辺境の騎士団19
最奥を守っていたのは体中に棘が巻き付いている大きな黒豹だった。目から真っ赤な血の涙を流していた。
うん?ジグルがこの迷宮の神性魔力はピンクだって言ってたけど、目の前にいる黒豹からは、ピンクではなく、どす黒い何かが出ているのが見える。
ジグルから出ていた奴と一緒だな。
「なあシド、あの黒豹から出ているどす黒いのって何かわかるか?」
「初めて見るよ。おそらくこの世界ではなく、別の世界由来の力じゃないかな。名前をつけるとしたら‥‥‥瘴気‥‥‥かな」
ああ、最高神が俺に期待していること分かってきた。要する侵略者Xを排除して欲しいということなんだろう。それには創造神であるシドの力が鍵になると。
それにはシドも気が付いていて、今はその力を隠したいということか。
そんなことを考えているとセリス団長がいち早く動き出し、黒鋼の棍棒を黒虎に打ち下ろした。先ほどの玄岩犀でさらに威力が上がっている。
しかし、黒虎はよけるそぶりも着せず脳天で受け止めた。
——ガキッ——
一撃目ではとどめを刺せなかったようだ。
セリス団長は再度助走をつけて同じように棍棒を打ち下ろした。黒豹はよけるそぶりが無い。これは決まったと思ったが、先ほどと同様に硬いものに弾かれた音がしただけだった。
「なっ!?」
セリス団長の顔に驚きが浮かぶ。
「なぜ驚く?先ほどより魔力で防御力を上げただけだ」
なるほど、攻撃力を適切に見切ることが出来さえすれば、最低限の魔力量で防御ができるということね。エコじゃん。
「中々良い攻撃をしているな。だが、耐えれば耐えるほど我の防御力は上がる。そして攻撃力も。愛と憎しみは表裏一体。痛みと快楽は表裏一体。それが『愛憎の女神ゼラ=アモル』様の教え‥‥‥」
とんでもないメンヘラ神が出てきたな。神は大体メンヘラだと思ってたけど、こいつは別格だぜ。
「そして、その愛憎の女神ゼラ=アモルを‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
黒虎の瞳孔が震えた。狂気に染まっていた。
「喰える‥‥‥喰らえる‥‥‥味わえる‥‥‥!もうすぐ、もうすぐだ、あの神の苦くも甘い感情を‥‥‥ッ!」
ひぇっ。狂っちゃってるよ。メンヘラ神の神獣はまたメンヘラか‥‥‥ってのは冗談で恐らくどす黒い魔力が原因だな。
「ハマー、何かボクの嫌な予感はこいつが原因みたいだ。さっきと一緒でボクの魔力を使わないようにして」
今回もしばりプレイか。上等だ。死に戻りができないのが少し、いや、大分不安だけどな。
その会話の間もセリスが攻撃を仕掛けている。途中からユイガさんも加わったが、黒豹はユイガさんの大技を受けないように上手く躱していた。
黒虎は血は流すものの致命的なダメージは受けておらず、消耗戦になる可能性があった。
二人の攻撃が止まった瞬間、黒虎は後ろに飛び、身を低くしてタメを作った。
「二人とも俺の後ろに来い!急げ!」
俺は前に駆け出しながら、防御に特化した世界樹ノクトグランの魔法を準備した。
そして、二人が後ろに来たタイミングで発動させた。
「樹盾結界。世界樹よ!俺らを守れ!」
地面から大樹の根が現れ、俺らを守るように組み合わされる。
それと同時に黒豹が高速回転をしながらとびかかってくる。あれは!伝説の赤カブトを倒した‥‥‥あれは犬だったか。
樹盾結界は次々と破られ、最後の一本も‥‥‥破られた。
黒虎の牙が目の前に迫る。
「ヤバイ‥‥‥これは死んだかも」
身を伏せる間もなく死を覚悟した瞬間、ユイガさんが目の前に現れて防御をした。
「奥義——万年亀」
腕をクロスさせ黒虎の牙を受け止める。が、黒虎の回転が止まらない。
「うおおおおおおおおおおおおおお!」
ユイガさんの雄たけびが止まったころ、黒虎の回転も止まっていた。そして、着地すると同時に後ろに飛んで距離を取った。
黒虎の体に巻かれていた棘はさらに深く食い込み、血の涙も水たまりができるほど流れていた。
「ユ‥‥‥ユイガさん‥‥‥」
横を見るとユイガさんの腕がズタズタになり、繋がっているのがやっとのようだ。意識も朦朧としているようだ。
おそらく、最初からユイガさんが戦っていたらこの結果にならなかっただろう。俺とセリス団長が足手まといになってしまったのかもしれない‥‥‥。
「ム‥‥‥」
「む?」
「ムゲンワンナップ‥‥‥」
ダメだこのおっさん。死にそうなのにまだ言ってら。でも助かった。ユイガさんがいなかったらきっと俺は死んでいた。
横目でセリス団長を見ると黒虎から発せられるどす黒いなにかに充てられて動けなくなっていた。
「シド、ユイガさんとセリス団長を頼む」
そう言うと同時にデイサイドを抜いて距離を詰める。
シドは頷いて二人を守るように体制を低くしていた。
デイサイドに力を込める。魔力だけでなく、神庭の迷宮でミルエルからもらった輪廻断絶も合わせて。
「ギョ、ギョギョ‥‥‥ギョエエエエエーーーッ!!!!」
輪廻断絶を込められたデイサイドは慣れないのか、落ち着かないようだ。
黒虎に切りかかる。しかし避けられてしまう。
しかし、黒虎の表情は先ほどまでの快楽を伴うような痛みに耐えるものではなく、必死の形相だ。まるで、この攻撃を受けてしまうと、それで終わりかのように。
「お主は見たことも無い技を使うが、基本的な戦闘能力が低いな。それでは我に当たらん。ああ、早くお前も喰らいたい。お前も、あそこで倒れている人間もうまそうだ‥‥‥ハヤググワゼロォォッ!!」
くそっ。さすがに剣術歴一年に満たない俺じゃどうしようもないのか。
ジグの大森林でモンドさんに出会ってからは毎日振ってたし、エリオスと出会ってからは剣術の指南もしてもらっていたんだけどな。
俺自身の無力さを吐き気がするほど嫌悪した。そして、無理そうならシドの黄金の魔力を使おうと開き直る。
死ぬよりはずっとましだ。
そんな時後ろから濃霧を突き破るように、黒線が描かれた。
「セリス団長!」
「私はこの町の騎士団長、この町は私が守る!ユイガ殿やハマー殿に頼ってばかりじゃ——ダメなんだ!」
ここ一番で最も鋭い打ち込みだ。
「神を満足に宿すことのできないザコが!我の邪魔をするな!」
セリス団長の一撃を逃げずに逆に向かっていく黒虎。棍棒を額に受け、少なくないダメージを受けながら、しかし勢いは衰えずセリスに体当たりをする。
叫び声をあげながら飛ばされるセリス団長。しかし、俺はそれを見向きもしない。このセリス団長の作ってくれた千歳一隅のチャンスを逃すわけにいかない。
全力で斬りかかる。
「残念だったな。もう少しお前が速ければ、もう少し女が強ければ我に届いたものを」
黒豹は身を翻して避けた。
「この時を待っていたんだよ」
今までひた隠しにしていた影転移を使い、黒豹が避けた分だけ移動した。驚愕と絶望に染まる黒豹。その表情を見ながら頭から胴にかけて両断した。
絶命した黒豹は地面に落ち、中に留められていた瘴気が立ち上がる。
それを取り込まないように、デイサイドを掲げ全て吸い込む。
「ギョ‥‥‥‥‥‥‥‥‥ゲプッ‥‥‥‥‥‥オエッ」
あとに残ったのはピンク色の豹の亡骸と小さい窯のような神機だった。




