第三十三話 奮起
最近少し忙しくなって執筆の時間が取れないので、しばらく週一投稿を中止します。
次回の投稿は7月11日月曜午後七時の予定です
「……ッ!」
「ゆ、悠香ちゃん!?」
何も言わずに駆け出した悠香の後を追おうとする小清水。しかしその直前、俺の事を心配してくれてか、こちらをちらりと見る。
「……悪い……。今は一人にしてくれ……」
「……私こそ……ごめんなさい……」
「……」
俺が黙ったままで居ると、小清水は居心地が悪くなったからかそのまま悠香を追いかけていった。
「フゥ……」
部屋で一人になった途端、俺はドサリとベッドに倒れ込んだ。今はただ、何も考えたくなかった。
十数年。俺が悠香と過ごしてきた年数だ。その全てが裏切られたような気分だった。
「クソ……」
つい汚い言葉が口を突いて出る。未だに自分の頭の中で整理がつかない。十数年もの間、悠香は俺の母さんを殺したという事実を隠したまま俺に接していた。その事実が母さんを殺してたことよりも何よりもショックだった。
悠香は父さんが出張で普段家に居ないことも相まって俺の人間関係の中で誰よりも親密な人物といっても過言じゃない。
それだけの長時間、一緒に過ごしてきたのだ。その間、アイツは何を考え、何を感じていたのだろうか? 分からない。
俺の作った料理を美味しそうに食べていた時の笑顔も、勝手に俺の家に来ては堂々とリラックスしていた様子も、全てが疑わしく思えて仕方がなかった。
「ハァ……」
再びため息。悠香を追ったほうが良いかもしれないと思ったが、どんな顔で会えば良いのか、会ったとして何を言えば良いのかが分からず、外に出ることすら億劫になっていた。
「お〜い? 誰も居ねぇのか〜? って……開いてんじゃねぇか……。不用心だな……。お〜い! 伏島〜? 居ねぇのか〜?」
「……こんにちは」
「うおっ! び、びっくりした〜……。お前なぁ……。居るなら返事くらいしろよ? 私ずっとインターホン鳴らしてたぞ」
勝手にドアを開けて家に入ってきた狩ノ上先輩に挨拶をすると、呆れたような態度の先輩の返事が帰ってくる。ちなみに無視してたわけではなく、深く考えすぎてインターホンの音が聞こえなかっただけである。
「そんなことよりどうしたんですか。急に来るなんて。悠香じゃあるまいし」
「大門からの連絡だ。お前にメールを送ってんのに返事が無いから様子見てこいって言われたんだよ」
微妙に怒気を孕んだ先輩の言葉。言われて携帯を見ると、確かにメッセージアプリに通知が来ていた。素直に申し訳ない事をしてしまったと思う。
「それで? 内容はそれだけですか?」
「いや、メール読めよ。伏島は知ってるらしいけど、大門が新しい心力使いを撃退したんだろ? その力が思ったよりも強かったらしいから出来るだけ早く特訓したいらしい。あとその他諸々の諸用があるそうだ。今から早速行けるか?」
「……すみません。今日はちょっと行けそうに無いです」
「……? 伏島。お前なんかあったのか?」
返事を返すと、疑わしそうな目線がこちらを刺してくる。勘がいい先輩のことだ。流石にバレるか……。
「……すみません。今は放っといてください。今は一人で考えていたいので」
「ダメだ」
そんな俺の要望は簡単に却下される。
「頼みますよ……。今は誰かと話そうと思うような気分じゃ……」
「お前、鏡見たか?」
「鏡?」
突然話を遮られて、困惑。そもそも……悠香達が出ていってからは何もしていない。当然、鏡なんて見る機会も無い。
「ああ。その様子じゃ、気づいてないみたいだけど、お前、ひどい顔だぞ」
「え?」
つい自分の顔を触る。しかし、それでは自分の顔がどうなっているかなんて分からない。
「自分でも気づかない内にだいぶ思い詰めてたんだろ。そんな時に一人になっても、悪い方に悪い方に思考が行くもんだぞ。ロクなことにならねぇ。特別に私が聞いてやるから、話してみろ」
「でも……話したからって何か解決するわけでも……」
「良いんだよ。何か解決しなくっても。いや……解決はしたほうが良いんだが……そんな事は稀だからな……。ってそうじゃなくって……大事なのは他人に話す事なんだよ。お前が思ってるよりもずっと効果があるぞ。ほ〜れ。お姉さんに話してみろ。きっと気が楽になるぞ」
おどけたような口調で言いながら、先輩は優しい笑みを浮かべる。それに押されて、ポツリ、ポツリと俺は話し始めた。
「さっき……例のカノン・リールズのメンバーの一人が俺の家にやって来ました。悠香の姿に化けて。それで……ソイツが言ったんです。俺の母さんを殺したのは悠香だって……。ああ……言ってませんでしたね……。俺の母、俺が小学生の時に死んでるんです。交通事故で」
「そりゃ……なかなか大変な人生を送ってんだな。お前も」
俺の支離滅裂な話でも、先輩は軽く相槌を打ってくれる。
「別にその事に関してはもうどうも思っていません。なんでも十年も前の話ですし。それに……それだけならアイツのことも信じなかったと思います。ただ……悠香がそれを認めたんです。謝りながら」
……正直、最初は話すのを躊躇っていたが、実際に話してみると、どんどん俺の口から言葉がこぼれていく。どうやら先輩の言う通り、俺は誰かに話を聞いてほしかったのかもしれない。
「……」
「ショックでした。俺の大切な人が、母さんを殺してた。アイツは、十年間何を考えて俺に接してきたんだろうって。だって、自分が殺したと思っている人の息子ですよ? 何も感じないわけがないじゃないですか。だから、今まで十年間の悠香の態度が、嘘だったんじゃないかって……」
しかし、ずっと黙っている先輩に気づき、だんだんと言葉が尻すぼみになっていく。同時に、申し訳ない気持ちになる。
「すみません。ずっと一人で話しちゃって。こんな事言われてもどう返事すれば良いか分からないですよね?」
「……いや、そんな事はないぞ」
「いえ、気を使わないでください。すみません。気を使わせちゃって」
「だから気なんて使ってねぇよ。気にすんな。それよりも、聞きたいことがある。少し良いか?」
少し気を悪くしたようにしながら、先輩は俺に質問をしてくる。
「……なんですか?」
「お前、何に悩んでるんだ?」
「え?」
先輩の質問の意味が分からず、意味にならない言葉を発する。
「だから、お前は何に悩んでるんだ?」
「そりゃ……悠香が俺の母さんを殺したって……」
「そこは別に気にしてないって自分で言ってたじゃねぇか。自分の言ったこと忘れたのか?」
「……」
「その悠香の本心が本当かどうか分からなくなって悩んでいたんだろ?」
「……」
自分でも気づいていなかった悩みの核心。それを先輩に突かれる。……確かにそうだ。悠香が母さんを殺したと聞いて、俺は悠香の心根が分からなくなったのだ。
「どうだ? 気づいてなかっただろ?」
「はい……。けど、それだけです。結局悠香が何を考えていたのかは分かりません」
「あのなぁ、分からねぇなら直接聞けば良いじゃねぇか」
少し呆れたように笑いながらあたかも簡単な事のように言ってのける。
「けど……」
「ウジウジしてんなぁ……。そりゃ怖いのは分かるぞ? もし自分の懸念が当たってたらってな」
「ならっ!」
「でもな、そこで逃げるのは間違いだ。しっかりと向き合え。お前の大切な幼馴染なんだろ? 話ぐらい聞いてやれよ」
俺を励まそうとしているのか、先輩は再び優しく微笑み、肩を軽くはたく。
「安心しろ。悠香もお前に十年間隠し事をしてたのにお前から逃げなかった。確かに罪の意識ってのもあるかも知れねぇけど、それだけで出来ることでもない。きっとお前の事を大切に思ってくれてるさ」
「……ありがとうございます。励ましてくれて。まぁ……最後のは特に根拠ないんでそれなりに心に留めて置きます」
「失礼だな。しっかり根拠があるっての」
「なんですか?」
「私の勘だ!」
「やっぱり適当じゃないですか」
「うるせぇ」
ドヤ顔で自分の事を指差す先輩に対して、思わずツッコみを入れる。どうやら先輩のおかげでだいぶ落ち着いてきたようだ。
「それじゃ、俺は悠香のところに行ってきます」
「おう。場所は分かるのか?」
「はい。小清水が追いかけてくれてるので位置はすぐに分かります」
言いながら腰を上げる。すると、先輩がイタズラっぽい笑みを浮かべながら――
「私も行ってやろうか?」
と聞いてくる。どうやら俺を試しているらしい。
「大丈夫です。今回は俺が自分の力で悠香に向き合わないといけないので。一人で行きます」
「おう。分かってんじゃねぇか。そんじゃ、頑張れよ」
「はい。それじゃあ、行ってきます」
「おう!」
先輩の声を背中に受けながら、俺は悠香を追い始めた。
その後……伏島の部屋にて……。
「さて……」
伏島が部屋を出ていった後、私。狩ノ上奈緒は当たりを見回す。なんだか勢いでアイツを見送ってしまったが、よくよく考えたら私がこの部屋に残る意味はまったくなかった。
「このまま出ていくにしても鍵が開きっぱってのも防犯上あんまりよろしく無いよな……」
勝手に出ていったせいで空き巣にでも入られたら流石に伏島が可哀想だ。
「あれ……」
状況を整理して、気づく。もしかして……私……。
「閉じ込められた?」




