✤悲痛な叫び✤
玖月善女さまは、悪い意味ですっかり変貌してしまっていた。
確かに吹っ切れようとはしていたけれど、想いと体は一致しない。
どんなに吹っ切れようと思ってはいても、体は正直で、生きることを拒んでいた。
盛誉が亡くなってからというもの、玖月善女さまは、すっかり生きる気力を失ってしまって、もう何日も何日もまともな食事を摂ることが出来なかった。
ううん。それだけじゃない。今まで、ずっとずっと眠れなかったんだ。
『……』
盛誉を失ったその気持ちは、僕だって痛いほどに分かる。
だから僕は、その傍を離れられなかった。
僕だけでも傍にいたら、玖月善女さまのそのお心が、ほんの少しでも軽くならないかなって、そう思って。
それがやっと ついさっき、穏やかな寝息が聞こえたと思ったんだ。だから僕は外へと出た。
『……』
そっと抜け出した外の世界は、もう既に夏になろうとしていた。早いなぁ。もう、夏だよ?
空気は清々しくて、小鳥たちが嬉しそうにさえずった。
……僕はそれが少し、憎くなる。
盛誉は、盛誉はもうこの世にはいない。巡る季節をもう、感じることすら出来ないんだ。
あの冷えきった冷たい月の出ている夜に一人取り残されて、まだあの場所にいるんじゃないかって、そう思うと、苦しくて苦しくて仕方がない。
だからずっと見ないようにしていた。
過去のあの、優しい笑顔を振りまいてくれていた盛誉を想い描き、そんな盛誉を取り残して移り変わる季節なんて、見たくもなかったから。
だけど僕は今日、外を見た。
玖月善女さまだって、必死に生きようとしている。僕だって前に進まなくっちゃ……そう思った。
『にゃあ……』
あぁ、でも……心が痛い。
移りゆく季節を美しいとか綺麗だって思うことすら罪のように思えて、僕は周りの風景から目を背けた。
……そんな時だ。
玖月善女さまが暴れ出したのは。
悲痛な玖月善女さまの声が響く。
「盛誉! 盛誉ぉ! どこにいる!? どこに行ったのおぉぉぉ……」
『……』
玖月善女さまの悲痛なその叫びが、僕の心を深く抉る。
取り残してしまった盛誉を呼び戻したくって、仕方がない。
だけどそれはもう、出来ないんだ!
「玖月善女さま! どうか、どうかどうか気をお確かに!盛誉…… 盛誉さまはもう、ここにはおられません……っ」
悲痛な侍女の叫びに、誰もが顔を苦しげに歪めた。
傷ついているのは、みんな一緒だった。
けれどその悲しみにいつまでも浸ってはいられない。
取り乱した主をどうにか宥めなくてはならないから。
お付の人たちは、どうにかして主を宥めようとはするのだけれど、どう扱っていいものか正直戸惑っていた。
もう既に万策尽きてしまっている。
玖月善女さまが食事を摂らなくなってから、眠れなくなってから、みんなあの手この手で玖月善女さまを慰めた。
最初は良かった。
玖月善女さまもそれなりに対応していてくれたから。
だけど日が経つにつれて、玖月善女さまは反応を示さなくなった。
……当然だよね。
変な慰めはかえって逆効果で、どうにか宥めようとするお付きの人たちのその行動に、玖月善女さまだけでなく、僕も少なからずうんざりしていたから。
早く忘れた方がいい。
──なにを? 盛誉を? そんなことは出来ない。
楽しいことを考えましょう。
──盛誉がいないのに? 自分だけ?
あなた様は生きていかねばなりません。
──盛誉を置いていけと? 忘れてしまえと?
大切な息子を忘れてしまえと?
あの悲しい【時】に、一人置いていけと?
そんなこと、出来るわけがない!!
だから余計、玖月善女さまは、内に篭ってしまったんだ。
その代償として、すっかりやせ細ったその体には、色らしい色が見当たらない。
……元々色白ではあったけれど、これは【色白】とは言わない。生気を全く感じないその体は、色がないそう言った方がしっくりくる。
色が抜けたその体に、申し訳程度に着物を着て、玖月善女さまは鬼の形相で暴れていた。
あの綺麗だった髪はパサパサになり、もう見る影もなかった。
玖月善女さまって、あんなだったっけ? さっきまで一緒にいたのに……。
僕はそんな事をぼんやり考えた。
× × × つづく× × ×
┈┈••✤••┈┈┈┈••✤ あとがき ✤••┈┈┈┈••✤••┈┈
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