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カノン  作者: しき
第3話
20/206

殺人鬼2


  「あぁ・・・くそっ!」


 三人組の男女が頭を抱えながら、フェクトにある人工的に作られた森の中をゆっくりと歩く。

 一歩進むごとに酷くなる頭痛のせいで、思わず足を止めてしまいそうになる。


  「私はあの女の所に戻るわ・・・」


  「俺も・・・」


 三人の内二人が、今来た道を帰ろうと振り返る。

 もう一人の男が二人を止める。


  「戻ったって殺されるだけだろ? 見ただろあの女の残忍な目。 それに俺には分かる。この痛みは特殊能力じゃない。 体内に何か仕込まれたんだろう、機械によるものだ。仕掛けがあるなら必ず効果範囲があるし、医者に見せれば原因は取り除ける」


  「そんな保証どこにもないじゃない・・・。あの女の言う通り、あの女しか治療出来なかったら? 一生この状態なんて耐えられない・・・」


  「悪い・・・戻ってあいつの話を聞いてみる。殺されるとは限らないだろ? 俺達に抵抗の意志は無い」


 二人ともその声には耳を貸さず、元来た道を戻って行く。

 残された男が呆然ぼうぜんと見送る。


  「・・・・・・。 くそっ!!」


 残された男が一人、頭痛が酷くなるのを我慢しながら、自棄やけになったかのように二人とは反対方向に走り出す。


 男の考えをあざ笑うかのように悪化する頭痛。

 ひときわ頭痛が酷くなり、これ以上耐える事も難しいかと思った時。

 ふっ、と頭が軽くなった。

 頭痛が治まった。男の主張が証明されたのだ。


  「ふっ・・・・ははっ・・・勝った・・・」


 安堵あんどから涙がこぼれる。

 予想通り、呪いや精神への攻撃によるものではなかった。表現は難しいが、痛みが直接的過ぎた。これを上手く説明出来れば、二人を説得出来たかもしれないのに。

 しかし離れれば治るという確証は得た。


  「まだ間に合う・・・・・あいつらにも・・・」


  「おめでとうございます。頭痛の効果範囲から逃れる事が出来たのは、あなたで三人目です」


 後ろから男の声が聞こえた。




 森の中に、三人の遺体が転がっている。

 二人の男女と見られる遺体は何か大きな衝撃を頭部に受けて、頭部が弾け飛んでいた。

 少し離れた場所で男がもう一人、鋭利な刃物で首を切断され頭部はどこかに持ち去られていた。




      ----------




 マリアとリロがカノンに着いた。

 本当に一瞬だったので怖がる暇も無かった。


マリア「ここがカノン・・・」


 辺りを見渡してみる。

 内装はさっきの炎火ほのかとそんなに変わらない。廊下の行き止まりの角の所に転移装置が設置されていたので、少し歩いて角を曲がるとただただ広く長い廊下が見える。


リロ「で・・・どうしよう? 先に庭に行ってフィリコに会う? 先に風音さんに会う?」


マリア(なんだか急に生き生きしてるわね)


 喋り方がゆっくりなのは変わらないが、どことなく自信無さげな感じが消えている。家では調子こくタイプなのだろうか。


マリア「そのフィリコさんっていう人がお花を育てている人なの?」


 屋台でもそんな名前を聞いた気もするが、ここまで何の説明も無かったので尋ねてみる。


リロ「うん。 育てているっていうか・・・面倒を見てくれる人。 水とか肥料をあげたり、新しい種を買ってきていたりとかは・・・私がやってる」


マリア「え? それはリロさんがやってたの?」


 意外過ぎて驚く。もうそれはほとんどリロが育ててるようなものじゃないか。

 花びらを千切って遊んでいたので、育成には関わっていない人かと思っていた。


マリア「大変でしょう? お花を育てるのって」


そう聞かれて普段の作業を思い出しているのか、リロが少し考える。


リロ「いや? 簡単だけど・・・」


マリア「ほんと?」


 そんな簡単なわけが無いし、簡単と答えたリロの、本当に何も考えてなさそうな表情がちょっと腹立つ。

 もしかして全部機械に任せているとか? 

 でも機械でやってるなら、自分が水をやっているとかおこがましい事言わないだろうし。


 そういえば来る時に聞いたが、転移先のこの場所はフェクトではないと言っていた。

 日本・・・大和という地方の・・・山奥・・・だっけ? リロもよく分かってないみたいだった。

 ここはこんな子でも簡単に植物を育てる事が出来るほど、植物の神に愛された土地なのだろうか?


リロ「あ・・・でも確かに大変な事もあるよ。 花の種類によっては・・・植える為に許可がいるの。・・・あれは面倒臭い」


 マリアが言っている苦労とは方向性が違うものの、確かにそれも面倒臭い。

 違う星の植物はまず危険性が無いかを証明し、元々の生態系を崩す心配が無いかを確かめた上で、申請した範囲内でしか育てない様に厳重に警告される。その後たくさんの注意書きが書かれた書類に目を通してサインし、ようやく許可が貰える。


マリア「まぁそれも確かに大変ね。 リロさんは特にそういうの苦手そうだし」


 苦手そうというのは、仕事中に見せたリロの頼りない感じから来る勝手なイメージだけれども。


リロ「あ・・・でもそういうのは・・・事務の誰かが処理してくれてる」


マリア「じゃああなた何も苦労してないじゃない」


 なんでさっき自分が苦労してるみたいな言い方してたんだ。

 ・・・と言いたげなマリアの顔を見て、リロがちょっと焦る。


リロ「・・・私は店番もしてる・・・・」


マリア「いつも途中から放ったらかしなんでしょ?」


リロ「・・・・・・・」


 うう・・・とリロが泣きそうな表情になる。

 別にリロを批判する気は無く、思った事をそのまま喋っていたマリアが言い過ぎた事に気付く。


マリア「あ~~~、確かにリロさんは頑張ってるよね。 じゃあ先に庭の方に案内してもらえるかしら? リロさんが頑張ってお花を育ててるとこ見たいな~~。 ほら、これで涙を拭いて」


 エプロンのポケットからハンカチを取り出そうとしたが。


リロ「・・・うん」


 マリアのエプロンを掴んで涙を拭く。

 これで涙を拭いてと言ってエプロンを触ったので、そういう風に解釈したようだ。

 マリアの顔がほころぶ。


マリア(・・・まぁいいけどね。 なんだか子供みたいね、この子)


 そしてリロが涙を拭くついでにエプロンに向かってプシュンッ! とクシャミをした。


マリア(・・・おい)


 スッとマリアの表情から笑みが消える。


リロ「じゃあ・・・庭に案内するね」


 何事も無かったようにリロが顔を上げ、振り返って廊下を歩きだした。

 付いて行く前にマリアがエプロンを脱いで、転移装置の横にたたんで置いておいた。

 もうこれは帰りに回収する事にする。



 そのままリロに付いて行き、出入り口から階段を下りてカノンの外に出た。


マリア(あ、空気が全然違う)


 フェクトと違って、呼吸するだけで落ち着く。

 事前に聞いていたが、本当に山奥だ。

 この辺りは多少切り開かれているが、周囲には自然しかない。


 そこから少し細い道を案内されるがままに歩いていくと、道を抜けた先に。


マリア「あら。素敵」


 大きく切り開かれた土地の、一面が全て畑。

 お花畑と野菜畑が半々くらいか。

 花も野菜も沢山実っており、そのどれもが瑞々(みずみず)しい。

 園芸や農業が大好きなマリアには、とても美しい光景に映る。


リロ「・・ふふん・・・これが私が育てている・・・畑」


 リロが得意気に鼻を鳴らす。


マリア「ええ。本当に素敵。これは自慢してもいいわ」


 マリアがその光景を見ながら、ぽ~~っとしている。

 ここに来る前までは、負けるのが悔しいとか思っていたが・・・残念ながらこれは規模も質も違う。

 でもなぜか今は、悔しいという感情が沸かない。ただ、尊敬の念があるだけ。


マリア「本当に・・・育てるところを見せて貰っていいの?」


リロ「うん。 あの人の近くまで行って待ってて」


 そう言ってリロが指で示した先には、誰かが木にもたれかかるようにして座っていた。

 目をらしてよく見ると、寝ているように見える。


マリア「ええ。あれが、フィリコさん?」


 と尋ねた頃にはもう、リロは近くにあった小屋に向かって走っていた。

 作業道具を取りに行ったのだろう。


 取り敢えず言われた通り、その人の近くまで行く。

 やはり寝ているようだ。

 それより気になる事が沢山ある。


マリア(植物系の人種なんて初めて見たわ)


 服からはみ出した部分は茶色で所々に木目模様があり、髪の毛? は緑で細長い葉っぱの集合体のように見える。

 人よりも遥かに植物寄りだ。

 フェクトには沢山の人種がいるが、このタイプは見た事が無い。裏側でもレアで、話に聞いた事があるだけだ。


マリア(でも聞いてたよりも植物に近いわね。これは動物なのかしら?)


 フィリコさんという人ではないのかもしれない。

 顔は普通に・・・人っぽいし服も着てるけど、裏側には人面草や獣面草なんて結構あるし。中には動くやつもいる。それをペットとして飼っている人も沢山居る。

 あれの亜種かも。だとすると知能は一切無いはずなんだけど・・・。


リロ「お待たせしました」


 寝ている草を観察していると、リロが大量の荷物を持って現れた。

 そのほとんどが肥料、あとホースだ。


マリア「これもリロさんが育ててるの?」


 フィリコを見ながら尋ねると、急にリロが静かに吹き出して笑う。


リロ「ふっ・・・ふふっ・・・・・マリアさんは・・・時々・・ふっ・・・面白い事を言う」


 またリロの中だけでウケている。

 マリアは真剣に聞いたつもりだったのだが。


リロ「それが・・・・ふふっ・・・・ツィコ・フィリコヨーテ・・・畑を管理・・・ぷひゅっ」


 マリアがパンッ! と手を叩く。


リロ「はい・・・その子がフィリコです・・・・」


マリア「この子が? 管理ねぇ」


リロ「じゃあ早速・・・」


 リロが寝ているフィリコの服を脱がし始める。


マリア「こらこら、ちょっと何やってるの?」


 後ろからリロの肩を掴んで止める。


リロ「服を脱がさないと・・・吸収出来ない・・・」


 意味不明な事を言いながら、フィリコヨーテを地面に寝かせて慣れた手付きで服を脱がしていく。

 止めようとしていたマリアも、一旦成り行きを見守る事にした。


マリア(・・・にしても全然起きないわねこの子も)


 あっという間にフィリコさんはパンイチ(パンツ一枚)になった。可愛らしいピンクのカボチャパンツを履いている。

 作業を終えたリロがマリアの方を見上げると、可哀想なものを見る目をしたマリアと目が合う。


リロ「この子は元々・・・全裸というか・・・ほとんど草みたいなものだから・・・。風音さんが・・・服を着せただけで」


 マリアの表情を見て何かを察したのか、今の行動の言い訳を始めた。

 以前はパンツも脱がしていたが、方々から注意を受けたのでリロとしては渋々パンイチ状態で止めている。


リロ「そういうのもあって・・・この子は・・・風音さんに凄くなついてる・・・・・。・・・ここで一緒に寝たりするし・・・・羨ましい・・・」


マリア「確かに羨ましいわね。 こんな可愛い子に懐かれたら」


 植物大好きなマリアとしては、一回で良いからこの子に抱き付かれたい。

 植物系ゆるキャラみたいな、園芸好きならみんな好きになりそうなフォルムだ。


リロ「別に・・・懐かれたくは・・・ない」


 呟きながら、『栄養たっぷり』とか書いている肥料が入った袋の口を開ける。

 そのまま作業に入ろうとしているリロにマリアが尋ねる。


マリア「肥料の分量を量ったりしないの? ここ数週間の天気とか記録してる?」


リロ「え・・・? どういう事?」


 逆に尋ねながら、大きな肥料の袋を寝ているフィリコに向かって傾け、フィリコの体に当たるようにドサドサと肥料を撒いていく。


マリア(何をやっているのかしら?)


 肥料はフィリコの体に吸収されるように、沈み込んで消えていく。


マリア(あ、やっぱりまずはフィリコさんの育成から始めるのね。それにしても変わった生態ねぇ)


リロ「次は・・・水。これはちょっと・・・面白い」


 肥料の袋が空になり、次はホースを手に取る。

 近くに引いてある水道の蛇口にホースを突き刺し、水を出してフィリコにぶっかける。

 水圧が凄いのか、太めのホースから一気に大量の水が出てくるが、フィリコに触れるや否や吸収されていく。


 数分間その状態が続く。マリアも黙って様子を見ていると、しばらくしてフィリコの表情に変化が出てくる。

 さっきまで幸せそうにしていたのに、少し困った様な、嫌がっているような表情に変わっていく。


フィリコ「もう・・・・もぅ・・・・・いやぁ」


 クネクネと体をよじらせながら、水を避けようとしている。


リロ「ふふっ・・・・寝てるのに・・・ちょっと色っぽいの・・・ふっ」


 マリアには何が面白いのか分からないが、またリロが肩を震わせて笑っている。

 そしてリロが水を止め、マリアの方を見た。


リロ「終わり」


マリア「終わり!?」


 何が終わったのか。

 まだフィリコさんの育成しかしてない気がする。


リロ「あとは全部・・・今あげた分を使ってフィリコがいい感じでやってくれる」


マリア「え? 本当に今ので全部終わり?」


 だとしたらリロはほとんど何もやってないに等しい。


リロ「あ・・・忘れてた。 ・・・今日はこれもある」


 さっき肥料と一緒に持って来てた小さな袋を取り出す。


リロ「新しい種を撒くの。 これでまた・・・新しい子達が生まれる」


 そう言ってその場でしゃがんで、フィリコのパンツをずらして下半身に種を撒くと、またフィリコの体に吸収されていく。


マリア「ちょちょちょ、なにその・・・」


 ド直球の下ネタみたいな行動。

 下半身に種て。


マリア「仕組みは分からないけど、フィリコさんに与えるといい感じで畑に撒いてくれるのよね? じゃあどうしてさっきみたいに上半身に撒かないの?」


 それを聞いたリロの顔がカァッと赤くなる。


リロ「な・・・何を言ってるの? 上半身に種・・・・? 急にそんな・・・いやらしい・・・」


マリア「いやらしい? それはこっちの台詞せりふなんだけど」


リロ「だってそれじゃ・・・人が子供を作る時と同じじゃない・・・・恥ずかしくて・・・出来ない」


 顔を真っ赤にして言う。


マリア「ぅん?」


リロ「だから・・・相手を胸の口で・・・・思いっきり噛んで・・・・血を飲んだら・・・子供が出来るでしょ・・・」


 ものすごく言いにくそうに、下を向きながら解説する。

 そして照れ隠しをするように、ペシペシとフィリコを叩いている。


リロ「全力で噛まないと・・・・子供が出来ないの・・・。だから相手は・・・自分より強い人で・・・・余計な要素が・・・入らないように・・・・お互い・・・・は、はだ・・・」


 リロが両手で顔を覆う。


リロ「・・・無理。 これ以上は無理・・・恥ずかしい・・・・。 ・・・自分で勉強して」


 このままだと過呼吸で死んじゃうんじゃないかと思うくらい、リロの息が荒くなっている。

 リロが急いで何か紙切れのような物をポケットから取り出し、それを衣服の襟元えりもとから中に放り込んだ。

 何をしたのか分からないが、その行動のおかげなのか荒くなっていた呼吸は落ち着いたようだ。


マリア(何を言ってたのかしら?)


 まず「胸の口」の意味が分からない。

 それも下ネタだろうか? あまり下ネタは好きではないので、遠慮してほしいところではある。


 考えていると、さっき叩かれていたフィリコヨーテが眠そうな顔のまま上半身だけ起こした。

 寝起き全開の表情で、キョロキョロと周囲を見渡している。

 そして目の前に居たマリアと目が合い、一瞬静止した。

 そのまま何事も無かったように目を逸らし、もう一度寝たふりをするように横になる。

 目をつぶったふりをしながらゆっくりとマリアに見えない様に、ふところから携帯電話を取り出してどこかに連絡し始めた。


フィリコ「あ、風音ちゃん? なんか庭に知らない人が居る」


 マリアに気付かれないように、小声で話す。

 どうやら風音に連絡しているようだ。


リロ(この子はこれで気付かれていないと思ってるのかな・・・・)


 リロが呆れる。こんなに目の前ではっきり一部始終見られているのに。

 屋台前で醜態しゅうたいさらしていたマリアに似ている。


 マリアの方はそんなフィリコヨーテの様子を見てつぶやく。


マリア「あら? また寝ちゃったわ」


リロ(!!?)


 高速でマリアを見上げて、信じられないようなものを見る目でマリアを見る。


マリア「どうしたの?」


 急に見られたマリアが尋ねる。


リロ「いや・・・・別に」


 そうか、そういえばマリアさんの種族は純粋な人が多いんだった。と気付く。


 隣ではフィリコヨーテの報告に風音が応答している。


風音『知らない人が居る? 今日はゼロアが警備してるから、それは無いと思うけど。 多分誰かの関係者じゃない?』


フィリコ「多分違うよ。だって今目の前に居る人、みんなが来ちゃ駄目って言ってた人だもん」


風音『みんなが来ちゃ駄目って言ってた人? そんな人居たっけ?』


 出入り禁止にしている人なんて居たか? と電話の向こうで風音が考えている。


フィリコ「だって犬の人が来たら、風音ちゃん仕事しなくなっちゃうって言ってたもん」


 電話の向こうでガタッ! という音が鳴る。


風音『どういう事? 詳しく』


フィリコ「だから今庭に、犬の人が居るの」


 その発言を最後に、電話が切れる。

 そして五秒もしない内に、庭に居る三人の元に上から人が降って来た。

 真上からというより斜めに飛んで来たのか、着地と同時にザザーーー! と大きな音を立てて滑りながら、フィリコヨーテの前辺りで止まる。

 仕事服の様な黒いジャケットを着た、頭にたくさんの髪留めを付けているその人物は、登場するなり異様に興奮している。


風音「どこ!? 犬の人どれ!?」


 風音がマリアと目が合う。

 マリアがちょっとだけビクッとしたが、愛想あいそ笑いをする。

 ブロンドのロングストレートヘアの少女だ。背丈は風音の頭一つ半小さいくらいか。そして顔は人間に近い。

 しかしここからが重要だ。

 犬の耳が頭の上にある。そして大きな尻尾が生えている。

 加えてちょっとだけ両端が上に上がっている唇。愛想笑いをしている時にチラッと見える鋭い犬歯。


風音「かっ・・・!!!」


 可愛い!! ・・・・・の一言が感動しすぎて出てこない。


 欲を言えば鼻とか目がもっと犬に近い系の獣人の方が好きだが、そんなのは些末さまつな事だ。

 カノンでこの種族に会えた事が嬉しい。仕事中は犬禁いぬきん(犬関連と関わるの禁止)を喰らっているので、普段は有り得ないからだ。


 早速風音がゼロアに電話を掛ける。


ゼロア『何の用だ』


 いつも通り、愛想の無い感じで出た。


風音「あのな、これだけは言っとく。 君は今日、今までで一番いい仕事をした。 警備が他の誰かならこの展開は無かった」


 しばらくの間があってから、ゼロアが返答する。


ゼロア『分かるように言え』


風音「褒美ほうびとして、今日は僕が夕飯の担当だからゼロアの好きな物を作ってしんぜよう」


 再び間があってから。


ゼロア『じゃあお前がこの間苦戦してた神狼の肉と、セラの泉の水とその付近に咲く野草で作ったスープと・・・ついでにお前が食事担当の時はいつも豆腐が出てくるから今日は出すな』


風音「神狼って、捕まえる時癒々さんが吐いたやつか。あれは裏側にしか居ないし普段は保護生物だから、数が増えて討伐依頼が出ないと無理。あとセラの泉は知らん。 よし、妥協だきょうして焼肉とみそ汁でいいか。豆腐は出す」


 ゼロアの反応を待たずに電話を切る。


 電話を切ると同時位で、後ろからフィリコヨーテにズボンを引っ張られた。


フィリコ「ねぇ、もう寝てい?」


風音「いいよ。報告ありがとう、おやすみ」


 風音がフィリコヨーテの頭を撫でると、幸せそうな顔をして一瞬で眠りについた。


 携帯を直しながら、改めてマリアを見ていた風音が気付く。


風音「えっ!? この子、花屋の赤ずきんちゃんじゃない?」


 隣で何故か座っているリロに尋ねる。


リロ「は・・・はい。 あの・・・・会って・・・仕事の話・・・・したいって・・・言ってたから。 ・・・・連れて・・・来ました」


 やっぱりか、と納得する。

 花屋さんで何回か顔は見ているので覚えている。

 いつも頭の耳は赤ずきんで隠れていたし、おそらく尻尾は接客の邪魔になるから隠していたと思われるので、顔立ちが異星人だとは思っていたものの獣人だとは思ってなかった。


風音「そっか。関係者のリロには言ってたっけ。ありがと」


 リロが真っ赤になって再び両手で顔を覆う。


リロ「いえ・・・・どういたし・・・まして」


 そのままその場から跳び退いた。

 しゃがんだ状態から勢いも付けずに、軽く二メートル以上は前方へ跳んだ。

 マリアの少し後ろに隠れるような形に落ち着く。


風音「ありゃ・・・また逃げちゃった」


 風音がリロの方を見ていると。


マリア「ちょっとあなた」


 その声と共に、風音の両頬にぽよんっという小さな衝撃が。

 マリアが風音の頬を両手で挟み、リロの方を向いていた風音の顔を無理矢理自分の方へ向ける。


マリア「私は赤ずきんちゃんじゃありません。 マリア・リーフです。 あなた年下でしょう? そんな馴れ馴れしく・・・」


風音「あぁ、すみませんでした。悪い意味で言ってるんじゃなく褒め言葉みたいなもので。赤ずきんが似合ってらっしゃるので・・・」


 そんな事より。

 風音が頬に触れているマリアの手、その肉球に感動する。

 肉球があるなんて奇跡だ。地面を歩く時の保護の為に存在する筈の肉球が、二足歩行のマリアに存在するなんて。

 神の悪戯いたずらか。


風音「神に感謝を」


 神楽がよく言っている言葉と共に、マリアの頭を撫でる。


マリア「ちょっとあなた。 初対面の人の頭にいきなり触れるなんてどういう・・・」


 という抗議に対し。


リロ「喜んでるくせに・・・白々しい」


 リロが背後から小さな声で言う。

 その発言にマリアが振り向いて抗議をする。


マリア「リ、リロさん。 あなた何を根拠に言ってるの? さっきから思ってたんだけど、リロさんはどうして私の感情を勝手に解釈するのかしら?」


 もうこれで三回目だ。リロはなぜかマリアの感情を読む。

 そういう特殊能力でも持っているのか? と危機感を抱く。

 スキンシップが大好きなマリア達の犬系種族は、悪意を持たない相手から撫でられると凄い喜ぶ。

 逆に悪意には敏感なので、敵意悪意害意などを持った人物から触られると威嚇いかくする傾向にある。

 そして確かに今は少し喜んでいた。しかしどうしてそれが・・・?


リロ「どうして・・・って? まさか・・・気付いてないの?」


 疑うような表情でリロが尋ねる。


マリア「何が・・・かしら?」


 リロにそんな表情でそんな言われ方をすると、マリアも動揺する。


リロ「・・・尻尾振ってるじゃない」


 ハッと気付いて、マリアが自分のふわふわの大きな尻尾を掴んで隠す。

 確かに自分達の種族は喜ぶときに尻尾を振る。

 そして今撫でられている時、本能的にアホみたいに尻尾を振りまくっていた。


 リロもそれを見て、喜んでいるとか怖がっているとかを判断していた。

 別に心の中を読んでいた訳じゃない。

 もちろん風音もそれを分かっててやっている。風音は自身のぐせを可能な限り封印しようと努力しているが、犬系には遠慮なく発動する。相手が喜ぶから。


 しかしまさか・・・、とマリアがへこむ。


マリア(そんな細かい所まで見られているなんて・・・)


 マリア一生の不覚。

 その慌てて尻尾を抱きかかえているマリアの行動が、風音から見れば物凄い可愛い。


リロ(天然だか何だか知らないけど・・・・行動も反応もあざとい・・・・)


 しゃに構えた見方をしているリロとは正反対に、風音はここ最近で一番幸せそうな顔をしている。


 リロがそんな風音を見ながら思う。

 実は前々から、いつも風音に可愛がられているフィリコヨーテや犬族に言いたい事が山ほどあった。

 これを機に、その鬱憤うっぷんをマリアに全部ぶつける。


リロ「もっと言うと・・・あなたの種族は少し頭が弱い・・・・あざとい・・・種族全体で天然ぶってる・・・・。 戦闘能力が高いのに・・・戦おうとしない・・・・常に守られようとしている・・・・風音さんみたいな・・・庇護欲ひごよくの塊みたいな人に・・・すぐなつく。何も考えずに・・・顔をめたりする・・・・他の種族なら変態なのに・・・あなた達は許される」


 リロの呪詛じゅそが止まらない。


マリア「ちょっと! 何も考えずに他人の顔を舐めたりなんて、そんなはしたない事するわけ無いでしょ!」


 そんな事をするのは子供の獣人だけだ。風評被害ふうひょうひがいはなはだしい。

 マリアの反論など聞き流し、リロがマリアに見えない様に自分の頬を小さく傷つける。


リロ「あ、さっきマリアさんの尻尾が当たって・・・・ほっぺた・・・切れちゃった」


 リロの頬から少し血が流れている。


マリア「え? うそ、血が出てるじゃない」


 マリアがしゃがんでいるリロに合わせてかがみ、血が出ている部分をペロペロと舐める。


リロ(マリアさん・・・・・・あなたは・・・・それを計算でやって無いって・・・・分かるから、許すけど・・・。計算でやってたら・・・・爆破してる)


 口には出さないが、リロが心の中で呪いの言葉を続ける。


マリア「何を言ってるのかよく分からないけど、爆破しちゃダメ」


 口に出してた。


リロ「マリアさんの為に言っとくけど・・・・今みたいな行為が許されるのは・・・事情を知っている裏側の人だけ。 風音さんみたいな・・・地球の人には・・・しない方が良い」


風音「えっ?」


 一連の流れを見て真似して頬を傷付けていた風音が、マリアより先に反応する。

 マリアはリロの忠告を聞きながらも、突然声を上げた風音の方を反射的に見る。


マリア「あら? あなたも怪我してるじゃない」


 マリアが風音の怪我に気付いた。

 風音の顔に自分の顔を近付けようとするマリアを、リロが服を引っ張って止める。


リロ「キイテイタノカ、ヒトノハナシヲ」


 おどろおどろしい声にマリアが振り返ってリロを見ると。

 目が怖い。


マリア「な、何を怒ってるの?」


 屋台で蹴られた時でも、こんな怒ってなかったのに。


リロ「ホントウニバクハサレナイトワカラナイノカ」


マリア「あなた今どこから声を出してるの? 体?」


 喋っているリロの口が動いていない。と思っていたら。


リロ「風音さんは・・・・自分で治療出来るから・・・心配いらない」


 急にいつもの感じに戻って言う。


マリア「あら、そうなの?」


 リロというより、風音に向かって聞く。

 当然風音が犬族に向かって嘘を吐けるはずも無く。


風音「はい。自分で出来るんですよ」


 そう言って、結局自分で治す。青く淡い光が頬を覆い、傷が消えて出血の跡だけになる。

 その様子を見ていたマリアは、しばらく目をまん丸にして驚いていたが。

 

マリア「ふぅん。 で? 仕事の話っていうのは?」


 怪我の事は特に触れずに話を続ける。


風音「あぁ、それなんですけど、ちょっとだけ待ってもらっていですか?」


 風音が携帯を取り出し、シャロンに電話を掛ける。

 しばらくして、シャロンの長官であるレイが電話に出る。


レイ『何かな? さっきの仕事の件か?』


風音「そう。それやっぱり明日でいいですか? 今日はちょっと別の仕事が出来て」


レイ『別に構わんよ。元々明日頼む予定だったんだから』


風音「助かります。自分で今日行くとか言っといて申し訳ない」


レイ『いいよ。うちの仕事より優先って事は、どうせ犬関連だろう』


風音「え? どうして分かったのか・・・」


レイ『分かるわ。舐めるな』


 取り敢えず、午後からの仕事をキャンセル出来たので電話を切る。


風音「お待たせしましたマリアさん。 実はちょっとお願いがあって」


マリア「お花の注文かしら?」


風音「いえ今回はお客ではなくて。 マリアさんのお店に置いてある商品って、マリアさんが育ててらっしゃると聞いたんですけど、合ってます?」


マリア「ええ」


風音「やっぱり噂通りですか」


マリア「噂になってるのかどうかは知らないけどね、別に隠してないし」


風音「いや素晴らしいと思います。フィリコがマリアさんの店の花を凄く褒めてたので」


マリア「へぇ・・・」


 澄ました顔をしているが、思いっきり尻尾を振っている。


マリア「どんなところを褒めていたのかしら。専門家の私から見れば、さっきの畑のお花達の方がずっと幸せそうに見えたのに」


風音「はいその通りです。それと残念ですけどそれがウチの畑が駄目な原因です。 フィリコは植物の望みを全て叶える育て方しか出来ないので、良く言えば植物は喜んでいるけど、悪く言えば調子に乗ってるらしいんです。本来の摂理せつりに反して長生きしすぎたり、本来の生殖限界を超えて育てるように要求したり」


 例えるなら細々と生きてきた大人しい種族が、甘やかしすぎたせいで調子に乗って世界を征服しようとし始めたみたいな。


マリア「そうなの・・・。 お花が長生きする事は良い事だと思うんだけど」


風音「その点マリアさんのお店の花は、植物達に調子付かせる事無く、それでいて限界まで大切に育てているのが分かるとか言ってましたよ。一番理想の育て方だって」


マリア「そ、そう? まぁ? 私が凄いのは? 自負じふしてたけど?」


 その内千切れるんじゃないかと思う程、尻尾を振る。

 ついでに風音が「凄いね~~」とか言って頭を撫でると、もっと調子に乗って尻尾を大きく振る。

 そして後ろでリロがそれを冷めた目で見ている。


風音「で、お願いって言うのはですね。 今マリアさんのお店に置いてある商品は、今後もマリアさんが育てるべきだと思うんですよ。でも、どうしても地球の環境じゃ育てにくい花も沢山あるじゃないですか? それをウチから買い取って欲しいなっていう」


マリア「ああ、そういう」


 要は卸売おろしうり業者を挟まない、生産者との直接の契約依頼か。


風音「基本フィリコに育てられない花は無いので、今後はウチでそういうのを扱ってそれを卸させて貰えれば、と」


マリア「そうねぇ」


 少し考える。

 確かに現状、育てられない花は裏側への発注販売になっている。その仕入れ先が近所になるという事だ。

 単純に裏側から仕入れる際に掛かる多額の料金を、花の値段に上乗せしなくて済むようになる。

 悪い話ではないが。


マリア「でもそうするとあの屋台のお店はどうするの? 辞めちゃったらこの子が仕事を失うでしょ?」


 リロを見て言う。


風音「いえ逆なんです。リロに他の仕事が出来たから、あの屋台を続けていく人が居なくて」


マリア「えっ? この子に出来る仕事が他にあるの?」


リロ「失礼な・・・・」


 さっきから左右に振りまくっているマリアの鬱陶うっとうしい尻尾を叩く。


風音「結構何でも出来る子なんですよ。人見知りが激しいだけで」


リロ(風音さん・・・・あぁ・・・・もぅ・・・・食べたぃ・・・♡)


 リロがうっとりしている。

 対照的に、マリアは疑惑の表情。


マリア「そうかしら? ちなみにリロさんの次の仕事は何なの?」


風音「高校のりょうの管理人さんです」


 以前から打診だしんしていた、炎火ほのかを高校の寮にするという話がようやくまとまった。

 九重が駄々をこねたから結局女子寮という事になり、リロはそこの管理人として働く事になったのだ。


マリア「それこそ人見知りがやっちゃ駄目な仕事じゃない?」


リロ「失礼な・・・・」


マリア「それよりどうやって資格を得たのかの方が気になるけど」


 資格と言うか、ああいうのって学校事務の実務経験とかが必要じゃないのか? と疑問に思う。


風音「僕もそこがちょっと不安でしたけど、結局フェクトでは生徒の安全が最優先ですから」


 寮に入ってしまえば生徒の安全が確保出来る、という環境が一番望ましい。

 その点リロと神楽と九重とセイニーが毎日二人一組の交代で警備をするという契約の炎火は、安全面でシャロンから高いレベルの評価を貰った。

 環境さえ完璧なら管理人なんて。


風音「シャロンからの信頼がある人物で、最低限真面目に仕事さえ出来れば、誰でもいいとか言ってましたよ。だからリロなら問題無しです」


マリア「真面目ねぇ。まぁいいけど。 部外者がとやかく言う事じゃないわね」


 一日しかリロの働いている姿を見ていないのに、花はむしるわ仕事場を放置するわ喧嘩するわで・・・いいけど別に。


マリア「話を戻すわね。 卸しの件だけど、こちらとしては契約しても構わないと思ってるわ。具体的な仕入れ値は・・・」


風音「事務所でワグナさんから聞いてもらう方が早いと思うから、都合が良ければ今からでも」




 という事で、早速事務所までやってきた。

 事務所連中と付き合いの無いリロは自分の部屋に帰ろうとしたが、マリアにとってはリロがカノンでの唯一のどころでもあるので、マリアに首根っこ持って連れて来られた。


 風音が事務所のドアを開ける。

 スーツ姿の女性が二人、机に向かって仕事をしている。

 本来事務員は三人居るが、今日は癒々ゆゆがお休みなので二人しかいないようだ。


 綺麗な黒髪長髪に眼鏡をかけた、知的な雰囲気をかもし出している大人の女性。

 こちらは事務の女帝ことワグナ。


 そして顔面の筋肉がゆるんでいるかのような、いつも危機感の無い表情をしているちょっと間の抜けた顔立ち。

 薄い赤紫の髪の毛で前髪の片方だけをおさげにしている、自称眠り姫ブラウニー。


 二人が机に向かって仕事をしている。


風音「おはようございます!」


ブラウニー「ういっす、おはようございまっす。なんかご機嫌っすね艦長・・・・・うわっ」


 事務員の一人、ブラウニーが風音に挨拶すると同時にマリアを見て、顔をしかめた。

 犬系の人を連れている。

 ブラウニーは別に構わないが、それを怒りそうなワグナの方を横目で見る。


ワグナ「・・・ついにカノンに連れ込みましたか。艦長、あとでお話があります」


 鋭い目つきのワグナ。ブラウニーの予想通り怒っている。


マリア「あれ? なんかあの人、私達に怒ってる?」


 ワグナの態度を見て、小声で風音に尋ねた。


風音「ああ、あれマリアさんじゃなく僕に対してだから気にしないで」


 マリアに小声で答えてから、風音が二人にマリアを紹介する。


風音「この方がルフ・ァレンの店員さんのマリア・リーフさん。契約の話は済んでるから、詳しい説明お願い。それと、そもそもこの件はワグナさんの提案だから、今後マリアさんに失礼な態度を取ったら逆に僕から説教があります。許すのは今回だけ。分かった?」


 出会い頭にマリアに失礼な態度を取った事に対して、忠告するようにワグナを目で威圧する。


ブラウニー(うおおぉ・・・・珍し・・・。やっぱり犬が絡むと音羽ちゃんマジになるんすね・・・)


 風音の方が警告するなど予想外だった。

 しかし相手が悪い。これは大きなバトルが勃発ぼっぱつするのか、とブラウニーとしては戦々せんせん恐々きょうきょうだ。


ワグナ「ああ、その方がお花屋さんの。それは失礼しました。気を悪くしないでねマリアさん。さっきの態度はあなた個人に対してではないので、お気になさらないで下さい。それと艦長、いつもそのくらい強気であって下さい。上に立つ者は優しいだけでは務まりませんよ」


風音「上に立ちたいと思った事は一回も無いんだけどね。サルトさん辺りが替わってくれないかな」


ワグナ「私はあの人の下にくのは嫌ですよ」


 二人が笑みをこぼす。


ブラウニー(おぉ・・・もうなごんだよ。 ワグナさんって強気な態度の人の方が良いのか。私はいつもの音羽ちゃんみたいな、優しい人の方が良いっすけどね・・・)


 予想外にワグナが上機嫌になったようだ。

 なんにせよ険悪な空気が無くなった事で、ブラウニーがホッとしている。


 早速マリアがワグナの隣に座って、説明を聞き始める。

 ブラウニーがワグナとマリアにお茶を出す。

 そして更にお茶を二つ持って、入り口付近に立っていた風音に近寄る。


ブラウニー「そういえば、さっきのシャロンからの電話って何だったんすか?」


 風音とリロにお茶を渡しながら尋ねる。


風音「ありがと。 最近フェクトで連続殺人が話題になってるの知ってる?」


ブラウニー「あの首から上が無くなってるやつっすか? そのほとんどが現場で粉々に破壊されてるっていう」


風音「それ。その件でレイさんが・・・ちょっと気になる事があるから、調べて欲しいっていう依頼」


ブラウニー「それをウチに? それこそあんたらの仕事じゃない? って感じっすけどね」


 ブラウニーが不思議そうな顔をする。


風音「出来ればウチに頼みたい理由があるんだってさ。理由に関して電話では言えないって言ってたから、それは行ってから聞こうと思ってるんだけど」


 二人の会話を聞いていたのか、マリアとワグナが興味深そうに話に入ってくる。


ワグナ「その仕事はいつですか? 今日?」


風音「いや明日にしたよ」


マリア「連続殺人って、あの三人組の犯人のやつよね。そんな仕事もやってるの?」


風音「三人組・・・?」


 風音が首をひねる。

 それを聞いたブラウニーが、ドアの方を向いてカギをガチャリと閉める。

 そして背中越しに語り出す。


ブラウニー「今のは失言だったっすねマリアさん。いや、マリア・リーフ!」


 マリアに向かって振り返り、ビシッと指を差す。


マリア「何が?」


 マリアがキョトンとしている。


ブラウニー「私もその事件は知ってるんすけど、まだ犯人が何人組かの情報なんて出てないっすよ。今それを知ってるのは犯人だけ。 さぁリロさん」


リロ「そっか・・・せっかくお友達が出来たと思ったのに・・・・犯罪者だったなんて・・・・残念」


 リロが戦闘態勢に入った。を描いて構えた両腕から、ボボボボッと極小の爆発音が連鎖して鳴る。

 ブラウニーの方は逃げる気満々なのか、別の場所に瞬間移動する効果がある本を懐から取り出して開いた。


マリア「ん? 今朝ニュースで言ってたわよ。現場の痕跡から犯人はおそらく三人のグループだって。あなた朝から仕事してたのなら知らないだけじゃない?」


ブラウニー「・・・・・・・・・・・」


 風音が携帯端末で最新のニュースを調べると、確かにそう載ってた。

 やはりマリアは仕事柄、最新の情報を常に仕入れているようだ。


風音「あ、本当だ。三人組か、あるいはもっと多いかって書いてある。単独犯じゃなかったんだ・・・さっきの電話で教えてくれてもよかったのに」


ブラウニー「・・・・・・・・・・・・・・」


 ブラウニーが無言でドアの方を向いて、カギをガチャリと開けた。

 そして背中越しに語り始める。


ブラウニー「そういえば誰かが言ってたっすね。犯罪を解決したければ少しでも怪しい奴を全力で疑い、間違ってたらすみませんでいい、と」


 そしてマリアに向かって振り返り、おどけて見せる。


ブラウニー「ごめんねっ☆」


マリア「はぁ」


 普通に謝るならまだしも、この感じが逆に腹立つが。


マリア「まぁ知らなかったのなら別に・・・」


 怒るほどではない。と断じたマリアがそう言いかけたが、その言葉をさえぎるようにワグナが大きな声で言う。


ワグナ「ブラウニー。 さっきの艦長の言葉を聞いてなかったの? マリアさんに失礼な事をすれば罰があるのよ。 ね、艦長?」


風音「え? いや別に・・・今のは冗談の範疇はんちゅうって言うか」


 ブラウニーがワグナの恐怖から逃れるように風音の腕を掴み、コクコクと頷く。

 途端にワグナの機嫌が悪くなる。


ワグナ「艦長? あなたはいつもブラウニーを甘やかし過ぎでは?」


リロ「・・・もっと言って・・・ワグナさん」


風音「リロまで・・・。 え~~~? 今の罰必要かなぁ。・・・・じゃあ船体の下の草むしりしてきて」


 仕方ないので艦長命令を下すと、ブラウニーが露骨に嫌そうな顔をする。

 船体下の広さとなると、丸一日かかる作業だ。

 そしてこの作業最大の罰は、植物を操るフィリコヨーテに頼めば一瞬で終わる作業だと知っている事だ。

 ただただ無駄な作業だと、ずーーっと考えながら肉体労働をする。という精神的な苦行。


ブラウニー「ちょっと、ワグナさんに負けないでよ。音羽ちゃんの方が立場も力も上っしょ」


風音「それ言ったらブラウニーだってたまには言い返したらいいのに。立場は同じなんだから」


ブラウニー「そんなん出来るかっ!」


 ブラウニーが掴んでいる風音の腕をブンブン振りながら、小声で言い合う。

 その様子をリロが横でイライラしながら見ている。


ワグナ「何二人でコソコソやってるの。早く行きなさいブラウニー」


リロ「早く。・・・帰ってこなくていいから」


 二人でブラウニーに向かって、シッシッと手で追い払う。


 観念したように、ブラウニーが風音から手を離す。


ブラウニー「覚えてろよちくしょーーー!」


 捨て台詞と共に、ドアを勢いよく開けて出て行った。

 その背に向かって一声掛けておく。


風音「あとで何か差し入れでも持っていくよ」


ブラウニー「あったかい紅茶と! なんか甘いのっ!!」


 怒り口調のまま、要求だけはしっかりと伝えながらそのまま走り去った。


風音「あ、そうだ。ワグナさん。 マリアさんが仕事の件で何か報告があった場合、艦長室のパソコンに連絡するようにしてほしいんだけど、やり方を教えておいてあげて」


ワグナ「構いませんが、今後場合によってはマリアさんが艦長室に行く事もあるかもしれませんし、今から艦長室の場所案内も兼ねて御自分で説明されては?」


風音「そうしたいのはやまやまなんだけど、まだユニィが寝てるしなぁ」


ユニル「呼びました?」


 突然風音の顔付近の空中に、手の平くらいの大きさの小さな人が現れる。

 ウェーブのかかった薄赤色のショートヘアに、赤い目。妖精っぽくないくたびれたTシャツに半パンという、わんぱく少年のような恰好。

 風の妖精ユニル・フレイアロウだ。


 風音と契約しているので、呼ばれればすぐに反応する。ついでに大気中ならどこに居てもほぼ一瞬で風音の前に現れる。


風音「あ、起きてたのか。おはよっ、ユニィも見た事あると思うけど、この方がルフ・ァレン・・・・」


 ユニルに説明する前に、マリアから驚き交じりの大きな声が。


マリア「えっ!? 何その可愛らしいの。妖精の赤ちゃん?」


 風音に聞いたが、ユニルが答える。


ユニル「よく赤ちゃんって言われるけど、違います。 なぜか地球では妖精って小柄な存在だという認識なんです。 そういう認識の風音さんと契約したから、そういう風に反映されてるんですよ」


風音「そうなんです。今は可愛いけど、本来のユニィは凄い美人さんなんですよ」


 ふふんっ、とユニルが自慢するように胸を張る。

 今はパッドでごまかしてますが、実際は乳もそれなりにでかいです。というアピールのつもり。


マリア「へぇ~。見てみたいかも」


風音「見ます? 一旦契約切れば戻りますけど」


ユニル「絶っっっ対止めて。そんな理由でもし契約を切ったら、その人誰か知りませんけど出禁できんにしますから」


 急に怒りだしたユニルが風音の頬をつねる。


風音「前々から思ってたんだけど、何でそんなに契約を切る事を嫌がるの? すぐ戻せるのに」


ユニル「じゃあ聞きますけど、風音さんがもし婚姻契約のあかしである婚約指輪を毎日していたとして、すぐに着け直せるからっていう理由で簡単に外しますか?」


 毎日指輪・・・そんな有り得ない事を聞かれても、と風音が悩む。

 というのも、どうせそんなの身に付けないからだ。自分の技である毒と相性が悪い。

 でもそういう回答をすると怒るだろうという事くらい分かる。


風音「理由があればね。 トレーニングの時とかは普通に外すんじゃないかな。そうしないと絶対一日で壊れちゃうだろうし。 相手としても壊される方が悲しくない?」


 ユニルの顔がゆがむ。

 否定したいけど、特に間違った事も言っていないこの感じ。例えを間違えてしまったか。


風音「あと揚げ足を取るつもりは無いけど、毎日付けるのは婚約指輪じゃなくて結婚指輪の方が一般的かな。婚約指輪は見た目が派手な分、更に壊れやすいらしいから」


ユニル「ああ言えばこう言う・・・」


 ユニルがもう片方のほっぺたもつねる。


風音「聞かれた質問に答えただけなのに」


 ユニルがため息を吐いてワグナの方を向く。


ユニル「ワグナさん。姿を見た時から思ってましたが、その子は危険です。艦長室に連れて行ったら風音さんがその子を襲うかもしれません。ここで全て説明してあげてください」


マリア「私が襲われるの?」


 だったら「その子『は』危険」、ではなく「その子『が』危険」と言わないといけないんじゃないかな、とマリアが思う。


ワグナ「確かに。うっかりしていました。マリアさんを艦長と密室で二人にするなんて、犯罪を助長じょちょうするようなものですね」


リロ「監視カメラを付けて・・・いつでも突入出来る準備を・・・しないと・・・」


風音「君らの艦長信じられんくらい信用無いね」


 本当に僕の事を艦長だと思っているのかこの連中は。 という疑問まで浮かぶ。


マリア「言われたい放題じゃない」


 マリアがクスクスと笑う。


風音「この人達僕をすぐ犯罪者に仕立て上げようとするんです」


 風音が呆れる。なぜかカノンでは変態扱いされる事が多い。こんなに品行方正に生きているのに。


風音「だから気にしないで下さいね、襲ったりしませんから」


マリア「仮に襲われたとしても、あなたみたいな年下の女の子に負けるほど弱くないわよ」


 笑いながらそう言ったマリアに、風音が訂正しようとすると。


ワグナ「艦長は成人男性です。 では仕事に関して何かあった場合の連絡先を・・・」


 ワグナが代わりに訂正した。この勘違いはいつもの事なので、取るに足らない事の様にサラッと答えて契約の話に戻ろうとする。

 しかしマリアが止める。


マリア「まって? 成人男性だったの?」


風音「はい。よく間違われるんですけど」


 本当によく間違われる。年齢は15歳くらいに見られる事が多いし、性別は女だと思われる。

 普段ならこの間違いには怒る風音だが、犬族相手には怒らない。

 だから街の広場で犬族の子供達と遊ぶ時も、たまに「お姉ちゃん」と呼ばれるが笑顔で「お兄ちゃんだよ~」と返す。


マリア「あ、そうなの。 え? じゃあ私さっき成人男性から頭を撫でられてたのね」


 澄ました顔でそう言いながら、少し尻尾を振り始める。


風音「あ、ごめんなさい。不愉快でした?」


マリア「いえ? 私達の種族がスキンシップ好きなのは有名だから、悪気が無ければ別に。 ただ年頃の男女がやると意味が変わるから、次からはね、気を付けてね」


 冷静にそう返答しながら、背後では大きく尻尾を振っている。


 それを見たリロが、やれやれとかぶりを振る。 


リロ「あざと・・・・・」


 建前たてまえと本音を同時に見せるテクでしょ? アレを天然でやっている? いや計算でしょ。

 隣ではユニルも舌打ちをしている。


風音「じゃあ明日の仕事に向けての準備をしておくから、あとよろしくねワグナさん」


ワグナ「準備? 何か用意しなければならないものでも?」


風音「いや人員の方。 何人かいた方が良いらしいから、明日一緒に行ける人を見繕みつくろってこようかなと。副長の二人プラス癒々さんが実家帰りしてるし」


ワグナ「明日何の予定も無いのは千丸、九重、セイニー、咲桜、ユニル、ルミナかレスタの片方・・・あるいはこの内の誰かをカノンと炎火の警備に変更するなら春日とゼロアも動かせますね」


 パソコンの画面を見ながら教えてくれた。


風音「ありがと。 っていうか明日暇な人多いな。なんかやる事無いの?」


ワグナ「炎火の女子寮が始まったらみんな忙しくなりますよ。 今は・・・裏側での危険生物の狩猟の仕事ならいくらでもあるみたいですけど。ゼロアでも投入しましょうか?」


風音「あれお金になんないしな・・・・・。さっきのゼロアとの会話で思い出したけど、この前の神狼の件とかね。 あの時も20頭以上も狩らされてめちゃ苦労したのに、借金一千万円減ったのと脇腹の肉二百グラム貰っただけで終わったし」


 二百兆円の借金の中の一千万円返済なんて、ピンとくる言い方に変えれば二千万円の借金してる人が一円返したのと同じ意味だ。 命懸けの仕事にしては軽すぎる。


ワグナ「え?」


 風音の言葉にワグナが驚く。


ワグナ「あの依頼って借金減額以外に報酬ありましたっけ? ほぼボランティアだって言ってませんでしたか?」


風音「元々はね。増えすぎた神狼を何匹か狩ってくれっていう、周辺の地区からのお願いだったから。シャロンから追加のお願いがあったから、借金額をちょっと減らして貰うって契約」


 苦労に見合ってなくて、感覚的にはほぼボランティアに近かった。

 仕事内容を簡単に言えば、音速に近い速度で走る獣との戦いだ。


風音「でも終わってからちょっとだけ神狼の肉を貰ってね。肉食獣の肉なんて別に要らなかったんだけど」


ワグナ「それは現地の人から?」


風音「うん」


 ワグナが大きなため息を吐く。


ワグナ「その仕事がどうしてウチに来たか分かります?」


風音「さぁ? 他が忙しかったんじゃない?」


ワグナ「いいように利用されたんですよ。 神狼は定期的に数が大きく増えるので、頻繁に駆除されています。ですが、あんなのまともに狩ろうと思えば返り討ちにうのがオチでしょう? 地上戦では大型戦闘車両でのレーザー類の兵器を使用しても、逆に狩られてしまう事の方が多いようですから。通常は高高度から兵器で駆除するようです」


 ワグナの言いたい事をなんとなく察する。


風音「あーーー・・・、だから生け捕りにしろって追加依頼だったのか。兵器で殺しちゃったら跡形も残んないから。 もしかしてあの肉って凄い貴重だったりする?」


 タンタンタンッと、ワグナがパソコンのキーボードを軽快に操作する。

 そして風音の前にあるブラウニーのパソコンの画面に、その質問の答えを出す。


 神狼の毛皮から肉、臓器に至るまでありとあらゆる部分を換金した場合、一体で平均320億円。


ワグナ「艦長が貰った脇腹の肉ですが、肉の中では一番貴重な部位です。百グラムで平均7億円で取引されています。 艦長と癒々が狩った20頭余りは、おそらく全て裏側の治安組織の利益になってますよ。 で、そのお礼が一千万円。 それでは命懸けで狩りをしてくれた2人があまりにも不憫ふびんだから、現地の人が解体ついでに内緒で一番良い所を少しくれた、というところでしょう」


風音「って事は14億か・・・。売っときゃ良かったな」


 それでも借金の全額から見たら大した事の無い額だが。


ワグナ「そうですね。 要らないとか言ってましたけど、どうされたんですか?」


風音「普通に食べたね」


 この流れを無言で聞いていたマリアが、まるで自分の事の様に「あいたたたた・・・・」という顔をしている。


ワグナ「まぁ・・・それはそれで貴重な経験ですね。宇宙で一番と言っていいほど美味しいらしいですし」


風音「へ~~~、そんな美味しいのか」


ワグナ「え? 艦長は食べなかったのですか?」


風音「取り敢えず焼いてみたんだけどね。 癒々さんも僕も要らなかったし、焼いたシノもグルメ気取りのくせに偏食家へんしょくかだし。その時たまたま食堂に入って来たゼロアにあげた」


 途端とたんにワグナから不穏な空気が流れる。

 そういうのに敏感なマリアが隣でビクッとする。


ワグナ「はぁ? ゼロアが? 14億の肉を? 二日前またトレーニング器具を壊して迷惑かけたのに?」


風音「いや食べた件に関しては怒らないであげて。僕があげたんだから」


ワグナ「そう・・・ですか」


 ひとつ息を吐いて、気分を落ち着かせてから尋ねる。


ワグナ「それで、美味しいとか言ってました?」


風音「その時は無言だったしな。 でも今日またリクエストしてきたって事は、美味しかったんじゃない?」


ワグナ「は? 14億の肉をリクエスト? 二日前の件まだ謝っても来ないのに? どれほど調子に乗ればそんな事が可能なのかしら?」


 再び殺意を垂れ流しながら、何故かワグナの机の下に置いてあった鉄パイプを握る。


風音「一旦この件と二日前の件は分けて考えようよ。あとゼロアは多分、さっきまでの僕と同じで神狼の価値を知らないから」


 またワグナが一息ついて気持ちを落ち着かせる。 見た感じそろそろ限界が近い。これ以上この話を続けたら、鉄パイプ振り回してゼロアを殴りに行くのも時間の問題だ。

 焼肉の件から何か話題を変えた方が・・・と思っていると、ワグナの方から話題を変えて来た。


ワグナ「というか、さっきの話を聞いてシャロンに怒らないんですね」


 仮に二十頭だとしても6400億もの利益が出る命懸けの仕事をさせて、一千万しか出さなかったなんて馬鹿にしてるにもほどがある。

 悪質なのは、そういった情報を一切伏せたまま二人に仕事をさせた事だ。


風音「思う所はあるけど、契約は契約だしね」


 裏側の仕事はシャロンというより、その親組織のシエロからの依頼だろう。それをシャロンがこちらに伝えただけなので、シャロンに怒っても仕方ない。

 シエロが腐敗した組織だという事はシャロンの面々もよく言っているし。


 でもそれは風音の考え。 ワグナは違う。


ワグナ「ずいぶん大人な対応ですね。私は正直ムカついてますが」


 風音と癒々に舐めた真似をしたシャロンに、一喝してやりたい気分だ。

 シャロンは関係無い? 知ってて依頼しといてそれは無いだろう。


風音「こうやって貸しを作っておくのも借金返済には必要でしょ」


ワグナ「借りだなんて思ってませんよ」


風音「シエロはね。 でもシャロンは違う。たとえ上からの命令でも、ウチに不義理ふぎりな事をしたっていう認識は持ってるよ」


 ここで風音がわざと、少し悪い表情を作る。


風音「で思うんだけど、あえて文句を言わない方が罪悪感が大きくなってさ、罪の意識からウチに仕事を回す機会が増えたりしないかな?」


 わっるい表情のままニヤリと笑う。


マリア「あなた結構腹黒いわね」


 風音が冗談っぽく言ってたのもあって、マリアが笑いながら反応する。


風音「ふふん。艦長ってのは、優しいだけじゃやっていけないのさ」


ワグナ(本当に・・・この子は・・・)


 また一つワグナがため息を吐く。


 この件をシャロンに怒らない理由なんて分かってる。

 シエロだって馬鹿じゃない。現地の人が気を遣って風音にお礼をあげた事くらい、おそらく気付いている。

 だがそれをとがめなかったのは、今後も利用価値のある風音と衝突したくなかったからだ。

 労せずして約6400億もの利益が手に入ったのだ。14億程度ならくれてやる。という判断だろう。


 そんな現状でウチがこの件をシャロンに抗議をして、それがシエロに伝わったらどうなるだろう?

 せっかく黙っていてやったのに、そちらから喧嘩を売って来るなら買ってやろうという態度になる。

 まず契約は契約だと抗議をねるのは目に見えている。

 その後が問題だ。貰った肉の件を蒸し返してウチに逆ギレし、契約外の行動だと泥棒扱いしてくるだろう。それで終わるならまだいい。腹いせにその現地の人達に罰を与えかねない。


 もっと邪推じゃすいするなら、根本的に前提からくつがしてこういう考え方も出来る。

 本当に肉をくれた人は優しさでくれたのだろうか?

 もしかしたらシエロの息が掛かった奴がわざとやったのでは?

 この件をウチが本気で裁判を起こせば、場合によっては利益の何割かを請求できる可能性は高かった。

 確かに仕事に対して一千万円の報酬という正規の契約は結んでいる。しかし裏側での危険生物の狩猟に関しては、危険度や見返り(その生物の価値や、狩猟の結果生まれる社会的貢献値など)に対して適正な報酬を支払う義務がある。

 今回シエロはそれを守っていない。裁判を起こせばまず勝てる状況だ。

 だが契約外の14億もの価値になる最高級の肉を勝手に持って帰っていたとなったら、裁判は一転してこちらが不利になる。

 そもそも風音の性格なら、契約外の報酬は一旦断っているはずだ。それでも受け取って帰って来たという事は、無理矢理に近い形で渡された可能性は無いか?

 最低限の金額でウチを黙らせるために、親切を装ってやった事では?


 ・・・さすがに考え過ぎかもしれない。 本当に現地の人の優しさだった可能性も十分ある。優しさでくれた物は断り過ぎるのも失礼にあたるので、受け取る事もあるだろうし。風音なら特に。

 ただそのくらいやりかねない組織なのだ、最近のシエロは。


 でも、シエロに伝わらないようにシャロンに軽く抗議する事くらい出来る。

 それくらいはしてもいいのに。

 ここまでされてレイさんが板挟みになるのが可哀想とか、そんな気を遣う必要無いじゃない。 冗談で済まさないで、言えばいいのよ。と思ってしまう。


 ワグナは誰に対しても常に優しいというのは、美徳ではないと思っている。優しくするという行為は、己を犠牲にする事が多いから。

 その考えを曲げるつもりは無いが、風音と会話しているとたまに、自分が器の小さい人間だと感じてしまうことがある。


ワグナ「・・・たまには怒らないと駄目ですよ艦長。 ストレス溜め込んでません?」


風音「いや? っていうか、今日凄いストレス発散してる。今この瞬間も」


 ワグナがマリアをチラリとみる。


マリア「・・・何か?」


ワグナ「いえ。 たまには仕事以外でも遊びに来てくださいね。何も無い所ですけど」


 少し考えを改める。

 それでもし風音が仕事をしなくなったら、それはそれで説教すればいいだけの話だ。


マリア「どうしたの急に、近所のおばちゃんみたいな事言って」


ワグナ「・・・え?」


マリア(・・・・・・・?)


 周囲の負の感情に敏感なマリアが、辺りが一瞬暗くなったのかと錯覚さっかくしたほど。

 そのくらい一瞬でワグナの周囲の空気が変わった。警戒したマリアが尻尾をクルクルと巻く。


ワグナ「おばちゃん? え、誰が? もう一回言ってみ?」


 表面上は笑顔のワグナが、さっき置いた鉄パイプを再び握る。


 おばちゃん。


 種族柄見た目こそ若いものの、春日じじいを除けばカノン最年長(40オーバー)のワグナに対して、最大の禁句。


マリア(あ、そっちのタイプなのねこの人。 いるいる、お客様にもたまにいる。 例え話を真に受ける人)


 いわゆる会話が面倒なタイプの人。

 念の為フォローしておく。


マリア「いや台詞せりふがね。言い回しが大人過ぎるって話。 ここでの立場が上の方だからそういう対応なのかもしれないけど、まだ若いでしょあなた。二十代前半くらい? 若いんだから「いつでも遊びに来てよ!」くらいのノリでいいのよ。「何も無い所ですけど・・・」なんて言い回し、若者には似合わないって言ってるの」


 ほんとは二十代半ばくらいに見えるけど、よいしょよいしょする。


ワグナ「そ、そう? でも私、地が丁寧ていねいだから。立場を考えて口調を変えてる訳じゃないわ」


 鉄パイプを置いて、マリアの頭を撫でまわす。


 と同時に周囲の空気が元に戻る。普段から会話術を鍛えておいて良かった。

 いつもならマリアは撫でられると無条件で尻尾を振るが、ワグナを警戒しているのか尻尾は巻いたままだ。


風音「というか、どういう風の吹き回し?」


 仕事以外でも遊びに来て、とか。

 犬族が来るのを一番拒んでいたのはワグナなのに、という意味だ。

 マリアがいるので少し遠回しに尋ねる。


ワグナ「たまには私も大人の対応をしようかと思いまして」


風音「ふぅん?」


 どういう心変わりか分からないが、机の下に鉄パイプ置いてる人が大人の対応とか言っても説得力無いなぁ、と思う。


風音「まぁいいや。じゃああとよろしく。僕の方は明日の準備をしてくるよ。リロは最後までマリアさんを待って、フェクトに送ってあげて」


リロ「はい」


風音「ユニィは明日行ける?」


ユニル「もちろん」


風音「じゃあメンバー集めに行こっか」


 そう言って事務室を後にする。


 さて、誰を連れて行こうか。


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