運命の神の宝石たち10
薄闇に包まれた洞窟の瓦礫の中、一筋の赤い光がゆらめきながら俺に向かって漂ってきた。その光は暖かく、まるで生きているかのように瞬いている。光が近づくにつれ、その中に少女の輪郭がぼんやりと浮かび上がった。半透明の幽霊の姿──彼女の髪は風もないのにふわりと舞い、瞳には深い悲しみと同時に安らぎの色が宿っていた。
「ありがとう、ハマー」
少女の声は鈴を転がすように美しく、しかし儚げに響いた。まるで遠い記憶の中から聞こえてくるようだった。
「ハマーがあんなに強いなんて知らなかった。シドもね。シドなんて‥‥‥高位の神様だったのね。小間使いみたいにしちゃってごめんなさい」
彼女の言葉には心からの感謝が込められていた。赤い光がより一層輝きを増し、瓦解した迷宮の壁を温かな色に染め上げる。
「あぁ、お役に立てたようで何よりだ」
俺は肩をすくめながら答えた。普段の皮肉ではなく、代わりに優しさを込めた。
「本来ならただ働きは絶対にしないんだが……今回だけは特別だ」
前世からただ働きは絶対に行わなかった俺が、ここは妥協しておくか。それほどまでに、この目の前の少女から流れてくる安堵の感情が、俺の心を揺さぶったからだ。
彼女の魂が発する安らぎは、まるで母の子守唄のように俺の胸の奥底に響いてくる。
「大丈夫よ。エリオスがきっと払ってくれるわ。それほどまでにハマーには恩があるでしょうし」
少女の微笑みは儚くも美しく、月光のように淡い光を放っていた。彼女の表情には、短い生涯への諦めではなく、希望への信頼が宿っている。
「私は10歳までしか生きられなかったけれど、いつかまた生まれ変わるわ。その時はよろしくね、ハマー、シド」
シドはともかく俺はそこまで生きていないがな‥‥‥だよな‥‥‥?
彼女の視線が、隅で小さく丸まっているベビータイガーの姿のシドに向けられた。
「シドはまたベビータイガーの姿に戻っちゃったのね。でも、本当の姿もとてもカッコよかったわ」
シドの毛玉のような体が、恥ずかしそうにもぞもぞと動いた。
「大叔母様、ありがとうございます」
エリオスの声は震えていた。彼の頬には涙の筋がきらきらと光っている。普段は冷静沈着な彼が、今は感情を隠すことができずにいる。
「エリオス……分かってたのね。さすが聡明な使徒様だわ」
少女の声に深い愛情が込められていた。家族への愛、そして未来への希望が、その透明な瞳の中で輝いている。
「私の宝珠はあなたにあげる。あなたなら、きっとあの迷宮を攻略できるわ。一族の悲願を達成してね」
エリオス‥‥‥しっかり泣いてやがる。俺はもらい泣きしやすいんだよ。やめろ、頼むから。
赤い光がより一層強く輝き、少女の姿がゆっくりと薄れ始めた。彼女は最後の微笑みを浮かべながら、まるで羽根のように軽やかに天へと昇っていく。その光は、まるで希望そのもののように美しく、見る者の心に永遠に刻まれるような輝きを放っていた。
きっとカグラは笑っていただろう。なんとなく分かる。安らかに、満足そうに。
じゃあな──。
俺はゆっくりと上がり、やがて星空に溶けて消えていく赤い光をずっと見続けていた。風が頬を撫でていく。この廃墟に、静寂が戻ってきた。
しばらくの沈黙の後、俺は現実に引き戻された。
「シド、何か収穫はあったのか?」
急に当初の目的を思い出した。神機を手に入れに来たんだった。感傷に浸っている場合ではない。
小さなベビータイガーが、前足で黒い指輪を俺の前に転がしてきた。
「めぼしいものはこれだけかな。黒色のウロボロスの指輪。おそらく金色の指輪と対になっていて、両方揃えて使うと何かしらの効果があるんじゃないかな」
デザインもダサいし、効果も意味が分からないし、どうせ大した事ないだろう。正直、あまり興味がわかないな。
「ハマー、要る?」
シドが小首をかしげて尋ねてくる。
「いらないよ」
「だよね。それじゃあ、ちょっと改造して、一族の悲願達成の手助けをしてもらおうかな」
ま、まさかこいつ‥‥‥まさかエリオスにあれをやる気か?
「はい、エリオス」
シドの声と同時に、目にもとまらぬ速さでエリオスの胸元に「ぽふっ」っという音が。ベビータイガーの肉球は柔らかそうだな。
「ヒーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーハーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!」
エリオスの絶叫が夜空に響き渡った。
その痛みは十分に分かるよ、エリオス君。
心からの同情を込めて──アディオス。
後は外伝数話で完結とします。もっと先まで書いてはいるんですが、技術的にもストーリー的にも練り直して出直します。読んでいただいてありがとうございました。




