

消えたものは、消えたまま。


私は、その光景を、しばらく見つめていた。

……これで、いい。

本当に、これで、いいんだ。

私は、踵を返した。

ヒメラのところへ戻らなきゃ。

あの子に、伝えなきゃいけないことが、ある。

そして、これから先を、どう生きていくかを、一緒に決めなきゃいけない。

森の奥で、淡い光が、夜を優しく照らしていた。


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