19.戦力、集結
ヒメラが行なった書き換えの大部分は消し去った。
それにより、世界は本来のベクトルを取り戻しつつある。
全てが元通りになったわけではない。森の異変はゲームの中のそれとは異なってより禍々しくなっている。
それぞれの心に灯った想いも、また…。
森へ向かう小道に集うのは、本来の力を取り戻した面々。
私は、学園の裏門近くの木陰に身を潜めて、その光景を見ていた。
モブの特権だ。邪魔はしない。でも、見届けずにはいられなかった。
最初に現れたのは、フロレンティアだった。
剣を携え、表情は厳しい。でも、先日のあの消耗しきった顔ではない。肩の力が、きちんと入っている。聖魔導の光が、剣の刃に淡く宿っていた。
「待たせたね」
次に現れたのは、レオニダス・アルヴェントゥス殿下だった。
声に、ノイズはない。言葉が、クリアに届く。
「森の異変の核心は、おそらく『精霊の宿る大樹』だ。あそこが蝕まれている以上、周辺の魔獣を倒しても根本的な解決にはならない」
的確な指示。
以前のように、途中で言葉が迷子になることはなかった。
「承知しました」
フロレンティアが、短く頷く。
二人の間に、以前のようなぎこちなさはもうなかった。
そして……
後ろから、急いだ足音が近づいてきた。
ガルド・グラディウスと、ユリウス・セラフィヌス。
二人は、並んで走っていた。
距離は、近い。でも、以前のような「引き寄せられる」感じではない。意識して、半歩だけ離しているようにも見えた。
「遅れ…ました。すみません」
ユリウスが、眼鏡をクイッと上げながら息を整える。
その仕草に、ガルドの視線が、一瞬だけ絡んだ。
「……息が切れてる。ゆっくり整えろ…」
ガルドの声は、いつもの粗さがあった。
でも、ユリウスの方を見る目だけは、少しだけ柔らかかった。
殿下は、二人を見て、軽く顎を引いた。
「丁度いい。ガルド、前衛を頼む。ユリウスは、魔導で後方支援を。フロレンティアと私で、大樹への道を切り開く」
「了解」
「承知しました」
短い返事。
なのに、ガルドとユリウスの声が、妙に重なった。
二人は、顔を見合わせた。
短い沈黙。
「……お前、無理すんなよ」
ガルドが、ぼそりと言った。
「そちらこそ、です。前衛は、特に危険ですから」
ユリウスが、静かに返す。
その言葉に、感情は乗せていない。乗せないように、しているように見えた。
でも……
出発の直前、ガルドがユリウスの袖を、ほんの一瞬だけ摘まんだ。
ユリウスは、それを振り払わなかった。
ただ、小さく息を吐いて、袖を戻した。
私は、木陰で、その一部始終を見ていた。
きっかけは、消えた。
ヒメラが巻物から消したちょっとした改変は、もうない。
なのに、二人の間には、まだ何かが残っている。
消されなかった、二人自身が育んだもの。
「……行こう」
殿下の声で、四人が動き出した。
フロレンティアが先頭に立ち、殿下が並ぶ。ガルドが右前方を、ユリウスが左後方を固める。
完璧な配置。
本来あるべき、攻略対象たちとヒロインの連携。
私は、彼らが森の入り口に消えていくのを、黙って見送った。
これで、いい。
世界は、少しずつ、元に戻り始めている。
そして、戻りきらなかったものも、ちゃんと、そこにあった。
私は、木陰を離れて、来た道を戻った。
ヒメラが、学園の中で待っている。
あの子に、伝えなきゃいけないことが、まだある。
……あの子が消したのは、きっかけだけだ。
その先で二人が何を残したかは、もう、私達の手を離れている。
そして、私は、あの子が「何もない人間」にならないように、ちゃんと、ここにいる。
森の方から、低く、魔獣の遠吠えが聞こえた。
すぐに、剣戟の音と、魔導の光が、夜の帳を割った。
戦いが、始まった。




