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カノン  作者: しき
第3話
19/206

殺人鬼1


  「くそっ・・・・! 頭が・・・・」


 割れるように痛む頭を押さえながら逃げ続ける。

 辺りは真っ暗な路地裏。知らない道を、とにかく走って走って・・・・。

 しかし逃げれば逃げるほど頭痛が酷くなっていく。

 もう走る事もままならなくなってきた。

 もう既に耐えられるような痛みではなくなっている。

 あの女が言った事は事実だったのか。このままだと頭痛で動けなくなってしまう。




  「あら? 戻って来たの?」


 うすら笑いを浮かべながら女が待っていた。

 この女に近付くほど、頭痛が治まっていく。やはり事実だったのか。


  「あなたのやっている事はもう分かってるんだから。 言う通りにした方が良いよっ☆」


  「うるせぇっ! この状態をまず何とかしやがれ!!!」


 まだ少しだけ痛む頭を抱えながら叫ぶ。


  「あなたが言う事を聞いたらね」


  「・・・・・・・・・・・・」


 懐から銃を取り出し、女に向ける。


  「武器は向けられただけで正当防衛成立だよ。 でもこっちは正義の味方だからね、一回だけなら許してあげても・・・」


 男が無言で銃を撃つ。

 しかしいつの間にか、男の目の前から女が消えている。銃弾はむなしく暗闇に消えていった。


  「で? こっちの言う事を聞く気は無いの?」


 耳元から女の声。

 男が反射的に銃口を声がした方に向ける。


  「二回目。 ばいば~~~~い☆」


 女の拳が男の顔面に打ち込まれる。



 首から上を失った男が、その場に倒れた。




  ---------------------




 今日も良い天気のフェクトの商業区。

 平日ながら、街は行き交う人々でにぎわっている。



 私の名前はマリア・リーフ! フェクトでお花屋さんを営んでいます!

 市場いちばでも人気の看板娘です!

 地球や裏側の珍しいお花を自分で育て上げて、格安価格にて販売中です!

 可愛らしいお花と可愛らしい私が、最高の癒しをお届けします!

 そんな私、マリアに!


 最近腹が立つ奴がいます。

 一年くらい前からフェクトで花を売り始めた・・・何でしょうアレ。

 屋台?


 頭に真っ赤な三角巾さんかくきんを付け、花柄のエプロン姿のマリアが物陰に隠れながら、数メートル向こうにある屋台の花屋に目を向ける。


 終始うつむいていて、暗そうな雰囲気を漂わせている店員が居る。

 褐色かっしょくの肌に、かなりオレンジが強い茶髪をしているショートカットの髪型。頭にいくつか髪飾りを付けている。

 この看板娘のマリアさんほどではないにせよ、まぁまぁかわいい女の子だ。


リロ「お・・・お花は・・・いかがですーかー・・・」


 屋台の女の子が、か細い声で声掛けをしている。


 もっと元気を出したらどうなの!!

 お花を売ってるんでしょあなたは!!

 ですーかー、じゃない! ですか~~。 って言いなさいよ!


 以前からこの屋台の存在は知っていた。

 だが同じ職業を営む者として、敢えて近付かないようにしていた。白々しく近付いて、敵情視察だと思われても困るから。


 え? 同じ職業だからこそ、商売がたきのリサーチは大事?

 のんのん。

 そういうのは腹黒い職業の方々がやっていればいい事なの。

 私はお花屋さん。

 清廉潔白せいれんけっぱくが第一条件なの。


 「敵情視察ってなぁに? 花言葉にそんなのあったかしら」

 「商売敵? ふふっ、お花を愛する者同士、敵になりようがないじゃない」


 これ!

 これがお花屋さんのお姉さんのイメージ。

 だから今までこの屋台を見る事だけは避けて来たのだ。

 しかし・・・・


「あら、マリアちゃん。 こんな所で何してるの?」


マリア「えっ? ああ、ソーマさん。 いつもありがとうございます」


 突然声を掛けられて少し驚いたものの、そんな様子は表には出さずに、隠れていたコンテナから離れる。


 そして営業スマイルで深々と頭を下げた。

 いつもお世話になっている、お金持ちのお客様だ。

 着ている物から口調、たたずまいまで、全身から金持ちオーラがただよっている。


マリア「今日はお休みだから、街でお散歩してるんですよ」


「あらそうなの? あなたお休みでもそんな恰好をしてるのね。 でもなんでそんな暗い所で・・・」


 コンテナの陰に陣取じんどっているマリアに疑問をぶつける。


マリア「ほら、私っていつも賑やかな市場に居るじゃないですか? たまには誰にも関わらず、静かに過ごしたい時もあるんですよ~~」


「静かに・・・って、じゃあもっと目立たない所のほうが良くないかしら。 さっきから凄い目立ってるけど」


マリア「またまた~~~~(爆笑)」


 ソーマさんは冗談ばっかり言うから困る。いつもの事だけど。

 こんなに完璧に隠れているのに目立っているはずがない。

 まぁそういう所がソーマさんの魅力だけど。

 金持ちを鼻にかけないっていうか、冗談が大好きな人だ。


「・・・まぁいいわ。じゃあまたよろしくね」


マリア「はい、いつもありがとうございます。 あぁ、そうそう。注文の品は来週には届きそうですよ。裏側でも珍しい花で量も多かったので、ちょっと時間が掛かっちゃいましたけど」


「あら助かるわ。 配送・・・は出来ない花だったわよね。 一本22000クインだったかしら」


マリア「はい、かなりお高い商品ですけど・・・」


 クインとは、フェクトで使われている通貨だ。裏側でも最も使われていて共通通貨とも言われている。大体100クインが80円くらいに相当する。


「いえ安いくらいよ。あっちでは30000を超える事もザラだったから」


マリア「へ~~、そうなんですか」


 と相手に合わせて、まるで初耳のように言っているが。

 もちろん知っている。

 実際これだけ高い値で大量に売っても、マリアの店には微々びびたる儲けしかない。

 本来ならもう少し値上げしても良いが、自分が育てた花ではないものは極力手間賃を加算しない様にしている。

 もちろん慈善じぜん事業ではないので、最低限の利益は頂くが。


「じゃあまた来週ね」


マリア「は~~~い」


 お互い笑顔でひらひらと手を振りながら、別れる。

 ソーマさんの姿が見えなくなったくらいで。

 サッ! とコンテナに張り付く。

 ただでさえ目立つ格好をしている少女がこの不審な動き。周囲に居る人達がチラチラと見ながら通り過ぎていく。


マリア「・・・なんて事なの・・・」


 屋台を見たマリアが絶句する。

 ちょっと目を離した隙に、屋台には三人もお客様が来ている。

 店番の子は、焦って泣きそうになりながら対応している。


マリア「あれ? あの人常連の・・・」


 そのお客様の中に知った顔が居る。

 いつも私をいやらしい目で見てくる中年親父のメイソンさんだ。

 正直あまり来てほしくは無いが、お客様はお客様だ。


マリア「あいつ・・・・!!」


 この裏切り者がぁーーーー!

 何だあいつは! 案の定、お花より店員ばっかり見てるし!

 ちょっと店員が若い女の子ならすぐに誘引ゆういんされるのか!

 虫かお前は!

 虫が寄ってくるタイプの殺虫剤に寄って行くやつかお前は!

 そんで家にその殺虫剤を持って帰って家族ごと全滅させるやつかお前は!!

 この身内爆弾野郎!!


マリア(いけない・・・いったん落ち着くのよ・・・)


 おだやかではない心境を落ち着かせるように、ゆっくりと深呼吸をする。


 しかしどうして、あんなやる気の無さそうな声掛けしか出来ていない屋台にあんなに・・・。

 そう。

 それこそが今ここに居る理由。

 風の噂で聞いたのだ。屋台のお花屋さんが、いつもたくさんのお花を完売していると。


 売り上げでは負けていない。店の規模きぼが違うから。

 看板娘も負けていない。私の方が可愛いから。・・・ちょっとだけね。

 お花の質は・・・負けたくない。私が育てているから。

 まぁ・・・さっきの注文の品の様な、仕入れないと手に入らないお花だけは発注販売になるけどさ。

 ・・・要するに、総合的に考えて気にするほどでもないのだ。商売敵と言うほどの事も無い。


 でも・・・問題はその、お花の質。

 それだけは負けているのかもしれない。他と違って負けていないと断言出来ない。


 経緯は端折はしょるが、一度あの屋台のお花を受け取った事がある。

 とっても瑞々みずみずしくて・・・綺麗で・・・。

 本来なら一週間もしないで枯れてしまう筈のお花が、三週間も元気に花を咲かせていた。

 お花が喜んでいたように感じた。

 あんなの・・・愛が無いと出来ない。

 ・・・それからずっと気になっていた。


 はっきり言おう。

 売り上げで負けたって良い。

 相手の看板娘の方が可愛くても良い。

 こっちの方がお花の種類が少なくても良い。

 でも、お花の質だけは負けたくない。


 ウチがお花の質で負けているから、この屋台のお花がいつも売れているのだとしたら、それは屈辱だ。

 だから今日は柄にもなくこんな所に来た。


 そうこう考えている間にお客様達が帰って行く。

 店員一人になり、店員が遠目に見てても分かるくらい大きくため息を吐いて、椅子に座る。


マリア(いやいや、たった三人相手しただけで休憩ってあんた・・・・)


 様子をうかがっていると、店員がお花を一つ摘まんで鼻の辺りまで持っていく。

 今まで頼りない所ばかり見せていた店員だったが、その部分だけを切り取って見ると、凄く可愛らしい光景に見えた。


マリア(まぁ・・・絵にはなってるわね。私ほどじゃないけど)


 お花屋さんの看板おねぇさんとしてはギリ合格点かな。


リロ「好き・・・嫌い・・・好き・・・嫌い・・・」


 手に持った花の花びらを千切って・・・何か変な行動を始めた。

 マリアには何をやっているのか理解出来ないが、花占いを始めたようだ。


マリア(えっ!? いや売り物!! それ売り物!!)


 なんで売り物のお花の花びらをむしっているのだあの子は。

 そして店員の動きが止まる。泣きそうな顔で屋台の商品に目をやる。

 そして新たに手に取ったのは。


マリア (ん? あれは・・・)


 花びらが一枚、と言うか植物用語で言うと合弁花ごうべんかに当たる。一見花びらが何枚かあるように見えるが、実質一つにつながっているタイプの・・・

 そんな事より、なぜあの花が普通に売っているのだ。

 あれこそ、さっきソーマさんが発注していたものだ。酸素濃度が極端に低い所でないと育たないうえ、時間帯によってPH値を細かく変えないといけない、それでいて広大な土地でしか育たない。地球上でまともに育成できる訳がないものだ。刈り取ってからはそれほど管理は難しくないが、およそ三日で枯れる。あんな屋台にむき出しで販売していたら、多分明日には枯れる。

 そして何よりぎわの十数時間ほどの間、最も色が鮮やかで美しくなる。その為、普段花に興味が無い人ですら思わず足を止めて見惚れてしまうほど、宇宙でも屈指の美しさを誇る花と言われている。

 品種改良の結果、水槽内で育てる事が出来る品種が作り出されたが、枯れ際の美しさはオリジナルにまるで及ばない。


マリア(あれは・・・どう見ても改良種じゃないわ・・・。 あんなの普通に店頭に並べる様な商品じゃないのに・・・)


 マリアほどにもなると、枯れ際でなくても見ただけで改良種かオリジナルかは判別出来る。

 あれは本物だ。


リロ「・・・好き」


 店員がゆっくりとその花びらを千切った。

 花びら一枚のお花で行われる、必ず結果が好きになるチート花占いに使ったようだ。


マリア(・・・・・・)


 もう心の中で突っ込む余裕も無く、ただただ目を見開く。

 店員は花占いの結果に満足したのか、ホッとしたような笑顔を浮かべている。

 そして千切った花びらを口に当てて、蜜を吸い始めた。


 え? 嘘でしょ?

 大体あれいくらすると思ってんの?

 何を呑気のんきに蜜吸って遊んでんの?

 他にも同じ花が数本売られているので、値段を見る。

 400クインと書かれてあった。

 400クイン?

 カスみたいな値段で売られている。

 いやまぁまぁ高いよ? お花が一本400クインは。

 でもあれ・・・・


 何かの間違いかと思って目をらしてよく見る。

 いや、間違いない。本物だ。

 あんなの開店と同時に売り切れてもおかしくない。

 多分売れない理由は、みんなそんな花がある事を知らないか、あるいは安すぎて改良種だと思われている。

 本物を見た事が無い人の方が多いから。


 そして我慢出来なくなり、マリアは自分でも無意識の内に物陰からとび出していた。


マリア「ちょっとあなた!」


 屋台の前に行って、店員に向かって叫ぶ。

 何か作業を開始していたのか段ボールの箱を手に持っていた店員が、その声量に驚いたのかビクッとして段ボールで顔をガードする。

 そして恐る恐るマリアの方を見た。


リロ「あ・・・さっきからずっとこっちを見てた人だ・・・」


 その反応にマリアが少し驚く。


マリア「・・・気付いてたの?」


リロ「凄く目立ってたし・・・」


 何かのパフォーマンスだとリロは解釈していた。

 あれは隠れていて、本人はバレていないと思っていたのか。

 行き交う人達が皆マリアの方をチラチラと見ながら通り過ぎていく光景を見れば、どんなに鈍感な奴でもあそこに何かあると気付く。

 それ以前に、時々体が半分以上見えていたのでバレバレだったが。


マリア「それよりいいかしら? どうしてあなた、売り物の花びらを千切って遊んでいるのかしら?」


リロ「あ、遊んでない・・・。 花占いっていう、遊び」


マリア「遊びって言ってるじゃないの!」


リロ「ご、ごめんなさい! あ、違う・・・そういう・・・文化みたいな」


 リロはこういう高圧的な態度の人に弱い。ちょっと泣きそうになっている。


マリア「文化・・・? お花を千切って遊ぶ事が?」


リロ「まぁ・・・そういう意地悪な言い方をすれば・・・そうなんだけど。 で、でも、フィリコが共生きょうせい出来ているからお花は好きにしていいって言ってたし・・・風音かざねさんも良いって言ってたし」


 花を育てているフィリコヨーテが言うには、花の目的は子孫の繁栄はんえい、種の拡散なのだそうだ。それはフィリコヨーテが既にやってあげているので、れた花は好きにしていいと。

 燃やして灰にして、肥料としてその辺に撒いてくれても良いとまで言っていた。それはそれで次世代に繋がるので。

 だからフェクトで販売許可をもらって売っている。


マリア「・・・何を言っているのかよく分からないけど、売り物で遊ぶのは止めなさい。お金になるんでしょ、それは。もし売れ残ったらそれでやったらいいじゃない」


 マリア的には、売れ残りであろうと花びらを毟るのは止めてほしいところだが。


リロ「は、はい・・・・」


 相手の言い分の方が正しい気がしたので、素直に返事をしておく。


リロ「あの・・・・」


マリア「・・・何ですか?」


リロ「もしかして、市場で有名な・・・ルフ・ァレンの店員さん?」


 ルフ・ァレンとは、マリアが家族経営で働いているお店の名前だ。

 マリアが心の中で少し後悔する。

 やっぱりバレたか。本来なら姿を見せるつもりは無かったのに。


マリア「・・・ええ。 同業者として挨拶あいさつうかがったの。 マリア・リーフです。今後ともよろしくね」


 地球の文化にならって手を差し出し、握手を求める。

 リロがその手を握る。マリアの手の平は柔らかく、ぽよんぽよんしていた。


リロ「レノ・リロです。よろしくお願いします。 赤ずきんちゃん」


マリア「待って?」


 マリアが握手した手をグイっと引っ張る。リロの顔が少しマリアに近付く。


マリア「なんて?」


リロ「え・・・ルフ・ァレンの店員さん、なら・・・赤ずきんちゃん、ですよね?」


 リロがマリアの頭に乗っている真っ赤な三角巾を指で差して言う。


マリア「何それ初耳、あなたが今考えたの?」


リロ「え・・・。 みんなそう呼んでますけど」


マリア「みんなって誰?」


リロ「カノンのみんな」


マリア(どこなのそれは・・・地名?)


 カノンとは、リロが住んでいる巨大な宇宙船の名前だ。リロ以外にも二十人弱の地球人及び異星人が住んでいる。マリアが知らないのも無理はない。

 マリアが少し考えてから、握手していた手をほどいてリロを見る。


マリア「あのね、これは」


 頭に付けている赤い布を指で示しながら言う。


マリア「布」


リロ「え・・・あの・・・・」


マリア「私ではないの。 体の部位ですら無いの」


リロ「それは・・・分かってますけど」


マリア「じゃあ聞きますけど、私がこうしたらあなたは私を何と呼ぶのかしら?」


 そう言ってマリアが頭から布を外す。


リロ「手にずきんちゃん・・・」


マリア「・・・・・・」


 ちょっとムカッときたものの。

 マリアが三角巾をエプロンのポケットにしまう。

 どうにか笑顔を保ったまま、改めてマリアが問う。


マリア「これなら?」


リロ「え・・・どうでもいい・・・」


マリア「ほぅ・・・・」


 よっし、この喧嘩買った。


マリア「あなたには名前で呼ぶという発想は無いの!?」


 突然の大声にリロの肩がビクッと跳ね上がる。


リロ「ひぃっ! すすす、すみませんっ、名前・・・忘れました・・・」


マリア「なんでもう忘れてるの!?」


リロ「あ、赤ずきんちゃんでいいと思ってたから・・・・。本名とか・・・どうでも良かった・・・」


マリア「こらっ!!」


 屋台のふちに拳を打ち付ける。


リロ「ご、ごめんなさいぃ・・・・」


 マリアに対する恐怖から防御するように、両手で頭を抱えて小さくなる。


マリア「マリア! マリア・リーフ!」


リロ「は、はい・・・! マリアさん・・・」


 再び放たれた大声にびびったリロが、ちょっと涙を浮かべている。


マリア「泣く事無いでしょ・・・まぁいいわ。 それよりリロさんに聞きたいことがあるの。 さっきからの態度を見てて思ったんだけど、このお花を育てたのはあなたじゃないわね。 一体誰が・・・」


 話している途中で、誰かに横から肩を押されてよろめく。

 ふらついた体勢を立て直してから隣を見ると、二人の男と女が一人、リロの方を見て立っている。

 お客様・・・には見えない。


「おい、この間は世話になったな」


 一人の男がリロに話しかける。


リロ「え・・・・? 誰・・・? お花をたくさん買ってくれた人?」


 リロが首をひねる。


「客じゃねぇよ! テメェが殴った相手だろうが!!」


 そう言って屋台を蹴る。大きな音が辺りに響いた。


リロ「・・・・・・・・・」


 しばらく考えたものの。思い出せない。

 ちゃんと営業許可は取っているのに、何故か屋台を出している事に関してからんでくる客はたまに居る。

 でもその時の対応や、相手の顔などいちいち覚えていない。


リロ「・・・・あの・・・覚えてないけど・・・私は自分から手を出さないから、もし殴られたのならあなたが先に何かしたはず・・・」


「関係ねぇんだよ、んな事ぁ!!」


 男が再び屋台を蹴る。


 マリアが隣でバレない様に後ろ手でこっそり通報を終え、治安部隊が来るまでどうにか時間稼ぎ出来ないかと考えていたが・・・。

 三人組の中の女が、凄んでいた男を押しのける。


「お前らの事情はどうでもいい。そこの客が通報を終えた。とっとと終わらせよう」


 通報を終えたと聞いて、二人の男がマリアの方をにらむ。


「てめぇ・・・何勝手な事してんだコラァッ!!」


 さっき屋台を蹴っていた男がマリアに詰め寄ろうとする。


マリア「・・・・・!!」


 マリアが恐怖で身を縮める。

 しかし男が一歩進んだくらいで。

 女がマリアに詰め寄ろうとした男の後頭部をぶん殴る。

 そのまま顔面を地面に打ち付けるように倒れた。気絶して聞いていないだろうが、倒れた男ともう一人の男に向かって女が吐き捨てる。


「お前のせいだろうが。市井しせいで騒ぐと誰かが通報するのは当然だ。私がこの女とやり合うまでは騒ぐなと言っただろうが。契約も守れないのか」


 苛立たしげな表情で残った方の男を睨みながら言うと、男が焦ったように言い訳を始める。


「す、すまねぇな。こいつには後でちゃんと言って聞かせておく。あんたは仕事を」


 女がリロの方に目をやり小さく言う。


「仕事だ、悪いな」


 そのままその場で跳び上がり、屋台越しにリロの顔面にドロップキックを放つ。

 まともに直撃したリロが、屋台の向こう側に五メートル程吹っ飛んで倒れる。


マリア「・・ちょっと! あなた何をして・・・・!!」


 隣で叫んでいるマリアは無視して、女が屋台を迂回うかいしてリロの方に近付く。

 倒れている間に追撃をしようと、あと一メートルほどの距離に近付いた時。


 ドガァッ!! という轟音ごうおん


 女の両足が足元から爆発し、辺りに大きな爆発音がとどろく。

 爆発と同時に、女がリロから距離を取るように大きく後退する。


「・・・っ!! 能力持ちか・・・っ! 聞いてねぇぞ・・・」


 毒づく女に、いつの間にか起き上がっていたリロが話しかける。


リロ「困ったな・・・その足の装備・・・」


 おそらく対爆などの、耐性のある衣服を着ているようだ。

 多少表面がボロボロになっているが、女の足にはダメージが無いように見える。


「それがあんたの力か? だったら確かに困ったもんだねぇ。 私は仕事でこういう事をやってるからね。その程度の爆発なら何発喰らっても大丈夫なくらいの装備はしてるさ」


リロ「・・・・・・?」


 余裕の態度をとる女にリロが首をかしげる。

 どうも勘違いしているようだ。

 リロが困ると言ったのは、装備に爆発が通じないからではない。

 雇われて知らない人に暴力を振るうような人だから、てっきり戦闘民族くらいの身体の頑健がんけんさを持っていると思っていた。だから躊躇なく爆破した。


 でも予想に反し、わざわざあんな装備をしているという事は多分この人、生身はもろいという事だ。

 じゃあ露出した部分や体内を爆破すれば、あっさり死んでしまうという事だろう。

 それは困る、という意味だ。

 今くらいの爆破程度なら生身で耐えて欲しかった。そうであれば殺さずに全力で戦う事だって出来たのに。

 どうやらそこそこ強いみたいだから、手加減出来る相手ではないだろうし・・・どうしよう。



 ・・・とか考えているのだろうな、あの店員の表情は。

 おおむねその通りだ。

 相手の女側も攻め方を悩んでいた。

 私は攻撃力特化型であり、防御は装備に頼るしかない。

 本来ならあの蹴りで勝負は決した筈だった。

 あとは両腕の骨でもへし折って病院送りにすれば依頼完了・・・の予定だった。

 さっきのはそんな甘い蹴りじゃない。戦闘民族だってまともに喰らえば気絶は免れない程の威力だ。

 おそらく元々頑丈な民族なのだろうが、それだけじゃない。今までの戦闘経験から来る勘というか、なんとなく分かる。

 あいつは痛みに慣れている。体も精神も。

 普段どんな過酷な修行をしているのか知らないが、毎日の様に想像を絶する痛みを経験しているかのようだ。

 武器を使うか? 武器を使えば勝機も見えるが・・・

 しかし今の状況、武器を使うと自分も危ない。

 ここフェクトでは武器を使った戦いは即、治安部隊の殺害対象になる。

 戦いが長引き、もし戦っている最中に治安部隊が到着すれば、躊躇なく全員で殺害に来る。

 相手も爆薬らしきものを使ったとは言え、これだけのギャラリーが居るのだ。こちらから先に手を出した事は治安部隊にすぐバレる。だとすれば治安部隊の標的はこちらだ。

 かと言ってこの店員は、武器を使用しても速攻が可能な相手ではない。戦闘が長引くのは必至ひっし

 ・・・・・・・・・・・・・・・

 あぁ・・・・

 詰んでるな、これ。

 それもこれも、依頼人が白昼堂々襲うように依頼してきたからだ。馬鹿じゃないのか?

 おまけに騒ぐなと言ったのに騒ぐし・・・・

 幸い依頼人が馬鹿だから、適当に戦って相手にダメージを与えるのを見せてから、良い折に撤退すれば依頼を完了した事に出来る・・・か?

 さて・・・どうしたものか。


 と、お互い対峙して相手の出方をうかがっていると。

 女が何かに気付く。

 自分達の背後。すでに遠くから治安部隊が駆けつけている。もう手遅れ。今すぐ撤退するべきだ。

 しかし女が気付いたのはそれだけではない。


「おいおい、あんな化け物とやるとは聞いてねぇぞ・・・・悪いが金は前金だけでいい、お前もとっとと逃げろ。もうこの店には関わらない方が良い」


 突然女が仲間の男にそう言って、その場から撤退する。


「ちょっ!! おいっ!!」


 男が叫ぶも、女は聞く耳持たず走り去った。

 急展開に訳の分からない様子で男がリロの方を振り向くと、リロの後ろに誰かが居てリロに話しかけている。

 見るからに強そうな巨躯きょくの男だ。


ゼロア「おい、なぜあの女を追わない。今からでも追いつけるだろう」


リロ「いい。 前に私が殴ったらしいけど、その時の事を覚えてないから今回は被害届も出さないでおくつもり。次はあの三人をちゃんと覚えておく。 それより私は風音さんを呼んだの。なんであんたが来るの?」


 ゼロアの方を振り返りもせず、リロが心の底から嫌そうな顔をする。

 営業中に何かあった時はカノンに連絡するように言われている。

 今くらいの相手ならリロだけでもなんとかなるが、フェクトにはリロでは太刀打たちうち出来ないレベルの異星人もたまに居るからだ。


 マリアが治安部隊に通報するよりも前に、リロはカノンに連絡を入れていた。

 そしててっきり艦長である音羽おとは風音かざねが来てくれると思っていたのに。

 よりによって一番嫌いな奴が来た。

 

ゼロア「あいつは今シャロンと電話してる最中だ」


 ・・・などと、この状況で呑気のんきな会話をしている二人に対し、残された男が捨て台詞ぜりふの一つでも吐こうとした時。


「やめておけ」


 男性の声と共に、後ろから肩を掴まれる。

 男が振り返ると、治安部隊であるシャロンの職員が数名そこに立っていた。

 先程の通報を受け、駆け付けたようだ。

 シャロンの職員が続ける。


「詳しい話はシャロンで聞く。 が、その前に覚えておけ。 あの男に関わるな」


 ゼロアの方を見て言う。

 男の肩に置いた職員の手が、少し震えている。


リロ「来てくれて感謝はしてる、・・・けど、あなたはもう帰った方が良いかも」


ゼロア「そうだな」


 それだけ言って、そのまま踵を返して帰って行く。


 その後リロから事情を聴くためにシャロン職員がリロと少し話をしてから、倒れた男を含め二人を連行していった。


マリア「蹴られた顔、大丈夫?」


 全てが終わってから、マリアが心配そうにリロに駆け寄ってくる。

 マリアの顔を見て、リロがハッと気付く。


リロ「あ、思い出した・・・」


 マリアの手を取って、そのまま屋台とは反対方向にずんずんと歩いていく。


マリア「ちょちょちょ、待って待って、何?」


リロ「誰が花を育てているか聞いてたから案内する・・・・のと、あと忘れてたけど、ちょうどあなたにお願いがあったんだった」


 そのまま手を引いたまま歩いて行こうとするが、マリアがブレーキを掛ける。


マリア「だからちょっと待ってって・・・」


 立ち止まられたので、リロが手を放し振り返って尋ねる。


リロ「あ・・・今日は都合が悪い?」


マリア「都合って言うか、あなた店はどうするの? 放ったらかし?」


 マリアが屋台の方を見る。

 さっきの騒動で、少し野次馬が集まっている。もう解決したのでしばらくすれば散開するだろうが。


リロ「あ、大丈夫。 誰も居なくても、お金が貰えるシステムになってる・・・」


マリア「え? そうなの?」


 やっすい見た目の割には、ハイテクだったのか。

 そういう無人販売の機械が置いてある所は結構あるが・・・じゃあなんであんた店番してたんだ。と疑問を抱く。


リロ「風音さんが住んでた田舎いなかのやり方なんだけど、箱を置いておくの。 お客さんが勝手に計算して、箱にお金を入れるの」


マリア(システム・・・?)


 少し思う所はあったが、それより疑問が。


マリア「それフェクトでやっても問題無いの?」


 ちゃんとお金を入れてくれるのだろうか。


リロ「問題・・・・・。 よくお花が全部無くなってるけど、箱の中にお金が入ってない・・・・」


マリア「どこが大丈夫なのよ」


 案の定過ぎる。ここ治安良くないのに。


リロ「一昨日おとといは、お花と箱が無くなってた・・・だから今段ボールの箱しかない・・・・」


マリア「悲惨じゃないの」


 この子は段ボール箱を置いただけの状態の事をシステムと呼んだのか。

 その風音さんっていう人はこの惨状をどう思っているのだろう。


マリア「何にしても、屋台ごと持っていかれない内にそのやり方を止めたら?」


 マリアとしては真剣にアドバイスをする。

 しかし、リロが笑いをこらえる様に肩を震わせる。


リロ「ふ・・・・ふふ・・・・屋台ごとって・・・」


 堪え切れない様に、マリアから目をらして吹き出す。


リロ「ふっ・・・・そんな・・花だけの方が・・・軽いのに・・・・ふふ・・」


 何かツボにはまったようだ。


リロ「・・・重いし・・・・ふふっ・・・屋台ごと・・・持って・・・ふっ・・・んふ」


 それの何が面白いのだろうか。


マリア「別に笑わそうと思って言った訳じゃなくて、本当にトラックとかで盗む人がいるのよ」


リロ「くふっ・・トラッ・・・・ふっ・・! じゃあ・・・風音さんに言っとく。 ・・・トラックで・・・・・ふっ・・屋台・・・ごとね・・・」


 まだ肩をプルプルと震わせている。

 なんだろう、マリアが馬鹿にされているような気分になってきた。


 マリアが両手をパンッと叩いて大きな音を鳴らす。

 リロがビクッとして素に戻る。


マリア「で? どこに連れて行こうとしてたの? ここじゃダメなの?」


リロ「赤ず・・・マリアさんに・・・お願いがあったのを、思い出して・・・。風音さんが、お話があるみたい・・・・。都合が悪かったら・・・無理しなくてもいいけど」


 またちょっとマリアにビビっているのか、喋り方がぎこちなくなる。


マリア「お願い? なんで会った事も無い人から? お花の発注かしら? 電話じゃ無理なの?」


リロ「あ・・・別に電話でもいい・・・けど・・・。連れて行こうとしたのは・・・マリアさんが育てている人を知りたいって言ったから・・・ついでに案内しようかと思った・・・だけ」


 これから連れて行くカノンという宇宙船の詳細と、リロはカノンに住んでいて他にも乗組員が居るという事も伝える。


 そう言われて、マリアが考える。

 確かに知りたい。一体どんな人がどんなやり方であの屋台の花を育てているのか。

 それが知りたくて今ここに居ると言ってもいい。

 そして今日は仕事も無い。

 都合が悪いどころか、今がチャンスと言ってもいいくらいだ。

 考えている様子のマリアを、じっと見ていたリロが急に。


リロ「喜んでくれてるみたいだし・・・じゃあ行こっか」


 再び手を引いて連れて行こうとするが、マリアもまたブレーキをかけて抵抗する。


マリア「何してるの。まだ何も言ってないじゃない」


 喜んでいるとか、一体何を根拠にそう思ったのか。いや実は内心喜んでいたけど。

 確かにマリアにとってリロの提案は、カモがネギ背負しょってやって来たに等しい。

 しかしその行為はライバル店の手の内を探る行為。まんま敵情視察なので、露骨ろこつに喜んでしまうのは人としてちょっと・・・・と思って、喜びを表情には出さなかったはずだ。どうしてバレたのか・・・。

 だから咄嗟とっさに相手の言い分を認めたくなくて、思わず抵抗してしまったものの・・・。ここで変にゴネてこの話がお流れになっても困る。

 チラッとリロの方を見ると、彼女もどうしていいか分からないような表情をしている。

 ・・・・・・・・

 少し間を空けてから。

 マリアが、ふぃーーーっと息をついて「まぁ仕方なく・・・・」という空気を作る。


マリア「でも・・・、そう・・・ね。 じゃあ連れて行ってもらおうかしら。 だけど・・・」


 屋台の方をチラリと見る。

 多分あれはまた盗まれてしまう。

 あれだけの量の花だ、おそらくどこかで売りさばかれているのだろう。

 別に他所よその店が勝手に自分のやり方で損失を出しているのは構わないが・・・あれだけ愛情をもって育てられたであろうお花が、悪い奴の資金源になっているのが許せない。


マリア「あの屋台は一旦撤収てっしゅうしない?」


リロ「どうして? ちゃんとお金は入ってくるのに・・・」


 リロが疑問の表情を作るが、むしろそれがマリアには理解出来ない。


マリア「ちゃんとって・・・盗られてるじゃない」


リロ「だから・・・犯人を見つけて回収出来る・・・」


マリア「・・・? どうやってるの?」


 犯人を捕まえるなんて個人で出来るものなのか・・・? 仮に犯人を見つけたところでお金を払うとは思えないし。

 マリアの疑問を察してか、リロが説明をする。


リロ「色々あって・・・まずカノンにはルミナっていう変な人が居て・・・」


マリア「え? 今から行く所って変な人が居るの?」


 ちょっと行きたくなくなってきた。


リロ「・・・うん。 その人が小さな監視カメラを屋台の周りに付けてるの。 で、千丸ちまるっていう変な人が居て・・・」


マリア「・・・・・・・・」


リロ「その人が監視カメラから犯人を割り出して・・・・ワグナっていうちょっと変わった人の指示で・・・ゼロアっていう変人か・・・神楽かぐらっていう変な人が捕まえに行く・・・」


マリア(この話って変な人しか出てこないの?)


 どうしよう、凄い行きたくない。

 よく考えればリロも変な人のカテゴリーだ。

 じゃあそんな人達の先頭に立っているらしい風音さんという人も、変な人のような気がする。

 本当に行って大丈夫なのか。

 でもそこにはあのお花を育てた人も居る。その人はまともなはずだ。その人を信じるしかないのか。


リロ「それで捕まえてシャロンに通報したら・・・謝礼と売上分のお金を借金から減らしてくれるっていう契約」


マリア「借金?」


 話の筋がよく分からない。


リロ「その辺はちょっとややこしくて・・・。 簡単に言うと・・・風音さんがシャロンに・・・大体250兆クインの・・・借金をしてて・・・」


マリア(やっぱり風音さんて人も変な人なのね・・・・)


 250兆クイン(約200兆円)に関しては、現実味が無くて逆に驚かなかった。

 冗談だと感じた訳でもなく、ただただ他人事というか、へ~~~~・・・ってくらいだ。


マリア「・・・ま、借金の事情はいいわ。 他人が聞く事でもないと思うし。 屋台が問題無いってあなたが言うなら、とどまる必要も無いわね」


 そう割り切って、リロに付いて行く事にする。


 そうして、二人並んでどこかに向かって歩きながら。

 マリアが横目でリロの様子を見ていると、何かソワソワしている。

 この感じ。今までたくさんの接客をして、人間観察をしてきたマリアには分かる。

 おそらく何も会話が無い状態を気まずいと思っている。こういう状況で沈黙が平気な人と苦手な人に分かれるが、マリアは平気なタイプだ。

 気を遣ってマリアの方から話しかけようかと思っていると。

 やはり沈黙を嫌ったのか、リロが話しかけてくる。


リロ「あ・・・でも、盗られてばっかりじゃないの。 きちんとお金が入ってた事もあって・・・嬉しかったの」


 リロに向かって、マリアが微笑む。


マリア「うん。まともな人だって沢山いるもんね。 まだまだこの街も捨てたもんじゃないわね」


 そんなリロの言葉にちょっとほっこりした。

 少しフェクトの暗い面ばかりを見過ぎていたのかもしれない。

 自分が住むこの街を信じる事も大事だと、ちょっと反省する。


リロ「まぁ一回しかなかったんだけど」


マリア「そうなの・・・・」


 せっかくほっこりしたんだから、その辺はうやむやにしとけばいいのに。

 この子は喋り方もそうだけど、根が暗いのかもしれない。


リロ「何回も盗られてるのに・・・」


マリア「で、でも、それだけにお金が入ってた時は嬉しかったのよね?」


 無理矢理盛り上げる。

 フェクトでは治安の悪さをなげ愚痴ぐちも、よくある話題の一つである。

 ただ自分達は初対面なんだから、話題は明るい方向に持っていった方が良いだろう。

 リロの表情に悲壮感ひそうかんが漂っている今の状況のまま目的地まで行くのは辛い。

 次のターンで強引に話題を変えよう。


 マリアの問いに対し、リロが頷く。


リロ「うん、・・・嬉しかった。 最初は偽札を疑って素直に喜べなかったんだけど」


マリア「・・・・・・・」


 発想が暗いわこの子。

 いや、それだけ治安が悪いフェクトのせいなのか。


マリア「まあね。あんまり悪い事が続くと疑っちゃうよね。・・・あ、そうだ。占いとか興味ある? 今フェクトで話題になってるやつ」


リロ「あ、猫のやつ?」


 パッと顔を上げて、嬉しそうに食い付く。

 予想通りだ。さっき花占いとかいう謎の行為をしていたくらいなので、食い付くと思っていた。

 ここにきて初めてリロの明るい顔を見たかもしれない。


 ・・・ただ猫のやつではない。今話題になっているのは銀河占いだ。

 しかしここで違うと言うのは話の腰を折ってしまうので、話を合わせる。

 マリアは接客でエンタメ知識を鍛えている。猫の占いも当然知っている。


マリア「・・・そうそう。可愛いし、結構当たるんだよね」


 知ってるってだけで、当たるかどうかは知らないが。


リロ「そうなの。よく当たるのあれ。今日も来る前に見て来たの。一番ツイてる日なんだって」


 嬉しそうに話す。


マリア「あらそうなんだ、良かったわね」


 じゃあ私なら二度と信じないなその猫占い。さっき顔面蹴られてたし。


リロ「・・・今日も当たってた。 マリアさんと喋ってるの楽しいし」


マリア「え・・・? ああ、そうよね。私も同年代の子と喋るのは楽しいわ」


 急にそんな事を言われたので、少し戸惑う。

 あれ?

 なんとなくこの子はそういうキャラクターじゃないと思っていた。

 人と接するのが苦手で、今も風音さんという人が私に用があるらしいから、仕方なく案内をしているのかと・・・


 目的地に着くまで、その後は適当に会話を繋げる。隣でリロが楽しそうに聞いている。

 思っていたよりこの子は普通の・・・年相応の女の子なのかもしれない。



    ---------------------



 三十分ほど歩いたか。

 リロが言っていた宇宙船に着いた。

 この宇宙船は目的地であるカノンではなく、炎火ほのかという別の船らしい。

 ここから転移装置でカノンに行くそうだ。


 リロに案内され炎火に一歩踏み込んだ時。


ゼロア「誰だ? 止まれ」


 前方から誰かに話しかけられた。

 そこには先ほど屋台の騒動の時に見た男が立っている。


 マリアがゼロアを見上げる。

 灰がかった白系の髪で短髪。身長は2メートルを優に超えている。

 巨躯きょくで無表情で鋭い目付き。もう見るからに戦闘民族という外見。


ゼロア「関係者以外は通すなと言われている。あと一歩でも進めば強制的に出て行ってもらう」


マリア「お客様に対して何て言い草かしら。 私はここの責任者に呼ばれたマリア・リーフです」


 やれるものならやってみろと言う様に、あえて一歩進みながらゼロアに物申す。

 普段のゼロアなら本当に一歩でも進んだ時点で放り出すのだが、客と名乗っている事に加えリロと一緒に入って来たので、少しだけ様子を見ようとしている。

 そしてこの女、どこかで見覚えがある。・・・確か風音に買い出しに連れて行かされた時・・・。


ゼロア「・・・花屋の赤ずきんか。 悪いが責任者からそんな話は聞いていない。 用件は?」


マリア「さあ? 私も呼ばれた理由が分からなくてね。 あと、マリアです。赤ずきんじゃありません」


 挑発するように言う。


リロ「・・・どうでもいいからどいてよ。私のお客さんなの。友達を連れてきて何が悪いの」


ゼロア「友達なら問題無い。 それならお前が最初にそう言え」


リロ「あんたがマリアさんに話しかけたから・・・マリアさんが答えたんでしょ。 最初に言って欲しかったら私に聞けばいいじゃない。 ・・・馬鹿じゃないの」


 うつむいたまま目だけでゼロアを見上げて、にらみながら罵倒ばとうする。


ゼロア「すまなかった。 最初の言葉は二人に聞いたつもりだったんだが・・・機転のかない児童が黙ったままだったから、お客様に迷惑を掛けたみたいだな」


 そう言って振り返り、入り口近くに設置してある転移装置に入る。

 これはカノンに繋がっている転移装置だ。


ゼロア「顔は覚えた。次からは勝手に入ってくればいい。ただしカノン内では場所によっては警告を入れる。 炎火ほのかカノン内でトラブルにった場合は俺を呼べ」


 二人の方を見ようともせず、そのまま二人の目の前でゼロアが転移して消えた。


リロ「ちょっと・・・待ってて」


 マリアに待機の指示を出したまま、リロがゼロアの後を追うように転移装置でカノンに跳んだ。


 待っている間、マリアが船内の様子を見る。

 立派な宇宙船だ。これは個人の所有物なのか? それとも・・・

 考え始めてまだ十秒も経っていない内に。


 先程二人が入って行った転移装置に動きが。

 そして中から誰かが出て来た。


 ゼロアが猫を掴むように、リロの首を指でつまんで持ち上げている。

 そのまま床に放り投げた。


マリア「なっ・・・・! にしてるのあなた!!」


 マリアがリロに駆け寄る。

 リロは顔面蒼白がんめんそうはくで目を見開いて、腹部にダメージを負ったのか、短く呼吸を繰り返しながらおなかを押さえている。

 その痛々しい様子を見て、ゼロアを睨む。

 どれだけ憎々しげに睨みつけても、ゼロアの方は悪びれる様子も無い。


ゼロア「・・・何があったかはそいつに聞け。 今日は友人が来てるから後に響かない様に加減してやった。 そいつなら五分もすれば動けるようになる」


 そう言うと、そのまま転移して消えた。

 しばらく呆然と転移装置の方を見ていたが、そんな場合ではないとリロの方に目をやる。


マリア「・・・・・・大丈夫なの?」


 心配そうに尋ねる。

 あの男は五分ほどで動くと言っていたが・・・・・。


リロ「だい・・・じょうぶ・・・・」


 応えながら、リロがおなかを押さえて立ち上がる。


リロ「こんなの・・・痛くないし・・・・・五分とか・・・・舐め・・・すぎ・・・・ガハッ!」


 咳と共に血を吐き出す。

 強がりを言って無理をしている事くらい、素人目にも分かる。


マリア「ちょっと! 血が出てるじゃない! 病院に行った方が・・・・」


 マリアが焦っている間に、リロの呼吸が徐々に整ってくる。


リロ「大丈夫・・・。 血くらい、いつもの事」


マリア「いつものって・・・。 何があったの?」


リロ「あいつを倒したいから・・・いつも喧嘩してるの。 ・・・今日は特に・・・深く当ててやった。 ・・・久しぶりにあいつがちょっと・・・・血を流す所・・・見た」


 リロが満足そうに言う。

 思ってたのと違う回答にマリアが少し驚くと同時に、喜ぶ余裕すら見せている大丈夫そうな様子に、ホッと胸をでおろす。


マリア「そうなの。 じゃあ痛み分け・・・なのかな。 いい気味ね」


リロ「うん。 後ろから・・・爆破してやった」


 と得意気に言うが。

 後ろから?

 喧嘩の最中に背後を取ったという意味かもしれないが・・・・あの相手から背後を取る?

 ・・・のは、多分無理だろう。 という事は・・・


マリア「え・・・あなたから手を出したの?」


 てっきり、さっきの口喧嘩の続きをしに行って、腹を立てた彼がリロを殴ったのかと思っていた。

 で、痛みで倒れる前にリロが反撃、一矢いっしむくいた・・・・の流れじゃないのか?


リロ「うん。 あいつはなぜか・・・不意打ちを避けないから」


 マリアが呆気あっけにとられる。それはもう子供扱いされているんじゃ・・・・

 って言うか、あれ? 己のせいじゃないのかこれ。

 屋台での爆発の事を思い出す。

 あの威力の爆破って事は・・・彼は背後からテロ並みの襲撃を受けたうえで、手加減して返してくれていたのか。それは酷いどころかむしろ、こっちが悪者では・・・


マリア「でも・・・どうしてあんなのと喧嘩を・・・」


 見た感じ、どう考えても次元が違う。

 マリアでも本能的に分かる。例えリロがどんな隠し超必殺技を持っていようが、あれはかなう相手じゃない。


リロ「どうしてって・・・むしろそれは・・・こっちが聞きたい。 あんなの相手に・・・リーフさんも喧嘩腰だったけど・・・」


 リロとしてはさっきのやり取りで、そんな奴相手に喧嘩腰で突っかかって行ったマリアの方に驚いていたが。


リロ「あいつは・・・見た目通りだから・・・危険なの」


 と言うのも、ゼロアは裏側(地球が無い方の宇宙)では少数派というかどちらかと言えば珍しいタイプなのだ。

 裏側では尋常じゃなく強い奴ほど、見た目にはその実力が分からないのが多い。

 例えば神楽かぐら春日かすがや風音はカノン内でも他とは格が違うが、多分マリアがその三人を見ても普通の人にしか見えないだろう。

 普段から「自分は強いです」オーラを出している奴なんて、その態度を取るに足る程度の、それなりの強さは持っているものの・・・ほぼほぼ大した事の無い奴ばかりだ。


 ただ、あいつは例外。見た目や態度、空気からすでに脅威を感じるのに、実力はその脅威を優に上回る。

 リロもあんな極端な奴はあいつ以外に見た事が無い。


リロ「あれに・・・普通の人が喧嘩売っちゃ・・・ダメ」


マリア「そう? だって、私はお客さんだもの。 対等な立場でしょ、一方的に上から言われる筋合いは無いわ」


 普段接客業をしているからこそ、出来るなら接客側も客側も謙虚けんきょであるべきだと思っている。

 もしどちらかの態度が偉そうなら、もう一方も偉そうな態度でいい。片方が一方的に偉そうにする理由は無い。

 という主張だが、リロはキョトンとしている。


リロ「上からというか・・・あいつは元々・・・ああいう奴」


 そんなどうでもいい理由で喧嘩腰だったのか。という感想をリロは持った。

 やはり生まれが違うからだ。戦闘民族はああいうのばっかりなので、リロは気にした事が無い。

 マリアはどう見ても裏側出身だが、ある種の一般常識とか普段の生活における感覚は地球人に近いのかもしれない。

 なんにせよマリアは喧嘩腰だった理由を答えてくれたので、リロもゼロアと喧嘩をする理由を答える。


リロ「私が喧嘩する理由・・・・。風音さんが・・・あいつに負けた事がある・・・って言ってた。 だから・・・・私が倒す」


マリア「ん~?」


 今のリロの言葉を聞いて、ちょっと考える。


マリア「あなた関係無くない?」


 ばっさり。


リロ「えっ!?」


 リロがびっくりする。


 いやびっくりされても、という感じでマリアが続ける。


マリア「さっきの人があなたと喧嘩する理由は無くない?」


リロ「えっ? えっ? だって・・・風音さんが負けたから・・・・私がやる・・・ていう事」


 同じ言い分を繰り返した。

 なんでこんな簡単な理屈が分からないの? という感じで言ってくる。

 その様子でようやくマリアが気付く。


マリア「ああ、風音さんってリロさんの恋人か旦那さんか何かなの?」


リロ「ち・・・チガウ! なんでそんな・・・意味が・・・分からない」


 めちゃくちゃ焦っている。何故か胸に手を当てて、呼吸が荒くなっている。

 今一瞬胸から声が出たような気もした。

 様子はおかしいが、そういう関係ではないのだろう。


マリア「あ、じゃあ家族とか?」


リロ「家族じゃ・・・ないかな・・・。あ、でも風音さんは・・・カノンの皆は家族と同じくらい大切だって・・・言ってくれたけど」


 少し落ち着いたようだ。これも本当の事を言っているように見える。


マリア「・・・・? じゃあ本当に関係無くない? 単に風音さんって人の事が好きなの?」


 マリアの方を見ながら喋っていたリロが、急に視線をらす。


リロ「今そんな好きとかそういう話はしてないし」


リロ「大事な人ではあるから好きかもしれないけど好きにも色々あるし私が仮に好きだとして今関係無いっていうか」


 ぎ目無く高速で喋り、一文字喋るごとに顔が赤くなっていく。


リロ「今関係無いのに何で好きとか嫌いとかいう話になるのか分からないし」


リロ「好きか嫌いかの二択で聞いてるなら好きだけどその質問に対する私の答えがマリアさんの何を満足させるのか分からないし」


マリア「あなた早くしゃべる事が出来たの?」


 内容よりそっちの方が気になった。リロが普通に喋るのを聞いた人は、大体最初にこの感想を持つ。

 この子はゆっくりしか喋れないのかと思っていた。喋り方が暗いのは同じだったが、早いだけで大分印象が違う。

 ともあれ、今の内容を聞く限り。


マリア(まぁ・・・好きなのかな・・・。あこがれかもしれないけど)


 こういう話は苦手そうだ。ちょっと質問の方向性を変えよう。


マリア「その・・・風音さんって人は、あいつに勝った事が無いの?」


 一度でも勝った事があるなら、別にそれでいいんじゃないかな。と思ったから聞いてみる。


リロ「・・・知らない。 多分・・・無いと思う。 ゼロアに勝てるのなんて・・・藤御ふじみ優希ゆうきって人くらいだよ・・・って言ってたのは聞いたけど」


 そんな事を言うという事は、風音では勝てないという事だろう。

 が、風音の言う「負けた」は当てにならない。リロの解釈では風音は星の子に勝っているのに、本人は星の子には負けたとか言ってるし。


マリア「じゃああなたがやらなくても、その・・・藤御さん? って人にお願いすれば?」


リロ「・・・それは・・・本末転倒でしょ」


 またクスッと笑う。


マリア「・・・・・?」


 よく分からないが、リロは勝手に納得している。

 さっきもそうだったが、彼女の思考回路には「自分が理解出来ている事は相手も理解出来ている」という前提が存在している。

 そこをもう一度尋ねても、さっきみたいに驚かれて同じ事を繰り返すだけだろう。


マリア「そっか。じゃあ仕方ないわね。 でも無理はしない方が良いわよ。女の子なんだから、身体は大事にしないと」


リロ「うん・・・。 やめないけど」


マリア「強情ごうじょうねぇ・・・・」


 話はここまでにして、マリアが転送装置を見る。

 この手の機械は初めてだから緊張する。

 そういえば、瞬間移動は移動する時一回死んでいる説っていうのがあったな。

 起動すると一回身体が原子レベルでバラバラにされる。その情報を全て機械が読み取って、身体ではなく情報を転送する。

 そして向こう側で、その情報通りの身体を再構築する。

 所詮しょせん生物なんて原子の集合体であり、全く同じように原子を配列すれば、同じ記憶を持った同じ生物がそこに現れるという考え方だ。

 もし記憶を引き継がなくても、裏側には記憶をコピーする技術が既に存在している。それを併用すれば、体は同じで記憶も元通りの完全な自分が出来上がる・・・らしい。

 いや仮にそうだとして、それはもう別の人じゃない?  って最初聞いた時に思った人も多かった。だって今仮に自分と全く同じ原子配列と同じ記憶を持った人が別の場所に居たとしても、それは今ここに居る自分には成り得ないし。

 でもその説通りの機械を作って試した人も居たっけ。よく分からないけど、機械を青い水溶液でいっぱいに満たして、その中に入って転送するやつ。

 結局移動先で出現した時に、うつろな目をしたまま意味不明な事しか言わない人になっちゃったけど。


 ようやるわ。


 怖い事例を思い出して、マリアが少しブルッと震える。

 この機械はさっきから使っているのを見てるし、怖がる必要は無いかな。


マリア「よし・・・じゃあ行きましょうか」


リロ「うん」


 ネガティブな事を考えていたはずのマリアだったが、リロが返事をする頃にはもう機械の内側に移動していた。


リロ「あ、怖がらなくても良いよ?」


 後ろからリロが声を掛ける。


マリア「だ・・・誰が怖がってるっていうのよ。 さっきもそうだったけど、リロさんは私の感情を勝手に決めつける節があるわね」


 正直ちょっとビビっていたが、その表情を見られたくなくてリロより先に機械に入ったのに。

 なんでバレている。


リロ「いや・・・勝手にって言うか・・・まぁなんでもいいけど」


 そのままリロが機械を操作し、カノンに移動した。


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