第17話 こいつは既に恐怖の対象ではなかった
急激に態度を変えた俺達の反応に、男の眉がピクリとつり上がったのを見逃さなかった。
「なにそれ。俺の方が優れてるって何度もベッドで叫んでたじゃんwww」
「あ、それ、もう解決しました」
「は?」
抑揚のない声。感情のこもらない無機質な声。表情を一切変える事なく淡々と告げる希美。
そこになんの熱量も入っていない、心底どうでも良さそうな声は、強気だった男の表情に苛立ちを浮き上がらせる。
会話が噛み合わないことに眉をひそめる男。
だが希美は相手の話など聞く必要は無いと言わんばかりに、自分の言うべき事だけを口にする。
「私、もうアナタに興味がありません。ベッドの上で言ったこと、ひと言残らず全て撤回します」
「は? なんだよww あんなによがってたくせに――」
悔し紛れに言い返そうとする男。しかしその表情は、自分に媚びていた怯える女ではなく、冷たく、無慈悲な、ゴミを見る目をした能面のような顔だったことに眉をひそめていた。
「未経験の刺激に狂って大切な人に酷い裏切りをしてしまった。私は一生掛けてその償いをします。あなた如きを憎んでいる暇はありません」
発覚当時の時点では俺よりも遙かに優れたセックステクニックを有していた。
だが、希美が求めているものはそこではなくなった。ただそれだけの話だ。
彼女を満たしてくれる全てにおいて、俺の方が圧倒的に優れていることと、それを強い意志で選び取るという精神的な成長を遂げたことでハッキリと言い放つことができたのだ。
「は? 意味わからん意味わからんっww なにそれ負け惜しみ?www」
「負け惜しみくらいにしか考えられないんですか? 本当に分からないんですね。哀れです。なんでこんなのに傾倒していたのか。本当に、私ってバカでした」
それから何度やり取りしても希美の態度を崩せなかったことに段々イラついてくる男の態度はなかなかに痛快だった。
希美は、本当に強くなった。泣き顔で言いなりになるしかなかった以前とはまるで別人だ。
はっきりと、強い意志を持って自分の本心を伝えていた。
「私、今とっても幸せなんです。あなたに与えられていたものが、心底陳腐に見えるくらい、とっても幸せなんですよ」
満面の笑顔。それは希美の心からの仕返しだったのかもしれない。
「うっざっ。ダルいわ。ダルいダルい……。そういうの萎えるわマジで。二人でメロドラマやってろよ。クッソ寒いって」
希美があまりにも淀みなく答えるので言い返すことができず、語彙力の低い言葉で吐き捨てることしかできていないこの男は笑えるほど哀れであった。
希美が一切の迷いなく、一切の表情を変えることなく無慈悲に言い放ったことに相当こたえたらしい。
「こうしてみると、本当に身体が大きいだけのチンケな男だったんですね。私、本当にバカでした……こんなものに絆されて、自分を見失ってしまうなんて」
ボソリと呟いた一言は、何よりもヤツにダメージを与えたらしく、恨めしげにこちらを睨み付け始める。
奴は煽り耐性が低かったのか? 恐らくそうではないだろう。
後で詳しく話すが、この野郎はこの程度の修羅場はこれまで何度もくぐり抜け、脅迫した女達を屈服させてきた筈だ。
それは、脅しの材料に使っていた動画が絶対の切り札になっていたことと、徹底的に心を打ちのめして反撃する気力を無くさせてきたからだ。
「つまり、動画はバラまかれてもいいってことだね。自分達の立場分かってる? 俺がこのスマホをちょいと操作するだけで、お前ら終わるんだぜ?」
「それは俺達にとってもう切り札にはなり得ませんよ」
「は? 何言ってんだテメェ。ばら撒かれてもいいってこと?」
それはようやく垣間見えてきた奴の本性。余裕なく、人を食った態度はどこへやら。
明確に怒りを含んで脅しに掛かってきた。
「それは脅迫ですか?」
「うんにゃ。独り言だよー」
「そうですか。ではもう十分しゃべって頂いたので、終わりにしましょう」
「なんだと?」
証拠はもう十分だろう。
この会話は全て録音してある。俺は切り札を切った。
「もう俺達の用事は済みました。あとはプロの方に全てをお任せします」
「は……ぁ?」
別の席に座っている人物に合図を送ると、ツカツカとこちらに歩み寄ってくる。
「初めまして」
「あ? なにあんた」
背丈は180以上はあるだろう。紺色のスーツをビシッと着込み、パリッとしたオールバックの髪型。
歴戦の老将を思わせる年輪の刻まれた皺のある顔。
腹の内に幾重にも戦略を潜ませているのような鋭い眼光が強姦魔を見下ろしていた。
その男性の襟には金色のひまわりの花弁の中央に小さな銀色のはかりを彫りこんだバッジ。
誇り高い理想をあらわし、 太陽に向かって明るく力強く咲くひまわりは、正義に輝く象徴であり、自由の羽ばたきを連想させ、傾斜を敏感に表示する秤は、公正、平等の心がけを求める意味が込められているという。
「私は弁護士をしておりまして、今の会話は全て聞かせていただきました。もちろん一部始終録音済みです」
「……は? え、は?」
まさか弁護士を呼んでいるとは思わなかったのだろう。
男の顔に初めて明確な焦りが生じる。
「続きは是非私の事務所でお話ししませんか? お互い冷静な話し合いをしようじゃありませんか」
歴戦ベテランの凄みとでもいおうか。
体が大きく喧嘩慣れしていそうな強姦魔の男が顔を引きつらせていた。
次のエピソードは18:00です。




