15.止めなきゃ…
その夜、私は自室の窓から、遠くに見える"恵みの森"を眺めていた。
かつては、夜でもぼんやりと淡い光を放っていたはずの森。ゲームの設定資料集にも書かれていた、"精霊の加護による、常夜灯のような輝き"。
でも今、その光は、驚くほど弱々しかった。
「……こんなにも、暗かったっけ」
呟いた声が、誰もいない部屋に、虚しく響く。
翌朝、教室に着くと、いつもと違う空気が漂っていた。
「聞きました? 昨日の夜、討伐隊がまた……」
「今度は何人、怪我したんですか」
「三人です。しかも、一人は、意識がまだ戻らないって」
ひそひそと交わされる会話。誰の顔にも、隠しきれない不安の色が浮かんでいる。
「森の様子、本当におかしいですよね。父が言うには、獣道どころか、森の輪郭自体が、少しずつ変わってきているって」
「輪郭が、変わる……?」
「木々が枯れて、代わりに変な、見たこともない植物が生えてきてるらしいんです。まるで、何かに、蝕まれているみたいに」
私は、その会話を、黙って聞いていた。
昼休み、屋上への渡り廊下から、遠くの森を見下ろす。
以前は、青々とした緑の海のように広がっていたはずのそれは、ところどころ、色を失っていた。まるで、絵の具が滲んで消えていくように、緑が、灰色に近い色へと変わっていく箇所が、確かにあった。
「……気持ち悪い」
思わず、口からこぼれた。
放課後、討伐から戻ってきた騎士団の一団とすれ違った。
先頭を歩く男が、腕に包帯を巻いている。彼の横を歩く別の男も、片足を引きずるようにして歩いていた。誰も、言葉を発さない。ただ、疲弊しきった顔だけが、その場の空気を物語っていた。
「――フロレンティア様は、また、お一人で?」
すれ違いざま、そんな囁きが聞こえた。
「殿下も、ガルド様も、ユリウス様も、あてにできないんじゃ……」
「殿下も、最近は会議で言葉に詰まってばかりだとか……」
「ガルド様とユリウス様は、二人きりで別行動が多いらしいですし」
「しっ。誰かに聞かれたら」
声は、すぐに途切れた。
私は、足を止めて、その場に立ち尽くした。
……歪みは、もう、コメディで済む段階を超えている。
BLがどうとか、推しカプがどうとか、そんな話じゃない。
現実に、人が傷ついている。世界そのものが、軋み始めている。
その夜、寮の窓から、また森を見た。
昨日よりも、明らかに、光が弱い。
まるで、誰かが、少しずつ、灯りを消していっているみたいに。
私は、両手で自分の腕を抱いた。
寒さのせいじゃない、震えが、止まらなかった。
……このままじゃ、いけない。
ヒメラの、あの震える声が、頭の中で蘇る。
『私は、ただ、居場所が欲しかっただけなんです』
理解はする。でも。
理解することと、このまま見過ごすことは、違う。
私は、窓の外の、弱々しい光を見つめながら、静かに、決意を固めた。
……止めなきゃ。
この世界に広がっていく歪みも。
ヒメラが生み出してしまった、小さな改変の積み重ねも。
きっと、両方とも、まだ、間に合うはずだから。




