11.見つけた!?
図書室の隅、一番奥の棚の前に、見覚えのある人影がノートを胸に抱きしめながら立っていた。
ヒメラだ。
彼女は、静かに一冊の本を手に取り……そのページの間から、私の仕込んだメモが、はらりと落ちるのを見た。
私は、呼吸を止めた。
ヒメラは、落ちたメモを拾い上げる。
動作は丁寧で、急いでもいなければ、慌ててもいない。ただ、指先が、わずかに強張っているように見えた。
メモの文字を、彼女は黙って読んだ。
『同担虚無』
その四文字を、視線が一度だけ、行き来する。
次の瞬間——
彼女の表情が、すうっと、何もなかったように戻った。
眉も動かない。口元も緩まない。
ただ、瞳の奥で、何かが一度だけ、小さく揺れた気がした。
ヒメラは、メモを本のページにそっと挟み直すと、そのまま棚に戻した。
本を選ぶ仕草すら、いつもと変わらない。静かに、目立たず、誰の記憶にも残らないような動き。
……でも。
違う。
今の、確かに、反応した。
「解釈違い」を見た子は首を傾げた。
「供給過多」を見た子は笑った。
どちらも、言葉の表面だけを受け取っていた。
ヒメラは、違った。
言葉の意味を、理解していた。
理解したうえで、表情を消した。
あれは「知らない言葉を見たときの反応」じゃない。
「知っている言葉を、見られてしまったときの反応」だ。
心臓が、大きく跳ねた。
私は魔導辞典のページを、意味もなくもう一枚めくった。視線は動かさない。でも、意識の全部を、ヒメラの背中に向けていた。
彼女は、別の棚へ移るでもなく、かといってすぐに図書室を出るでもない。
しばらく、その場に立ったまま、何かを考えているように見えた。
そして……
小さく、息を吐いた。
その吐息が、わずかに震えていた気がした。
……この子だ。
確信は、まだしない。
でも、マークはした。
ヒメラは、ゆっくりと棚を離れた。私のほうには一切目を向けず、静かに図書室の出口へ向かう。
足音ひとつ立てず、空気に溶けるように消えていく背中を、私は見送った。
机の下で、拳を握りしめる。
「……見つけた」
声に出さないように、唇だけを動かした。
まだ、証拠はない。
ただの「反応」だけだ。
でも、あの反応は、普通じゃない。
前世の、あの狭いサークルの中でしか通用しなかった言葉に、あんなふうに「理解して、隠した」人間が、この学園にいるはずがない。
私は、ゆっくりと魔導辞典を閉じた。
ヒメラ…、ヒメ…ラ……
何か引っかかる。
抱きしめたノート。
ページをめくる音。
ペン先が紙を引っかく感触。
誰かが、こっそりと物語を書き換えていた、あの記憶。
ヒメラはダレ…?
イヤ、まだだ。
そこで一旦思考を止めた。
次は、追う番だ。




