10.魚のいる所に餌を垂らせば……
犯人を見つけるにあたって、私は罠を張る作戦を思い付いた。
『魚のいる所に餌を垂らせば、食いつくだろう大作戦!』だ。
……。
自分でも頭の可哀想な子の考えたような作戦名だとは思ってるよ。
名前なんてどうでもいいだろ……って、私、誰に話しかけてんだろ?。
まあいいや。とにかく実行に移そう。
私は用意したメモ用紙を持って、図書室に向かった。
ターゲットは恋愛小説。純愛モノから略奪モノ、ざまぁに…、
うっ、BLモノまであるじゃない。
さすが乙女ゲームの中の図書室。充実したラインナップだわ。
それらの小説にメモ用紙を仕込んでいく。メモには
解釈違い
供給過多
神回
たち・ねこ
そして
同担虚無
などなど、前世で使わない日がなかった、懐かしいワードが散りばめてある。
コレを見て、反応したヤツ、それが犯人ってワケ。カンペキじゃん。
さて、図書室で周りを睨んでるのも怪しいから、何か読んでるフリをして待つことにしようか。
どの本でもいいわよね。
さっき見つけた薄めの本『青き果実の雄花と雄花』…。
た、たまたま取りやすい位置にあるから、こ、コレにしようかしら。
別に…なんでもいいんだけどね……。
…
…
…
しまったぁ!つい、読み込んで周り見てなかった。
だって、あんな過激な…って、フーッ。別の本にしましょう。
もう、魔導辞典でもなんでもいいや。
魔導辞典を開いて、ひたすら文字を目で追うふりをする。中身は正直、全く頭に入ってこない。
視界の端で、図書室に出入りする生徒たちの動きだけを、意識の全部で追っていた。
……誰か、来ないかな。
数分おき。誰かが本棚の前で立ち止まっては、また離れていく。反応らしい反応は、ない。
「……あ」
小さな声が、聞こえた。
さりげなく視線だけ動かす。窓際の棚の前で、一人の女子生徒が本を手に取っていた。ページの隙間から、私の仕込んだメモがはらりと落ちる。
……来た!
拾い上げたメモを見た瞬間、彼女の眉が、ぴくりと動いた。
心臓が跳ねる。
「解釈違い……?」
そういえば、5人の内の一人、あの子とは『解釈違い』について熱く語ったわ。あの子なら『ガル×ユリ』カプもあり得るかも……。
ドキドキしながら、観察を続ける。
呟いてから、彼女は不思議そうに首を傾げた。
「解釈……? 何かの暗号かしら」
反応、薄い。純粋に「知らない言葉」として処理している顔だった。
……違うか。
それにあの子なら、もっとプラトニックな改変を望むはずよね。
彼女はメモをそのまま栞代わりに挟み直すと、何事もなかったように読書を再開した。
私はそっと息を吐いて、次のターゲットを探す。
しばらくすると、また誰かが棚の前に立った。今度は、眼鏡をかけた真面目そうな女子生徒。手に取ったのは、私が『供給過多』のメモを仕込んでおいた恋愛小説だった。
メモを見つけて、彼女は小さく笑った。
「供給過多、ね。うまいこと言うわね」
反応は、ある。でも……なんというか、一般的な理解の範囲内の反応だった。
「供給が多い」という言葉の意味を素直に受け取っているだけで、あの独特の熱量、あの言葉に宿るはずの"重み"は感じられない。
……違う。この子でもない。
ていうか、『供給過多』っていえば仲間内で一番、ぽっちゃりした感じの子、あの子は公式絶対主義だったなぁ。『その考えでは供給過多です。やはり、公式通りが一番なのです。フンッ』とか言って。あの娘もないよね。
時間だけが、過ぎていく。
私は魔導辞典のページを、意味もなくめくり続けながら、密かに焦りを募らせていた。
このまま、誰も引っかからなかったら。
もし、犯人がそもそも図書室になんて来なかったら。
そう思い始めた、その時だった。
図書室の隅、一番奥の棚の前に、見覚えのある人影が立っていた。
ヒメラだ。
彼女は、静かに一冊の本を手に取り……そのページの間から、私の仕込んだメモが、はらりと落ちるのを見た。




