第三十二話 暴露
次回は6月20日午後七時投稿予定です。
「それじゃ、結構長居しちゃったし、私はもう帰るね?」
軽い雑談が一段落すると、小清水はそう言いながら立ち上がる。
「あ、じゃあ送ろうか? なんか今日は悪いことしちまったし」
「そ、そんな事しなくて良いよ? 伏島くん、昨日は大変だったんでしょ?」
「良いって良いって。別にそんな大した事じゃないし」
「ダ〜メ。しっかり体は休めてください。ただでさえ最近いろんな事件に関わっているんだから、疲れを残すような事はしちゃいけません」
そう言っておどけながらも、俺をなだめる小清水。
「はいはい。そんじゃ、玄関ぐらいまでは見送りさせてくれ」
「うん。ありがとう」
小清水がそう軽く微笑んだ時、インターホンがピンポ〜ンと、気の抜けた電子音を奏でる。
「ん? 誰だ?」
「え? 宅配とかじゃないの?」
「宅配は頼んでねぇんだけどな……セールスか何かか? ちょっと待っててくれ。見てくる」
「うん」
俺は小清水に待つよう言ったあと、立ち上がり玄関へと向かう。すると再び玄関から電子音。
「はいは〜い。今開けますよ〜っと。うおっ!」
「スグ兄ただいまッ!」
ドアを開けた瞬間、体が一気に重くなる。悠香が俺に抱きついてきたからだ。
「また勝手に来たのかよ……。いつも言ってるだろ。来るのは良いから連絡入れろって」
「いいじゃん。どうせ暇でしょ!」
「いや確かに暇だけどな? そういう事はっきり言うのやめような? 普通に失礼だぞ? 後いい加減離れろ」
「お? なんだぁ〜? 超絶美少女の悠香様にくっつかれて照れてんのか〜?」
苦言を呈した俺の頬を指先でつっつきながら煽ってくる悠香。うっとおしい。
「違う。普通に重い」
「ヤメロッ! 乙女に対して重いとかヤメロッ!」
「こっちは下半身が筋肉痛で痛いんだよ! 良いからさっさと離れろ!」
「はいはい。って筋肉痛? 何かあったの?」
「それは……」
「伏島くん。随分時間掛かってるけど何か……。あ、悠香ちゃん。こんにちは〜」
俺が答えようとしたところ、長々と玄関で話していたことを訝しんでか、小清水が玄関に顔を覗かせる。そして悠香を見て、納得したように挨拶をする。
「あっ先輩! こんにちは〜。スグ兄がいつもお世話になっております〜。添木先輩は?」
「ん? 居ないよ? 今は私だけ」
「え? 二人っきりだったんですか?」
「? うん……。そうだけど……?」
「先輩が男の部屋で二人っきり……。そしてスグ兄は下半身が筋肉痛……。ハッ!」
悠香は何かブツブツと呟いたかと思うと、何かに気づいたように目を見開く。
「スグ兄! お前小清水先輩とヤッたのか!」
「……お前ホントに何言ってるんだ?」
悠香のふざけた発言に、呆れるよりも先にもはや心配になってくる。……ホントにコイツは……。どういう思考回路になったらそういう結論になるんだ?
「フフン! とぼけたって無駄ですぜ〜? 証拠はすべて揃っている! 他の人の目はごまかせるかもしれないけど、幼馴染である私の目をごまかす事は出来ない!」
「ごまかすも何も正しい情報が一つもねぇよ!」
「ふ、二人共何の話をしているの? 私と伏島くんがやったって何を?」
俺と悠香の口論を見て、小清水は困惑したように聞いてくる。おそらくこういう事に関する知識がないのだろう。
「え? 先輩分からないんですか? ヤッたっていうのは――アイタッ!」
「いや、小清水は気にしなくていい。本当にくだらないことだから」
そんな小清水にこの低俗な内容の話を説明しようとする悠香の頭を軽くはたき、発言を遮る。こんな事話しているなんて知られたら小清水になんて思われるか分かったもんじゃない。
「そ、そう? なら良いけど……」
そう口では納得しながらも、不思議そうな顔をする小清水。まずい。どうやら疑われているようだ。なんとかしてごまかさないと。
「そうだ! そんなことより、小清水先輩。先輩のお父さんが社長って話、本当なんですかっ!?」
「へ?」
そんな事を考えていると、悠香が先程の俺のように、小清水の父親の事を尋ねる。それも俺よりもだいぶ直球で。俺の時でも大きく動揺していた小清水だ。当然、動揺して間抜けな声が漏れる。
「お前……一応その話小清水にはしないって話ししただろ……。何速攻で話してるんだよ……」
「え? そんな話したっけ?」
「……」
「ちょっ……冗談だから! そんな顔で見ないで!」
悠香の呆れた物言いにジトリとした目を向けると焦ったように弁解してくる。
「冗談も何も今言っちまったじゃねぇか!? 小清水を見ろ! またバレたショックでなんか変になっちまってるじゃねぇか!」
「隠しててごめんなさい……。けど私はただの一般人なのでどうか嫌いにならないでください……。お願いします……」
どこか空を見つめながら、小清水はブツブツと呟いている。
「うわマジだ。お〜いせんぱ〜い。元に戻ってくださ〜い。私はそんな事で嫌いになるほど器の小さい女じゃないですよ〜。けど少し羨ましいと思ってるので少しお金くれると嬉しいですよ〜」
「お前ほんっとクズだな……」
「そんなしみじみと言うな〜。私だって傷つくんだぞ〜」
それにしても今の発言はどうだろうかと思うが、悠香は小清水を元に戻そうとその顔を覗き込んで話しているので、邪魔しないようにと黙る。すると小清水が気まずそうに顔を上げ――
「ち、ちなみに悠香ちゃんのご両親は何をやってるの?」
と聞いてくる。どうやら仲間がほしいようだ。
「残念ですが、普通のサラリーマンです。給料もそこそこで先輩のお父さんとは比べ物にもなりません」
「ふ、伏島くんは?」
「うちはまぁまぁ大企業だと思うぞ。小清水も知ってると思う」
「ホントッ!? どこなのっ!?」
俺の言葉を聞いて、気まずそうな表情から一転、嬉しそうな表情を浮かべる。どうやら仲間が出来て嬉しいらしい。
「ああ。赤城グループ。小清水も知ってるだろ?」
「……えっえっえっ? ……ホントに?」
「そりゃもちろん。こんなところで嘘つく意味ないだろ」
しかし俺の言葉を聞いた瞬間、小清水は再び動揺。赤城グループ。それは先程から話題になっていた小清水のお父さんが社長の会社である。
これ以上小清水を困らせないために言わないようにしようと思っていたのだが、あまりにドンピシャな質問が来たのでつい悪戯心が湧いてしまった。
「うわぁ……スグ兄性格悪〜。一回上げてから落とすとか性悪じゃねぇかよ〜」
「うるせぇ」
そんな俺を見て、悠香が批判を口にする。正直、どの口がと思うのだが、本人は気にしていないらしい。そんな図々しい悠香の態度に思わずため息。
「ハァ……それで? どうして家に来たんだ?」
「そりゃもう……スグ兄が一人暮らしだからに決まってるじゃないっすか〜」
「……そんなに一人が良いならお前も一人暮らし始めたら?」
「そんなのお母さんが許すわけないじゃん。スグ兄とは家の事情が違うんだから」
思わず悠香に苦言を呈すると、悠香が反論してくる。すると、いつの間にか落ち着いた小清水が話に割り入ってくる。
「ずっと思ってたんだけど……伏島くんってどうして一人暮らししてるの?」
「ん? 父さんがよく出張に行ってるからだな。家に帰ってこないなら片付けが面倒な実家じゃなくってこういう小さなマンションにしたほうが良いってことになって」
「? 伏島くんのお父さんが出張なら、お母さんはどうしているの?」
「あ〜……」
小清水の質問に思わず言葉が詰まる。別にこういう事を聞かれるのも嫌では無いのだが……答えたら小清水が責任を感じそうだな……。
「コイツ小学生の頃お母さん亡くしてるんですよ。で、お父さんが出張三昧だから、一人暮らし」
「あっ……。ご、ごめんなさい! 私、無遠慮にとても失礼な事を……!」
「大丈夫です。私が落ち込んでいるときのスグ兄をしっかりサポートしておきましたから! ね〜!」
「はいはい……。その件はどうもありがとうな」
言い終わると同時に悠香は俺に飛びついてくる。普段のコイツの生意気な態度はいつまでもウザいと思うが、悠香が居なければ今の俺は居ないと言っても過言ではない。
この事に関しては感謝してもしきれない。すぐさま感謝の言葉を述べると、悠香はフニャリと顔を緩める。
「ふひひ〜。ま、スグ兄のお母さんは私が殺したんだけどね〜」
「……は?」「え?」
その悠香の発言に一瞬、思考が固まる。そしてそれは小清水も同じなようで、二人同時に意味をなさない声が漏れる。そしてその後、一気に頭が動き始める
悠香が母さんを殺した? そんなハズ無い。母さんが死んだのは交通事故のはずだ。運転手だって捕まっていた。なんで悠香がそんな事を言うのかが分からない。いや、まずはそんなことより――
「小清水。気を付けろ。コイツは敵だ」
「えっ? う、うん!」
急いで俺にくっついていた悠香の姿をした何者かを突き放し、すぐさま電撃で狙いをつける。
「ちょっとひどくな〜い? 私はスグ兄のかわいいかわいい幼馴染の一ノ瀬悠香ですよ〜」
「そのふざけた話し方を辞めろ……! だいたい、お前が悠香ならなんで俺の家に入ろうとした時心力を使ってドアを開けなかった?」
「……」
「それに、悠香はいつもふざけた冗談は言ったりするが嘘はつかない。少なくとも母さんに関しては絶対にだ」
「ふふふ……すごいねぇ。さすが十数年来の幼馴染。悠香ちゃんに嫉妬しちゃいそう」
俺が悠香の姿をした何者かに根拠を並べ立てると、悠香の姿が光り輝き、そこから別の人物が現れる。ニヤニヤと笑みを浮かべた、薄い茶髪を肩の少し下まで伸ばした女だ。
「初めまして。優くん。私は湯ノ花紬。貴方が最近嗅ぎ回っているカノン・リールズのメンバー。よろしくね?」
「こっちはよろしくするつもりなんて全くねぇぞ。それよりもなんで悠香に化けていた? なんで悠香が母さんを殺しただなんて悪趣味な嘘をついた?」
呑気に自己紹介を始めた湯ノ花の話に苛立ちが募る。
「え〜? だって優くんは悠香ちゃんの事が大切でしょ? 私も優くんに大切にして欲しいなぁ〜って。
それに、嘘なんてついてないよ? 私はただ、真実だけを伝えている。あなたの大切な幼馴染の悠香ちゃんはあなたの母親を殺している」
「そんな嘘、信じると思うか?」
「なら、本人に直接聞いてみたらいいよ〜。本人が一番その事を分かっているだろうから」
「ん〜! ん〜!」
そう言った湯ノ花の視線の先、俺らの後ろには、後ろ手に縛られた悠香が、猿轡をされながらも必死に叫んでいた。
「悠香!」
「それじゃあね。優くん。きっとまた会おうね?」
「ッ! 待て!」
一瞬、目を離した隙に湯ノ花は姿を消し、その声だけが俺の部屋に響いていた。
「……クッソ!!」
「ヒッ!」
数秒間辺りを見渡し、思わず声を荒げる。それに驚いた小清水が、小さく声を上げる。
「……悪い。少し熱くなりすぎた」
「う、うん……」
「悠香。今助けてやるから、ちょっと待ってろ」
悠香の方に歩いていく。しかし、悠香は全く動かず、うなだれたままだ。仕方ないから、俺が悠香の後ろに周り、結束バンドと猿轡を外す。
「ほら。大丈夫か?」
できるだけ優しい声を心がけ、悠香の背中を励ますようにポンと叩く。しかし、悠香は相変わらずうなだれたままだ。そんな中、俺の頭の中では先程の湯ノ花との話がグルグルと回っていた。
(なら、本人に直接聞いてみたらいいよ〜。本人が一番その事を分かっているだろうから)
もちろん、あんな事は信じていない。だが、その真に迫った表情は、妙に現実味を帯びていて、俺を不安にさせた。
「ホント、アイツもひどいよな〜? 悠香が俺の母さんを殺したなんて、侮辱も良いところだ」
「……伏島くん……」
そんな不安を吹き飛ばそうと無理に明るい声を出すが、その無理が出てしまったのか小清水が心配そうに俺の名前を呼ぶ。
「そうだ! 小清水も心力は使ったよな? アイツが何を考えていたか分かるか? なんでわざわざあんな嘘をついたのかの理由とか……」
「……」
「小清水……?」
「……」
「小清水ッ!」
なぜか黙ったまま暗い表情でうつむく小清水。それは何かを隠している証拠で、急に色々なことが起きた俺はつい声を荒らげてしまう。それは男が苦手な小清水を追い詰めるもので、小清水が隠した事実を暴く。
隠し事をするには相応の理由がある。それは先程、小清水が理解したことだったが、今度は俺が理解する番だった。
「……っ! あの人はっ! 何一つ! 嘘をついて……いません……でした……」
「……は?」
最初は怯えからか大声で、それからその事実の重大さに気づいてかだんだんと尻すぼみになっていくその声で、俺は目の前が真っ暗になる。
悠香が俺の母さんを殺した? アイツの言ってた事は本当だったのか?
一度、真実味を帯びてきたその事実を信じてしまう。すると、それはどんどんと頭の中を侵食していく。
「悠香! 違うよな!? お前が母さんを殺したなんて、そんな事……なにかの間違いだよな!? 例えばそうだ! アイツの勘違いとか……」
自分の頭の中で現実味を帯びてきた事実を否定したくて、信じたくなくて、慌てて本人に真偽を問う。それは彼女にとって最も残酷なことで……。
「スグ兄……ごめん……なさい……っ!」
「嘘……だろ……?」
目尻に涙を溜めながら謝ってくる悠香。それは先程の湯ノ花の言葉を肯定する物だった。それを信じたくなくとも、十余年、母さんに関して嘘をついていないという事実がそれを許さない。
「スグ兄! ごめんなさいっ! でもっ……!」
「悪い……」
「えっ……?」
何か言おうとした悠香の声を思わず遮る。あまりの衝撃に、冷静じゃいられなかった。だから……
「黙って出ていってくれ……。今はもう、何も聞きたくない……」
俺は、彼女を拒絶した。
隠していた秘密は、誰よりも大きくて……。




