災害と再生の星2
今日は久しぶりの休日。
カノンの艦長室で風音がスパコンをいじっている。
ついさっき艦長室に、咲桜がやって来た。風音が休日になると、たまに遊びに来る。
今日は御眠だったのか風音の膝の上で座り、そのまま寄り掛かって寝てしまった。
そこに来客が。
春日「おーい、ちょっとええか?」
ドアを開けてからドアをコンコンとノックして入って来る。
部屋主が返事をする前に入ってくるこのノックには、何の意味も無いよな。と常々風音は思っている。
・・・が、まぁ一応返事はしておく。
風音「どうぞー」
入って来た老齢の男性が風音の机に近付く。
春日・聖。異星人。カノンでは女好きの変態で有名な人物だ。
白髪の爺さんだが筋肉隆々。年の割にまだまだ見た目は若めだ。春日の星基準ではヨボヨボの爺さんとなっていてもおかしくない年齢らしいが、中年後期くらいの顔立ちをしている。
そして武芸の達人。
今現在地球で唯一宇宙人が多数住んでいる、太平洋のど真ん中にある人工島フェクト。そこの治安組織「シャロン」に、武道の師範として招待されているほどの実力者だ。
春日「この前の・・・ん? お、幼女に目覚めたんか。ええ傾向じゃの。守備範囲は広いに越した事は無いからの」
何か用事があったのだろうが、それよりも風音が咲桜を抱いている事の方に目が行ったようだ。
風音「あんたと一緒にするな。先に言っとくけど、この子に限らず子供に手を出したら股間を完全破壊するからね」
春日が呆れた表情で返す。
春日「相変わらず堅いのぉ。 ルールは星によって・・・」
風音「ここは地球ですよ」
にっこりと笑顔で遮る。
春日「待て待て最後まで聞かんか。 幼女に手を出して法的に許されとる星なんぞほぼ無いわ。ワシが言うとるのは、この国で言うところの許婚の事じゃ。この国では廃れてきとるが、許婚文化は結構な星で採用されとる。 要は子供の内からぬしに懐かせとけちゅう話じゃ。成長してからもまだ好かれとったら、手ぇ出せるようになるじゃろ」
良い事を言った風な表情をする春日。
最後まで聞けと言うので、一応最後まで喋らせてみたが。
風音「あー・・・。最後まで聞いて損したわ」
要約すると、早めに唾付けとけって言いたかっただけか。
でも女狂いの春日も、小さな子に直接手を出す気は無いという事は分かった。
最低限の常識があっただけでも良しとしようか。
風音「あのね。この子まだ小一かせいぜい小三くらいでしょ。その年齢になるまで十年くらいかかるわ」
小一から小三と言っているが、出会った時の七~八歳くらいの見た目からずっと変わらない。成長期のはずなのに、この子は年を取っているのだろうか? と疑問に思うほどだ。
一応出会った時が七歳くらいだと仮定して、約二年経ってるし小三くらいかなって感じだ。
ともあれ春日の案を採用したとしたら、一体どんだけ待つ事になるんだ。
春日「舐めるなよ。成人してからの十年なんぞあっという間じゃ」
春日が遠い目をする。
風音「まぁそれはそうなのかもしれないけども。 大体許婚のシステムってどうなんだろうね。お互いの意思を尊重してないだろアレ・・・」
まだ意思表示も出来ない年齢の頃から、親が勝手に結婚相手を決めるシステムだろ?
考えられんな・・・と思う。そんなのが普通に存在する時代があったのか・・・。
風音「そもそも今僕に懐いてても、十年も経てば別に好きな人でも出来てるでしょ」
春日「そこはぬしが頑張るんじゃろが。誰よりも好かれるように努力すりゃ問題無いじゃろ。あとはぬしがその子を好きでいられるかどうかだけじゃ。まぁ期待して待っとれ、その子は美人になる。ワシが保証してやる」
風音「はぁ・・・。美人云々はともかく、僕はこの子をずっと好きだと思うよ」
春日「おぉ、よう言うた。天晴じゃわ」
今の発言を聞いて面白がっている春日とは、好きの意味合いが違うが。
今は親代わりとしてこの子を支えようと思っている。
風音の母親が風音を溺愛している気持ちも、今なら少しは理解出来る。そりゃ育ての親として愛情も出るわな。 ・・・あの人はちょっと度が過ぎるけど。
咲桜「・・・・・」
風音に抱っこされている咲桜が、いつの間にか起きて風音を見上げていた。
頬を緩ませて風音に抱きついて来る。
今の風音の発言を聞いていたらしく、ご機嫌のようだ。
春日「おお、ええ感じじゃの。その調子じゃ」
風音「はいはい」
咲桜の頭を撫でながら、適当に流す。
・・・・・・・・・・・・・
ふと何となく、撫でている咲桜を見る。
そして春日の方を見た。
風音「・・・・・・」
風音がキョトンとした目で春日を見ている。
春日「ん? なんじゃ? どうかしたんか?」
風音「いや・・・何か・・・この子と春日さんを見てたら、初めて春日さんと会った時の事を思い出して」
春日「初めて? 確かニーギの探索に来とったんじゃな、ぬしらは」
風音「よく覚えてないんだけど、あの時って・・・何があったっけ?」
思い出そうと、頭に指を当てて考える仕草を取る風音。
春日「何と聞かれても困るがの。特に何もせんかったじゃろ。強いて言うならワシを勧誘したくらいじゃ」
風音「ですよね。 いや? でもなんか・・・色々あった気もする。 なんだろ? はっきりとしない記憶がぼんやりと」
断片的にしか思い出せない。
思い出せないというか、本当に自分が体験したのかどうかもあやふやな記憶。
風音「復讐とか言ってなかったっけ? ・・・あと誰かの声? ・・・何もかも無くなって真っ暗な空間に居たり? 雨に濡れたり。 あとなんか・・・真っ赤な中で死んだり」
どれもこれもはっきりしない。
特に何もかも無くなった記憶(?)が一瞬頭の中によぎると、恐ろしくて寒気がする。
春日「死んどったらぬしゃここに居らんじゃろ」
過去の自分の記憶だと言っているのに、「死んだりした」とか言っている風音を馬鹿にしたように言う。
風音「うんだから・・・当時見た夢だと思うんだけど。なんか・・・凄いリアルで」
自分でも矛盾した感想だと思う。
どれもこれもはっきりしない記憶なのに、リアルだなんて。
ユニル「あ、それ思い出そうとしても無駄ですよ」
隣にいたユニルが声を掛ける。
風音「何か知ってるの?」
ユニル「覚えてないでしょうけど・・・というか私もあの星で起こった事は、結果以外ほとんど忘れてますけど。一つ私だけがきちんと覚えてるのは、あの星に行くにあたって、運命の妖精に手を貸して貰ったって事です」
風音「何それ? そんな事あったっけ?」
思い出せない。運命の妖精て何だ。
・・・・・・いや?
聞き覚えがあるような気もする。
しかしハッキリと思い出せない。
ユニル「ええ忘れてるでしょうけど。風音さんは最初、ニーギに行くのを断ってたんですよ。災害だらけでいつ何が起こって死ぬか分からない様な星に、仕事で行けるわけないだろって」
風音「でも行ったよ?」
断ったっけ? 普通に行くってなった様な。
・・・あれ? そうだっけ?
確かに・・・自分の性格なら断るはずだ。そんな星行く訳がない。
なんで・・・普通に行ったんだっけ?
風音が混乱する。
ユニル「いえだから私が案を出したんですよ。一つ方法があるって」
不思議そうな表情の風音と、それ以上に理解出来ていない春日。
春日「・・・何の話をしとる?」
ユニル「私が覚えているのは起こった事のごく一部でしょうが、一応順を追って話しましょうか? あれは確か・・・」
ユニルの口からニーギ出発前から結果までの出来事が語られる。
が、それは本当に一部だけだった。
何が起きていたのかは、もう誰も覚えていない。
今からおよそ二年前。
シエロに借金を背負ってしばらく経ったくらいの頃。
風音のスパコンにシエロから大口の依頼が届いた。
必ず引き受けてほしい、借金を一気に半分減らしても良いと書いてある。
風音「はぁ?」
二百兆円にも及ぶ借金の半分!?
期待と疑惑を抱きながら内容を確認してみた。
が。
風音「なんだこれ。こんなもん引き受ける訳ないだろ」
ユニル「どれどれ~?」
スパコンに送られた内容を確認して呆れている風音と、逆に興味が惹かれた様子のユニル。
ユニルがザッと内容を読んでみる。
災害が多発する星ニーギの探索依頼。
この星の生物や物質には不可解な部分が多く見受けられる。
おそらく何か人為的な干渉があると思われる。
このほど、シエロの調査で座標235・573・28375の地下。 ニーギ内部に特異点を見つけた。
この場所にニーギの秘密があると思われる。
しかしながら遠距離からではこれが限界で、解明したければ現地に赴くしかない。
これの探索を依頼したい。案内人はそちらの希望を聞いたうえでこちらで用意する。
報酬は表題にもあった通り、借金の半額を減らすという事でどうだろうか。
読み終わって。
その内容だけ見ると、報酬が破格なので一考の余地有りだが。
その横に風音が調べたニーギの情報がある。
長かったのでユニルがどこから読もうかと思っていると、風音が重要な所を指で差してくれた。
自然災害が多すぎるせいで、人類などあっという間に死ぬ環境。
そして死んでも何故か蘇るニーギの生物達。
ニーギの外からやって来た者は、まず一日を生き延びる事すら難しい。
まだニーギの存在自体が宇宙に知れ渡ってから二十年程しか経っておらず、更には開星して十四年程しか経っていない事もあり、まだまだこの星の災害に関して分かっていない事も多い。
宇宙でも最高ランクの、他星の者は近付かない方が良い星という事で有名。
風音「死にに行けって言われてるだけだろ、こんなもん」
必ず引き受けろって。
こっちに借金があるからって、無茶言うな。
よし、断ろう。
今後言い争いに発展する可能性もあるが、断りのメールを送ろうとする。
ユニル「一つだけ、方法はありますよ?」
ユニルが提案する。
メールを打つ手を止め、尋ねる。
風音「方法?」
ユニル「はい。 要するに、すぐ死んじゃう星って事ですよね。例えば死にゲーってあるじゃないですか?」
死にゲーとは極端に難易度が高く、すぐに死んでしまうゲームの事だ。
何回もやり直す事で、プレイヤーが少しずつ腕を上げて攻略していく。
こういうゲームってプレイヤー視点からすれば、主人公は何回も死んでいる。
でも(内容にもよるが)そのゲームの主人公視点では、死んでも死んだ事は無かった事になって死ぬ前からやり直しているので、最終的にゲーム開始からゲームクリアまで一回も死んでいない事になる。
ユニル「要するにあれみたいにですね、死んでもやり直して最終的に一番良い選択肢を選び続ける事が出来れば、この星も怖くないんですよ」
風音「え・・・と」
だとしても何回も死ぬ前提なのがまず嫌だろ。
・・・とかの前に。
風音「うん。じゃあ差し当たってユニィには、現実はゲームじゃないってところから説明しよっか」
ユニルがパソコン前からソファが置いてある位置まで飛んで行って、風音の方に振り返る。
ユニル「分かってますよそんな事くらい。という事でご紹介しましょう。運命の妖精、ラクネ・ソード君!」
ユニルの傍にあったソファに、突然正座した男性が現れる。
なかなかの美青年だ。和装に近い民族衣装で、長くて白髪をした碧眼の、大人しく優しそうな青年。
ちょっと猫背なのが親近感が持てる。
ラクネ「・・・えっ?」
驚いている様子で、キョロキョロと周囲を見ている。
ユニル「ラクネくん。ちょっとお願いを聞いて欲しいんだけど」
ユニルが青年に話しかける。
ラクネ「・・・貴女はどなたでしょうか? ここは?」
場所もそうだが、まずユニルの事が分かっていないらしい。
ユニル「ユニル・フレイアロウですけど。見て分からない?」
ラクネ「・・・あ、ユニルさんですか。見ても分からないでしょう、どうしてそんなに小さくなっているのですか? 顔も子供の様になって・・・」
風音と契約したから姿が変わっているのだが、そんな事よりとっとと本題に入ろうとするユニル。
ユニル「それはいいから。それよりも聞いて欲しいお願いがあるの。あなたには一つ貸しがあったでしょ」
ラクネ「貸し・・・? ありましたか? 記憶に無いですが」
少し考えている。しらばっくれている訳では無いようだ。
ユニル「昔あなたの契約者を助けた事があったでしょ。ほら、私達の星にあんたの契約者が来た時に」
あったかもしれないが。
確か助けたのはユニルではなく、ユニルの妹の方だ。
ラクネ「あれは・・・コットリンさんへの貸しじゃないですか」
ユニルがラクネの頭をペチンと叩く。
ユニル「細かいわね、別にいいでしょ私に返しても。妹の手柄なんて私の手柄みたいなもんでしょ」
ラクネ「そうですかね・・・。なんにせよあなたが私を頼るなんて余程の事でしょうし、出来る事ならしますが」
叩かれた頭をさすりながら、ラクネが風音に目を向ける。
ラクネ「初めまして。ラクネ・ソードです。 あなたがユニルさんの契約者の方ですか?」
風音「はい。音羽風音っていいます」
ラクネが力無く微笑む。
ラクネ「・・・そうですか。 ご苦労様です」
風音「あ、分かってくれます? 本当に苦労が多くて」
ラクネ「はい。我儘なのと契約すると、苦労が多いと聞きます。高位の妖精と契約した人って、大体愚痴が多いんですよ」
風音「あ~。皆そうなんだやっぱり」
しみじみと語り合う二人。
ユニル「またまた~。冗談やめて下さいよ風音さん。 実力最高峰。そして癒しの最高峰のユニルちゃんですよ?」
風音の方に向かって、最高の笑顔を向ける。
そんなユニルを冷めた目で見るラクネが、ひとつ風音に疑問を抱く。
そういえば妖精の星での結構有名な話を思い出した。ユニルの現在の契約者といえば・・・。
ラクネ「そういえば音羽さんはユニルさんとコットリンさんの二人に、同時に相性が良いと判断されたのだとか? 妖精側が二人もそう判断するのは珍しい事ですが、事実でしょうか?」
あまりに珍しいので、ただの噂じゃないのかとも捉えているらしい。
風音「そうですね。僕も妖精の星に行く前は、自分と相性の良い妖精と出会うのは、一生かかっても無理な事があるとか聞いてましたから。まさか秒で二人も見つかると思ってなかったですよ」
妖精の星。その名の通り、妖精が住む星。
星に決まった名は無いそうだ。
それでは都合が悪いという事で、他の星からは通称ムーンと呼ばれているらしいが、それはそれで地球人にとっては月を連想させるのでややこしい。
ユニルは私の星、風音は妖精の星と呼んでいる。
妖精に気に入られれば契約する事が出来て、強大な力が手に入る事が多い。
その為大きな力を手に入れたいというだけで、妖精と契約しに行こうとする者も多い。
・・・が、邪な目的で妖精の星に行った者は、大体そのまま帰らぬ人となる。
それが分かっているからか、本当に凶悪な悪人ほど妖精の星には近付かない。
風音も過去に目的があって妖精の星に行った事がある。
そして宇宙船から降りた瞬間、偶然ユニルとコットリンのフレイアロウ姉妹に出会った。
ラクネの言う通りその場で両方から気に入られたが、そのままユニルと契約し今に至る。
ラクネ「・・・事実だったのですね。 そこで大いに疑問を抱いている事があります。という事は、コットリンさんも音羽さんと契約を結びたがっていたという事ですよね。どうしてハズレ・・・失礼、ユニルさんの方を選んでしまったのでしょうか?」
ユニル「こいつ・・・」
ユニルがラクネを蔑んだ目で見る。
ラクネ「これが私の星で、皆が首をひねっていまして」
ユニル「星全体でだと・・・」
風音「感覚的なものですよ。見た瞬間にこの子しかいないって思って」
ユニル「風音さん・・・」
ユニルがポーっとしている。
二人以上の妖精とは契約出来ない。
訳あって妖精の星に出向いた時の事。当時風音は妖精と契約する事が目的だったので、とりあえず自分の事を気に入ってさえくれればどんな妖精とでも契約するつもりでいた。
もしユニルに出会っていなければ、コットリンと契約していた可能性は非常に高かったが。
風音の返答に、ラクネが頷く。
ラクネ「なるほど、感覚を頼りに二択をはずしたと」
ユニル「お前・・・」
風音「あと、妖精の星でのコットリンさんの評価ってどうなのか知らないですけど、あの子はある種ユニィより凄いですよ」
凄い病んでた。
契約してくれないなら、あなたを殺して私も死ぬ! みたいなのを地でいってた。
そしていまだに諦めてないらしい。しばらく妖精の星には近付けない。
ラクネ「そうなのですか? コットリンさんといえば群を抜いて美しく、可憐で、清楚で、奥ゆかしく、それでいて誰に対しても壁の無い女性。というイメージですが」
べた褒めだ。
風音がユニルを見る。
風音「ユニィは身内として、みんなのその評価をどう思ってるのかな?」
ユニル「みんな見る目無いなぁ、って」
だろうな、と風音も思う。
それはそうと、ラクネに尋ねる。
風音「ラクネさんって、今どうやってここに来たんですか?」
妖精は人間と違い、特殊な事が沢山できる事は知っている。
しかし遠く離れた星への瞬間移動など、高位の妖精であるユニルですら出来ないはず。
ラクネ「今ユニルさんに急に呼ばれたのですよ。私達概念を司る妖精は、他の妖精に呼ばれれば拒否しない限りどれだけ離れていても、瞬時に呼ばれた場所に出られます。逆にユニルさんのような、存在する物を司る妖精は星間移動は出来ないですね。「そこに存在する者」ですから」
細かく言えば条件はある。例えばラクネ側に現在契約者が居る場合は、契約者の許可が無いと不可能だとか。概念以外の妖精は基本呼べないとか。他にも色々。
その辺の説明は面倒なのでラクネは省いたが。
ラクネ「でもユニルさんくらい高位の妖精になると、私みたいに普段からぼんやりしている妖精は、拒否する前にほとんど強制的に呼べちゃうんですよね。だから急に呼び出されてびっくりしましたよ」
風音「すみません。こっちの都合で急に・・・」
ラクネ「いえお気になさらないで下さい。ユニルさんが全て悪いです」
ユニル「あんた私の事嫌いだっけ?」
普段大人しいラクネが、さっきからやたら刺々(とげとげ)しい。
でもラクネ側からするといきなり呼び出され、急にお願いをされ、頭を叩かれ・・・。
ラクネ「この状況だと普通の反応だと思いますが。 ・・・そろそろ呼んだ理由を聞いても?」
ユニル「そう。それなんだけどさ。あんた確か、運命の選択って誰にでも使えたよね?」
ラクネ「同じ妖精や契約者以外には、かなり限定的にしか出来ませんが」
ユニル「風音さんに分かる様に、詳しく説明してもらっても良い?」
ラクネが風音を真っ直ぐに見据える。
言うなれば、仕事をする時の表情になったようだ。猫背も伸びた。
ラクネ「運命とは本来、人の意志を越えた水準で起こる出来事によりもたらされる、様々な結果の事。言わば「運によってもたらされた結果」です。努力する事で得られる結果とは違い、自分で掴み取る事は不可能な事柄の事ですね。それを自分で掴み取る事を出来るようにするのが、私の力である運命の選択です」
凄い事を言っている気がする。
風音「よく運命は自分で切り開くとか言うけど、じゃあラクネさん的には運命は自分の力ではどうにも出来ないって考え?」
ラクネ「不可能ですね。各々の運命の定義によりますが、私の司る運命の定義では自分の意志や努力で変更できる未来の事を、運命とは言いません」
考えている風音。
風音「・・・もし出かけていれば雷に打たれて死ぬ運命だった人が、雷の日に出かけるのは怖い気がして出かけるのを止めたってのは? 運命的な死を回避した事になるけど」
ラクネ「それは必然です。当たり前の事が起こっただけですね。出かけなかったから雷に打たれなかった。良かったですね」
風音「ああ、そう。 ・・・それを必然って言っちゃうんだったら、じゃあ運命を選択するってどういう・・・」
今の例えでも、充分自力で運命的な死を回避したように思える。
考えている風音に。
ラクネ「根本的に運命を勘違いされています。運命とは自分の行動如何に関わらず起こってしまう、どうにもならない結果の事をさします。 運命とは先に提示されているものではありません。 逆に言いましょうか。先に提示されていれば、あるいは提示されてからやり直せるなら運命を変える事は可能です」
やり直せば変えられるのは当たり前として。
運命が先に提示されているとは? 予言などの事か?
風音「じゃあ今出かければ自分が確実に雷に打たれる事が、何らかの理由で事前に分かったとして、その上で出かけるのを止めれば運命を回避した事になる?」
ラクネ「そうですね。 ですので運命を変更・回避する方法は二つです。未来を予知する。起こってからやり直す。それだけです。それ以外の方法では不可能です。努力や予測で悪い未来を良い方向に導いていくのは、そもそも運命どうこうという話ではありません」
風音「・・・・・・・・・・・」
以前、確実に当たる予言をするとかいう人の話は聞いたが。メイクリットさんだったか。
その人は運命を変えている訳か。
まさかそれと同じ事が出来る?
風音「・・・じゃあラクネさんは、僕に「このままだと起こってしまう未来」を予知させる事が出来るって事?」
たしかメイクリットさんはそういう能力持ちだったはず。
ラクネが申し訳なさそうに目を伏せて頭を下げる。
ラクネ「すみません。そちらの方が便利なのですが、私には不可能です。 私が出来るのはやり直す方ですね。これは間違った未来だと判断した時は、自分の意志でやり直す事が出来るというだけです。やり直す為の条件を最初に決めておく必要がありますが」
風音「いやいや、そんな頭を下げてもらわなくても・・・それも十分凄いですよ」
やり直せるって凄い事だろう。
まさか謝ってくるとは思わなかったので、こっちが恐縮する。
ラクネがユニルに、テーブルの上にあった袋入りの飴を一つ持たせた。
ラクネ「音羽さん。指でこの飴がギリギリ通れるくらいの穴を作って、こちらに向けてもらえませんか?」
風音「はい」
親指と人差し指で、言われた通り輪っかを作る。ギリ飴が一粒通るくらいの大きさだ。
ラクネ「ユニルさんはあの穴に飴が通るように、その場所から投げて下さい。風を使っては駄目ですよ」
こちらも言われた通り、かなり離れた場所から風音の指の穴に向かって飴を投げる。
投げられた飴はゆっくりと綺麗に弧を描き。
見事に一発で、指で作った穴を通過した。
風音「うわ凄っ! これはかなりの精度じゃないと無理だと思ってたけど」
ユニルの方は疲れた顔をしている。
ユニル「正確に数えてた訳じゃないですけど、多分300回以上投げましたよ・・・。全然入らないったら・・・」
風音「あ、やっぱりそういう事なんだ。これが選択なんですか」
ラクネの方を見て尋ねる。
ラクネ「はい。周囲の人には結果しか映りません。しかし本人はやり直す条件を満たす度に、繰り返し挑戦しています。今の場合、飴が外れる度に投げる前の状態に戻っていました。 しかしここにも掟はあります。何度も同じ時間で起こった出来事を自分が覚えているのは、世の摂理に反する現象です。ですので、失敗条件を満たした頃の記憶は大半が失われます。覚えていたとしても、日が経つと忘れていきます。残るのは最後に起こった事実と、何かを繰り返したというほんの少しの記憶だけです」
ユニルは300回以上投げたと言っていたが、それも徐々に忘れるという事か。
そして最後には本人にも、成功した時の記憶しか残らない。
もしかすると、300回以上というのがそもそも間違っているのかもしれない。
本当は1000回くらい投げていて、既に大半を忘れている可能性もある。
ラクネが説明を終え、今度は風音に尋ねる。
ラクネ「この力を欲しているという事は、失敗が許されない何かに挑戦したいという事でしょうか?」
風音「まぁ・・・ラクネさんを呼んだ段階では、まだ僕がやるって決めた訳じゃなかったけど。 そうですね、何回も死んでしまう事が前提の場所で、目的を達成するまで挑戦を繰り返す事ってできます?」
風音の問いに対し、少し無言の後。
ラクネ「・・・あまり良い事ではないですね。人の死をやり直すのは、大きな、とても大きな事なのです。死とは本来ならそれが不幸な運命であったとしても、悔しいですが受け入れて前に進むしかない。それを受け入れず避け続け繰り返すのは、大きく摂理に反します」
風音が深く頷く。
風音「だと思うよ僕も。安易に手を出す事じゃないね。じゃあやっぱり今回の件は断る方向で・・・」
ユニル「いえちょっと待ってくださいよ! 借金半分ですよ? 断るのは勿体なくないですか? それにラクネくん。摂理に反するイコール悪ではないのよ。摂理とは神の意志だとよく言われてるけど、それはこちら側の勝手な解釈でしょう。 神は全ての事柄に自由を与えている。一つの結果に束縛しようとする存在じゃないの」
ユニルが何だか小難しい事を言っている。
ラクネ「それは分かっています。でなければ宇宙や私の存在そのものが神の意志に反するものになります。 ですから私は反対はしませんよ。ただ事の大きさを伝えておくのは、運命の妖精としての義務だと思っています。だから先に忠告しただけです。決めるのは音羽さんです」
風音に二人の視線が集まる。
風音「えぇーーー・・・・。 正直・・・行きたくないなぁ・・・」
だって失敗(やり直し)条件を先に決めるって・・・。
さっきも自分で言ってたけど、自分が死んだ時だろ?
普通に嫌だろそれ。
いやまだいいんだ。急に災害で自分が死ぬのは。やり直せるんなら。
でももし一緒に行ったユニルや、案内人の人が先に死んだら・・・それはそれでやり直さなきゃ駄目だろう。
その時はどうする?
やり直し条件が自分の死なんだから、直ちに自殺しないといけないって事だ。
それが嫌なんだよ。
じゃあ一人で行きたいわ。
風音「一人で行こうかな・・・」
風音が呟く。ラクネも風音の考えを察したようで。
ラクネ「ええ、その考え方も良いと思いますが・・・」
続きを言おうとしていたラクネをユニルが遮る。
ユニル「ちょっ! 風音さん、私は一緒ですよ! 絶対!」
風音「だってユニィ、今の姿じゃ普通にダメージが通るしな。ユニィだって災害で死ぬでしょ。 そうならないようにニーギに行ってる間は契約解除する? 元の姿なら物理的な干渉を受けないんだから、まず死ぬ事は無いし」
契約解除と聞いてユニルの表情が一変し、怒りの感情がむき出しになる。
ユニル「なっ! 契約解除!? 上手い事言って私との契約を解除して、他の妖精と契約しようとか考えてるんじゃないでしょうね!! コットリンか!! コットリンか!!!」
風音の目の前まで飛んで行って、顔面に怒りのオラオラパンチを連打する。
それを風音が片手で受け止めながら。
風音「いや・・・理由聞いてた?」
パンチ連打を止め、ハァハァと息を荒げながら答える。
ユニル「私たち妖精は自分が司る物がこの世から消え失せてしまうまでは、死にませんから。死んだ瞬間にその場では消滅しますが、妖精の星で復活します。また迎えに来ればいいだけですよ」
風音「あ、そうなんだ。それは初耳だけど。 いや、だとしても妖精の星に今行きたくないし。それこそコットリンさんが待ち構えてるでしょ」
ユニル「だいじょうぶ! 私が倒しとくから!」
ラクネ「絶対やめて下さい。風と水の妖精の喧嘩なんて、誰も得しませんよ」
ユニル「じゃああんたが風音さんを説得しなさいよ!! 私も連れて行けって!」
ラクネ「なんで私が・・・意味が分からない・・・。・・・音羽さん。もうこの子現地で死んでもいいんで、連れてってやってください。さっき言いかけてましたが、妖精を連れて行くメリットもありますし」
風音「いやでも・・・連れて行って死んじゃったら、妖精の星で戦争勃発でしょ?」
ラクネが猫背に戻る。
ラクネ「・・・なんでこんな事になってしまったのでしょうね?」
風音「うん」
落胆しているのか、ラクネの猫背が更にちょっと曲がる。
と。その次の瞬間には、ラクネの背筋がピンと伸びる。
何か閃いたようだ。
ラクネ「とても良い方法を思いつきました。妖精と契約出来るのは一人まで、というのを利用するのはどうでしょうか?」
風音「具体的には?」
ラクネ「ユニルさんは音羽さんが女性と契約するのが嫌なのでしょう? ならそのお仕事をする間だけ、音羽さんはユニルさんとの契約を切ります。そして私と契約しましょう。これでユニルさんも安心ですし、音羽さんも安心ですね」
風音「良いねそれ、採用」
風音と契約するという事は、風音の中の妖精のイメージが姿に反映されるので、ラクネの姿も小さくなるという事。
しかもユニルとは正反対の、大人しい妖精。
風音の肩とか頭の上で、猫背で正座している和服姿の妖精の姿を想像するだけで、ちょっと和む。
二人で笑い合っていると。
いつの間にか風音の前に居たユニルの姿が消えている。
ラクネの目の前に瞬間移動していた。
ユニルは空気中ならどこにでも瞬間移動に近い速度で動く事が出来るが、これは普段まずやらない。かなり本気になっている時だけだ。
そして低い声でラクネに話しかける。
ユニル「ねぇ・・・死ぬ覚悟は出来たの?」
ユニルの両手の周囲が風で渦巻いている。
どうも割と本気で怒っているユニルを見て、ラクネが凍りつく。
ラクネ「さて・・・どこからやり直せばこの運命は回避出来たのでしょうか・・・」
女とか関係無く、契約者を誰かに取られるのが嫌だったのか。じゃあそう言えばこんな提案しないのに。
風音「まぁまぁユニィ落ち着いて。じゃあユニィは連れて行くけど、もし本当に現地で死んじゃったら、どうにかして妖精の星以外の星に移動して。そこに迎えに行くから。姉妹喧嘩だけはしないように」
ふっ、とユニルの手から風が消える。
ユニル「分かりました。ちょっと飲み物でも飲んで落ち着いてきます」
おそらく食堂に行くのだろう。ユニルが艦長室から出て行く。
ユニルが出て行った事で、ようやく艦長室が落ち着いた雰囲気になる。
風音「割と本気で怒ってたな・・・。妖精にとって契約ってそんな重い事なのかな?」
ラクネに尋ねる。
ラクネ「個人の考えによるのではないでしょうか。 私は結構すぐに解除したりしますけど。その方が便利な事が多いじゃないですか」
風音「ですよね。仕事とかでもユニィが元の姿になってくれた方が、助かる場面が多いと思うし」
ラクネ「解除中に誰かに契約者を取られるのが怖いっていうのはあるかもしれませんね。契約の解除は、本人達しか出来ませんから。仮に本当に音羽さんが私と契約したとして、お互いを気に入ってしまったから、やっぱり離れません。って言ってしまったら、ユニルさんにはどうする事も出来ませんし」
風音「いや約束くらい守るけどな」
仕事中だけだと言っているのだから、そこはこっちの言う事を信じて欲しい。
ラクネ「あれじゃないですか? 複雑な女心? っていうのじゃないですか? 男の我々には理解し難いですけれども」
風音「信じたいけど不安も大きい・・・的な?」
ラクネ「的な」
風音「なるほど」
ここまで会話してきて思ったが、もしかしたらラクネも自分と相性が良いのかもしれない。
考え方とかがかなり似てる。会話してて落ち着くし。
そんな事をユニルの目の前で言ったら、もう二度とラクネと風音を会わせないようにしようとするかもしれないが。
雑談はこの辺で一旦置いておこう。
風音「・・・じゃあ、その運命の選択でしたっけ? それを今から施してもらう事は出来ますか?」
ラクネ「出来ますよ。ただしいくつか忠告をしておきます。やり直す条件は音羽さんの死ですね? まずやり直せる時間の上限は十時間ほどだと考えて下さい。それ以上前に戻る事は出来ません。もし十時間戻っても死を回避出来ないなら、確定的な死となります」
もし誰かに拉致監禁されたとして、十時間以上身動きが取れず結果殺されたなら、もうどの時間に戻っても無理だ。
それこそさっき風音が嫌がっていたように、とっとと舌でも噛みきって自殺してしまう方が拉致される前に戻れるという事か。
風音「相手が人だとそうなる可能性はいくつか考えられますけど、今回の相手は災害ですからね。まぁ、大丈夫じゃないかな」
自然に発生した毒ガスで気絶。十時間以上意識を失ったのち死亡。とかも考えられるが、幸い風音に毒は効かない。
ラクネ「でも念の為、音羽さんが運命をやり直せる事は誰にも言わないで下さい。自ら弱点を晒すようなものですから」
風音「そうかな? 言っちゃってもすぐ自殺する覚悟さえあれば、割と無敵だと思うけど。 でも・・・うん、そうする」
運命の道のプロが言ってるんだ。ここは従おう。
ラクネ「そして戻る前の記憶はほとんど忘れてしまう件はさっき言いましたね、不運を回避出来る条件だけしっかり記憶に刻んで、同じ事を繰り返さないように心掛けて下さい。 では最後にもう一つ。私は自分の契約者には何度でもやり直させる事ができるのですが、それ以外の人物にできるのはかなり限定的なものになります。まして死という大きな出来事ですと、やり直せるのは五回程度です」
風音「五回戻った時点で仕事が終わってなかったら、諦めて帰って来るって事だね。一日生き延びるだけでも難しい環境で五回か~。って言うか最悪五回死ぬのか・・・嫌だなぁ」
ラクネがその反応を見て笑う。
ラクネ「先程ユニルさんを連れて行くメリットもある、と言ったのを覚えてらっしゃいますでしょうか?」
風音「あぁ、言ってましたね」
ラクネ「妖精は妖精の力を感知出来ます。やり直す度に記憶が飛んでしまう音羽さんは、あと何回やり直せるか分からなくなる可能性が大いにあります。でも妖精であるユニルさんはある程度やり直せる回数を感知出来ますし、もしもうやり直せないという状況、つまり音羽さんの中から私の力が消え去れば、それは確実に分かります」
風音「あ、そうなんですか? じゃあメリットどころか必須だね」
あと何回やり直せるのか自分では分からないのか。
もう一回行けると思って挑んで死んだら、急に終わりましたチーーンってそれ、最悪だろう。
少なくとも、残機が無い事を感知出来る存在は絶対に要るわ。
ラクネが微笑む。
ラクネ「音羽さんはさっき面白い事を言ってましたね。 運命は自分で切り開くとか? では見事切り開き、一度も死なずに仕事を完遂して下さい。そうすれば五回も嫌な思いをしなくて済みますよ」
風音「努力はします・・・」
などと軽口を叩きながら会話をしてから、ラクネが風音に近付き頭部に触れる。
運命の選択を呼ばれる技の施しを終え、ラクネとは別れた。
帰ろうと思えば自分で星に帰る事も出来たようだ。
なんだかんだ最後まで付き合ってくれた優しい妖精だった、と。
そこから風音の失敗が続いた。
ユニルに儀式が済んだ事を伝えようと食堂に行った時。
偶然ブラウニーに出会った。
風音「あれ? ユニィは居ないのかな?」
今の所食堂に居るのはブラウニーだけだ。
ブラウニー・レイスコア・イル・メイサ。事務員の女性。
前髪の右側だけおさげになっているのが特徴で、大体いつも覇気の無い間抜けな顔をしている。
一人なのに何が楽しいのかリズムに乗ってヘラヘラしながら、仕事用の紺のスーツ姿で飯食ってた。
大きな仕事なので、一応ブラウニーにも伝えておく。
風音「・・・って事で、借金半額にする為にニーギに行ってくるよ」
ブラウニー「はぁ? 頭大丈夫すか艦長・・・ニーギって一番行っちゃ駄目なとこっしょ」
口の周りに付いたパスタのクリームを紙で拭き取りながら、顔をしかめる。
さすが星々を渡り歩いてきたブラウニーは、ニーギの情報くらい調べずとも知っている様子。
風音「なんか災害だらけですぐ死ぬらしいね」
その軽い言い方に、ブラウニーがプリプリと怒り出す。
ブラウニー「知ってるんなら断りなさい。これは部下じゃなくお姉さんからの命令です。ただでさえ音羽ちゃんにはブレーキが付いてないんだから。 私がその仕事の依頼期限が過ぎるまで、音羽ちゃんをここから動けないようにしてもいいんすよ?」
ブラウニーが懐から謎の黒い鉄の板のような物を取り出す。
それを軽く振ると、鉄の板が展開されて檻状の小箱の様になる。
何をする気だ。と風音が焦る。
ブラウニーが物を利用した奇妙な技をたくさん持っているのは知っているが、あれは知らない。
もう形が既にやばい。檻ってもう閉じ込める気満々じゃないか。
風音「大丈夫。今回は絶対無茶はしないから。ユニィが他の妖精に頼んで災害対策をしてくれてね。その効果が効いている内は僕は災害で死なないみたい」
実際は死ぬけど。やり直すだけです。
その辺説明がめんどいので省いた。
ブラウニー「ふ~~ん?」
疑わしい表情。
風音「で、その効果が無くなったらすぐ帰って来るから大丈夫」
ブラウニー「ほんとっすか~? 音羽ちゃんのそういうとこ、ほんと信用出来ないんすよね~」
風音「どんだけ部下から信用無いんだよ僕は」
ブラウニーだからこそ、かもしれないが。
過去にブラウニーの前で散々やらかしたし。
ブラウニー「信用出来ないのはお互い様っしょ? じゃあその仕事の期限を私は事務員として知っておきたいので教えて下さい。邪魔はしませんから。って言ったら? その言葉を信じれるんすか?」
それを教えたが最後。ブラウニーがその気なら、期限が過ぎるまで妨害される可能性もある。
でも邪魔はしないと言ったブラウニーの言葉を信じる。
風音「期限は明後日まで。それまでに返答が無ければ・・・どうなるんだろ? 必ず引き受けろって言われてるけど、自動的に断ったと見なされるんじゃない?」
ブラウニー「そうっすか」
急に風音の視界が一変する。
風音「え?」
突然真っ白な眩しい空間に放り込まれたようだ。
しばらく目を細めていたが、少しして慣れてくる。
全く何もない空間だが、目の前にブラウニーが居る。
風音「え? 何これ?」
ブラウニー「この黒の檻の色ね、この世で一番黒いんだって。全ての光を吸収するとかって。光が無ければ何も認識出来ないって分かります? この黒の檻に囚われるとね、その場から動けなくなって、しかも周囲から認識されなくなるんすよ。んで、自分も周囲を認識出来なくなる、そういう私の技っす」
黒に囚われたとか言っているのに、なぜ周囲がこんな明るいんだという疑問も浮かんだが。
今それはどうでもいい。
風音「え~~~・・・なに閉じ込めてんの・・・。こっちは信用したのに」
ブラウニー「ごっめ~~~ん☆」
風音「この女・・・反省の色が見えないな。 ちなみに解除方法は?」
ブラウニー「無いっすね」
風音「嘘だ。ブラウニーの技には解除方法が絶対にある。そういう技でしょ」
ブラウニー「いやだから不可能なんですって。解除方法は、艦長以外の誰かが私に艦長の居場所を聞く事なんすから。唯一艦長の位置を認識している私に、直接尋ねなくても誰かが近くで「風音さんどこに居るんだろう」って言うだけでも勝手に解除されるんすよ」
それが事実だとしたら。
風音「あ・・・この空間にブラウニーもいるって事は・・・解除不可能って事か」
ブラウニー「他人が解除する方法はね。 あとは、閉じ込めた場所から私が二十メートルくらい離れたら、勝手に解除されるっす。檻には監視が必要っすからね。監視が居なくなれば出られてしまうって事っすね」
ブラウニーが使う技はこういう制限がある事が多い。
使用した物質が元々持つ性質を遵守しなければならないような。
風音「それもここにブラウニーが居るから不可能って事か。ちょっとずるい気もするけど」
ブラウニー「ずるくないっすよ。だってよく考えてよ。私が檻の中に入ってるんすよ? 閉じ込めた相手と一緒に」
風音「え・・・もしかして」
ブラウニーに触れてみる。
普通に触れる事が出来た。
つまりこれ、ブラウニーも逃げられないという事だ。
仮に敵を閉じ込めたとして、殺されて終わりだろう。
以前聞いたが、ブラウニーの技は本人が死んでもすぐには解除されない。ただし本人が技をかけ続けていなければ一週間弱で勝手に解除されるそうだ。
ブラウニー「この技はこういう使い方をすれば、最悪でも一定期間閉じ込められるんすよ。私がここに居るから解除条件を誰も満たせないからね。私が自分の意志で解除するまでずーっとっすね。状態はこの空間に入った時のままだからお腹も減らないし、眠くもならないし、トイレに行きたくもならないしね。だから最終手段として私を殺してしばらく待てば出る事は出来るんすけど、やります?」
風音「やらないよ。っていうか今後この技を使う時は、絶対敵と一緒にブラウニーが入っちゃ駄目だよ? こんな技で敵の足止めをするくらいなら、他の手段で逃げて」
今この状況の事よりも、こんな技を持っているブラウニーの方が心配になる。
こんなもの最初から玉砕覚悟で撃つ技だろう。ブラウニーは技が使えない状態だと、その辺の女の子と大差無いくらい闘えないのだから。
ブラウニー「分かってるっすよ。大体この技、音羽ちゃん用に作った技っすもん。他の人に使わないっすよ」
そうか。それを聞いて安心・・・じゃねぇよ。
風音「なんで作った」
ブラウニー「そりゃこういう状況の時に止める為っしょ」
風音「・・・じゃぁまぁ、・・・良いけど。 いや、良くないけど」
親切でやってくれてる分、強く言い辛い。
まぁ以前星の子戦でかなり無茶したから。
それを目の前で見てたブラウニーは、こういう発想になってもおかしくない。
まぁ現状は把握出来た。
でもどうするこの状況。
・・・よし! こうなったら、脅ししかないか!
風音「ふふ・・・甘いねブラウニー。 確かに僕は殺しはしない。でもね・・・殺しはしなくても襲う事は出来るよ。女に生まれた事、後悔させてやる」
両手を白々しくワキワキと動かしながら、世紀末に肩パッドしてるような奴が言いそうなセリフを言ってみる。
ブラウニー「好きにすりゃいいっすよ」
そう返答したブラウニーを見て思う。
あぁ・・・これ本気で言っとるな・・・。
風音「本当にブラウニーは変わらないな・・・」
過去風音を助ける為に自ら死地に飛び込んできたあの時も思ったが、もっと自分を大事にして欲しい。
この人は、他人を助ける為に自分の犠牲を厭わない。
そこがこの人の良い所でもあるんだけど・・・。目の届かない所でもそんな事ばかり繰り返されると思うと、こっちが不安になるから止めて欲しい。
しかしこのまま二日間この空間に居なきゃならないのか。
何にもないこの狭い空間で二日・・・。
風音「流石に暇じゃない? よっしゃ分かった。仕事はキャンセルします。って事で、出してくれる気は無い?」
ブラウニー「暇なの? じゃあしりとりでもする?」
出す気は無さそうだ。
暇潰しをしながら打開策を考えるか。
風音「・・・ゴリラ」
ブラウニー「ラッコ」
こ。
風音「ここから出してください」
ブラウニー「いやっす」
風音「すんな事言わずに」
ブラウニー「ニーギには行かせません」
ん。 ・・・ん?
風音「あ・・・しりとりは僕の勝ちだ。じゃあ約束通りここから出して貰おうか」
ブラウニー「そんな約束した覚えは無いし、大体音羽ちゃんの「すんな事言わずに」は反則負けでしょうが」
風音「だって「す」から始まる説得の言葉がすぐに出てこなかったから」
そもそも真面目にしりとりやる気も無かったし。
ブラウニー「「す」で説得ねぇ・・・。いっそ相手を落としてみるとか? 好きです! 今すぐここから出て結婚しましょう! だから出して! とか言ってさ? やっぱり女性としてはストレートな言葉にグッとくるもんすよ」
風音「好きです! 今すぐここから出て結婚しましょう!」
じゃあ言ってみる。
ブラウニー「失せろ坊や」
風音「・・・やっぱり出す気無いじゃないか」
分かってたよ。
・・・・・・ま、この歳になってしりとりで暇潰しも無いわな。
真剣に考えよう。どうしようか。
少し考える。
やっぱりやるしかないか。今だから出来るアレを。
実は閉じ込められた直後から、案として出てはいたけど。
もったいないけど、予行練習としてやってみるか。
・・・怖い。
やりたくない。
でもぶっつけ本番よりは・・・。
・・・・・・・。
よし。
覚悟を決めた。
その前に、これだけ伝えておこう。
風音「あのさ。 ありがとう、ブラウニー。本当に、良い仲間を持ったと思う。この事を忘れてしまうのが惜しいくらい」
ブラウニー「なんすか急に。よいしょしても出さないっすよ」
ブラウニーが不審そうな顔を向ける。
そりゃそういう反応になるだろうな、と風音が少し笑う。
風音「あ、ごめんもう一つ言う事あった。 口の周りにまだパスタのクリーム付いてるよ」
すぐにブラウニーが口元を拭う。
本当に付いていたので、少し恥ずかしそうにしている。
ブラウニー「そういうのはもっと早く言いなさい」
いつも男友達のように接しているが、やはり女性なのでこういう所は恥ずかしいようだ。
風音「ブラウニーらしくて良いと思うけどな。しっかりしてるブラウニーとか気持ち悪いし」
ブラウニー「・・・もう絶対出さない。一週間出さない」
ははは、と風音が笑う。
よし。もういいかな。
一番マシな方法でやろう。
風音が財布から小銭を取り出す。結構あった。
そして髪をかき上げ、頭に付いていた髪飾りを全部取って、小銭と一緒に毒で包み込む。
髪飾りの中にいくつか、風音の毒で崩壊する素材で出来ている物もある。
これらを崩壊させ、自分の力に換える。
こんな質量だと大した力にもならないが、一回分手刀の威力が上がるだけで十分だ。
そして全力で右手に力を込めて。
勢いよく自らの首を切り落とした。
ブラウニー「何やってんすかっ!!!!! 音羽ちゃんっ!!!!!!」
あぁ・・・首だけになっても聞こえるのか。
びっくりさせてごめんブラウニー。すぐ終わるから。
そういえば人って死ぬ時、最後まで残る感覚は聴力なんだっけ?
以前そんな雑学を聞いたような・・・。
そんなどうでもいい事が一瞬頭によぎった。
そして意識を失う直前に思う。
あれ? これってどの時間に戻るんだ?




