呆気ない訪れ
もう何時間も鬱蒼とした森を歩き続けた。
そしてようやく森を抜け、開けた場所に出て最初に視界に入ったのは。
見た事も無い異常な光景。
遠くで山が噴火している。物凄い勢いで、もう山全体が真っ赤だ。
その付近で炎の竜巻が複数発生している。
そして噴火している山の隣の山に目を向けると、そちらは凍りついて真っ白になっている。
噴火ではなく噴氷と表現するべきか。
山頂から氷と何らかの液体が爆発するように勢いよく吹き出している。
風音「凄いな・・・・なんじゃあれ・・・」
その山の様子を見ながら呟いた。
音羽・風音。地球出身で、カノンという名の宇宙艦の艦長。
ジーパンにシャツという凄くカジュアルな格好をしている。
今日も相方の風の妖精ユニルが振るう風対策の為、頭には大量の髪留めが付いている。
彼は男性ながらこの髪留めに加え、元々顔が幼いし女性に見えるので、普段は女の子と間違われる事も多い。
しかし今は半袖のシャツという事もあり、小さな頃から実家の道場で鍛え上げた体の一部が見えている。
だからいつもの様に女の子と間違われる心配は無いだろうと思っている。
だってこんなムッキムキの腕をした女の子なんていないだろうし。
・・・と、そう思っているのは本人だけ。彼は筋肉隆々ではあるものの腕自体はそこまで太くないので、周囲から見れば凄く筋肉が引き締まった、単純に普段鍛トレとかしてるだけの女の子に見える。
ユニル「凄いですね」
風の王ユニル・フレイアロウ。異星出身の妖精。
少しウェーブのかかった薄赤色のショートカットの髪型と、赤い瞳が特徴。
風の妖精なので風の力を使って浮遊しているのか、基本的に彼女の服や髪の毛は常時風でなびいている。
本来の大きさは人間と同じくらいだが、風音と契約した事で手のひらくらいの大きさの女の子になっている。
これは契約した人の中の、妖精のイメージがそのまま姿になって反映されているかららしい。
地球人の風音にとって妖精のイメージは小さな人間に近い生き物、という感じだったので現在ユニルはこの姿になっている。
風音の肩に座っているユニルも、周囲の光景を見て風音と同じような感想を漏らす。
来る前に聞いてはいたが、凄い場所だ。
惑星ニーギ。別名「災害と再生の星」と言われている。
今回はシエロという名の宇宙全体の治安組織からの依頼で、この星にやって来た。
風音「・・・って言う割には、ユニィは実はそんなに驚いてなかったり?」
発言内容に対して、かなり呑気な口調だったユニルに尋ねる。
ユニル「まぁ・・・。あの光景は自然現象として考えると驚きですけどね。・・・でもただの現象として見ると、妖精同士の喧嘩の方が規模が大きいですから。例えば火と氷の妖精が喧嘩をしたら、あんな火山と氷山の爆発どころじゃないですし」
周囲の全てが固化するほどの冷気と、全てを焼く業火のぶつかり合いみたいな、地獄の光景が広がるだろう。
風音「想像したくも無いね」
言いながら視線を下げる。
風音「咲桜ちゃんは大丈夫? 怖くない?」
横で風音の手を握っていた咲桜に声を掛ける。
音羽・咲桜。地球人。苗字が分からないので今は風音と同じ音羽としている。
日本人形のような短髪黒髪の、可愛い盛りの七歳くらいの女の子。
趣味の良いのか悪いのか、赤い水玉模様のどてらを着ている。・・・正確には着させられている。咲桜はあまり自分の意志で服を選ばないので、風音が可愛いと思うどてらが最近の標準装備だ。
彼女の最大の特徴として、喋る事が出来ない。
声帯などに異常はなく、過去凄惨な事件に巻き込まれた時の精神的なショックから、上手く声を出せなくなっているらしい。
肉体的な異常ではないのが救いなのかもしれない。まだ治る可能性はあるそうだ。
咲桜「・・・。 ・・・・・」
話しかけられた咲桜が風音を見上げる。
不安だったのか、風音の太ももに寄り添って来た。
風音が咲桜の頭を撫でながら笑いかける。
風音「抱っこする?」
咲桜が無言のまま手を万歳する。
風音「よいしょ」
そのまま持ち上げ、抱っこして肩に咲桜の頭を乗せ背中をポンポンする。
このまま寝てもらう為の抱き方だ。
もうすぐ街に着くが、ここに来るまでに結構時間が掛かった。
咲桜は歩き疲れてるだろうし、ここで一旦お昼寝でもしておいてもらった方がいいだろう。
咲桜「・・・・・・・・・」
しかし咲桜はまだまだ元気そうで、抱っこされた態勢のまま身を乗り出して辺りをキョロキョロと見回している。
風音「さて。じゃあシエロが用意したっていう、案内人の人を探そっか」
ユニルに声を掛ける。
ユニル「そですね~」
この星に一般的な宇宙港は存在しない。基本的に外部からの人の出入りが無いからだ。
物資運搬用の、無人の宇宙船専用のものがあるだけだ。
他星の人類を拒む、いわゆる排他的な星だという理由で、この形式を取っている星は結構多い。
しかしニーギはそういった理由ではなく、単純に他の星の人類ではこの星の環境に適応せず死に至る事が多いからだ。
誰もニーギに仕事で行きたくないし、ニーギ側としてもすぐに死なれてもただただ面倒なだけだ。
今回風音達もシエロから聞いた事前情報を元に、危険の少ない場所(目的の街に最も近い森)にまず降り立ち、そこから街を目指す事になった。
それでももう大きな地震に二度遭ったし、森林の自然発火現象も目の前で起こったし、大雨にもやられたり。
その中でも一番面倒だったのは雨だ。鬱蒼とした森なので、上を見上げると上空を覆うように枝や木があるわけだ。なのにそれをまるで無視するかのように豪雨が風音達に直撃した。
傘なんかさしていてもすぐに潰れるであろう、言うなれば水でぶん殴ってくるような豪雨。木の下での雨宿りも無意味だったので、仕方なくユニルが風で雨を弾いて対処していた。
観察していて分かったが樹木の生態が普通とは違う。おそらくこんな強烈な雨が降ったりするのが日常茶飯事なので、木の枝の方が折れないように自ら軟体状になり曲がる事で雨を真下に受け流している。これでは雨宿りなど出来ないはずだ。
・・・とこの様に、一番安全なルートですらこれだ。
ちょっと降り立つ場所を間違えると、局地的な気流の変化でいきなり何もない場所で体が回転して地面に叩きつけられたりする。その勢いが凄いので、後頭部とか打ってしまうとそのまま死ぬらしい。
ただ今にして思えば、こっちには自分の周囲くらいなら大気を自在に操る妖精がいるので、急激な大気の変化を無効化出来るそのルートの方が楽だったのかもしれない。
シエロが指定した雨ルートを来たおかげで濡れ鼠になってしまった。幸いだったのは出発してすぐだったので、一度宇宙船に戻って着替えるという事が出来た事だ。
ここまでの道のりの事を考えながらしばらく歩いていると、街が見えて来た。
街一つ見るだけでこの星の特徴が見える。郊外から徐々に民家が増えていき、街の中心部に近付くにつれ大きな建物が増えるというような、いわゆる普通の構造ではない。
何もない場所と街との境目が、線で引いたように分かれている。
徐々に人里が見えるではなく、何も無い状態からいきなり街の中心部、という形だ。そういえば以前もこれと同じ形式の星に行った事がある。
この星の場合、おそらく災害対策の為だろう。人民を一つの場所に集めて、最大の防御を固める。
風音「・・・でもこの街の構造っていうか考え方っておかしくない?」
ユニル「何がですか?」
風音が街を目の前にして疑問を持つ。
風音「予測不能な災害が頻発する星って言ってたけど、だったらこの街のど真ん中で何らかの災害が起こったら、一気に全滅じゃない?」
ユニル「・・・まぁそうですよね。その辺が多分、再生の星とか言われてる所と関係してるんじゃないですか?」
事前にこの星の事は調べて来た。
この星の特徴として壊滅的な災害と同時に有名なのが、破壊された物が再生する事だ。
物も、生物も。そして人類も。
怪我をしても治るというだけでなく、死んでも蘇るらしい
風音「再生かぁ・・・。あり得ないけどなそんな事。生物が再生ってどういう進化なんだろ? ・・・いやそれより物質が・・・あり得ないだろ」
とかぼやいても仕方がない。
実際再生するのだから。
ユニル「再生する物と再生しない物の条件が分からないから、復興に時間が掛かる時もあるとかなんとか?」
この辺が調べてもよく分からなかった部分だ。案内人の人に聞いてみようか。
風音「人が多い方が復興も楽なのかな」
人をまばらに点在させる方が、復興の時間が短く済むような気もするけど。
「永遠に死を迎えてしまう不幸な者を増やさん為じゃ」
突然老人がこちらを向いて話す。
実は街を目の前にしてから、この爺さんは視界には入っていた。
何人かこの星の人が行き来している姿は目にしていたが、その中にいたジッと一か所に立ったままだった老人だ。
その人が急に話し掛けて来た。
風音「えー・・・っと? 今のは僕達の疑問に答えてくれたんですか?」
「ああ。ニーギでは一人でおると、同じ場所で何度も死に続ける状況に叩き込まれる事がある。 この星は単独で生き続けるには厳しい環境じゃ。だから人は集まる」
風音「はぁ。そうなんですか」
よく分からないが、この星の人が言っているのだからそうなのだろう。
そしてどうやらこの老人が風音達に話しかけてきたのは、偶然や気まぐれではなかったらしく。
「ワシがユセイ・フェルファじゃ。写真を確認するまでも無かったの、人ならざる者がおるっちゅう事はヌシらじゃろ? シエロからの使いっちゅうのは」
ユニルを指で差しながら尋ねる。
どうやら今回の仕事の関係者だったようだ。
風音「あ、あなたが案内人のユセイさん? すぐ気付かなくて済みませんでした。こっちは案内人の人の写真をもらってなくて・・・。 どうも、音羽風音です。あとこっちの妖精さんがユニル・フレイアロウ」
案内人に今回の依頼を受けた二人の自己紹介をしておく。
自己紹介をしながら、風音が案内人を観察する。
この星でも年を喰うと白髪になるのか、とかどうでもいい事を考えてしまう。
禿げてはいないものの、完全に真っ白な髪の毛をした老人男性だ。青い体操着のようなズボンと、真っ黒なフードを着ている。顔にそれほど皺などは無く、見た目少し中年寄りの老人という感じだ。
あと風音にとって気になる点は、なぜか敵意に近い視線を向けてきている事。
ユセイ「それよりその子供は何じゃ?」
咲桜を見ながら尋ねる。
咲桜は知らない人から険しい顔を向けられているので、少し怖がっているようだ。
抱っこしてくれている風音に強めに抱きつく。
風音「音羽咲桜ちゃんって言うんですけど・・・なぜかついて来ちゃってて。ここに着いてからも、宇宙船から出るのも散々止めたんですけど・・・」
興味本位なのか、何としてでも宇宙船から出ようとしていた。
留守番をさせて勝手に一人で外に出られた方が危ないので、連れてくる事にしたのだ。
ユセイ「あぁん? オトハっちゅう事はぬしの子供か?」
より一層顔が険しくなる。
風音「いや事情があって僕の名前と同じなだけです。血の繋がりは無いですよ」
ユセイ「・・・そうか。 なんにせよこんな所に子供なんぞ連れて来るな。何考えとるんじゃ、命がいくつあっても足りんぞ」
風音「ええ、その通りだと思います。まさか宇宙船に忍び込んでたとは思わなくて。この子の為にも、これ以上は危険だと思った時点で帰りますから安心して下さい」
ユセイが風音を睨む。
ユセイ「安心なんぞ出来るか馬鹿たれが。この星を舐めすぎじゃ。子供なんぞ危険だと感じた次の瞬間には死んどる。まさかとは思うが、ぬしら勘違いしとらんか? ニーギでは人類が災害で死んでも再生するっちゅう話。ありゃこの星の産まれの者だけで、他所の星の者は関係無い」
風音「そうそれ。再生ってどういう事です? 普通に生き返るって事ですか?」
ユセイ「そりゃそうじゃろ。ただし生き返るには条件がある。予測不能な事柄で死んだ時だけじゃ。当たり前の理由で死を迎えた場合はそのまま死ぬ」
風音「もうちょっと詳しくお願い出来ませんかね?」
ユセイ「シエロから聞いとらんのか、面倒臭いのぉ・・・」
そう愚痴りながらも教えてくれた。
まず何故死んだ生物が再生するのか。
それはそういう進化の形とされているらしい。
元々災害だらけだったこの星では、生物という生物が毎日の様に災害で死んでいく。
この現象に対し、とんでもない方法で生き残る術を身に付けた微生物がいた。
常に自分の細胞を極々微量に自身の周囲にばら撒きながら活動をする。
そして肉体が大きな損傷や死を迎えた時、残された細胞がとんでもない勢いで分裂増殖を繰り返し、損傷した部分を作り直し元の形を復元するのだ。体そのものが消滅するほどの死であっても、残された細胞ひとかけらから、全身を再生させる。
その微生物がこの星に適応し生き残り、進化を繰り返しあらゆる生物に派生し、逆にこの能力を持っていない生物達は淘汰され、結果この星の生物全てにその能力がもたらされた。
というのがこの星での研究の結果、真相ではないかとされている説だそうだ。
実はこれは風音の予想通りでもあった。
人類すら再生すると聞いて、最初に想像したのが地球にもいるプラナリア。
あの生物は細切れにされてもそれぞれが元の体に戻る。要はこれと同じ生態をもってすれば、どこかに細胞の一部を保存しておけば、本体が死んでもそこから全身が再生する。・・・みたいな事なんじゃないかなと思っていた。どの段階まで記憶が受け継がれるのかは知らんけど。
だから風音にとっては、最初の発言通り生物の再生よりも物質の再生の方があり得ないと思っている。何故人工的に作られたものが、潰れてから勝手に元に戻るのか。それは単純に意味不明だ。
ともあれその能力を全ての生物が持っているなら、この星の生物は死ななくなる。
しかし彼らは世代交代をしなければ進化が無いという事を、本能的に知っている。
蘇る無敵の体なんてこの星の災害に対しては最適解なのだろうが、生物としての最適解ではなかったのだ。
そこで彼らの選んだ答えが、この星特有の不可解な災害による死因のみ蘇るという選択肢。
他の生物に食べられたり殺されたり、不慮の事故で何かにぶつかって死んだり、寿命を迎えたり等々。
そういう普通の死では体は再生されない。逆に災害が原因で突然転ばされて後頭部強打で死んでしまうパターンなどは、生き返る。
そのジャッジを誰がするのかが疑問だが、残された細胞が状況を察して判断するのだろう。
ユセイ「・・・という感じじゃな、ざっくり言えばの。 じゃがお前らは蘇生できん。 この星の人類がそれぞれ何千回死んどると思うとる。悪いこた言わん、今すぐ帰れ」
風音「僕も帰りたいのはやまやまなんですけどね。ちょっと今回の報酬は大きくて。シエロからの依頼はちょっと断りにくいんですよ」
ユセイ「命より報酬が大事なんか? それに子供を巻き込むっちゅう判断は間違ぉとると思わんのか?」
相変わらずユセイは風音を睨んでいるが、風音は逆にこの老人に好感を持つ。
いつぞやの、風音の無茶な行動を止めようとしていたブラウニーに近いものを感じる。
風音「咲桜ちゃんが付いてきた事に関しては僕にとってもイレギュラーだから言い訳も出来ないけど・・・。僕も過去に色々あってね。過信から無茶をしたせいで、必死で僕を助けようとした人を殺してしまいかけた事があって。その時に凄い反省しましたよ。 近しい人に危険が及びそうならすぐに逃げる事にしました。自分の都合で周りを巻き込んじゃいけませんよね。命が掛かってるなら尚更」
星の子という化け物と戦った時だ。あの時ブラウニー(現在はカノンの乗組員である女性)を殺しかけた事は、今でも反省している。
ユセイ「分かっとるじゃないか。じゃあそれが今じゃ。すぐ逃げい」
風音「まだ大丈夫ですよ。僕を信じて下さい」
ユセイが怒りを含めた溜め息をもらす。
ユセイ「その自信は妖精が傍におるからか? そりゃつまりお前さん一人じゃなんも出来んちゅう事じゃろ。この星の探索が仕事らしいが、危険な生物に襲われた時、その妖精が災害の対策に追われとったらどうする? ぬしが一人でその子を守れるんか?」
風音「まぁ、ある程度は自信がありますけど」
ここで初めてユセイが笑う。楽しくて笑っているのではなく、呆れてのものだ。
ユセイ「じゃあワシと闘え。ぬしゃぁ仲間を募集しとるらしいの。それでシエロに宇宙の探索に優れている者を案内役にして欲しいと頼んだと聞いとる。あわよくば仲間に引き込むつもりじゃとな。 ワシがニーギで最も腕のある探検家じゃ。それは同時にこの星で最も腕っぷしも強いっちゅう事じゃ」
ユセイが上着を脱ぎ捨てた。
風音がシャツ一枚になったユセイの体を見て感心する。確かに老齢とは思えない鍛え上げられた肉体だ。
風音「適性試験みたいなものですか」
ユセイ「そう、ここでワシに負けるようならすぐに帰れという事じゃ。それと手加減できんからの。死にそうになったら逃げい。追いかけてまで殺しゃあせん」
風音「凄い自信ですね。じゃあ僕が勝ったらもう何も言わずに案内して下さいね。出来ればウチの宇宙船のクルーになる事も考えておいて下さい」
こんな災害だらけの星で探検家をしている人材など、どんな環境でも役に立ってくれそうだ。
今の所印象は良くないようだが、一応勧誘はしておく。
ユセイ「勝ってからぬかせ若造。ただし闘うにあたって一つ条件がある。ぬしは不思議な技を使うそうじゃな。出し惜しみをするな。最初から己の全てを出し切れ」
不思議な技。毒の事だろう。シエロから聞いていたのか。
そう言ってユセイが耳に小さな機械のような物を詰めた。
風音「それが条件ですか。分かりました。じゃあ遠慮なく」
こちらが強力な技を持っている事を知った上で、最初から全力で使って来いとは。
同じ武道家として尊敬する。武道家とはこうでなくては。
抱っこしていた咲桜を地面に降ろし、何となく周囲を見る。
咲桜には少し・・・いや、結構離れておいてもらおうか。
こんな小さな子にあまり近くで喧嘩を見せるのも・・・っていうのもあるが、単純に少し離れる程度では危ない気がする。
軽く咲桜の頭を撫でてから、離れた場所に行くようにジェスチャーで指示を出す。
ユニルに連れられるような形で、咲桜が風音から数メートル離れた場所まで移動した。
風音が自分の技を解放する。風音の体から紫色の瘴気が漂う。
物質を崩壊させる毒だ。
基本的には生物に効かない毒だが、無機物は一瞬で崩壊する。そして崩壊させた物質の質量分だけエネルギーを補給する。
つまり周囲の物を毒で壊せば壊す程、風音が強化されていく。
風音の毒に触れた周囲の地面がどんどん色褪せて、死んだように白色の粉になっていく。
風音「準備完了。いつでもどうぞ」
と言って様子を見たが、ユセイがかかってこない。
風音「じゃあこっちから」
地面を蹴って一瞬で距離を詰め、ユセイの顔面を拳で捉える。
強化された体からの一撃。常人なら体で反応どころか、視覚で反応する事も出来ない速さだ。
しかし。
拳が顔面に触れたと同時に回転して受け流され、カウンターで風音の腹に後ろ蹴りが入る。
これがかなり重い一撃だったが、ユセイからの言葉通り全力で自分の出来る事をするつもりで闘っている。
蹴りを喰らったと同時に、風音のもう一つの技である自己治癒能力で即座に回復する。
腹の周囲が青白く光る。
この技はカロリーを消費するので、あまり何度もは使えないが。
風音(・・・言うだけの事はあるね。結構な腕の武道家・・・なんだけど)
腑に落ちない。
今の攻防。実は風音の勝ちだったはずだ。
顔面を捉えたと同時にユセイが受け流そうと動いたのが見えた。
彼が相当な腕前だというのが、この動作だけでも分かった。ユセイが体を半回転させ後ろ蹴りを出すまでの動作。これら一連の動きが常人なら反応出来ない程の速さ。
あくまで常人なら。
風音も父親が開いた音羽流道場の免許皆伝である武道家だ。一瞬の中でのやり取りであっても、相手の動きを見てから行動を変化させ、次の行動に移す事くらい出来る。
ユセイが顔面への攻撃を受け流し蹴りを出すまでの間に、ユセイの脇腹に一撃ボディブローをぶち込んだのだ。
それこそ全力で。なのに。
風音(ダメージが・・・無い?)
脇腹にあの一撃は、地獄の苦しみのはずだ。
しかし脇腹を気にした様子も無い。
じっと様子を見ていた先程とは違い、今度はユセイの方から次々に攻撃を仕掛けてくる。
複数人から同時に攻撃を受けているかのような、流れるような動きからの連打。
受け流しと攻撃が一体化したような理想的な打撃と、それを最大限活かす為の足運び。
攻撃時に受け流す為の動きを同時に行うのは、単発なら修行すれば出来る。しかしどんな動作からも繰り出し連続で行うのは、超人的な技術と体幹が必要だ。
風音(この人単純に凄いな)
超一流と呼んで差し支えない。
しかし風音の母親ほどではない。道場の師範であった風音の父親、音羽研刃と同じくらいか。
このレベルなら目が慣れている。
風音はその父親を超える事で免許皆伝になったのだから。
ユセイの攻撃を全て捌きながら反撃を試みるが、ほとんど隙が無い。
しばらくして顔面狙いで高めに繰り出された蹴り。
風音「ここだ」
ユセイの蹴りを最小限の動きで顔面から逸らし、一瞬開いた腹部の隙に掌底を打ち込む。
ドンッッ!
と大きな音が鳴る。
ユセイの体が少しスリップして後ろに下がった。が、まるで気にした様子も無く再び距離を詰めてくる。
風音(嘘だろ・・・なんだこの人)
強化した腕での一撃だ。今のなんて走っている車でも止める事が出来るくらいの威力のはず。
はっきり言って死んでもおかしくないやつだ。
即死でさえなければ、即座に他人を回復出来る風音の技があるからこそ放てるやつ。
回復する手段が無い場合は、そもそも人に撃ってはいけないやつだ。
再び始まった連撃を捌きながら、考える。
有り得ない程の耐久力。
もし仮に、ただ単にそういう人物なのだとしたらそれでもいい。
たとえ彼の体力が1万あり、こちらの本気の攻撃で体力が1しか減らないとしても、1万回殴って勝つ。
脳筋の風音としては別にそれでもいいが・・・。
風音(この星の・・・再生・・・か?)
もし耐久力どうこうじゃなく、根本的に効いていないのだとしたら。
考えられるのは、条件さえ整えばあらゆるものが再生するというこの星の特徴。
災害からのダメージは回復してしまう生態。
風音(まさかこのジジイ・・・)
ズドンッ!!!
今までで一番大きな音が響く。これはどちらかが攻撃をヒットさせた音ではない。
風音が足元の地面を全力で踏み抜いていた。この一撃でさっき地面を崩壊させた時に得たエネルギーを全部放出した。
これで技を使う前の、普段の風音に戻る。
試しに一撃くらうのを覚悟で、ユセイの顔面を攻撃してみる。
一歩進み、少し無理矢理互いの間合いの内に入った。
すかさずユセイのジャブが繰り出される。
顔面狙いだったが、それを防ぐように肩を前に出す
予想通り左肩に打撃を喰らってしまったが、ほぼ同時に風音のビンタが綺麗にユセイの頬に入った。
ユセイ「へぷっ!!!」
思いっきり倒れた。
風音「ああ・・・やっぱりかこのジジイ」
呆れた表情で、ダメージを負った左肩を回復させる。
ユセイが先程耳に詰めた機械を取り出し。
ユセイ「卑怯じゃぞ貴様!!」
と抗議する。
風音「どっちがだよ。あんた武道家っぽい言葉で上手い事こっちを騙しただろ」
ユセイが最初に言った、全力で来い。出し惜しみをするなという言葉。
事前に敵が毒を使うとシエロから聞いた上で、それを使って来いという言葉だ。
あれは武道家としての、手加減無しの全力で来い。という意味だと風音は捉えていた。
しかし違う。
あれは文字通りこちらが特殊能力を持っていると知った上で、敢えて使わせる為の言葉だ。
風音「おそらくこの星の生物は、普通の人間が出来ない特殊な技は全部、災害みたいなもんだと解釈してるだろ」
例えば正面から殴られてダメージを負う。仮にそれで死んでしまったとしても、これは当たり前の事だ。殴られたんだから、受け入れて当然のダメージだ。
だが目を合わせただけで、身体が石になって死んでしまった。・・・こんなのは当たり前の死に方ではない。災害に遭ったようなものだ。
・・・という風にユセイの体が解釈をしているのだとしたら。
この星の生物は、災害が原因で本体がダメージを負った(あるいは死んだ)と細胞が解釈すれば、すぐに元の状態の戻す。
これはつまり。
風音「あんたの体は特殊能力が一切効かないって事だ。その上でこっちに素で闘わせるんじゃなく、特殊能力を使って戦えと条件を出した。 要は無敵の人間と戦わされてたんだよこっちは。最初から詰んでたって事だね」
妙な技で強化されて放たれた攻撃など、普通のダメージではないとユセイの体が解釈していたのだろう。
風音の攻撃は当たると同時に身体が再生され、ダメージが無かった事にされていた。
ユニル「うわずっるいジジイね」
ちょっと離れた場所で聞いていたユニルからも非難の声が上がる。
ユセイ「ずるいのは勝手に戦闘条件を無視したぬしの方じゃ。こんなもん紳士協定違反じゃ。これは譲れん。反論は許さん」
ユニル「ただの老害じゃない・・・」
開き直っているユセイにユニルがぼやく。
風音がユニルに向かって笑いながら言う。
風音「いや・・・って言うか。 これから僕等が相手しなきゃいけないのは自然の脅威な訳だ。いわゆる卑怯の塊と闘うって言ってもいい。だからこの戦いを通じてユセイさんは、手段を選ばずとにかく生き残らなければいけない。って事を言いたかったんじゃないかな」
ユセイ「・・・・」
ユセイが目を瞑って深く頷く。
ユセイ「左様」
ユニル「嘘つけやジジイ」
ユセイ「口が悪いのぉこの妖精は。なんでそんなに小っちゃいんじゃそもそも。妖精っちゅーたらもっとこう、大きくて色っぽいもんじゃないんか」
ユニル「どうでもいいでしょそんな事。なに? あなた追加で酷い目に遭いたいの?」
ユセイ「やってみい。ぬしゃ風の自然災害の権化じゃろ。ぬしの攻撃はワシにゃぁ一切効かん。せいぜい遠くに飛ばせるだけじゃ」
ユニルが舌打ちをする。
ユニル「ちっ・・・鬱陶しいジジイね」
おそらくユセイの言う通りなのだろう。
今の小さい姿のままでは物理的な攻撃力が足りない。そして得意の風はダメージにならない。ユニルではユセイに勝てないのだろう。遠くに飛ばし続けて引き分け続ける事は出来るだろうが。
風音「ちょっと気になったんですけど、耳に入れてた機械って何だったんです?」
ユセイ「ああこれか?」
一度ポケットにしまった機械を取り出して見せる。
ユセイ「これは音楽が流れてるだけじゃ」
風音「あぁ・・・そうなんですか」
風音がユセイを見る目が濁る。
ユセイ「おぅ待て。 何ワシの評価を大幅に下げとるんじゃ。別に聞きたかったわけじゃないわ。ワシの体に情報を入れんようにしとるんじゃ」
風音「というと?」
ユセイ「ワシが編み出した技法でな。これが出来るのはニーギでもワシしかおらん。その前に・・・まず安心せい、人類の使う特殊能力は本来ニーギの生物に効く。災害とは違うからの。細胞がそう理解しよる。危険生物に襲われそうになった時は遠慮なく使うといい」
風音「え? でもさっきユセイさんには・・・」
実際に無効化されてしまったはずだ。
ユセイ「そう。ワシは闘う時心を完全に無にする。目は開いておるが、人間としての動きを追っとるだけで、観察してはおらん。敵が特殊な行動を取る事を、ワシ自身が理解しないように細心の注意を払う。するとな、ワシ自身が理解していない行動を相手がした時、身体は有り得ない事が起こったと解釈する。要は細胞を騙すんじゃ」
風音「・・・・はぁ」
そりゃ生返事にもなる。
よく分からん。そもそも敵の動きを観察せずにどうやって闘ってたんだ? 目の前の生物の動きに、機械的に反応する事が出来るまで武技の練度を上げたのか?
ユセイ「分かっとらんなその目は。 ワシが今後ろから視界に映っていない敵に殴られたとするじゃろ? 振り返って殴られたという事をワシが理解すれば、それは怪我になる。じゃが無心になり、わざと振り返らずに何も見なかった事にすれば、今のダメージは災害によるものだと細胞が解釈し、回復する」
なんだそれは。
ずるくないそれ? と思う。
風音「じゃあ極論、戦闘中でも目を瞑ってればどんなダメージをくらっても「はいこれは災害によるものです」って自分の中で念じてるだけで、一生無敵でいられるって事?」
ユセイ「そうじゃが・・・状況的に有りえんの。その場合事前に目を瞑っとかにゃならん。戦闘開始後に目を瞑っても遅いからの。身体がもう理解しとる。今は戦闘中であり自然災害によるものではないと。 その場合わしなら特殊能力による怪我は治っても、普通に殴られると怪我になるの」
風音「あ、そうなるんだ。そこまで便利な技ではないのか」
ユセイ「便利な技どころか、まず雑念を取り払う事からして簡単な事じゃないがの。さっきも言ったじゃろ、ワシしか出来んと。しかしそれが出来るワシにも一つだけ問題がある。聴覚じゃ。視覚を捨てる・・・観察を放棄し反射だけで体を動かすようにしても、目の前の相手が「特殊能力で殴ります」と言ってから殴って来たとしたら、ワシの体が「ああ人間に殴られたんじゃ」と理解してダメージになってしまう」
風音「理解するかどうかが肝なのか・・・」
どういう生態だ。謎過ぎる。
ユセイ「だからワシは戦闘中は相手の動き以外は見んし、何も聞かん、喋らん。相手を理解しようとしない事に全力を尽くす」
風音「だから大音量で音楽を流して、何も聞こえないようにしてたって事か。なるほど。ところでひとつ良いですか?」
ユセイ「なんじゃ?」
風音「僕の毒は物質を崩壊させてそのエネルギーを吸い取って自分を強化する技です」
めちゃくちゃ早口で喋る。
耳を塞ぐ間もないくらい。
ユセイ「なっ・・・」
風音「これでユセイさんは僕の技を理解してしまったって事? 今後は効く?」
ユセイ「何しとんじゃ貴様!! ずる過ぎるじゃろそれは!」
風音「いやまぁ・・・ずるいって言うか」
試したかっただけだけど。
ユニル「あぁ、いいですねそれ! 私もこのジジイからマウント取りたいです! 聞けジジイ! 私が起こす風は自然災害じゃあないの。風の妖精にとって風を起こすのは手足を動かすようなもの。特殊な行動ではないのよ!」
これで自分の技も通じるようになったか。と得意気にユセイを見る。
ユセイ「いや風は・・・風じゃ。何を言おうが自然災害じゃ」
ユニル「ちっ・・・!!」
ユニルが舌打ちをする。
ここでいきなり大地震が起こる。
風音「うおっ・・・と」
ニーギ出身のユセイと宙に浮いているユニルは、特に大きな反応はしていない。
瞬時に咲桜の方を見る。
数メートル離れた場所で大きな揺れに足を取られて、転びそうになっている。
すぐに咲桜の方に向かって駆け出そうとする風音。
とほぼ同時に。
ガァン!!!
という大きな音と共に、大きく大地が揺れ咲桜の近くの地面が割れる。
風音(危なっ・・・!!)
幸い咲桜の足元ではなかった。しかし彼女の目の前の地面が開いている。
大きな揺れに立ち止まってしまったが、
すぐにあの場所から離さなければ。
そして駆け出した風音の目の前で。
咲桜が地割れに落ちた。
風音「咲桜!!!」
すぐに風音も飛び込む。
ユセイ「待て!!」
ユニル「風音さん!!」
二人が後方で叫んでいるが、耳に入らない。
一瞬でも早く咲桜に追いつかなければーーー。
飛び込んだ瞬間ゾッとした。
目の前にマグマがある。
え? 咲桜は?
絶望的な結果しか浮かばない。
そしてもう至近距離にあるマグマの海。
駄目だな・・・・・・・これは、死ぬか。
・・・なんて呆気ない終わり方だ。
死、ってのは。
想像してたよりも遥かに、遥かにあっさりと訪れるものなんだな・・・
一つだけ最後に疑問が残る。
咲桜は地割れが起こった段階では落ちなかったはずだ。
もっと言えば・・・そう。
自分から飛び降りた様に見えた。
何故・・・?
その疑問を最後に、風音の全身はマグマに焼かれて消滅した。




