賭け事っぽい茶番1
太平洋に浮かぶ人工島フェクト。この島には地球人だけでなく、たくさんの異星人が住んでいる。
地球が開星してもう五年になるが、未だに異星人が多く住んでいるのはこのフェクトだけだ。
日曜の昼下がり。フェクトも地球の他の国々と同じく日曜日は休日だが、もちろん治安組織には休みなどあるはずもなく。
フェクトの治安組織シャロンの第三会議室。
今会議室内には二人の人物がいる。
シャロンの制服を着た見た目二十代後半くらいの青年と、黒のジャケット姿の見た目十代半ばで女性っぽい顔つきの男性。
二人が会議室にある隣同士の椅子を、少し斜めにして向かい合うような形で座っている。
シャロンの制服を着た方が、シャロン長官秘書であるジル・クミミ。
顔は若干アジア系寄りの見た目だが、目の辺りだけを見ると欧米人のような見た目。
薄い茶髪。後ろ髪の縁の部分から五センチほどだけ青く染めている。
染めている理由は、仕事中に後ろから見た時に一瞬で誰か分かるようにするためだそうだ。
そしてもう一人の方。『カノン』という名の宇宙船の艦長である音羽・風音。
出身が日本で、黒髪で顔も日本人タイプ。
見た目は十五~六歳に見えるが、最近二十になった青年。
目が大きめで鼻がちょい低め。どう見ても女子にしか見えない顔と、それに磨きをかける髪飾り。
カノンオリジナルの上下黒いジャケットを着ている。
この二人が、仕事の依頼についての会話を始めた。
ジル「ここフェクトでは、賭博が禁じられてはいないのはご存知でしょうか?」
風音「うん、一応。この間まで知らなかったから、カノン内での賭け事と言えば、負けた奴が食事当番とかだったんだけどね。つい最近サルトさんが賭博喫茶で大負けしてきたとか言ってたから、それで知った」
まぁだからと言って別に、身内での賭け事の対象が今後お金になると決まったわけではないが。
そもそもカノンは今現在日本に停泊してあるから、カノン内での賭け事は犯罪になる。風音が所有するフェクト内にあるもう一つの艦『炎火』内でなら合法になる。
一瞬で行き来できるのにこっちでは違法こっちでは合法と、本当にそれで良いのか。という状態だ。
ジル「あの方大金持ちなんですよね? なぜ賭博を・・・?」
風音「さあ? 雰囲気でも味わいたかったんじゃない? あの人が言う大負けってどのくらいの額なんだろうね?」
サルトの一兆円が風音の一万円くらいの感覚じゃないのか? と思う。
さすがに街の賭博場でそこまでお金を賭けるほど非常識ではないと思うが・・・。
ジル「そういったお店には当然一般の客も多いのですが、やはり賭博という性格上無法者も多かったりします。そして大きな声では言えないですが、そういったお店には常に我々が監視の者を置いています」
風音「あぁ、そりゃ確かに大きな声では言えないかも。で、今回の依頼はそれ関係?」
ジル「はい。少し気になる情報を得まして。ミデュン、という感じの名前の星があるのですが、聞いた事はありますか?」
風音「いや初耳。ミデュン・・・という感じってどういう事? 正式にはミデュンっていう名前じゃないの?」
ジル「まぁそう・・・ですかね。 単に我々では発音しにくい名前なんですよ。デュ、の辺りが言葉としての発音ではなく音で表現される感じと言うか」
風音「へぇ・・・、一回その星出身の人の発音を聞いてみたいな」
ジル「聞いてみましたけど大して面白くなかったですよ。 それよりも本題ですが、その星では現在巨大なテロ組織が国家を脅かしておりまして。我々としてもかなり協力して色々と対策してきましたが・・・」
ジルが難しそうな表情を作る。
風音「ちょっと話は逸れるけど、テロ組織って言葉通りの? 悪と考えて良い?」
ジル「そりゃ・・・テロが正義な訳ないでしょう」
風音「まぁそうかな、うん」
あっさり認める。
ジル「え・・・? 今の質問は何が聞きたかったのか・・・」
風音「ごめん気にしないで。 で、そのテロ組織ってそんなに厄介?」
ジル「単純な武力としては我々の方が上です。一昔前はテロリストに街に潜伏されると、テロリストと一般人との区別が付かずに苦労したようですが・・・現在は機械を使えば武装している人間、武器や薬物がある場所は一瞬で見分けられますしね。ただ、何故か相手方の軍資金がやったら潤沢なんですよ。おかげで駆除しても駆除しても数の減らない事。こちらの方が武力が上と言っても、やはり相手も金の力で最新の装備をしている訳ですから苦戦はしますしね」
面倒臭そうに言う。
ジル「ですから、シエロでもその資金源の割り出しを行っていたのですが。 風音さんはどう考えます? 出所不明のテロの資金源と聞いて」
シエロとはジルが所属する治安組織シャロンの親組織の事だ。
ジルからの問いに、風音が少しの間考える。
風音「ん~~・・・。 どこかの星の国家とか、資産家とか、そういう金持ちの協力者がいるとか? 一番ありきたりなのは、異星も含めて各地で犯罪をして得たお金を送金してるとか。他には・・・宗教や政治的な思想を利用するのが一般的なテロだから、同志や信者を集めるとか・・・かな」
ジル「ええ。確かにそういった側面もありました」
正解です、と言う様に軽く拍手を送る。
ジル「ありました。と過去形で言っているのは、それらはもうほぼ駆逐したからなのですが・・・それでも奴等は資金が尽きないのです。その原因が今回判明しました」
風音「それが最初に言ってた賭博?」
ジル「ええ。主な資金源として賭博が絡んでいたようで。賭博が裏社会の資金源になっているというのはよくある話なんですが、それは胴元つまり運営が裏社会の人間という意味ですよね? 今回判明したのはそうではなく、賭博場はテロ組織が運営している訳ではありません。テロ組織が客として賭博場で金を大量に稼いでいく、という形なんです」
シエロも資金源が賭博である可能性など、まず最初に考えた。
が、まさか客側とは思っていなかったので今まで判明しなかったようだ。
それを聞いた風音が鼻で笑う。
風音「効率悪くないのかな? それ」
ギャンブルなんて、繰り返せば繰り返す程勝率は低くなるはずだ。
ギャンブルで大儲けしたという体験談の大半は、たまたま運が良かっただけ。
たま~に攻略法を見つけて実力で大儲けする奴もいるが、賭博場側も馬鹿じゃない。攻略法が発覚した遊びは、その都度ルールが追加されたりなどして対処されていく。
テロ組織がこれを資金源としてアテにするにはちょっと無理だと思う。
ジル「ええ、そうですね。ですが、賭博場の経営をすればすぐ我々にばれますから。何より客として稼いで帰るのは合法なんですよ。それがテロ組織の資金源になると分かっていれば没収する事も可能ですが、実際に送金されるまでは「違う」と言い張られれば証明する方法が無いですしね。既にテロ組織の一員だとこちらが把握している様な奴は、そういう場には出てこないですし。中にはほぼ黒だと思われるようなのも多くいるのですが・・・。 個人的にはそういう奴に関しては・・・疑わしきは罰する、で皆殺しでも構わないと思いますけど」
皆分かってくれない、という感じでやれやれと頭を振る。
風音「さすがにそれはねぇ・・・。偶然大勝ちした強面の怪しいおっさんだって居るかもしれないし。 怪しいと思ったから殺したけど、実はテロとは無関係。彼は優秀な会社員で、家に帰れば二歳の娘が満面の笑みでお出迎え。とかいうナイスガイだったらどうすんの」
ジル「そんな奴が賭博場に来るな、と思いながら墓に花を添えてやるだけですが?」
風音「サイコがおる・・・」
座っている椅子をちょっとジルから遠ざける。
ジル「冗談ですよ。だから思っているだけで実行に移してないじゃないですか」
ジルも椅子を動かして、容赦無く風音に近付く。
ジル「で、どうやらこのフェクトの賭博場もテロリストが資金の稼ぎ場として利用しているようです。どうやって確信を得たのかは言えませんが」
近くで監視しているだけでは知り得ない情報なのだろう。どうせ少しでも疑わしい客の携帯は全て盗聴しているとかだと察する。
風音「聞く気も無いしね。知ったら面倒臭そう」
ジル「賢明な判断だと思います。・・・続けますね。そして、非常に言いにくいのですが、その・・・最近その賭博場で相当な大金を得たそうで、味をしめたのかテロリストが入り浸っているらしいです」
風音「・・・・・言いにくいって何が? テロリスト・・・かあるいはその協力者と分かってて、しかもそいつが入り浸ってるなら逮捕すりゃいいんじゃ・・・」
ジル「テロ組織であるという確証が無い時点で、その場で逮捕する理由を作るのが難しいというのもありますけど、それ以前に・・・その・・・なんとかその大金を取り戻す方法は無いか、というが今回の依頼でして・・・・・・」
非常に言いにくそうに喋る。
風音としてもその理由が気になるが、一旦放置して話を先に進める。
風音「ふぅん・・・。でもどうせもう送金されてるんじゃないの? そうなったら取り返せるものなのかな?」
ジル「ええ。ですから相手の土俵に上がるというか、賭け事で勝ってしまえばいいと思うのですが。仮に送金されていたとしても賭け事に負ければその分は支払わないといけないですし。フェクトの賭博場ではその場で現金のやり取りをするわけではないのですが、負けた者に逃げられないように予め賭けるお金を抑えておく形式ですので」
宇宙中に存在するあらゆる銀行にその場でアクセスして、掛け金を本当に所持しているのか確認され抑えられる。
その後のお金の移動は勝負の形式による。
店側と客の勝負なら客が勝てば勝った分だけその口座に。客が負ければ賭けたお金を口座から没収となる。
そして客同士の勝負なら、負けた側の掛け金がその場で勝った側の口座に移動する。
その場合賭けた金額の多寡にもよるが、賭博場は場代として勝者から数パーセントのお金を店に入れてもらうという形式になる。
と言っても、いかに賭け金が高かろうが場代の上限は日本円換算で五万円くらいまでだそうだが。
普通の勝負なら数百円から数千円ほどだし、敷地内で販売している食べ物や飲み物を一定量以上頼んでいるならタダで場を貸してくれたりもする。
そして、今回テロリストが主に資金の稼ぎ場として利用しているのは、この客同士の賭け事の方らしい。
風音「へぇ・・・・・・・。客同士の賭博ねぇ。本格的なのはやった事無いけど。 ・・・じゃあそろそろ聞くけど、さっきからずいぶん歯切れが悪いのはなんで?」
ジル「・・・・・・」
ジルが困り果てた子犬のような眼を風音に向ける。
風音「なに? 撫でて欲しいんか?」
風音がジルの頭を撫でようとすると、手でペチッと払われる。
ジル「・・・・・・・・・」
風音「・・・? ・・・! あ、あいつか!!」
ようやく風音の中で今までの話が全部一本の線に繋がった。
大金持ちのサルトが最近賭け事で大負けした・・・。
最近大金を儲けたであろうテロ関係者が、味を占めてフェクトの賭博場に入り浸っている・・・。
すぐに携帯端末を取り出して電話をする。
数回のコールの後。
サルト「ん? なに?」
のんきな口調で電話に出た。
風音「おいおいやってくれたな、この勤勉野郎」
サルト「あん? 褒められてんのかそれ?」
現在カノンの乗組員であり、言語学者でもあるサルト。勤勉野郎の言葉通り既に日本語(というか地球上の主要な言語ほとんど)をマスターしているので、異星人乗組員では唯一翻訳機無しで風音と会話が出来る。
風音「いいから今すぐシャロンに来てもらえませんかね? 話したい事いっぱいあるわ」
サルト「え~~~~? 面倒くせぇ・・・。なんか知らんけど用があるなら電話で言えよ」
風音「いいから早よ来い。以上」
電話を切る。横でその対応を見ていたジルが唖然としている。
ジル「よくサルトさんにそんな口の利き方出来ますね。 私には無理です」
ジルはカノンの乗組員であるサルト、レスタ、ルミナという三人の人物に弱い。訳あってこの三人の事は今地球に存在する誰よりも尊敬している。
風音「僕もあの人の事はカノンで一番尊敬してるし、友達でもあるけどね。でもこっちは上司だから。暴言から説教まで何でもやりたい放題ですわ」
その言葉に乾いた笑いで応え、ジルが近くにあった受話器を取り内線で指示を出す。これから来る風音の関係者をこの部屋まで通せというような内容だ。
ジルやレイ長官レベルの者からの許可が無いと、職員以外はそもそもシャロンの中に入る事すら難しい。
指示を出し終わった後、ジルが急にそわそわし始める。
ジル「あの、風音さん。私の服装これで大丈夫でしょうか? シワとか無いです? 新品に着替えた方がいいですかね?」
そんなの聞かれるまでもなく、シャロンの制服姿であるジルは、風音のボタンすらちゃんと閉めていないジャケット姿よりも遥かにきっちりした格好だ。
風音「服装は大丈夫だと思うけど、そもそもサルトさんに対して別にそんな気を遣わなくていいよ。権力の凄さで言うと、レイさんの方が上でしょ? あの人のほっぺた張り倒せるジルならサルトさんに緊張する必要なんて無いし」
ジル「いえ、そんな事は無いです。仰る通り、レイ長官は確かに素晴らしい方だと思います。しかしサルトさん達に比べれば、あのような下賤な者、傷口から剥がれ落ちたかさぶた程度の価値しか無いと言わざるを得ません。言わざるを得ないのです」
風音「あのような下賤な者」
えげつないワードが出た。
そうしてしばらく雑談しながら待っていると。
会議室のドアがコンコンとノックされる。
ジル「どうぞ」
ジルが椅子から立ち上がり、直立不動でピシッと背を伸ばす。
職員の女性「失礼致します」
女性職員がドアを開け、その横を入って来たのは。
ルミナ「おはようございます、風音さん」
風音「えっ? あれっ? ああ、おはよう」
カノンの乗組員、クリス・ク・ルミナだった。
真っ白なセミロングの髪に可愛らしい顔立ちの、地球年齢約十五歳の女の子。
今日は上下とも赤色が基調の、所々に小さな雪洞の頭みたいな飾りが付いたオシャレな服装で可愛らしく整えている。
そして笑顔で元気よく挨拶してきた。そういえば今日風音はカノンの誰とも会っていない。
ルミナが部屋に入るのを確認し、小さく「失礼します」と言って女性職員がドアを閉める。
予想外の人物を前にして、ジルの背筋が更にピンと伸びる。
ジル「おはようございます。ルミナさん」
ルミナ「ん? おはようございます。え・・・っと。ジルさん・・・だっけ?」
ジル「はい! 覚えて頂けて光栄です!」
ルミナ「あ、ははっ・・・」
愛想笑いしか出ない。
こんな態度を取られると邪険にも出来ないが、ルミナにとっては非常に面倒臭い。
風音「っていうか何でルミナが? サルトさんどうしたの?」
ルミナ「『なんか説教されそうだから行くのめんどい』とか言ってレスタに代わりに行くように言ってたんですよ。でも、あの子今日は外せない仕事があって。なのにレスタはレスタで『風音さんの方に行く』とか言って仕事を放棄してここに来そうだったから、椅子に縛り付けて来たんですよ」
風音「へぇ・・・。大丈夫かなレスタ」
レスタはルミナの弟であり、大体いつでも誰かしらの手によってひどい目に遭っている。
姉におもちゃにされるなど、いつもの事だ。
で、その流れでなぜサルトじゃなくルミナが来たのかな? と思ったが、そこは省略されたようだ。
まぁ奴がサボった事は伝わった。
風音「まぁいいや。別に説教は帰ってからでも出来るし。それよりサルトさんに直接謝らせようと思って呼び出したのに、来なくてゴメン」
ジルの方を向いて風音が代わりに謝罪する。
しかしジルはルミナの前という事もあり、誤解の無いように慌てて否定する。
ジル「いえいえそんなっ。こちらとしてもサルトさんに謝って頂こうなんてこれっぽっちも思ってませんでしたし。ただこの後もしもお金を取り戻せたら、お返ししてあげようかと思っていただけで」
風音「負けたのは自分の責任だから、その必要は無いと思うけど」
ジル「いえそれが・・・テロリスト達の勝率が不自然過ぎるので、イカサマを行っている疑惑があるそうで。・・・もしそうだとしたら被害者なんですよ。奴らから金をむしられた人達は」
ふむ、と風音が考え込む。
誰を相手にしても勝率が高いなど、そんなギャンブラーが存在するのだろうか。
賭け事の内容にもよるか。運ではなく思考中心の勝負なら、経験値がものを言うだろうから有り得なくはない。
ルミナ「ええっと、どういう事ですか? クーラーズが何かやらかしました?」
話に入って行けないルミナが尋ねる。
ちなみに彼女はサルトの事をクーラーズと呼ぶ。彼の名前、サルト・ハミルトン・クーラーズの一番下の名前で呼んでいる事になる。
風音「うん。簡単に説明すると・・・」
シャロンが追っていたテロリストに、サルトが賭け事を通じて大金を支払ってしまった疑惑がある事を説明する。
ルミナ「ああ、そうなんですか。まぁ、知らなかったのなら仕方ない部分もあるのかな・・・。その場に居る人達には賭け事を楽しむ権利が平等にある訳ですし」
少し考えながら、説明を聞いた感想を述べる。
ジル「おっしゃる通りです。素晴らしい意見です。すぐに怒ろうとした風音さんとは違い、まるで女神のような采配。感服いたしました」
ルミナ「え、ええ。どうも」
やはり苦手だ。ルミナの愛想笑いが引きつる。
風音「そりゃ僕も普段なら賭け事をした事と、結果的にテロの資金になった事自体を責めるつもりは無いよ。ただ、その後テロリストが入り浸るって・・・いったいいくら賭けたんだって話でね。常識の範囲内で賭けないと悪目立ちするし、あんまりいい事じゃない気がする。ちなみに、ルミナなら賭け事をするならいくらくらいお金を使う?」
ルミナ「え?」
突然の問いにルミナがフリーズした。
彼女に質問を投げかけると長考に入るのはいつもの事だ。風音が気長に待つ。
ルミナの頭の中がグルグルと高速で回転する。
ルミナ(な、何? これはどう答えれば正解なの? 今までの論調で言うと風音さんはあんまり大きなお金を賭けるなって言ってるのよね? かと言ってあんまり少ない額を言っても、ここぞとばかりに点数を稼ごうとしてるみたいで不自然だし・・・普通くらいで・・・ん? でも賭け事の普通ってどのくらいなのかしら・・・・・・そもそもやった事が無いわ。所詮遊びなんだから多分微々たる額よね。 ・・・いやだから! その微々たる額の定義は何なのかしらって話よ!? 総資産から計算するのかしら・・・。ここが今日の分岐点・・・風音さんから評価がここで決まる・・・しっかりするのよ私・・・・)
そして恐る恐る口を開く。
ルミナ「に、二兆円とか・・・」
今度は風音とジルがフリーズする。
ルミナが焦って、更に頭を高速回転させる。
風音とジルの方に向かって、まぁ待って、と言う様に手の平を向けて考える。
ルミナ(あ、あれ? 違う? 少ない? いや、多いのかしら? 賭け事って本人の資産からどのくらいの割合を出すかが基準じゃないの? 二兆なんて私の資産の万分の一以下なのに・・・。微々たる額なんて曖昧な表現や割合じゃなく、もっと一般目線で見ないといけないのかしら? ・・・落ち着け私。暗闇に光を差すのはいつだって論理よ。まず第一に資産。一般的に人生で最大の買い物は家を買う事だったかしら? 家を買うのが大体五千万円くらいよね? これが一般人の基本的な資産の上限と考えよっか。 それから二つ目、賭け事で破産するとか借金するとかいう話は頻繁に耳にするわ。という事は賭博での賭け金=破産する金額、という公式が成り立つわね。言うまでもなく破産とは、資産が尽きるもしくは資産以上の損失を出す事。この場合の破産とは五千万円を失う事と同義。 そしてこの二つを合わせて論理的に導かれる結論から、賭博による基本的な賭け金(≒破産金額)の定義は五千万円より少し上。で間違いないよね。 うん、・・・明けたわ)
再びの長考を終えたルミナ。
風音達の方に向けていた手の平を鮮やかに翻し、自信を持って口を開く。
ルミナ「あ、ちょっと桁を間違えました。五千万とんで二千円くらいかな・・・・・・」
風音「お、おぉ・・・だいぶマシにはなったけども」
ジル「スケール凄いですね・・・」
ルミナ「ま、まだ多いんですか?」
混乱する。
たった今論理的に考えた結果、ルミナにとっては少なすぎると思う額がはじき出された。
でも自分の論理を信じて口に出したのだ。
それでも多いとか言われたら、もう基準が分からない。
五千万などルミナにとっては微々たる額どころではなく、毎日どこかしらの銀行が勝手に利息で増やしてくれる金額よりも遥かに少ない額で、気持ち的には食事担当の風音や凌舞が朝晩のご飯を用意してくれた日は、毎日五億円くらい払ってもいいと思っている。
過去に一度食事にお金を払う事を提案した時は、凌舞からはお礼と共に拒否を意味するデコピンを喰らい、風音からは頭を撫でられてやんわり拒否された。
悩んでいるルミナを横目に風音がジルの耳元で、ルミナには聞こえないように小さな声で言う。
風音「で、ルミナと同じくらいの金銭感覚を持ってると思うんだよサルトさんも。一体いくらテロ組織に渡っちゃったのか・・・さすがにちょっとくらいは苦言を言っておかないといけないレベルじゃない?」
賭け事をした事が無いルミナ自身は何も悪くないので、批判的な意見を聞かせないように配慮する。
ジル「んん・・・それでも私は先程のルミナさんの意見を支持しますが」
少し悩んだ表情をするも、やはりジルにとって女神の采配は譲れない。
ルミナ「えっ? 何ですか? どうしたんですか?」
聞こえなくとも、目の前で内緒話されると気になる。
風音「今ルミナの答えを待ってる間ずっと思ってたんだけど、今日のその服可愛いなって。お人形さんみたい」
ジル「私もそれ思ってました。許されるなら何か写真や人形などの形に残して、私の部屋に飾っておきたいところです」
咄嗟に風音が誤魔化す。まぁ嘘ではないのでいいだろう。無論ジルはガチで言っている。
ルミナ「あ、ありがとうございます」
再びルミナが思考に入り、一時停止する。
ルミナ(えっ、どういうことなのかしら? 答えを間違えた割には、思った以上に評価が上がってる・・・。そういえば前に歌縫ちゃんからの情報提供で、風音さんはアホの子が好きとか聞いたわ。そのせいでブラウニーへの好感度が一番高いとかなんとか・・・。 好感度を上げる為に、こういう場合わざと間違うのが正解って事なの・・・? なるほどあの女はこういう事を意図的に繰り返しているのね。道理で普段から廊下で寝てたり、常に間抜けな表情をしてると思ったら・・・。普段着がツナギの服っていう意味不明なファッションも、サイドの髪型が片方だけおさげっていう、どの方面に媚びているのか分からない髪型も全て計算なのね、厄介だわ。ブラウニー・・・なんて計算高い女。 ・・・!!? えっ、待って? 聞き流しかけたけど今このジルって人、私の事を人形にして部屋に飾りたいとか言ってなかった? き、気持ち悪い・・・!)
突然の風音とジルの意見に、ルミナが嬉しいのと気持ち悪いのの板挟みにあい微妙な表情になる。
あまり今の服の話題は深堀りしないで、ルミナが話を仕事に戻す。
ルミナ「それで、どうする予定なんですか?」
風音「それなんだけど、僕等に依頼をしたって事はこっちで勝手にやれって事なのかな?」
ジルを見て問う。
ジル「ええ。というかそもそも風音さんに依頼した理由ですが、私の独断でして。理由は二つ。一つは何度か風音さんと仕事で一緒になった経験から思ったのですが、風音さんって動体視力がずば抜けてるじゃないですか? ならカードなど道具を使ったゲームなら簡単にイカサマを見抜けるのでは、と思いまして。もう一つはシャロンで解決してしまうと、仮にお金を取り返せてもサルトさんにお金を返せないという状況もあり得ますから」
二つ目の理由に関しては風音的には別に返せなくてもいいと思う。サルトが困っている訳でもないし。
ただでさえフェクトでは犯罪が多いのだから、回収したお金は治安組織が有意義に使えばいいんじゃないかと思う。
それよりも一つ目の理由が引っ掛かる。
風音「・・・どうかな? イカサマの技術っていうのは死角を利用するから、動体視力でどうなるものでもないしな・・・。プロレベルなら機械でも見抜けない場合があるらしいし。それ以前に一つ問題が」
ジル「何でしょう?」
風音「僕賭け事クソ弱いけど」
ジル「あ」
そういえばそうだった。
以前空中監獄に向かう際に行ったポーカーでのボロ負けと、その後妖精ユニルに「賭け事やめとけ」と遠回しに説得されて以来、風音自身が自分は賭け事に向いていないという事を悟った。
ジル「純然たる運の勝負で、酷い負け方してましたもんね・・・」
普通にイカサマ無しでボロカスにやられる可能性がある。そうなるとイカサマを指摘して勝ち、ってのも出来なくなる。
ジル「場所によっては自分でゲームやルールを提案出来ます。風音さんって他人の嘘を見破るのが得意だったりしますから、勝ちやすいゲームを提案するとか・・・」
風音「日常会話の嘘はね。勝負事で嘘をつき慣れてる人のを見破れるかどうかは、やってみない事には・・・って感じかな」
ルミナ「あ、じゃあ私がやっていいですか?」
ルミナが手を挙げて交代を申し出る。と同時にジルの表情がサッと青くなる。
風音「いいけど、年齢制限に引っ掛かるんじゃないかな。入るだけなら行けるのかな・・・? 勝負は無理じゃない?」
風音が携帯端末を取り出して、件の賭博場を調べる。
風音「あ、ギリギリいけるな。異星の平均成人年齢が基準になってるのかな? あの街にある賭博場は全部、学生じゃなければ十五歳以上なら勝負も出来るっぽい。ルミナは自分の星ではまだ十歳とか言ってたけど、この表記は地球の周期での十五歳って事だからギリ行けるね」
自分で言ってちょっと驚く。地球ではギャンブルは大体二十一歳以上では無かったか。十五歳って。
そういえば五年前に地球が開星した際、地球のあらゆる文化を、無理に他星の常識と歩調を合わせようと躍起になっていた。
自分達の文化は自分達の文化で尊重すればいいのに。それほど他星に後れを取りたくなかったのか。
フェクト内だけとはいえ、この賭博すら認める異常な成人判定の低さもその弊害だと思われる。
ルミナと双子の弟のレスタはまだ若いが学生ではない。地球で言う小学校を終えたくらいで、身を置いている環境を嫌ったのもあり、自分達の得意分野を活かして仕事をし始めたからだ。
一応苦手分野をサルトに教わりながらも学校の勉強も続けていたので、二人とも(得意分野が偏り過ぎているものの、秀でている一芸を活かせば)大卒出来るくらいの学力はある。
ルミナ「やった。学校に行かなくなったのがこんな形で役に立つなんて」
年齢的に行けても学生は不可能、という賭博場のルールに引っ掛からずに済んだ。
風音「う~~ん・・・、それを喜ぶのはどうなんだろ? 僕としてはフェクトの例の高校が開校したら、レスタとルミナも高校に通ってみるのもいいんじゃないかと思ってるんだけど。年齢的にもちょうどいいし」
ルミナ「それなんですけど、レスタは割と肯定的でしたけど私はあんまり・・・。今更学ぶ事も無いですしねぇ・・・」
などと本題から逸れた会話をし始めた二人に、ジルが慌てて注意をする。
ジル「いやいや! じゃなくてっ! 何を仰ってるんですか! ルミナさんが賭場なんて、あんな汚らわしい場所に行っては駄目ですよ!」
取り乱した状態でジルが叫ぶ。
ルミナ「行くのっ!」
一喝する。
ジル「はいっ! 御武運を!」
一瞬で折れる。
風音「ただし僕が一緒に付いていって、同じ場に居る事が条件。もし店側や相手がそれを断ったら僕がやるよ。ただ、もし出来たとしていいの? 勝算はある? 負けたらその分だけ、テロ組織にお金が流れるんだけど」
ルミナ「客同士の賭博なんですよね? じゃあゲームやルールを自分達で決めていいなら・・・勝算はあるかな。もし思った通りのルールにならなかったらその時は普通に勝負して、大きく場が動く場面で相手がイカサマを使ってくるでしょうから、その時にイカサマを見抜けば勝ちですよ。大丈夫です、見抜けますって」
風音「だったらいいけど。カードの手品とかもスピードで誤魔化すタイプのは見抜けるんだけど、トリックは見抜けないもんなぁ。イカサマって一種の手品でしょアレ。あんまり自信無いなぁ」
カード手品の技術には例えば、横から見ればバレバレだが正面からなら機械のスーパースローでも見破れないなど、そういうある一定の角度からなら絶対バレない技術というのもある。
そういうのは、動体視力でどうにかなるものじゃない。
ルミナ「大丈夫です。勝負を受けた時点で、相手はもうすでに詰んでいます。最悪ちゃぶ台返しもありですから」
風音「負けてからゴネて暴力でどうにかするって事? それは人としてどうかな」
ルミナ「いえそうじゃなくもっと根本的に・・・って、それは負けてから考えればいい事ですね。格言にもありますよね。え~っと、何でしたっけ。 やる前から・・・」
風音「やる前から負ける事を考える馬鹿が居るか、ってね。格言かなぁ・・・癒々さんはこの言葉好きそうだけど。ま、それもそうか。うん、勝ちに行こう」
ジル「はぁ・・・・。私も気が抜けないですね。 もし相手がルミナさんに何かしてきた時の為にも、予め殺人許可の書類を作っておくか・・・・・・」
ジルが何やら不穏な事を言っているが、三人が席を立って現場に向かう。
フェクトの東端の街「たまふわ」
随分可愛らしい名前の付いた街だが、いわゆる歓楽街である。
飲み屋からホテル、サルトが利用した賭博喫茶から大型のカジノまで、あらゆる大人の遊び場が集約された街だ。
夕方以降はフェクトの中で最も賑わう街として知られる。
風音とルミナはこの街に初めて来るが、二人ともキョロキョロと周りを見てしまう。
二人にとっては今までにない街並みだ。
とにかく明るい。
そして矛盾した表現かもしれないが、二人とも同時に感じた。
ここは綺麗なのに、汚い。
あらゆる場所が上品な外見なのに、あらゆる場所から感じる下品な空気。
そんな場所に対し、心の中で無意識に拒否反応を示す反面、ふと一息ついた時とても落ち着く空間にも感じる。周りにいる人達は皆笑顔であり、周囲の楽しそうな空気感が伝わってくるからか。
物珍しそうに周囲を見ながら歩く二人の数メートル後ろを、マスクをしたジルがついて来ているという形だ。
ジルの顔は裏社会では有名なので一緒に行く訳にはいかない。一緒に歩いている事がバレただけでテロリストは警戒するだろう。
街を歩く二人に、女性向けのホストクラブのような店の前で客引きの男から声がかかる。
それを無視しながら歩くが、行く先々で声を掛けられる。
そんな店を見ながら風音がぼやく。
風音「やっぱり今日のルミナの格好が目立ってるのかな? 男性向けの店からは一切声がかからないのに、ああいう感じの店からは鬱陶しいくらい声かけられるね」
ルミナ「そうですね。もっと地味な服装で良かったかな」
と無難に答えておくが実際の所、風音も女として見られているからだろう。
顔だけ見ると風音は見た目が完全に女性だ。若い女二人でこんな街を歩いていたら、そりゃああいう店から声が掛かる。
風音本人は気付いていない様なので、ルミナも敢えてそこには触れないが。
ついでに言うなら風音達に声をかけた店は、後ろで見ていたジルによってことごとく営業停止にさせられている。
路上での客引きは禁止だからだ。普段は口頭注意とかでそこまで厳しい処分をしたりしないが、ジルにとってはルミナに声をかけた店など万死に値する。
営業停止程度で済んで、いや、命があるだけで感謝しなければならない程の罪だ。
最初の内はジルが後ろでそんな事をしていると知らなかったが、しばらくしてそれに気付いた風音がジルに携帯のメールで連絡を入れる。
「ジル目立ちすぎ」
少ししてから返信が来る。
「すみませんでした。確かに店先では目立ちますね。本部から店内に連絡を入れて営業停止にさせるようにします」
「だからそれやるとテロリストにシャロンからの監視が厳しくなってると思われて逃げられるって。今日だけでいいから我慢してよ」
「了解です。後日営業停止の通達を出す事にします」
風音(・・・まぁいいか、それで)
風音が携帯をしまう。
・・・しかしすぐに電話が掛かってきた。ジルからのようだ。
風音「はい」
ジル「使いの者から連絡がありました。現在のテロリストの状況ですが、カジノの方に居るみたいですね。あそこでも客同士で勝負が出来ますし、ある程度互いでルールを決める事も出来ますが、賭博喫茶の方とは違い独自のゲームを提案して勝負する事は少ないです。もちろん両者が納得すればできなくは無いですが、基本的には地球で有名な・・・ポーカーなどの既存のゲームでの勝負となります。どうされます? 相手が喫茶の方に出向いて来るまで待ちますか?」
一旦携帯から耳を離し、横で聞いていたルミナに尋ねる。
風音「だってさ、ルミナ。どう? 自分で考えたゲームが出来なくても勝てそう?」
ルミナ「いいですよ。重要なのはゲームじゃなくルールです。元からゲームなんて考えてなかったから、次に店に入ってくる客の性別当てゲームでもやろうかなとか思ってましたし」
風音「性別当てゲーム・・・」
何だその今考えましたみたいなゲームは。
風音が冷や汗をかく。
イカサマし易い上にしらばっくれられたら終わりの、イカサマを見抜くのが(仮に見抜いたところで証明するのが)難しそうなゲームだ。これなら既存のゲームの方がいい気がする。
しかし。
ふと考え直す。
性別当ては身内の協力さえあれば、むしろこちらの方が有利なゲームか?
だとするならカノンの誰かに協力を仰いで、このままテロリスト関係者が喫茶に出てくるまで待った方が良い?
今カノンで動けそうな面々を思い浮かべる。
神楽。ゼロア。九重。リロ。亜稀。煉也。癒々。凌舞。咲桜。レスタ。ワグナ。サルト。ブラウニー。
単純な作戦だが、勝負の流れの中で大きく賭けた時に、こちらが賭けた方の性別の人が入ってくるとかどうだろう?
ただしそれくらいの事は相手もやってくるだろうし、気付いて阻止してくる可能性もある。
相手が暴力も辞さないなら、場合によってはこちらも暴力による排除になる。
神楽とゼロアはジル同様裏社会では有名だから、そんな場面で出てきたら不自然か。それと同じくらい、地球の暗黒街では九重も有名だから彼に頼るのも無理だ。
面の割れていない腕の立つ男女。リロと亜稀なら神楽とゼロアほど強くは無いが、その辺のチンピラくらいなら相手にならない。
ただ、この二人は人見知りの傾向が強い。こういう知らない奴から突然声を掛けられるような場に来る事は無いと断言出来る。
幼馴染の煉也と癒々は演技が致命的に下手くそだからイカサマがバレそうだ。幼馴染と言えば凌舞はこの仕事をこなせそうだが、性格的にこの仕事を受けると思えない。
ブラウニーは技のベクトルが全て逃げるに特化してるので、人を倒すのに向いてないし。
フィリコヨーテは女だが、男にも擬態出来るし強い。一見この仕事に向いている・・・けど何にも考えてない。風音を見た時に普通に声を掛けてきそうだ・・・。
咲桜、レスタ、ワグナ、サルトはそういう事が出来る人達ではないし。
風音が首をひねる。
あれ? もう全滅した。
音も無く人を排除するのはむしろ今ここに居る二人、風音とルミナが適任だし演技も出来るが・・・賭ける側だし。
風音(うん、駄目だ。こっちは平(イカサマ無し)での勝負になる。多分勝てない)
風音「じゃあジル、そのカジノにそれとなく案内して。そっちで勝負するよ」
ジル「了解です」
ジルが方向転換し、カジノの方へと向かう。
それに二人が離れた位置から付いていく。
しばらく歩くと、中規模くらいのカジノが見えて来た。
ここか。
大型のカジノの方が大金が動きそうだが、目立つのを嫌っているのだろうか。
三人が中に入って行く。
中は思ったよりも静かだ。所々で賭け事を楽しんでいる客達の姿が目に入る。
風音の携帯端末が振動する。
「これが最後の通信になります。今正面に座っている茶色の帽子の男がいますね? そのグループです」
そのメールを最後に、ジルが二人の前から姿を消す。
風音が正面を見ると、確かに茶色の帽子の男がいる。そしてその仲間と思われる三人。
客達をさり気無く、それでいて舐めるように見回しカモを物色している。
風音「アレか」
ジル「それと最後に。テロリストにバレる可能性が高いので、私はこれ以上カジノ内に居る事は出来ません。もしルミナさんに何か危険な事が起きそうになったら、風音さん、あなたが死んでも守って下さい。そしてすぐに私に連絡を。 私が全責任を持って、速やかに皆殺しに向かいますので」
風音「うん分かったよ」
じゃあ絶対連絡しない。
通話を切って、携帯をポケットにしまう。
風音「じゃあ行ってみるか。目を付けてもらう為にも多少白々しいくらいでいいかな」
ルミナ「はい。ぶっつけで行ってみましょう。失敗したらその時はその時で」
ここに来るまでに、大体の方針は決めてある。相手は大金を持っている客を探している。
ならば二人が純粋に賭け事を楽しみに来た大金持ちである事を目一杯演出すれば、相手の方から勝負を持ち掛けてくる・・・もしくはこちらがそれとなく勝負を持ちかけた時に乗ってくれ易くなるだろう。
二人がキョロキョロと周りを見ながらゆっくりと男達に近付く。
そして会話が聞こえる程の距離になったところで、風音がルミナに話しかける。
風音「お嬢様。何度尋ねられましても私ではお答え致しかねます。私もこういった場所は初めてですから。大旦那様はいくらでも遊んで来いと仰られたのですよね? では尻込みせず、とにかく何でもやってみるのはどうでしょうか?」
ルミナ「そうね。セバスティアン。ただ、尻込みしているとは無礼な。遊びでもやるからには勝たなくては面白くないでしょう? だから様子を見ていたのよ」
セバスティアンという名前のセンスに驚いたが、受け入れて続ける。
風音「失礼致しました。では私がまず試しにやってみても?」
ルミナ「好きになさい」
風音が周囲を見渡す。
風音「どうやらここはカジノと客ではなく、客同士で勝負をするエリアのようですね」
酒や軽食を楽しめるカウンター席が近くにあり、数人がそこで酒を飲みながら場の雰囲気を楽しんでいる。
その中の一人、ちょうど横に居た若い女性に風音が声を掛ける。
アジア系の地球人っぽい顔つきの女性だ。声を掛ける前に少し観察していたが、口の動きを見るに日本語は喋っていない。もしかすると異星人かもしれない。
風音「失礼、ご婦人。貴女がこの場所に居るという事は、勝負を持ち掛けると受けて頂けるという事でよろしいでしょうか?」
女性が振り返り、二人を見る。
恭しい態度の風音と、その後ろに尊大な態度で控えるルミナを見て、主人と従者であると察する。
女性「あら可愛い。随分若い執事さんね。構わないけど・・・私はあまり大きな勝負は出来ないわよ?」
場違いな風音の言葉遣いに金持ちのオーラを感じたのか、少し面食らっているようだ。
風音「そうですか。構いません。お名前は?」
女性「ユミ。貴方は?」
風音「仕事で使う名前であるセバスティアンとしておきます。そちらも本名ではないでしょう?」
ユミ「ええ、そうね。よろしく。セバスティアン」
風音「よろしくお願いします。では、早速ですが勝負の内容は?」
ユミ「私が決めていいの? じゃあポーカーで」
カウンター席の向こうにはカジノ側の人間が数人おり、酒や料理の提供だけでなく客同士の勝負が成立した時のディーラーも務める。
ユミがポーカーを指定した理由は単純。
他のゲームだとこの場を離れて専用のテーブルに移動しなければならないが、トランプでの勝負ならこのカウンターでそのまま勝負が出来る。
風音「結構です。では細かいルールを・・・・・・」
言いながらユミの方を向いてカウンター席に着くが、喋り終わる前にルミナが風音の頭を後ろから指でコツンを叩く。
ルミナ「いいから早くやりなさい。どうせアンタは私の前座に過ぎないのだから、一回しかやらないのでしょう? ならスタンダードなポーカーでの勝負。チェンジは一回。お互いがお金を賭け、勝った方が全て持っていく。のシンプルなので十分でしょう。細かくルールを決めるのは私が本格的に勝負をする際だけで構わないわ」
風音「お嬢様。こういう場では、外野があまり口を出すものではないですよ。・・・という事ですが、ユミ様。私はお嬢様の言った通りのルールでも構いません。あとはユミ様さえ良ければ」
ユミ「ええ、それで」
両者が勝負内容を決め、カジノ側のディーラーがカードを配る。
風音がカードを見る。
ルミナ「かざ・・・セバスティアン。あなた本当に運が無いわね。いきなりブタなんて」
ブタ。ノーペアの事で、何の役も揃っていない言わばカスみたいな手だ。
風音「お嬢様。相手に手をバラさないで下さい。さて、ここで一度お金を賭けるのでしたか。単位はクインかな?」
その問いにディーラーが頷く。
クインとはフェクトで使われているお金の単位であると同時に、裏側(様々な異星人がいる、こことは別の宇宙の略称)で最も使われている通貨だ。風音に分かり易い価値で表すなら、百クインがおおよそ八十円くらいに相当する。あくまでフェクトでの為替であり、裏側に行けば星によって価値は大きく変わる。
当然裏側出身の者にとっては馴染みのある通貨だが、普段カノン内では全員風音に合わせているのか、お金の単位を円で表現する事が多いのであまり普段はカノンでクインという単位を聞かない。
ディーラーの頷きを見てから風音が切り出す。
風音「では五億クイン賭けましょう」
ユミ「は?」
ユミと共にディーラーも絶句している。
ユミ「ちょっと待ってよ。私は・・・」
風音「大きな金額が賭けられないのでしょう? それは先程聞きました。ではユミ様の方はユミ様が賭けたい金額で構いませんよ。コール・・・お互いが同じ金額を賭けなければゲームが進まないというルールは、お互い提示してなかったでしょう?」
ユミ「でも、それは基本ルールで・・・」
風音「相手はカジノではなく私です。お互いで決めた事さえ守れば誰も文句を言わないというのが、客同士の賭け事の醍醐味だと聞きましたが? それをお嬢様に証明する為に、あえてやっております。お気になさらず」
ユミ「・・・。じゃあ、・・・十万クインで」
これでもユミは無理をしている方だ。本来なら数千クインの細かい勝負しかしない。ただ、相手が五億も賭けているのに二千とは言いにくい。
十万クインと聞いて、ルミナが横で目を丸くしている。
ディーラーがお互いの持っている携帯端末にアクセスし、お互いが提示した金額を支払える事を確認する。
賭け事の場で何が起こってもいいように、予めルミナの口座から風音の口座に二千億クインほど移してある。
ルミナの携帯端末を借りて賭け事をしてもいいが、それでは二人ともお金持ちであるという設定にリアリティというか説得力が無くなる。・・・というルミナの提案から行われた行為なのだが。
この金額を通帳から通帳に移すという行為だけで、一つの家族が一生遊んで暮らせるくらいの税金を取られた。
風音がそれを知ったら自分が負担するとか言いそうなので、ルミナが適当な(裏側ではあまりにも多い金額の場合、贈与税は全くかからないんですよ~。とかなんとか)理由を付けて誤魔化したところ、風音はバカだから信じた。
ディーラーが端末の確認を終えて掛け金が確定した瞬間、ユミの全身が震える。今自分の身に何が起こっているのか・・・・・・。
風音「ではチェンジで。ユミさんは何枚交換されます?」
ユミ「・・・二枚で」
風音「では私は」
持っていたカードを全て捨てる。
ユミ「・・・!? 本当にノーペアだった・・・の?」
ルミナと組んで嘘でブタと言っていたのではなく、本当にノーペア? と、驚きと困惑でユミの声が震える。
疑心暗鬼からかユミがディーラーの方を横目で見る。何かの催しか? という目。
しかし、ディーラーもユミと同じような表情。こんな意味不明な勝負を見た事が無いからだろう。
そして風音とルミナがディーラーの配ったカード五枚に再び目を通す。
ルミナ「か・・・セバスティアン。あなた本当に向いてないわ。ハイカードが7のブタなんてなかなか無いわよ? せめてさっき持ってたスペードの10くらいは持っておいた方が良かったんじゃない? ルール分かってる?」
風音「お嬢様。いちいち手をバラさないで下さい。・・・ここでもう一度お金を上乗せ出来るのでしたっけ? では・・・」
ユミ「ちょっ、ちょっと待ってよ。私の方が掛け金の少ないこの状況で、あなたの上乗せに意味は無いでしょ。私が降りる訳ないじゃない。もうこれでオープンにしない?」
風音「ああ、そうか。上乗せは基本ルールを参考にしたのですが、言われてみればそうですね。ではこれでオープンにしましょう。まずは私の方から」
風音が手を見せる。スペードの2、クローバーの3、ダイヤの4、ダイヤの5、クローバーの7。
何の役も出来ていないブタだ。お互いがこの場合、持っている中で一番数字の強いカードで競う事になる。7は・・・最弱だ。
風音「セブンハイ、とでも言うのかな。ま、ブタですね」
ユミ「私はスリーカード・・・」
小さな声で自分の役を言う。
今の二人の態度だけ見れば、まるで風音が勝利しユミが負けているかのようだ。
ユミが1枚ずつカードを見せようとする。1枚目がハートの9。
ルミナ「スリーカード以前に、1枚目の時点で負けてるじゃない。だからスペードの10を持ってなさいって言ったのよ」
風音「いや全く。後の4枚を見る必要も無いですね。私の負けです。おめでとうございます、ユミ様」
ユミの方を見て微笑む。
しかし、ユミの方は浮かない表情をしている。
ユミ「・・・やっぱりいいわ、受け取りは私が賭けた十万分だけで。ちょっと今の賭けの意味が分からない。そんな大金を受け取ったら、後々何かの犯罪に巻き込まれそうで怖いわ」
その会話を聞いていたディーラーから、一応警告が入る。
掛け金を試合後に少額に変更するのは自由だが、場代は確定しているので勝者側に上限の五万クインで払ってもらう事になる、と。
ユミが「それでも半分残るからいいわ」と答えたが、風音が止める。
風音「カジノで大金を勝ち取れば犯罪に巻き込まれるというのは、確かに昔はよくあった話ですけれども。しかしこの街では、数億程度であれば運よく手にする方が毎日の様にいらっしゃいます。そういった方々が何故犯罪に巻き込まれないのかご存知ですか?」
ユミ「ここのシステムは知ってるわ。そうじゃなく、あんたとの今の勝負で大金を受け取る事が怖いのよ。あんた何者なの?」
ふむ、、、と考えてから、風音がちらっとルミナの方を見る。
風音「我々が何者か、に関しては詳しくは言えません。ただ、全宇宙でも上位の資産家と思っていただいて結構です。そして今の勝負をした理由ですが・・・こんな事を言うとお嬢様に叱られるかもしれませんが、正直に言いましょう。今のは言わばお手本です。・・・そうですね、ではここでユミ様に一つお聞きしましょう。お嬢様はこう見えて、相当負けず嫌いな性格をしていらっしゃいます。そんなお嬢様が、初めての賭け事で何の前情報も無く勝負を始めてしまうとどうなると思われます?」
ユミ「そりゃ・・・カモにされるでしょうね」
この場所では至極当然の流れだ。
風音「その通りだと思います。まぁそれ自体は構わないのです。こちらにとっては先程の五億、ひいてはこれからお嬢様が賭けるであろうもっと巨大な金額も、我々にとっては端金に過ぎません。ただお嬢様が負け倒した場合・・・その後の癇癪が面倒でして」
ルミナ「はぁ? また子ども扱いして。それにセバスティアン、あなた私が負けると思ってるの?」
さらりと髪をかき上げたルミナが風音を睨む。
風音「ええ」
ルミナ「あっそ。じゃあ減給ね」
風音「・・・ね? 厄介でしょう?」
困ったような表情でユミの方を見て言う。ユミの表情が少しほころぶ。
風音「ですからそうならないように、一度勝負の流れを見せました。そして何よりも身内が負ける姿を見せる事で、お嬢様の中にある油断や隙も消えるのではないか、と。学習したお嬢様に敵はありません。こう見えてあらゆる才に優れたお方です」
ルミナ「こう見えて、は余計」
ルミナが風音の後頭部を平手でぺしっと叩く。
風音「失礼致しました。そしてもう一つ意味が。この場所における金銭感覚をお嬢様に分かって頂く為です。貴女は最初に五億賭けると聞いた時、唖然としてましたよね? あれはどうしてですか?」
ユミ「どうしても何も・・・大金すぎるからに決まってるでしょう?」
風音「ですよね。 逆に、ユミ様が十万賭けると言った時、お嬢様が可愛らしい目をまん丸にして驚いていたのを見ていましたか?」
ユミ「ええ。あなたが賭けた金額に対して、あまりにもしょっぱい額だったから呆れてたんでしょう?」
風音「いえ。それは違います」
風音がルミナの方を見る。驚いていた理由を教えてあげてください、と視線を送る。
ルミナ「お互いが賭けた金額の差額は関係無いわ。純粋にびっくりしたのよ。内装も外装もこんな仰々しく飾り立てた建物内の、わざわざ他人の手を借りてまで賭け事をする場所で十万って・・・。こちらが賭けた五億でも少ないと思っていたのに」
十万なんて今の仕事に使うパーツすらまともに・・・とかブツブツ言っている。
ちなみにこの発言はキャラを作っているのではなく、ルミナの本音でもある。それだけに周囲からも本気で言っているように見える。
その様子を見てユミが再び眉をひそめる。
風音「ね? お嬢様はこういう金銭感覚なんです。そういう意味ではユミ様、貴女を最初の相手に選んで正解でした。五億と聞いた時、非常に自然で一般的な、とても良い反応でしたから。なにせここは賭博場ですからね、ハッタリも大きな武器です。私が五億賭けると言った時、弱みを見せないようにわざと平静を装う人もいるでしょう。そんな事をされてはお嬢様に「五億程度は当たり前」という間違った認識を植え付けてしまう事になりますから」
ルミナ「セバスティアン。あなた私を馬鹿だと思ってない? 私だって説明されれば理解するわよ」
風音「あ、そうなのですか? 経験されないと理解出来ない方だと思っておりました」
ルミナが再び風音の後頭部を平手で叩く。
ルミナ「三段階の減給。あなた、夏のボーナスは二十億を下回ると思っておきなさい」
風音「ええ。それが脅しだと思っているお嬢様は、残念ながら一般の金銭感覚を全く理解していないですね。でももう構いません、金銭感覚を矯正するのは諦めましょう。大旦那様からの許可は得てますので、ご自由な金額でお楽しみください。お嬢様」
そして風音がユミの方に視線を戻す。
風音「聞いての通りです。ユミ様が獲得したお金は、私の超大幅に減額された夏のボーナスの約四分の一。我々にとってはその程度の金額です。遠慮なくお受け取り下さい。ましてそのような端金で貴女を面倒事に巻き込んだりなど・・・有り得ませんよ」
ユミ「でも・・・」
風音「持っているのが怖いなら、好きなだけ募金でもすればいいと思いますよ。御存知の通り、この街の賭博場には全て募金箱が設置されてあります。あの箱にユミ様の携帯端末をかざして、好きな金額を入力すればその分だけ募金に回されますから。あるいは・・・」
カウンター席の上に置いてあったメニュー表を取る。
酒や軽食の種類がずらりと並んでいるが、一番下にスペシャルという項目がある。それを風音が指さす。
風音「こういうのも面白いかもしれませんよ? どうせ泡銭ですし」
普段は大金持ちしかやらない遊びだ。今カジノに居る客全員に超高級な酒か高級なフルーツジュースを振る舞う。
その額およそ三億クイン弱。金額は時価だが客の数に応じて金額が変わるわけではなく固定。客が非常に多い場合はカジノ側が少し損をするくらいの設定金額だ。逆に人が少ない場合は振る舞った方がかなり損をする。今日の客の入りはまぁまぁってところか。カジノ側が結構得をする感じになるのだろう。
この街に来る前に、こういった基礎的な知識は全てジルから聞いてきた。
ユミがクスッと笑う。
ユミ「そうね。募金は柄じゃないからそっちにしてみようかしら。このお店には世話になってるし、恩返しにもなるかな。それで・・・じゃあ、残った分は有り難く頂いておくわ。・・・でもまさか私がこれをする日が来るなんてね。振る舞われた事は二回あったけど」
風音の手からメニュー表を受け取り、スペシャルを指でさしてボーイに注文した。
注文する際に風音に許可を取り、今の賭け事の金額をユミの口座に移す前に使用する事なども併せて伝えている。
その行為に何の意味があるのか風音には分からなかったが、単に税金対策らしい。
地球もそうだが、賭け事の勝ち金も収入として扱われる星に住んでいるなら、当然そのお金にも税金がかかる。
ユミが五億を受け取る前に、まず風音が三億を自分で使い、残りの約二億を賭けに勝ったお金として受け取るという形にしたようだ。
要らないと言っていた割にはしっかりしている。
全員に振る舞うにあたって、名前と姿を公開するかどうかを尋ねられた。
ユミが風音に目配せするが、風音が断るように首を振る。
ユミ「私も目立つのは嫌いだわ。お嬢様? あなたお名前は?」
ルミナ「私? ナミ・ル・クスリク。ナミでいいわ」
ユミ「じゃあこの子が振る舞った事にして。名前はナミ、だそうよ」
ボーイに向かってそう告げる。
ルミナ「えっ? 私が? 別に構わないけど今の勝負のお金で奢るなら、そのお金に無関係な私より、勝負したセバスティアンでいいじゃない」
いやいや、と風音が手を振って否定する。
風音「と言うか、非公開でもいいのでしょう?」
ユミ「そうね。でもやっぱり、奢ってくれた人に向かって乾杯したいじゃない?」
こういう場で皆の為に三億も金を使っておいて存在を明かさないなど、ある意味男前なのかもしれないが逆に空気を読んでいないとも言える。
そのユミの意見も一理あるが。
風音(まずいな。ちょっと調子に乗り過ぎたかな。ユミさんが目立ってくれたら、あいつらの興味がこっちに向くかと思って勧めてはみたものの・・・このままじゃ僕らが目立つな)
相手はテロリストだ。あまり目立つ相手とは勝負したくないかもしれない。
まさかこんな場所に来て飲んでいるくせに「目立つのは嫌いだわ」なんて理由でユミが公開の権利を辞退するとは思わなかった。
風音(という訳でルミナ、名前と姿の公開は僕達も辞退の方向で話を進めよう)
風音が優しげな眼でルミナにアイコンタクトを送ると、ルミナがコクリと頷いた。
ルミナ「よし。なら私が振る舞った事にしましょう。感謝しなさい、愚民ども」
全っ然伝わらなかったようだ。あと、ルミナのキャラがどんどん傲慢になってきているのも気になる。




