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カノン  作者: しき
第5話
40/206

災害と再生の星4



 案内人のユセイさんとの戦いも終わり、一息つこうとした時。

 突然大地震が襲ってきた。

 この星に着いて幾度目いくどめかになる地震。


 風音が足を少し取られながら咲桜さくらの方を見ると、咲桜の目の前の地面が割れている。

 幸運な事に咲桜の足元が割れたわけでは無かったので、あのままじっとしていれば落ちる事は無いだろう。

 しかしすぐに保護しに行く。

 風音が咲桜の方に駆け出した瞬間。


 咲桜が自分から地割れに飛び込んだ。


風音「咲桜!!!」


 すぐに風音も飛び込む。


ユセイ「待て!!」


ユニル「風音さん!!」


 二人が後方で叫んでいるが、耳に入らない。


風音(なんで飛び降りた!? ・・・見間違いか?)


 混乱している暇も無く、地割れに飛び込んだ風音の目の前に絶望が広がる。

 すぐそこにマグマがある。

 そんな訳ない。

 あり得ない。

 こんなすぐ足元にマグマなんてある訳ない。あったとしたらこの辺に人なんて住めないだろう。


 ・・・という常識が一切通じないのが、このニーギだ。

 地震と地割れと同時にマグマがき出す。これがあり得るのがこの星だ。


風音(これは・・・咲桜はもう・・・)


 焼かれただろう。あの状態から生きているという事は無い。

 そして今のこの状態。

 まだ自分だけなら助かる事は出来る。

 空中に身を投げ、眼前にマグマが広がっているという状況だが関係無い。

 風音はユニルと契約した事で大気を少し操れる。大気を一部密閉し圧縮する事で押し返す力を発生させる。その塊を空気中に設置する。

 風音はこの技を空気の壁と呼んでいるが、これを思い切り蹴る事で空中でも方向を転換出来る。


 でもこの状況。

 自分だけマグマから逃れている場合ではない。


風音(これは・・・死ぬか。 そうしないと咲桜が助からないな)


 なんてあっけない終わり方だ。この星に来た時から災害で死ぬ事を覚悟していたが、少しくらい抗って死ぬものだと思っていた。まさか最初の死に様が自分から身を投げ出す形とは。

 ・・・仕方ないか。

 このままマグマに身を投げる覚悟を決める。

 最後に疑問に思ったのは、咲桜がなぜ自分から飛び込んだのか。


 だがそこに考えを割いてはいけない。見間違いの可能性もあるのだから。

 今重要なのは、マグマに到達するあと数秒の間に今回の死の原因をまとめる事。

 今後どういう風に行動すべきかを考える事。


 ・この星の探索に対し口論となり案内人ユセイと戦う事になったが、これは勝てるので手っ取り早く説得する為にもやった方が良い。戦いを避けない事。口論に対し穏便に済まそうとしたら、協力が得られない可能性もある。ちなみに毒による技は通用しない。毒を使用してしまうとユセイは無敵。

 ・問題はその直後。すぐに咲桜を抱きかかえに行くように。地震が起こるから。地割れが出来てそこに咲桜と風音が飛び込んで死んでしまう事になる。これが最も覚えておくべき事。


 重要なのはこの二つくらいか?

 あとは・・・咲桜が自分から飛び込んだように見えた事くらいか。

 しかしそう見えただけで、足を取られてつまづいただけの可能性もある。あの大きな揺れと、目の前に地割れが出来たのだからそれもあり得る。

 だからこれは頭の隅に置いておく程度でいいか。


 もちろん本当に自分から飛び込んだのであれば、子供だし精神的な面で大きな問題ではある。

 他ならぬ咲桜の事だ。本来なら何よりも優先して覚えておきたい。

 しかし大きな問題だからこそ、これを確定事項だと考えてしまうと他の二つより優先して頭に残ってしまう。

 勘違いの可能性もあるこちらを重点的に考え悩んだせいで、覚えておくべき二つを忘れてしまう方が厄介だ。

 それこそ再び咲桜を死なせてしまうだけという、最悪の結果になる。


 重要なのは全員の死を回避する事。覚えておくべき事を頭で繰り返しながら、そして最後の疑問を頭の片隅で思いながら。


 風音はマグマに焼かれ消滅した。





 ふと気付けば宇宙船の中。

 と言っても出入り口付近で、もう間もなくニーギの地上に降り立とうとしている所だ。

 ユニルと咲桜は先に宇宙船から出て、周囲を見ながら風音を待っている状況。


 この感覚。

 もう妙な記憶を持ったまま戻ってくるのも三回目なのだから分かる。

 たった今戻って来た。

 そして死んだ原因は覚えている。

 

 地震が起こった事で起きた地割れが原因で、咲桜が死んでしまった。

 ついでにその直前に案内人と戦う事になるのも、その人には毒による強化が効かないのも覚えている。


 他にも考えるべき事があった様な気もするが・・・まぁいい。

 ニーギに降り立つ。


ユニル「遅かったですねぇ。トイレにでも行ってました?」


風音「ごめん。ちょっと考え事してた」


 しばらく頭の中を整理していたのもあって、地上に降り立つのが遅れたようだ。

 ひとつ前の回では、この会話は無かったんだろうなと思う。


風音(さて・・・この森のルートで行くのが一番危険が少ないとかで・・・)


 周囲を見る。鬱蒼うっそうとした森が広がっている。

 予め受け取っていた地図とデータをもう一度見直す。

 街までは大人の足でも三時間くらいかかるのか。

 咲桜が居るから、もっとかかるか。


風音「ん・・・・?」


 何かが引っ掛かる。

 おかしい。


 街まで・・・最低三時間?

 案内人は街で待っているんじゃないのか?

 前回からの引継ぎでその人と戦いになるという記憶があるが、この森の中で待ち伏せでもしてるのか?


 いやそれだと会えない可能性もあるから、ちゃんと指定の場所で待っているはずだ。

 でもじゃあおかしくないか?

 その人と戦った直後起こった地震で死んだんだろ、確か。

 何故ここまで大きく戻っている?

 ラクネの説明だと「その運命を変える事が出来る時間まで戻る」とか言ってたはず。ならもっと直前でいいだろ。


 地震による地割れに飲み込まれるって事は・・・揺れた瞬間に対応すれば良いだけだろ?

 そこまで分かってるんだから、戦闘後くらいに戻るとか・・・では間に合わないものか?

 確かに時間が戻ってから状況を整理する時間は必要だ。

 戻った時、最初は絶対少なからず混乱している。

 さっきユニルにトイレに行ってたのかと勘違いされた程度には、状況把握はあくの時間が必要となる。

 そういうのを考慮してもう少し前に戻してくれている? 絶対安全圏と考えていい時間まで。

 だとしても、せめて戦闘前とか街に到着してからとかに出来なかったもんか。 


 いや、考え方を変えよう。

 ここまで戻らないと、地震に対してすぐに対応する事が出来ない。という事か。

 案内人との戦闘後という、大体の地震の時間が分かっていても回避出来ない理由なんてあるのかな?

 ここでなぜかふと「わざと地割れに飛び込む」というワードが頭に浮かんだ。


 わざと地割れに飛び込む? どういう事だろう? なんでこんな事を考えた?

 何かのヒントか?

 地割れが起こると分かっていれば、落ちないように対処なんて余裕で出来るだろう。しかし自分から飛び込む奴は地割れが起こった時点で死亡確定だ。

 地割れが起こった瞬間、わざと飛び込んで死んでしまう?

 この僕が?

 いやいや無い無い。

 じゃあ咲桜が?

 あるかそんな事?


 ・・・でもここは常識が通用しない星だ。

 たとえば・・・そう。地割れと同時に麻薬のような物質が地面から噴き出して、一瞬でラリってしまうとか。

 で気持ち良くなって、自分から飛び降りて死亡。重度の薬物患者によくある死に方だ。


 ・・・・・。

 自分で考えといてなんだけど、無理があるなそれは。

 でもそれに近しい事が起きるのかもしれない。この星ではあらゆる可能性を否定出来ない。


 なんにしても、地震や地割れが起こるもっと前にその場を離れろという事か?

 地震が起こった時、案内人と戦った場所に滞在たいざいする事自体が危険だという事なのかもしれない。

 根本的に地震が起こるもっと前、この森を早めに抜ける事で地震の時間を調節しろという事か?


 例えばおそらく前回は普通に徒歩でこの森を突破した。と考えて、それよりおよそ一時間早くこの森を抜けてみる。

 そうすれば、その案内人との戦闘がどれだけ長引こうが、地震が起こるよりははるかに速く戦闘が終わる。

 ・・・はず。


 それでいってみようか。


風音「よし、プランが出来た」


ユニル「おぉ、黙りこくってたと思ったら、急に何ですか」


 だいぶ長い間悩んでいたようだ。


風音「ちょっと早めにこの森を抜けようと思う」


 そう言って咲桜を抱っこする。


ユニル「お、やる気満々ですねぇ」


風音「うん、気合入れて行くよ」


 とか言って、意気揚々いきようようと街に向かって少し早歩きで歩き出しておよそ五分。

 急に雨が降って来た。

 雨音が凄い。物凄い豪雨だ。

 三人で上を見上げる。


風音「ま、これだけ上空が木で覆われてたら、そこまで濡れないだろ」


 実際今のところ、音だけでほとんど雨粒は落ちてきていない。ほぼほぼ木によって防がれている。


ユニル「そうですね」


 とユニルが返事をした直後。

 何か嫌な予感がした。凄く嫌な予感。

 根拠は無いが、何かこのままじゃ駄目なような気がする。

 風音がもう一度上を見上げる。


風音「本当に大丈夫かな・・・?」


 とつぶやくと同時。

 一斉にほぼ全ての木の枝が下に向かって曲がり始めた。

 雨がそのまま三人に直撃する。

 まるで水で殴られているかのような大雨。

 咲桜の頭をかばいながら、ユニルに指示を出す。


風音「ごめんユニィ、僕らの上で風を高速回転出来ないかな? 雨を飛ばせる?」


ユニル「そうですね、そうしましょうか」


 ユニルが手を挙げると。

 大きな音と共に三人の上空に風が発生し、雨を弾き飛ばす。


風音「ありがと、でもちょっと指示を出すのが遅れたな。前回こういう事があったのかな?」


 多分そうなのだろう。

 嫌な予感がした。


 すぐに風音が上着を脱いで腰のベルトに挟む。上着の素材のおかげか、シャツはそれほど濡れていない。

 だがシャツ以外は全身ずぶ濡れだ。このまま一旦宇宙船に戻って洗い流して着替えたい。

 上着もう一枚あったっけ・・・? 暖かいと聞いていたから、持って来てなかったような。

 まぁいい。とにかく全身を一旦綺麗にしたい。


 ・・・という感想が出たが。


風音「あ・・・もしかしてこれか?」


 思わず独り言が出る。


ユニル「どうしたんですか?」


風音「いや、実はさっき一回戻って来たんだけど」


ユニル「え!? そうなんですか!? そんな重要な事早く言って下さいよ」


風音「ごめんごめん。どうせこの森でかなり時間がかかるみたいだから、道中で説明しようかなと思ってたんだけど」


 さっき考えてた事を一通り説明する。

 そして今重要なのは、行動が前回のままだと危ない地震が来るので、地震を避ける為に早めに森を抜けたいという事。

 咲桜を不安がらせたくないので、地震が原因で咲桜や風音がやられた事は伏せて、会話の端々はしばしにフェイクを入れておく。死に戻る事なんて、風音とユニルだけが知っていればいい事だ。


風音「・・・それで思ったんだけど、多分ここじゃないかな? 前回時間がかかったの」


ユニル「着替えに戻ったって事ですか? そうかもしれませんね」


風音「じゃあこのまま行けば、普通に地震を回避出来るって事じゃないかな?」


ユニル「少なくともそれだけで三十分以上は短縮出来ますね」


風音「でしょ? しかも早足で行くつもりだから、余裕で地震の時間を避けられると思う」


ユニル「じゃあこのまま濡れた状態で行きます? 咲桜ちゃんが濡れちゃってますけど」


風音「そこなんだよ・・・」


 自分達は我慢出来るが、ずぶ濡れの咲桜が心配だ。

 これが原因で風邪とかひいても可哀想だし。

 抱っこされている咲桜が風音を見上げる。


風音「やっぱり一回帰ろっか?」


咲桜「・・・・・」


 首をブンブンと振る。

 今の会話をなんとなく理解しているのだろう。二人が急ごうとしているので、遠慮えんりょしているようだ。


風音「・・・でも冷たいでしょ?」


 気温はどちらかと言えば暖かいので、震えるほど寒いという事は無いが、濡れた服を着たままは体が冷える。

 別に一回戻って、次の出発と同時に全力で走っても良い。それでも一時間以上は短縮出来る自信はある。


咲桜「・・・・・・・」


 風音に強く抱き付く。

 これで良いと言いたいようだ。


風音「・・・そっか」


 

 風音が咲桜のどてらの前面にあるひもを解いて脱がせ、脱がせたどてらは落とさないように腰のベルトに挟む。

 咲桜が可愛らしいキャラクターものがプリントされたシャツ姿になった。

 雨が降った時、風音が咲桜を抱っこしながら庇っていたおかげか、咲桜もシャツはそこまで濡れていないようだ。

 風音も咲桜を温めるように、両手を咲桜の上半身を覆うようにして抱く。


風音「ずぶ濡れの服の上から抱っこしてても、濡れた服を押し付けるだけだもんね。 この方が少しはあったかいかな?」


 咲桜がフンッフンッと鼻息を荒くしている。


ユニル「ちょっと待ちなさい、お子ちゃま」


 ここまで様子を見ていたユニルが、イライラした口調で割って入る。


ユニル「あなた子供である事を利用しすぎてませんか? ねぇ? ちょっとそれは無いでしょ。なにシャツ一枚同士で温め合ってるの?」


 咲桜のシャツをグイグイ引っ張って二人を引きがそうとする。


風音「ちょっ、ちょっとユニィ」


 咲桜も嫌がっている。

 そもそも風音はユニルの今の発言の意味が理解出来ない。シャツ一枚同士って・・・だから何だって話で。

 夏のクソ暑い日にTシャツ姿の親が、同じくTシャツ姿の子供を抱っこしてるくらい普通にある事だろう。


風音「ちょっと何やってんのユニィ。ふざけてる場合じゃないって。ほら急ぐよ」


 街に向かって歩き始める。

 そんな事を言っている間に、雨も上がったようだ。ゲリラ豪雨ってやつか。


ユニル「一切ふざけてませんー。重要な事ですー」


 そう言ってシャツを引っ張るのを止めない。


風音「はいはい、もういいから。子供相手に大人げない事しないの」


 風音が咲桜のシャツとユニルの手の間に軽く手刀を通して離す。


 離れたと同時に、咲桜がユニルの方を向く。


ユニル「・・・ん?」


咲桜「・・・(にやり)」


ユニル「こいつ・・・っ!!」


 ピキッ!

 と音を立てるように、ユニルの形相ぎょうそうが変わる。

 が・・・いったん深呼吸して気持ちを落ち着かせ、提案する。


ユニル「ねえ・・・風音さん、風音さんが空気の壁って呼んでる技あるでしょ?」


風音「突然どうしたん? あの空気を一ヶ所に圧縮する技? あのさわれるやつ」


 そこに何も無いのにれる事が出来る、抵抗する空気の塊。

 風音も使えるが、ユニルが出すそれは精度が全然違う。本当に壁の様に触れる。


ユニル「あれって、私が調節して熱を逃がしているだけで、本来熱いものなんですあの壁って」


風音「へぇ」


 早足で歩き続ける。


ユニル「へぇ、じゃないでしょ! 聞き流してどうすんのよ!! 今この状況で私が熱を出せるって言ってるんだから、じゃあそれで暖めましょうってなるでしょ!」


風音「あ、出来るのそれ?」


ユニル「出来るからこの話題を振ったんですよ!」


風音「でも大丈夫? 空気を圧縮して出る熱って、字面じづらが怖いけど。しかもユニィの精度でしょ? めっちゃ熱くならない?」


 咲桜が怖がっているのか、首を振ってイヤイヤする。


ユニル「だから普段は逃がしてるて言うてるでしょうが!!! 調節出来るから!!」


風音「そっか。じゃあいけそうだね。じゃあユニィに乾かしてもらおっか?」


 咲桜に向かって優しく語りかける。

 咲桜が首を振ってイヤイヤする。


風音「そう? じゃあこのままが良い?」


 ブンブンと首を縦に振って頷く。

 そして更に強く風音にしがみ付いて、顔を胸にめる。


風音「やれやれ。甘えん坊さんだね、咲桜ちゃんは」


 はははっ、と笑顔がれる。


ユニル「そんな茶番はいいから、早よ離れろや!!」


 ユニルがえる。

 

風音「じゃあ安全な事を証明する為に、まずはユニィから乾かせばこの子も安心するんじゃないかな」


ユニル「・・・じゃあ私が乾いたら絶対離れて下さいよ」


 そう言って渋々自分から乾かすユニル。

 しかし。


ユニル「・・・あれ?」


 急に空中でふらつくユニル。


風音「どうしたの?」


ユニル「いえ・・・なにか・・・これは・・・?」


 ついに飛ぶのもしんどくなってきたのか、地面に落ちた。


風音「えっ!? ほんとに大丈夫!?」


ユニル「これは・・・毒・・・かな」


 その言葉を最後に、ユニルの体がその場で消滅した。


風音「ユニィ・・・?」


 死んだのか?

 妖精は消滅しても自分の星に戻るだけと事前に聞いていたので動揺は少ないが、それでもやはり焦る。


風音「え・・・何で? 毒・・・?」


 どこで毒なんてくらった?

 考えられるのは・・・雨?

 すぐに咲桜を見る。さっき風音の胸に顔を当ててから、全然動きが無い。


 咲桜の顔を見ると、生気せいきが無い。まだ息はあるようだが、苦しそうだ。


風音「これは・・・」


 この反応は・・・やはり毒か。

 そして風音の視界も揺らぐ。


風音「あれ・・・?」


 おかしい。

 風音に毒は効かない。あらゆる毒を、風音が持っている毒が自動的に破壊してくれるから。


風音(僕でも破壊出来ない毒・・・なのか? この雨がそんなに強力な・・・いや威力は関係無い・・・物質である以上・・・僕の毒なら)


 思考力も低下してきた。

 この状況・・・他にも疑問はあるはずだ・・・。

 ユニルが死んだのでいっそやり直すのもアリだが、今死ぬ訳には・・・。


風音(そうだ・・・自分の中の毒の濃度を上げれば・・・破壊出来るかも)


 風音が自分の技である毒を体の周囲にき散らすと、周囲の地面が色褪いろあせて崩壊していく。

 普段この毒は自分の周囲二~三メートルくらいしかその範囲を広げる事が出来ないが、これはユニルと契約した時に代償だいしょうとして力を制限されたからだ。本来ならもっと広範囲に毒を広げる事が出来る。

 そして先程ユニルが一度死んだ事で契約が切れたので、今はユニルによって封じられていた力も開放している。

 久しぶりに全力で毒を放つと、瞬時にして周囲数百メートルの地面が色褪せる。

 そしてたくわえた膨大ぼうだいな力を、体内を巡らせている自らの毒の濃度を増す為に使う。


風音「・・・・・よし」


 力無くうなれていた首が、バッと起きあがる。

 効いてくれた。雨による攻撃を、どうにかしのげたようだ。

 おかげで毒にエネルギーを奪われた地面がグズグズだ。強く押すと腕がめり込んでいくほど。正に「死んだ砂」といった風情ふぜいだ。


 そして先程周囲を毒で崩壊させた時に気付いた事が一つある。

 風音が出す毒はあらゆる物質を崩壊させる。しかし雨は崩壊しなかった。

 水ならば本来は崩壊させる事ができるはずなのに。


 風音の毒のもう一つの特徴として、濃度をかなり上げないと生物には効かない。

 そして今周囲のエネルギーを利用して濃度を上げた事で、風音の体内に浸透した雨がようやく崩壊してくれた。

 という事は。

 これらの事を総合して結論を出す。


 この雨は、生きている。

 雨をよそおった生物だ。


風音「これが体にまとわりついて、ゆっくり体内に侵食しんしょくしてたのか」


 標的の体内に入る事が目的なのなら、付着した後はとっとと行動すればいいようにも思うが、そうする事でバレて回避行動を取られるのを嫌っているのか。

 徹底して雨を擬態ぎたいする事で、バレずに全身にむらがる為にゆっくりと行動している?

 

風音「とにかく分析は後だ、咲桜ちゃんをどうにかしないと」


 以前ウイルスを退治する為に、他人の体内に風音の毒を入れた事がある。

 あの時はウイルスを駆除する事に成功したが、今回も大体起きている現象は同じだ。

 しかし現在風音の毒が生物にも効くほどの濃度になっている。という事は、雨だけでなく咲桜の体もむしばんでしまうかもしれない。


風音(賭けだけど一回やってみるか。毒で一気に雨を駆除してから、崩壊した咲桜の体はその後回復させる)


 大きな生物程崩壊に時間がかかるので、毒で咲桜の体の方から先にやられる事は無いだろう。


風音「ごめんね咲桜。 まず体に入った雨から駆除するから、もうちょっと我慢してね」


 そう言ってから、咲桜の体内に毒を入れようとすると。


咲桜「・・・・・・!!」


 雨にやられて元気が無かったはずの咲桜が、急に風音を突き飛ばす。

 優しく抱っこしていた事があだになり、風音が咲桜を落としてしまう。

 不格好な体勢で地面に落ちた咲桜が、先程柔らかくなった地面にめり込むような形で着地した。そのままうように風音から離れようとする。


風音「ちょっと、どうしたの咲桜? そのままじゃ死んじゃうから、治さないと」


 元気になった風音と這う事しか出来ない咲桜。

 当然すぐに捕まり、再び抱きかかえようとするが。


咲桜「・・・・・・・! ・・・・!」


 地面の方を向いたまま必死に体を丸めて抵抗する。


風音(なんで? 助けようとしてるって事は理解してるはず・・・。なんでこんなに・・・)


 助かる事を嫌がっているのだろうか。


風音「大丈夫? 僕が怖いの?」


 咲桜が下を向いたまま、ブンブンと首を振っている。


 これはどっちの意味か分からない。風音が怖い訳では無いと言いたいのか、あるいは単に話しかけている事自体を拒否しているのか。


 ・・・そして急に、目に見えて咲桜の体から力が抜けた。


風音「あ・・・・・・」


 風音の体からも力が抜ける。

 もう触って確認しなくても分かる。


 咲桜が力尽きた。


 ・・・どうしてこうなってしまった?


 力無くその場に座り込む。


 ・・・・・・・・・


風音「くそっ!!」


 近くにあった木に拳を叩きつける。

 このまま自分も死ねばやり直せるから、悲しむ必要は無い?

 そんな事は無い。

 そんな事は関係無く、今この場で、目の前で、こんな小さな子が犠牲になるのを救えなかった事が悔しいし、自然と涙があふれるほど悲しい。


風音(・・・いや駄目だ駄目だ)


 涙をぬぐう。

 悔しいし悲しいからこそ、考えなくては。

 繰り返してはいけない。


 今回は疑問が山ほどある。

 まず案内人にすら会えていない。

 これが問題だ。

 前回はここで死ななかったのだ。


 理由は多分、雨に濡れた時にすぐに宇宙船に帰ってシャワーで洗い流し、着替えたからだろう。

 あの雨のような生物は一見脅威だが、全身に浸透してようやく宿主を殺す事が出来る程度の、弱い生物なんじゃないだろうか。

 軍隊アリみたいなものか。全身に群がられると、振り払うのが遅れれば人間でも簡単に殺される。酒に酔った人間が軍隊アリに殺されたなんて事例もある。

 逆に言えば即座そくざに対応すれば助かるという事。

 群がられてもダッシュでアリの大群から離れ、冷静に体に付いたアリの大半を拭い去る事が出来れば、死に至る事などまず無い。

 そのくらいの脅威なのだろう、この雨も。

 すぐに洗い流されたりタオルで拭き取られたりしただけで、殺すに至る力は無くなる。

 だから実の所それほど脅威では無い・・・という感想は知恵のある人間だからであって、身体をぬぐう知能や機能が無い動物にとっては、濡れた時点で死が確定という恐ろしい敵だ。


 さて、前回雨の被害を受けなかった事の考察はこれで良いとして。

 問題なのは前回、雨での死を回避している事。これが偶然ならいい。

 出発早々濡れたのが嫌で、偶然帰還して洗ったから難を逃れたのならいいが、少し気になる事がある。

 さっき大雨が降り始めた時、必要以上に嫌な感じがした。濡れた後も何故か異様なほど、一旦宇宙船に帰りたい衝動に駆られた。

 まるで雨に濡れると厄介な事になる事を、頭のどこかで警戒していたかのように。


 確かラクネが言っていた。

 戻った後で何かに対して嫌な予感がするなら、それは何らかの危険信号、不幸が起こる原因、間違った道に進むであろう確定事項であると考えなければならないと。

 そこで疑問に思う。


 もしかしてニーギに来てから、すでに何回も死んでいる?

 前回雨にやられなかったのは、その前に一回死んでるからじゃないのか?

 一度死んで戻る事で雨が危険な生物の擬態であった事を知り、すぐに洗い流す事で回避・・・。


 ・・・?

 それもおかしい。

 じゃあ何故そんな重要な事を今覚えていない?


 一度クリアしたから、覚えておく必要が無いと思ったのか?

 ・・・それはあるかもしれない。

 覚えていられる事に限界があるのだから、いちいちクリアした場所の死因なんか覚えてなくても良い。

 という風に考えたのか?


 これは・・・少し厄介やっかいだ。

 覚えられる量に限界がある以上、何回も死んでしまうと最初の方の記憶が曖昧あいまいになっていく。

 じゃあ結局同じ事象じしょうで死を繰り返してしまうじゃないか。


 それに対する対策。

 ・・・そうか、メモすればいいのか。

 やり直す前に覚えておくべき事を繰り返し考え、やり直した直後それをすぐに携帯のメモ機能に書き込む。

 やり直す前は必ずセットで、メモをしなければならない事を覚えておく。

 ある程度本人にとって都合の良い時間に戻されるのだから、メモした内容は消えないはずだ。毎回メモした後の時間に跳ばされるだろうから。

 ラクネの説明の通りにやり直しが起こるのなら、メモの内容は増えていくはず・・・。


 ・・・増えていく?


 まさか。

 風音が携帯を取り出し、メモ機能を呼び出す。


風音「マジか・・・」


 予想が当たった。

 もうすでにメモが書かれてある。

 そりゃそうか。同じ人間なのだから、発想も同じだ。

 風音は過去にこの事態に陥った時、同じ事を考え実行したのだ。


 すぐにメモを読む。

 いくつかの事が箇条書きにして書かれてあった。


 ・雨は生物。濡れれば死ぬ。偶然タオルで拭った場所の浸食がかなり緩やかだったことから、濡れている服を脱いで全身をすぐに拭いたり洗い流すのが良いが、最初から濡れないようにユニィに弾いてもらうのが最良。

 ・濡れてこちらが弱ると動く木がある。殺しに来る。

 ・街で案内人と戦う事になるが、咲桜は離れた場所に移動させる事。近くに居ると戦闘中、僕が殺されそうになったと思ってかばいに来ると思う。その結果おそらく咲桜が死ぬ。その際、僕も即死に近い死に方をしたらしい。そのせいでその時の記憶が曖昧あいまいになっている。大雑把おおざっぱな最期の光景と、メモの存在だけは頭に思い浮かべながら死んだようで、そこだけは助かった。

 ・上記の事から、仮に考える間もなく即死してしまうとメモは無意味? メモの存在自体を忘れるだろうから。

 ・どこかで一度ゆっくりする時間を作る方が良い。そういう時間をどこかで作るまで、この時間にとらわれてしまう。一度安全が確保されたまとまった時間が作れれば、やり直しになったとしてもそこから再開されるだろうと思う。今のままでは毎回宇宙船からのスタートになる。


 以上だ。

 ちょっと待て。

 一体何回やり直してるんだ?


 いや考えるのは後だ。

 嫌な事が書かれてある。

 すぐに周囲を見る。

 木が殺しに来るってなんだ?


 よく見ると、周囲の木がひとりでに動いている。あれも例の雨と同じように、意志を持って動いているのか。

 しかし殺しに来るような風には見えない。

 というより上手く動けないようだ。この辺りの地面が風音の毒でほぼほぼ死んでいるので、地面に根が張っていない状態だ。人間で言うと、足を取られて動けない状態。


風音(この最初のメモを書いた時のひとつ前の僕は、雨に対して毒で抵抗しなかったのか。咲桜とユニィが死んだから、やり直す為にとっとと自分も死んじゃおうとしたのかな?)


 今回毒を使ってまで抵抗しようと思ったのは、疑問が多過ぎたからだ。

 案内人にすら会えていない。この謎をハッキリさせないと、ここで死んでは無駄死にになると思った。

 しかし自分の性格は自分が一番よく分かる。

 もしこの星に到着し、最初にこの状態になったら。

 ユニルが死んで、咲桜が死に、自分も死にかける。

 そしてその死の原因は突き止めた状態。

 うん・・・多分迷わない。

 まず間違いなく、抵抗なんかせずそのまま流れに身を任せてやり直す事を選択するだろう。

 

 って事はこのメモの、最初の二つは初回に起こった事か?

 ていうか、だとしたら初回の時点でメモをする事を考えたのか。

 頭良いな・・・って、誰でも思いつくか。

 まあでもこの情報提供は非常に助かったから、過去の自分を誉めておいてやるか。

 偉い偉い。

 自画自賛じがじさんしておく。


 で。

 三つ目が二回目のやり直しだろうか。

 早速案内人と戦闘するところまでは行っている。

 メモのおかげで、無事に森は越えたのか。

 しかしその直後に起こった出来事が原因で、またやり直す事になったらしい。

 咲桜が戦闘中に僕を庇って死ぬ・・・か。

 その後僕がほぼ即死。多分咲桜の死に気を取られた時に、致命傷を受けたか。


 多分だが、正確には咲桜は死んだのではなく致命傷を受けて、自分は咄嗟とっさに咲桜を回復させようとしたのだと思うが・・・。

 というのも、例えば・・・考えたくも無いが咲桜の首が切断されたとしよう。その場合はすぐに即死であると判断出来るので、逆に怒りで戦いに集中する。立て続けに自分もやられるなんて事は無い。

 助かる可能性がありそうに見えたから・・・すきを見せてしまったんじゃないのかな。で、その間にやられた?

 ・・・その流れ自体は予想出来るけど。


 この案内人って人はどういう人なんだろう?

 普通一対一での戦闘中に子供が割って入って、対戦相手の代わりに致命傷を負わせた・・・なんて事があったら、そこで一回止まるだろう。

 まして死にそうな咲桜を僕が助けようとしていた、という予想が当たっていたなら、それをたりにしながら・・・なんでそのまま間を空けずに僕まで殺してるんだ?

 よほど残忍ざんにんな人なのか?

 もしくはロボットか何かか? 感情も無く自動的に襲い掛かるような。

 ・・・まぁいい。


 でその次。即死だと記憶がほとんど消えて、メモの存在を含めそれまでの引継ぎが意味無くなるんじゃないかという予想。

 これは三つ目のと繋がっている。即死に近い経験をした案内人との戦いの後の感想として書いたものなので、新たにやり直して書かれたものではない事が分かる。


 最後のは単純に自分の考えが書かれている。これはやり直しとかとは関係無く、このループから抜け出す為に思い付いた事を書いた感じか。


 確か七回やり直せるんだったっけ。分かる範囲でカウントしてみようか。

 仮にメモを始めたのが初回のやり直しからだと考えたとして。

 まずメモの最初の二つで一回目。

 三つ目と四つ目のやつで二回目。

 五つ目のが問題だ。この書き方。メモを見た上で何回かやり直したせいで書かれたようにも見えるし、単に思い付いたから書いただけの様にも見える。この項目だけではやり直したのかどうかが不明。


 ただメモ以外の部分で最低一回はやり直している事が予測出来る。十中八九、地割れで死んでしまう一つ前に、一度即死に近い死に方を挟んでいる気がする。

 まさにメモにある通りだ。前回と今回、メモの存在自体を忘れていたのだ。考える間もなく死んでいる回があるとしか思えない。


 前回の地割れの時は即死した後のせいで一旦全ての記憶を失くし、地割れでマグマに焼かれて死ぬ寸前も、おそらくこの星に来て初めての死だと思っていたんじゃないだろうか。


 相当高い確率で地割れで死ぬ回の前に、一度即死している。

 この即死回を三回目とする。


 そしてメモには無い今現在の自分が知っている、地割れで死んでやり直したのが四回目。


 で今回死んで五回目?

 これが予測出来る最低ラインだ。実際はそれより死んでいる可能性など十分ある。

 ・・・運が良くてもあと二回か。 思ったよりハイペースで消費している。

 まだスタートラインなのに。

 メモから読み取れる部分以外の所で死んでやり直している可能性を考えるなら、今回でやり直しのチャンスが終わりどころか、もうやり直しなんて無い可能性すらある?

 今回死んでそこで終わり。次は無い・・・とか嫌だなぁ。

 でもそこはユニルを信じる。ラクネも言っていたが、やり直せなくなったら教えてくれる約束だ。最低あとまだ一回はやり直せる。と信じる。


 じゃあ今回やり直す前に覚えておく事は。

 ・ユニルにあと何回やり直す事が出来るかの確認。(終わりなら仕事をキャンセルして帰ろう)

 ・メモを見ると森は攻略出来る。絶対に見る。

 ・そして今回の自分だけが知っている、特殊能力が効かない案内人との戦闘後、地震が起こって咲桜と自分が死んでしまう事。これを絶対にメモする事。森を急ぐ事で地割れを回避できる可能性が高い事も。

 ・地割れで死んだ時はおそらく記憶を全部失くしていた。その理由はおそらくその前に一度即死回を挟んでいるから。そのせいで今回また雨で死んでしまった。同じミスを繰り返す羽目になった。


 重要なのはこの四つか。この程度なら引き継ぐだろう。やはり必要事項が複数書いてあるメモの存在は必須だ。

 強いて言えば二つ目のメモを見るのくだりは要らないか。三つ目の今回の事をメモするという事を覚えていれば、勝手に見るはずだから。


 じゃあ残り三つを意識が途切れるまで必死で考えておく。

 敢えてこれ以上は考えないでおこう。三つともかなり重要だから、これがぼやけると困る。


風音(さて・・・)


 うずくまって力尽きている咲桜を見る。

 前向きに思考を巡らせる事が、この子を救う為に必要だと自分に言い聞かせて考えに考えた。


 そしてそれも終わり、ようやく今回の現実と向き合う時が来た。

 前回は地割れで死なせてしまい、その前にも身代りに死なせてしまい・・・。

 そして目の前にある現実。


 何をやってるんだ僕は。何回子供を犠牲にすれば気が済むんだ。

 心のどこかでやり直せるという甘えがあったのか?

 そんなものは言い訳にもならない。


風音(ごめんね、咲桜ちゃん)


 ゆっくりと抱き起こし、こちらに向ける。

 表情だけ見ていると、まるで眠っているようだ。

 病気と違って苦しむ時間は少なかったのだろう。苦痛に満ちた表情でなかった事だけが、せめてもの救いだ。

 そのまま向かい合って両腕で包み込むように抱く。

 さっきの地面を大量に崩壊させたエネルギーは、まだほとんど体内に残っている。


 首を切り落とすとか、楽な方法で死のうかとも思った。

 でも咲桜を抱いていて思う。

 駄目だろう。自分だけそれじゃあ。

 せめて贖罪しょくざいをするべきだろう。

 もう二度とこんな事を繰り返さないように。どれだけ苦しいのかを体に刻んでおこう。

 そんな事をしてもどうせ覚えていないのだろうから、自己満足でしかないのだろうけど。


 生物にも効くほどの凄まじい濃さになった毒を、自分の体内に巡らせる。

 本来風音の毒は風音に対して効かないが、これは自分がそういう風に意識して作った技だからだ。

 逆に効く様に意識して、自分の毒に対する抵抗を無くす。


風音「ガフッ・・・!!」


 大量に血を吐き出した。

 一瞬にしてほぼ全ての内臓が機能不全を起こしたようだ。


風音(ははっ・・・、毒でやられるって・・・こんなに苦しいんだ・・・)


 全身が苦しい。痛い。麻痺する。


 でも・・・全然足りない。


 このままでは、毒が強力過ぎてすぐに死に至ってしまう。もってあと数十秒だろう。

 咲桜はもっと長く苦しんだだろうに。


 せめてもの救いはその短い時間が、苦しみのせいで体感的にかなり長く感じる事。


 心身ともに痛みがひどい。

 もう泣くつもりも無かったが、自然と涙が流れていた。


風音「ごめんねぇ・・・」


 最後にギュッと抱きしめる。


 そして視力も無くなり、意識が薄れてゆく。

 覚えておくべき事だけを頭に叩き込みながら、ゆっくりと最期を・・・。


 「こんな所で死ぬとはな・・・使えない奴らだ。さて、どうしたものか」


 ん・・・?


 すぐ近くで誰かが喋っているのが聞こえる。

 棘のある喋り方。

 誰だ?

 女の声?

 良く聞こえなかったが、若い声にも聞こえた。

 ユニルは妖精の星に居るのだろうし・・・消去法で考えるなら、咲桜か?

 いや・・・咲桜はもう死んでいたし、そもそも喋る事が出来ない。

 何より、今までの付き合いで咲桜の性格なら知っている。仮に喋れたとしても、棘のある言葉を言うような子じゃない。


 じゃあ・・・誰かが居たのか? 案内人か?

 咲桜が倒れてからの思案中は、ここで死んでは全て無意味になると思ってあれだけ周囲を警戒していたのだ。

 しかも全身強化中で、周囲を警戒する感度は普段よりかなり高かったはずだ。誰か居れば気付くはずだが。


 もうすぐ意識を失い死んでしまう直前だったが、思いがけない展開に無意識に少しだけ自己治癒機能が発動したのか、しばらく意識だけは保っている。

 回復はカロリーを消費する。しかし全身ボロボロ状態の今、回復するには全くカロリーが足りない。カロリーを保存しておく機能のある内臓もやられてしまっている。

 今更少し回復したところで、手遅れ状態なのは変わらない。

 しかしほんの少しだけ考える時間は出来た。

 せめて目を開けて周囲を確認・・・は出来ないか。もう視力も回復しない。目を開ける体力すらない。


 この最後の数十秒。少しでも考えよう。

 頭の中で二つの事を同時に考える。一つは先程考えていた引き継ぐべき事案を何度も復唱。

 もう一つは今の声の件。


 これは引き継ぐべきか?

 三人が死んでしまった事に対してガッカリしている様な、さげすむような発言。

 という事は敵ではない?

 味方側なら放置でもいい気がする。


 あと消去法で考えるなら、やはり咲桜が喋ったとしか思えないのも気になる。

 棘のある言い方をしない子だと思っていたが、よく考えれば心に大きな傷を負った子だ。

 多重人格。 心に傷を負った子は、その辛い状態から逃れる為に、自分の中に別の人格を作るとか聞いた事もある。

 死んだと思っていたが、あれは演技? よく考えれば、ちゃんと調べた訳では無い。

 でも仮に多重人格だとして、死んだふりをする意味が・・・。


 やはり誰か・・・いや、何か居たのか?

 雨すら生きているこの森。 誰も居なかったと思う所が既に間違っているのか?

 目に映っていたが、生物と認識していなかった物が喋っている?


 それとも・・・


 ここで唐突とうとつに意識を失う。

 体に限界が来たようだ。

 そのまま眠るように息を引き取った。

 




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