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カノン  作者: しき
第3話
21/206

殺人鬼3


 風音がシャロン長官室のドアにノックをする。


レイ「どうぞ」


風音「失礼します」


 ドアを開けて入ってみると、今日は珍しくレイが一人で座っているだけで護衛が居ない。

 ここシャロンの長官であるレイ・ウィワイト。見た目は中肉中背の初老の欧米人のような、普通のおじさんのような感じ。

 裏側(地球が無い方の宇宙)の治安組織でこの地位に就こうと思ったら、よほどの功績を過去に積んでいるはずなのだが、見た目にはそんな歴戦の風格などは感じさせない人物。


風音「あ、珍しい。ジルも居ないんだ」


 いつもなら大体複数人の護衛か、ジルが居るのに。

 綺麗に整頓された静かでお堅い雰囲気を感じさせる部屋だが、レイだけだと少しゆるい空気に感じる。


レイ「珍しいと言えば、そっちも今日は随分ずいぶん珍しいのばかり連れて来たね」


 まず精悍せいかんな顔立ちをしたスーツ姿の九重ここのえ双健そうけん。彼は地球人で、犯罪者に最も恐れられた元警察官としてシャロンでも有名だ。

 もう高校生になる娘がいるが、その割に見た目は若い。娘と二人で歩いていると、カップルと間違われるほどだ。

 早速部屋主の許可も得ずに煙草を吸っている。廊下は禁煙と聞いたので、部屋ではどこでも吸っていいと解釈しているようだ。


 そして対照的にラフな格好をしている、茶髪のやや美少年のこと千丸ちまる。現在男性の姿をしているが両性であり、女性にもなれるし見た目も変わる。

 女性姿もやや美少女で、どちらの姿の時も軽薄けいはくな印象を持たれる態度を取る。

 見方を変えれば明るく人懐ひとなつっこい奴でもあるので近寄り難い雰囲気が全く無く、どちらの姿でも異性にモテる。それを利用して、よくカノンにどうせすぐに別れる恋人を連れ込む。

 シャロンに連れてこられるのは今日が初めてで、物珍しそうに部屋中をキョロキョロと見ている。


 あとシャロンの外でセイニーが待機している。ついでに、来れると言っていたユニルはまだ寝ている。その内勝手に来るだろう。


風音「九重さんはここに用事があるとかで連れて来て。 セイニーは仕事したそうだったから。千丸はレイさんからの指示に従って消去法で」


 部屋の中を見ていた千丸が風音の方を見る。


千丸「えっひどっ。 そんな理由? 僕の事を愛してたから連れて来たんじゃなかったの?」


風音「男に興味無いんで」


 すり寄って来た千丸を両手で押し返す。


レイ「で、九重君の用とは?」


九重「この前の炎火ほのかを女子寮にして貰った件、礼を言っとくついでに仕事でも引き受けようかと思ってな」


 そう言って、持って来たお土産みやげをレイの机に放る。


レイ「別に礼なんかいいのに。地球人は特に女性が非力な様だからね。地球人の生徒も多くなるし、元々安全性の高い方に女子生徒を集めておきたかったからな。丁度良かったよ」


 おやつ大好きなレイが早速九重のお土産を開けて、中に入っていた高級感漂うチョコレートクッキーを食べ始める。


九重「渡した俺が言うのもなんだが・・・。シャロンの長官がそんな簡単にもらった物食っていいのか?」


 毒入りとかならどうするんだ? という意味だ。

 レイの立場なら知り合いから貰った食べ物なんて、暗殺の常套じょうとう手段に用いられるものだろうに。

 もしこの部屋にジルなどの護衛が居たら、まず今すぐには食べさせてもらえないだろう。


レイ「君達が本物である事は入り口で確認されているしね。その上でもし九重君が私を殺そうと毒を盛ったとしても、風音君が治療出来るだろ?」


 言いながらモリモリ食べている。もう五つくらい袋を開けた。


九重「まぁそうかもしれんが・・・そんな事を考えながらよくそんなに食えるな・・・。三人ともレイさんを殺そうとしている可能性は考慮しないのか」


レイ「君達との付き合いが短ければ、その可能性も考えるがね」


 そんなやり取りは無視するように、千丸が「は~~い」と手を挙げる。


千丸「何でセイニーちゃんだけ外で待機なんですかぁ? 実績が無いからテストするとか聞いたけどさぁ。それだったら僕もじゃない? セイニーちゃんと仲良くテスト受けたいな~」


 千丸がレイに尋ねる。


レイ「セイニー君は戦闘要員として、君は非戦闘要員として呼ばれたからだよ。今後戦闘要員として仕事を受けるなら、適性検査は必要だろう?」


千丸「もっと分かり易くお願いしま~す」


風音「千丸、目上の人に対してはもうちょっと丁寧な言葉で喋ろうか。僕も人の事言えないから、敬語使えとまでは言わないからさ」


 見かねた風音から注意が入る。


千丸「は~~い」


 そう返事した千丸の頭を、九重が拳でゴチッと叩く。


千丸「痛っ!」


九重「風音も目上だろうが。返事を伸ばすな」


 千丸の態度に対し、実は風音より遥かにイラついていた九重からの制裁が入る。


千丸「も~~~。風音さんと僕の仲を嫉妬してるからって、殴らないでよね。既婚者に興味は無いんだよ、あっち行け」


 りずに挑発する発言。そして案の定、もう一発叩かれる。


九重「俺も目上だ。次舐めた口をいたら撃つ」


千丸「ちょっとコイツなんとかしてよぉ、風音さ~ん」


 九重に脅されたのをいい事に再び風音にすり寄ったが、片手で顔面を押さえられ止められた。

 このやり取りを見ていたレイから、疑問の声が飛ぶ。


レイ「風音君? 人選ミスってない?」


風音「カノン内って、いつもこんなんだよ」


レイ「じゃあカノン自体がおかしいのかな?」


風音「御冗談を。まず一番まともな僕を筆頭ひっとうに・・・」


レイ「もうそれはいいから」


 風音が一番まともなら、カノンは変人ばかりという事になる。というのがレイの持論だ。


レイ「じゃあセイニー君のテストを始めようか。連絡を取ってくれないか? それともし駄目だった場合、代わりは居るのか?」


風音「テスト内容聞く限りだと、駄目だった場合なんて無いよ」


 風音が外で待機しているセイニーに電話をかける。


 テスト内容とは、セイニーがこの長官室まで辿たどり着けるかどうかというものだ。

 長官室はシャロン八階にあるのだが、階層が上がって行くごとに戦闘能力の高い職員が待っている。

 こちらの敗北条件は戦闘不能か、背中に裏側の言語で「敗北」と書かれたシールを貼られる事。

 カノンでもこのテストをくぐり抜けて長官室まで辿り着けるのは、ゼロアと風音と神楽、次点で春日とユニルくらいのものだ。

 ユニルは最強の種族「妖精」ではあるものの、それは誰とも契約していない本来の姿での話。

 風音と契約している現在は普通にダメージをくらうし、戦い方はとにかく強力な風を起こしまくるか切り刻むくらいしか無い。

 シャロンの職員も、相手の出方が分かっているなら対応くらいしてくる。場合によってはどこかで被弾する可能性は十分ある。だから次点だ。


 その五名と比べると格下のセイニーの実力では、クリアは難しいのでは・・・となるが、今回のテストは三階に到達するだけで合格らしい。一応行ける所までは行ってもらうが。

 風音の見立てでは、ルールが何でもありだしセイニーなら五階まで行けるかな? くらいの実力はあると思っているので、三階到達つまり二階をクリアするだけなら余裕との見解だ。


 セイニーが電話に出た。


風音「あ、セイニー? もう今すぐ始めていいらしいよ?」


 セイニーからの応答があり、少ししてから電話を切る。


 電話を切ってから数十秒後。


セイニー「あの」


 突然レイの背後から、セイニーがレイの肩に手を置く。


 レイがビクッと全身を震わせた。どうやらセイニーの特殊能力で、壁を潜ってこの部屋まで来たようだ。

 レイの机の上に置いてある鏡にセイニーの姿が映っている。


 風音と同じような黒いスーツ。カノンオリジナルの制服を着てきているようだが、妖精族の様な童顔タイプの可愛らしい顔立ちのせいで、まだスーツが似合っていない。コスプレ感満載だ。

 なぜか頭上付近で縛られた二対の髪の毛が空中に浮いていて尻尾の様に後方に向かって伸びている。

 一見すると横髪の長いセミロングの髪型に見えるが、ちょっと違うようだ。

 ウィッグの一種か? 今は髪の毛を自分の頭の周囲で空中に浮かせるのが流行っているのだろうか?


 などと普段のレイなら考えるのだろうが、今はビックリしていてそれどころではない。


セイニー「ごめんなさい、ちょっとルールの詳細を聞き忘れてまして。 えっと、何でもありっていうのは電気を全部落とすのもアリですか?」


風音「あ、ごめん。それはナシ。試験官は暗闇くらい対応するだろうからこの施設じゃなきゃアリだけど、ここは市民からの通報も受けてるから。そこを繋がらなくしちゃうと市民に被害が出る」


 びっくりして(?)固まっているレイの代わりに、風音が答える。


セイニー「潜ってみた感じ、地下に兵器があるようですけど、それを手元に引っ張ってきて使うのはアリですか?」


風音「シャロンが機能しなくなっちゃうからナシで。あと試験官には兵器に対応出来る職員もいるだろうけど、周りの一般職員達が死んじゃうし」


 何でもありのルールとシャロン側は伝えてあるものの、これはその個人が持っている能力・技能を封印しなくていいという意味である。

 セイニーの技「無機物との融合ゆうごう」は近代兵器が多数ある場所では、戦闘能力が飛躍的に上がるという強みがある。と同時に完全体の妖精と同じく、場合によって加減が出来ず周囲を巻き込むという弱みもあわせ持つ。


 なんでもありといっても、こればかりは封印して貰わないと困る。

 仮にシャロンと同じ施設をもう一つ用意して、そこに試験官のみを配置するならそれもアリだろうが。


セイニー「職員の中にロボットが沢山居ますけど、それを操るのはアリですか?」


風音「それは・・・。 あの子達は高度な人工知能が搭載されてるから、見た目だけじゃなくて中身もほとんど人間みたいなものなんだよ。洗脳とか人質に取る行為は・・・シャロンはそれも想定内だからアリって言うだろうけど、僕が個人的にちょっと気分悪いかな。 やりたければ止めはしないけど」


セイニー「じゃあやめときます。 戦いを避けて走り抜けるのは?」


風音「それはいいよ。極端な話、全く戦わずにこの部屋に来れてもクリアだよ。戦闘に長けた敵が沢山居る施設内で、目的地に着けるかどうかが重要だから」


セイニー「分かりました。じゃあガンバてきます!」


 両手を胸の辺りまで上げて握り、よしっ! と気合を入れる。


風音「うん。ガンバてきて」


 ひらひらと手を振って送り出す。

 セイニーが再び壁に潜り、シャロン入り口まで戻った。

 セイニーが去ってから・・・うっすら全員が思っていた事を、九重が口にする。


九重「おい、今のもう終わってたんじゃないのか?」


風音「終わってたね」


 開始の合図があってから、この部屋に入って来たわけだ。

 シャロンは瞬間移動のたぐいの技を寄せ付けない仕組みになっている。それが個人の能力であろうが、機械によるものであろうが。

 だから数秒でこの場所に現れるなど、想定外だったのだろう。レイが面食らう訳だ。

 彼女はシャロンそのものに融合が出来る。何でもありなら、今のでも立派にクリアだろう。


風音「でも本人がまだ始まってないと思ってたみたいだし、レイさんも呆けて何も言わないから、ノーカンなんじゃない?」


九重「いいのかそれで」


風音「というか、僕としてはセイニーが地面に潜ったりとかじゃなく、正攻法で何階まで行けるか知りたいし。予想は五階なんだけど」


九重「最近個々の職員のレベルが上がってきてるからな。せいぜい四階だろ」


千丸「じゃあ僕は三階にしよっ。縛りが多すぎるよぉあれじゃぁ。どこが何でもありなんだよって感じ~?」


 確かにね、と風音が同意していると。


 長官室のドアがノックされる。


風音(早いな・・・)


風音「どうぞー」


 多分テスト関連だと思うので、風音が勝手に返事をする。

 ドアが開くと、そこには二人の職員に挟まれる形でセイニーが立っていた。


セイニー「ふふん。捕まっちゃいました」


 捕まったのになぜか自慢げなセイニー。多分合格ラインは突破したのだろう。


風音「捕まっちゃいましたか。何階まで行けた?」


セイニー「四階です。もうちょっと、あと二歩で五階まで行けそうだったんですけど、この二人がね」


 脇に居る二人に目をやる。シャロンの制服を着た、やたら爽やかそうな男性と陰気そうな女性。

 この二人に掴まったようだ。


レイ「御苦労様ウェルズ君、テトラ君」


 いつの間にか我に返っていたレイがねぎらいの言葉をかける。


ウェルズ「いやっ、お疲れ様でしたっ! 僕らの速さに付いて来れる素人なんてそう居ないです! 大したもんですっ!」


 褒めながらもセイニーを「素人」と評するウェルズ。

 九重が鼻で笑っている。


風音「速さに、って事は戦わなかったのかな? 宣言通り走って突破しようとして、札を貼られたのか。もったいない、ウェルズともう一人くらいなら壁を背にして真っ向勝負で勝てたのに」


 テトラの事は知らないが、ウェルズなら風音も知っている。この明るい男は誰にでも話しかけるから、風音が仕事で出向いた時もよく会話をする。

 犬より猫派らしいので、ペット議論では風音と超敵対している。


 うつむいていたテトラが顔を上げて風音を見た。


テトラ「舐めないで。私はあなたにだって勝てる」


 言うが早いか、高速で風音の前まで来て顔面を殴りかかっていた。

 その腕を風音が掴む。

 テトラが驚いたような、意外そうな表情をしている。


風音「確かに速いね。動きも判断も。 でも残念、相方はあの状態」


 テトラに後ろを向くようにうながす。


 振り返ってウェルズの方を見ると、平衡へいこう感覚を失っているのか足元がふらついている。

 テトラが意外そうな表情をしたのは、自分の攻撃を止められたからではなく、その後のウェルズの追撃が無かったからだ。

 わざと風音を挑発するような発言の後、ウェルズを自分の体で風音の視界から隠す様に動いた。

 自分の攻撃が風音に通じるとは思わないが、それでも当たればラッキー、止められるあるいはかわされてもウェルズが背後から攻撃。風音がその対応をしている間に自分も追撃・・・の鉄板コースのはずが。


セイニー「そっちが二人掛かりだから、こっちも二人でいいですよね?」


 セイニーが笑顔で言う。

 テトラが風音の視界を奪うと同時に動き出そうとしたウェルズを、セイニーが横から顔面を打ち抜いて止めた。

 セイニーは物質と同化出来るという大きな異能を持っている。 敵にとってはそれがあまりにも厄介なのでそちらに目が行きがちだが、彼女は身体能力も非常に高い。

 身体の性質が機械に近い事もあり、反応速度が異常なくらい速いのだ。

 他人の心の動きや機微きびなどにうといので、周囲の人達の行動を先読みするような事は出来ない。しかし見てからでも対応が間に合うくらい反応が早い。

 今のもウェルズがテトラの加勢をしようとしていた事に気付いていたのではなく、むしろ第三者として傍観ぼうかんしていた。

 そして隣でウェルズが動き出そうとしたのを見てから、一歩目を踏み出す前に止めた。


 テトラが呆気に取られている間に、風音がテトラの背中に敗北シールを貼る。

 ただでさえ陰気なテトラの表情が更に曇る。


テトラ「・・・・・降参」


 拳を引いて、入り口付近まで戻る。


ウェルズ「いや~~参った参った! セイニーさんを警戒してなかった訳じゃないんだけど、横からじゃ攻撃が速すぎて見えなかった! 威力を半減させるので精一杯だったよ。今六階に待機してる人達と同格かもね。せっかくだからウチに来ない?」


 素人とか言っていたさっきとは打って変わって、セイニーを勧誘しだす。


テトラ「ヘッドハントは相手の社長が居ない所でやりなさい」


 ウェルズの近くまで戻っていたテトラが、まだ少しふらついているウェルズの側頭部を叩く。


風音「全くだよ」


 風音が笑う。


テトラ「では失礼します」


ウェルズ「失礼しましたっ!」


 二人が頭を下げてドアを閉める。


 騒がしいのが居なくなって静かになった長官室で、風音がレイの方を見て言う。


風音「僕から言わせればね、シャロンの方が変な奴多いよ」


レイ「ウェルズ君の事を言ってるなら、シャロン職員は風音君とウェルズ君は同列だと思ってるよ」


 犬派猫派の言い争いで廊下に腰を下ろし、二時間も大声で議論を続けた二人は職員達の間でも有名だ。

 過去シャロン内で行われた、最もくだらない争いだと言われている。

 しかし周りがくだらない争いだと言って止めようとすると、息ピッタリで二人ともキレる。


風音「ウェルズよりテトラさんの方だよ。社長室で客にいきなり殴りかかる社員とか、普通居ないし。レイさんが止めんかいって思ってたよ」


レイ「そりゃシャロン内で職員を挑発するような事を言えばああなるだろう。血気盛んなのが多いんだから」


風音「挑発したつもりは無かったんだけどな」


 アレを挑発だと言うなら、その前のウェルズの素人発言も挑発だろう。

 仕事を受けるに値するかどうか適性試験を受けに来て、合格ラインを突破した者に対して素人って。

 九重もその発言を聞いた時、思わず笑っていた。


セイニー「というか、どうして風音がこの敗北シールを持ってるんですか?」


 入り口付近に居たセイニーが、自分の背中からウェルズに貼られた敗北シールを剥がしながら近寄ってくる。

 さっき風音がテトラの背中に貼ったシールの事を聞いている。


風音「だって八階の担当は僕と九重さんだったし」


 九重が必要無くなったシールを長官の机に放って返却する。

 そう。もしセイニーが八階まで到達したら、二人がこの部屋から出てセイニーの相手をする予定だった。


セイニー「そんなの勝てる訳ないじゃないですか?」


 セイニーがむくれる。

 ついこの間、神楽とタッグで風音と戦って負けたのが記憶に新しい。

 ・・・とセイニーは言うが、実際は長官室に入るという勝利条件を一度満たしているから。


風音「厳密に言えば一回こっちが負けてるけどね。 あと本来なら僕らじゃなくて、ジルと天狐てんこさんが担当だったと思うし。どっちにしてもセイニーよりは格上だよ」


セイニー「天狐さん?」


 セイニーは会った事がない人物だ。

 シャロンの実力者と言えばジルがトップだが、二番目がそのあまさき・天狐という女性だ。

 カノンから格闘技の師範としてシャロンに来ている春日かすがひじりという爺さんが居るが、このジジイが訓練という名目で女性職員にしょっちゅうセクハラまがいの事をする。

 はっきりとセクハラなら逮捕も可能だが、熟練者の目にも訓練の延長に見えるグレーゾーンの行為を連発する。

 これに怒った天狐が、逆に訓練という名目で春日を成敗してやろと何度も挑んだ。

 天狐は若くして格闘技の才を開花させ、地球では女性相手では敵無し、男性相手にすらトップクラスに追随ついずいするほどの才能だったが、それはあくまで地球上での話。

 春日は和名ではあるが、天狐と違い日本人ではなく裏側出身の武道の達人だ。

 最初は春日の足元にも及ばず逆にボコボコにされ、訓練という名目を盾に抱き付かれたりして悔しい思いをした。

 根本的に身体能力に差があり過ぎる宇宙人には、地球人では勝つのは不可能かと諦めかけていたが。

 凌舞や風音の協力もあり、彼らの持つ特殊な技を身に付けた。と言っても彼らの様に槍や毒を体から生み出すわけではなく、持てる力の源泉を全て身体能力の強化に充てた。

 そしてついに春日に勝てないまでも、少しはまともに組手が出来るまで成長した。他の女性職員に怪しげな行動を取ろうとすると、横から蹴りを入れる事も可能になった。


 身体強化の特殊能力を手に入れただけで、トップに追随する事が出来るほどシャロンは甘くない。

 その後も努力を重ね続け、春日を監視し、後輩を育て・・・。

 気付けばシャロン第二の実力者になっていた。


風音「凄い努力と根性で二番目までのし上がった人だよ。ジルにはまだ遠いけど、もうちょっと強くなったらあの人が春日さんの代わりに講師をやればいいんじゃないかな」


 実力的にはまだまだ春日の方が上だが、性格に難有りなのは知っている。指導者としては天狐の方が向いている。

 そしたら春日が無職になるけど、いいだろもう隠居いんきょで。


レイ「話の途中で悪いがその話題はちょうどいい、早速仕事の話に移ろう」


 仕事の話という事で、全員がレイの方を向く。


レイ「今回の仕事はそのジルと天ヶ崎君が関係している」


風音「ん? 今日の仕事は連続殺人の件じゃないの?」


レイ「そうだ。順を追って説明しよう」


 レイが今回の仕事の説明を始めた。


 まず今回の連続殺人の概要。

 今までの所五件確認されている。事件件数が五件というだけで、被害者は十三人。

 うち三人が家の中で殺害されていた事と、それらが他の捜査で偶然発見された事から、もしかすると発見されていないだけでもっと被害者が居るかもしれない。

 被害者は全て頭部が破壊されており、その内四件の被害者が元凶悪犯罪者やそのグループだと判明している。気になるのはその四件とも、再犯の疑いがあり捜査中だった者達だ。

 残りの一件だけが元犯罪者ではなかった。シャロンには全く情報が無かった人物だが、捜査をしていく内にこの人物が金銭目的で知人を殺害していた事が判明。まだ捜査にすら至っていない殺人犯だったのだ。

 現場の痕跡から犯人は三人程度のグループだと思われている。


 そしてこの件に対するシャロンでの対応と、天狐を含め起こっている事を順を追って箇条書きにすると。

 ・もちろんシャロンで捜査していたが、他の事件も多々ありこの連続殺人の捜査が遅々ちちとして進まなかった。

 ・連続殺人などという凶悪な事件など、何を置いても優先的に解決に向けて動かなければならない。と天狐がこの現状を上層部に抗議した。

 ・しかしシャロンは「市民が脅威に思っている事柄から片付けていく」という信念の下に動いている。であれば複数の事件が重なれば優先順位が付くのは仕方が無いという意見。

 ・だからこそ連続殺人は市民にとって脅威であるので優先的に、と天狐が反論。

 ・シャロン上層部は元犯罪者が次々殺されていく事件と連続窃盗事件なら、一般人が路上で襲われる連続窃盗事件の方が一般市民にとっては脅威だと判断。

 ・天狐はこれに反発し、被害者どうこうでなく連続殺人という事件自体が市民を不安にさせる、と抗議した。

 ・しかしその抗議もむなしく、シャロンはこの事件を全く捜査をしていない訳ではないものの、他に何か事件などがあると後回しにされているのが現状。


 ざっとまとめるとこんな感じだ。


 ここで天狐がある人物を疑い始める。

 ジルだ。

 あいつの性格、考え方、思想・・・どれをとっても今回の犯人のやり方と重なる。

 捜査が遅れているのも、あいつが遅らせている?


 今日もジルは連続殺人の捜査そして犯人が複数という事で、他に二人の職員を引き連れて出て行ったが・・・

 その二人の職員もジルのお気に入りだ。

 思想が似ている。かたよった正義観。法よりも感情を重んじる奴ら。


 だが法は法だ。

 もしジルが関わっているなら断罪する。

 そう意気込んでジルに気付かれないように独自で捜査をし始めた。



レイ「・・・・・・という現状だ」


風音「なるほど」


 よし、謎は全て解けた。


風音「わかった、ジル逮捕しようぜ」


レイ「早い早い早い」


風音「いややってるよあいつ。遂にやりやがったな」


 冗談半分で言う。


九重「俺は知らんが、そのジルって奴はそんなにやりそうな奴なのか?」


 レイの話が終わるや否や、また煙草に火を点けて問う。


風音(あれ?)


 今何か、嫌な感じがしたような。どこかからこちらを意識している奴が居る? 廊下か?

 思わずドアに向かって振り返る。

 いや・・・・。気のせいか。

 ここはシャロン内で、しかも長官室。監視も盗聴も不可能だろう。

 もしこの場にユニルが居たなら、念の為廊下を見に行ってもらうところだが。


九重「どうした?」


風音「あ、ゴメン。何でもないです。えっと、なんだっけ?」


 九重の質問を思い出す。ジルがやりそうな奴かどうか、だっけ。 


風音「やりそうもなにも、似たような事を前にやってるし。ね? セイニー」


 セイニーが少し考えてからうなずく。


レイ「えっ!? 初耳なんだが」


 レイが結構驚いている。

 そういえばジルが上には報告していないと言っていたのを思い出す。

 仕方ないので、セイニーと初めて会った時の事を詳細に説明する。

 あの時はジルが個人的に犯罪者を捕らえ、監獄に連れて行っていた。そして連れて行かれた犯罪者達は、結果的に全員死んだ。

 しかし。


セイニー「ちょっと今回の件と違うのは、あの人目的の為なら関係無い人まで巻き込む反面、犯罪者には頑として直接手を下さなかったんですよ? あの場所に死ぬまで投獄しようとしただけで。 あの監獄は規則さえ守ればとても優しい場所です。犯罪者達が全員死んだのも事実ですけど、あれは警告を無視して勝手に死んだわけですから?」


 そんな人が連続殺人なんてするかなぁ? とクリンと首を捻る。


レイ「そんな事があったのか。 減給ものだな」


風音「ジル本人も言ってたけどやっぱり減給程度なんだ」


 法での判断を待たずに、勝手に終身刑を科すのって結構な事だと思うけれども。


レイ「ジルくらいの権限を持てば、犯罪者を自分の判断で殺す事も許可されている。極端な話、今聞いた話で仮に直接ジルが殺してたとしても減給されるだけだ。 ただしこれはあくまで我々の判断であって、ここはあくまで地球だからな。それが常習になってくると、シャロンそのものが地球にそぐわないと判断される。それはこちらとしても困るから、やはり相応の罰を与えなければならなくなってくるな」


 いくら犯罪者を殺す事を許可されていると言っても、それは殺さざるを得ない状況での事だ。

 そうでない状況で殺したなら減給は免れない。逆に言えば、それでも減給程度で済む。

 ただそれはレイの説明通り、シャロンのルール内での話だが。


 やはり治安組織と名乗る以上、その職員がその星のルールとあまりにもかけ離れた行為ばかり繰り返していると、地球側から訴えられる。

 犯罪者を捕まえるのではなく次々と殺していく行為というのは、やはり地球のルールにのっとって、罰の対象となってしまうだろう。


レイ「ただし今聞いた件の場合、ジル自身は殺しに関わっていないから減給だけになるな。 もちろんその件に巻き込まれた風音君や凌舞君がジルを訴えれば、実刑もあるだろうが」


風音「それはいいよ別に。逆に何日も寝込むほど殴っちゃったし。あれのおかげでセイニーに会えたのは僥倖ぎょうこうも僥倖だし」


 ふと、そのジルを治療しようとした時の気まずい光景が頭に浮かぶ。

 もうあれ思い出したくもない。


千丸「そうだよねぇ! ほんとセイニーちゃんに会えたのはラッキーだったよ。愛してるよセイニーちゃーん!」


 そう叫びながら千丸がセイニーに抱き付く。

 セイニーは特に抵抗もせずに無言で受け入れる。


風音「千丸、うちの乗組員にそういうのは控えてって言ってるだろ。ここどこだと思ってんの?」


九重「おい新人。そういう事をされるのは嫌じゃないのか? もし抱き付かれるのが嫌なら、はっきり言った方がいいぞ。相手が嫌がった時点で犯罪行為だからな。調子に乗って他所よそでやられるとウチが困る」


 千丸の目に余る行為にダブルで注意が入る。

 カノンの他の皆は千丸が抱き付こうとすると、怒るとかシバくとか先程の風音の様に防ごうとする。

 しかし新人のセイニーは抵抗しないので、調子に乗って繰り返している節がある。

 風音としては、そろそろ艦長として一度厳しく注意なければならないラインまで来ていると感じる。

 そしてこの行為に関し、九重にとっても一つ大きな懸念けねんがある。

 娘がもうすぐカノンに顔を出す事が多くなるからだ。

 もし千丸が自分の娘に同じ事をしたら、殺・・・。


 ・・・・あ、いやいや。千丸はどこかに旅に出て帰ってこなくなると思う。

 どこか、遠くに。


 そんな二人の反応に対し、セイニーが無の表情で答える。


セイニー「この人いつもこうなんですけど、嫌というか・・・。挨拶らしいので、終わったら早く離れて欲しいなと思うだけですけど。 それより、私もよく泣いちゃった時に風音に抱き付いてたので、こんな感じかな、って?」


 クリンと首をひねる。


セイニー「もしかして、風音は不愉快でした?」


風音「いや?」


セイニー「そっか良かった。犯罪行為にならずに済みました」


 全然相手にしてもらえない千丸が、ようやくセイニーから離れて。


千丸「セイニーちゃんは感情が薄過ぎるんじゃない? ふつうこんな美~~っ少年に抱き付かれたら、嬉しくない?」


九重「よく自分で言えるな・・・・」


 こいつは生理的に合わないな、といつも思う。


セイニー「感情が薄い、ですか。 ずっとあの場所に一人で居ましたから? 感情が薄れていったのかな?」


 セイニーがまたクリンと首をひねる。


風音「そうかな? 普段を見てても別に感情薄いとは思わないけど。結構言いたい事言うし」


セイニー「そうですか?」


 少し安心したように、嬉しそうに言う。


千丸「いやでもそれじゃあ今の態度の説明がつかない」


 セイニーから感情らしい感情を向けられた事が無い千丸には、納得いかないようだ。

 九重が風音に提案する。


九重「お前試しに今の千丸と同じ感じで抱き付いてみろ」


風音「え、なんで? ついに九重さんまで乱心した?」


九重「いいからやれ。実は俺も気になってた。娘と同じ年頃のセイニーが、好きでもないのに千丸みたいな変態に抱き付かれて何も抵抗しないのはおかしい。感情が乏しいのが原因なら、妙な事件に巻き込まれる前にまず常識を教えるのが大事だろう。お前も長なら少しはそういうのを考えろ」


千丸「変態ってとこは納得いかないけどぉ、感情が無いのは良くないよねぇ」


風音「やれって言われても・・・。 今千丸にやめなさいって注意したばっかりだよ。 大体セイニー本人の意向は・・・」


 勝手に周囲が話を進めているので、セイニーの方を見ると。


セイニー「ばっち来~~い」


 ドンと胸を叩く。

 どこで覚えたんだそういう言葉。高校野球でも見たのか?

 1対3の状況になり、加えて無関係を決め込んでいるレイ。

 変な要求をされているはずなのに、いつの間にかアウェーになっている。

 風音が覚悟を決めた。


風音「愛してるよセイニーちゃーーん!」


 台詞まで真似る必要があったかは分からないが、言われた通りさっきの千丸と同じように抱き付く。

 セイニーもさっきと同じように、特に何の抵抗も無く受け入れる。


九重「どうだ? 普通年頃の娘は何かしらの感情が出るはずだと思うが、やっぱり何も無いか?」


 そろそろ離れようとする風音を、九重が無理矢理背中から押して引っ付ける。


セイニー「どうって・・・・。不愉快だったのかな?」


 意外な答えに、九重が面白いものを見たような表情になる。

 本人が不愉快だと言うなら押し付ける訳にもいかないので、九重が風音の背中から手を離す。


風音「え~~~・・・・。やらされた上に嫌われてるし・・・」


 地味にショック受けた風音が、すぐにセイニーから離れようとする。

 と、すぐさまセイニーが風音の背に腕を回して止める。


セイニー「あ、いえごめんなさい違います。 風音のはなんて言うか・・・凄く嬉しいですよ? だから逆に、千丸さんの時は不愉快だったのかなって?」


 人に好意をもって抱き付かれてるのに、嬉しい感情が沸き起こる事も無く、ただ離れて欲しいだけ。

 むしろ離れてほしくないと思っている今とは真逆。そして真逆、という事は。

 あれは自分の中では無感情状態だと思っていたが、もしかするとあれが不愉快という状態なのかもしれない。


九重「ああ、そっちか。そういや俺が疑問だと言ってたのはそっちだったな。律儀な奴だ」


 あのタイミングの質問だと、風音に抱きつかれた感想を聞いていると解釈するのが普通だ。しかしあくまでセイニーは、その前の九重の「好きでもない千丸に抱きつかれて嫌悪感が無いのか?」という方の疑問に答えていたようだ。


千丸「ちょっ、おかしいおかしい。 その差は無いって、冗談きついよ~」


 セイニーの答えに、千丸からクレームが入る。


セイニー「冗談とは?」


 セイニーがまた、クリンと首をひねる。


九重「まぁなんにしても良かった、千丸が嫌われてるだけか。ならいい。 今は人恋しいだろうから、あまり他人に嫌悪感を持たないのかもしれないが、そこに付け込んで調子に乗る馬鹿が居る事も知った方が良い。 ・・・風音、もう離れていいぞ」


 他人に厳しい九重だが、娘くらいの年齢の女子には親切だ。こうやってアドバイスする事だってある。


九重「という訳でレイ。千丸を逮捕してくれ」


千丸「なんでよ!?」


九重「言っただろ、相手が嫌がった時点で犯罪だ」


レイ「本当に捕まえていいなら捕まえるが」


 しばらく成り行きを見守っていたレイが、久しぶりに口を開く。


九重「どうぞ」


千丸「ちょっ! 待って待って! 風音さんなんとか言ってよ!」


風音「自業自得だよ。もう今後は誰彼だれかれ構わずああいう事をしようとしないって誓うなら、かばってあげるけど」


千丸「え~~~~~!?」


 全力で嫌そうな表情。


風音「そ。 じゃレイさん逮捕してください。代わりの人員は後で適当に見繕みつくろいますんで」


 見限った風音もレイに頼むと、レイが机の中から指錠ゆびじょうを取り出す。


千丸「だから待ってって! 分かった分かった! もうしないです!」


 諦めた様に宣言した。


風音「じゃあこの話はここまで。レイさん、仕事の話の続きを」


レイ「もういいのか? じゃあ続けよう。ジルの件、話を聞く限り私はセイニー君と同じ意見だ」


 風音の言う通り勝手に監獄に連れて行っていた件は、巻き込まれた風音達次第で前科になり得る。

 しかしその件があったからこそ、ジルが今回の連続殺人に繋がっているとは思えない。どう考えても思想が違う。


風音「ま、正直言うと僕も同じ感想だけどね。 でも天狐さんの反応は違うだろうな。この話を聞かせたら、ジルを犯人と見なして行動するかも」


 もう既にある程度ジルを犯人と見なしているだろうが、そういう次元じゃなくなる。


レイ「・・・だろうね。天ヶ崎君には黙っておいてもらえると助かる」


風音「言える訳無いでしょ」


 あの人は一見ちゃらんぽらんな人なのに、あれで結構頑固な人だから。人の言う事聞かないし。


 コンコン。


 その時、後ろのドアからノックの音が。


レイ「どうぞ」


天狐「ただいま報告に戻りました」


 噂をすれば、とはこの事だ。天ヶ崎天狐が捜査から帰還した。

 今は見た目美人だが、ちょっと失礼な言い方をすると彼女は化粧美人だ。

 いやそこまで化粧が濃い訳ではないが、修行中などでメイクを落とすと結構素朴な顔立ちをしている。

 風音はどちらかと言うと、天狐は修業中の方が表情豊かで愛嬌あいきょうがあっていいと思っている。

 これは風音の勝手なイメージだが、化粧美人は性格がキツイ印象がある。メイクが崩れるのを嫌がって、無意識に表情の変化を抑えるからだろうか。しかし反面、大人の魅力ある女性に仕上がっているのは確かではある。


 そして格闘の際邪魔になるからと、長い髪を折り返して上の方に持って来てまとめている。

 こういう髪型を全般的にアップスタイルとか言うらしいが、天狐は独特な髪の折り返し方をしているので、風音はこの髪型を「力士りきし」と呼んでいる。

 風音が勝手に名付けた天狐の髪型「力士」にも何種類かあり、今日の髪型はその中でも上に持って行った髪が開いているので「力士りきし攻型せめのかた」だ。ちなみに髪の毛が閉じている時は「力士りきし守型まもりのかた」、アップスタイルにせずにロングヘアのままの状態の事を「引退」と呼んでいる。

 そしてこれはあくまで偶然だが、風音は天狐に格闘技を教える際、最初に張り手を教えた。張り手は強力な技だ。他意は無い。


千丸「おおっ! 美人発見!」


 千丸が天狐に向かって飛びつく様に手を差し出し、握手をしに行く。

 天狐も咄嗟とっさに手を出して笑顔で応じたが、手を握った瞬間表情が変わる。


天狐「ん? ・・・お前、あのジジイと一緒だな。挨拶や友好が目的じゃなく、ただ異性に触りたいだけ。それから今の足の動き。このあと挨拶と称して抱き付こうとしていたな」


 天狐が握った手に力を入れる。


千丸「痛い痛い痛い痛いっ!!!!」


 千丸が苦悶くもんの表情を浮かべる。


天狐「悔い改めなさい」


 握手を止め、握手していなかった方の手で千丸の顔面を平手ではじく。

 パンッという高い音と共に、千丸が壁まで弾き飛ばされた。風音が教えた張り手は今も健在だ。


九重「おぉ、人って斜め上に飛ぶんだな」


風音「今のは叩いたってよりは、押し投げたに近いからね。天狐さんの力ならああなるよそりゃ」


 天井に近い位置で壁にぶつかり、気絶状態で落ちてくる千丸を見ながら二人で呑気のんきな感想を言う。

 格闘技をやっているだけあって、天狐は女性にしてはガタイが良い。

 風音は格闘技を教えた事があるので知っているが、この人は上着を脱ぐとスマートなボディラインながら筋肉隆々だ。身長も風音とほぼ同じで176ある。


 レイが天狐に注意しようかと少し迷ったが、風音と目配せした結果その必要は無いと判断した。

 注意したばかりなのに、他人に抱きつきに行こうとした千丸の自業自得だ。


レイ「おかえり。 何か進展は?」


天狐「無いですね。それより、何ですこの状態? 仕事? 雑談?」


 仕事なら席を外す必要があるかもしれないという事で、一応尋ねる。


風音「仕事の依頼で来たけど今はまだ雑談中。天狐さんの代わりに、僕達が新人のテストの面接官をやってね。結局出番は無かったけど」


 直前の話の内容が内容なので、虚実きょじつ交えて答えておく。

 テストと聞いて、天狐が楽しそうな表情に変わる。


天狐「うんうん。いいねぇテスト。あなたがその新人さん?」


 セイニーの方を見て尋ねる。


セイニー「はい。カノンの新人で、トート・セイニーです。宇宙人ではないです。よろしくお願いします」


 天狐に向かって深々と頭を下げる。


天狐「あら、これはどうもご丁寧に。裏側出身ではないという事ですね。私もですよ。永遠の28歳、天ヶ崎天狐です」


 セイニーと同じように頭を下げる。


セイニー「そうなんですか、私もです。何億年経っても14歳。最近なぜかちょっと成長して、急に18歳くらいになったセイニーです」


 相手に合わせてもう一度頭を下げる。


天狐「そうですか。女の魅力は25を超えてから。まさに今が旬の天狐です」


 また天狐も頭を下げる。


風音「天狐さんはまだ22で、今年で23だけどね」


 風音から修正が入る。


天狐「師匠は黙ってて。シャロンは舐められたら終わりの世界。若いってのはそれだけで舐められるんだから」


風音「だからって年齢詐称さしょうはどうかと思うよ」


天狐「年齢詐称なんてしてませーん。一度でも実年齢28だって言いましたっけー? 永遠の28歳はただのキャッチコピーでーす。セイニーさんだって何億年も14歳とか言ってたのに、そっちは注意しないんですかぁ? 自分の部下だけ依怙えこ贔屓ひいきですか? 教育が終わった弟子は迫害するのが師匠のやり方ですかー?」


 相手を小馬鹿にしたような、小学生みたいな言い方で反論してくる。


風音「セイニーのは嘘じゃないし」


 そう答えた風音を哀れむような眼で見てから、やれやれと鼻で笑う。


風音「前々から薄々気付いてたんだけど、天狐さんって僕の事師匠と思ってなくない?」


 師匠とか口先だけで、基本舐められている様な気がする。


天狐「そんな事ないよ、でも三つも年下なのは事実だからね。まぁ、ちびっこ師匠みたいな?」


風音「はぁ? あんたの方が背ぇ4ミリ低いだろ。 っていうか若いだけで舐められるっていうシャロンの悪習を、あんたが地で行ってどうする」


天狐「ごうっては郷に従えという言葉があります。師匠も日本人なら知ってるでしょ?」


風音「天狐さんはその地位に立ったんなら、そろそろ自分で新たな道を作っていこうと思わないのかな? いつまでそんな安い言葉に逃げる気?」


天狐「ワンマン社長は言いたい事が言えていいですねー。 組織って知ってる?」


風音「知ってる知ってる。 悪い所を変えていこうとしない人が、言い訳に使うやつ。『組織だからしょうがない』って」


天狐「一人で変えられるようなものを、組織とは言わないの。 お子様には現実が見えていないのかしら? ねぇぼく? 迷子センターは隣の建物だよ?」


 天狐と風音の間で、バチバチと火花が散る。


レイ「ま、一つ言えるのは・・・組織のトップの前でする喧嘩じゃないな」


 喧嘩になりそうなので仲裁を入れると、天狐がレイの方に向き直り、頭を下げる。


天狐「失礼しました。視野の狭い子供相手にムキになってしまいました」


レイ「それと風音君は、大体この部屋で誰かと喧嘩するね」


 過去にジルとも不穏ふおんな空気を作っていたし、凌舞とは口喧嘩してたし、賃金を払わなかったレイを亡き者にしようとしたり。


風音「すみません。でも見ての通り、いっつも原因は相手なんです。今日の場合、わざわざ化粧して年増としまに変身する変人が絡んでくるから・・・」


 天狐が斜め上を見上げ、ボキボキと指を鳴らす。


天狐「一度・・・師匠も悔い改めますか?」


風音「少なくとも僕とシノとの修行が終わった頃より、少しは強くなっててほしいね。でないと長官の前で恥かくだけだよ?」


天狐「今分かりますよ」


 風音が天狐に向かって、ゆらりと右腕を上げた時。風音の後頭部に衝撃が走る。


風音「痛った」


 振り返ると、九重が握った銃の底で風音の頭を叩いていた。


九重「喧嘩すんなガキ共」


天狐「はい、すみませんでした」


風音「は~~~い・・・・」


 風音が腕を降ろす。


レイ「ありがとう九重君。というか君達、私の言う事聞かないくせに九重君のは素直に聞くんだね」


天狐「九重さんは恩人ですから。色々相談に乗ってもらいました」


九重「愚痴ぐちを聞いてやっただけだ」


 天狐が地球人と宇宙人の身体能力の格差に絶望していた頃、宇宙人と渡り合える日本人が居ると聞いて、よくカノンに相談に来ていた。

 その時相談に乗っていたのが九重で、風音に格闘技を教えるように渡りを付けたのも彼だ。


風音「そうか。よく考えたら九重さんと天狐さんは飲み友達だから、ここで喧嘩したら二対一になるのか」


 めちゃめちゃ左右で挟まれてるし。やばいこの位置。


九重「誰がガキの喧嘩に加勢するか・・・」


 呆れた様に言う九重とは対照的に。


セイニー「ん? 二対三ですよ?」


 指で一人ずつ数えながら言う。

 もし開戦すればセイニーは参加する気満々だったらしい。指の動きから、風音セイニー対天狐レイ九重でやる気だったようだ。


レイ「何故私を数に入れる・・・・。 さて、喧嘩が収まったなら仕事の話に移ろう。天ヶ崎君は引き続き同じ任務で頼む。 君達は、今日はデスクワークのみだ。まずは今までに起こっている連続殺人の資料を細かく見てもらう事にする」


天狐「師匠達もあの件に協力を?」


レイ「ああ。天ヶ崎君とは別の角度から捜査して貰おうかと思ってね」


風音(ん?)


 今の口ぶり・・・天狐がジルを追っている事を敢えて伏せ、別行動させようとしている。

 てっきり天狐に協力してジルを監視するふりをしつつ、ジルの無実を証明するのが仕事だと思っていた。

 という事は、今回の仕事は天狐に協力する事ではない?

 真犯人を探す事か、あるいは天狐を監視して暴走を止める事が仕事か。


天狐「別角度って言っても現場の捜査はこっちでやってますし、今の所犯人に繋がる証拠は何も無いですよ?」


 そう言われてレイが考える仕草を取っている間、風音が尋ねる。


風音「街に仕掛けてある監視カメラにそれらしき人が映ってない?」


天狐「無いよ。何らかの店舗の中とかその周囲ならともかく、街の中には監視カメラの数自体がそんな多くないし。見た目だけじゃなく身長から体重まで、いくらでも偽装出来る宇宙人が居るからね。監視カメラは役に立たない事が多いの。一昔前は突発的な事故の犯人探しには役立ってたんだけど、今の時代事故そのものが少ないし」


風音「じゃあ監視カメラをいっぱい取り付けるところからやっていこうかな」


天狐「聞いてた? 人の話」


風音「聞いてるよ。監視カメラに映りさえすれば、千丸が犯人の外見を特定出来るから」


天狐「犯人が擬態ぎたいしてても特定が可能って事? あの変態がそんなに有能なの?」


 倒れている千丸を見ながら問う。


風音「意外とね」


 笑いながら答える。


天狐「・・・・・・・・」


 少し考える仕草を取る。


天狐「・・・分かった。正直に言うわ。監視カメラを否定するような事を言ったのは、役に立たない事が多いからだけじゃないの」


 レイがうなずいて続ける。


レイ「その通り。市民からのクレームが多いからだ。役に立つなら、多く設置した方が良いという意見も多くなるだろう。だがその性能は今天ヶ崎君が言った通りだ。 ・・・となるとな。ただただ意味も無く監視されてるみたいで気分が悪いという意見が増えるし、逆に犯罪に使われる事を懸念けねんする声も多い。それに、監視カメラを街に置くという事は、高価な精密機器を街に置いておくという事だ。治安の悪いフェクトではあっという間に盗まれるケースも少なくない。・・・するとまたこんな声が上がる。 税金を使って何をやってるんだ! と」


天狐「そ。だから言いにくいんだけど、その作戦には協力出来ないかな」


 今度は風音が少し考えてから、口を開く。


風音「連続殺人犯が捕まるまでの間だけ、ってアナウンスすれば市民も監視カメラの設置を認めてくれるんじゃない? あと監視カメラそのものが盗まれるって話もあったけど、監視カメラの映像はリアルタイムでこっちに飛ばされてるでしょ? 盗む時にちょっとでも犯人の一部が映れば千丸が犯人を特定出来るから、ついでにフェクトの子悪党ゴミ掃除そうじが出来て良いんじゃないかな? プラス、監視カメラに掛かる負担は全部ウチが払うとしたら?」


天狐「今すぐやろう。 ほら早く準備して。 千個付けよう千個」


レイ「待て待て、良いのか?」


 喜んで乗っかろうとしている天狐を止める。

 レイの確認に風音が頷く。

 カノンがシャロンから直接依頼を受ければ最低でも五億程度の借金が減る。今回の件がもし厄介な内容になるようなら、その何十倍だってあり得る。

 逆に神狼の時の様に依頼主が別に居て、シャロンが仲介をして仕事を紹介してくれている場合は、残念ながらそんなに借金は減らない。


風音「いいですよ別に。貯蓄が続く限りは、一億二億程度の出費くらい先行投資って考えます。終わったら取り外して裏側の相場が高くなってる所に売っちゃえば、半分以上かえってくるし」


 レスタが設計してルミナが作った球体監視カメラも使って、終わったらついでに売ってしまえばいいだろう。

 クリス姉弟が作った監視カメラは性能が高いので、おそらく売値のけたが一つや二つ跳ね上がる。そしてなぜかカノンと炎火ほのかの無人部屋と廊下に山ほどある。

 あの二人が作った機械類を販売した時の純利益は、半分カノンの金庫に入って行く事になっている。だからもしかしたら赤字どころか大黒字になるかもしれない。

 なぜルミナがあんなに沢山の監視カメラをせっせと作っていたのか、理由は知らない。一度理由を聞いたが「泥棒猫どもの監視とかいろいろ」という、ふわっとした回答しか得られなかった。

 炎火が女子寮になると監視カメラは出入り口と廊下以外必要無くなるので、炎火の各部屋にあるやつは全部これを機に売ってしまってもいいかもしれない。


 カメラの件はともかく、これだけは確認しておかなければならない事がある。


風音「一応確認しとくけど、今回のはちゃんとした依頼ですよね? 前みたいに終わってから報酬無しとかじゃなく」


レイ「今回は正式な依頼だ。というか前のが例外だ」


風音「じゃ問題無いです。 発注するように言っときますから、今日は資料の確認と監視カメラをどこに設置するかを話し合うって感じで。 ・・・あっ!」


レイ「どうした?」


風音「トイレに行きたい!」


九重「行けよ」


天狐「つつましさは無いの? 師匠」


レイ「・・・行ってきなさい」


 三人とも呆れた言い方。


風音「ではちょっと失礼」


 そう言って長官室から出て行く。

 数秒の沈黙。


レイ「・・・彼が居ないと話が進められないな。私もついでに行っとこう。九重君はタバコ休憩でも・・・って、すでに吸う気満々だな」


 もう吸い始めている九重を見ながらレイも席を立ち、長官室から出て行く。


 男子トイレに行くと、あんじょう風音が待っていた。


風音「良かった。呼んだの伝わってた」 


 トイレ発言の時、レイにだけ見えるように一瞬目を細めて合図を出していた。


レイ「分かり易かったからな。 で?」


 二人だけになったのでお互い口調が軽くなる。


風音「結局、今回の依頼って犯人捜しでいいの? 天狐さんの監視じゃなくて?」


 そう。これを確認しておかないといけない。

 依頼内容を聞く前に天狐が部屋に入って来たので、流れに合わせて喋るしかなかった。

 仮に天狐の監視が正式な依頼なら、あのまま話を続けても無駄だ。レイもまさかあの場で「天狐を監視しろ」とは言えないだろうし。

 あそこでの会話が全て無駄話になる可能性もあるので、ここらで一旦確認しておく。


レイ「それなんだよ。 犯人探しも協力してもらえる範囲でお願いしたいから、監視カメラの案はあれはあれでいいと思う。ただ私が頼みたかったのは、天ヶ崎君とジルの監視だ」


 レイから事前に指示が一つあった。今回の仕事は尾行が得意な者が多い方が良い。というものであり、それで九重と千丸を連れて来たがやはり監視がメインか。

 しかし気になる事が一つ。


風音「二人とも?」


レイ「ああ、実はジルはジルで天ヶ崎君を疑っている。 被害者の状態、ニュースで聞いたこともあるだろう?」


 首から上が無い遺体。刃物らしきもので切断された者と、頭部が周囲に粉々に飛び散る程、強い衝撃で頭を潰された者。


レイ「問題は頭が潰されてる方。 爆薬などの道具を使った形跡がない。傷口に焦げ跡が出来ないタイプのレーザーの類は、フェクトで所持していればすぐ分かる。拳銃、特に銃弾の弾頭に特徴があるものが真っ先に疑われたが、これも証拠が出てこない」


 銃は弾の形によって、対象を貫通するのではなく破壊するタイプのやつもある。しかし、肝心の銃弾が破片すら見つからない。


風音「素手?」


レイ「おそらく。 悪を許さず、素手で頭を粉砕出来る人物。 フェクトには何人か居る。その中でジルが怪しいとにらんだのが天ヶ崎君だ」


風音「でも天狐さんはここ最近、ジルを疑って尾行してるんでしょ? ジルの事だからどうせ気付いてるだろうし」


レイ「もちろん。 だがジルはそれも天ヶ崎君の演技だと思っている。 誰かを疑うふりをしていれば、自分は疑われない」


風音「ふ~~~~ん。 ・・・アホらし。 どうせどっちもシロだよ。 ジルも天狐さんもやる訳無いって。ただでさえ顔に出やすい二人だから、もしやってたら見ればすぐ分かるよ」


レイ「ああ。私もそう思う。 どうせ犯人は市民の中に紛れ込んでいる戦闘民族か、獣人だ」


風音「まぁ・・・素手ならそうかな。 まだ素手と決まったわけじゃないけど」


 昔ロボットアニメで有名になったパイルバンカーの様な、鉄の杭を思いっきり打ち付ける様な武器を開発してるかもしれないし。

 あれに近い道具を使えば誰でも相手の顔面を破壊出来るし、武器の証拠は残らない。


風音「放っとけばよくない? 今はどっちもお互いを監視してる状態な訳だ。 この状態で新たな犯行が起こったら、お互いが証人になる。 それに次の犯罪が起こる前に捜査が進展して真犯人が捕まるとか、二人が犯人じゃない証拠が出てくれば、普通に疑いも晴れるしさ」


レイ「あの二人が冷静な子達なら、放置それがベストだな。 しかしそれが出来ないから君らを呼んだんだ。こう言っちゃなんだが、もう二人ともいつ手を出してもおかしくない。原因は前回の事件発生時だ。深夜という事もあって、お互いアリバイが無い。要はお互い・・・目を離した途端とたんやりやがった、と思っている」


 といって二人の疑いが晴れるように、次の事件が早く起これと願う訳にもいかない。


風音「疑うのはいいけど、何でそんなに喧嘩っ早いかな。 今後は錬武れんぶの時間に精神面も教育しないとね」


レイ「返す言葉も無いよ」


 天狐の指導を務めた事もある風音が、自身も含めて反省する。

 血気盛んとレイに言わしめるシャロン職員に最初に教えなければならなかったのは、不動心ふどうしんだったか。ノリで張り手を教えてる場合じゃなかった。


 風音がしばらく考える。


風音「・・・僕とユニィと千丸が天狐さんに付く。セイニーと九重さんをジルに付けよう。外での捜査なら昼間は周囲の目もあるし、お互い手を出したりしないだろうから勝手に泳がせておいて、お互いが仕事から解放された時間帯を僕らが監視する、と。 朝方監視が終わって昼過ぎまで寝るとして、昼過ぎ頃から僕達やる事無いから監視カメラ路線で独自に犯人を捜す・・・って感じで?」


レイ「取り敢えずそれでいこう」


風音「じゃあ出来れば二人から夜勤の申請しんせいが来ても断ってね」


レイ「夜勤は夜勤専門に任せるのがシャロンのやり方だから、余程重大な案件でもない限りそれは無い。そもそもあの二人は日中勤務しないとシャロン全体が困る」


 という方向で決まったが、・・・正直面倒臭い。というのが風音の感想だ。

 いっそどちらかの疑いが頂点に達し、夜動き出して相手に接触しようとするならそれも良い。しっかり話し合ってくれれば疑惑が氷解ひょうかいする可能性もある。

 もしそこでどちらかが手を出そうとすれば、こちらで止める。それを報告すれば依頼は終わりだ。

 あとはレイが対応するだろう。この件が解決するまでは、二人は裏側で勤務とかになると思う。


 この場合レイの予想に反し、ずっと二人に夜大人しく寝られる方が厄介だ。こちらは夜通し見ておかなければならない。

 あのレベルの相手を監視するのは神経をすり減らす。住居の外から見張ってても気付かれかねない。しかも一日だけならいいが、多分この件が解決するまでだろう。

 で?

 解決っていつよ? 次の犯行が起こるまで? 下手すりゃ何ヶ月?

 そもそもそんなにお互い疑ってるなら、前回の犯行時どっちかが相手を見張っとけよ。じゃあ疑いも晴れたのに。

 なんでそんな時に限って二人とも仲良く寝てるんだ。

 ・・・といった心の中の愚痴ぐちはこの辺にしておいて。


風音「ま・・・大体の方針は決まったかな。戻りましょっか」


レイ「ああ」


 二人で長官室に戻る。


風音「あれ、天狐さんいなくなってる」


 天狐は再び捜査に戻ったらしく、長官室からいなくなっていた。

 さっき仕事から戻ったとか言ってたので、天狐は今日居ないジルの代わりに長官室に常駐じょうちゅうすると思っていた。

 そんなにすぐ仕事に出て行くんだったら、トイレで話す必要も無かったか。


 まあいい、天狐が居ないなら皆で大っぴらに会話が出来る。

 風音が二人に事情を説明する。


九重「んじゃ夜勤だな、いったん帰って夕方過ぎまで仮眠を取るか」


 昼間は監視カメラの設置場所の検討と言っていたが、それは明日以降の話だ。

 事前に準備をしていない今日は、時間的に帰って寝ておかないと夜通し働くのはしんどい。


セイニー「私は寝なくても活動出来ますけど? 何かやる事あります?」


風音「いや、寝れる時は寝とこう」


セイニー「んーーー? そうですか? 無理矢理寝るのって疲れるんですけど」


 ここでポンッとセイニーが手を打つ。


セイニー「そういえば地上の文化を勉強してたらですね、子守唄こもりうたっていう人を寝かせる為の歌があるって聞いたんですよ。地上の文化を知る一環いっかんとして、風音が子守唄を歌うっていうのはどうですか?」


風音「子守唄は・・・知らないしな。九重さんに頼んだら? 歌った事ありそう」


 九重に振る。


九重「あったとして、絶対やらんだろ」


風音「可愛い後輩の頼みだよ。聞いてあげるべきでしょ? 優しくお腹ポンポンしながら歌ってあげてよ」


 ニヤニヤしながら言う。

 ふわっふわの服を着た小さな赤ちゃんのお腹を、優しくでる様にポンポンしながらお母さんが子守唄を歌う。そんな微笑ましい光景。

 その赤ちゃんをセイニーに。お母さんを九重に変換して想像するとちょっと笑える。

 ・・・とか失礼な事を考えていたら。


九重「おい今の言葉聞いたな? 新人」


セイニー「新人じゃなくてセイニーです。聞きました。はっきりと記憶に刻みました。可愛い後輩の頼み・・・聞くべき・・・、はい上書き完了です」


九重「良かったな、風音がネットで子守唄を調べて歌ってくれるらしいぞ」


風音「え?」


セイニー「やった」


 再びセイニーが手を打って喜ぶ。


風音「いや、そんな事・・・」


九重「可愛い後輩の頼みは聞くべきなんだろ? 嘘は良くない」


セイニー「嘘は良くないですよ?」


 ここにきて結託けったくした様子。

 すかさずレイに振る。


風音「あ、そうだ。レイさん子守唄は・・・・」


レイ「君らと違ってこっちは日中にっちゅう仕事だ」


 あっさり断られた。

 1対3の状況。いつの間に孤立してた。なんかさっきもこんな状況があったような。

 さっきといい、どこで判断を間違えた?


風音「くっ・・・。じゃあ僕が運ぶ予定だった千丸は誰かが運んでね」


 最後の抵抗で捨て台詞ぜりふを放つも、九重が千丸を速やかにかついで勝ち誇ったように風音を見下ろす。


 そして仕方なく、携帯端末で子守唄を聞いて覚えながら帰路きろに付いた。






    ----------



 二日目。

 今日は風音と九重の二人だけでシャロンに来ている。


九重「配置はこれでいきましょう。カメラは半分くらいならすでに用意できてますから、高所からのカメラを最優先で、あとは重要度の高い所から順に付けて行って下さい」


 シャロンの会議室でフェクトの地図を見ながら、シャロンの職員と話す。

 監視カメラの配置についての話し合いだが、ほとんど風音ではなく九重と職員が話し合いで決めた。

 職員が地図を持って会議室から退室する。

 カメラの取り付けはシャロン職員が手分けして行ってくれるそうだ。


九重「あー疲れた・・・久しぶりだなこういう雰囲気。かたっ苦しい」


 早速煙草を取り出して吸い始める。


風音「お疲れ様です」


 横でほぼ静観していた風音がねぎらいの言葉を贈る。

 今日は千丸とセイニーとユニルの三人は、昨夜と同じくジルと天狐の監視時間から合流する事になっている。


 昨夜の監視は空振りに終わった。

 二人とも帰宅後特に外出もせず、こちらはただただ朝まで二人の自宅近くで監視していただけ。

 朝になって二人とも元気良く出社していった。


風音「んじゃ、今日はここまでにしてまた夜に」


九重「今日も子守唄やるのか?」


風音「やらないです。なんであんなに見学に来てたのか意味分かんなかったよ」


 風音が子守唄を歌っていたセイニーの部屋に、めっちゃギャラリーが来た。

 風音は恥ずかしいから出て行ってくれと頼んだが、誰も出て行かないし。

 幸いセイニーがすぐ寝てくれたから、恥は短時間で済んだものの。


九重「本当にやるんだな。 俺が今の娘にやってると思うと・・・いや、出来んな俺には」


風音「そう思うならやらすな。 っていうか九重さんがユニィに僕の居場所を教えたからあんな事になってさぁ」


 妖精ユニルと風音は契約しているので、一緒に仕事に出かけた時はお互いがどこに居てもその正確な位置が分かる。それは契約者同士の一種の能力のようなものだが、その能力はプライベートではお互い同意の下で解除している。

 だから仕事から帰ったはずの風音がどこに行ったのか分からず、ユニルが捜していたようだ。

 九重さえ黙っていれば、買い物にでも出かけたと思って諦めてくれただろうに。

 事もあろうに食堂でそこに居た皆に聞こえるように教えたもんだから、面白がって何人も見に来るし・・・。

 

九重「どこに行ったか聞かれたからな。嘘を吐く理由も無い」


風音「じゃあそれはいいとして、なんであんたも見に来た?」


 九重が吸っていた煙草の煙を風音に向かって吐く。


九重「野次馬根性だ」


風音「くっそ・・・隠そうともしないし・・・・」


 煙を手で払い除けながら愚痴る。


 会議室のドアがノックする音が聞こえた。


風音「は~~~い」


 返事をするとドアが開く。そこには天狐の姿が。


天狐「おはよっ師匠」


 おっす、という感じで手を挙げる。


風音「おはよっ」


九重「お疲れ」


天狐「あ、九重さんもまだ残ってらしたんですね。おはようございます」


 ササッと前髪を整えて頭を下げる。顔を上げてもう一回整える。


風音「今日は引退ですね」


 天狐の髪型を見て言う。


天狐「え? たまに私を見て引退とか言うけど、それ何か意味があるの?」


風音「いや別に」


天狐「あっそう。 レイ長官からの指示で来ました。今回の件の進展を伝えておきますね。現場付近で、物凄く小さな針状の物が見つかったらしいです。調べてみましたが特に特徴の無い、金属で出来た針でした。それ以上でもそれ以下でもないって感じだそうです」


風音「それが爆発して頭を粉砕したとかではない、って事かな。もし被害者の体内から出た物なら、それを介して思考を操られてたとか、操作されてたとかは無い? 金属の種類は?」


 天狐が手に持っていた書類を机に置いて、風音の前辺りに滑らせる。


天狐「書いてある通り金属の種類は何らかの合金だってさ。今詳細な成分比を調べてるけど、これでは複雑な命令を与える事は出来ないかなとか言ってた。 正直事件と関係あるのかどうかも謎。偶然最初から現場に落ちてただけかも・・・にしては、針全体に人体由来の成分が付き過ぎてるらしいから、一応関係ありと見て捜査してるけどね」


九重「人間を操るような複雑な事は出来ないという事は、逆に言えば簡単な事ならその針で出来るのか? 例えば、その針が体内に入ってる者にある種の電波を流すと、一時的に体を麻痺させるとか」


天狐「そうですね。そのたぐいの物である可能性はあります。遠隔で麻痺させるくらいなら、わざわざ針を仕込む程の事も無いですけどね。針など無くてもそういう機能を持った兵器が存在します」


風音「位置が分かる、とかもあるかもね。その針が脳への影響とか凶器としてじゃなく、被害者の動きを捕らえる為に使われてたとか。犯行しやすい位置に被害者が近付いた時に襲う、みたいな」


 天狐がやれやれと首を振る。


天狐「あ~、それいっちばん最初に出た案。ありきたり過ぎるよ師匠。広範囲に合金探知機能を使って成分比で見分けて場所を特定するって事でしょ? 特定人物の位置情報の把握はあくなんて、それこそもっと楽な方法がいくらでもあるでしょうが。 仮に針が破壊された頭の中に入ってたとしたら、さっき九重さんが言ったように脳に影響する何かの可能性の方が高くない?」


九重「いや風音の言う様に、頭だからといって脳への作用にこだわるのも視野を狭める。頭部を最後に破壊するからこそ、予め頭に仕込んだ可能性もある。体内の他の場所に仕込めば解剖の時に検出されてしまうおそれがある。今の所目的は不明だが、自分達のやり口を露見ろけんさせたくなかったのかもしれん」


 だとしたら今回針を回収し損ねたのは犯人側のミスだ。


天狐「確かに、そういう考え方もありますね」


 三人がしばらく考える。が、ほぼ同時に三人とも考えるのを止めた。

 いくら考えても憶測おくそくの域を出ない。仮に正解が出ても答え合わせが出来る訳でもなし。

 もう今日は帰ろうかと思ったが、その前に一つだけ。


風音「・・・・ちょっとさっきから思ってたんだけど」


九重「なんだ?」


風音「天狐さん、僕と九重さんとで態度違い過ぎない?」


九重「確かにお前との方が仲が良い感じがするな。壁が無いと言うか」


 ただちに天狐が訂正を入れる。


天狐「いえそれは違います。九重さんに対して壁なんてありません。師匠にはあのくらいの態度で十分と思っているだけです」


風音「だからそれを言ってるんだよ。年下だから舐めて掛かるってやつ、それおかしいよって話。僕師匠なんだよ師匠。あなたの」


 別に敬語を使って欲しい訳じゃないが、さっきから扱いが雑すぎるというか。

 仮にも元弟子だよこの人。


天狐「師匠って言ってもねぇ。ほら、シャロンって強い人が尊敬される実力主義みたいなとこあるでしょ?」


風音「だから?」


天狐「いつまで自分の方が上だと思ってるのかなー、って」


風音「よし、九重さん先に帰ってて。明日会う時にはこの人僕に対して敬語になってるから」


 仕事着のスーツを脱いで机の上に置く。


九重「喧嘩するな」


 またゴツッと風音の後頭部を銃で叩く。


九重「お前も」


 天狐に対しても注意して目をやると、何故か天狐が九重に向かって跳びかかって来ていた。


天狐「すみません」


 謝ると同時に、空中から九重の顔面めがけて蹴りを入れる。

 九重がそれをのけ反るような形で避け、手に持っていた銃に一瞬で弾を込め天狐に向ける。


九重「何のつもりだ?」


 着地した天狐が九重に向かって頭を下げる。


天狐「すみません。私しか居ない空間で九重さんが銃を抜いたので、つい」


 私しか居ない、というのは味方が居ない状態の事だ。単独行動をしている時、と言い換えてもいい。


九重「ああ、そうか。すまん、そういえばそんな事言ってたな」


 風音の後頭部を叩く為に抜いた銃を懐に入れる。


風音「そんな事、とは?」


九重「飲みの席でな。一人の時は、目の前の相手が凶器を持っているだけで襲い掛かってしまうんだとさ。もし襲い掛かってしまったら申し訳ないと、事前に言われてた」


 言われてたけどまぁ、忘れてた。


 風音が首をかしげて。


風音「・・・? いや・・・・天狐さんにそんな癖は・・・無いけど」


 割と最近まで指導してたけど、そんな癖は無かったはずだ。


天狐「師匠は黙ってて。これは私と九重さんの問題でしょ。二人が納得したんだからいいじゃない」


風音「まぁいいけど。 じゃあ今日は帰るね、カメラの設置よろしく伝えといて」


 風音がそのまま会議室を出て行こうとする。


天狐「あ、九重さんに確認事項が」


 風音の後に付いて出て行こうとしていた九重を呼び止める。

 「九重さんに」とわざわざ言っていたので、どうせ飲み会の誘いとかで自分には関係無い話だろうと思い、風音はそのまま出て行く。


 九重が振り返る。


九重「なんだ?」


天狐「え・・・っとですね。以前どんな状況でも、倒れたら負けとおっしゃってましたが。 ・・・例えばですね、今の蹴りで九重さんが倒れてたとしたらそれは・・・私の勝ちですか?」


 なんだその質問は、という感じの怪訝けげんな表情になってから答える。


九重「そうだな」


 不意打ちでも勝ちは勝ちだろう。その勝ちを誇れるのかどうかはともかく。

 天狐の表情がパッと明るくなる。


天狐「そうですか。今のでも、ですか」


九重「? ・・・じゃあな、お疲れ」


 納得している様なので話は終わったのだろう。九重が出て行こうとする。


天狐「お疲れ様です。また、明日」


 後ろで天狐が頭を下げた。





 シャロンから出ると、入り口前で風音が待っていた。


風音「結局なんの話だったの? 仕事?」


 じゃなければ、別に深く詮索せんさくするつもりも無い。違うとだけ答えてくれればいい。

 逆にいくら天狐が九重だけを指名したとしても、仕事の話ならカノンのトップとして耳に入れておかなければ。


九重「いや・・・よく分からん。 何か試されてるのかもな。 さっきの蹴りで俺が倒れてたら、それは天狐の勝ちか?」


風音「ああ、そういう質問か。確かに何か試されてるのかも。あの人テストが好きだから。自分がやるのも人に課すのも。 ・・・見てた感じだと、勝ちとは言えないかな。あんなの道路ですれ違った人に、いきなり急所に全力で蹴りを入れた様なもんでしょ。それで相手が倒れたら勝ちって・・・ねぇ? 恥ずかしくないそれ?」


 九重とは真逆の意見だ。


九重「俺とは逆の考え方だな。どんな理由であれ銃を手に持った時点で、俺はただ道路を歩く一般人とは言えん」


風音「ん~~、まぁ、そうか。ちょっと例えが違うかったかな。 でも天狐さんはああいう時の九重さんの銃には、弾が入ってないって知ってるだろうし。 お互い襲い掛かる理由が無いと分かってる時に襲ってきたんだから、奇襲は奇襲でしょ」


九重「ま、そういう意見もあるか」


 別にどっちでもいいか、と言うような態度で煙草に火を点ける。


風音「ちなみに九重さんの、僕と真逆の答えを聞いた天狐さんの反応は?」


九重「やけに喜んでたな」


風音「あれ~? やっぱ僕の方が不合格なのか」


 前々から思ってたが、あの元弟子とは感性も性格も合わないな。



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