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【幕間】妖精人ジグル4

意識が薄らいだ闇の底から浮上するように、私は現実へと引き戻された。瞼を重く持ち上げると、まるで夢の中にいるような光景が目の前に広がっていた。



空の彼方で、太陽を中心として六つの恒星が完璧な円を描いて配列している。それぞれが虹色のオーロラのような光を纏い、宇宙の調和を奏でるかのように静かに輝いていた。この美しくも神秘的な天体の配置こそが、つい先刻まで私が生きていた世界の象徴だった。しかし、その天空の壮麗さとは対照的に、足元に広がるのは絶望的なまでの荒廃だった。



赤茶けた大地が地平線の果てまで続き、生命の息づかいは微塵も感じられない。風が吹くこともなく、鳥の囀りも虫の羽音も聞こえない。ただ静寂だけが、重い毛布のようにこの世界を覆っていた。



「ここは‥‥‥いったい、どこなのか‥‥‥」



声に出してみても、言葉は虚空に吸い込まれるように消えていく。生命が芽吹く遥か以前のパラレルワールドなのか。それとも愛の神が、何らかの意図を持って私をこの場所へと招いたのか。心の奥底で様々な憶測が渦巻いた。



「おう、元気か」



背後から突然投げかけられた声に、私の心臓は激しく跳ね上がった。この静寂に支配された世界に、他の生者がいるなど考えてもみなかった。喜びというより驚愕に近い感情が胸を駆け巡り、私は勢いよく振り返った。

そこに立っていたのは、つい先ほど私の命を奪った人族の男だった。



「か、下等生物!」



思わず口をついて出た言葉に、男は冷ややかな笑みを浮かべた。



「下等生物‥‥‥か。いいか、お前は俺に負けて、俺の世界の中にいる。口の聞き方に気を付けろ」



男の声は低く、静かだが、その奥に隠された冷徹さが私の背筋を凍らせた。



「それに、お前はお前自身が思っているほど大層な能力を持ってない。だから、魔力をろくに持っていない俺に簡単に負けただろう」



事実を突きつけられ、私の喉は乾いた。反論の言葉など見つからない。屈辱的なまでに、彼の言うことは正しかった。



「何も言い返せないのは図星だからだ。お前自身分かってるんだろう。くだらない見栄や虚栄心は捨てろ。それが捨てられない限り、俺はお前を本当に殺す」



男の手が背中の大剣の柄に触れた瞬間、空気が電流でも走ったように震えた。彼の身体から放出される魔力は膨大で、まるで嵐の前触れのように大気を振動させている。この男の本気の殺気を前に、私の全身が震え上がった。



「我は‥‥‥我は‥‥‥」



喉がからからに渇いて、言葉にならない。ここで返答を間違えれば確実に殺される。この男は慈悲などかけるほど甘くない。先ほどの戦いを思い返してみても‥‥‥そう、私は生かされているのだ。



男の言葉が頭の中で反響する。見栄や虚栄心。昔から他の人と比べれば勉強もスポーツもできた。転生後は愛の神からもらった能力で誰よりも優秀だと思い込んでいた。しかし、それは‥‥‥それは母に褒められたいがためだったのかもしれない。認められたい、愛されたいという、子供のような純粋な欲求が、いつの間にか醜い傲慢さに変貌していたのかもしれない。



「我は‥‥‥ただ、褒められたかっただけなのかもしれない」



ふいに、母の温かな笑顔が脳裏に浮かんだ。



「お母さん、元気してるかな‥‥‥もう50年も経ってるから、さすがに死んでるか‥‥‥」



涙が頬を伝った。熱い雫が冷たい大地に落ちていく。



「人間そんなもんだ。まだ35年ほどしか生きてない俺は説教できるような立場じゃないけどな。俺も挫折ばっかり」



男の声に、わずかな優しさが混じったような気がした。



「とりあえずお前には自己分析が必要だな。自分ができることしかできないんだから、それを正確に測ろうぜ。間違ってもゴーレム手に入れたからって世界征服しまーす!なんて言うなよ。あと、気持ちが悪いから口調を直せ」



「くっ‥‥‥お主が‥‥‥君が言いたいことはなんとなく分かったよ。何も飾らない僕を出していくよ。できるかどうかは分からないけど」



初めて素直な言葉を口にした時、心の奥底で何かが軽くなったような感覚があった。



「お前は根っからの悪い奴じゃないってことはなんとなく分かるよ。なんとなくな。本当になんとなくそう思ってるよ」



「もう分かったって。それで、どうして僕を生かしたんだよ。別に転生者だからって同情した訳じゃないんだろう」



「そうだな、まずこの世界の話からにしよう。この世界は影の世界の内の一つなんだけど、おそらく俺らが転生した世界のスペアだな。影の世界にモノを突っ込む影収納っていう魔法があって、それをいじくってたら偶然発見したんだよ」



天才を自負する私でも理解に苦しむ。影収納というのはアイテムボックスのようなものだろうか。



「そうなんだ‥‥‥そういえば君の名前はなんだっけ?」



「あぁ、そういやいきなり罵られたから自己紹介もしてなかったっけ?俺の名前はハマーだ。約半年前にこの世界に転生してきた。転生と言ってもほとんど容姿が変わらないから転移と言っても良いけどな・」



「僕の名前はジグル。この世界ではずっとこの名前でやってきたから。よろしく、ハマー」



「おう。それでだな、お前をこの世界に連れてきたのは、この世界の管理と俺の影の軍団として情報収集とか……うん、雑務だな」



そんなところだと思った。とりあえずできることをしよう。僕は生まれ変わったのだから。



「分かった。それでこの何も無い世界で何をすればいいんだ?」



「すぐ人に聞くな。お前の頭は何のためにあるんだ!」



「急なパワハラ!今は厳しいって聞いてたぞ」



「ははは、そうだったな。俺の若いときは……あ、大事なことを忘れてた。お前を転生させた神について教えてくれよ」



「僕を転生させたのは愛の神で、名前は聞かなかった。それで僕の役割は黄金色の魔力を使う神の迷宮の封印を解くことだったんだ。そのために迷宮を探す能力ももらったんだけど」



「黄金色の魔力か‥‥‥。それで、迷宮を探す能力以外は何をもらったんだ?」



「全部で4つだよ。迷宮を探す能力、迷宮に何の神がいるのか知り、その強さを知る能力、対象となる存在の能力を知る能力、全ての属性魔法を行使できる能力だね」



「全ての属性魔法を行使できる能力だと?全属性使えるけど才能なくて初歩魔法しか使えないってやつか?」



「そんなハズレなわけないよ。全ての属性の最上級魔法まで使えるよ。めちゃくちゃ努力したけどね」



「殺す殺す殺す殺す殺す殺す‥‥‥」



ハマーの目が血走り、殺気がびりびりと肌を刺した。この人も異世界に来て精神的に不安定になったのだろうか。純粋に怖い。


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