殺人鬼11
ギャジィ(こいつ、どこから来た?)
少なくとも踏みつける直前まで近くにはいなかった筈だ。足を振り上げ天狐に向かって挑発するような発言をした。そのわずかな時間に、どこかからここまで移動してきたのか。
足を捨て、風音が周囲を見る。
再び風音の目が青く光っている。
顔面が粉々になったヴィデン・ツァとリブル。
そして拷問にあったマツバ。
風音がヴィデン・ツァの死体をじっと見る。
風音「もうリブルに話を聞く事は・・・出来ないか。ま、状況から見てリブルは本物の犯人グループの一人だったんだろうね」
小さく呟く。
風音「天狐さん、この子をカノンに。母さんに連絡を入れたから、癒々さんか母さんが居ると思う。治療を頼んで」
天狐「師匠、この二人はシャロンの職員です。ここは私達に・・・」
風音「この子を迅速に運べるのは天狐さんだけだから。人命の優先を」
天狐「はい」
問答をしている時間が勿体無いので、素直に返事をしてマツバを担ぐ。
本当ならまだ疑問はあった。
迅速に運ぶなら絶対に風音の方が早い。ここはジルと天狐に任せて風音が運ぶのが最適解だと思う。
・・・しかし風野の事だ、何か思う所があるのだろう。ここはシャロン職員として人命を優先する。無駄な時間を消費している暇はない。
天狐がまだ少し体内に残っていた力を足に集中させると、ズボンがはち切れそうなほど両足が肥大化する。
そのまま振り返りカノンに向けて駆け出すと、高速で移動してきたマテノが目の前に立ちはだかる。
マテノ「逃~~がさ~~ないっ♡」
相変わらず軽い口調で、敵を目の前にして余裕の笑顔。
まだ棒立ち状態のマテノに、天狐が脇腹に向かって蹴りを入れる。
このくらいは当然防がれるだろうが、強化した脚での蹴りだ。そのまま遠くまで弾き飛ばし、進路を開けさせる。
マテノ「さっすが正義の味方。躊躇が無いよね」
マテノの腕から蹴りが被弾する鈍い音が鳴る。
天狐の予想通り蹴りは防がれたが、マテノは笑顔のままその場から微動だにしない。
むしろ防がれた事で、天狐の脛の骨にヒビが入る。
天狐「・・・・・・」
すぐに蹴り足を引き、負傷した足の具合を確かめるように、トントンと地面を蹴ってみる。若干の痛みはあるが、強化の影響か特に痛みが響く事も無い。問題無く動く。
天狐(なんなのこの堅さ・・・。本当に人間の腕なの?)
手加減したから良かったものの、本気で蹴ってたらこっちの足が折れていたかもしれない。
虫型種族は基本的に肉体が強靭だと言われているが、筋肉よりも鋼鉄に近いとさえ感じる。
人の形をした大型の甲虫を相手にしている気分だ。
マテノ「お~~~やるね~。正義の味方は背後から襲う事も辞さない」
そこに背後からジルの奇襲。
天狐の蹴りが当たったと同時くらいから、マテノの体を覆う様に無数の糸が襲い掛かる。
少し避けるように移動したが、そのままマテノの身体が糸で拘束される。
マテノ「緊縛の趣味は無いんだよね~」
マテノが全身に力を入れ、体を拘束していた糸を無理矢理力任せに引き千切る。
しかしそうこうしている間に天狐はそのまま走り去り、あっという間に見えなくなる。
マテノ(逃がしちゃったか。まぁいっか、あの様子だと子供を助けるのを優先するだろうし)
怪我人を助けるふりをしてこの場を離れ、応援を呼ばれても面倒だと思って妨害しようとしたが。
あの様子を見ると、その必要も無かった。むしろさっさと行かせた方が敵が一人減ってやり易くなってただろう。
笑顔を崩さないまま、振り返ってジルの方を見る。
マテノ「やーめーてーよージルさ~ん。服が破れちゃったじゃな~い。もうちょっと腕を広げるのが遅かったら、ストリップ状態じゃん」
糸が触れた部分、主に服の側面側が破れているのが見えるが、服を貫通して糸が触れていたであろう体からは血の一滴も出ていない。
ジル(本気で筋肉を固めた虫の体に私の糸が通じないのは知ってましたが・・・攻撃自体が読まれてましたか)
事前に攻撃を読まれていたのか。眼球や耳や鼻など、効果がある場所への攻撃は全て避けられた。
ジルとマテノの位置からは少し離れた場所から、ギャジィの声が聞こえる。
ギャジィ「マテノ。こいつに関して何か分からないですか?」
ギャジィが無くなった足をゆっくりと再生させながら、風音と対峙したまま尋ねる。
風音は特に再生を阻止するでもなく、ジッと生えてくる足を見ている。虫型が混じっていると分かる、少し特徴的な脚。所々に小さな棘や人の肌とは違う質感が見える。
同時に風音が周囲の死体やマテノの様子を見る。マテノはこちらをジッと見つめていた。
マテノ「音羽風音、シャロンじゃ超有名人じゃん。・・・じゃないよね、聞きたいのは。 無理、分からない。そいつと私は合わないみたい。精神感応が出来ないわ」
なぜここに来たのか。
心を読む事が出来れば分かるかもしれないが、マテノと風音では考え方や思想に隔たりがあるので出来ないらしい。
同族嫌悪の真逆で、意外とそういう相手の方が日常生活では相性が良かったりするが。
マテノ「性格の相性は良いかもね。 でも今は友人は募集してないからね~。心が読めない人は出来れば退場してほしいな~、こんなくだらない争いに巻き込みたくないし」
風音が見る限り、どうやら本心で言っているようだ。
今回の犯人は元犯罪者あるいは犯罪者にしか手を出していない。出来るなら対象外の人物に手を出したくない、というのはマテノの本心だろう。
しかしどう見ても目の前のギャジィからは、敵意しか感じない。
例えマテノが本心で逃がそうとしていようが、仮に今のマテノの言葉を真に受けて帰ろうとしようものなら、こいつに後ろからバッサリいかれそうだ。
風音がギャジィに携帯端末の画面を見せる。
そこにはマテノの写真が写っている。
風音「これがあんた達が犯人だって証拠になった写真なんだけど。街の中で女の人を殺す直前の映像。あのマテノって人だよ。僕が聞きたいのは一つ。こんな街の中で危険を冒してまで、あんたらは何がしたかったんだ?」
ギャジィが少し考える。
答える必要は無いとも思ったが、ギャジィも脚が完全に治るまでもう少し時間を稼げる方が都合が良い。
ギャジィ「一言では難しいですね・・・私とマテノは目的が違いますから。マテノは犯罪者の一掃ですよ。殺しても殺しても沸いて出てくるゴミを、全てを殺しきりたいそうです。しかし残念な事にそれは法に反する。だから隠れて殺し続ける。バレそうになったら身を隠し、また別の場所で同じ事をするだけです。ここ地球は特に都合が良かった。バレても裏側に行くだけで、まず追手が来ないですから」
マテノ「そ。ウンザリするほど湧いて出るゴミ共の意味の無い人生を、意味の無いまま終わらせてやるの。私がこの世で一番嫌いな言葉は、「更生」。反吐が出るわ」
マテノが言葉通り、ウンザリとした表情で言う。
ジル「もう少し過激な考え方でなければ、一緒に仕事をして行けたと思うんですがね・・・。残念です」
聞けば聞くほど、ジルに思想が近い。行動を自制出来るか出来ないかの違いだけだ。
ジルが武器である糸を手に取り、マテノの様子を窺う。
マテノ「私もジルさんには手を出したく無いなぁ。掛かって来るなら払うしかないけど」
マテノが少し後退りながら構える。
ギャジィ「私の目的はストレス発散という所でしょうか。誰しも見ているだけでイライラする奴って居るでしょう? そういうのを極限まで苦しめるのを見るのが・・・ふふっ。・・・笑えるんです。悲鳴の一つ一つがもう、楽しくて楽しくて。さっきみたいに相手が泣き出してしまうと、笑いがね・・・堪えられない」
クツクツと愉しそうに笑う。
ギャジィ「最初は動物で我慢してましたが・・・あ、知ってますか? 動物もね、追い込むと泣くんですよ。 そんな時にマテノと出会って犯罪者を皆殺しにしようとしているのを知り、手を組みました。そこから標的が人間に変わりました。人間はいいですよ、感情表現の質が動物とは次元が違う」
風音が笑う。
風音「誰しも見ているだけでイライラする奴が居るでしょう? あぁ居るね、目の前に」
ギャジィ「そうですか、私もです。あなたが悲鳴を上げる姿を見たくて堪らなくなってきました」
話の途中で脚が完全に再生した。もう時間を稼ぐ必要も無い。
ギャジィが親指を立て、高速で風音の顔面に向かって突き出す。真っ直ぐ目を抉りにかかる。
風音「遅っそ」
突き出された親指をつまんで止める。
ギャジィ「冗談だろ・・・」
冷静そうに見えたギャジィも驚きを隠せないようだ。
風音「今ちょっと視界良好でね。お前の動きくらいなら、止まって見える」
風音の目の周囲に紫色の瘴気が漂う。
同時にギャジィの全身を隙間無く殴る。数にして五十八。
鈍い音が複数重なり、大きな音となって周囲に響く。
風音には混血ではなく完全な虫型獣人の知り合いがいる。
その人から聞いたことがある。虫型の敵を捕らえるなら、千切るより脳震盪で無力化させた方が捕えやすいと。種族によっては体の部位を千切ってもあっという間に再生し、ダメージにならないからだそうだ。
ただしどこに脳があるのかは分からない。その種族によって違う。
だからもう、全身殴っておいた。
頭から足の先まで。
ギャジィが倒れるかと思ったが、なぜかギャジィの首から上が切り離されボトリと地面に落ちた。
風音「え?」
ジル「あれ?」
なぜかジルがギャジィを背後から斬ったようだ。
マテノはどうした?
確か風音の位置からは、ギャジィが風音に攻撃を仕掛けたのとほぼ同時に、マテノとジルも動き出したのは見えていたが。
風音がマテノの方を見ると、こちらを向いて唖然としている。
マテノ「ああ、そういう作戦だったのね。まずは片方を二人掛かりで、か。まんまとやられちゃったわね」
マテノもジルに攻撃を開始していたようだが、マテノは攻撃を躱さ(かわ)れたというより、戦闘そのものを放棄されたような形で放ったらかしにされていたようだ。
風音「え?」
ジル「いや・・・」
風音「あ、そういう作戦?」
ジル「いやほら、九重さんとの・・・ほら・・・あれじゃないのですか?」
風音「どういう事?」
ジル「ほら・・・敢えて片方ずつ別々にやると見せかけて、実は違う方をやるやつ。あれじゃなかったのですか? 私はてっきり・・・」
倒れたギャジィを見る。全身麻痺状態のせいか、自動的に頭部の再生はしないようだ。
ジル「これもう私が斬らなくても終わってましたね」
風音「うん・・・」
二人が喋っている間に、マテノがこの場から撤退しようと街の方に向かって走り出す。
風音「逃がすか」
すぐに風音が後を追う。
二人の速度の大きく差があった為、風音がすぐに追いつく。
捕えようとした瞬間、マテノが振り返る。
マテノ「なんてね♡ 逃げる訳無いでしょ」
振り返った回転と同時に、拳を繰り出してきた。
その拳めがけて、風音も全力で拳を打ち込む。
バキィ!! と骨が砕ける嫌な音が響く。
風音の左拳の骨が数ヶ所砕けた。
風音「凄いね」
素直な感想が口をついて出る。
しかし同時にマテノの拳も骨折したようだ。骨が皮膚を突き破ってはみ出している。
見た目はマテノの方が痛々しいが、風音の方が多くの骨を砕かれたのでダメージは同じくらいか。
マテノ「アンタもね。地球人だって聞いてたけど、明らかに地球人じゃないわね。鍛錬でどうにかなる強度じゃないわ」
風音が全力で撃ったのに対し、振り返りざまの不安定な状態からの反撃でほぼ互角。
今の状況だけ見ればマテノの方が格上だ。
風音「それよく言われるけどね。僕は地球人のつもりだよ。母さんに死ぬほど骨を折られたから硬くなってるってだけ。あんたが虫っていう特殊能力を持ってるなら、ここからは僕も強化を使わせてもらうよ」
風音の足元が紫色の瘴気で包まれ、地面が色褪せていく。
マテノ「ふふん、噂通りね。惚れそう♡」
再び同時に拳をぶち当てるが、次はお互い負傷も無く周囲に鈍い音だけが響く。
そこから至近距離で互いに目にも止まらない速さで攻撃を続ける。
互いに相手の攻撃をいなし、躱し、ダメージにならない様にわざと受け・・・。
数分にも及ぶ攻防の中で、風音の肘打ちが先程負傷したマテノの右拳に当たる。
マテノ本人に痛みはそれほど無いようだが、目に見えて痺れているのが見て取れる。
好機か、と思う間もなく。
それでもマテノは全く怯んだ様子もなく、もう一方の拳が風音の顔面を狙って打ち出される。
その一撃が、今までになく危険なものだと分かる。
もしかすると今の肘打ちはヒットしたのではなく、踏み込みを誘われたのかもしれない。
避けるのが間に合いそうにない。
とはいえ、まともに当たると危険だ。
肘を破壊するつもりで、打ち出されたマテノの腕を内側から殴る。
二人の腕が触れ合った瞬間、大きくマテノの腕が弾かれる。
マテノ「あら・・・っと」
戦闘中でも軽口しか言わないマテノだが、思わず軽口以外の言葉が出る。それだけ必殺の一撃が弾かれた事が予想外だった。
今までマテノの本気の一撃に対応出来た者はいなかった。
速度と威力で、どんな邪魔が入っても逆に弾き返して顔面に命中させてきた。
しかし同時に。
風音(あれだけ完璧な角度で弾いても、こっちの手にここまでの痺れが残るのか・・・)
風音の方も驚く。常人ならしばらく動かせない程の痺れだ。
念の為強化分を防御にも回していたとはいえ、一応強化した腕で弾いたのに。
真っ直ぐに働く力は横からの力で簡単に逸らせる、というのは常識だ。
しかしその真っ直ぐ打ち出された力が大砲級なら、逸らす事に成功したとしても、横から捌いた手も無事で済まない。
獣人族ではないかと予想されていたが、虫系純血種の最強クラスに近い身体能力だ。そしておそらく獣系の獣人の血も入っている。
遺伝が虫系だけだとこれほど柔軟な体は有り得ない。おかげで技の一つ一つの威力が跳ね上がっている。
これで頭脳が人間並みで公務員になれるほどなのだから、あらゆる種族の良いとこ取りだ。
見た目から、かなり人間の血の方が濃い筈なのに。
奇跡的な程運の良い隔世遺伝の産物、としか表現のしようがない。
マテノのような優れた遺伝子を持つ個体の事を、「超人」と呼ぶのだろう。
しかし肘を破壊する事は叶わなかったものの、大きなダメージを与えた。これでしばらく両腕はまともに機能しない、そして何より腕を弾いた事で大きな隙が。
そのまま風音もマテノの顔面を真っ直ぐに殴る。
完璧に捉えたと思ったが、想像以上に恐ろしく柔軟な体をしているようだ。
風音が腕を伸ばした分だけ仰け反り、風音の拳をほんの数ミリ目前にして躱した。
マテノ「残念♡」
マテノがその拳に軽くキスをして、ニヤリと笑う。そして。
ガリンッ! っと噛み付く。
風音の右拳の先端が、骨ごと食われた。
風音「痛っ・・・」
風音が拳を引くと、ガリガリと咀嚼しながらマテノが口の両端から血を流している。
味わう様にゆっくりと飲み込み。
そして笑顔で血だらけの口を開く。
マテノ「あ~美味し♡ 強いうえに美味しいなんて、付き合ってあげる価値はあるわ。 もし付き合ったら、毎日食べさせてくれる?」
マテノが風音の股間に向かって蹴りを放つ。
それを避ける形で一歩引きながら、拳から流れる血をマテノの顔面にめがけて放ち、目潰しをする。
しかし獣人の卓越した動体視力で、飛んで来る血を一滴残らず手の平で受け止め、ベロベロと全て舐め取る。
マテノ「要求したらいきなりくれるなんて親切だよね。 そんなに私と付き合いたいの? 真面目に考えようか?」
風音「変態と付き合うのはちょっとね・・・」
風音(どうする・・・こんな時に・・・)
こんな時にこだわっている場合ではないのかもしれないが、風音の悪癖が出る。
これが古代のロボットや星の子のような化け物が相手なら、すぐにでも砕けた拳を治療して応戦する。
しっかり食べて来たので、両手とも十分治療出来るだけのカロリーはある。
しかしそれでいいのか?
こちらは父親の開いた音羽流無敗道場の免許皆伝、いわゆる武道家だ。
そして相手は超人クラスの獣人族とはいえ人間。持って生まれた身体能力を本能のままに振う喧嘩屋。
化け物ではない。
たかが。
たかが超人。
武道家であるというだけでこちらが有利なのに、更に特殊能力に頼らないと勝てない相手か?
相手が殴り合いを得意分野だと思っているのなら、同じ条件で正面から叩き潰してこその武道家ではないのか?
・・・いや、悩む必要がどこにある。答えなんて最初から決まっている。
風音「来い。とことんやろう」
大きく足を開き風音が綺麗な空手の型を作る。
マテノ「アンタ本当にいいわぁ。もっと早く会いたかった♡」
マテノも再び構え直す。
互いに本気になるなら言葉を交わすのもこれが最後だろう。最後くらい、マテノの軽口に付き合ってやる。
風音「変態と付き合うのはちょっと・・・と思ったけど、武道家として戦う僕に勝てる女の人が居たら、本当に惚れるかもね」
マテノ「あはぁ♡ じゃあ終わる頃には晴れて両想いだ」
予想通り軽口で応じるが、今までとは違う事がマテノにも伝わったようだ。先程までの様に安易に手を出さずに警戒色を強めている。
数瞬後、申し合わせたように互いが動き出す。
ボトッ。
とマテノの首から上が地面に落ちた。
風音「え?」
ジル「え? ・・・と言われましても?」
またジルだ。
風音が不思議そうにジルを見る。
ジル「いや、だって・・・一人でやる意味も無いですし・・・」
そう言いながら、頭部を失い自動で動こうとしていたマテノの体を糸でグルグル巻きに縛り付ける。
風音「うんまぁ・・・そうなんだけど。このタイミングで?」
ジル「絶好のタイミングでしょう。風音さんが動いた時、一瞬だけマテノの意識が完全にこちらから逸れました」
マテノは風音とやり合いながら、風音と本気でぶつかる最後の瞬間までずっとジルの方も警戒していたようだ。
ジルはずっと機を窺っていたが、とにかく隙が無かった。
少しでも不審な動きをすれば気付かれて攻撃が失敗に終わる。
ジル「ギャジィはともかく、マテノは裏側で再生治療をしてからでないと逮捕出来ませんね」
縛り上げた胴体を見ながら言う。
マテノ「もういいわ。治療なんてしなくて」
転がっていたマテノの首が喋る。
ジル「まだ動けたんですか・・・」
風音「こっわ」
頭部だけしか無いのに喋っている。ホラー顔負けの状況だ。
マテノ「私がこの世で二番目に嫌いなのがシエロ。シエロに掴まるくらいなら、死んだ方がマシ」
ジル「は? シエロは関係無いでしょう。裏側で治療しますが、あなたはシャロンで逮捕します。残念ですがこっちの都合で死刑にもさせません。今後はあなたの大嫌いな「更生」に向けた時間が始まりますよ」
マテノ「・・・嫌だよ、殺せ」
風音「うっさい。簡単に殺せとか言うな、殺すぞ」
転がっているマテノの首の近くまで行って屈み、べチンっとマテノの頬を叩く。
風音「この際言うけどな、僕だって犯罪者に対して使う「更生」ってのがあんまり好きじゃないんだよ。 昔からそう、そいつが更生出来る人間かどうかなんて見れば分かる。例えばギャジィだっけ? あいつなんか無理だよ。あんなのの為にこっちの税金使って延々と・・・。こっちは二百兆円も借金あるってのに、そんな中で払った税金やぞ!」
もう一回、べチンと叩く。
マテノ「だったら余計、私を殺しなさいよ」
風音「だから言ってるだろ、見りゃ分かるんだよ。あんたはまだ間に合う。あんたあいつと違って殺人そのものが趣味じゃないだろ?」
マテノ「いえ? 似たようなもんよ、殺すのが趣味。対象が犯罪者とその仲間ってだけ」
この連続殺人に関しては冤罪に近いヴィデン・ツァやマツバを殺そうとしたのも、リブルの仲間だからだ。
マテノ達はリブルを仲間の振りをして利用していたが、あいつは元々快楽殺人者だ。利用価値が無くなった時点で殺すと決めていた。
しかしリブルと同じくらいムカつくのは、あんな奴にいいように利用されているマツバ達だ。
今の所、有罪に当たる犯罪は侵していないとか関係無い。犯罪者と共に行動し疑う事無く利用されている馬鹿なんて、いつか利用されるままに犯罪を犯す。
マテノ「犯罪者に利用されて軽い気持ちで~とか、うっかり~とかで片棒を担ぐ奴とかもさ、見てて凄くイラつく。だからヴィデン・ツァを殺した時も楽しかったし、後悔もしてない」
風音「いーや嘘。見れば分かる。あんた使命感でやってるだけ。楽しそうにしてないと続けていけないから、無理して笑ってるだけ。楽しいならどうして次から次に出てくる犯罪者に対してウンザリしてたんだよ。殺すのが趣味ならそれこそ獲物が増えるんだから、あのギャジィって奴みたいに笑えばいいのにさ」
マテノ「・・・・・・。 勝手な事を・・・」
しばらく無言で風音を見上げる。
マテノ「・・・あ、そうか。あんた今の戦いで負けるつもりだったんじゃない?」
風音「は?」
マテノ「ほら、負ければ私に告白出来たじゃない? 負けました、付き合って下さいって」
風音「は? 何言って・・・」
マテノ「それが出来なくなって、悔しいから必死になって生き返そうとして・・・可愛いねぇ」
風音「はぁ? そんな事より・・・」
ジル「そうだったんですか、それは悪い事をしました。見届けてから私がとどめを刺すほうが良かったですか?」
風音「あぁ?」
マテノ「照れなくていいから♡」
風音「いやいい加減こっちに喋らせろ。誰が誰に負けるって?」
聞き捨てならない。こっちは珍しく武器も回復も無しで、本気で一人の武人として相手するつもりだったのだ。
マテノの顔面を鷲掴みにし、縛り上げた胴体の方に持っていく。
そして千切れた部分を繋ぎ合わせて、マテノの唇から回復の息を吹き込む。
マテノ「ん・・・?」
千切れていた首が繋がっていく。普通の人間なら無理だが、マテノの場合まだ体も頭部も生きているので治療出来ると思っていた。
完全に治ったところで、縛り上げていた糸を切る。
マテノが自由動けるようになったのを見て、自分の両腕も回復させ風音が構える。
特に食われた右拳。ただの怪我ではなく欠損した部位の治療は大きくカロリーを消費する。
もうほとんど回復出来ない状態になってしまったが、関係無い。
元より回復も毒も使うつもりは無い。こいつは実力だけで倒す。
風音「ほら来いよ死にたがり。武道の怖さを叩き込んでやる」
マテノが風音の射程距離に近付く。
風音「?」
攻撃してくる気配というか、敵意が無いので手を出さずに構えたまま様子を見る。
マテノ「お返し♡」
風音の頬にキスをする。
風音「なっ!?」
歪んだ表情で、キスされた部分を拭って後ろに一歩跳ぶ。
マテノ「うわ、傷付くなぁ。 ・・・行きましょうジルさん、逮捕するんでしょ」
振り返ってジルの方へと歩いていく。
ジル「はい。裏側に行く手間が省けてよかったです。暴れないで下さいね、次は殺さないといけませんから。私は風音さんほど甘くはありません。犯罪者を殺す為なら、なんだって使いますから」
マテノ「人に散々殺すなって言っといて、それは無いじゃんよ」
ジル「私はルールに従ってます。捕縛した犯罪者が連行中に暴れ出した時は殺す事が許可されています。そういう連中はこちらが油断した隙をついて暴れようとする事が多いですから。手加減すると逆にこちらが危ないという理由です。・・・って、反論されたから説明しましたけど、あなたシャロンのルールくらい知ってるでしょ」
マテノ「さぁ? ルールなんかクソくらえと思ってたからね」
会話しながら、二人でシャロンに向かって歩き始める。
ジル「・・・私だって殺してやりたいと思う事の方が多いですよ。それでも私はルールに反して殺した事は無いし、今まで働いてきた場所全ての犯罪率を下げてきました。そうやってこの地位を得ましたから。さっき風音さんも言ってましたが、あなたの本懐は犯罪者の減少でしょう? 殺す以外にも、犯罪者を減らすやり方はあるという事を、あなたにこそ知ってほしいです」
マテノ「・・・もう遅いけどね」
ジル「いえ? 私の目にも、マテノはまだ更生可能だと映っています」
マテノ「・・・・・甘ちゃんばっかり。・・・そだ、何で私は死刑にしない事が決定してるの?」
ジル「今回の事件は市民に支持者が居たくらいですしね。被害者の中に本当の殺人鬼が複数名いましたから」
マツバ達が始末していた奴らだ。現場検証の結果、そいつらが殺される直前フェクトで人を殺していた事実も報道されている。
ジル「本来あまり良い事では無いのですが、あなた達が正義の味方だという風潮さえありました」
マテノ「・・・フェクト民って、見る目無いね~」
珍しく苦笑いをするマテノ。
ジル「・・・ま、それはともかく。 市民の為に凶悪犯を秘密裏に殺害・・・こういうケースはいいとこ無期懲役です。 とはいえ十人以上の殺人です。さすがに数が多い。主犯だけは死刑になる可能性が高いですが」
マテノが吹き出して笑う。
マテノ「じゃあ私が死刑じゃん?」
ジル「どういう基準で主犯を決めるかは、シャロン次第です。風音さんに聞きましたが今回の場合、リブルが二つのグループに与していました。実際は両グループともリブルは下っ端扱いで、マテノとヴィデン・ツァがそれぞれの主犯だったのでしょうね。 しかし見方を変えましょう。リブルこそが二つのグループを上手く操り、両グループに殺人を指示していた黒幕だった、という見方も出来ます」
マテノ「・・・無理があるわぁ・・・それ」
ジル「あなた達の感想は知りません。リブルも死んじゃいましたから、本人がどう思っていたのかも分かりませんしね。だからリブルが主犯として発表します。あとは名前を公表せず、ただの協力者として報道する形ですかね」
殺人事件で殺した側に複数名関与する者が居ても、主犯以外は実名報道されないのはよくあるケースだ。
マテノ「それじゃあ私が悪者じゃん? 死んだリブルに主犯を押し付けて逃げたみたいな?」
ジル「ええそうですね。あなた悪者だから、これから更生の道が始まるんですよ。覚悟しなさい」
マテノ「えぇ・・・。なんか・・・自分の意志じゃない部分で悪者になるのは・・・抵抗あるなぁ。いっそ殺人犯で悪者の方が良いよ」
マテノが納得いかない顔をする。
ジル「とにかく悪者のあなた達には、今後限界までこの星の役に立ってもらいます。ギャジィは監視下に置いて内勤。あなたは社会奉仕活動という名目で治安維持の仕事をしつつ、二人ともプライベートは囚人生活という毎日を送ってもらう事になるでしょうね。 もしかして、また死んだ方がマシとか思ってます?」
マテノ「ん~~~、どうだろ? 死ぬのなんていつでも出来るんだし、しばらく自分と向き合ってみるわ。 仕事中は充実してたのも事実だし・・・ここには面白い奴もいるしね」
もうかなり遠くなった風音に向かって振り返る。
マテノ「じゃ、またね♡」
軽く手を振って、再び二人でシャロンに向かって歩き出す。
肩透かしを食らい、完全にただの見送りの人と化していた風音が空手の型を解いて呟く。
風音「えっ? ギャジィと死体放ったらかしで帰る?」
まぁどうせジルの事だから既に応援は呼んでいるのだろう。
そして今回の協力者である風音がこの場で待機し、来てくれた応援に状況を説明するという判断なのだろう。
仕方ない、個人的にもまだやらなければならない事があるので応援を待つか。
というか早く応援が来てほしい。早く終わらせないと・・・多分来る。あの厄災が。
ここには来なくていいって言ったけど、多分来る・・・絶対来る・・・。
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事件解決次の日、正午。シャロン長官室。
現在長官室に居るのはレイと風音の二人だけ。
レイ「・・・報告を聞いたよ。最後に苦労したようだね、お疲れ様」
目の前に居る風音に対し、本当に哀れむように言ってくる。
事件解決そのものではなく、最後の最後にえらい目に遭ってしまった風音に対しての労いの言葉だ。
風音「え? 何の事ですか? 知らないです。その報告は消しておいてください」
予想通り、風音が送った緊急メールを読んだ藤御優希が、マツバを治療した後風音を保護しに文字通り飛んで来た。
過保護の頂点を極めた母親だ。発見されるなり抱きつかれ、その後ずっと抱きつかれていた。
応援に来たシャロン職員を威嚇するし・・・。風音しか事件の説明を出来ないのに、全然離さないし。
背後から母親に抱き付かれつつ、半分泣きながら説明した。
レイ「このお姉ちゃんと名乗る人物というのが藤御優希さん?」
風音「・・・・・・。 あの人は自称お姉ちゃんです。異常なくらい見た目は若いし、実の子じゃないから間違ってはないけど。 僕にとっては母さんです」
レイ「泣いてたとか書かれてあったが・・・母親とは馬が合わないのか?」
風音「え? 仲は凄く良いですよ? その泣いてたとか報告書に必要の無い、余計な事を書いた職員の名前を教えてもらっていいですか?」
レイ「うちの職員をどうする気だ。 藤御優希さんは君の連絡を受けて護りに来てくれたんだろう? 泣く意味が分からない」
たまりかねた様子で、風音が大きく息を吸う。
風音「あのな! 五人も人がいる前で、成人した男が母親に抱きつかれながら仕事してんねんぞ! 泣くだろそんなもん!」
ついに本音が出た。
風音「母さんやたら髪の毛の匂い嗅いでくるし! それよりなんでウェルズが居るんだよよりによってよぉぉぉ! 今度から会うたびイジられるわぁぁ!」
思いの丈を叫ぶ。
レイ「心配無用だ、それは無いと思う。それ以上に藤御優希さんを恐れている様子だったから」
職員達が現場に駆け付けた時の事。
職員達を見た優希が、抱き付いている風音の耳元で「これが敵? じゃあお姉ちゃんが守ってあげるね?」と言っていた。
そんな優希と目が合ったと同時に、職員達は全員死を覚悟したらしい。
実際は即座に風音が止めたけれども。
そこからは完全に畏縮してしまい、 風音の話を聞く時も誰一人として優希と目を合わせようとしなかった。
風音「それはそれで嫌だよもう・・・」
風音がブンブンと首を振る。
もうこの話はここまで。
ハイ打ち切り。もう無かった。そんな事実は無かった。
風音「マテノさんとギャジィさんの処遇は聞きました。今はまだ勾留中ですよね」
両グループに関わったリブルからは事情が聞けないので、リブルに関してはまだ分からない事も多い。
どういった経緯でマテノ達やマツバ達と手を組んだのか。そもそもリブルは何者なのか。街の中を頻繁にマツバやヴィデン・ツァと二人で行動していたのは、何か意味があったのか。など。
憶測で語るなら、どちらかといえばマテノ達の方の仲間という立場で行動していたという事。
マテノに快楽殺人者だと断定されていた様子から見て、最初はリブルはマテノ達のターゲットだった? 技術を提供するなど何らかの形で見逃して貰い、行動を共にしていた? この辺りは今後マテノ達の事情聴取が進めば明らかになっていくだろう。
加えて両グループとも犯罪者を目の仇にしていたので、その行動中にターゲットが重なり、情報収集担当のリブルがマツバ達と知り合ったと考えるのが一番自然だという事。
そして最終的にマツバ達に罪を着せようとしていた事から。もしかしたらその一環で、わざと目立つように二人組で街に繰り出していたのかもしれない。
ヴィデン・ツァの特殊能力で犯人を捜しているので、殺人の現場にしか現れないマツバ達はとにかく目立ちにくい。犯人に辿り着く為の捜査や情報収集など、余計な行動が一切無いのだ。
だからうまく口車に乗せ、昼間多めにグループで外出し人目に付く様にしていた? ・・・とも考えられる、というだけでこの行動に関しては不明な部分も多い。何か他に目的があった可能性もある。
・・・とまぁ、このくらいか。
憶測にすぎないが、当たらずとも遠からずだろう。
風音「これから大変ですね」
犯人がシャロン関係者だったなんて。
レイ「ああ。本当に頭の痛い話だよ。ま、それはこっちの話だ。今日はマツバ君の件だったね?」
治療が終わってから、そのままシャロンに送った。
幸い両眼も治ったようだ。脳関係の場所は治療が遅れたり、深く傷ついていると完全に治らない事もある。再生医療の発達もあり、完全に欠損しても治らない事も無いが、目は高価だし獣人だと裏側でないと治療出来ない状態の可能性もある。何事も無く治ってくれて良かった。
どうやらギャジィの拷問癖が逆に幸いしたようだ。長く楽しむ為に、少しずつ破壊していく術を心得ている。
レイ「君が来たらこの部屋に通す様に言ってあるから、もうすぐ来ると思う」
という言葉をまるで聞いていたかのように、タイミングよくノックの音がする。
レイ「どうぞ」
風音(また盗聴されてるんじゃないだろうな・・・)
たまたまタイミングが合っただけだと思いたい。
ドアが開くと、そこには職員に連れられたマツバが立っている。
そのままマツバだけを残し、職員はドアを閉めて出て行った。
風音「ちょっと話があるんだけど、こっちに来てくれない?」
そう話しかけるまで動こうともしなかった。
下を向いたまま、まるで別人の様に元気が無い。
とぼとぼとレイと風音の近くまで歩いていく。
風音「聞いたよ。厳重注意だけで済んだって」
マツバ「・・・ヴィデが死んじゃった・・・。もうどうでもいい・・・」
また目に涙を溜めて体を震わせている。
風音「その件で話があるんだよ。というわけで・・・」
風音が携帯端末を操作すると、しばらくして再びドアがノックされる。
風音「どうぞー」
ドアが開くと今度は、職員と共にヴィデン・ツァが入って来た。
同時にマツバが風音に殴り掛かる。
風音「おっ・・・と」
その拳を掌で防ぐ。
人を殺すほどの威力ではなかったようだが、それなりの威力で殴って来た。
どうやら怒っているようだ。
マツバ「なんでこんな酷い事するの!? どうせアレ偽物でしょ!? もう騙されないから!!!」
風音の胸ぐらを掴み、大声で叫んで泣き始めた。
今にも再び風音に殴り掛かりそうな勢いだ。
ヴィデ「リク・・・。俺は本物で・・・」
ヴィデン・ツァが喋ろうとするが。
マツバ「うるさい!! ヴィデは私の目の前で死んだ!! もう出てって!!」
偽物? に向かって叫ぶ。
胸ぐらを掴んでいるマツバの手をポンポンと叩いて、離させる。
風音「あ~~~・・・っと。じゃあ最初から説明するね」
まずマツバとヴィデン・ツァが風音と戦闘し、二人とも気絶した時。
あの時風音はゼロアから真犯人の顔写真を受け取り、その顔がマツバじゃなかった事に混乱して事情を聞こうと思った。
どちらを起こして質問しようか迷ったが、マツバの方が素直に答えてくれそうだったので、まずはユニルと千丸を呼んだ。
そしてヴィデン・ツァに変身していた千丸と本物の服を着せかえ、気絶するフリをしてマツバの隣に寝かせた。 邪魔になっても困るので、本物はユニルがカノンへと連れて行った。
これはもしマツバが風音の質問に答えてくれなかった時、ヴィデン・ツァを気絶から起こすふりをして色々聞き出す為だ。
そうして千丸に協力的な態度の演技をしてもらえば素直に答えてくれそうだし。
・・・と思っていたら、そんな事をするまでもなく大体の質問に素直に答えてくれた。
やっぱりマツバは純真な獣人の子供なんだなぁ、と思った。
しかし順調だったのはそこまで。
問題が起こったのはその後だ。
シャロン職員が駆け付けた時、マツバが偽物だと気付かず千丸を抱えて逃走したのだ。
千丸はどうしていいか分からなかったので、取り敢えず演技は続けた。
しかし降ろせと言っても降ろさないし、どうしたものかと思っている内に殺されたリブルの所まで行ってしまった。
その後・・・
レイ「待て。実はヴィデン・ツァが生きているというのは聞いていたが、今の流れは初耳だった。偽物を用意したって・・・。人形やロボットじゃなく・・・じゃあ現場で頭を破壊されたのは・・・」
千丸という事になる。
善良な協力者に死者が出てしまったとなれば・・・それも殺したのがシャロン職員。
また頭痛の種が増える。
そんな事より今は、風音に気を遣う。
レイ「済まなかった・・・謝って済む問題ではないかもしれないが・・・」
風音「いや、それなんだけど。千丸」
職員「はい」
ヴィデン・ツァを連れて入って来た職員が、男性版千丸の姿に変わる。
千丸「シャロン職員じゃありませ~ん。みんなの恋人琴千丸で~~っす。ねぇ、ビックリした? レイさんビックリした?」
職員が千丸に代わり、レイが目を白黒させている。
レイ「これは・・・どういう・・・」
風音「現場に到着して死体を見た時は、かなりびっくりしたけどね。なんで死んでるんだ? って」
正直ヴィデン・ツァの死体を見て肝が冷えた。
風音にはあれが千丸だという事は分かっている。
千丸が死んだ?
しかしなぜ・・・?
というのも風音しか知らないが、千丸は命の危険を感じた時、体が勝手に自分が知っている最も強い人物に自動的に姿を変えて身を守る。そんな話を以前聞いたからだ。
なら千丸はゼロアになれる。同じ人間には変身出来ないので、一回限りだが。
確かにマテノは強かった。超人だと肌で感じた。
しかしそれでもゼロアにはまるで及ばない。
千丸はあの場で殺されそうになった時、マテノとギャジィを蹂躙出来る、一度限りの無敵の体を得られたはずなのだ。
そんな千丸がなぜか頭を潰されて死んでいる。
遠くから見えた時、肝が冷え、怒りで目の色が青に変わり・・・気付けば高速でギャジィの足を引き千切り・・・。
しかし千丸をよく見ると・・・
肌に違和感が。
ヴィデン・ツァよりも背の高い何者かに変身したのか、足の一部が裾からはみ出て見えている。
そこには小さな棘のようなものが。
あの足・・・虫系の誰かに変身した?
確かにそれも理に適っている。頭を破壊されそうになったら取り敢えず虫系獣人になっておけば、すぐに死ぬ事は無い。仮に生きている事がバレてトドメを刺されそうになっても、その時は自動的にゼロアに変身出来るわけだし。
しかし、千丸に虫系の知人なんて居たか・・? 風音の知人であるアガレアさんには会った事はないはずだし・・・どこか街の中で見かけた人か? 過去に付き合って別れた恋人?
そう考えている矢先、目の前のギャジィが千切られた足を再生させていた。
おぅ、そっくりじゃないか。
思わずその足を見入ってしまった。そして周囲の様子を確認するフリをして、もう一回千丸の足を見た。
そこでようやくギャジィに姿を変えているのか、と気付いた。
千丸「そうなんだよねぇ~~。本当ならすぐに頭が再生して戦えるのかと思ってたんだけどさぁ、分からないんだよ再生の仕方が。勝手に再生する訳じゃないみたい。動き方すら分かんないしぃ・・・どこに力を入れていいのかがねぇ・・・。だから考える事は出来るんだけど、動けない状態だったんだよあの時。変身も出来ないし・・・いっそまだ生きてる事に気付いて、殺そうとしてくれればねぇ・・・」
自動的に変身したのに。
結局風音が母親に頼んで治療するまで、千丸は微動だにしなかった。
千丸「でもマツバちゃん感謝しなよぉ? 僕が会話を録音してたから、こんなに早く解放されるんだからねぇ?」
ヴィデン・ツァと服を交換してから、ずっと懐の携帯に音声録音させていた。
その後のギャジィやマテノの会話から何から全部、録音済みだ。
その会話の中に、リブルがマツバとヴィデン・ツァに罪を被せようとしていたという件があった。
これが無ければ本来ならマツバ達が解放されるのは、ギャジィとマテノの聴取が完全に終わってからになっていただろう。
風音「僕も後で録音聞いたけどさぁ・・・よくバレなかったね千丸。ヴィデさんはマツバさんの事リクって呼んでるのに、マツバ! って叫んでたりしてたよ」
千丸「呼び方とか知らないもん、そんなの・・・」
一通り話を聞き終わったマツバが、泣きながら千丸の方に向かって走り出す。
感極まって抱きつきに来たのか。千丸が両手を広げて応じる。
千丸「うん、おいでぇ。愛してるよマツバちゃ・・・あれ?」
マツバ「ヴィデッ! ヴィデーーーー!!」
マツバが千丸の隣にいたヴィデン・ツァに抱きついて大泣きしている。
ヴィデ「心配かけたな。すまなかった、リク」
泣いているマツバの頭を撫でている。
両手を広げたまま、理解不能の表情で千丸が風音の方を見る。
いやこのタイミングでこっち見られても。という感じで言っておく。
風音「そりゃ・・・そうでしょ。むしろなんで千丸の方に行くと思ったの?」
千丸「感謝してくれたのかなと思ってぇ・・・。そうか、やっぱり僕には風音さんしかいない。愛してるよ風音さーーん!」
両手を広げたままダッシュしてきた千丸の顔面を掴んで止める。
風音「男に興味無いってのに・・・人の話聞かないねほんと」
風音がレイの方を見る。
風音「ま、そういう感じです。この二人は釈放って言っても、今日一日はまだシャロンから出られないんでしたっけ? じゃあ後はよろしく。よし、帰ろう千丸」
千丸「んに~~~・・・」
押さえている風音の手に反発しているようだが、全然動かない。
風音「そう言えば千丸、この仕事の間は基本女性姿でって指示してなかったっけ? ヴィデン・ツァさんに変身してたから容認してたけど、約束を守ってなくない?」
千丸「あ、そういえばそうだったぁ」
意外と仕事の約束は守るタイプの千丸が、すぐに女性版へと姿を変える。
千丸「よっし、じゃあ帰ろっかぁ」
あっさり風音の手から離れ、部屋から出て行こうと歩き出す。
千丸の少し後を歩いてきた風音が、ヴィデン・ツァの横を通り過ぎようとした時。
ヴィデ「ありがとう。感謝している」
風音「どういたしまして」
千丸がヴィデン・ツァを見る。
千丸「私にも感謝してよ? そだ、連絡先交換する?」
風音「はいはいここでナンパ禁止~~」
そう言って部屋から出て行こうとドアの前まで行った時。
風音に向かってヴィデン・ツァが話しかける。
ヴィデ「感謝ついでに、一つだけ忠告しておく。英雄殺しが地球に居るかもしれない」
風音「・・・そんな事言ってたね」
ヴィデ「心当たりは無いか? 例えば確実に躱したはずの攻撃をなぜか喰らっていた、とか」
風音が振り返って答える。
風音「さぁ? 今の所はそんな経験無いね」
ヴィデ「じゃあ覚えておいてくれ。例えばそこのお前」
千丸に話しかける。
千丸「ん? 何?」
ヴィデ「音羽風音の顔面を攻撃してみろ」
千丸「やだよぉ。 なんで大事な人の顔を叩かなくちゃいけないの」
ヴィデ「いいからやれ。音羽はその攻撃を避けてみてくれ」
避けてもいいという事なので、千丸が風音の顔面に平手打ちを入れる。
そして当然躱される。
ヴィデ「もしそいつが英雄殺しなら、その状況で顔面を平手打ちされている。奴はほんの少し過去を攻撃する。躱した音羽ではなく、躱す前の音羽を殴っている。分かるか?」
風音「まぁ・・・言ってる事は分かるけど」
ヴィデ「俺と戦った時、俺が前に前に出ていたのを覚えているか?」
風音「ああ、変わった戦い方だなと思ってた。・・・なるほど、僕が英雄殺しだと思ってたからか」
ヴィデ「そうだ。ああいう戦い方をしなければならない。一歩でも引けば終わりだ。無防備な喉を掻っ切られる。飛び道具にも気を付けた方が良い。前に出て戦っていても、返ってくるような飛び道具で後方から撃たれれば自分が躱しても過去の自分に当たる。どうしても躱せないなら、防ぐなりして現在の自分が盾になって過去の自分を守れ」
風音「ふぅん・・・まぁ覚えとく。 僕の方からも質問。ヴィデさんはなんで英雄殺しを追ってるのかな?」
ヴィデ「俺の名前は偽名でな。本名はビデントア・メイクリット。八英雄の一人、英雄メイクリットは俺の父親だ」
レイ「君、メイクリット氏のご子息かね!」
レイの方がびっくりしている。
ビデントア「ほんの先の未来と近くにいる人殺ししか視えない俺なんかと違い、父は遥か未来の厄災や大規模な犯罪まで予言出来た。見える未来の数も、規模も桁違いだった。 厳格な印象が強かった人物だそうだが、家では面白い普通の父親でな。出来損ないの俺にも優しくて、自慢の父親だった。 それがある日、八英雄の会合で全員まとめて殺された。なぜそれが予言出来なかったのかは・・・今以て分からない」
悔しそうに言う。
風音「親の仇、か。悪いね、嫌な事聞いて」
ビデントア「いや、気にするな。お前には感謝の方が大きい。ただ・・・気を付けろ」
風音「分かった。ありがとね」
最後にそう言って、ドアを開ける。
出て行こうとした時、泣き声に近い声でマツバが叫ぶ。
マツバ「あのっ! ありがとっ!」
風音「どういたしまして」
ゆっくりとドアを閉めた。
長官室を出ると、シャロンの女性職員が三人並んでいた。
一人は知っている。よくウェルズと一緒に仕事をしているテトラだ。
風音が「あーどうもーおつかれーっす」みたいな感じの軽いお辞儀をしながら前を通り過ぎようとすると。
テトラ「待って。音羽風音」
風音「はい? 何か?」
テトラ「あなたの活躍で、今回の件がすぐに片付いたって聞いたんだけど、本当?」
風音「僕だけじゃないけど。最後は特にゼロアの功績が大きかったかな」
テトラ「ゼロアって、あなたの差し金じゃない」
風音「差し金? そんな悪役みたいな感じで言われても。って言うかこの二人は誰? なんで僕は睨まれてんの?」
さっきからマテノも風音を睨め上げているが、他二人も風音を敵視しているように見える。
テトラ「こっちの大きいのがバジェスタ。小さいのがコリー。私達は今回の犯人がシャロン関係者ではないかと疑われた際に、どうも今回の事件の容疑者としてシエロからリストアップされてたようでね。この事件が解決するまでの間天狐さんの部屋に泊まる予定だったの」
風音「そうなんですか。良かったですね、早よ解決して。では小生これにて」
帰ろうとした風音をコリーとバジェスタがブロックする。特に図体のでかいバジェスタが体を使ってブロックしてくる。
コリー「帰れるわけないでしょう? 沸いてるの? ねぇあなた頭沸いてるの?」
バジェスタ「恨みは無いが・・・いや恨みはあるか。うん、恨みはある」
業を煮やした風音が尋ねる。
風音「何の用なのか、はっきり言ってもらえません?」
テトラ「私達はね、天狐さんの部屋にお呼ばれしたかったの! それをあんたが邪魔したの!」
態度で薄々気づいていたが、なんてしょうもない理由で敵視するんだ、と呆れる。
風音「あ~もう面倒臭いな・・・」
風音が携帯端末を手に取り、天狐に電話を掛ける。
天狐「何? 師匠が私に電話するなんて、久しぶりじゃない?」
風音「いや大した用じゃないんだけど・・・そういや修行の時以来かな。登録解除してなくて良かったよ」
天狐「師匠は用が無くなった人は登録解除する派? 私は一応残しておく派だけど」
風音「そっか。まぁそれはそうと、天狐さんの家って今日誰か泊まれる?」
天狐「えっ? 師匠来るの? 修行目的ならいいけど、遊びとかなら自宅は無理よ? 外で飲むなら付き合うけど」
風音「いや泊まりたいのは僕じゃないよ」
しばらく返答が無い。
天狐「え? じゃあまさか・・・そんな・・・え・・・心の準備が・・・。・・・本当?」
風音「うん本当。可愛い後輩が泊まりに行くよ」
天狐「え? 誰って?」
風音「後輩」
天狐「何しに?」
風音「遊びに」
天狐「・・・まあいいけど」
風音「良かった、じゃあ三人いける?」
天狐「いや御布団が無いから。私のともう一人分しか」
風音「一人しか無理? なんか仕事で数人泊めるとかいう話を聞いたんだけど」
テトラ達三人が、なんとなくお互いの顔を見合わせる。
天狐「どこで聞いたのそれ・・・。確かにそうね、広さはあるし。仕事だったら寝食含めて、それにかかる費用は全部出してくれるじゃない? だから引き受けたんだけど」
まぁ確かに独り暮らしで布団セットはいくつも要らないか。むしろ自分用とは別に一組ある方が用意の良い方だ。
客人用の布団なんて、多分一人用だろうな。
あ、でも。
風音「じゃあ天狐さんの布団にもう一人入れない? 布団が大きければ、並んで寝ればいけそうじゃない?」
ここで誰かがポンッと風音の肩を叩く。
見ると、コリーが斜め下から満面の笑顔で親指を立てて、風音を見上げている。
天狐「まぁ無理ではないけど。ベッドはキングサイズだし。あ、当然後輩が男だったら無理よ? そもそも泊めるのが無理だからね?」
風音「それは大丈夫。全員女性だから。なら最大二人か。うんまぁいいや、じゃあそういう事で」
電話を切る。
大体聞いていただろうが、一応説明しようと三人を見る。
コリー「バジェスタ、あなた本当にいい子だったわ」
テトラ「あなたの事は忘れない」
二人が微笑みながらバジェスタを見上げる。
二人の目が語っている。
このでけぇ奴、邪魔だろ。
バジェスタ「き、貴様らぁ!」
バジェスタが構える。
コリー「私の体は小さいから、御姉様と一緒に寝るの。 あなた無理じゃない? そんな大きいんだから」
テトラ「ちょっと待ってコリー。何寝言を言ってるの? 小さいのは関係無いわ。・・・そっか。でもそういう意味では、コリーの方が邪魔なのか。バジェスタは二人で寝るには無理があるもんね・・・おのずと私が・・・」
テトラがコリーを見る目が、害虫を見るそれに変わる。
バジェスタ「そもそも二人で行く必要など無い。私一人だけという選択肢もある」
一度裏切られたバジェスタは、テトラと共闘する気など無い。一人勝ちを狙う。
誰が権利を勝ち取るのか。
風音にとって、さして興味の無い女の戦いが始まる。
だから放っといてカノンに帰った。
その後の事は一切知らん。
あとがきーーーーー!!
お疲れ様でした。毎回言ってますけど、結構長かったでしょ?
全部読んだ人も断片的に読んだ人も。いずれにせよ本当にありがとうございました。
って事で久しぶりに続きを書けましたわ。
何か月ぶりよ・・・更新するの。見てくれてた人も内容忘れてんちゃうん・・・
いや色々あったんですよ私生活で。不幸事とかではないけどもね。
ま、それはともかく。
今回語りたい事はアレです。
小説の書き方について。
いいですか? もし書く側に立つ可能性があるなら、これから言う事はほんとに肝に銘じた方が良いですよ。
行き当たりばったりで書いていくのは止めましょう。
以上!!
ほんと今回はプロットとか一切無しで、大まかな構想とノリだけで書き始めたんですね。
具体的に言うと。
なに書こっかな
殺人事件とかでいいかな
何かひねりとかが無いとつまらないかな
でも元々ストーリー重視の物語でもないしな
じゃあちょっとずるい手だけど、犯人グループが実は複数あったっていう昔ながらの感じでいこか
あとは適当に肉付けすればいいや
これだけ。
これだけで書き始めました。
その結果、読み返してみると矛盾が多い多い。話の辻褄が合わなかったり、まだ出会ってない筈の人がお互いを知ってたり。
一応気付いた分は修正したつもりだけど、まだあるかも。
小説を書く時は、話の筋道をきちんと立ててから書きましょうね。
ん? それくらいは分かっているだと?
ふむ・・・そうか。
ならばワシから教える事はもう何も無い。
・・・案ずるな。
もうお前はワシを越えた。
免許皆伝!!
じゃあまた次の話で。
またね。 お疲れ!!




