【幕間】炎の巫女カグラ3
洞窟の中は迷宮内だとおおよそ予想がついた。迷宮を移動する勇気もなかった。
伯爵家長男の護衛は5人程いたが、正式な騎士ではなく、今回の儀式の為に雇われたハンターだった。全員7級ハンターで中級者とも言えた。しかし、未知の迷宮の経験がなく、どうしたら良いか分からないようだ。
「一度落ち着きましょう。おそらくここは迷宮内です。私たちが知らない未知の迷宮。ここにいる八人で力を合わせて、知恵を絞って脱出しましょう」
カグラが落ち着かせるように話す。加護持ちの二人はその言葉で幾分落ち着いたようだ。
「う、うるせぇ!お前の護衛の依頼なんて受けたからこんな目にあったんだろ!俺らは、関係ないだろ!責任取って早く返せ!」
一人のハンターがパニックになって叫ぶ。
カグラは残りのハンターを見る。パニックになっているのは一人だけのようだ。
カグラは内心ホッとする。さすが、中級ハンターともなると修羅場をくぐり抜けた経験もあるのだろう。冷静さを失うと死に直結してしまうことを理解しているようだ。
「カグラ様、安心してください。我らマグナ一族が責任を持ってカグラ様を無事に返します。『炎の巫女様』に傷一つつけさせません」
カグラを安心させようと話しかける。カグラは使徒であると同時に王女でもあるのだ。この国に生きるものであれば、なんとしてでも無事に帰す必要があった。
「ありがとうございます。私はまだ10歳ですが、使徒でもあります。自分の身は自分で守れるくらいの力を持っています。あなたたちは、私より自分の身を守ってください」
これは嘘だった。カグラは膨大な魔力量を有しているが、体がまだ出来上がっておらず、はっきり言って弱かった。だから十全な護衛をつけていたのだ。
「お‥‥‥俺はお前らのことなんて信じない。一人で行動させてもらう‥‥‥」
先ほどパニックになっていたハンターがそう呟く。
「待ってください。一人で行動するのは危険です‥‥‥」
「うるせぇ!俺に指図するんじゃねぇ!」
カグラの言葉を遮り走り出すハンター。すぐに見えなくなる‥‥‥
ため息をつく一同。
「放っておく訳にも行かないので、あちらの方向に進みましょうか‥‥‥」
「いや、待ってくれ、迷宮内をよく見ろ。分かりにくいが、方向によって宝石の密度に差があるだろ。おそらくだが、密度が薄くなっている方が出口だ。これはあくまで俺の予想だがな」
もっともベテランであろうハンターが提案する。
他のハンターも同意している。
しかし、それは先ほどのハンターが逃げて行った方の逆方向だった。
カグラは少し悩んで、
「私は先ほどのハンターの方を見捨てることはできません。折角の提案申し訳ありませんが、私はあちら側に進みます」
先ほどのハンターが逃げて行った宝石の密度が濃くなっている方を指さして話す。マグナ一族の二人も一緒に来てくれるようだ。
「そうか‥‥‥残念だが、俺らは向こうに行く。お互い生きてたらまた会おうぜ」
そういって別々の方向に進んでいく。
10分ほど歩くと、鋭利な爪のようなもので切り裂かれている死体があった。顔は確認できないが先ほどのハンターであろう。
吐き気を抑えるカグラ、マグナ一族の二人も顔をそむけている。しかし、すぐに気を取り直して警戒をする。この死体の原因となる魔獣が間違いなくこの近くにいるからだ。
「ハンターさん‥‥‥残念です‥‥‥それでは私たちも出口と想定される方に戻りましょうか‥‥‥」
振り返った瞬間、漆黒の巨大熊が手を広げて襲い掛かってきた。熊の手の爪の根本には迷宮の壁についているような宝石が埋め込まれていて、その光が爪に反射して悍ましさを増幅させている。
「くっ、『焔断壁』」
三人の前にオレンジ色の灼熱の壁が出現し巨大熊の突進を防ぐ。防ぐと同時に壁に触れた場所が爆発し巨大熊はダメージを受ける。
マグナ一族の2人はすぐに戦闘体制を整えようとする。
「二人とも、戦ってはなりません!この壁も後一分ほどで解けてしまいます。今のうちに逃げましょう!」
見向きもせずに全速力で迷宮の奥に進むカグラ。魔力を循環させ自身の持てる力を出し切って。すぐに開けた場所に出る。そこは一面宝石が散りばめられているような空間だった。危機が迫っているというのに思わず目を奪われてしまう。
すぐに振り返ってマグナ一族の二人がついてきているか確かめる。
二人とも——ついてきていなかった。
「グウァーーーーーーーーー!!!!」
その瞬間巨大熊の雄たけびが聞こえた。それは勝利の咆哮にも聞こえた。
彼らは知っていた。カグラの魔法で作られた壁が巨大熊を止めるには力不足だっていうことを。カグラを守るためには誰かがこの場に残って戦う必要があるってことを。
彼らは身を挺してカグラを守るために犠牲になったのだ。
自然と涙が溢れた。彼らの決意と覚悟が、10歳の少女の心に深く刻まれる。自分を守るために命を捧げてくれた人たちへの感謝と、生き残った自分への責任感が胸を締め付けた。
そんな中、カグラは強大な神性魔力を感じる。巨大な双頭の蛇人がゆっくりこちらに近づいてくる。
「今回は極上の生贄を送ってくれましたね。過去最高かもしれません。よくやってくれましたね、今の英雄達は。英雄とは時に自らの正義を信じて贄を呼ぶ——実に都合の良い理屈ですね。あぁ‥‥‥申し遅れました。私はジェド。『運命の双神リュミエル・ノクティル』様に仕える神獣です。また、あなたをここで喰らうものです」
運命の双神?運命の神はリュミエルだけじゃないの?
「理解できない表情をしていますね。運命の神は英雄を生み出すリュミエル様だけではないのです。力を喰らい、集めるノクティル様の二柱で運命の神なのです。英雄は本能的に理解するのです。贄が無いと自らの力を維持できないことを。だからこそあなたのような極上な生贄を呼び込めるわけです」
カグラはようやく理解した。この転移は事故ではなく人為的なものだと。私は騙されて、罠に嵌められて生贄にされたのだと。
それを知ったカグラは、パニックになるわけでもなく、冷静になっていった。頭の中は冷静になりながらも心の中は燃え上がるような不思議な感覚だった。
「そう、それが分かってすっきりした。私のことを罠に嵌めた人たちのことまで心配してたわ。それが必要ないのなら‥‥‥私は私の為に踊っていいのね」
カグラは踊り始めた。「熾焔の神ヴァルグナ=イグニス」に捧げる為の炎舞を。いつもより深く、深く祈りながら。
「今のあなた程度の力では無駄ですよ。あと10年後だったら分からなかったですけどね。そうそう、あなたのお仲間は全て迷宮に取り込まれました。いまひとつのモノも紛れ込んでいましたが、美味でしたよ」
ジェドはからかうようにカグラに話しかける。しかし、それはカグラには聞こえない。
カグラは踊り続けた。一心不乱に。もっと‥‥‥もっと深く。
魔力がどんどん大きくなっていく。ネックレスについている真っ赤な宝珠が熱を持って、大きな神性魔力を宿しているのが分かる。
「こ‥‥‥これは、まずいですね。想像以上に力を持っていたようです。10年と言いましたが、現段階で私を倒しうる程です」
ジェドは手を前に突き出し光属性と闇属性の魔力を融合させていく。
「絶対領域」
「万象灰燼」
ほぼ同時に発動される。
地面が爆発的に隆起し空間を埋めつくす程の火柱が上がる。この迷宮を許さないと、この迷宮にとどめられている魂を解放すると、この迷宮に封じられている神を消滅させると。
炎が全てを覆いつくし、ジェドも含めて灰になる直前、全ての炎が消えた——カグラが絶命し、魔力が全て消えてしまったからだ。
5年‥‥‥いや3年後であればカグラはこの魔法を使いこなせたであろう。それくらいの潜在能力は十分にあった。
「危ないところでしたね‥‥‥まぁ結果的に彼女の魂を手に入れられたのだから良いでしょう‥‥‥」
ジェドは自分の命が尽きそうになりながらも、結果には大いに満足していた。カグラの踊っていた場所に行き、魂を掴む。ノクティルの神性魔力で覆い宝石化した。かつてないほどの大きさの赤い宝石が出来上がった。
続けてカグラの死体を探すもどこかに飛ばされたのか見つからなかった。胸に下げていた宝珠も取り込もうと考えていた為、探す。壁の一部分に違和感を感じ、見てみる。そこには横たわったカグラの死体と胸に光る赤い宝珠があった。
ジェドはそれに手を出す。しかし、炎の結界に弾かれて触ることができない。
ジェドの表情に苦笑いが浮かぶ。この迷宮内に自身が触れることのできない存在を許してしまったことに。




