神庭のゴーレム6
薄暗い森の陰で、俺は今朝方の王太子との短い邂逅を反芻していた。あの高慢な眼差し、威圧的な佇まい、そして何より明らかな選民意識——王太子の振る舞いから察するに、この妖精人たちは相当な排他的思想を持つ種族のようだ。
人間の姿のままでは確実に警戒される。いや、それどころか敵視される可能性すらある。
「仕方ない、頼むぞ、ヴァル=ライク」
俺は心の中で黒霧の狩神に祈りを捧げた。便利すぎるご都合神、黒霧の狩神ヴァル=ライク万歳——そう心の中で唱えながら、影変身の術を発動する。
体が霧のように揺らめき、肌が白磁のような滑らかさを帯びていく。耳がすっと長く伸び、瞳が翡翠色に変化する。鏡がなくとも、俺が完璧なエルフの外見に変わったことが分かった。
次に影移動を使い、街の喧騒から離れた路地から路地へと、まるで夜の闇に溶け込むように移動した。妖精人たちの鋭敏な感覚をもってしても、俺の存在を捉えることはできないだろう。
街の中心部から少し外れた場所にある小さな酒場を見つけた。『翠風亭』という看板が風に軋む音を立てている。
重厚な木の扉を押し開けると、酒精と薪の燃える匂いが鼻を突いた。薄暗い店内には数人の客がいるが、皆一様に疲れた表情を浮かべている。カウンターの向こうでは、髭面の男が黙々とグラスを磨いていた。
俺はカウンターに腰を下ろし、できるだけ自然な調子で声をかけた。
「マスター、一杯くれ」
マスターは俺を見上げ、眉をひそめた。鋭い視線が俺の顔を値踏みするように見つめる。
「お前さん見たことない顔だが、どこから来たんだ?」
予想していた質問だった。俺は事前に考えていた設定を口にする。
「ここより北のジグの大森林内に小さい集落があるんだよ。そこで生まれ育ったんだが、このまま何も知らないで一生を終えるのは寂しいと思い抜け出してきたんだ。世間知らずだから、とりあえずこの国について聞こうと思ってこの店にきたんだよ。教えてくれよマスター」
マスターの表情が少し和らいだ。
「そうなのか。よく来たな」
マスターは一度俺を見回してから、憂い顔を浮かべた。
「お前さんは魔力が少ないから色々大変な目に合いそうだな。森の中で何も知らずに生きていくのもいいかもしれんぞ。まぁ余計なお世話か」
マスターはため息をつきながら語り始めた。
「この国はコガン妖精人王国。妖精人の国はいくつかあるが、ここはその中でも最も小さい国だ。西に世界最強と呼ばれる帝国と隣接しているんだが、いつ侵略されてもおかしくない」
マスターの声には諦めにも似た重みがあった。小国の宿命とでも言うべきか、常に大国の脅威に晒されながら生きる民の心境が滲み出ている。
「しかし、この町を守っている世界樹の加護のおかげで帝国と渡り合える武力を持っている。この国の王様も王太子様も2級ハンターでソロで亜神とも渡り合えるくらい強いんだぜ。他にも5級以上レベルのハンターもごろごろいる」
マスターの声に誇りが混じった。だが、次の言葉には陰りが差す。
「ただ、王と王太子がここのところ仲がよくないって噂も聞くけど、噂は噂だからな」
王室内の不和——これは興味深い情報だった。俺は表情を変えずに聞き続ける。
「さっきも言ったけど妖精人は選民意識が高い。特に魔力が低いと無能として扱われる」
マスターの目に苦い記憶が浮かんだ。
「俺も魔力が高い方じゃなかったから若いころは苦労したよ。」
やはり俺の推測は正しかった。この国は確実に魔力至上主義の社会だ。
「なるほどな。少数精鋭の国ってことか。世界樹は迷宮なのか?」
「ああ、この国は小国だが、迷宮を持っているんだ。世界樹の迷宮を」
マスターの表情が少し明るくなった。
「迷宮から取れる世界樹の実は体を若返らせ、魔力を充実させる。非常に価値の高いものだ。それ故に法で国外に持ち出すことが禁止されている。その他にも対外的に大きな価値があるものが多いが、自国で消費することが多いんだよ」
マスターは慣れた手つきでシェイカーを振り始めた。
「ほら、この国で暮らす記念だ。世界樹の実のカクテルだ。元気になるぞ」
琥珀色の美しい液体がグラスに注がれる。一口飲むと、体の奥から暖かな力が湧き上がってきた。確かに魔力が充実していくのが感じられる。
マスターは俺の足元で丸くなっている小さな虎を見つけて微笑んだ。
「お前さんの連れてるかわいいトラちゃんにもつまみやるよ。楽しんでいきな。」
しばらく雑談を交わした後、俺は席を立った。
「ありがとうマスター、また来るよ。これで。」
モンドからもらった硬貨の中で一番高価そうなものを取り出し、カウンターに置いた。金貨の表面には見慣れない紋章が刻まれている。
マスターは硬貨を見て目を丸くした。
「おい、多すぎだよ‥‥‥また来た時にサービスしてやる。」
どうやらおつりはもらえないようだ。




