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大好きなゲームに転生したら、推しも世界も腐りかけてて困るんですが…私が元に戻します!  作者: 藤紫
第三章 世界の危機編

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16/22

16.モブ、立ち上がる

放課後、私は一人で学園の裏手へ向かっていた。

表向きの理由は「気分転換」。

本当の理由は、森の様子を、自分の目で確かめたかったからだ。

渡り廊下から見るだけでは、距離がありすぎる。

どこがどうおかしいのか、肌で感じなければ、何も変えられない気がした。


学園の敷地を出て、獣道に足を踏み入れる。

かつては整備された散歩道として、生徒たちにも開放されていたはずの道。

でも今は、足元の草が不自然に伸び、ところどころ黒く変色していた。


「……これ、枯れてるんじゃなくて」


指先で触れてみる。

草は、湿っていた。なのに、命の感触がない。まるで、何か別のものが、中身を食い尽くした後みたいに。


風が、止んだ。

気がつくと、周囲の音が消えている。

鳥の声も、虫の音も、木々が擦れる音さえもない。

ただ、自分の足音と、心臓の音だけが、やけに大きく聞こえる。


「……嫌な感じ」


引き返す判断をした、その直後だった。


ガサッ。


灌木が、大きく揺れた。

振り返る。


そこにいたのは、狼、ではなかった。

四肢は狼の形をしている。でも、体表は黒く光る何かで覆われ、ところどころから、灰色の蔦のようなものが這い出していた。目は、焦点が合っていない。ただ、飢えたように、こちらを見ている。


「……魔獣、じゃない」


ゲームで見たどの魔獣とも、違った。


設定資料集に載っていたどのページにも、こんな生物はいなかった。

獣が、低く唸る。


次の瞬間、跳んできた。


「——っ!」


とっさに横へ転がる。

足元の草を、獣の爪が抉った。土ではなく、何か黒い液体が滲み出る。


走れ。


頭の中で、誰かが叫ぶ。

私は立ち上がり、来た道を全速力で戻った。後ろから、重い足音が追ってくる。一匹じゃない。複数だ。

枝が顔を打つ。息が焼ける。

それでも、止まらなかった。


「——誰か!!」


声を上げた瞬間、前方の木々が揺れた。


「そこを開けなさい!」


聞き覚えのある声。

フロレンティア・ミラビリスが、剣を構えて飛び出してきた。

彼女の聖なる力を帯びた一閃が、先頭の獣の肩を切り裂く。


黒い液体が飛び散る。獣は苦鳴を上げてひるんだが、すぐに体勢を立て直した。蔦が、傷口を縫うように絡みついていく。


「再生、してる……?聖魔導が、効かない……?」


フロレンティアの表情が、強張る。

後ろから、さらに二匹が現れた。


「あなたは、下がって!」


彼女は私を背後に庇うように立ち、剣を構え直す。

でも、その肩が、上下に揺れていた。息が上がっている。すでに、かなり消耗しているのが分かった。


「フロレンティア様、援護を——」


「誰も、来ません」


短く、言い切られた。


「殿下は、言葉がうまくまとまらず、指示が出せない。ガルド様とユリウス様は……二人で、別の方角へ向かったまま、戻ってこない」


剣を振るうたびに、彼女の動きがわずかに鈍くなる。

獣たちは、痛みを学習しないように、執拗に距離を詰めてきた。


「——このままじゃ」


私がそう呟いたとき、フロレンティアの剣が、一本の蔦に絡め取られた。

バランスを崩す。獣が、その隙間に飛びかかる。


「危ない!」


私は、考えより先に動いていた。

足元の石を蹴上げ、獣の顔に叩きつけようとするが軽くかわされる。だが、ほんの一瞬の隙。フロレンティアが剣を引き戻し、横へ転がった。


「……あなた」


「今はいいです! 逃げましょう!」


二人で、獣道を駆け戻る。

後ろから、追いすがる足音。でも、学園の結界が見えた瞬間、獣たちはぴたりと止まった。結界の光を、嫌うように喉を鳴らして、森の奥へ溶けていく。

私たちは、結界の内側で、へなへなと座り込んだ。

フロレンティアの剣が、カタリと音を立てて落ちる。

彼女は、自分の腕を見つめていた。袖が破れ、浅い爪痕から血が滲んでいる。


「……毎日、増えているんです」


掠れた声。


「倒しても、倒しても、次が来る。森が、何かにおかされている。なのに、誰も——」


言葉が、そこで途切れた。


私は、自分の震える手を見つめた。

さっきまで「モブとして見守る」などと言っていた自分が、遠い。


このままじゃ、間に合わない。

ヒメラの改変は、もう、物語の枠を超えている。

世界そのものが、壊れ始めている。

私は、ゆっくりと立ち上がった。


「フロレンティア様」


「……?」


「少しだけ、休んでください。私、行ってきます」


「どこへ?」


私は、学園の方を見据えた。


「話を、つけなきゃいけない人がいるんです」


もう、猶予はない。

次にヒメラと対峙するときは、ただの追及じゃない。

この世界を、取り戻すための、交渉だ。


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