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カノン  作者: しき
第3話
26/206

殺人鬼8


 夕方。空が綺麗なオレンジ色だ。

 シャロンが届けてくれた許可証を持って、ルフ・ァレン前まで来ている。


 今朝の死体の情報を聞こうとウェルズに連絡を取ったが、繋がらない。

 やはり第一発見者でもあるのであの後もしばらく働いていたのか、まだ寝ているようだ。

 宣言通りお前あとでシバく。とメールを送っておいた。


 隣には男性姿の千丸と、この場所を警備していたゼロアがいる。

 ゼロアによると、今の所怪しい奴は来ていないらしい。

 風音に頼まれた件とは関係無いが、マリアに対してわざと近付いて体を接触させる中年の男が一人居て、マリアも苦笑いしていたという事があったらしい。

 帰りに店から少し離れた場所でゼロアが彼の肩に手を置いて、「次は無い。分かるな?」と呟いただけで震え上がっていたそうだ。ゼロアが去った後も恐怖で五分ほど硬直していたらしい。もうその人はこの店に来ないかもしれない。


千丸「なんでコイツが居るんだよぉ」


 ゼロアと相性の悪い千丸が、ゼロアに対し嫌悪感けんおかんを隠そうともしない。


ゼロア「外に居る分にはお前の行動に興味はない。俺を居ないものと思え」


 ゼロア側は嫌いとかいうより、元より興味がない様子。

 ただ千丸がよくカノン内でしょうもないトラブルを起こすので、その都度つど制裁しているだけだ。外でまでこんな奴の面倒を見る気など無い。


風音「まぁ喧嘩するほど仲が良いっていうからいいけど、人目に付くところではほどほどにね」


 この仕事中は千丸は女性姿でと言ってあったが、あえて今だけ男性姿になってもらっている。

 というのも今後マリアがカノンに顔を出す事もあると思うので、千丸を試す為だ。

 マリアにちょっかいを出すとカノンから追い出すよ、と事前に言ってある。

 この風音からの忠告を聞くか、それともいつも通り女と見れば口説きに掛かるか・・・。

 もし後者なら、マリアには近付けないようにしないと。

 いちいちベタベタしてくる千丸が嫌だという理由で、うちとの契約を切られても困る。


 まだ営業中のお店に入ると、お客さんが五人ほど。

 立地条件が良いのもあるが、個人でやっている小さな花屋さんにしては、常にお客さんが入っているお店だ。

 早速こちらに気付いたようで、マリアが声を掛けて来た。


マリア「あ、風音さん。お待ちしてましたよ」


風音「こんにちは。こっちのゼロアは知ってますよね。こちらがこと千丸ちまるです」


 両隣に居る二人を紹介する。


千丸「どうも~っす、琴千丸です。今後ともよろしくぅ」


 それだけ言って、千丸が店内の様子を見る。

 お客さんの中に、若くてきれいな女性が一人。手には青色の綺麗な花を持っている。


千丸「あ、そのお花が好きなんですか? ティガ星産のミレイユですよね。僕も大好きなんです」


 早速声を掛けに行っている。女性の方はちょっと引きつった笑顔で対応している。


風音「相手によってキャラを変えるのか・・・。なんにせよ」


 風音が千丸の腕を引っ張る。


風音「店の迷惑になるから店内でナンパ禁止」


千丸「そんなに僕が誰かに取られるのが嫌なんですかぁ? 独占欲が強いですねぇ、風音さんは」


 むしろ嬉しそうにそのまま風音の腕に抱き付いてくる。風音が腕を振って千丸を振りほどこうとする。

 その一連の流れをマリアが黙って見ている。

 そんなマリアが何か言う前に、風音が言っておく。


風音「ちょっと変わった子なんですこの子。悪い子じゃないんですけど」


マリア「世の中にはいろんな人が居ますよね」


 営業トークというか、適当に話を合わせてくれた。

 しかしこれまでの流れで、千丸がマリアに手を出す気は無い事が分かった。


 これは風音としても意外だった。千丸は指示よりも欲を優先すると思っていた。

 実は風音は知らないが、千丸はカノンから追い出される事を最も恐れている。

 今回風音は脅すつもりは無く、そんな事をしたらマリアから離れて貰うという意味で偶然そういう言い回しをしただけだが、その時点で千丸の中でマリアは異性としての興味が無くなった。


風音「これがシャロンからの許可証です。映像をお借りしてもいいですか?」


 許可証を見せる。


マリア「確かに。でも映像を借りて帰るの? まずは奥で見なきゃいけないんじゃないの?」


風音「奥って事務所の事かな? 誰か居たりします? 誰か居ると仕事がしにくい事情があるんですけど」


 千丸が変身出来ない。


マリア「母が居ますけど、どちらにせよこういうのは最初に店の人の立ち合いが必要ですよ?」


風音「そういえばそうだっけ?」


 確かそうだったような気もする。

 じゃあ二度手間だが、一旦立会いの下でここで確認してから持って帰って、カノンでもう一度千丸と確認しようか。

 と思っていたが。


千丸「別にいいよ、マリアさんはウチの仕事仲間なんでしょ? じゃあマリアさんに立ち会ってもらえば?」


 まだ風音の腕に絡みついていた、当の本人から許可が。

 これも風音にとっては意外だった。

 余程追い出されたくないようで、マリアに気を遣おうとしている。

 ここで風音も薄々気付いた。千丸に対して〇〇すればカノンから追い出す、とかあまり言わない方が良いかもしれない。ちょっと無理してる感じもする。なんか見てて可哀想だ。

 とはいえ追い出すなんて言葉のあやだよ、なんて言うとセイニーにやった様にすぐにマリアに抱きついたりしそうだ。

 今回はこれでいいか。次から言わない事にしよう。


風音「千丸本人がそう言うなら。じゃあ申し訳ないんですけど映像確認の間、お母さんとマリアさんが交代とか出来ます?」


マリア「いいですよ」


 営業スマイルで対応し、奥から母親を呼んで店番を交代する。

 風音も一言奥さんにお礼を言ってから、店の奥へと移動した。

 事務所の内装はパソコンとモニター、そして金庫、流し台、冷蔵庫、ロッカー、机、椅子等々・・・いわゆる普通の休憩室仕様の事務所だ。

 映像の方はマリアが事前に用意してくれていたようで、例の客が来た時の映像が既に画面に映し出されている。


マリア「こっちの映像が背の高い男性が来た時の映像です」


 映像では十代後半くらいの獣人の女の子と、二十代後半から三十代前半くらいの長身の男性が映っている。


風音「じゃあ早速千丸、男の人の方お願い」


千丸「任せてぇ」


 一瞬で千丸の姿が映像の男性になる。

 年齢は二十代中盤くらいか。色白で背が高く、短い茶髪の痩せ型。

 人相は悪く、常に人を薄目で見据えている感じ。

 どこの星の出身なのだろうか。脚の関節が二つあるように見える。

 ズボンが二か所で曲がってる感じ。折れてるみたいで、ちょい気持ち悪い。


 この男の背が二メートル近くあるせいで、服のサイズが合わずに少しお腹が出る。

 こういった時の為に変身が必要な仕事時は自分サイズの私服は着ず、かなりゆったりとしたどんな背丈でも対応できる伸縮可能な服を着ているが、さすがにこいつは少し大きかったようだ。


 横で見ていたマリアが、可愛らしいお目々をまん丸にして絶句している。


千丸「ガプカ・リブル。 マリアードホテル3005。 機械・・・消えた」


風音「十分、ありがと」


 名前と潜伏地、そして出来ればその人物の事が少しでも分かる言葉を言って貰った。

 名前と住所は記録した。あとはこいつを調べるだけだ。

 機械とは何の事を指すのか分からない。機械に詳しいのか、そういう仕事に就いているのか・・・考えればキリがない。


風音「ついでにこの女の人も・・・」


ゼロア「待て」


 千丸の方をじっと見る。


千丸「ぁん? こっち見んなよぉ」


 愚痴ってる千丸は放っておいて。


風音「何か?」


ゼロア「姿を変えた直後とは違ってずいぶん大人しい表情になったが、こいつの今の表情は千丸のものか?」


風音「中身は千丸だからね」


 人相にんそうとはその人の性格で大きく変わる。

 普段常ににらんでいる様な顔をしている人でも、中身がマリアのような人物に変われば優しげな顔立ちになるだろう。

 普段暗い表情しかしない人も、中身が千丸に変われば超が付くほど明るい表情を見せるだろう。

 それはもう、同じ顔でありながら別人と言っていいほど違う。


ゼロア「最初一瞬だけ本人の表情を見せるのか?」


風音「多分・・・。いつもそんな感じだけど。一瞬ていうか、記憶が消えるまで」


ゼロア「・・・・・・」


 ゼロアが映像の方に視線を戻す。


風音「・・・・・・・・・・・・・・」


ゼロア「・・・・・・」


風音「えっ、終わり?」


ゼロア「何がだ?」


風音「何か気になった事とかあったのかなって思ったんだけど」


ゼロア「顔を覚えておこうと思っただけだ。間違いなくこいつは悪だ」


 隣にマリアがいるのでこの店の警護の為とは言わないが、まだ警護は続くので覚えておいて損はないと思って聞いただけだ。


風音「えっ、そうなん?」


 いきなりの悪認定に驚く。


ゼロア「表情で分かる。ただ犯罪者とは限らん。悪にもいろいろある」


風音「表情だけで分かる?」


ゼロア「裏の顔と言うのは表情に出る。 こいつは特にそれが色濃い」


 普段からそうだが、ゼロアの言う悪の範囲は広い。凶悪犯のみを指すわけではない。

 その辺に平気でゴミを捨てる事が出来る奴も悪だ。そして不思議な事にその本人がそういった行為に悪を感じていなくとも、表情はどんどん悪人になっていく。それはどれだけ取りつくろおうとしても消える事は無い。根が腐ってしまっているというやつだ。


風音「ふ~~ん・・・。まぁゼロアが言うならそうなんだろうね」


 その言葉に少しだけ千丸の表情がくもる。


千丸「前から思ってたけどぉ、なんで風音さんはこいつの事信用してるの?」


風音「なんでて言われてもな。カノンに居る人は全員信用してるけどね」


 と言うより信用した人をスカウトしたから今のカノンがある。


千丸「風音さんには悪いけどさぁ、こいつ裏側では僕でも知ってるくらい凶悪だって言われてたよぉ?」


ゼロア「・・・・・・・・・・・・・」


風音「周りの評価は関係無いよ。それで全部決まるんだったら、僕なんてシャロンのブラックリストに入ってるから超悪人だよ。でも千丸はそれを知ってて僕を信用してくれてるし。それと一緒」


千丸「それはそぉだけどぉ・・・」


 納得いってない様子の千丸。


マリア「えっ? 風音さんってシャロンのブラックリスト入りしてるの?」


 そしてちょっと驚いているマリア。そりゃ一般人が聞いたらこういう反応するだろうな、というお手本の様な反応。


風音「色々あって。ブラックリスト入りした理由は大量殺人鬼の疑いだったんですよ。たくさんの子供が殺された現場に居たからね。しかも僕本人にその時の明確な記憶が無くて。でもそれはもう裁判の結果無罪で確定しましたけど」


マリア「聞きたい事がいっぱいあるけど、まず記憶が無いとは?」


 またしてもゴシップ好きなだけあって興味津々な様子。風音を恐れる必要が無いと思っているのか、ブラックリストと聞いてもあまり怖がっていない様子だ。


風音「どう説明したものか・・・実際見てもらうのが早いですね」


 丁度いい所にゼロアに悪と呼ばれる人物に姿を変えている千丸が居る。

 その千丸とマリアの顔を同時に見る。

 もしこの男にマリアが殺されたとしたら・・・。とリアルに想像してみる。


 風音の両眼が透き通るように透明感が増していく。

 普段は黒色に見えるほどの濃い青色の瞳をしているが、透明度が増す事でその青みが目立つ。

 まるで青く輝いているような真っ青な瞳。


風音「なんでか知らないですけどね、怒ると目が青くなるんです。どうもこの状態の時の記憶が飛ぶみたいで」


マリア「えっ? じゃあ今も元に戻ると、この会話を忘れてるの?」


風音「いや今は大丈夫。説明が面倒だから省きますけど、妖精と契約してる間はそれが起こらないみたいです」


 過去に記憶が飛ぶ異常状態を改善する為に色々調べた結果、風音と同じ様な状態にある一人の男性の情報に行きついた。


 風音やその男性に限らず、裏側にはまれにそういう種族がいる。

 主に窮地きゅうちおちいった時などに、手段を選ばずその状況を打破するため、一時的に自我を切り離して覚醒状態に入る。

 一旦自分を捨ててでも目的を達成させようとする。

 なぜそういう生態なのか諸説しょせつあるが、おそらく自我とはブレーキになり得るからだ。目的を定めたらブレーキなど要らない、という事なのだろうと言われている。


 その男性は普段無害そうに見えるのに、時折衝動的に破壊の限りを尽くす。

 戦闘民族もそうだが、戦い生きる者にとって覚醒状態に入り一時的に戦闘能力が飛躍的に上がるのは、大きな利点である。

 しかし風音同様、その男にとってその才能は不必要なものであった。

 そしてそれが治ったと聞いた。

 その情報を得て、風音はこの男性についてもっと詳しく調べた。


 理由は火の妖精と契約したからだそうだ。

 高位の妖精と契約する事で、新たな力を得ると共に自らが持つ利点が消されたらしい。

 おかげで、良く言えば彼はもう衝動的に何かを破壊する事は無くなった。

 悪く言えば彼はもう窮地を迎えても覚醒状態にはなれない。サバイバビリティ(何かあった際の、生き残る可能性)に関する才能を一つ失ったと言ってもいい。


 その人物を参考にしてみようと、妖精の星に行ったのがユニルとの出会いのきっかけだ。


マリア「妖精って、この間の小っちゃい可愛い子ね。まぁそれはいいわ、治ったなら良かった。それよりもっと気になるのは、どうして疑いが晴れたのにまだブラックリストに入っているの?」


風音「さぁ・・・。一回入れた手前、外しにくいとかじゃないですか?」


 ここはしらばっくれておく。

 もちろん理由は星の子を殺してその力を取り込んだ事が原因だろう。本当はあの時点で危険人物として認定されるはずだったのだが、なぜかその当時はブラックリスト入りしなかった。

 後に別件でブラックリスト入りになり、外す必要が無いとなっているのだろう。


 マリアに伏せる理由は、星の子を神として崇拝すうはいしている星の人も多いからだ。

 不運にも本物に出会ってしまった風音には分かる。あれは神ではない。ああいう生物だ。

 しかし信仰者達にそんな言い分は通じないだろう。

 だからあまり公にしない方が良い。という判断だ。


マリア「へ~~・・・」


 ジッと風音の顔を見る。


マリア「うん、悪い感じはしないしまぁいいでしょ。私も信用するわ。ブラックリストの件は解決したものとしましょう」


 風音の瞳が元に戻る。


風音「助かります。出会った頃のジルみたいにかたくなな人だと、一緒に仕事も出来ないですし」


マリア「ジル?」


風音「いやこっちの話です。ブラックリスト入りしてるって事で、僕を監獄に一生閉じ込めようとした人がシャロンに居たんですよ」


マリア「へぇ・・・まぁそれも仕事・・・なのかな。怪しいのは疑って掛かるのがシャロンの仕事だもんね」


 という反応。風音が少し微笑む。


風音「僕も仕方ないとは思いましたけどね」


 本当にありがたい。マリアがこういう考え方をする人であるおかげで、今朝の風音の行動も許してくれたのだろう。


 話が一段落したので、調査に戻る。


風音「ごめん千丸、大分話がれたね。じゃあ次はこの女の子になって貰える?」


千丸「はい。 リク・リョウコ・マツバ。 マリアードホテル2038。 ヒーロー・・・消えた」


 獣人の女の子に姿を変えた千丸が、早口で情報を喋る。


風音「ヒーロー・・・ねぇ。やっぱり自分が正義と思ってるとかかな? それともまだ続きがあったのか・・・。 あとこの子リウン星の獣人かも。戦闘向きではあるね」


 まず見た目。背が低めで、かなり獣の方が色濃い獣人系。この手の獣人系は年齢が分かり辛いのだが、まだ子供のような気がする。

 手足は人に近いが、顔は猫寄り。

 鼻が低めでおちょぼ口。目は特に猫目をしているという訳ではない。普通の目だ。

 髪の毛も長めでモッフモフしているが、のどの辺りや頬の後ろ側などの顔の中心部以外の部分は、髪色と同じ白銀の体毛で覆われている。肌部分はほんのり赤みがさしている薄橙うすだいだい色。


 耳の形も猫系だし・・・多分リウン星だろう。犬派の風音も犬派だというだけで別に猫が嫌いな訳じゃない。

 これはこれで思わず撫でたくなるくらい、めちゃくちゃ可愛らしい種族だと思う。

 単に犬系の足元にも及ばないというだけの事。


 今聞いた情報をメモっていく。もし三人組の犯罪者なら、三人ともマリアードホテルとかいうところに居そうな気もする。


ゼロア「なぜ出身星まで分かる?」


 風音の発言に疑問を投げかける。猫系に近いだけでは、星の特定は難しいはずだ。


風音「獣人の子とよく遊ぶから覚えたんだけど、獣人の中に偶然僕と同じ日本人に似た傾向の名前を持つ子がいてね。なぜか似てるんだよ名前の付け方が。リク・リョウコ・マツバなんて他の獣人には無い傾向の名前だよ」


 当然リウン星には漢字の文化は無い。

 だからどういう仕組み(感性?)をもって、日本と同じような名前が多いのかは謎だ。

 ただこういう傾向はたまにある。例えばロシアにかなり近い名前の付け方をする星もある。これも理由は不明だ。

 たくさんの星があるので、偶然似てたとしか言いようがない。


ゼロア「・・・よく分からんな。 似てるか?」


 その感覚が分からないようだ。

 ゼロアが知る日本人であるオトハ・カザネやカタギリ・シノブやフジミ・ユウキなどと、リク・リョウコ・マツバを比較しても、似た傾向の名前だというのが理解出来ないらしい。


風音「まぁ絶対とは限らないけどね・・・それはともかく。もう一人の人が一緒に来てる時の画像って無かったですか?」


 マリアに尋ねる。


マリア「あったわ。今から9日前の映像ね」


 さっきとは違う男性と一緒に、さっきの獣人の女の子が店に訪れている。


 こちらも調べた結果、名前はヴィデン・ツァだがそれは偽名、本名はヴィデントア・メイ・・・というところで記憶が消えた。


風音「・・・珍しい、というか初めてだね。本名を先に言わなかったのって」


 二十代前半くらいの若い男性姿をしている千丸に向かって言う。

 見た目は他の二人と違って地球人にそっくりな、いわゆる一般的なタイプの人型だ。

 最初の男も背がかなり高い事を除けば地球人型ではあったが、脚(見えていなかっただけで、もしかしたら腕も?)の関節が多かったのが異質さをかもし出していたので、一般的な人間型には見えなかった。

 顔は地球で言うなら、そこまでりが深くない欧米系の普通の青年といった感じ。

 髪色はいわゆる銀髪。わざとかどうかは知らないが、完全に目が隠れくらいまで前髪を伸ばしている。あとはちょっと髪が長いが、適当にヒモで縛っている感じだ。


 見た目の分析はともかく、問題なのは今の千丸の調査の内容だ。

 偽名を先に名乗ったせいで住所まで間に合わなかった。こんな事は初めてだ。


 おそらく本名は・・・。

 と風音が予想していると、千丸が先に答える。


千丸「もう長い間本名は名乗ってないみたいだねぇ。少なくともここ数年は出会った人全てに偽名の方で名乗ってる。だから本人自身がフェクトでは特に、偽名の方を自分として認識してるっぽい。・・・からかなぁ。そんな感覚だったよぉ」


 と、ほぼほぼ風音が予想していた通りの答え。

 それだけ本名の方はフェクトで使う気が無いという事だろう。


 でもまあその感覚は不自然な事ではないのかもしれない。

 と風音がうなずきながら納得する。

 多分過去に本名を捨てた千丸を同じ方法で調べても、先に本名である「シロ」とは言わずに「琴千丸」と答えるのだろう。

 もうここではそれを自分の名前だと、本人がそう認識しているからだ。


 こういう場合先に本名を言おうとしても、偽名の方が先に記憶として浮かび上がってしまうのか。少し厄介だ。

 偽名を名乗った後に、本名の方を言おうとする。

 そこで時間がかかってしまうせいで、他の情報が出て来ない。


風音「もし今後同じ事があった場合、続けて本名を言うより住所を優先してもらった方が良いのかな・・・いや、本名の方が大事か。前科がある奴なら本名で一発だし・・・・・・いや前科があれば顔だけでいけるのか」


 正体が分かったところで、どこに居るのか分からないと捕まえられない。

 しかし犯罪者は潜伏地を転々とするタイプも多い。ちょっと調べるのが遅かったというだけで、行ってみても居なかったという事もある。

 そういった状況の事を考えると、顔が分かっているのだから本名も知っておいた方が後々調べやすいか。

 悩む風音に。


千丸「記憶を維持してる時間がもう少し長ければねぇ・・・。ごめんね」


風音「いやいや千丸は頑張ってくれてるよ。あの時めっちゃ早口で喋ってくれてるし」


 ねぎらっていると、ゼロアがまた真剣な表情で千丸を見ている。

 なにかまた重要な事に気付いたようだ。


風音「この男について何か分かった?」


ゼロア「偽名がヴィデン・ツァで本名がヴィデントア? こいつ馬鹿じゃないのか」


 偽名がほぼ本名だという事に思う所があるようだ。


風音「・・・うん。それは全員が思ってたやつ。そんな真剣に考える事じゃないと思う」


マリア「えっ、変かしら? 他の星に行って名前を変える時って、自分の本名に近い名前にしない?」


風音「それはその星での本名として名乗る場合で・・・偽名とはちょっと違うと思います」


 解釈の違いのせいか、マリアは特に違和感が無かったようだ。


 ここで急に千丸がゼロアに視線を送った。少し嫌そうな表情をしている。


風音(ん? 何かあったのかな?)


 風音が千丸の様子を気にしていると、ふとゼロアが千丸の顔を見た。


ゼロア「・・・という事はこの男も獣人なのか?」


風音「人間だと思うけど・・・」


 再びゼロアが千丸の身体や顔付近をじっくり見る。


千丸「あんまり見んなよぉ、気色悪いなぁ」


 ゼロアの事を嫌いな千丸が、まじまじと見られる事を嫌がっている様子。


ゼロア「おい、千丸が鬱陶うっとうしいから風音が調べてくれ。こいつが獣人かどうか」


 言われた通り、風音が千丸の頭や体をポンポンと触って調べる。

 ゼロアの時とは違い、千丸は満足げだ。自分から両手を上げて、触りにくい脇腹とか背中やお尻(尻尾確認のため)なんかを触らせている。


 一通り調べ終わったところで。


風音「尻尾も無いし・・・多分一般的な人間型。なんで獣人かもしれないと思ったのかな?」


ゼロア「偽名が本名とほぼ同じ・・・。どう考えても獣人クラスの頭の悪さだ」


 まだこだわってたようだ。そんな理由で調べさせたのか。

 今回の犯人が獣人の可能性が高いと聞いているので、彼なりに考察してくれているのかもしれない。


風音「いやだからそこは真剣に悩まなくていいって。 あとその言い方マリアさんに失礼だし」


マリア「本当よね」


 今この場で話題の獣人であるマリアからも非難が。


 マリアへのフォローも兼ねて、この際ゼロアに言っておく。


風音「ゼロアよく覚えといて。 獣人ってのは、馬鹿だから可愛いんだよ」


マリア「おい」


 ドムッという重い音で、マリアの裏拳が風音の腹に入る。


風音「この・・・冗談に対してのツッコミの・・・力加減が分かってない所とかも・・・・可愛いし・・・」


 完全に油断していた。痛みをこらえ、お腹を押さえて必死のフォロー。

 今のなんてもう、人を倒す為の威力だ。


風音「それはそうと・・・千丸? さっきゼロアに顔を見られる直前、急にゼロアの方を見て嫌がったけどあれはなんで?」


 その後ゼロアにジロジロ見られて嫌がっていたが、見られる前から反応していた気がする。


千丸「そぅ。もっとはっきりしてから言おうと思ってたんだけどぉ、この男なんか変なんだよ。世界が二重に見える。一つは今で、もう一つは少し未来が見える。それが常に同時に見えてるから、慣れないと吐きそう」


 千丸が顔をしかめる。


ゼロア「この男の持つ特殊能力か? 特殊能力までコピーするのか」


風音「記憶以外は大体本人と同じになるみたい。 未来視って亜稀あきみたいなもんかな? 亜稀も戦う時は敵の動きの先が読めるみたいだけど」


 カノン乗組員の亜稀も、相手の動きをある程度読み続ける事が出来る。


ゼロア「あいつのは未来視というより精度の高い予測だ。おそらくこいつの未来視はもっと性能が高い。はっきりと未来が見えているなら亜稀の上位互換じょういごかんになり得る」


風音「厄介そうだね」


ゼロア「そうか?」


 ゼロアは集中状態(ほぼ未来予知に近い動き)の亜稀と闘い慣れているので、そんな脅威とも思わない。やろうと思えば亜稀など秒で倒せる。その上位互換といわれてもたかが知れている。


風音「・・・普通は苦戦するよ。僕なんか例の状態の亜稀に勝った事無いし」


 負けた事も無いけど。と心の中では強がっておく。


ゼロア「千丸」


 急に名前を呼んで千丸の方を見た。


千丸「ん? ・・・ひっ!」


 千丸が自分の顔を防ぐ。

 しばらくしても特に何も起こらないので、千丸が恐る恐る防御を解く。


千丸「風音さぁん、こいつしかってよぉ・・・」


 急に千丸が泣きそうな顔で風音にしがみ付いてくる。


風音「なに? 何かされた?」


 おそらくゼロアが何かしたのだろうが。


ゼロア「どこまで見えた?」


 千丸に問う。


千丸「数え切れないくらい殴られて・・・体が全部バラバラになって・・・」


 その先を言いたくないのか、ゴクッと息をのんで黙る。


ゼロア「お前は今、顔面を腕で防いだろ? それでも殴られたのか?」


千丸「だからそう言ってるだろぉ! もうお前近付くな!」


 風音に隠れるようにゼロアから離れる。

 よっぽど怖かったようだ。


ゼロア「こいつは・・・大した事無いな」


風音「どういう事?」


 今の一連の流れがよく分からないので、過呼吸のような状態の千丸の背中を撫でながら尋ねるが・・・。

 知らん男の格好をしている千丸を撫でるのは少し抵抗がある。


ゼロア「こいつの未来視の性能を確かめてみたが、単にこれから起こる予定だった未来を見るだけだな」


風音「未来視なんだからそりゃそうでしょうよ。もうちょい分かり易く」


ゼロア「今俺は千丸が動かないようなら二百近く殴る予定だったが、何かしらの動きを見せれば一度寸止すんどめをするだけにしようと思っていた。あまりに怯えていたから寸止めもやめにしたが。これがどういう事か分かるか?」


風音「二百も殴るのはやり過ぎだって事は分かるけど・・・」


 多分一撃目で絶命しているだろうに。

 千丸が無言でゼロアをにらんでいる。


ゼロア「変化に対応していない。 どうもこいつは予知で知り得た危険を回避する行動を取った際、それに対しこちらがどう対応するかが全く見えていない。 変化の先にある結果も見えない」


 マリアがよく分かっていないようで、首をかしげている。

 好奇心旺盛おうせいな普段のマリアなら「どういう事?」とか尋ねるのだが、部外者なので黙っている。


 それを隣で見ていた風音が。


風音「例えばマリアさんの頭を僕が急にでようとして、それをマリアさんが未来視で察知さっちして避けるとするじゃないですか?」


 そう言いながらマリアの頭に手を伸ばす。

 そしてマリアが避けたところで、そのままマリアの目の前でパンッと手を叩いて驚かせる。という流れだ。

 撫でられるところまでは予知して避けたが、避けた事によって驚かされるという変化した未来までは視えていない。という事を身をもって体験してもらおうとしたが。


 風音が伸ばした手がそのままマリアの頭に触れ、予定通りそのまま撫でる。

 避ける気が全然なかった。

 そもそも犬族は撫でられる事が好きだから、避ける必要が無いと思ったのか。

 そのままグリグリと頭を撫でられて、尻尾をブンブン振っている。

 風音の方も幸せ過ぎてほおゆるむ。お互いに、ふふっと微笑んでいる。


 もうどうでもいいか。

 こんな男のしょうもない能力の解説とか。

 この幸せに比べたら些細ささいな事だ。


 撫で終えた風音が、真面目な顔に戻ってゼロアの方を向く。


風音「要は中途半端な未来しか視えないって事だね。 戦闘では最初の一撃は読めるけど、あとは一切対応出来ないって事? そんなの何の役に立つんだろう?」


 確かに大した事無いかも。最初だけこちらの攻撃が避けられる可能性が高いのと、その時あちらの反撃を喰う可能性があるだけか。

 ならこちらの変化も含めて全て予測する亜稀の方が厄介だ。


 ただ風音の中でひとつ、どうでもよい疑問が解消した気がする。

 たまにゲームで「絶対先制」みたいな能力を持っているキャラクターがいる。風音は個人的にアレが疑問だった。

 どんな相手にも絶対に先制攻撃が出来るなんて、余程よほど超人的な感覚や速度を持たないと無理だ。

 そんな有能な奴が、先制攻撃だけ終わらせると途端とたんに平凡なキャラに成り下がる。

 おいどうした? って思っていた。

 そんなはずないだろ。絶対に先制攻撃が出来る天才が、それ以外の能力が他のキャラと同じなんて。 と。


 でも今分かった。こいつがそれだ。

 高確率で先制は出来る。相手の不意打ちも初撃は喰らわない。

 でもそれ以降は普通。という能力の様に見える。


 考えていると。


マリア「少しいいかしら? なんでその・・・能力? を戦いに使う事を前提ぜんていに喋ってるのかしら?」


風音「・・・というと?」


マリア「少し先の未来が見えたら、不慮ふりょの事故とかには対応出来そうじゃない。うっかり物を落としたり壊したりもしないでしょうし。あとは嫌いな人にばったり出くわすのも回避出来るかもね」


 日常生活で便利という事か。

 まぁそうかもしれない。そもそもこいつら犯罪者の可能性すらまだ薄い状態だった。


風音「そっか。確かに戦う前提で考え過ぎたかも。勝手に何の役に立つんだとか失礼な事言っちゃってたよ」


 それはそれとして、ゼロアにやっておかなければならない事がある。

 風音がゼロアに対し行動を起こそうとすると。

 千丸が嬉しそうに風音の腕をぎゅっと握る。


風音(あ、この千丸の反応。これから何をするか見えたのか)


風音「それはそうとゼロア、やりすぎ。実験にしてももうちょっとやり方考えて」


 千丸をビビらせた事に対し叱ると同時に、持ってた鞄の中から書類を取り出し、丸めてゼロアの頭をスパーンと叩く。

 無表情のままのゼロアに、風音が目の動きで会話をする。


風音(これくらいやらないと千丸が落ち着いてくれないから我慢して。情報どうもね)


ゼロア(・・・・・・)


 ゼロアが何か返事をしかけたが、途中でやめて映像に目を戻す。


ゼロア「変身した奴と能力が同じなら、さっき獣人の女になった時に攻撃力を試しておいた方が良かったんじゃないのか?」


風音「本人の記憶が無くなるって事は、つちかった技術も使えなくなるって事だから。見た感じ、もし今の子が犯人なら武道にけてるんじゃないかな。千丸に殴ってもらっても参考にならないと思う」


 しかし世の中には技術とか関係無く、体一つで信じられないくらい強い例外もいる。

 ちょうど千丸とゼロアがそばにいるので、ふと思う。


風音「でもゼロアに変身したらそれだけで強くなりそう」


千丸「こいつにだけは死んでもならないよ」


 即答される。

 そう言わずに、切り札として温存しておいても良いと思う。ピンチに陥ってもゼロアになっとけば大体切り抜けられるだろうから。


千丸「どっちかって言うとぉ、もう一回風音さんになりたいなぁ」


風音「そう? まぁ自分で言うのもなんだけど、僕の体も結構性能高いみたいだからね」


 あまり自覚は無いが、それはよく言われる。


千丸「そんな事よりぃ、あんなの初めての経験だったんだよ。風音さんに変身した時、自分の身体に凄い興奮した。普通男になった時は男の身体に興奮しないのに。風音さんになってる間、もうずっと自分に発情してた。多分風音さんは中身が完全に女性なんだよ」


 なんだそれは。風音もそれは今初めて聞いた。

 ゼロアが風音から一歩離れる。


風音「いや待て。誤解だ」


マリア「あなた自分の身体に興奮する人なの?」


風音「だから聞いて? 違うって」


千丸「でも事実だしぃ・・・。もう自分の身体を見ながら、干からびるんじゃないかって程・・・」


 ゼロアの心の距離も一歩離れた所で、風音が割り込む。


風音「聞いて千丸。 いい? 僕の予想だけど、その時僕の体で中身が千丸だったわけだ。で、その直前千丸は僕に命を助けられてる。そんな状況なんだから僕に対して・・・なんて言うの? 同性だけど好感度最大? みたいな状態だったんじゃない? なんだかんだで千丸って結局両性なんだから、体が男でも潜在的に女性脳を持ってる訳だし、好感を興奮と勘違いしただけだと思うよ?」


 めちゃくちゃ早口で弁論する。

 その説明を聞いて、千丸がしばらく考えて答えを出す。


千丸「ん~~~・・・、多分違うよぉ」


風音「多分で僕の尊厳そんげんを地に落とさないで貰える?」


 風音は必死だが、ゼロアはもう興味を失くしたようで。


ゼロア「千丸は妖精にもなれるのか?」


 話を変えられてしまった。ゼロアは興味無いかもしれないが、風音としてはマリアが居る手前誤解が解けるまでもうちょっと真剣に話し合いたかったが・・・。

 いつまでも雑談ばかりしてられないのも事実。

 仕事モードに切り替える。


 ゼロアの質問に対しそれは無理、と風音が首を振る。


風音「妖精は人とは格が違うから。あと自分の力以外で得た特殊な力もコピーできないみたい。例えば僕に変身しても毒は使えるだろうけど、風を操るのと封印してる力を使うのは無理だと思う。だからこの未来視?は、この男が自力で得た能力なんだろうね。妖精との契約で得たとか、後天的に何かからさずかった力ではないと思う」


千丸「うぅ~~・・・。音は切り替えられるけどぉ・・・面倒臭いなこの体。視界も切り替えられないかな・・・もうちょっとでいけそうなのにぃ・・・」


 ブツブツ言いながら、目を大きくしたりキョロキョロしたりしている。


風音「音が切り替えられるとは?」


千丸「音も二重に聞こえててねぇ・・・鬱陶しいからどっちかにしろって思ってたら、今の音か未来の音かどっちかを選んで聞く事が出来るようになったみたい」


 鬱陶しそうに耳の穴に指を出し入れしながら言っている。

 風音が興味深そうに頷く。


風音・千丸「「視界は未来に切り替えちゃうと、逆に今が分からなくて危険じゃない?」」


 綺麗にハモる。千丸が風音の言葉を予知し、合わせたようだ。


千丸「こんな感じで、これから相手が喋ろうとする内容を事前に聞く事も出来るけどぉ・・・。視界は風音さんが言ったように、二重のままの方が良いのかなぁ、でも落ち着かないなぁコレ」


風音「どれくらい先が同時に見えてる?」


千丸「2~3秒? その時の集中次第かなぁ。視界に集中すれば5秒くらいいけて・・・そうか。集中か」


 千丸が深呼吸をする。


千丸「あ、段々視界が今の画像だけになっていく。そういう事かぁ」


 勝手に納得しているようだ。


千丸「分かったぁ。今まで視界に集中しすぎてたんだよ。二重の世界にビックリして見ようとしすぎてたっていうかぁ。 だから逆だねぇこれ。リラックスすれば未来の方は見えなくなるみたい」


風音「あ、コントロール出来るようになったんだ。でももう戻ってくれてもいいんだけど」


千丸「でもぉ、この三人をどうやって調べるの? また監視? それよりこの体を利用して、残りの二人から何か聞き出す方が早くない?」


 戻ってしまうと、もう二度とこの男に変身出来ない。


風音「う~~・・・んっとね。こいつらが完全に犯罪者ならそれもアリなんだけど、まだはっきりしてないからね・・・。一般人に対して変装して個人情報を聞き取るっていうのは・・・。シャロンの許可を得れば行けるのかな?」


ゼロア「別に気にしなくていいだろう。これも仕事の内だ」


風音「そうかなぁ・・・。それよりもしクロだった場合、バレたら千丸が危険じゃない? その場で戦闘になるならまだしも、どこかに連れ去られたりしたら」


千丸「そこは風音さんが近くで見ててくれたら助けに来れるしぃ、こいつの体は未来が見えるからいきなりやられることは無いしぃ、問題無くない?」


 しばらく風音が考える。


風音「・・・じゃあまぁ・・・いったん戻るのは保留で。これからこのマリアードホテルってとこに行くけど、このヴィデン・ツァさん以外の二人を見掛けたら声を掛けてみようか」


 今後の方針が決まり、マリアにお礼を言ってルフ・ァレンから去ろうかと思った時。

 急に勢いよく事務所のドアが開く。


「はぁ・・・・、はぁ・・・・・・。 ・・・失礼します」


 息を切らせた誰かが事務所に入って来た。

 マリアが入ってきた人物を見る。


マリア「うわぁ綺麗な人。どなたですか? ここは関係者以外立ち入り禁止ですよ?」


 美しい青磁せいじ色の長髪、真っ黒なノースリーブに純白のスカート・・・アリエイラだ。

 髪の毛が取っ散らかっている所から見て本物だ。


風音「この方も僕の仕事の関係者なんです。こちらアリエイラ・フォクスさん」


 ゼェゼェと息をしているアリエイラの代わりに風音が紹介する。


マリア「あらそうなの。じゃあ初めまして、マリア・リーフです。今後ともよろしくね」


 アリエイラがマリアの方をチラッと見て、軽く会釈えしゃくをする。


風音「で、アリエイラさんがなんでここに?」


 仕事内容は事務員に伝えてある。わざわざワグナさんに聞いて来たという事か。


 アリエイラが風音の方を見た。

 珍しくいつもの笑顔が消えている。


アリエイラ「・・・全員正座」


風音「なんで?」


アリエイラ「いいからまず正座」


 ちょっと怒ってる?

 多分マリアを除いた三人に言っている。


風音「ここじゃあ迷惑も掛かるから正座とかは出来ないけど・・・話があるなら聞くよ?」


アリエイラ「・・・・・・」


 再びアリエイラがチラッとマリアの方を見る。


アリエイラ「御迷惑を掛けるのは本意ではありません。では特別に立ったままである事を許可します。まず琴千丸とゼロアの御二人に問います。何故ここに居るのですか?」


ゼロア「仕事だ」


千丸「同じくぅ」


 二人とも一応真面目に答えている。

 今関係無いが、どうしてアリエイラは今の千丸の姿を見て千丸だと分かったのだろう。と風音が疑問に思う。やはり波動だろうか。もしそうなら便利だから覚えたいものだ。


アリエイラ「風音さん、どうして私がここに居なかったのでしょう?」


風音「どうしてと言われても・・・。アリエイラさん今日は他に仕事があるでしょ」


 アリエイラが大きく溜め息を吐く。


アリエイラ「シャロンからの仕事は何を置いても優先すると聞いています。 元々この仕事は私とリロさんと風音さんがった仕事ではなかったですか? どういう理由でこの二人が居て私が外れているのですか?」


風音「もうそれは終わったから、次は別件で。この仕事はこの二人が適任だと思ったから一緒に来たんだけど」


アリエイラ「それは論理的におかしいです」


風音「おかしいかな?」


 反論の余地が無いほど完璧な答えだと思うが。


アリエイラ「まず仕事は終わってません。これはあくまで今朝の続きであり別件ではありません。そして適任どうこうとおっしゃいましたが、私に適任でない仕事などありません。・・・であれば私が継続しているべきです。居ないのは理屈に合わない」


 凄い自信だ。

 一回請け負った仕事は、自分で最後まできっちりやりたいのだろうか。それで置いて行かれて怒っている?

 そういえばアリエイラは自称完璧主義だった。


風音「・・・でも寝てたで?」


 そう。

 今朝風音がカノンに帰って寝て、起きてもまだアリエイラは艦長室で寝ていた。元々寝ているところを起こされて働いていたのに加え、久しぶりにたくさん体を動かして疲れていたのか、かなり長時間寝ていたみたいだ。


 しかしこの回答に、アリエイラが呆れた様に溜め息。


アリエイラ「仕事に行く時は起こしてって言いましたよね?」


 そんな中学生みたいな事言ってたっけ? と風音が今朝の記憶を辿たどる。


風音「いや・・・言ってなかったですけど」


アリエイラ「本当に? よく思い出してください」


 言われた通り、今朝の事を思い出してみる。


風音「うん、聞いてないかな。手首を怪我した後、全てが嫌になって寝たでしょ確か」


アリエイラ「そうですか。では言ってなかったのでしょうね」


 だからどうした。

 自信を持ってさらりと髪を撫でる。


ゼロア「何なんだこいつは」


 こんなのに構ってられないゼロアが、面倒臭そうに言う。

 しかしアリエイラの方も、ゼロアなどに構っていられない。


アリエイラ「失礼ですがゼロアさん。トビウオ以下の知性からしか出てこないような、生産性の無いコメントは結構です。 いいですか風音さん? 私の身にさっき、立て続けに二度理解不能な事が起こりました。一つずつ答えて頂きます」


風音「はい」


 多分答えないと収まらない。


アリエイラ「まず最初はユニルさんに。どうしてあなたが艦長室で寝ているのか、と聞かれました。事実を事実のまま「成り行きで」と答えましたが、何故かずっと怒っていました。理屈に合わない怒りを私にぶつけるユニルさんの行動の説明を」


風音「あそこは本来ユニィの寝る部屋だからじゃないかな? アリエイラさんだってもし朝起きた時に、自分の部屋に僕が寝てたら注意するでしょ?」


アリエイラ「しません」


千丸「えっ? ほんと? じゃあ僕も寝に行っていい?」


アリエイラ「来るのは構いませんが、神楽さんからの助言で女性陣の部屋は全てセキュリティを強化しています。夜中あなたが来た時は両腕をぐように設定してあります」


千丸「なんで僕だけ!? いつの間にそんな事に?」


アリエイラ「あなただけではありません。春日かすがさんと煉也れんやさんもです」


風音「なんで煉兄ぃまで・・・」


 千丸と春日は分かるけど。


アリエイラ「煉也さんのは癒々さんから頼まれました。煉也さんは癒々さん以外の女性の部屋に入ろうとしたら、両腕ではなく股間こかんを捥がれます」


風音「あ、そうですか。 とにかく人によっては急に誰かが自分の部屋で寝てたら、怒る人も居るって事です。これ以上の答えはありませんよ」


アリエイラ「ふむ・・・。まぁ良しとしましょう。私としてもそちらはどうでも良かったですし。では二つ目です。次に艦長室を出た時に廊下を歩いていた九重さんから「あれ、お前ベンチ入りになったのか?」と言われました。意味が分からなかったのでその発言の真意を問いただしました」


風音(なに余計な事言ってんのあの人・・・)


アリエイラ「取り掛かっている最中の仕事から外されたという意味だそうです。それはまぁ構わないと思っていました。その時点ではね。私は仕事があると言ってたので、気を遣って連れて行かなかったのかなと」


風音「まさにその通りですよ、他に仕事を抱えている人を起こしてまで連れて行く必要も無いかなって。何か問題でも?」


 普段笑顔を絶やさないアリエイラが、珍しく鋭い目をして風音を見た。


アリエイラ「ここからの九重さんの発言が問題です。しかしながら男性というものは、仮に仕事の役に立たなくても、その女性に少しでも好感を持っているなら連れて行くものなのにな、と」


 この発言にアリエイラが憤慨ふんがいしたようだ。


アリエイラ「じゃあどうして私が居残りなのか分かりません。理屈に合いません。私の計算では異性への好感度を百段階の数値で表すなら、風音さんから私への好感は85くらいのはずです」


 どういう数値だ、と風音が思っていると。


千丸「どういう計算したのぉ? ちなみに風音さんとカノンの事務員さん達だと?」


アリエイラ「ブラウニーさんから風音さんが66。風音さんからブラウニーさんが90。ワグナさんと風音さんは互いに60。癒々さんから風音さんが70。風音さんから癒々さんが68。 ついでに言うなら男性千丸さんから風音さんが100。風音さんから男性千丸さんが2です」


ゼロア「・・・大体合ってるな」


風音「そう・・・かな?」


 ブラウニーとその他の人達に対してそこまで差がある自覚は無い。


千丸「90かぁ。手強いなぁ、やっぱり。・・・・ん? 2?」


 ゼロアが客観的に見ててもそんな感じだ。しかしアリエイラに85は無い。いいとこ75だ。あくまでゼロアの見立てでは、だが。


風音「その数値はともかく、それ以前にまず九重さんの発言が間違ってるよ。そういう人も居るけど、それは人によるんじゃないかな」


アリエイラ「九重さんの発言が・・・間違い・・・?」


 好感度の高い人なら、仕事に連れて行く必要が無くとも連れて行く。

 この発言自体が誤りですって・・・?


 まるで我に返ったかのように、アリエイラが目を見開く。


アリエイラ「ふむ・・・、なるほど・・・。・・・確かに私とした事が・・・。理屈に合わない場合、前提が間違っているという可能性を失念しつねんしておりました」


 なぜその可能性に思考を向けなかったのか。


 ・・・・・・・・・


 ・・・なるほど、発言者が九重だからか。と理解する。


アリエイラ「そうか、男性・・・。 同じ男性の意見だから間違いないのだろうと、盲目もうもく的に九重さんの発言をとして考えていました。だから真実と照らし合わせた時、理屈に合わなかったという事ですか・・・。前提に対する熟慮じゅくりょ不足・・・。論理を語る際の最も初歩的な落とし穴に・・・この私が」


 少し下を向いてあごに手を当てて考え込む。

 さっきまでカンストしかけていたアリエイラの怒りゲージが下がっていく。


 そして顔を上げた。


アリエイラ「この後の仕事内容は?」


風音「マリアードホテルっていう所に行って、場合によっては戦闘になるかも。可能性は低いけど」


アリエイラ「ふむ」


 また考える。


アリエイラ「移動はおんぶですか?」


風音「歩きです。変更不可です」


アリエイラ「じゃあ帰ります。今朝の組手で散々な目に遭いました。野蛮な事はもうこりごりです」


風音「あれを組手と呼ぶのか・・・」


 私に適任ではない仕事など無い、ではなかったのか。


風音「というか、別でアリエイラさんに頼みたい事があるんです」


アリエイラ「何でしょう?」


風音「例のロボットから取れた物質。あの物質はおそらく収集した情報をどこかに飛ばしていたと思うんだけど、出来るならその場所を特定してほしい」


アリエイラ「それはもう終わっています」


風音「うそっ! はやっ! いつやったのそれ」


アリエイラ「当然の事で、驚くような事ではありません。あの時の私は機械でしたから。最初見た時に解析かいせきは終えました」


風音「なんでその場で言わなかったんですか?」


アリエイラ「今回の仕事はこちらで成果を挙げないと報酬が無いと聞いてましたから。あの場で言ったらシャロンに先に手柄を挙げられるだけでしょう」


 風音が少しだけ笑う。一応そういう考え方もしてくれているのか。分かった事は何でもその場で言う人だという認識だった。

 正式な契約内容をアリエイラは知らないので仕方ないが、今回のは犯人を捕まえなくても情報を出すだけで報酬になる契約だったので、出来ればその場で言って欲しかった。


風音「じゃあ帰ってから屋台の監視カメラを見てた時とかに言わなかったのは?」


アリエイラ「私も人間ですから、たまには言うべき事を忘れる事もあります」


風音「そうですか・・・」


 もはや何も言うまい。この人はこういう人だ。


風音「じゃあそこに行くのが一番手っ取り早いか・・・」


 直接事件と繋がる可能性が高いのはそっちだろう。

 しかし事件とは別に、花屋に来る三人組も気になる。獣人であるマリアと善悪を見分けるゼロアが、共に悪だと認識したやつが街をウロウロしているのは間違いない。

 それはそれで、今なら聞き込みが出来る千丸と二人で調べに行っておきたい。

 花屋の護衛は亜稀やリロに任せて、ゼロアを向かわせようか。


風音「じゃあゼロア、今やってる仕事は亜稀に引き継いでそっち行ってくれる?」


 ゼロアが無言で頷く。


風音「ゼロアがいるなら安全だと思うし、アリエイラさんも行く?」


 さっき仕事に呼ばれなかった事を怒っていたので、気を遣っておく。

 そう言われ、アリエイラがゼロアを見る。


アリエイラ「ゼロアさんとですか・・・」


 値踏ねぶみするように、上から下までゼロアを見る。

 そして、やれやれという表情。


アリエイラ「はっ」


 有り得ないでしょう、という言葉を集約したような一言。


アリエイラ「私が付いて行っても意味がありません。どう見てもこの方は単独行動の方が成果を挙げます」


ゼロア(あれだけ自己評価が高かった奴が・・・。こいつ・・・ただの奇人ではないのか)


 アリエイラに対しての評価を少し改めた。


風音「そっか、じゃあゼロアだけでお願い」


アリエイラ「では私は帰ります」


 そしてそのまま発言通り、アリエイラはきびすを返して事務所から出て行った。

 一連のやり取りを呆然ぼうぜんとして見ていたマリアが最初に口を開く。


マリア「あの人変わってるわね」


風音「うん・・・」


 そうつぶやいたと同時くらいで、再び事務所のドアが開く。


アリエイラ「忘れておりました。マリア・リーフさん」


マリア「はい?」


 聞かれていたのかな、と少し動揺する。


アリエイラ「先程は失礼致しました。自分を優先してあなたへの対応が半端はんぱなままである事を思い出しました。 カノンのあるじ、アリエイラ・フォクスです。カノンに来た際にはお気軽にお訪ね下さい。占いから好感度調査、機械修理に高性能ロボット派遣、中性能程度のロボット製造販売まで、今回御迷惑をお掛けしたお詫びに十回までなら何でも無料でさせて頂きます。では」


 言いたい事だけ言って、また出て行った。


マリア「あの人変わってるわね」


風音「うん・・・。でも腕は一流だから。高性能ロボット派遣は本当なら結構高額だし、本当に何でも出来るロボットを派遣するから。風邪ひいて休みが欲しい時とか使ってみてもいいんじゃないかな」


 そう言われても、マリアは半信半疑だ。あんなやり取りをしていた人が、まともなロボットを作れるとは思えない。


マリア「へぇ・・・大丈夫なのかしら。 でも話題作りの為にも、占いは気になるわね。やって貰おうかしら」


 やはり女子だ。そっちの方が気になるらしい。


千丸「アリエイラさんってカノンの主なの? 風音さんが主だと思ってたんだけどぉ」


 千丸から疑問の声が。


風音「うん・・・。メンテしてるっていう意味では。 カノンに住む人達の長っていう意味じゃなくて、カノンっていう宇宙船の心臓部っていう意味だと思う」


 と答えておく。

 彼女がどういった意味で言っているのかは知らないが。

 そもそもメンテの範囲や重要度の高いメンテは大体レスタがやってくれているので、その理屈で言えばレスタの方がカノンの主になるし。


 ともあれ乱入者も去った事だし、そろそろ仕事に向かおう。

 マリアにお礼を言ってから、ルフ・ァレンを後にした。

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