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大好きなゲームに転生したら、推しも世界も腐りかけてて困るんですが…私が元に戻します!  作者: 藤紫
第三章 世界の危機編

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18. 元に戻して

夕暮れの中庭に、風が止んでいた。

ヒメラはノートを抱きしめたまま、うつむいている。

私は、彼女の前に立ち、静かに言った。


「どうやって、世界を改変していたの?そのノート?」


ヒメラの肩が、びくりと動いた。


「……はい。コレを開くと…、重なるように巻物が…。その一部分、ワンシーンにつき数文字だけ、改変ができます…」


「……」


「そうすると、その通りにみんなが動き始めて…始めは怖かったけど、段々、やめられなくなって…」


「殿下が思い通り話せないのは?」


「あんな完璧な人は、周りを霞ませてしまうと思って…オタク言葉を書き込んで…」


「ガルド様やユリウスは?」


「友情を超える絆ができればと、出会いを増やしたり、感情を互いに向けたり…」


長い沈黙。


「そのせいで、殿下は力を失い、ガルド様とユリウスは本来の成長を止めて、フロレンティア様は一人で死にかけている。森も、もう限界だよ…」


私は、一歩近づいた。


「お願い。元に戻して…」


ヒメラは、しばらく私を見つめていた。

それから、小さな声で言った。


「……怖いんです」


「分かってる」


「ガルドさんとユリウスさんの、想いまで消えてしまったら。二人が、最初から何もなかったみたいに、離れていってしまったら——私は、何のために、ここまで書いたんですか」


「きっかけを作ったのは貴女かもしれない。でも、その先で二人が本気になったのは、二人の意思だよ」


私は、彼女の目を見て言った。


「全部を無理に消す必要はない。貴女が最初に差し込んだ『きっかけ』の部分だけを、戻してくれれば。二人がその後に自分たちで育んだ感情までは、貴女の手で消さなくていい」


ヒメラの唇が、震えた。


「……それでも、私は」


「貴女は、何もない人間にはならない」


その言葉に、彼女の目が大きく見開かれる。


「前世でも、今でも、貴女は『誰も見ていない場所で、ちゃんと咲いている花』を見つめてきた人間でしょ。それは、巻物がなくても、改変がなくても、変わらない」


私は、自分の胸に手を当てた。


「それを、これから証明する。だから……一旦、戻してほしい」


ヒメラは、長い間、動かなかった。


夕日が、彼女の横顔を赤く染めていく。


そして——

彼女は、ゆっくりと、右手を前に差し出した。

ノートを開く。そこに何かが広がったように感じた。

何もない空間に、指先が触れる。


次の瞬間、淡い光が凝縮し、一巻の古い巻物が、そこにあるように現れた。他人の目には見えないはずのものが、今、確かに、彼女の手の中にある。


「……これが、全部です」


声が、掠れていた。

ヒメラは巻物を開く。文字が、びっしりと並んでいる。原作のストーリー。その随所に、彼女が加筆した「数文字」が、わずかに異なる色で浮かんでいるのが分かった。


「最初に、ここから……」


彼女の指が、ある一文の上に止まる。

ガルドとユリウスが、初めて明確に意識を交わした、あの訓練場のシーン。

指先が、文字を撫でる。

加筆された部分が、光を帯びて、ゆっくりと消えていく。


その瞬間——

遠くで、森が、低く唸るような音を立てた。


私は振り返る。

恵みの森の方向。弱々しかった光が、ほんのわずかに、揺れた。


「……続いて」


ヒメラは、次の改変箇所へ指を移す。

殿下の設定を格下げした、あの一文。


消える。


また、森が反応する。光が、少しだけ濃くなった。


「あっ……」


ヒメラの声が、詰まった。

巻物の文字が、彼女の意思に反するように、揺れ始めている。


「世界の方が、急いでる……」


森の異変が、改変の解消を待たずに加速しているのだ。

黒く変色した樹々が、遠目にも分かるほど、急速に広がっていく。


「ヒメラ!」


「分かってます……!」


彼女は歯を食いしばり、次々と加筆箇所を消していく。

ワンシーン数文字の制限が、今は足枷になっていた。一度に全部は戻せない。重要なものから、優先して。


殿下のノイズ。


ガルドとユリウスの最初のきっかけ。


フロレンティアの親密度を阻害していた小さな改変。


森の精霊に干渉していた、ほんの一言。


消えるたびに、世界が応答する。

光が戻る。風が動き出す。遠くで、魔獣の遠吠えが、急に途切れた気がした。


そして……最後の一文。

ヒメラの指が、震える。


「……これで」


加筆された文字が、光に溶ける。

巻物が、ゆっくりと閉じた。

中庭に、本物の風が吹き抜けた。

遠くの森が、夜の帳の中で、かつての淡い光を、わずかに取り戻し始めていた。

ヒメラは、巻物を抱えたまま、膝をついた。

力が、抜けたように。


「……終わり、です」


私は、彼女の隣にしゃがみ込んだ。


「まだ、終わりじゃない」


ヒメラが、顔を上げる。


「これからが、本番よ。貴女が『何もない人間』にならないってことを、これから証明する番だから」


彼女の目から、また涙が溢れた。

今度は、さっきまでとは違う温度の涙だった。

私は、何も言わずに、その場に付き合った。


巻物は、もう、光を失って、ただの古い紙の束のように見えた。

世界は、少しだけ、元に戻り始めていた。

そして、私たちは、まだ、ここにいた。


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