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カノン  作者: しき
第3話
24/206

殺人鬼6


 目的地が近かったのもあり、五分ほどで現場に着いた。

 アリエイラがロボットだから本人より少し重かったけど、走った甲斐かいがあったというものだ。

 事件があった通りには、通行止めのさくが設置してある。その向こうに何人かのシャロン職員が見える。


風音「あそこか。一応裏通りとはいえ、本当に街のど真ん中でやったんだ」


 柵の付近まで行くと、シャロンの男性職員が風音の所に走り寄って来た。


 「おはようございます、音羽風音おとはかざねさんですね。長官から通すように言われてます。・・・そちらの方は怪我けがをされているのですか?」


 背負われているアリエイラを見ながら尋ねる。


風音「外傷は特に無いので大丈夫です。この人は思想が傷んでいるだけです」


 微笑んだままアリエイラが風音の後頭部に強めの頭突きを入れる。

 生身じゃないのでこういう事も平気で出来ます。


風音「走るのが疲れるから、おんぶして走れって言われたんです。どう思います?」


 痛そうに後頭部を押さえながら尋ねる。


 「・・・確かに少し常識が通じない状態ですね。精神支配でも受けましたか? 治療しましょうか?」


 笑顔のままのアリエイラが、職員を冷たい目で見下ろす。


風音「いえご心配なく。これは元からですので」


 「そうですか。では先に注意事項をいくつか。 まず遺体には触れないようお願いします。それと御存知だと思いますが無残な殺され方をしています。たまにそういう現場では吐いてしまう方もいますので、吐きそうになったら遺体から可能な限り離れて下さい。あと、撮影などは禁止です。写真が必要であれば、後でシャロンの方から送ります。最後に、現場を指揮されていた方がもう帰ったので、何か新たな発見があれば遺体のそばにいるウェルズに報告をお願いします。あと、靴だけこちらに履き替えて下さい」


 猛練習していたのかと思う程、すらすらと注意事項を喋る。

 風音達が靴を履き替えてから、書類を差し出す。


 「ここにサインをお願いします」


風音「はい、分かりました。現場指揮って、夜勤のトップかな。帰ったんだ、ちょっと会いたかったのにな。 で、その代わりがウェルズ? 夜勤は夜勤に任せるのがシャロンのやり方とか言ってたのに、何でウェルズ?」


 書類に目を通しながら尋ねる。大体今言われた事が書かれてあるだけだった。


 「長官からの指示だそうです。音羽さんは一応外部の者という扱いですので、関わる事の少ない夜勤の者達では対応に困るだろう、と。普段からあなたの対応に慣れている人が一人居た方が良いとの事です。 ・・・ずっと欠伸あくびしてますよあの人」


 少し笑いながら言う。


風音「可哀想に、そんなんでわざわざ呼び出されたんだ。シャロン職員で暇そうな奴ならさっき二人居たのに。あのどっちかを無理矢理引っ張ってくればよかったな」


 そう聞いたシャロンの職員が、腕時計を見て時間を確認する。もう明け方近い。


 「そうなんですか? こんな時間に暇そうにしてるって事は、その二人は今日休日なんですかね」


風音「いや仕事のはずだよ。次会った時にお前ら暇人か、って伝えとくよ」


 「ええ、伝えておいてやって下さい。深夜遊び呆けてシャロンの業務に支障をきたすなんて事があったら、私が許しませんよ。と」


風音「うん、僕が責任を持ってジルと天狐さんに注意しとくから」


 「えっ?」


 ジルと天狐と聞いて、サッと顔が青くなる。


 「いえあの、やっぱり・・・いつもお疲れ様です、とだけお二人にお伝えください」


風音「・・・ジルはともかく天狐さんなんかに気を遣わなくてもいいよ」


 元師匠がいいって言ってんだから、遠慮なく批判してくれてもいい。


 「いやそんな・・・・。 努力の人ですから個人的に尊敬してるのもありますけど、それよりあの人を批判すると女性職員全員から敵視されますよ」


風音「それは・・・きっついなぁ」


 相変わらず信者が多いな・・・と思う。


風音「でも天狐さんは批判くらい受け入れる度量はあるでしょ」


 特に今日深夜に外出していた理由なんてクソしょうもなかったんだから、本当に一回誰かに注意してもらった方が本人の為だろう。


 「天ヶ崎さんは理解ある方ですが、周囲は違います。適切な批判ですら悪意と取る人がいますからね。知ってます? 世の中には適切な批判を受けたのに、悪びれもせずに頭突きをする人もいます」


 風音が大きく頷く。


風音「あ~~~、分かるわ~~~。残念な人とは会話が通じないですよね」


 再びアリエイラが風音の後頭部に頭突きを入れる。


 雑談はこのくらいにして、渡された書類にサインしてから、早速中に入らせてもらう。

 柵が立ててあった道から二回ほど角を曲がると、現場が。

 首の無い遺体が横になっており、その近くにウェルズ他二名の職員が居た。


 まずは遺体の方に目が行く。遺体の首周辺は血で染まり、その少し後方はそこいらじゅう頭部の破片だらけだ。

 思わず少し顔をしかめる。

 やはり惨殺死体なんて何度見ても慣れない。


 ・・・が、仕事の為にも遺体を観察する。


風音(女の人・・・か。でもこの肉付き・・・)


 格闘技でもやっていたのかと思う程、スマートで筋肉質だ。天狐ほど筋肉質ではないが、身体つきは似ている。

 遺体について詳しくは後で聞く事にして、ウェルズの方を見る。


風音「おはよう、ウェルズ。お疲れさんです」


ウェルズ「おはようございます。もう眠たくて眠たくて。テンションが上がらんわ」


 挨拶するように軽く手を挙げながら、少し冗談っぽく話す。


風音「事件現場なんだから、テンション要らないよ」


 風音が笑う。でも確かにこんなに大人しいウェルズは初めてだ。


アリエイラ「風音さん少し・・・その倒れている物に寄ってもらっていいですか?」


 倒れている首無し死体を見下ろしながら、風音に指示を出す。


風音「倒れている物じゃなくて、倒れている人だよ」


 まるで死んでいる人間は物だとでも言う様な不謹慎ふきんしんな物言いを、風音が訂正する。


 隣で見ていたリロとしてはそんな事よりも。


リロ「近付きたいなら・・・降りれば・・・いいでしょ」


 口調こそ穏やかだが、内心煮えくり返っている。この女はいつまで風音に乗っているのだ。


アリエイラ「降りてもいいのですが・・・こうしていると、私の星での事を思い出すのです。あの時も私を背負って走っていましたから」


リロ「それは・・・・・・降りない理由に・・・・・なってない」


 リロが後ろからアリエイラの服を引っ張る。

 風音がその場で腰を下ろすと、渋々アリエイラが地上に降りる。

 アリエイラが遺体の首付近を覗き込む。

 しばらく観察してから顔を上げ、周囲を見る。近くにいた一般職員と目が合う。


アリエイラ「そこのあなた? 向こうの角に、ステラとケインが居ます。呼んできて貰っていいですか?」


 その職員に頼む。

 言われた通り、職員が指示された方へ向かう。


風音「向こうの角?」


 来た方とは逆の通路だ。おそらくシャロン職員が居るであろう事は予想できるが、誰が居るのかはまだ分からないはずだ。


 頼まれた職員が、二人のシャロン職員を連れて来た。

 一人はステラという女性。一人はケインという男性。二人とも模範的もはんてきなシャロン職員といった感じの服装に真面目そうな見た目。


 現場に人が増えて来たので、人見知りのリロが少し皆から距離をとる。


風音(ほんとに居たんだ。なんで分かったんだろ)


リロ「・・・誰? アリエイラさんの・・・・知り合い?」


 アリエイラに質問したが、風音が代わりに答える。


風音「この二人はロボットだよ。 精神的な部分は、ほぼ人だけどね」


アリエイラ「ステラ、ケイン。そこに座りなさい」


 言われるがままに、二人が路上に正座で座る。


ウェルズ「ちょっと待った。なんで部外者の命令にシャロン職員が従う?」


 ウェルズの言い分ももっともで、そんな事はあってはならない。

 ましてこの二人、したや新人ではない。ウェルズと同格の位置にいる職員だ。


ステラ「良いんですウェルズ。私達は母の指示を何より優先します」


ケイン「はい、私達は母さんに会えただけで感謝です」


ウェルズ「・・・・・・・・」


 どういう事だ? と風音に目配せする。


風音「その二人の体を作ったのはアリエイラさんだよ。人格形成は関わってないらしいけど」


ウェルズ「ああ、母ってそういう。・・・ん? もしかしてこの人あの?」


風音「それ。えて公表してないから、知らない人の方が多いけど」


 シャロンのみならず、親組織のシエロやその派生組織に至るまで、あらゆる組織にいる何百万体のロボット職員は全て、一人の人間に設計されたものだと聞いた事がある。

 アリエイラがその人だとしたら、ウェルズより圧倒的に上の立場の人だ。

 だとしてもウェルズは、あくまで部外者である者に対して態度を変える気などないが。


風音「もっと言うと、僕の借金に利息が付かないのは、この人達が頑張ってくれてるから」


 その辺は面倒なので説明を省いたが、まぁ過去に色々あった。


 先程「待て」と言っていたウェルズの疑問は解消したようなので、アリエイラがステラとケインに尋ねる。


アリエイラ「ステラ? この遺体について分かっている事を全て言いなさい」


ステラ「現段階では身元不明の遺体です。着ている物がただの服ではなく、戦闘仕様の物だという事が判明しています。現在それ以上の情報はありません」


 それを聞いたリロが、なんとなく遺体の服装に目をやる。

 ・・・・足元を見た時に、リロの視線が止まる。 リロが足元を凝視しながら何か考え込む。


アリエイラ「ケイン? この遺体に関するあなたの感想を。残忍さに対する感情的なものではなく、もっと純粋に、この遺体に何か感じる事は?」


ケイン「装備が異常な事から、元々犯人グループとやり合う予定だったのかもしれません。返り討ちにったのでは、と思います」


 アリエイラが笑顔で二人の頭を撫でる。


アリエイラ「はい良く出来ました、不正解です。 根本的な所から見落としています。この遺体はロボットです。 私はあなた達の様に体が造り物でも、個人の人格を持っているなら人として扱いますが、これは人ではありません。文字通りのロボットです。命令通りに動く自立型の可能性が高いですが、今の私と同じく遠隔で操作されていた可能性もあります」


ウェルズ「おいおい、適当な事を言う姉さんだな。まだ細かい調査はされてないが、この遺体が本物の人間だって事は既に判明してる」


 後ろからウェルズの注意が入る。

 それに対しアリエイラが笑顔で振り返って答える。


アリエイラ「あなたの様な、模範的な生徒がいてくれて助かります。 では、頭の出来がテントウムシ以下のあなたにも理解出来る様に解説しますね」


ウェルズ「なんか腹立つなこの人」


 アリエイラを連れてきた風音を見ながら言う。何とかしろよ保護者、という目だ。


風音「大事な情報以外は聞き流していいよ」


 風音がウェルズをなだめる。


アリエイラ「ロボットには色々定義がありますが、生まれた時点で思考回路や人格などを全て機械が制御している者をロボットと仮定しましょうか。 その定義では現在、人間の肉体を持ちながらにしてロボットと見なす事が出来る個体が存在します」


 つまり体はほぼ全て人間、正体は機械という事だ。


ウェルズ「聞いた事無いな、そんな話は」


アリエイラ「そうですか。これから有名になります。裏側でもまだ水面下で行っている事業の様ですから。私もロボット工学に精通せいつうしていなければ、その話を聞く事も無かったですし」


風音「アリエイラさんもその事業に関わってるって事?」


アリエイラ「いえ、勧誘はありましたが私は断りました」


ウェルズ「・・・あんた、適当な事言ってないか?」


 ウェルズが疑いの目を向けるが、無視して続ける。


アリエイラ「今では材料さえあれば、三次元の物でも簡単に複製が出来ます。高性能な兵器ですら、材料を放り込んでボタン一つで出来る時代です。・・・そして、人間を形作る事も」


ウェルズ「それは違法だ」


アリエイラ「法は星によって違います。その事業が行われている星では、脳以外は複製が認められています。・・・と言うより、今の技術では脳は正確に複製出来ない、が正しいですが。 脳を除く人間の部位を全て、人体と同じ素材で作ります。それこそボタン一つでね。そこに制御用の機械を入れて完成です。これで完全に人と見分けがつかなくなります」


 ウェルズが地面を指で差す。


ウェルズ「脳ならそこに飛び散ってるじゃないか。あんたの説明が正しいなら、脳は無いはずだろ?」


アリエイラ「はい。人間に似せる為に、脳と同じ素材で脳として機能していない塊を入れているだけです。これは人の脳ではなく、ただ形を似せた「物質」なので違法になりません」


風音「そこまでやる? 僕に言わせれば、アリエイラさんが作ったやつが既に人間と見分けがつかないんだけど」


 改めてステラとケインを見る。 ・・・どう見ても人間だ。


アリエイラ「ええ、自慢の子達ですから。 母さんや母と呼ばれるのには抵抗がありますけどね」


 座っている二人の頭を撫でながら言う。


ケイン「私達にとっては母さんです」


ステラ「はい。私達の体を作ってくれたアリエイラさんは母であり、私達を解放してくれた風音さんは父です」


アリエイラ「・・・私が母で、風音さんが父ですか」


 考え込むアリエイラに、風音が声を掛ける。


風音「あ~~、この感じね。 アリエイラさんが母さんと呼ばれるのに抵抗があるっていうの、今なら分かるよ。僕もこの二人に父さんとか言われたら、反応に困るわ」


ステラ「そんな事言わないで、父さん」


ケイン「そうですよ父上」


風音「・・・単に遊んでるだけだろ君達」


 苦笑いしか出ない。


ウェルズ「お父さーーん」


風音「黙れ」


 アリエイラが少し微笑む。


アリエイラ「そうですね。 うん、今日は殊更ことさら気分が良いです。ではサービスで証明もしてあげましょう。ステラ、粉砕された脳の付近に潰れた眼球があるでしょう? それを解析しなさい。中から小さな水晶のような透明の人工物が出てきます」


 言われた通り、ステラが立ち上がって遺体の破壊された頭部を調べ始める。


ステラ「これですか?」


 ケシの実ほどの大きさの透明な物質を、ピンセットでつまんで取り出す。


アリエイラ「あなたが解析して人工物であると出たなら、それです。もう片方の目と・・・自立型でこの造りなら、首の後ろ側からも取れると思います。すぐに」


ステラ「はい」


 しばらく待っていると、ステラが三つの人工物を布に乗せてアリエイラに渡す。

 アリエイラはそれをそのままウェルズに渡した。


アリエイラ「水晶に見えますが、水晶ではありません。これが目の代わりになっている物です。一応あとで私がこの物質のデータを送ります」


ウェルズ「マジかよ・・・これが目の代わりに? 小さすぎないか?」


アリエイラ「その物質だけで見ているわけではありませんので。その物質は映った情報を伝える為の媒体ばいたいです。解析して映像化し、見える状態にするのは別で行います」


 ウェルズが傍にいた職員にその物質を渡して指示を出す。


ウェルズ「至急本部に。あと、これも渡しておく。説明するよりこれを聞かせてくれ」


 物質と一緒に、ここまでの会話を録音した機械を渡す。


風音「えっ、録音してたん? いやいや言っといてよ。 せめてあの父さんのくだり消してよ。だってこれ、本部の人達が真面目な顔して聞くやつでしょ?」


 どんな顔して聞くんだあんな会話。自分の所の職員が一般人相手に父さんとか母さんとか・・・

 ウェルズだって父さーーんとか言ってふざけてたし。


ウェルズ「残念ですけど、こういった記録は改竄かいざん出来ませんので」


 この会話も記録されているので、今更真面目そうな口調でいい子ぶるウェルズ。


風音「そんなもん「冗長じょうちょうだったので必要な部分だけ編集しました」って言って渡せばいいでしょ。 あ、そうだ。物凄い可愛いってシノが絶賛してたネコの写真あげるから」


 ネコ大好きのウェルズに賄賂わいろを提示する。


ウェルズ「くっ! ・・・・卑怯な。 いや、ルールは・・・絶対! 守る・・・ルール」


 もうちょっとで折れそうだが、そんなやり取りをしている間に、頼まれた職員はいなくなっていた。


風音「くっそ、もういない! ウェルズと違って優秀な職員だな夜勤勢は!」


 本人を前にして失礼な愚痴をたれる。


リロ「あの・・・・ちょっと・・・いいですか?」


 この空気の中で、リロがおずおずと声をあげる。


風音「どうぞ?」


 今まで愚痴っていた表情から一転して、笑顔で対応する。

 ただでさえリロには普段避けられているので、これ以上怖がらせるわけにはいかない。

 しかし笑顔になった風音を見て、リロが緊張したのかむしろ一歩遠ざかる。

 そして、遺体を指差しながら続ける。


リロ「あの・・・私・・・この人・・・・知ってる」


ウェルズ・風音「えっ!?」


 同時に二人から大きな声を出されて、リロがビクッとする。


風音「ああ、ごめん。びっくりした?」


リロ「いえ・・・大丈夫・・・です」


風音「知ってるってのはつまり・・・知り合い?」


 リロほどの他人と目を合わせようともしない人見知りが、外出中に偶然見かけた人物を覚えているとは考えられない。

 花屋での常連のお客様の顔ですら、まともに見ていないから覚えていないのに。


リロ「お花屋さんで・・・・会った事が・・・・あって」


ウェルズ「それよりアンタ、もっとハキハキ喋れない? 元気出していこう!」


 我慢出来なくなったのか、途中でウェルズが割って入る。


リロ「ひぃっ・・・!!」


 リロが腕で顔をおおって防御態勢になる。横から見たら、泣きそうな顔になっている。


風音「こらっ! ウチの子を怖がらせるな!」


 風音がウェルズの頭をポコリと叩く。

 さっきまで眠そうにしていたが、やはり進展があると目が冴えてくるのか。ちょっといつものウェルズに戻りつつある。普段のこいつはリロと相性が悪そうだ。


ウェルズ「だって、明るくしてた方が運も味方するぜ? ほらっ元気出してっ、まずは深呼吸!!」


リロ「ひぃぃ・・・・・」


 泣いた。

 風音がウェルズの顔面を掴んで握る。


ウェルズ「痛い痛い痛いっ!! おいやめろ! ちょっとお前っ、どっからそんな力ぁぁああ痛ってぇ!!」


風音「リロに謝ったら許す」


ウェルズ「はいはいすいませんすいません!」


 風音が握力を緩めてウェルズを解放する。


ウェルズ「あのな風音君、今の俺じゃなかったら大問題だからな?」


 両こめかみをさすりながら、まだ痛そうにしている。


風音「やかまし。 リロ? 悪は退治したから、続きを話してくれる?」


 リロに近付いて頭を撫でながら、出来る限り優しく言う。

 頭を撫でられたと同時くらいで、リロがその場から跳び退く。


風音「ほら、ウェルズのせいで僕まで怖がられてるじゃないか。どう責任取るつもりだよ」


ウェルズ「それ俺のせいか? 触れたら逃げられたんだから、風音君が嫌われてるだけじゃない?」


 それを言われると、風音も真っ向から否定は出来ない。避けられているのは事実だ。・・・と思っていると。


リロ「嫌って・・・ない! 勝手な事・・・・言わないでっ・・・!」


 本人が否定してくれた。


風音「だってさ」


ウェルズ「はいはいすみませんでした」


 話が遅々ちちとして進まないので、アリエイラが仕切る。


アリエイラ「リロさん? ゆっくりでも構いません。これを見た時の事を出来るだけ詳しくお願いします」


リロ「はい。マリアさんに会った日・・・・お花屋さんで・・・・この人と喧嘩をして・・・足元が焦げた。 その後・・・ゼロアを見て・・・・逃げた」


アリエイラ「ふむ・・・・」


 アリエイラが考える。

 しばらくして風音の方を見る。


アリエイラ「私のハイパー頭脳をもってしても理解出来ませんでした。風音さん、解説を」


風音「まず店番をしている花屋でこの人とリロが喧嘩をして、リロの爆破でこの人の足元の装備が焦げた、と」


 遺体の足元を指で差す。確かに足の装備がところどころ焦げてぼろくなっている。風音も最初見た時に、気にはなっていた。


風音「フェクトは治安が悪いから、屋台で花屋をやってるとガラの悪い客にからまれる事も多くてね。 喧嘩になったら応援を呼ぶ様に言ってあるから、リロが応援を呼んだんだろうね。多分その後ゼロアが来て、この人がゼロアにビビって逃げちゃった。って感じかな」


アリエイラ「ロボットが人を怖がる? そんな事が有り得るでしょうか? 遠隔なら怖がる必要は無く、自立型なら情報だけ保存して司令塔に飛ばしてしまえば、あとは破壊されようが痛くもかゆくもないでしょうに」


 まだレアな技術で作られたロボットなので、金銭的に痛いという事ならあるかもしれないが。


風音「プログラム通り動いてても、恐ろしいって感情はそれを上回ってくるんじゃない? もしくは遠隔だとしたら、カメラ越しにビビったとか」


アリエイラ「ずいぶんと非科学的な事をおっしゃいますね・・・」


 有り得ない意見にアリエイラが困ったような表情。


風音「じゃあ取り敢えず屋台の監視カメラの確認が先かな。まずはこの人の生前の顔が見たい」


アリエイラ「これはロボットです。生前という言い方は語弊ごへいがありま・・・」


ウェルズ「おい、この人が監視カメラに映っているのか!?」


 アリエイラの言葉をかき消しながら、ウェルズが風音に詰め寄る。


風音「多分ね。ルミナが屋台に設置してくれてるから。でもそんな驚く事?」


ウェルズ「たかだか顔が無いくらいで、これだけ経っても身元が分からないのはまれだからな。普通は一時間もあれば何かしら分かるもんだが、この仏さんに関しては全く分からないらしくてな」


アリエイラ「造られた人間の身元なんて分かる訳がないでしょう。裏側で造られたはずですから、何らかの形で荷物に偽装して地球に入り込んだと思われます。素性すじょうを知りたければ地球に入る際に見破って押収おうしゅうしないと。 見落とした時点でこちらの負けです。それよりも、仏さんという言い方には語弊がありま・・・」


風音「じゃあ映像を確認した時点で一旦連絡入れるよ。ウェルズの携帯に映像送ればいいかな?」


ウェルズ「頼む。出来るだけ早めに、・・・昼頃までに確認してもらえるか?」


 途中、ウェルズが時計を確認した。本当なら今すぐがいいが、職員でもない部外者にこんな時間から働かせるような指示は出せない。


風音「いや今から見に行く」


ウェルズ「助かる。こんな時間に悪いね」


風音「こっちの都合だから気にしなくていいよ。今回は成果報酬で、時間との勝負だから。何かしら成果を挙げて、報酬を確定させたら存分に寝てやる。あとはそっちで頑張れ」


ウェルズ(さっき本部に送った物質と情報だけでも、事実だと確定したら十分な成果だと思うけど)


 風音はそう思っていないようなので、ここは黙っておいた方が働いてくれそうだ。


風音「他になんか気付いた事とかある?」


 この場を離れてしまう前に、一応リロとアリエイラの二人に最後の確認を・・・


風音「・・・何でアリエイラさんは崩れ落ちてんの?」


 いつの間にか、アリエイラがひざからいってた。


リロ「多分・・・話を聞いてもらえなかった・・・から」


風音「そんな理由で?」


 アリエイラに尋ねる。


アリエイラ「無理。・・・もう無理。 論理的に考えて理解が及ばない。何故間違いを正そうとしているのを聞かずに、間違えたまま話を進めていくのか・・・」


 風音とウェルズが顔を見合わせる。

 さっきから二人がロボットに対して生前とか仏さんとか言っていたのを、訂正しようとしていたやつか。


 そして風音が代表で答える。


風音「あんまり細かいことは気にしないからです」


 この人相手には適当な言い訳なんかより、率直に考えを伝えた方が話が進む。


 その発言にアリエイラが衝撃を受ける。


アリエイラ「論理を根底からくつがえす・・・。なんて・・・・信じ難い・・・・。 あぁ・・・もう立てない。この機体はここで放棄ほうきします。只今を持ちまして、全ての感覚を遮断しゃだんします。おやすみなさい」


 そしてがっくりとうな垂れ、静かになった。


リロ「何なの・・・この人」


風音「元々こういう人だからね。 こんな所にロボットを放置して帰る訳にいかないから、僕がカノンまで運ぶわ」


 動かなくなったアリエイラの傍に寄って、ツンツンと背中を突く。特に反応が無い。


リロ「私が持って・・・・帰りましょうか?」


風音「いや本人と違ってロボットなだけあって結構重いから。リロには別で頼みたい事がある。ここに書いてある住所の807号室に千丸が寝てるから、起こして仕事だと伝えてほしい。 これが部屋の鍵」


 さっきまで監視していた部屋の鍵を渡す。


リロ「わかりました」


 鍵を受け取ったリロが、大事そうにポケットに入れる。


風音「よしょっ・・・・と」


 早速帰って映像の確認をしなければ。風音がアリエイラのロボットを肩に担ぐ。


アリエイラ「いけません。その持ち方は横腹が苦しいので、おんぶでお願いします」


風音「あれ?」


 遠隔操作を終了したんじゃなかったのか?


リロ「まだ生きてたの・・・?」


 鬱陶うっとうしそうな目でアリエイラを見る。


風音「もうアリエイラさんの今日の仕事は終わったから、離脱して寝てていいよ」


 持ち直さずに、担いだまま言う。


アリエイラ「家に帰るまでが遠足だと言います」


風音「殺人現場に遠足気分で来てたんだ」


 ちょっと分かる気もするけど。

 仮に猛獣の檻に入るとしても、本人じゃなく本人とリンクしたロボットで入るなら、もうそれはただのアトラクションだし。


ウェルズ「なあ、風音君ちょっといいか?」


 横からいつになく真剣な表情のウェルズが話しかけてくる。


風音「何?」


ウェルズ「見たままを言う。風音君は今、同僚に他の場所に行くように指示を出し、精巧せいこうな美人女性型のロボットの、中の人に電源を切ってロボットの状態に戻せと指示を出した」


風音「うん。正確にはロボットに戻せじゃなく、もう仕事終わっていいよって事だけど」


 おおむねその通りだが、何が言いたいのか?


ウェルズ「そのロボットな、ほぼ人間と変わらないんだろ? じゃあ状況から見て風音君は家まで運ぶと言いながら、この状況を利用してそのロボットにエロい事をしようとしてたと思うんだけど、やるならどこかホテルとかでやってほしい。路上でやられると通報された時面倒だから」


風音「シバくぞお前」


 たまに真面目な顔をしたと思ったら、こんな事しか言えないのか。

 女の人を肩に抱えて運んでいるのを見られて、事情を知らない人に通報されるかも・・・ならまだ分かるが。

 確かにそう考えると、離脱させればもう意識が無いのだから小さくたたんで袋に入れた方が良いか。女性を担いで運ぶ姿は、どう見ても不審者だ。


 アリエイラが大きくため息をつく。

 横たわった魚みたいな恰好でありながら、ウェルズの目線の下から見下しながら言う。


アリエイラ「ええ本当に。論理的に考える事が出来ない、いかにも愚かな発想ですね。風音さんが本気になれば、通報される前に目撃者を気絶させるくらい可能です」


ウェルズ・風音「「いやそういう事じゃなく」」


アリエイラ「・・・・?」


 アリエイラが首をひねる。

 彼の論調では、通報される事が問題ではなかったのか?


リロ「風音さんが疑われても・・・困るので・・・私が・・・運びます」


 言うが早いか、リロが風音が担いでいたアリエイラを掴んで背負う。


風音「ほらウェルズが余計な事言うから。シャロンは女の子に重い荷物を運ばせるんですか?」


ウェルズ「だって客観的に見たら誰だってそう思うだろ。人払いしてから女性型のロボット運ぶ奴なんて、下心しかないだろうよ。俺なら絶対そうだわ。なんなら胸が俺の首に当たるように持つわ。なんでお前脇腹担いでたんだ? 脇腹わきばらフェチか?」


風音「うん、脇腹いいよね♡ ・・・じゃなくて、真ん中持った方が重心が安定するからだよ」


アリエイラ「・・・何でもいいですが、まだ脇腹が痛いのですけど」


 風音の時と同じように、リロにも肩に担がれている。横向きでブリッジしている様な体勢だ。


風音「って言うか自傷出来るんじゃなかったの?」


 なんで痛みを感じてるんだ。


アリエイラ「痛みを感じない状態での操作は、欠損率が高くなりますので。自爆する際は痛みを先に解除します」


風音「じゃあ解除しようよ。もうどうせ自分では動かないんだし」


アリエイラ「甘いですね・・・。私が論理だけでしか森羅万象しんらばんしょうを語れないと御思おおもいですか? 他人の心の機微きびとらえる事が出来ずして、論理を語る事など骨頂こっちょう。 いいですか? この状態で痛みを解除すると、およそ七割の確率で悲劇が起こります。痛みを感じないのをいい事に、リロさんはこの体にここまでの私に対する鬱憤うっぷんを全てぶつけるでしょう」


風音「鬱憤?」


リロ「・・・・・・・・・」


アリエイラ「はい。巻き込まれ迷子に始まり、路上講習の際では劣等生である事を証明され、楽して移動可能な風音さんのおんぶ権を私だけが独占し、得意の戦闘でも自爆すら可能な今の私に勝つ事が出来ない。その劣情れつじょうけ口が、痛みを解除した私の分身に降り注ぎます。家に着く頃には四肢ししが欠損している確率およそ七割です」


風音「あ、そう。多分間違ってると思うけど」


リロ「・・・・・うん。七割じゃない、十割」


アリエイラ「ほら見た事ですか。ほ~ら見た事ですか」


 風音に向かって勝ち誇ったように言う。


風音「冗談に決まってるでしょ・・・」


リロ「うん・・・冗談・・・冗談」


 今日初めて、リロが薄く笑う。

 その笑顔を見たウェルズの背筋が少し冷える。まるで「冗談だったら・・・良かったのにね」というようなゾッとする空気が漂っている。

 このまま帰した方が、風音に運ばせるより通報率が高そうに思えて来た。


風音「んじゃ、僕の方がフリーになったから千丸を起こしに行こうかな。アリエイラさんとリロは帰ったら仕事終了でいいよ。お疲れ」


リロ「はい・・・・失礼・・・・します」


 少し頭を下げてから、アリエイラを担いだまま元来た道を帰っていく。

 角を曲がって姿が見えなくなったくらいで、声が聞こえる。


アリエイラ「痛っ! リロさん、太ももつねるのやめて下さい」


リロ「・・・あれ? 結局・・・いつ痛みを解除するの?」


アリエイラ「解除する予定はありませんが」


リロ「・・・・・・・」


アリエイラ「痛いっ、あのっ・・・・つねくるのをやめて頂けると助かります」


 そして段々と声が遠くなっていく。


ウェルズ「良いのかアレ」


風音「喧嘩するほど仲が良いって言うしね」


 特にあの二人は今まで接点が全く無かったので、これを機会に喋れるような仲になってほしい。


ウェルズ「そういうもんかね・・・」


風音「そういうもんだよ。 んじゃ、そろそろ僕も行くよ。また後で連絡するから」


 ウェルズとその他の職員にも挨拶をしてから、現場を離れる。



 立ち入り禁止の柵を越えて普通の街の風景に出たところで、早速千丸を起こしに行こうかと思ったが・・・・・。


風音(マリアさんに会った日か・・・。なら日付は断定出来るし、記録も探しやすいな)


 何となくそんな事を考えていると、ふとマリアの事が気になる。

 そういえばレイは犯人は獣人かもしれないと言っていた。

 風音自身も、なぜ今マリアの事が引っ掛かったのか分からない。

 事件現場、獣人というワード。そういうのが合わさって、なんとなく気になっただけか?


 ブラウニーが一度マリアを疑っていたが、その理由は何だったっけ?

 ・・・そうだ。マリアは犯人が三人組だという事をなぜか知っていたからだ。

 しかし、その日の朝に三人組だという事はニュースで報道されていたから、知ってて当然だったという流れになって・・・


風音(ん?)


 ニュースでやってた? 彼女はそれをいつ知ったのだろう?

 あの日は朝っぱらからシャロンからこの件の協力要請があったが、その時は三人組だと伝えられてなかった。

 基本的に風音が協力をすると断定されてからでないと、まだ表に出ていない情報は出せないからだろう。

 だとすると、あの日の早朝の段階ではまだ報道されてなかった?

 報道されたのは朝と言っても九時とか十時とかの、いわゆる昼前くらいじゃないか?

 そしてその頃、マリアはリロの営業の監視をしていた。

 ニュースなんか見られるか?

 でも仮に彼女が犯人グループの一人だと仮定するなら、可能性はいくらでも考えられる。

 例えばニュースで報道された直後に、仲間から三人組だとバレたという連絡が入ったとか。


風音(まさかね・・・・・)


 自分でも、こじつけが過ぎると思う。獣人なんか他にも山ほどいる。

 ただ、気になる事はハッキリさせておきたい。

 千丸のマンションに向かうより先に、マリアが経営する花屋「ルフ・ァレン」に立ち寄ってみようか。


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