ジグルの奇妙な日常4
まだ日は明けていなかった。おそらく深夜二時頃だろうか。
村の明かりはすべて消え、誰も住んでいないのではないかと疑ってしまうほどだった。
「ジャミルさん、依頼の品を取ってきました」
その声から少しして、重厚な扉が音もなく開いた。
「ああ、ジグルンちゃん待っていたよ。上がってちょうだい」
いつも通りのジャミルさんが迎えてくれた。いつも通り四人掛けのテーブルに座った。
「はい、あったかいお茶だよ。お祝いだからいつもと違って少しだけ高級な葉を使っちゃった。いい匂いでしょ」
お茶から立ち上る匂いは多少疲れがあった僕をリラックスさせた。しかし、嫌な予感がした為口をつけるのは避けた。
「ありがとう。いただきます。ああ、その前にご依頼の魂燈蛍だよ。さっき捕ったばかりだから鮮度は抜群だね」
ジャミルさんは目を見開いて喜んだ。そして、はやる気持ちを押さえている気がした。
「間違いなく魂燈蛍だね。さすがジグルンちゃん、誰にお願いしても達成できなかった依頼を、こんな簡単にやっちゃうんだもんね」
「今回はデイサもいたから、運が良かったよ」
「はい、依頼料の金貨五十枚」
「まいどあり~。また、いい素材が手に入ったらジャミルさんに持ってくるよ」
長居はせず、いつも通り帰ろうとしたその時、ジャミルさんが引き止めてきた。
「ジグルンちゃんが捕ってきた魂燈蛍で素材が全部揃ったから、今から新しい術を作ろうとしているの。折角だから見てって」
僕は迷ったが、いい機会だと思い見ていくことにした。
すでに裏庭に準備は完了しているという。
田舎だからか、ジャミルさんの裏庭は広く、頑張ればサッカーができるくらいだった。
中心に大きな釜が置いてあり、何かを煮詰めている。
そのそばに高く積まれた数々の白い繭が積まれていた。一つ一つに人魔獣の死骸が入っていて、保存するために繭に包んでいたようだ。
そして、その奥に黒装束を着ながらじっとたたずんでいる集団がいた。
ひえっ、僕はホラーとGが大嫌いなんだよ‥‥‥悲鳴を上げないように口を押えて我慢をする。
隣にいるデイサはジッと釜を見つめていた。
「それでは始めるよ」
その声と共にジャミルさんが黒装束に身を包んで歩いてきた。直径二十センチ程の大きな黒色の魔石を持ち、ゆっくりと。
釜の前に立ち、大きな魔石を掲げ呪文を唱える。聞いたことのない言語だ。途中ジャミルさんが手に持っていた魔石を釜の中に投げ入れ、呪文を唱え続ける。
釜から出る湯気が少しづつ黒く濁ってきた。
ジャミルさんは続けて魂燈蛍を繭に向けて放した。魂燈蛍は繭にゆっくり進み、繭に止まった瞬間オレンジ色の火となった。
釜から立ち上る湯気が、まるで生き物のように蠢いた。黒い靄とオレンジの炎が螺旋を描いて絡み合い、空気そのものが重苦しく変質していく。
やがてその混沌の中から、巨大な影がゆっくりと立ち上がった。角を持つ人型の輪郭、翼を広げた威圧的なシルエット。悪魔のように見えた。
僕は年甲斐もなくわくわくしていた。この世界には神はいるが、悪魔がいるとは聞いたことがなかった。神がいるのに悪魔がいないのはおかしいとも思っていた。
「我輩を呼んだのは誰だ」
その声と同時に黒装束の集団から驚きと喜びの声が上がった。
「私でございます」
ジャミルさんが一歩前に出たとき、僕は初めて彼女の本当の顔を見た。慈愛に満ちていたはずの表情は消え去り、代わりに現れたのは狂気じみた恍惚感だった。
「ああ、ついにこの時が......長い間、本当に長い間待ち続けました」
あの時感じた違和感は、やはり気のせいではなかった。彼女は最初から、僕を罠にかけるためだけに近づいてきたのだ。
「我輩が、悪魔王バルゼファルと知っての行いか」
「もちろんでございます。我々は偉大なる悪魔王バルゼファル様の信奉する者の集まり、古くから続く、悪魔王教の信者でございます」
ジャミルさんだけでなく、全員が泣いていた。悪魔王の復活が相当うれしいようだ。
「よかろう。吾輩が復活したからには他の神々に好きにはさせん。我を封印した破壊神シドは最後に取っておくとして、まずは、木っ端の神から喰らってやろうぞ!」
シド?シドは創造神だったような‥‥‥破壊神もシドって名前なのか、紛らわしいな。
ってそんなわけないでしょ!神話時代から破壊と再生はセットだったんだから、同一人物でしょ間違いなく。
「悪魔王、悪魔王、悪魔王、神、神、神、神」
隣にいるデイサは壊れちゃったし、カオスすぎる状態だよ‥‥‥
「それで、我輩の依り代はどいつだ?」
「あの者でございます」
ジャミルさんがしれっと僕を指さしているんだけど。僕を騙していたな。ふざけるなババア!
「ほう、顔立ちも美形だし、魔力量も多い、なんと、魔法に関しては全属性に適性があると。素晴らしい、褒めてやろう」
「あ、ありがとうございます」
ジャミルババアは年甲斐もなく頬を赤らめ喜んでいた。
「では、早速いただこう。深淵王手」
実体化しつつある悪魔王バルゼファルから無数の手が伸びてきた。
風属性魔法で風を展開させバックステップをする。この程度のスピードなら問題無くよけることができる。
「おのれちょこまかと!」
さらに手の本数が増えた。迎え撃つために光属性魔法を放つ。
「光月輪」
数百の光る輪を放ちバルゼファルの手を切り刻む。しかし、切ったそばから再生し、再び手になり襲ってくる。
「くそっ、きりがないな」
向こうの魔力が尽きるか、僕の体力が尽きるかの勝負だった。影転移で亜空間に逃げようとしたが、なぜか使えない。
「影属性の転移か、厄介な魔法を持っているようだな。だが、それは使わせんよ」
今まで感じたことの無いようなプレッシャーを感じた。ここまでの命のやり取りはハンター時代にも経験したことがなかった。
しかし、少しずつ追い詰められていき、もう避けられない、と思ったその時——
「バルゼちゃん久しぶり!ずっとずっとずっとずっとずっとずっと探してたんだ」
デイサが目を血走らせてバルゼファルに駆け寄っていく。
「お前は誰だ!?」
訝しげにサイドに目を向ける。
「悲しいな。忘れちゃったの?シド様に捕まったバルゼちゃんを、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も切り刻んで遊んであげたのに」
「な、なぜそれを」
「相変わらず察しが悪いのね。挙句の果てにジグル様を依り代にしようなんて‥‥‥また、切り刻んであげないとダメなのかしら」
何かを理解したバルゼファルから表情が抜け落ちた。
「お前はまさか、神殺デイサイドか?最高神の右腕の」
「やっと思い出してくれたのね。うれしい。じゃあ遊びましょう。殺しても殺しても殺しても死なないバルゼちゃんと遊ぶのが一番楽しいの」
そういってデイサは不可視の大剣を振り回しバルゼファルを真っ二つにしたと思ったらすぐさま横なぎにして四分割、さらに四つ切りにして十六分割、さらに十六切りにして‥‥‥指数関数的にバルゼファルが刻まれていった。最終的には塵になって風でジグの大森林の方に吹き飛ばされた。
「バルゼちゃん、逃げようったって、そうはいかないよ」
バルゼファルが再生したところにデイサが再度現れ同じように塵にした。
「楽しいな。ギョギョギョーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」
あの叫び声は楽しいということの現れだったのか。また一つ謎が解けてしまった。
数度塵にされた後、バルゼファルが僕の前に現れた。
「どうか我輩を助けてくれないだろうか!このままでは再生の限界を超えてしまう。それを超えてしまうと一万年は復活できないのだ」
バルゼファルの声に、先ほどまでの威圧的な響きは微塵もなかった。
しらんがな。心底どうでもいいといった表情をした。
そんな僕を見て、さらに懇願してきた。
「依り代にしようとしてすまなかった。都合がいいのは分かっている。しかし、どうか、頼む!」
土下座をしていた。
「うーん、助けてもいいんだけど君は何ができるの?」
「大抵のことはできるし、大抵の神よりは強い。ああ、対象もしくは範囲で魔法を使わせなくする魔法も使えるぞ。あれは、我輩のオリジナルだ」
確かに強いけど悩むな。
そんな中、デイサが近づいてきているのが見えた。
「10:0でお前に有利な契約を行う。いわゆる奴隷契約だ。信用できないなら奴隷契約をすることを保証しますという契約も行う。頼む!」
「分かったよ。それでどうすればいいんだ?」
「お前は何か魔獣を持っていないか?中級以上、できれば上級、可能ならば神獣がいい」
神獣か‥‥‥あ、ちょうどこの間デイサが倒した奴があるや。
「真っ二つになってるけど神獣があるよ。ドラゴンの。それで大丈夫?」
「ドラゴン!多少欠損があろうが我輩の再生能力があれば大丈夫だ。奴が来ている!早く!頼む!」
「その前に契約だよ、さっさと契約魔術を作って。本体と契約すれば逃げられないからね」
苦々しい顔で僕を見るバルゼファル。
急いで契約内容を作って僕に見せてきた。
契約書に目を通すと、わざと曖昧な表現や抜け道が仕込まれているのが分かった。
「随分と小細工を弄した契約書だね」
僕の冷たい声音に、バルゼファルの表情が青ざめる。
「ほ、本来契約とは慎重な言い回しが‥‥‥」
「嘘をつくな。そうだな、この内容じゃすぐに結論を出せないから、契約魔法を行使するのは複数の専門家に確認してもらってからだね。それまでデイサに相手してもらいなよ」
バルゼファルは大慌てで契約内容を見直している。
遠くから聞こえるギョギョーーーーーーーという声がどんどん大きくなってきていた。
「ここまできて、どっちでも解釈できる表現を多数使い、少しでも自分が有利になろうとするなんて、本当に俺をなめてたんだな。契約内容は以下の内容だけで良い」
魔法で書いた契約内容を見せた。
悪魔王バルゼファルは以下のことに同意し、無期限に遂行する。
1、ジグルの命令に従う
2、ジグルに嘘をつかない
3、ジグルに嘘をつかないだけでなく現在、未来において命に関わりそうなことは忠告・助言をする
4、ジグルに敵対行動を取らない、悪意を持って攻撃をしない
5、ジグルが指定した第三者の命令に従う
6、ジグルに関することを他者に漏らさない
7、ジグルが任意で契約内容を追加できる
8、以上の内容に違反した場合、全ての力をジグルに譲渡し、永久的に抹消される
「‥‥‥‥‥‥これで契約しよう」
僕は急いで上記内容の契約魔法を作成し、バルゼファルに送った。
バルゼファルは内容に同意し契約が完了した。
「それでは、早くドラゴンを出してくれ!」
急かされるままに影収納から真っ二つに両断されている虚星龍——ヴォイドスタードラゴンを出した。その瞬間、バルゼファルはさっき僕を捕まえようとした黒い手を出しドラゴンを取り込んだ。
真っ二つのドラゴンが完全にくっつき、オリジナルのヴォイドスタードラゴンより圧倒的な存在感があった。しかし、みるみる小さくなりベビードラゴンのサイズになった。そして、僕の足にデイサから隠れるように掴まった。
今にもバルゼファルに切りかかりそうなデイサに声をかける。
「もう終わりだよ。楽しかったかい?」
デイサの血走った目がいつも通りのかわいらしいものに戻り、にっこりと微笑んだ。
「はい、満足です。ジグル様、私をここに連れてきてくれてありがとうございます」
バルゼファルはホッとしてへたり込んでしまった。
「それは良かった。一度村に戻ろうか」
村に着くころには夜明けになっていた。
明るくなって悪魔王教徒を見ると全員この村の人だった。この村は悪魔王教徒で作られた村だったのか。どのくらいの規模なんだろうか。
「我輩はここにいる者を主として従うことにした。我輩を崇拝する者どもは、同様に主を崇拝するがよい」
ベビードラゴンの姿でバルゼファルは村の人に宣言をした。
「!!!!!!!」
「ジグルンさんが悪魔王の主に?」
次の瞬間歓声が上がった。
そして、その時より悪魔王教の信仰に悪魔王バルゼファルのはかに妖精人ジグルン神が加わり、長きに渡って絶大な人気を得ることになる。
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影の亜空間に帰ると、マスターが朝食の準備をしていた。
「おかえりなさい。朝食がもうすぐできあがりますよ」
そう言って振り返ったマスターは、黒いレースのドレスを着た美女と明らかに普通ではない黒いベビードラゴンを見て目を細めた。
「‥‥‥ずいぶん、大変な目にあったようですね」
マスターはやっぱり大人だ。
朝食前に自室に戻り、窓から見える世界樹のユグドラシルを見ながら、亜空間に来てから色々なことがあったと感慨にふけっていた。
「ハマーもシドもマスターもデイサもユグドラシルも規格外だよな。そして今回契約したバルゼも」
独り言をつぶやくと後ろから声がした。
「私を一緒にしないでいただけると、ありがたいですね」
朝食ができたと呼びに来たマスターに聞かれていたようだ。
確かにマスターは除外だな。それにしても、この亜空間は世界にあるどんな迷宮より強いのは間違いない。今後はもっと人口が増えるだろうし、もっともっと混沌としてくるだろう。
亜空間の管理も大変になるな‥‥‥
ふと、ハマーから亜空間の名前をつけろと言われていたことを思い出した。
神も悪魔も人も魔獣も一緒に住まう場所。秩序と混沌が一体となったこの空間。それにふさわしい名前は——ラビュリオン
混沌都市ラビュリオンにしよう。




