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カノン  作者: しき
第3話
22/206

殺人鬼4



 監視二日目の夜八時。

 昨日と同じく、天狐の自宅があるマンションから二百メートルくらい離れた場所で見張りを開始する。

 その為に良い感じの位置にある建物を探し、マンションの八階にある空き部屋を一ヶ月借りた。

 正確には、一ヶ月だけ借りた・・・・と風音は思い込んでいる。


 実際は一ヶ月だけ借りられる都合の良いマンションなど近くには存在しなかったので、二年契約で借りている。

 それに掛かるお金はルミナが自費で全部出してくれた。

 その上でルミナが「都合良くマンスリーマンションとかいうのがあったので、一ヶ月だけ借りれましたよ~~~」って報告したのを、風音は馬鹿だから信じた。


 このマンションから天狐の部屋まで、距離にして200メートル超程度。

 この距離は風音の視力なら、天狐の自宅のドアが風音の肉眼でもハッキリと見える。予定通り八時過ぎ頃に天狐は自宅に帰って来た。


 普通なら(彼女はジルと違って疑われていると思ってないのでそんな事しないと思うが)窓から外出する事も考えて、裏の窓側も見張らなければ見張りとは言えない。だが彼女には体裁ていさいがある。

 マンション五階の窓から人が飛び降り、そのままどこかへ行った・・・なんて、そんな不審な動きを誰かに見られれば即通報される。その正体がシャロン職員で、仕事ならともかくプライベートでの行動だったなんて事になったら減給では済まない。


 レイとも相談し、見張るのはドア側だけで良いだろう。という判断だ。

 今この借りたマンションには風音とユニルと千丸の三人が全員待機している。


千丸「あ~~~退屈。 いつまで続くんだろねぇ」


 千丸がぼやく。

 今回の仕事中は女性姿で行う事。という指示を風音から受け、昨夜と同じく千丸は今日も女性姿で来ている。

 スカート姿であり、男性姿の時と同じ極短姫カットとでも言うべき髪型の千丸が、見張りをしている風音の横でユニルと遊んでいる。


 両性である千丸はどちらの性にも姿を変えるが、少しだけ変わった特徴がある。

 はっきりと思想が変わるらしい。

 男性の姿では男性に、女性の姿では女性に対し、全く興味が無くなる。ついでに既婚者に対しては、どちらの姿でも興味が無いみたいだ。

 男性の頃はあんなに女の子大好きを連呼しているのに、自分の姿が女性になった瞬間から、周囲の女性にも自分の体にも全く異性を感じなくなる。

 当然逆もしかりで、今の女性姿では「男漁おとこあさりがしたい」とか普通に言うビッチだが、男姿になると男性に対し微塵みじんの興味も無くなる。


 不思議なのはこれらの思想が、なぜか風音に対してだけ逆だという事だ。

 確かに風音の見た目はかなり女性に近い。いやほぼ女性と言っていい。

 そのせいで見た目だけでなく、性別まで女だと思い込んでいるのか?


 いくら自分は男だと言っても聞く耳を持たない。男の姿では暇があれば言い寄ってくるのに、女の姿では友達感覚で喋ってくれる。

 男に言い寄られるより友達として付き合う方が気楽なので、今回こういう指示を出したという流れだ。


風音「確かにこっちは退屈だね。 良い場所に部屋を見つけられたから、気を張る必要も無いし」


 仕事を受けた時は面倒な仕事だと思っていたが、この位置ならまず気付かれない。

 ジルの方を見張っている二人は、ジル所有の一戸建ての自宅付近からしか監視が出来ないらしく、常に気を張り続けている状態らしい。

 ジルの方は自分が天狐に尾行されているのを知っていて警戒しているので、天狐に知られたくない事情で外に出るなら、玄関以外の出入り口から出て行く事も考えられる。常に油断が出来ない。

 予定を変更して、三日交代くらいにする方が無難かもしれない。でないとジル側だけ疲弊ひへいしていく。


風音(明後日あさってからは面倒だろうな・・・)


 そんな事を考えていると、千丸が立ち上がる。


千丸「よし、晩御飯にしよっか」


風音「早くない?」


 時計を見るとまだ九時前だ。

 普通なら晩御飯としては遅いくらいの時間だが、この晩御飯を食べたら朝まで何も食べない予定なので、十二時頃に食べ始めるくらいでいいかと思っていた。


千丸「途中でお腹が空いたら夜食を食べればいいっしょ。 我慢は美容に良くないよぉ?」


風音「美容とか気にしてないしな・・・」


 そもそも我慢してないし。


風音「ところで今日は何買ってきたのかな? 昨日と同じ?」


 昨夜は見張り前に風音が買い出しに行って、適当にお弁当を買って済ませた。

 今日はついさっき千丸が買い物に行って何か買ってきてくれた。


千丸「今日は私が何か作るよ。水もガスも使えるし、いっつもあんなんじゃ力出ないでしょ?」


風音「えっ? 千丸料理出来るん?」


千丸「そりゃそぉでしょぉ(笑)。男とすのは胃袋掴むのが一番手っ取り早いじゃない。適当に会う約束してさ、サンドイッチみたいなアホでも作れるもの持っていくだけでコロッといくね」


 笑いながら、買ってきたものが入った袋をガサガサとあさり始める。

 確かに専用のパンから具材まで全部買ってきて、それを組み立てるだけならアホでも出来るけども。

 口ぶりからして、多分千丸は最初から全部手作りなのだろう。


風音「いやサンドイッチってイチから全部自分で作るってなると面倒臭いよ。ひとつじゃ寂しいだろうから何種類か作るだろうし。そういう努力を見ての発言じゃないかな」


 千丸に鼻で笑われている、コロッといった過去の男達をフォローしてあげる。

 千丸が調理場に向かいながら続ける。


千丸「そぉ? あ、サンドイッチといえばあれが面白いのよ。 具材によってはね、パンを焼いた方が美味しくなるのがあるの。それを普通のサンドイッチと合わせて持っていくとね、だいたい「おぉ、ひと手間かけてるね」とか言うのよ。そこに感動するんかいぃ、って(笑)。パン焼くくらい幼児でも出来るのに、ねぇ?」


 けらけらと笑っている。


風音「いや、そういう事ではないと思うのと・・・・」


 あと、ぶっちゃけ男の方も気に入られたくて必死でめてるだけじゃないかな。


風音「まあいいか。 それより料理が出来るんなら食事当番に割り当てていい?」


千丸「それは嫌で~すぅ。仕事と男を墜とす道具以外に振舞ふるまうつもりは無いですよぉ」


風音「カノンの家事は仕事の内だけど」


千丸「それならみんなで交代でないと納得できませんねぇ」


風音「屁理屈ばっか言って・・・」


 千丸の意見は一見正論だが、食事担当も含め他の仕事も各々おのおの適材適所でやっているので、その理屈は通用しない。


 でも諦めよう。多分言っても聞かない。


 そんな雑談をしている間にも千丸は手際よく料理を作っているようで、調理場から良い匂いがしてくる。


ユニル「はあ~~~、いい香り~~♪」


 ユニルが匂いに釣られて千丸のそばに行き、幸せそうな表情をしている。意外な事にユニルは女性姿の千丸と仲が良い。

 男性姿の時は死ぬほど嫌いだが。違う人物として考えているようだ。


千丸「ユニルちゃん、お皿を並べるくらい出来るでしょ? ほら手伝って」


 言われた通り皿を並べながら、作っている料理をのぞき見る。


千丸「そんな覗いても今日は風音さんに合わせた料理だから、見慣れてる料理しか出ないよ。 メンチカツとお野菜の煮物とお味噌汁。 あと小鉢こばちは何にしよう、チーズのサラダかなぁ。・・・それか小鉢は無しにして、サラダはえるだけにしてメンチの方にチーズ使っちゃうか」


風音(そんなガッツリ作ってたんだ・・・)


 見張りを続けながら、なんとなく調理場の会話を聞いていた。

 何日間も見張る予定だと割り切って、たくさん食材を買って来たようだ。


風音(経済的だし、家庭的・・・か。コロッといくのも分かるなぁ)


 男性時の千丸を知っている風音はともかく、初見の男性からは高得点女子に映るだろうな、と思う。

 可哀想に。料理ひとつで簡単にだまされてからに。


千丸「でも一つだけ裏側の食材も買って来たんだぁ♪ ほらコレ、ののまになのミルク。ちょっと加工済みでね、生クリーム無しでも美味しいのが出来るんだよ」


 ユニルがわざとらしく大きなため息を吐く。


ユニル「ののまにな? なにを作るのか知りませんけど、私ミルクはあまり好きじゃなくってよ?」


千丸「ごちゃごちゃ言うねぃ。氷とボウル持ってきなぁ」


風音(なんか急に小芝居こしばいが始まった・・・)


 なんだあれは、女子特有のノリか。

 ちょっとでも口を挟めば、あの小芝居に巻き込まれそうだ。聞いてないふりして監視を続けよう。


ユニル「これで何をするっていうの?」


 言われた通りボウルと氷を持って来たユニルが、芝居掛かった台詞で尋ねる。


千丸「嬢ちゃんは黙って言う事聞いときゃいいんだよぅ。 ののまになのミルクはすぐに固まるから、出来る限り高速で混ぜておいて」


 ボウルに卵と氷と粉砂糖とミルクを入れて、混ぜるのはユニルに任せる。

 小芝居中でも調理方法は素で指示を出している。

 ユニルがグルグルとボウルの上を浮遊しながら泡だて器で混ぜると、だんだん見慣れた塊が浮いてくる。


ユニル「えっ!? まさかこれ、アイスじゃなくって?」


 ユニルが大袈裟おおげさに驚く。


千丸「そろそろいいかな、氷だけ取り出して、氷をそこのミキサーに。ミキサーの設定はしてあるから、スタートボタン押すだけでいいよ。十秒経ったら止めて、砕けた氷をボウルに戻して・・・後はスピードが命だから私がやるわ」


 説明しながら他の料理を仕上げていく。

 ユニルが言われた通りに行動してから千丸を呼ぶ。

 呼ばれた千丸が、凄い速度でボウルの中のアイスを混ぜる。どんどんアイスが固形化していく。

 二十秒ほどして、混ぜるのを止めてボウルを氷水に浮かべてしばらく待つ。

 アイスが固まったところで。


千丸「はい出来上がりぃ。一口食ってみねぃ」


 ユニルが出来上がったアイスを一口食べる。


ユニル「ふわぁぁぁぁぁぁ~~~~」


 余程美味しかったのか、昇天しそうな勢いで顔が緩んでいる。


千丸「感想は?」


ユニル「これは結婚出来ましてよ」


千丸「安いね~~、ユニルちゃん」


 あははは、と二人で笑う。


千丸「・・・・・・・・・・・・・・」


ユニル「・・・・・・・・・・・・・・」


 そして小芝居に飽きたのか、急に静かになった。

 ユニルはアイスを冷凍庫に、千丸は調理を無言で続ける。


風音(女子って妙なノリを維持いじしてたと思ったら、突然辞めるよな・・・・あれはどの星でもそうなのかな)


 実家の道場の二人(妹と煉也れんやの双子の姉)も、二人の時は急に台詞せりふ口調で会話したりする。

 マッサージしてる時に「お客さんってますねぇ」「御託ごたくは結構。しっかりやりたまえ」とか。

 偶然自分の周囲の女子だけがそうなのかな。

 何と言うか・・・男としては慣れないノリだ。


 しばらくして。


千丸「よし、出っ来あっがり~~~。風音さん、食べる準備しよっ」


風音「あ、もう出来たのか。じゃあユニィ、お願い」


ユニル「は~~~い」


 ユニルが風を利用し、自分の肌感覚を天狐の自宅のドア付近に広げる。

 これで見ていなくても、動きがあれば分かる。これを長時間維持するのはかなり疲れるので、基本的に監視は風音が行うが、風音がトイレに立つ時や皆で食事の時はユニルが交代する。



 食事後。


風音「あー、美味しかった。千丸料理上手だったんだ」


 食べ始めた頃も一回味を褒めたが、終わってからもう一回絶賛する。


千丸「ん~~~? ちょっと待ってねぇ」


 千丸がハンカチを取り出し、風音の唇の端からほおにかけて拭く。


千丸「アイスが付いてたよぉ」


風音「あれ? 付いてたか。ありがと」


 拭いてもらったけど、なんとなく自分の手でもう一回ぬぐっておく。


千丸「ってね。 実際は付いてなかったけどぉ、これで男はコロッといくね。今度試してみ?」


風音「なんじゃそりゃ。 どうせ使わないから、そのテクニック僕に教えてくれなくていいよ」


 千丸がケラケラと笑う。


ユニル「は~~・・・・参考になります。 ハンカチ常備・・・と」


 ユニルは何かメモをしている。


千丸「よし、寝る」


風音「自由ですね」


千丸「寝るぅ」


風音「聞いたよ。別に止めてないよ」


 尾行が得意な人を連れてくる。というのが今回の条件だったので千丸を連れて来たが、彼(彼女)は戦闘には不向きだ。

 ジルはちょっと荷が重いが、天狐レベルなら尾行するだけで良ければ千丸で十分可能ではある。

 ただ場合によっては実力で止めなければならなくなると考えた時に、千丸では無理だ。

 だからジルや天狐の尾行をさせるつもりは無い。しかし、役割はある。


 この件でレイが最も危惧きぐしているのは、この二人だけの争いではなくなる可能性がある事だ。

 ジルはその指導力とカリスマ性から職員にしたわれている。

 天狐もほとんどの女性職員から慕われている。一部からはお姉様と呼ばれたりしているくらいだ。

 もしかすると協力者が居るかもしれない。

 協力者が天狐と共に行動するなら風音が一緒に追うが、何らかの別行動をとるかもしれない。

 仮にその存在が明らかになれば、千丸にはそいつの方を尾行してもらう。戦闘は無しで、見たままをレイに報告するように指示を出している。


 そういう事態になるまでは、特に千丸はやる事が無い。

 必要な時まで寝ててくれてもいい。


風音「寝るのはいいけど、歯は磨いた方が良いよ」


 早速布団を敷いて横になった千丸に一声かけておく。


千丸「磨いてぇ」


 千丸が口を開ける。


風音「・・・それで磨いてくれた奴何人いるの?」


千丸「二人」


風音「ほんとに?」


 男って馬鹿なのかな。

 磨いてもらった後どうするんだろ? 結局自分で立ってうがいしなくちゃいけなくないか?


千丸「そんな真剣に考えなくても、冗談だよぅ」


 眠そうな顔でへらへらしている。


風音「ああそう。これでも噛んどき」


 カバンから取り出したガム状の物を千丸の口に放り込む。他星に行った時によく使っていた、歯磨きの代わりになる吸着物質の塊だ。


風音「歯の全体に当たるように二分噛んだら吐き出して。別に飲み込んでも害は無いけど、喉に詰まったら面倒だから」


千丸「ありがとぉ」


 寝ようとしている千丸を見て、つられたのかユニルが欠伸あくびをする。


風音「ユニィも寝てくれていいよ。天狐さんが動いたら起こすから」


 ユニルも千丸と同じく天狐が動いてもここで待機している予定だが、千丸と違って天狐が動いた後、一応天狐の部屋を見張るという仕事がある。


ユニル「あ、いいんですか? じゃあおやすみなさ~い」


 ふよふよと千丸の布団に近付いて、そのまま端っこの方で横になった。


 風音は再び天狐の部屋の監視を続ける。






   ----------



 監視二日目。深夜一時。

 ジルの自宅付近に九重とセイニーの二人が潜んで監視している。


九重「ん? 風音からメールが来たな」


セイニー「なんと言ってます?」


 九重が携帯端末で内容を確認する。


九重「天狐とジルの監視を三日交代にしようか、だと」


セイニー「どうしてですか?」


九重「天狐の方が監視が楽らしい。ジルの監視は大変だろうから変わろうか、だとさ」


セイニー「こっちより楽なんですか?」


九重「風音は状況を知らんだろうからな」


 昨日は二人で二ヶ所から監視していた。

 九重は自宅玄関がギリギリ見える場所から。セイニーはジルの家のへいと一体化して裏側を。

 しかし今日になってセイニーが不思議な事を言い出した。

 ジルの家の塀に「馴染なじんだ」と。


 セイニーの衣服もそうだが、セイニーが意識して周囲の物質と馴染もうとすると、その物質はセイニーの細胞(機械と生物の中間素材)に侵食しんしょくされる。侵食された物質はセイニーの細胞に近い物質へと変わっていく。

 条件としては対象の物質に触れながら高い集中と時間を必要とするが、昨日の内に終わらせたらしい。

 見た目などは何一つ変わらないので、変化はセイニーにしか分からない。違いと言えば物質としての寿命が何万倍も上がるだけだ。

 そして馴染む事が出来たら機械同様、セイニーの意志で自由に動かせる。


 しかも運の良い事にジルは金持ちなのか、塀がやたら分厚いタイプだった。

 この塀を自由に変形させる事が出来るようになったので、九重を塀の中に入れて自分は塀と同化している。

 という事で今日からはもう、九重も車の中から隠れて監視したりする必要が無くなった。

 監視で一番気を遣うのは対象に気付かれない事だが、対象が監視を警戒している場合はもう一つ気を遣わなければならない事がある。

 協力者の存在だ。対象以外の人物にどこかから見られている事を、常に警戒しておかないといけないという事。

 これが疲れる。常に周囲全体にアンテナを張り巡らせないといけない。

 そういった事を考え、ずっと続けると疲弊するだろうと思って風音が気を遣ってきたのだろう。

 しかしその必要が無くなったのが大きい。周囲を警戒するのは最初だけ。塀の中に入ってしまえば、あとは見るだけの簡単な仕事と化した。

 だから風音が心配する程、二人とも別に疲れていない。


セイニー「交代・・・ですか。私はどっちでもいいですけど?」


 塀から直接声がする。この声と九重が塀の中で喋った声は、よほど大きな声量でない限り外には漏れないらしい。


九重「あっちは千丸が居るだろ? もうこうなると正直、千丸を抱える方が面倒臭い」


 状況からして、交代と言ってもおそらく千丸は連れて来ない。

 あいつは周囲を常に警戒しながらの監視には向いてないから。

 セイニーはともかく、九重と千丸が狭い部屋で一晩中一緒。嫌な奴とでも仕事と割り切れる九重は千丸と一緒でも構わないが、千丸が嫌がるだろう。

 千丸はよく自分の交友関係を注意してくる、ゼロアと九重とワグナの事を毛嫌いしている。その態度を隠そうともしない。


セイニー「じゃあ適当に断っておきましょう」


 少し前までは「どうして千丸さんと一緒だと面倒なんですか?」と聞き返していただろうが、面倒臭いという九重の気持ちはなんとなく分かる。

 見た感じ二人は相性が悪そうだ。


九重「待て。お前はどうなんだ?」


セイニー「私ですか? どう、とは?」


九重「こっちの状況を風音に説明したら、俺と風音だけが交代になる可能性もある。塀の中に入れる利点は使うべきだからな」


セイニー「そうなんですか? ・・・それで?」


 九重が何を言いたいのかが分からない。


九重「風音と一緒の方が嬉しいだろ、お前にとっては」


セイニー「そうですね。風音さんと一緒に仕事するのは楽しそうだと思います。あ、九重さんが嫌という訳ではないですよ?」


九重「ああ、俺への気遣いはいらん。若い者同士が楽しいと思う方が健全けんぜんだからな。・・・もしお前に結婚願望があるなら、出会いの機会は増やしてやらんと、と思ってな。そういう意味では俺と一緒ってのは、なんの意味も無い」


 セイニーがふふっと笑う。


セイニー「風音が言ってましたよ。神楽さんと九重さんはすぐに僕を誰かと結婚させようとする、って」


九重「もうあいつも成人だしな。それに子供が居た方が人生に張りが出る」


 娘を溺愛できあいしている九重にとっては、娘の存在のおかげで間違いなく人生が豊かになった。


セイニー「子供・・・ですか」


 セイニーがしばらく考える。


セイニー「確かに、幸せそうですね。フィリコヨーテさんに風音との間で産まれた子が居ると聞いた時、うらやましかったですし。 いずれ私も・・・欲しいかな?」


九重「・・・・・・・・・・・・・・」


 一瞬フリーズした。風音とフィリコヨーテの間に子供?


九重「・・・あ? 待てそれ誰から聞いた? フィリコ本人か?」


セイニー「ええ」


 いつも冷静な九重が、久しぶりにめちゃくちゃ驚く。


九重「あいつら・・・子供居たのか」


 落ち着く為に煙草を取り出し吸う。が、塀の中で吸うと煙で充満する事を思い出し、一吸いだけして消す。


九重「・・・事実か?」


セイニー「はい。よく風音とフィリコさんは庭で一緒に昼寝をしているそうなんですけど、たまにフィリコさんの首が風音に絡まる時があるんですって」


九重「その光景はたまに見るな。つるみたいなもんか、近くに何かあると勝手に巻き付くみたいだな」


 半植物のフィリコヨーテは長いロープ状の首をしている。普段はグルグル巻きにして、そこに頭を乗せているのでシルエットは普通の首と変わらない。

 彼女は寝ている時、そばに何かがあると首を巻き付かせて寝ている。


セイニー「以前、寝てる時に風音の髪の毛を食べちゃったらしくて。 それでフィリコさんの体に風音の遺伝子情報が入ってしまって、寝てる間にそれを種子という形にして外に排出してたらしいんです。そこから芽が生えて、育てたらすぐに大きな木になって、現在いつももたれかかって寝ている木がそれらしいです」


九重「・・・・・それは二人の子供になるのか?」


 確かフィリコの種族は人間と似た生殖をするはずだ。

 それも植物じゃなく、動物(風音が相手なら人間)寄りの子が生まれるはずだ。

 だからそれは違うんじゃないか? 少なくとも法的には違うような気がする。


 だがフィリコは植物の機能も持っている。

 よく考えればある種の植物ははちなどの別の生物を利用して受精しているので、自分で相手を選んでいるわけではない。

 そういう植物ってのは言わば「いつでも子供を作れます」という状態で待機し、勝手に相手の遺伝子情報だけがやって来て、次の世代が生まれる。という事なのかもしれない。

 それと同じか?

 フィリコが寝ている間に勝手に他の生物の遺伝子情報を取り込み、植物部分がそれをもとにして種を作り、新たな次世代の植物を生む。

 相手はどんな生物でも対象になるのだろうか、だとするなら種の多様化が目的? 危険な新種が生まれたりしないのか?

 いや今はそんな事はどうでもいい。それより植物的観点からすれば、それは立派に二人の子供になるのか?


九重「フィリコはそれを二人の子供だと言い張ってるのか?」


セイニー「いえ、子供だと解釈しているのは私だけですけど?」


九重「え? ああ、そうなのか」


 じゃあさっきの「産まれた子」という発言はフィリコヨーテの発言ではなく、セイニーの感想を交えて喋ってたのか。

 やはり本人も違うと思っている。いつも寄り添っているのは見るので、大事にしている事は確かな様だが。

 しかしセイニーだけは解釈が違うようだ。


セイニー「だってお互いの遺伝子が入っている生物ですよね? 二人の子供では?」


九重「・・・生物・・・植物は・・・生物か」


 ちょっと悩む。もうどうでもよくなってきた。


九重「しかし初耳だな。俺だけ知らなかったのか?」


 もうちょっと周囲とコミュニケーションを取った方が良いのだろうか。

 新人ですら知っているカノンの情報を知らないとは。


セイニー「風音も含めて、誰にも言った事無いって言ってましたよ?」


九重「ん? そうなのか? なぜ新人にだけ教えた?」


 そう問われ、セイニーがため息を吐く。


セイニー「私の事を怖がってるみたいで。仲良くなろうと思って近付くと、何でも喋るから許してって言って逃げるんです。仲良くなりたいだけだって言って更に近付くと、泣きながら隠してる事とか勝手に全部喋り出すんです」


 まだ彼女はセイニーの事をロボットだと思っているらしい。


九重「え・・・そこで聞いた話をここで暴露ばくろするなよ」


 思わず突っ込んでしまう。


セイニー「あれ? 駄目なんですか? そういうのは誰かに喋った時点で解禁では?」


九重「いや・・・違うな。じゃあ他の誰かにも喋ったのか?」


セイニー「これが初めてです。会話の流れで喋ったので」


 風音すら知らないという事か。


九重「そうか。なら今後はそういう風に得た情報は、他で言わない方が良いな」


セイニー「そうですか。じゃあ聞かなかった事にしてください。以後誰にも言わないようにします。・・・ダメですね、まだ社会生活の場における・・・何て言うんですか? 暗黙のルール? 空気? そういうのが分からないというか」


 再び溜め息。


九重「まぁ・・・最初は仕方ない。おいおい勉強していけば良い」


セイニー「はぁ・・・」


九重「そう落ち込むな、勉強になったとプラスに考えろ。最初に聞いたのが俺で良かった。他の奴なら止めるどころかもっと聞き出そうとするだろうし、面白がって広めるだけだろうから」


 話がずれてたのでそろそろ元に戻す。


九重「それで、だ。お前さっき子供が居るのが羨ましいと言ったな?」


セイニー「ええ」


九重「じゃあ同世代の男を中心に、会話を増やしていくのが近道じゃないか?」


セイニー「はぁ。 風音と喋ってたら子供が出来る日も近い?」


九重「簡単に言うと、そうだな」


セイニー「そうですか。でも残念ながら、この仕事は今日で終わるかもしれません」


九重「ん?」


 九重が身構える。ジルが動いたという事か。


九重「裏口か?」


 九重が見張っている玄関には何の動きも無い。


セイニー「はい、今の所周囲を警戒するような怪しい動きは無いです。裏口も門になってますので、こちらから外出してもなんらおかしくないですし」


九重「塀の中を移動させてくれ。ジルが出て行った場所に一番近い所まで。俺を塀から出した後は、お前はここで待機。この家の見張りを引き続き頼む」


セイニー「わかりました。最後に一つ。私は新人でもお前でもなくセイニーですよ?」


 これ毎回言っている。もう会話の度に言うのが面倒臭くなったので放置し、最後にまとめて言う事にした。

 どうせすぐお前に戻るだろうけど。


九重「そうか」


 状況報告をする為携帯端末をいじりながら一言で会話を終わらせ、形を変える塀の中を移動して外に出た。


 しばらくしてジルの姿をとらえた。ギリギリ姿が見える距離で後を追う。


九重(いつもならもう少し近づくところだが・・・)


 最大レベルで勘の鋭い奴だと聞いている。出来る限り警戒してくれと。

 そこまでする必要があるとは思えないが、指示には従う。


九重(あれも宇宙人だからな・・・・)


 これまで仕事では完璧に尾行をこなしてきた九重だが、自分では尾行が得意だと思った事が無い。

 九重の持論じろんだが、尾行に上手いも下手も無い。

 尾行なんて不意打ちのようなものだ。成功して当たり前、バレる奴は根本的に向いていない。 それだけ。


 以前カノンの実力者である神楽かぐらに尾行された時に探り当て、逆に神楽に気付かれずに尾行してのけた時、風音からえらく褒められた。 常人ではない、と。


 そんなことは無い、常人でも出来る。

 神楽は自信家が影響しているのか、ひそむという行動を嫌うタイプだ。もっと言えばあいつは尾行中でも別にバレてもいいと思っている。ああいう思考の奴が尾行に向いていないだけ。

 逆に神楽の尾行を成功させたのも、あいつは不意打ちされても勝てる自信がある馬鹿だから、常時警戒するという行為に慣れていないだけ。こちらが気を張るまでも無い。

 ただし、宇宙人には今までの常識が通用しないのがいるのも確かだ。この持論が適用出来ないのもいる。


 携帯がほんのわずかに振動する。先程塀の中で風音に連絡を取った時の返信が来た。

 天狐の方も同じくらいのタイミングで外出したそうだ。今追っている所らしい。


九重(これは・・・衝突するな)


 勘でしかないが、そう思う。

 お互い申し合わせた上で、会おうとしている。

 ジルの足取りは天狐のマンションに向かっていないにも関わらず、よどみが無い。何か目的をもってどこかに向かおうとしている。

 それに合わせる様に天狐も動いた。


 もちろんジルが天狐と全く関係無い件で外出している可能性は十分にある。ジルはシャロンの上位職員だ。深夜出かける理由なんていくらでも考えられる。

 天狐の方も根が馬鹿というか何も考えてない奴だから、単純に深夜になったからジルの家を監視しに外出したという可能性もある。

 二人が偶然家を出たからといって、二人で会おうとしていると決めつけるには情報が少ない。

 だからなぜ衝突すると思ったかは、勘としか言いようがない。


 念の為今ジルが向かっている方向を風音に連絡し、返信を待つ。

 返信が来るまでの間、尾行を続ける。


九重(あいつ・・・たまに違和感のある行動を取るな)


 ジルを見ながら思う。

 九重の目からは同じようにまっすぐ歩いているようにしか見えないはずだが、何か感じる。

 ほんの、ほんの一瞬だけ動きが遅くなる。

 コンマ一秒にも満たないくらい、普通に見ているだけでは気付かない程わずかに。

 それが数十秒間隔で訪れる。


九重(あいつまさか・・・警戒に集中する為に時間を割いているのか?)


 定期的に周囲に対して警戒の波を放っているようなものか。


九重(面倒な事をする奴だ)


 自分の動きがゆっくりの方が警戒出来るなら、初めからゆっくり歩けばいいのに。


九重(あれも才能、か。慣れれば使い勝手がいいのかもな)


 今集中したい事と警戒を両立させる為に、九重の様に常に両立させるのではなく定期的に切り替える。

 そうする事で全ての行動に無駄な容量をかず、両方とも高いクオリティを維持する。みたいな事か。


 と、ここで風音から返信が来た。

 やはり、天狐も向かっている方向は同じだ。ジルの家に向かっているのではないらしい。


九重(予想通りか・・・・。分かり易いなこいつら)


 もうタバコ吸ってもいいんじゃないかなとか思い始める。

 いくらなんでもそれは舐めすぎか。

 ふと・・・今思ったが、もしかすると。


九重(この行動は、俺達をあぶりだす為に二人で計画したもの・・・・とかなら面白いな。なんせ片方は宇宙人だ)


 監視は今日で二日目だ。実は両方とも初日で監視に気付いており、二日目にあぶりだす為の行動に出た。とか。

 もしそうなら非常にありがたい。そういう連携れんけいはかれるという事は、現状お互いを少なからず信頼している証拠だ。

 いがみ合っていても、共通の敵が出来れば手を取り合う。それでいい。

 そしてこちらは別に悪役でもいい。


九重(悪役・・・)


 悪役・・・か。

 娘との会話を思い出す。

 娘が言うには、ヒーローも悪役も上から登場するのがかっこいいらしい。

 そうか? と思ったが、娘にそう言われるとやらざるを得ない。本当なら娘が見ている前でやりたいが、一度やっておけば会話のネタにもなるだろう。

 じゃあその時が来たら・・・煙草を吸いながら、どこか高い所から飛び降りて登場するか。

 念の為、口に煙草を火を点けずにスタンバイする。


 もう結構歩いたか。 街から離れ郊外に出た。まばらに家が建っているもののまだ開発の進んでいない、田園や木々の方が多い地域だ。


 ここからもっと進むと自然だけの場所に出る。例の連続殺人、一回目の殺害現場は街の中だったが、二回目はこの自然区域で起きた。


 そろそろ家の形も見掛けにくくなってきた頃、ジルが周囲を警戒するように周りを見た後、人目の付かない林の中に入って行く。


九重(いかにも怪しい場所だな)


 周囲を見ながら思っていると、風音から連絡が。

 天狐が郊外の林の中に入っていたとの事だ。


九重(衝突かあぶり出しかは知らんが、いずれにせよここで二人が会う予定なのは確かって事か)


 こちらも同じ状況だと伝え、九重も林に入る。


 ジルの後ろを隠れながら付いて行くと、突然ジルが立ち止まる。


ジル「おい、隠れても無駄だ。それだけ気配がれていれば馬鹿でも気付く。出てこい」


九重(気付いてたか。これだから宇宙人は・・・)


 バレてしまっては仕方ない。

 しかしこちらに目を向けている訳でもなくあの言い方。おそらくまだ正確な位置まではつかまれていない。ならばバレない様に、ここは予定通り上から登場しよう。

 適当に近くにある木の折れにくそうな枝を掴み、静かに上まで登る。

 すると。

 ジルの前方から、女の声がする。


天狐「やっぱ場所どころか、襲おうとしてるのもバレてるよね。もうちょっと進んだら後ろから襲ってやろうかと思ってたんだけど」


 隠れていた天狐が姿を現した。


九重(ああ、あっちか)


 九重はまだ結構離れた場所に居るので、ジルの更に向こうに潜んでいた天狐には気付かなかった。どうやらジルは天狐に言ってたようだ。でももう木の上まで登ってしまいました。

 気付かれない様に、木を渡りながらジルに近付く。


ジル「ついでにもう一人、隠れてるな」


九重(きた!  ・・・・・ん?)


 一瞬ジルの前方めがけて飛び降りようとしたその時。

 言葉を発したジルの視線が天狐に向かっている事に気付く。天狐に言っているように見える。


天狐「はぁ? 何を言ってるの?」


ジル「だったら天狐を尾行してた奴、もうバレてるから出てこい」


 天狐の後方に向かって言う。


 あえて天狐は振り向かない。後ろを振り向かせるための戯言ざれごとである可能性を警戒している。


風音「いや~~、さすがにこの距離でジル相手だとバレるよなぁ。でもいっか。もう二人が争おうとしてるっていう証拠はれたし。あとはレイさんに連絡するだけで仕事完了」


天狐「えっ!? 師匠!? なんで!?」


 天狐が驚いて振り返る。


ジル「お前気付かなかったのか。シャロン職員としてどうなんだ?」


天狐「くっ・・・!」


 悔しそうな表情でジルの方に向き直る。


風音「ジル、もう一個言う事は無い?」


 風音がジルに尋ねる。


ジル「何故尾行をされていたのですか? ですかね。先程の風音さんの言葉で、おおよそ分かりましたが」


風音「いやそうじゃなくって。 じゃあ僕が代わりに言うね」


 ジルの後方に向かって叫ぶ。


風音「隠れても無駄だ、出てこい!」


 その言葉と同時に、風音にも予想外の出来事が。


 ダンッ!!


 大きな着地音。

 上から人が降って来た。

 天狐とジルが対峙している丁度ど真ん中の空間に、たばこを吸いながら九重が降り立つ。


風音(え・・・・なんで上から・・・?)


 それはともかく。


風音「ジルの尾行お疲れ様でした」


ジル「なっ!?」


 驚愕の表情。


九重「あーー・・・・、天狐にしてもジルにしても、そう悔しがるな。尾行なんて不意打ちみたいなもんだ。こっちも勝ったと思っていない」


 ふーーー、っと煙草の煙を吐き出す。


ジル「・・・立場上、そうもいかないんですよ」


 悔しそうな表情で警戒方法を見直さなくては、と反省する。


天狐「流石さすがです、九重さん。まさかジルを尾行して気付かれない人間が私以外にいるなんて」


 お前はここ最近の尾行全部気付かれてたけどな、と場に居る全員が思う。誰も言わないが。


風音「ジルの尾行に成功したら、僕なら勝ち誇るけどな」


 皆思い思いの感想を言うが、そういった三人の意見には反応せず、九重がジルに尋ねる。


九重「本題に入る前に一つ聞いておく。 今の俺の登場の仕方はどうだった?」


 目の前で見ていたジルが一番分かるだろう。娘からのリクエストだ、まずは何よりも優先する。


ジル「は? 質問の意図が分かりません」


九重「そうか。風音は?」


 天狐を挟んでさらに後方に居る風音にも尋ねる。


風音「なんで上から? って思った」


九重「天狐」


天狐「かっこよかったです」


九重「・・・そうか」


 娘にはそう伝えておく。野郎二人の意見はぼつ

 余計な話はここまでにして、ジルに尋ねる。


九重「本題だ。俺等はシャロンの依頼で今に至る。さっき何となく分かると言ってたから、依頼内容の説明は省く。 で? 今何の為にお前らはここに居る?」


ジル「さあ? 私は天狐から呼び出されたんですよ」


天狐(長官からの依頼・・・・? 長官は私がジルを疑っているのを知っていたみたいだから・・・。 部下の衝突を避ける為に・・・か。面倒な事をしてくれるわね)


 天狐が複雑な表情をする。


九重「俺が聞きたいのは、話し合いをするつもりでここに来たのか? という事だ」


ジル「まさか。 こんな所に呼び出した天狐が、話し合いで終わらせる気なんてあるわけないでしょう。さっき襲おうとしてた様ですし。私の事を疑ってるんですよね?」


九重「天狐」


天狐「ジルの言う通りです。話し合いなどで終わらせる気はありません。私はジルが今回の連続殺人の容疑者であるという可能性が非常に高くなったと判断したので、シャロン職員として断罪する為にここに来ました」


九重「可能性が高くなったと思った根拠は?」


天狐「長官が師匠・・・風音さんに今回の件の協力を依頼をした日、長官室でジルの前科について喋っているのを聞きました」


ジル「前科・・・? ああ、監獄の」


 別に隠すつもりも無かったが、長官に言ってなかった事を思い出す。

 今回の件で天狐がジルを疑っている事、そしてレイがそれに気付いている事と合わせて考えれば、レイから依頼があった際にそういう話題が風音から出るのも分かる。

 だがあの件をちゃんと聞いていたなら、むしろ今回の事件の容疑者から外れそうなものだが。あんな回りくどい事をする奴が、短絡的に次々人を殺したりはしないだろう。


風音「あれ聞かれてたんだ。・・・確かにタイミング良すぎたもんなぁ」


 でも長官室って完全防音じゃなかったっけ?

 天狐がノックしたタイミングでその話は打ち切った筈だ。

 ・・・という風音の疑問の表情を見て、ジルが答える。


ジル「私達の標準装備の一つですよ。防音の部屋でも、これを壁に当てると中の会話が聞けます」


 ジルが懐から小さな機械を取りだす。


風音「なんで長官室がその機械の対策をしてないんだよ。シャロン馬鹿なの?」


ジル「もちろん対策した壁もあります。会議室の中などは、これを使っても聞こえません。長官室は防音ではありますが、敢えて普通の壁にしてあります。長官たる者、下に対して隠し事などしない。というアピールも兼ねてますから」


 正しい組織とは是正ぜせいすべき点を見逃さない事。

 上が下を見て是正するだけではなく、同時に下が上を見て是正する事で作られていく・・・・だそうだ。

 そのやり方を考案した親組織のシエロが腐敗ふはいしきっているので、この考えが何の役にも立っていない事がうかがえる。


風音「結果、こんな対立を生んでちゃ世話ないね」


 皮肉と共に、そんな大事な事は言っておいてくれ、と心の中でレイを非難しておく。

 そういえば長官室での会話中、なんか嫌な感じがしたのはそのせいか。どこかで誰かがこちらを意識しているような感じがした。あの時一応廊下を見に行けばよかった。


風音「ところで天狐さん? どうやってジルを呼び出したのかな?」


 もうお互いが出会った今となってはどうでもいい事なのかもしれないが、そこが少し気になっていた。

 ジルの立場や風音達の立場から見れば、ジルが天狐の呼び出しに応じるのは分かる。

 ジルは自分が天狐から疑われているのは知っているし、ジルも天狐を疑っているからだ。そんな天狐の方から会おうと言ってくるなら、そりゃ応じるだろう。それが罠だろうが。

 でも天狐は自分の尾行がバレてなかったと思っているし、ジルが天狐じぶんを疑っているなんて思っていない。

 だったら天狐の立場から見れば、ジルにとって天狐はただの同僚だ。

 真夜中にこんな所に呼び出しても・・・来てくれる可能性低くないか? 断られたらどうするつもりだったんだろう。

 まずどうやってここに呼び出すか、相当悩んだはずだ。


 しかし天狐は勝ち誇ったように言う。


天狐「そりゃ相手がジルだから。 魅力的な女性の同僚に真夜中に呼び出されたら、来るに決まってるでしょ。って言うか実際来たでしょ」


ジル「ああ、それであのメール・・・絵文字ばかりの気持ち悪い・・・」


 ちょっと意味がわからなくて、逆に来るのを躊躇ちゅうちょしたほどだ。


風音「うわきっつ」


天狐「はいはい、来ておいて負け惜しみは言うものじゃないわ。 あと師匠は黙れ、死ね」


 ちょっと話が脱線しているので、九重が割って入る。


九重「監獄の件は俺も知ってる。ただ常識以前の話だが、前科とは有罪判決を受けて初めて付くものだ。ジルに前科は無い」


 だからさっきジルも前科と言われて、最初ピンとこなかった。何の事を言っているのかがすぐ分かったので、いちいち反論はしなかったが。


九重「お前もシャロン職員なら、前科の無い奴を疑う前にやる事があるだろう」


天狐「私にとっては前科です。何の罪も無い守るべき市民に対し、己の都合で害を与えるなど言語道断。 今回の件を抜きにしても、断罪する理由としては十分です」


九重「今お前がやろうとしている事は、ジルのやった事と同じだ。上に判断をあおがず、身内の処刑を自分の判断だけで行う。 残念だがこうやって長官の使いにバレた以上、実行に移す事は出来ない」


 一瞬天狐とジルの目が合い。

 天狐とジルが同時に笑う。


天狐「すみません。何を言っているのか分からないです。私があの日聞いたのは監視カメラ設置の協力だけ。それ以外の依頼なんて本当に存在したのかどうか・・・」


ジル「はい。その依頼・・・でしたっけ? 私達は聞いてませんから。市民が勝手に長官の使いだと嘘を吐いている可能性もあります。従う必要は無いですね。お引き取りを」


 二人とも最も疑っている相手が目の前に居る状況だ。邪魔されたくはないのだろう。

 しかしこういった時の為に、ちゃんと物証も持って来ている。


風音「残念でした。依頼状なら持って来てるよ」


 レイのハンコを押した依頼状をポケットから取り出す。

 暗くて見えにくいので、その紙を二人に見せる為に近付くと。


 パンッ!


 甲高かんだかい音と共にその依頼状が、天狐の裏拳によって一瞬で四散した。飛び散る破片の大半を天狐が空中で掴み、ぐちゃぐちゃに握り潰す。


天狐「さっきから虫が鬱陶うっとうしくて・・・・師匠、私虫が嫌いなの知ってるでしょ? こうやって潰しておけば安心出来るわ。で? 依頼状ってどこ?」


 依頼状を破壊しておきながら探すふりをする天狐の白々しい演技に、九重が呆れた様に煙草の煙を吐き出す。


九重「風音、今のは偽物だろ? 次は本物を出せ」


風音「いや今のが本物」


九重「何やってんだお前」


風音「おとなしく言う事を聞くならそれで良し。抵抗するなら聞き分けの無いジルと出来の悪い弟子に、おきゅうえてやろうかと思って。 ・・・たんだけど、依頼状があったらこっちも手出しできないなーって、思ってたら・・・」


 まさか、依頼状が無くなるなんて。

 予想外な事が起きた。ほんと予想外。

 えて天狐の手が届きやすい位置に持って行ったけど、まさかこんな予想外な事が起こるとは。


風音「いや~~参ったね、依頼状紛失しちゃったよ」


 風音が手元に残った僅かな紙片をポケットに戻して、天狐に対し背後から視線を向ける。

 今まで風音に背を向けていた天狐が、危険を感じ体を反転させた。


風音「僕等ぼくらが勝ったらレイさんに報告して終わり。君等が勝ったらもう好きにすればいいよ」


九重「僕等・・・って、俺もやるのか」


 やれやれと首を振る。


天狐「ジル。あんたと協力する気は無いわ。手を出さないで」


ジル「私もあなたと手を組むなんて御免ごめんですが、相手は二人です。手を出すなという事は、もしこの二人が二人掛かりであなたを襲った場合、私はあなたがやられるのをじっと見ていなくてはならないのですか? それが終わると同時に、この二人が私に襲いかかってくると分かっていながら? 私としては、けずれる戦力は削れる内に削っておきたいですがね」


 ジルが武器である糸を手に取る。


天狐「黙れ。手を出すならお前をまず敵と見なす。お前が加勢と称し、武器を持って私に近付くのを許さない」


風音「だったらさ、二人ずつ居るんだしタイマンでやろうよ。ね? 九重さん」


 風音が天狐を挑発するように提案する。


九重「・・・勝手に決めるな」


 と愚痴りながら、銃を手に取る。

 ジルと目が合い、互いに相手を見下す様に鼻で笑う。


ジル「九重さん、銃をしまって下さい。そんなもの私には通用しません。黙ってお引き取り下されば、余計な怪我をしなくて済みます」


 ジルが自分の周囲に糸を張り巡らせる。


ジル「私の糸は切るだけではありません、より合わせる事で弾丸くらいなら簡単に弾く事が出来ます。あなたの攻撃は通らない」


九重「そうやって強敵との戦いを避けて来たのか?」


 九重が銃を構える。


ジル「それは誤解です。 強敵なら私も戦ってみたいですから、余計な事は言わないですよ。私が忠告をするのは、戦うに値しない敵だけです」


九重「出会う奴全員にそう言ってるんだろ? そうすれば誰とも戦わなくて済む」


 九重が鼻で笑う。

 互いに語る必要が無くなった事を悟り、戦闘態勢に入る。


 天狐が風音に向かって問う。


天狐「師匠は私の性格を知ってるでしょ? 私は思い立ったらすぐに行動をするタイプなの」


風音「知ってるよ。だから止めに来たんだよ」


天狐「あらそう? だったらおかしいと思わなかった? そんな私が行動するとすれば深夜の事件発覚の次の夜、つまり昨日でしょ? 昨日一日どうして私が行動しなかったと思う?」


 どうしてと言われても。

 もちろんそれを予想して昨日から見張っている。

 しかし彼女の言う通り、昨日動かず今日動いたのは少し不自然だと思っていた。


風音「さあ? ジルを色仕掛けで呼び出すには、化粧のノリが悪かったから? でも化粧しなくても美人だと思うよ、自信持って」


天狐「心のこもってない褒め言葉をどうも。 実は私の師匠は風音さんと凌舞しのぶさんだけじゃないの。凌舞さんから面白い事を聞いてね。寝る事を貯める事が出来る煉也さんの技」


 煉也れんやは寝貯めが出来る。暇な時間に寝る必要が無くても敢えて寝ておくと、それを貯めておいていつでも解放できる。これを利用すれば、ストックさえあれば何日でも寝ずに動ける。

 事前に寝なければいけないので使い勝手がやや悪いが、あくまで彼の技の副産物のようなものだ。

 それを聞いた天狐が、無駄な会議や移動時間など、あらゆる無意味な時間を寝る事で貯めておき、その分夜寝る時間を可能な限り短時間にして修業が出来ないか相談に行った。


天狐「師匠達と同質の技を使う様になって、私も出来るかなって。でも、予想外だったわ。寝る事を貯めるよりも、もっと良い方法が見つかったの。私は元々師匠達と違って才能が無かったから、自分の中にある力を身体強化に充てるしかなかった。 でもその力をね、貯める事が出来るようになったの」


 貯めた力を開放し、天狐の身体がひと回り肥大化する。

 腕も脚も胴回りも、着ている服が弾けそうなほど膨れ上がる。


天狐「師匠、そろそろ私より上だと思っている事、悔い改めましょうか」


風音「なるほどね。昨日は一晩中力を貯めてたんだ。寝不足になってない?」


 軽口で返すが、元々腕力が売りの天狐だ。彼女は異常な程の筋肉質な体でありながら、女性特有の柔軟さも失っていない。それが大幅強化されたというなら、まともに正面からあたると危険だ。が。

 風音にも毒がある。体から発される毒で周囲の物質を腐らせる事で、自分の力に換えられる。

 同じ属性の技を使う者同士、どちらの技が上か真っ向勝負してみるのも面白いかもしれない。


 天狐が高速で風音のえりを取り、上空に向かって軽々と放り投げる。

 何メートルも上空に跳ね上げられた風音が少し驚く。


風音(やっぱり瞬発力も格段に上がってるな。腕力は元々比較にならないけど、今は速さもジルを上回ってる。これはもしかすると・・・・)


 無策で格上のジルに挑もうとしたわけではなかったらしい。

 この世には刃物すら弾く、剛性ごうせいの高い糸などいくらでもある。しかしジルが使う武器は、相手に痛みを感じさせないという特性を優先させている為、断ちにくい素材で出来ているわけではない。

 刃物さえあれば、今の天狐の力なら糸を束にしても断てる。

 あの糸を断つ手段を用意しているなら、あるいは天狐が勝てる可能性もある。


天狐「せっかくだからこの状態で全力の師匠と勝負がしたかったわ。 でも今日は遊んでる暇は無いの」


風音「ま、やると思ってたけどね」


 中空で体を反転させ、天狐を上空から捉える。

 一気に天狐が有利になった。風音の周囲には毒で力に換える物が無い。


風音「知ってる? 格闘技ってね、空中からの攻撃に反撃するすべがほとんど無いんだよ」


天狐「空中からの攻撃は受け流しに弱い。そんな事も知らないの?」


 天狐が上に向かって腕を上げて構える。どんな角度から風音の攻撃が来ようが流せる。


風音「知ってるよ。ついでに言うなら受け流しで体勢を崩されるのを、脱力で回避出来る事も」


天狐「そうね。でもその回避は一時しのぎに過ぎない。そして必ず隙が出来る。せめて死なない様に全力で守りなさい」


 こちらももう言葉を交わす必要が無くなったと判断したのか、互いに戦闘態勢に入る。


 全員が戦闘態勢に入ったその瞬間。

 ジルと天狐双方の視界に、本来戦うべき相手である互いの姿が映る。


 そして二人同時に同じ事を考える。



 こいつを片付けたら次はお前だ。


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