2.モブ、特等席を確保する
入学式から数日後。
シルヴァ・ルキス学園の中庭は、昼下がりの光に満ちていた。白い石畳、手入れの行き届いた花壇、そして……
イベント発生率がやたら高いことで有名な場所。
そう、ここは“序盤の定番スポット”だ。
確か、この時間帯だと……ヒロインとガルド様の初接触イベントが起きるはず。
私は木陰にさりげなく陣取り、気配を消す。モブとしての立ち回りは完璧だ。邪魔はしない、でも絶対に見逃さないんだから。
やがて、現れた。
フロレンティア・ミラビリス。陽光を受けてきらめくピンクブロンド。少し不安げに周囲を見回す仕草……間違いない、イベント開始直前の立ち位置だ。
きたきたきた……!
その視線の先から、大股で歩いてくる影。
ガルド・グラディウス。
鍛え上げられた体躯。無骨な足取り。ああ、もう、画面越しで何度見たか分からない“登場モーション”。あ~、ガルド様〜。
……ここで、ぶつかる
。
ヒロインがよろけて、ガルド様が支える。
そこから「危なかったな」的な不器用優しさイベントに入る。
完璧。完璧すぎる流れ。もう、ドキがムネムネですわ。
私は心の中でカウントダウンを始めた。
三、二、一……
コツン。
軽い音。
ヒロインの肩が、誰かにぶつかった。
……え?
反射的に目を凝らす。
そこにいたのは……
「前、見て歩け」
予定より幾分か高く、乾いた声。
すっと差し出される手。
そして、メガネをクイッ。
ユリウス・セラフィヌスだ。
……は?
違う違う、そうじゃ、そうじゃない。
ヒロインは目を丸くしながら、その手を取る。
「あ、ありがとうございます……」
「気をつけるといい。この時間帯は人が多い」
相手を気遣う内容。けれど、ほんのわずかに棘を感じる。
違う。
違う違う違う。
ここはガルド様のイベントだ。ユリウスじゃない。順番が違う。フラグ管理どうなってるの。
混乱する私の視界の端で、
「……ちっ」
舌打ち。
ガルド様が、ほんの少しだけ足を止めていた。
その視線の先には、今しがた言葉を交わした二人がいる。
そして……何事もなかったかのように、踵を返す。
待って待って待って待って。
いやいやいやいや。
今の、完全に“割り込みイベント”でしょ?そんなの本編にあった?ないよね?絶対ないよね?
ヒロインはユリウスと数言言葉を交わし、軽く頭を下げてその場を離れる。
残されたユリウスは、しばらくその背を見送って……
ふ、と。
ほんの一瞬だけ、疲れた表情を見せた。
……ヒロインとの遭遇でそんな顔する?
その時。
「おい」
低い声が、すぐ近くで落ちた。
恐る恐る振り向くと、
ガルド様が、立っていた。
近い。近い近い近い。
「さっきから、何見てやがる」
鋭い視線。まっすぐに、こちらを射抜く。
え、ちょ、モブって認識されない存在じゃなかったの!?
慌てて言葉を探す。
「い、いえ、その……お花が綺麗だなと……」
苦しい。苦しすぎる言い訳。
ガルド様はしばらく私を見て……
ふいに、視線を外した。
「……あいつ」
ぼそり、と呟く。
「妙に気に食わねえ」
あいつ。
今、舌打ちしてた相手……ユリウスのこと?それとも⋯
ヒロインとの接触を邪魔されたから、腹を立ててるのか?
ガルド様はもう一度だけ、二人がいた方向を視線で追いかけてから、去っていった。
残された私は、しばらく、動けなかった。
おかしい。
これは、絶対におかしい。
イベントの順番が違う。
キャラの反応も違う。
それに、ガルド様がモブの私に声をかけてくるなんて……原作にそんなシーン、あったっけ?
頭の奥で、何かが引っかかった。
ページをめくる音。
ペン先が紙を引っかく感触。
見てはいけないものを、偶然覗いてしまった、そんな記憶が……。
何だっけ、この記憶。
思い出せそうで、思い出せない。喉の奥に小骨が刺さったみたいに、ずっとそこにある。
胸の奥が、ざわつく。
……何かを、忘れている気がする。大事な、何かを。
……
……いや。
今はそれより、ガルド様だ。
私は無理やり、思考の向きを変えた。
深呼吸をひとつ。忘れかけの記憶なんて、後で考えればいい。今はそれより、目の前で起きたことの方が重要だ。
……何かが、少しずつおかしくなっている気がする。
ガルド様、どうなっちゃうの〜?




