カノン案内1
大和の山奥にある、周囲には森くらいしか視界に映らない場所の、少し切り開かれた場所。
そこに宇宙船『カノン』が停泊してある。
そのカノンの足元に、二人の人物が立っている。
一人はカノンの所有者である音羽・風音。
そしてもう一人がトート・セイニーという名の女性。
彼女は過去に色々あって、過去の別の時代から生き続け、急に現代に降り立った状態にある。
なので自称数億歳。長期間寝ていた時間を除き、まともに生きた時間の年齢だけでも数十万歳らしい。
宇宙人が地球に行き来するこの時代。
地球には出身国どころか出身星が違う人も普通に存在しているが、現代人ですらないというのはセイニーくらいだ。
身長は160くらいで、見た目は18歳くらい。・・・なのだが、これらの数値が風音にとってはかなり不思議に映っている。
というのも数日前に風音がセイニーと初めて出会った時は、見た目の年齢はまだ15歳くらいに見えたし、身長も150くらいだったのだ。
数億年も姿が変わらなかった彼女が、なぜ急にこんなに変化したのかは不明のまま。
外見的な特徴は黒髪に黒目と、見た目は風音と同じ日本人のような感じ。
目の瞳の部分の割合が大きいので、目力が強いように見える。
そして彼女の大きな特徴といえばその独特な髪型。もしかするとこれが彼女の時代の特徴なのかもしれない。
以前初めて出会った時は、ツインテールの尻尾部分が空中に浮いているという謎の髪型をしていたのだが、今日も変な髪型をしている。
顔のサイドにある少し長い髪の毛には、以前風音からもらったアクセサリーが付けられている。
ここまでは普通だ。しかし。
後頭部の上に髪の毛で輪っかが作られている。輪っかと言っても、完全な円形ではなく上の方は開いているが。
なぜその輪っかが重力に逆らって、頭の上で神々しくそびえ立っているのかは不明だ。
多分またツインテール空中型の時と同じように、何かそういうアクセサリーを使っているのだろう。
セイニーが、カノンを見上げる。
巨大な宇宙艦だ。
全長が二百メートルを優に超えており、現在その中で二十数名の乗組員が生活している。
風音が持つもう一つの船『炎火』は、これの半分くらいの大きさらしい。
ただし半分というのは全長の話であり、逆に炎火は縦にでかい。四階層構成のカノンに対し、炎火は十二階層もあるそうだ。
その炎火は今この場所には無く、太平洋のど真ん中に作られた人工島『フェクト』に停泊してある。
カノンからは瞬間移動装置を使って、一瞬で行き来できるそうだ。
セイニー「へぇ~~~・・・。 これが風音の家なんですね?」
隣に立っている風音に尋ねる。
音羽・風音。一見女性に見えるがそれを指摘すると怒る、二十歳になったばかりの男性。
カノンと炎火の艦長であり、今日も今日とて頭には多数の髪留めを装備している。
身長は176くらいで、少し長めの黒髪に、日本人らしいというかそれほど高くない鼻と、ちょっと大きな目。
一応仕事中という事で、風音はカノンオリジナルの黒い制服を着ている。
そして隣のセイニーも女性用の制服を着ている。
以前風音が「リロという乗組員以外誰も制服を着てくれない」とぼやいていたのを聞いて、セイニーも着てみようと思ったのだそうだ。
黒いジャケットにスカートの、着る人が着れば出来る社会人女性に見えるやつ。
制服には胸の辺りに、ウサギの様なマークのワンポイントが付いている。このマークは風音がイラストを描いて発注したのだが、本人はでんぐり返りをしている最中の犬の絵を描いたつもりだったらしい。
女性用にもっと明るめの色の制服も用意してあるのに、なぜかリロもセイニーも黒い方を着たがっていた。
そして当然というか・・・残念ながらセイニーは制服に着られている状態だ。
コスプレしている女子高生に見える。・・・まぁこれはこれで微笑ましい。
風音「うん。家って言っていいか分からないけど、まぁ住んでる所だね」
セイニーに向かって答える。
もうそろそろ正午になるか。
今日はセイニーにカノンを案内するのが風音の仕事だ。
カノンに新しくメンバーが加わった時は、一応毎回やることになっている。
一応・・・というのは、ほとんどの乗組員が案内を辞退しているからだ。
だから実際はあんまり案内が行われた事が無い。
裏側(地球が存在しない方の宇宙)出身の者達は宇宙船など見慣れているので、細かく案内されずとも見れば大体分かる。
あと地球人であまり宇宙船に詳しくない凌舞と煉也と癒々の幼馴染連中は、「面倒臭い」とか言って普通に案内を断りやがった。
過去おとなしく案内されたのは、九重とリロの二人だけだ。
風音「セイニーもこういう乗り物は見慣れてるのかな? 大雑把な案内でいい? それとも一通り案内する?」
セイニー「ん? 見慣れてはいないですけど・・・・別にどっちでもいいですよ?」
クリンと少し首をひねって答える。
風音「そっか。じゃあ適当って言うか、生活必需的な場所だけでいいかな・・・・」
セイニー「その前にちょっといいですか?」
セイニーがカノンを見上げている。
セイニー「あの子はどうしてあんなところに?」
見上げた先、カノンの屋上の縁の部分に七~八歳くらいの小さな女の子が座っている。
風音「・・・・あぁ、またあの子屋上に上ってるのか。危ないから駄目って言ってるんだけど、聞かないんだよ」
困った表情で女の子を見上げながら言う。
風音「あの子は咲桜。苗字は分からないから今の所僕と同じ音羽って付けてるけど・・・」
そこまで言ったところで、後方でガサッと音が鳴る。庭の方だ。
思わず二人ともそっちを見る。
どうやら庭に向かって誰かが走って行ったようだ。
風音「・・・今のは多分フィリコかな。 そっか、まずは庭の案内をしようかな」
カノンの中を案内する事ばかり考えていたが、庭も立派な仕事場だ。野菜や花を育てている。
それはそれとして、話の途中だったので視線を屋上に戻す。
風音「・・・・で、あの子は・・・ん?」
もう屋上に居ない。目を離したのは一瞬だったはずだが。
セイニー「あれ? どこ行っちゃったのかな? 向こうに落ちた?」
風音が居ない事を疑問に思っている横で、セイニーが不安な事を言う。
カノンの屋上は広いので、普通に考えればこの場所から見えない部分に移動しただけだと思うが。
あまりに短時間で消えたので少し心配になる。
風音「・・・ちょっと見てくるね」
そう言って入口の階段のせいで死角になっている向こう側を見に行こうとした時。
その死角から咲桜が普通に歩いて出て来た。
風音「えっ!? ホントに落ちた!?」
驚いた風音が咲桜に駆け寄り、しゃがんで様子を見る。
どこにも怪我は無いようだ。
ほっと安心するも。・・・それはそれでどうやってこの場所に降りて来たのか気になる。
風音「落ちたの? 大丈夫だった?」
と優しく話しかける。
咲桜は少し悲しそうな表情をして風音を見上げた後、無言で風音の膝に抱きついた。
風音「・・・・・・」
風音が咲桜の頭を撫でる。
しばらくその状態が続いた後、咲桜は再び無言でセイニーの方を見上げた。
セイニーが笑顔で応じる。
セイニー「こんにちわ、咲桜ちゃん。 今日からお世話になります、トート・セイニーです」
そう言ってお辞儀をする。
咲桜は風音から離れ、セイニーに向かってほんの少し頭を下げてから、そのまま階段の方を振り返ってカノンの中に帰って行った。
セイニーが咲桜を見送るのを見て、風音が説明をする。
風音「あの子は失語症っていう・・・病気みたいなものでね。こっちの言葉は理解してるみたいだし、喋る機能に異常は無いんだけど・・・・・・・上手く言葉に出来ないから喋る事をやめたみたい」
セイニー「・・・・治らないものなんですか?」
風音「さぁ・・・。 精神的なものが原因だから、いつか治ってほしいとは思ってるけどね」
咲桜の事情を話すのはいずれ、もう少しセイニーがカノンに馴染んでからにしようと思い、話題を切り替える。
風音「ま、怪我が無くて良かったって事で・・・まず庭から案内するね」
セイニー「はい!」
セイニーが明るく返事をする。
そういえばさっき庭の方に走り去った人が居た筈だ。
風音はフィリコと呼んでいた。
少し歩いて庭の方に出る。
カノンから数十メートル離れた場所に少し広めに広場が作ってあり、そこには花畑と野菜畑が広がっている。
二人が到着して辺りを見回すと、隅っこの方でこちらの様子を窺っている女の子? が居た。
風音「・・・? なんでフィリコはあんな警戒してるんだろ?」
ツィコ・フィリコヨーテ。葉っぱのような緑色の髪の毛と、緑色のぱっちりしたお目々が特徴のカノンのマスコット的存在。
いつでも元気な子で、全身ほぼ植物という生態。今は人の形に擬態している。
そしてフィリコヨーテほど誰にでも懐く人物もなかなか居ない。
そんな彼女が、こちらを警戒している。風音に対してあんな態度を取った事は無いので、おそらくセイニーを警戒している。
セイニー「もしかして私、歓迎されてない?」
セイニーがちょっとだけ凹む。咲桜の方は事情があったようだが、立て続けに二度も冷たい対応。
風音「そんな事無いけど。 確かにフィリコは様子がおかしいね」
二人でフィリコヨーテに近付く。
フィリコヨーテの方もそれ以上逃げはしないが、近くの木に寄り掛かり半身を隠し、警戒しているのか体が強張っている。
近付いて風音が話しかける。
風音「どしたん? フィリコ」
フィリコヨーテが風音の腕を引っ張り、耳打ちする。
フィリコ「あ、あの子・・・ロボットじゃない?」
・・・・・よく分かったなと感心する。
正確にはロボットではなく人間だが、全身の細胞が機械に近い構造らしい。
でもそれは、風音が本人からそう聞いたから知っているだけだ。見た目では分からなかった。
どうやらフィリコヨーテはセイニーに怯えているようだ。
過去にフィリコヨーテの種族は自分の星で、暴走したロボットと互いの存亡をかけた戦争をしていた。
圧倒的な火力と数で攻め立てる機械兵に苦戦していたところ、乗組員募集の旅に出ていた風音が偶然その星に降り立ち、フィリコヨーテ側に付いた。
機械に対して無敵に近い風音が味方に付いた事で、機械の暴走を止める事ができ、その際スカウトしてカノンに付いて来てくれたのがこの子だ。
風音「そういやフィリコは誕生日パーティーに来てなかったから、セイニーと会うのはこれが初めてだっけ。 この人は今日からカノンに入る事になった、トート・セイニーさん。 ロボットじゃなく人間だよ」
セイニー「どうも。人間のセイニーです」
お辞儀をしてからフィリコヨーテに近付く。
セイニーの方は、彼女のその植物のような見た目に興味津々のようだ。
セイニー「うわ~~~、可愛い・・・・・お花の化身みたい」
セイニーがフィリコヨーテに手を伸ばして触れようとすると、
フィリコ「ひぃっ・・・・・!」
小さく悲鳴を上げて避ける。
同時にフィリコヨーテの体の色が変わる。
保護色を使って自分の身体を形だけでなく、色まで人間に近くしたようだ。衣服からはみ出ている部分が全て肌のような色、質感を帯びた。
もうこうなるとほとんど人間にしか見えない。
「お花の化身みたいで可愛い」という理由で触りに来たセイニーの言葉を聞いて、セイニーが可愛いと言っている植物らしさを自分から消した。
そうすれば触りに来ないだろうと思ったようだ。
セイニー「うわ~~~~・・・・可愛い・・・・こんな妹が欲しかったんです」
とろける様な表情で更ににじり寄って来た。
フィリコヨーテの顔が引きつる。
フィリコ「ぴぃぃっ!!」
恐怖で大きく悲鳴を上げ、反射的に黄色がかったガスを全身から吐き出し、セイニーにぶつけた。
風音「あっ! こらっ! 駄目だってフィリコ!!」
ここまで静観していた風音だが、これには声を上げる。
かなり強力な自然毒だ。
フィリコヨーテに注意しなければならないが、それよりも先に。
風音「大丈夫っ!?」
すぐにセイニーの治療をしなければ。
焦りながらセイニーの方を見ると。
セイニー「こらこら、そんな事しちゃ駄目だよ~~~~」
黄色い毒霧の中で、笑いながらフィリコヨーテに手を伸ばそうとしている。
・・・効いていない。
笑顔のセイニーとは対照的に、フィリコヨーテが愕然とした表情をしている。
フィリコ「あっ・・・・・あっ・・・・・・あっ・・・・・・・・・・」
セイニーの笑顔にフィリコヨーテがガクガクと震え、ちびり上がっている。
呆気にとられた風音が、セイニーに尋ねる。
風音「もしかしてセイニーも僕と同じで、毒が効かない体質?」
そんな奴はカノンでも珍しい。
セイニー「らしいですね。機械には毒が効かないのと同じで」
過去に実験体として扱われていた時も散々試された。
生物にとって有害な毒物は、細胞の機械部分が生体部分を保護し解析の後無効化する。
そして機械にとっての毒であるバグや妨害装置などは、細胞の生体部分が無効化する。
そういう体質だという事が過去に判明している。
だからセイニーは生体にも機械にも等しく大ダメージとなる、電撃に弱いらしい。という事が実験で明らかになっているようだ。
風音としてはフィリコヨーテがあまりに怖がっている様なので、もう少ししたらセイニーを止めようかと思っていたが・・・・・
風音(お仕置きとして、もうしばらく放っておこう)
セイニーににじり寄られ怯えるフィリコヨーテを、敢えて放っておく。
あとでフィリコには、安易に人に毒をぶつけるとこのように報いがある、と諭しておこう。
セイニー「は~~い、いい子いい子~~~~」
子供をあやす様にフィリコヨーテに向かって手を伸ばす。
フィリコヨーテが怯えながらそれを避け、今まで寄り掛かっていた木の裏に隠れた。
セイニーが回り込んでみると、どこにも姿が無い。
そして今まで着ていた服が脱ぎ捨ててある。
風音「あ~~、木と同化しちゃったか」
辺りを見回しながら呟く。
もうこうなると見つけるのは至難だ。
セイニー「でも遠くまでは行ってないですよね? じゃあ適当に抱きついちゃえっ!」
セイニーが近くにあった木に抱きつく。
動かない。
あれだけ怯えていたのだ。あの子なら抱きつかれれば騒ぐだろう。
風音「・・・ハズレみたいだね。 多分もう見つからないだろうし、カノンの案内に戻ろっか」
仲間を怖がっているまま放置するのも嫌だが、見つからないものはしょうがない。
フィリコヨーテはあれで話の通じる子だ。その内和解してもらおう。
セイニー「はい。 ちょっと名残惜しいですけど」
振り返ってカノンに向かって歩いていく風音を追いかける前に。
セイニーが抱きついた木の隣の木をじっと見る。
そして小さく囁く。
セイニー「み~~~つけた」
ガタガタと震えだしたその木に向かって手を振りながら、その場を後にする。
二階にある食堂にやって来た。
風音「ここが食堂。朝昼晩はここで食事が出来るんだけど、食材さえあれば時間外でも勝手に使ってくれていいよ」
セイニー「うわ~、広~~い」
風音が周囲を見回す。
数百人が座れるほどのたくさんのテーブルと椅子が並んでいるが、そんなに使わないのだろう。半分以上は透明のカバーがかぶせてある。
まだ食事の時間ではないので、今の所この空間には一人しか居ない様だ。
隅っこの方で九重が立体映像で出来た新聞を読んでいた。
立体映像のくせに触れる事も出来るし、ページをめくるとちゃんと紙が折れて擦れる音が聞こえる。必要なのだろうかその機能は・・・・・・小賢しい。
多分あのまま彼は食事の時間まで時間を潰すつもりだろう。
たしかあの人は誕生日パーティーの時に一度上空でセイニーに会っているので、紹介は済んでいる筈だ。そっとしておこう。
・・・・・・と思っていたら、九重がこちらに気付いたようで、意外にも九重の方から声を掛けて来た。
九重「音羽か。今ちょっといいか?」
何か用事でもあるらしく、新聞を消して携帯端末を胸ポケットにしまい、風音を呼んでいる。
セイニーに目配せをすると、いいですよ、という感じのジェスチャーが返ってくる。
二人で九重のテーブルに近付く。
風音「はい、何か?」
単刀直入に尋ねた。
九重・双健。
身長187センチ。日本人で黒髪短髪。四十前くらいの精悍な顔立ちの中年男性。
元警察官で射撃が得意。
警察官だった頃はテロ対策で海外に派遣されていた事もある。そのとき何をやったのかは知らないが、彼は世界中の犯罪者から恐れられていたらしい。
そんな彼とセイニーを挟んでの自己紹介などのやり取りは、以前済んでいるので省く。
雑談する為に呼んだわけではないだろう。
九重「炎火を高校の寮にするとかいう話があっただろ?」
風音「ああ、あの件。駄目元だったのに認められたとかって言ってたね」
そういえばそうだった。
借金返済の為の資金繰りの一環として、いろんな事を打診してきた内の一つだ。
太平洋にある人工島フェクトに置いてある、もう一つの宇宙艦『炎火』。
あのすぐ近くに高校が出来るらしい。と言うかまだ開校していないだけで、もう建っている。
ああいうのをマンモス校と言うのだろう。めっちゃくちゃ敷地が広くて建物もでかい。
そして寮に関してだが。
宇宙人が多い地域でありながら、地球人も多数通う事になる高校なので、フェクトの治安組織であるシャロンが生徒の安全の確保に頭を悩ませていたらしい。
そこにちょうど風音からの打診があった。
炎火を寮として使えないか、と。
今現在炎火は借金の関係でシャロンに管理されているような状態だ。
なら学校からも近いし、シャロンとしても使い易いだろう。
管理人はシャロンで用意して派遣してもらうか、こちらで誰かが資格を取る。
そして管理人の補佐と警備をリロに。夕方以降は警備を追加し、ゼロアと九重で交代して行うという案だ。
で、その結果。
ゼロアは危なすぎるという理由で断られたものの、ゼロアを他の誰かに変更するなら前向きに検討したいという事だった。
風音「ゼロアが危ないっていう所が納得いかなかったけどな~。あの人居た方が盤石でしょ。それこそフェクトの犯罪者が全部襲って来ても鎮圧出来るだろうし」
九重「未成年の近くに置くのは危ないだろ、そんな奴」
九重はシャロンの意見に賛成のようだ。
風音がやれやれと首を振る。
風音「・・・もしかしてシャロンの人達って、ゼロアが加減出来る事を知らないのかな?」
呆れ顔で言う。
あの人はシャロンが思っているより遥かに常識人だ。加減くらい心得ている。
風音と組手をする時もちゃんと手加減してくれる。
九重「俺達は裏側の事情を知らんからな。 色々あったんだろうよ」
話しながら九重が煙草に火を点ける。
風音「しかもさ、ゼロアを断るだけならともかく、聖さんも千丸も駄目だって言うし」
シャロンへの不満を口にするが。
九重「それも賢明な判断だ。 あいつらが寮の警備なんかしたら俺が殺すかもしれん」
こちらも当然の様に肯定される。
二人とも女癖が悪い。未成年に手を出そうとする可能性は十分ある。千丸に至っては男子生徒すら守備範囲内だ。
風音が反論しようとして口を開いたが、言葉が出て来ず一旦黙る。
しばらく考えた後、よし、切り替えていこう。という感じで風音が続ける。
風音「あと僕等は駄目って言われたんだよ。いちいち注文が多いっての・・・」
艦長の風音と、副艦長である凌舞と煉也の三人も断られた。
シャロンから依頼があった際に、小回りが利かなくなるからだそうだ。
しかしそんなシャロンの都合ばかり言われても、こちらはこちらで動かす事の出来ない人員だっている。
風音「もう亜稀に頼むか・・・アリエイラさんにロボットを貸してもらうか・・・・。両方無理そうだなぁ」
せっかくの仕事に穴が開きそうだ。それだけは避けなくては。
やはりまずはシャロンを説得してゼロアを認めてもらうか。それでも人員が足りないから、実家に帰って誰かスカウトしようか・・・・。
とか考えていると、まるでその風音の考えを読んだかのように、九重が提案する。
九重「危険な地域での警備だろ? 確か・・・お前の母親は強いとか言ってなかったか?」
風音「それだけは絶対無い」
即答する。
そりゃ母親の事は好きだ。尊敬もしている。
でも一緒に働くとか・・・・・・・それは絶対嫌だ。
カノンの乗組員全員の前で、風音をベタベタに甘やかしている映像しか出て来ない。
風音「で、それはまぁなんとかするとして。 九重さんの本題に戻そう。それがどうしたの? もしかして警備の仕事が出来ないとか?」
九重「いや、そうじゃない。寮はもう一ヶ所あるそうだな? 学校とシャロンが管理している方」
確か目を通した書類にそんな事を書いてあったのを思い出す。
元々学生寮は建築していたらしい。構想段階ではそこだけで事足りるはずだった。
ただ生徒の数が半端じゃないうえ、土地柄もあってか予想よりも遥かに寮生が多かった。
その後一ヶ所では足りない事が判明した事から、もう一ヶ所作ろうとしていたらしい。
が、付近に土地を確保出来ず、かと言って遠方では警備の観点から人員配置の練り直しを・・・と悩んでいたところに風音からの打診が来て今に至る。
ああ、それで思い出した。
風音「そういえばリロが報告しに来たっけ。 ちょうどその件で今困ってるとか? なんか悪質なクレーマーが居るらしくてさ。 半泣きになってたよ」
寮が二ヶ所あって、寮通いの生徒が半分くらいに分けられるなら、男子寮と女子寮に分けろとかいう意見が来ているとか。
それはまぁ分からなくもない。しかし問題はここからだ。
断固として炎火の方を女子寮にしろとかなんとか、しつこいくらい言ってくる保護者が居るらしい。
その理由は聞いていない。
学校とシャロンが用意した寮よりも炎火の方が高校に近いので、若干通学の際に安全面が増すからだろうか? それで女の子を持つ親からそういう意見が出ているとか?
その理由は知らないが、それより・・・それをこっちに言われても困る。
高校の方針に関しての権限を持っている、高校側とシャロンを交えて勝手にやってくれって感じだ。
いずれにせよまだリロが泣いている内に、風音が事情を聴きに行った方が良いかもしれない。
・・・とか考えていると。
九重「悪質なクレーマー? あんまり厄介なら、俺が間に入って話を付けてやるとリロに言っておいてやれ」
いつもながら頼もしい反応。
面倒見が良いというか、こういう場面では頼りになる人物だ。
風音「そうだね。場合によってはお願いしようかな。 話の腰を折ってゴメン。 本題をどうぞ」
九重「ああ。 その高校に俺の娘が入学するのは知ってるよな? 炎火が寮になった場合、娘がそこから通う事になる。だから、炎火の方を女子寮にしてほしい。 リロには再三伝えたが、毎回返答が曖昧でな。 お前の方から言ってくれないか?」
風音「えっ・・・・? ・・・・・・・と」
一瞬キョトンとする。
風音(あああああぁぁ! コイツかぁ!! そういえばこの人こんなんだったわぁ!!)
平静を装いながら、心の中で思いっきり叫ぶ。
最近の九重はずっとまともだったので忘れかけていた。
娘が絡むとただのモンスターペアレントだという事を今思い出した。
なんで女子寮にしたいの? とかいう無駄な質問はしない。大体分かる。
同じ建物に娘と同じ年頃の男子が居るだけで気に入らないのだろう。
炎火は結構高価な宇宙船だから、アパートやマンションのように上下階で人の気配を感じるような事は無い。
一階層違うだけで全くの別空間だ。入り口もいくつかあるので、階ごとに性別を分けるだけで十分だと思う。
・・・でも、九重はそれでは納得しないのだろう。
風音「・・・そりゃリロも返答に困るよ。 それってこっちで決める事じゃないし。 僕等は学校側とシャロンが決めた方針に従うだけだよ。 それをこっちが拒めば、この話自体が無くなるだけだよ」
クレーマーを刺激しないように、丁寧に説明する。
九重「そうか。 てっきりこっちにも発言権があると思ってたな・・・。 それならそうと言えば良いのに・・・」
九重が煙草を燻らせながら考える。
九重「仕方ない。ちょっと動くか」
・・・・・もう嫌な予感しかしない。
出来れば動かないでほしいな。 ・・・そんな風音の思いもむなしく、九重は早速椅子から立ち上がり、自室の方に向かって早足で消えていった。
風音(これは・・・炎火が女子寮になるか、寮の話がポシャるかの二択かな・・・)
その二択以外は無いだろう。あの人が動いたら。
こうなるのが分かっていたから、リロも曖昧な返答しか出来なかったのだろう。
風音(って言うか、娘さんが高校生になったらカノンで一緒に住むとか言ってなかったっけ? じゃあカノンから通えば良くない? 友達との寮生活を満喫させたいとかか?)
だとしたら相変わらずの親馬鹿全開だ。
考え込む風音に横からセイニーが話しかける。
セイニー「よく分かりませんでしたけど、警備の人員が足りないみたいな事言ってました? 私出来ますよ?」
というセイニーからの提案。
風音「え? でも警備だよ? 危ない事もあるかも・・・・」
それ以前に、九重のせいでその話自体が無くなるかもしれない。
・・・とその時。
窓の外に誰かが。
窓の方に目をやると、フィリコヨーテが居た。
ここは二階なのだが・・・おそらく草を生やしてそれに乗っているのだろう。
彼女はある程度自由に草木を操れる。
フィリコ「お前なんか怖くないもんねーーー!! べーーーっだ!!!」
多分セイニーに向かって叫んでいる。
舌を出して挑発している様だが・・・ああいうのをどこで覚えるのだろう、と風音が呆れる。
風音がセイニーの方を見ると、また蕩けた様な表情をしている。
セイニー「あぁ・・・・やっぱり・・・。可愛いですねぇ」
うっとりと呟きながら、セイニーが窓に近付く。
怖くないと言っていたフィリコヨーテの顔がちょっと引きつるが、それでも余裕を崩さない。
風音「ああ、その窓は開かないよ」
セイニーが開けようと努力するかもしれないので、一応言っておく。
上の方にある小窓は現在開いているが、そこから外には出られない。
フィリコヨーテもそれが分かった上で挑発しに来たのだろう。
フィリコ「ざ~んねんでした~~~! お前なんか怖くな」
窓に触れたセイニーの右手が、窓ガラスをすり抜けて外に出る。
フィリコ「ひぃっ!!!!!」
まさかの(フィリコヨーテにとっての)ホラー展開に、窓の向こうでめちゃくちゃビビっている。
セイニー「あ、服がつっかえてしまいますね。 まだこの服は私の細胞に馴染んでないから・・・・これじゃ出られないですね」
セイニーが手を引っ込める。
フィリコ「ふ、ふーーーーんだ。 怖がらせようったって無駄だから・・・。 お、お前なんか怖くないもん・・・」
今セイニーが少し外に出そうになった事に余程ビビったのか、既にちょっと泣いているが、涙声で精一杯強がっている。
そんなに怖いのなら何故挑発しに来たのか。
セイニー「怖くないんですね? 怖くないなら今度はいいですよね?」
言うが早いか、セイニーが制服を脱ぎ捨てて下着姿になる。
風音「ちょっ・・・! いきなり何して・・・・」
そしてセイニーが下着姿で窓ガラスに突っ込んで、窓をすり抜けカノンの外に出た。
その勢いのままフィリコに抱きつく。
フィリコ「ピギャーーーーーーーーー!!!!!!!! ・・・・・・・・・・・ゲポッ・・・」
凄い悲鳴の後、二人ともそのまま地面に落ちていった。
落ちる直前、フィリコヨーテが恐怖のあまり吐いて気絶していたように見えた。
ただ、彼女の『吐く』は吐瀉物を吐き出すのではなく強力な消化液を出す。
もし密着していたセイニーが浴びていた場合、すぐに中和させて洗い落とさなければ危ない。
セイニーは自分の身体の怪我を修理出来ると言っていたが、溶けて身体が無くなるのは修理とかいう範疇の怪我ではない。
急いで風音が窓から下の様子を見る。
どうやらセイニーがフィリコヨーテを抱えたまま着地したのか、フィリコヨーテを正面から抱いている状態で普通に地面に立っている。
セイニーの様子を見る限り、消化液にやられてはいないようだ。
フィリコヨーテも消化液を浴びせようと吐いたのではなく、ただただ恐怖で吐いただけだったのだろう。
横向きで吐いたというか、ほとんど自分に掛かったのであれば大丈夫だ。
風音が安堵していると、そのほんの数秒の間にフィリコヨーテが気絶から覚醒し、セイニーを突き飛ばして脱兎の如く庭の方に逃げていった。
風音(・・・あれは・・・・仲良くなるまでちょっと時間かかりそうだな・・・)
どうやらフィリコヨーテは本能的に、自立行動している機械を怖がっているらしい。
彼女にとってはセイニーの全身機械細胞は、ロボットと同義なのだろう。
あの怖がり方がちょっと可哀想に思えて来たので、後でフォローしておいてあげよう。
逃げていったフィリコヨーテの方からセイニーの方に目を移すと、ちょうど下から見上げていたセイニーと目が合った。
セイニーは微笑んでから、少し膝を曲げる。
そのままジャンプして二階の食堂の窓に手を突っ込み、窓をすり抜けて中に入って来た。
セイニー「えへへ~~~・・・逃げられちゃいました」
ちょっと残念そうな、それでいて楽しそうな声で呟きながら食堂の地面に降り立つ。
風音(フィリコが怖がるのも分かるな・・・・。 いくら人間だって主張しても、行動が人間じゃないんだよな・・・・)
身体性能も、異質な能力も。
戻って来たセイニーを観察していると、少し彼女の様子がおかしい。
セイニー「・・・あれ? 何だろ・・・? 凄く緊張するというか・・・・?」
もじもじして、両腕で体を隠そうとしている。
風音「おっと、失礼」
下着姿の女性を凝視していた事に気付いて、すぐに後ろを向く。
異常な身体能力の方に目が行ってしまっていたが、この状態の子をじっくり観察するなんて普通に変態行為だ。
セイニー「あ・・・すみません。すぐ服着ますね」
着替えながら、風音に向かって背中越しに話しかける。
セイニー「う~~ん・・・何でしょうね? 今までこんな緊張する事なんて無かったんですけど」
風音「緊張って言うか・・・恥ずかしいんじゃないの? 羞恥心なんて誰でも持ってるもんだと思うけど」
普通異性の前で下着姿は恥ずかしいものだろう。
むしろ躊躇もせずに下着姿になって走り出す方がおかしい。
セイニー「私は普通とは違いますから? 一人で過ごした日を除けば、私の人生はほとんど毎日全裸で実験体の日々でしたから」
風音「・・・・・・・・・・・」
だから人前での全裸は慣れていると言いたいのだろうが・・・・。
・・・そうなのかもしれないが、唐突にそんなヘビーな事を言われても。
本人は淡々と喋っているが、少し風音が返答に困る。
風音「・・・なんて言っていいか分かんないけど、まともな環境で普通の感情を持ち始めるのは良い傾向なんだと思うよ? それより、辛い過去を無理に思い出さない方が良いよ」
少し考えているのか、ちょっと間があってから。
セイニー「そうですね。 でも正直な所、昔の事過ぎて辛いとかいう感情も無いんですよ。 その後の一人だけの長い時間の方が何倍も辛かったですし?」
風音が再び返答に困っていると、着替え終わったセイニーが風音の前に回り込んで笑顔を見せる。
セイニー「だから、その分をこれから取り返します」
上空でも感じていたが、この子は決意を表す時に笑顔を見せる。
それが凄く。。。清々しいというか、応援したくなる。
風音「・・・うん、それがいいね。 僕に協力出来る事があったら何でも言って」
風音がセイニーの頭を撫でると、その手にセイニーが自分の手を重ねる。
セイニー「えへ~~~、久しぶりですね~~これ」
以前の時の様に、頭をふらふらさせながら喜んでいる。
と。
風音に撫でられながら、突然セイニーが目を閉じたまま独り言のように小さく呟く。
セイニー「ん~~~~? これは・・・クリス・ク・レスタ君と神楽歌縫さんと・・・一人知らない人が居るかな~~?」
風音「・・・え?」
急に発したセイニーの独り言に反応した時。
食堂の入口から三人の人物が入ってくる。
食堂に用があったわけではなく通りかかっただけのようだが、風音とセイニーが見えたので入って来たのだろう。
食堂は一部ガラス張りになっているので、廊下から中が見える。
風音「あれ? ずいぶん珍しい組み合わせで・・・」
三人に向かって声を上げる。
亜稀とレスタと神楽の三人。
レスタと神楽はともかく、亜稀はゼロア以外の誰かと一緒に居る事自体珍しい。
レスタはいつも通り白衣を着ていて、風音と目が合うなり明るい表情になっている。
神楽はまだパジャマ姿だ。仕事がある日を除けば、いつも大体昼食が終わるまではパジャマ姿でうろついている。そして何だか知らないが、今やたら嬉しそうにこちらを見ている。
亜稀は・・・いつも通りの上下黒衣の暗い格好で、いつも通りの無表情だ。
今まで三人に背中を向けていたセイニーが、振り返って頭を下げる。
セイニー「今日からお世話になります、トート・セイニーです。 よろしくお願いします」
レスタ「こんにちは。こちらこそよろしくお願いします」
神楽「堅苦しい挨拶は構いませんわ。 それより早く今の馴れ合いの続きを」
普通に反応した二人とは違い、亜稀だけが不思議そうな表情をしている。
亜稀「・・・・・・? 誰だ? 新人が入るとかいう話あったか?」
風音「あったよ。 会議で言ってたし。 あのさ、この際だから言うけど。 会議って仕事の話だけじゃなくて、細かい業務連絡とか雑談も含めて会議だからね? 亜稀とゼロアは会議の内容が自分の仕事と関係無いと思ったら、すぐ寝てるみたいだけど」
次からはぶん殴って起こしてやろうか。
ゼロアはともかく亜稀は殴り返してきそうだから面倒臭いが。
セイニーが長いお辞儀から顔を上げ、亜稀の方を見る。
セイニー「あなたは初めまして、ですよね? よろしくお願いします」
改めて軽く頭を下げ、微笑みながら言う。
亜稀は以前上空で開かれた風音の誕生日パーティーに参加しなかった内の一人だ。
あの誕生日会はカノンの人達とセイニーの顔合わせ会だったという側面もある。
だから先程のフィリコや亜稀などの参加しなかった人達は、セイニーとはこれが初対面になる。
亜稀は愛想の無い男だが風音とは仲が良い方なので、風音がパーティーに誘った時は参加する気だったようだ。
しかし上空への移動手段が、シャロンの保有する乗り物だという事が分かった時点で辞退した。
個人的にシャロンの事があまり好きではないらしく、借りを作りたくないらしい。
亜稀がセイニーの自己紹介に応える。
亜稀「ああ・・・・。 アイリー・クロエ・・・は本名だな。 ここでは黒人・亜稀だ。 よろしく・・・お願い・・・・・します」
妙に歯切れの悪い亜稀がセイニーをまじまじと見つめる。
風音が亜稀を見て首を捻ったところで、亜稀も風音を見る。
亜稀「おい、ちょっと来い」
亜稀が風音の腕を掴んで食堂の外に連れ出す。
引っ張られた瞬間、風音が反射的に一瞬抵抗しようとしたものの・・・何か用でもあるのだろうと思い、されるがままに付いて行く。
風音「何? さっきからちょっと様子がおかしいみたいだけど」
廊下に出て亜稀と二人になってから尋ねる。
亜稀が風音から手を放し、睨み付ける。
亜稀「お前・・・・あんな可愛い・・・・・。・・・お前は何人の女を侍らせれば気が済むんだ?」
風音「はぁ? 何を人聞きの悪い・・・ユニィの事言ってんのかもしれないけど、あの子は契約してる妖精だよ。 女の子を侍らせた事なんか無いわ」
どこかの王族の男が、半裸の女性を何人も自分に抱き付かせている姿を想像する。
・・・そんな事をした覚えはない。
確かにユニルはよく風音の肩に座ってたりするが。
亜稀「あぁ? 居るだろうが三人も」
亜稀が反論する。が。
亜稀(そうか・・・三人とも・・・変人だから・・・・)
性格が破綻しているルミナ、毎日ゼロアに喧嘩を売るリロ、略奪愛至上主義の神楽の三人。
神楽に関しては文化的なものなので仕方ないのかもしれないが、亜稀の視点では風音を慕っている三人は三人とも変人だ。
同情するように風音の肩に手を置く。
亜稀「・・・気持ちは分かる。 ハズレしか無いがお前はあの三人の中から選べ。 我儘を言うな。これ以上増やすな」
風音「どの三人? いつ僕が我儘を言った? そもそもハズレとか、何の話をしてる?」
神楽「私も詳しく聞きたいですわね。何の三人の話で、何がハズレなのかしら?」
食堂の出入り口から神楽が顔を出す。
亜稀「・・・立ち聞きとは趣味の悪い。 ・・・極力お前とは関わりたくない」
それだけ吐き捨てて、跳ねるように高速でその場を去った。
残った風音と神楽が顔を見合わせる。
風音「相変わらず亜稀とは仲が良くない状態?」
さっき一緒に居たから仲が悪い訳でもないと思っていたが。
神楽「良いも悪いも無いですわ。 さっきも偶然あの場所で出会っただけで、普段関わる事が無いですもの。 ただ単にゼロアと私がよく会議でぶつかるので、あの子が勝手に敵視しているだけでしょう」
そもそも言い合いになる原因は大体ゼロアの方にある。どんな議題でもいちいち面倒臭そうな態度なので、それを神楽が窘めているだけだ。
しかもそのゼロアと神楽は、普段は結構仲良くやっているのに。関係無い者だけが遺恨を残しているとは・・・不思議なものだ。
神楽「そんな事より風音様? 一つ言っておく事があります」
風音「何?」
神楽「今セイニーさんを案内している所なんですのよね? だったら、三階奥の部屋もきちんと案内してくださいね?」
風音「えっ? あそこは書面だけでいいんじゃないかな? 別に案内して口頭で説明するような場所じゃ・・・」
風音が言い終わる前に、にっこり微笑んで言う。
神楽「駄目ですわ」
風音「いやでも、すぐに利用するかっていったら・・・・」
神楽「駄目です」
風音「・・・はい」
折れた風音を見て、神楽が手を合わせて喜ぶ。
神楽「なら、善は急げですわ。食堂の案内が終わった後、まずその部屋から案内しに行って下さい。 そして部屋の案内が終わり次第、この紙をセイニーさんに」
なんか紙片を手渡される。
開いて中を確認しようとすると。
神楽「・・・それはセイニーさんに宛てたものです。風音様が読むのはプライバシーの侵害というものですわ」
と止められた。
風音(何が書いてあるんだ・・・・?)
ちょっと気になったものの、自分には関係無い様なのでそのままポケットに入れる。
風音「・・・じゃあ、案内再開といきましょうかね」
食堂を覗くと、レスタとセイニーが雑談しているようだ。
確かセイニーはカノンの乗組員達と仲良くなりたいとか言っていたので、誰かと雑談している内は邪魔しない方が良いのかもしれない。
風音(両方とも人当たりが良いし、あの二人は簡単に友達になれそうかな・・・)
しばらく放っておこうかと思って近くの椅子に腰掛けるが。
神楽「レスタ君? そろそろセイニーさんを解放してあげないと、風音様の仕事が終わりませんわ。 私達はお暇しましょう?」
神楽が止める。
レスタ「あ、は~~~い」
レスタの元気な返事が聞こえ、二人がキリの良い所で会話を止めて食堂入り口まで歩いてくる。
風音「別に良かったのに。 セイニーに皆と仲良くなって貰うのも今日の仕事の内だし」
神楽が相手という事もあり一応気を遣って、咎めるような言い方ではなく冗談っぽく言う。
神楽「あら、そうだったのですか? それは失礼致しましたわ。 ですが、一度に多くの人と分かり合うのは難しいものです。 彼女にとって異物だらけの中で全てに触れようとするより、まずは一番心を許せる人物を作り、そこからゆっくり人との繋がりを広げていけば良いのではないですか?」
神楽なりの持論を展開する。
風音「そんなもんかな・・・?」
まずは一人・・・か。
じゃあフィリコヨーテを説得して連れてこようか。
・・・あれだけ怯えていたし、今会わせるのは可哀想だろうか。
神楽「そんなものですわ。 私としては、カノンでもっとも人との繋がりの大きい風音様が適任だと思います。 幸い今現在彼女が一番心を開いている相手は風音様なのでしょうから、今は風音様との時間を増やすべきですわ」
風音「えっ・・・僕かな? それでいくとフィリコの方が適任だと思うけどな・・・」
フィリコヨーテの事を嫌っている者などカノンには居ないので、神楽の理論を尊重するのであれば、友人の輪を広げていくには適任だと思う。
そして何より、セイニーが自分から抱き付きに行くほどのお気に入りだ。
しかし何が気に入らないのか神楽の表情が曇り、反論する。
神楽「・・・もうそういった御託は結構ですわ。 とにかく風音様が率先して仲良くなるべきなんです」
風音「御託って・・・・」
更に反論するのも疲れそうなので、適当に了承してから二人とは別れた。
風音「さて、じゃあ三階の部屋を紹介してくれって言われてるし、行ってみるか」
言いながらも、風音が乗り気ではない雰囲気を漂わせる。
セイニー「・・・どうしたんですか? 怖い場所とかですか? 幽霊が出るとか?」
風音「いやそういうんじゃなくて、今紹介する必要性が・・・・・。 って言うか、セイニーの時代でもやっぱり幽霊とかいう概念はあったんだ?」
三階に向かって移動を始めながら、雑談を続ける。
セイニー「ありましたよ。 半分は解明されたとか言ってましたけど」
風音「半分?」
セイニー「はい。 霊ではなく、亡くなったその人の記憶や考えた事が、情報として空間に残っているだけだとか。 亡くなる際に、最初は脳から電気信号として空間内に情報が発信された後、条件が揃うとその場にそのまま居座り続けるみたいですね。 だから亡くなる際に脳から発信される情報の少ない、小さな生き物の霊っていうのは存在しないんですって」
情報・・・・・?
過去に戦った『継ぐ者』がよく口にしていた言葉だ。あいつも直接生物からではなく、生物が存在する空間から情報を吸い上げる様な事を言っていた。
風音「たかが電気信号が元になった情報が、どうして幽霊になって見えるのかな?」
それが真相なら幽霊という実体は無いのでは?
という疑問をぶつける。
セイニー「むしろそれが理由だから、霊が見える人と見えない人に分かれているという主張です。 受信機の型が違うと言うか・・・見える人はその信号を脳に直接受信するんです。 だからその人の脳にはそこに故人の生前の姿が見えるんですよ。 見えない人にも科学の力で直接脳に電気信号を与えたら、何もない空間に人が見えたんですって」
風音「そこまで分かってながら、半分しか解明されてないっていう判断なのはどうして?」
セイニー「単にそれでは説明がつかない事も多かったからですよ。 例えば・・・明らかに霊と会話が出来る人が居たりするんですよ。 私達の頃の科学力にもなると、それが嘘かどうか、幻覚を見ているのか、脳に異常があるのか、本人が信じ込んでいるだけなのか、一種の催眠状態なのか、そういうのが全て分かるんです。 ・・・でも無いんですよ、異常が。 なのに死んだ人しか知らない情報を会話で聞き取る人がたまにいるんです。 さっきの説明ではそれは不可能な筈ですし」
風音「へぇ・・・・じゃあ半分どころか、振り出しだね」
ちょっと残念そうに言うその意見に、セイニーが少し笑う。
セイニー「一応可能性の一つを見つけて証明された訳ですから、その努力に免じて・・・半分くらいは解決じゃないですか?」
風音「なんか余計モヤモヤするな・・・」
風音も苦笑する。
そんなどうでもいい雑談をしている内に三階に着く。
三階廊下を歩いていると、何故か廊下の端っこで座り込んでいる人物がいる。
風音「あれは・・・・」
顔の正面左側に、片方だけおさげを作っている特徴的な見た目。ただそこに居るだけで醸し出される呑気なオーラ。
ブラウニー・レイスコア・イル・メイサ。 カノンの事務員の一人だ。
カジュアルなスーツというか、仕事着を着ている。それを着るなら、せっかく作ったカノンオリジナルのスーツを着てくれてもいいのに。
セイニー「ブラウニーさんですね・・・」
二人で近付いて様子を見ると、ただ単に寝ているだけだった。
ただし、顔面には多数の洗濯バサミが付いてある。そして首から文字が書かれた何かをぶら下げている。
セイニー「私は仕事中であるにもかかわらず昼寝をしてしまい、そのまま起きられなくなってしまいました」
セイニーが読み上げる。
ああこれ、正座させられていたのか。 と風音がようやく気付く。
それで縁側で座っているお婆さんみたいな姿勢になっているのか。
風音「よく読めたね。僕でも読めないのに」
それより文字が読めたセイニーに感心する。
書かれていた言語は裏側で最も使われているレナ語と言われる文字だ。共通語とも言われている。
褒められたセイニーが笑みをこぼしながら、胸を張って答える。
セイニー「勉強してきましたから。 記憶を上書きするのは得意なんですよ? 言葉を覚えるのは得意分野です」
風音「凄いな・・・僕なんてもう覚える気も無いのに・・・」
セイニー「・・・覚えましょうよ? 文字で会話が出来るのは、友達を作るのに大きな利点だと思いますよ?」
風音が頷いて、そうだね、と言いながらも。
風音「・・・でも翻訳機があるし、会話が出来ればいいかなって。 もし僕と文字で会話がしたい人が居たら、相手が日本語を覚えて下さいって感じ」
セイニー「じゃあ私が日本語を覚えますね」
あっさりと言い切るセイニーに、手をブンブンと振って風音が訂正する。
風音「いや冗談冗談。 レナ語ならいくらでも機械で正確に翻訳出来るから、メールで会話するのも支障が無いんだよ。 こういう紙に書かれた時も一時的に分からないけど」
風音が携帯端末をブラウニーの方にかざす。
画面に翻訳された文字が出てくる。
風音「すぐに翻訳出来るし」
得意気に言ったその言葉に対し、セイニーが人差し指で軽く、風音の肩をブスッと突き刺す。
セイニー「・・・もうっ、分かってないですねぇ。 同じ言葉で、同じ文字で会話するのが良いんじゃないですか。親近感が沸くんですよ?」
風音「そういうもんかなぁ・・・」
このセリフ、もう今日で二度目だ。
セイニー「そういうものですよ? 分かって貰う為にも、私が日本語を覚えて手紙を書きますね?」
そこまで言ってその会話を終え、セイニーがその場でしゃがんでブラウニーを見る。
セイニー「それよりこれ、どういう状態なんでしょうね?」
ブラウニーの顔を正面から見ながら尋ねる。
洗濯バサミだらけの顔なのに、ずいぶん幸せそうな顔をしている。
風音「ああこれね、多分ワグナさんにやられたんだと思う」
風音も膝を曲げ、ブラウニーの顔から洗濯バサミをゆっくりと外していく。
セイニー「ワグナ・トリミアさんですね。パーティーの時に来ていた」
風音「うん。あの人怒ると怖いから、怒らせない方が良いよ」
確かセイニーが聞いた情報では、ブラウニーはワグナと同じ部屋で働いていた筈だ。
セイニー「そんな怖い人と一緒に働いているのに、この人はこうなっちゃうんですね・・・」
さすがセイニーの心の師匠だけの事はある。
身を粉にしてでも愛されキャラを貫くというのか。
こういう人に、セイニーはなりたい。
風音「あ、ならなくていいからね」
こんなの一人で十分だ。
洗濯バサミを全て外し終わると、風音がブラウニーのほっぺたを両手でそっと触れる。
青白い光が風音の両手を包むように揺らめいた。
ブラウニーの顔の、至る所にあった洗濯バサミの跡が消えていく。
セイニー「・・・凄いですねぇ」
その光景を食い入るように見ている。
セイニー「あれ? でもブラウニーさんって確か・・・ウイルスの影響で怪我が勝手に治るんじゃなかったでしたっけ?」
以前そんな話をしていた気がする。ならば、わざわざ風音が治す必要も無いだろうに。
風音「生命の危険が無い場合にはわざわざ発動しないみたい。 怪我は化膿したりして重篤化する事もあるけど、軽い打撲とかって放っとけば勝手に治るでしょ? そういうのは常人と同じ速度でしか治らないみたい」
だからこの洗濯バサミの跡も、放っておけばしばらく残るだろう。
風音「女の子の顔が傷だらけのままっていうのは可哀想だし」
とか言っている間に、治療が終わる。
風音「よし、っと。 じゃあセイニー、ちょっとお願い」
風音がセイニーにペンを差し出し、セイニーが受け取る。
風音「レナ語で『洗濯バサミは音羽が外しました』って書いといてくれない? そう書いておけば、ワグナさんが付け直さないと思うから」
セイニー「はい」
セイニーが言われた通り、ワグナが書いたであろう文章の下に文字を書き込んでいく。
書きながら小さく笑う。
セイニー「ブラウニーさんが、こうなっちゃう理由が分かった気がします」
風音「あ~~・・・、それワグナさんにも似たような事言われた。 僕が甘やかすからブラウニーが調子に乗るんだー、って」
風音が自嘲気味に笑う。
書き終わったセイニーがペンを風音に返すついでに、冗談交じりに肩に軽く突き刺した。
セイニー「そのままでいてくださいね? 私が怒られた時も甘やかして貰わないと、割に合わないですし?」
風音「ははっ・・・、まず怒られないように努力しようね?」
乾いた笑いで返す。
そしてプルプル遊び(寝ているブラウニーをビビらせると、ビクッとした後プルッと震える。という様をただ見るという遊び)を何度かしてからブラウニーの元を離れ、目的の部屋付近までやってくる。
目的地まであと角を一つ曲がるだけという所まで来た所で、角の向こうから小さな爆発音のような音が鳴り、その直後に二人の前を横切るように誰かが高速で吹っ飛んで来た。
そしてそのまま壁に叩き付けられる。
女の子「・・・・!! ・・・・・カハッ・・!!」
叩き付けられた衝撃に咳き込みながら、そのまま廊下に倒れ込んだ。
小麦色の肌をしたショートカットの女の子が、地面に伏し苦しそうにお腹を押さえて膝をついている。
余程苦しいのか、立ち上がる事も出来ないようだ。
セイニー「えっ!? えっ!? 何ですかっ!? 大丈夫なんですかっ!?」
風音「またやってんの? 大丈夫? リロ」
風音は見慣れた光景なので驚かないが、セイニーは焦りまくっている。
レノ・リロという名の戦闘民族の女の子だ。
セイニーとは二度目の対面となる。
裏側出身で外見年齢十七歳前後。身長はセイニーとほぼ同じ160センチ程度。髪色はかなりオレンジがかった茶色をしている。
セイニーが急いで駆け寄ってリロの肩に手を掛けると、勢いよく払い除けられる。
セイニー「・・・・・・・・・・・」
何度目かになる冷たい対応に、少しセイニーが呆ける。
後ろで様子を見ていた風音が、セイニーの手を引っ張って自分の方に引き寄せてから、説明を始める。
風音「今の、気を悪くしないでね。 その子は裏側の・・・何て言うか・・・戦う事で糧を得る部族って言うか。 そういうのを戦闘民族って言うんだけど、そういう人達って反射的に、あまり知らない人を自分に近付ける事を拒むんだよ。 優しい子だし、友達になればああいう態度はとらないから」
セイニー「あぁ・・・。 そうなんですか?」
呆けた表情のまま応じる。
その表情を見て風音がほんの少し後悔する。いろんな種族を紹介する際には事前に説明が必要だと、今更気付いた。
誕生日パーティーの際にそういうのも説明しておけばよかった。
風音の言う様に本当にリロに限った事ではなく、戦闘民族は皆そうなのだ。
特に今のセイニーが取った行動。負傷している時に近付いてくる者は特に警戒される。
だからこそ友人になった時には、暑苦しいくらい信頼してくれるようになる。もう何があっても裏切らない。
風音(裏切らない・・・はずなんだけど)
風音も最初出会った時はリロから凄く距離を取られた。・・・と言うより、嫌悪感を持たれていた。
で、色々あって乗組員になってもらった時にはかなり距離が縮まったと思っていたら、最近また避けられている気がする。
風音(この子は僕もよく分からないんだよなぁ・・・。 友人として認めたのに相手を避ける戦闘民族って、聞いた事無いしな・・・)
リロを見ながら考えていると、リロの方も風音が居る事に気付いたようで目が合う。
風音「怪我は大丈夫? 治療する?」
リロ「えっ・・・あ、あの・・・・ご、ごめんなさいっ!!」
お腹が痛かった事など忘れたかのように、ビシッと立ち上がってから風音に向かって頭を下げる。
頭を上げた時には涙目になっていて、そのまま逃げるように二人の脇をすり抜けダッシュで走り去った。・・・のかと思いきや。
何を思ったのか途中で振り返り、セイニーをジッと見つめる。
それに合わせて、セイニーが少し頭を下げる。
セイニー「あの、今日からお世話になります、トート・セイニーです。よろしくお願いします」
もう十メートル以上離れているが、相手に聞こえるように大きな声で自己紹介をする。
それに対しリロが何かを言おうという雰囲気を見せたが、風音達の背後に現れた人物を見て踵を返し、どこかへ走り去った。
風音「もうちょっと手加減してあげたら?」
風音が背後に立つ人物に声を掛ける。
ゼロア。裏側出身で外見年齢二十代後半。身長216センチ。裏側では「名無し」と呼ばれている有名人らし。地球では知っている人の方が少ないが。
大柄な体躯に鋭い眼光。リロとは違い説明するまでも無く、見るからに戦闘民族といった風情だ。
セイニー「あ、あなたですか? あの子を吹っ飛ばしたのは。 なんでそんな酷い事をするんですか?」
セイニーがゼロアの方に振り返り、問い詰めるような口調で非難する。
そんなセイニーは無視し、ゼロアが風音の方に答える。
ゼロア「加減はした。 不意打ちをしてくるくらいだ、反撃くらい覚悟の上だろう」
不意打ち。
リロが吹っ飛んでくる直前の最初の爆発音は、リロの攻撃がゼロアにヒットした音だったようだ。
セイニーが改めてゼロアをよく見ると、衣服の肩の部分が背後から破れている。
セイニー「え・・・? あの子が先に手を出したんですか?」
そういう感じの子に見えなかったので、セイニーが困惑する。
風音「うん、いつもの事なんだけどね」
セイニー「いつもの事って・・・・止めないんですか?」
風音の薄い反応に、セイニーが首をひねる。
普段の風音なら乗組員同士の暴力は止めそうなものだ。
風音「さっきも言ったけど、リロもゼロアも戦闘民族なんだよ。 戦争以外で戦い合うのは戦闘民族同士の愛情表現って聞いた事があるから、邪魔しちゃ悪いかなって」
セイニー「へぇ~~~・・・。 愛情・・・ですか。 えっ、じゃあもしかして、私達は今・・・」
風音「その通り。 逢引き現場に現れた、お邪魔虫なんだよ!」
セイニーの全身に、雷に打たれたような衝撃が走る。
セイニー「そ、そうだったんですか!? す、すみません! お二人の大切な時間を邪魔するような真似をした事を、ここに深く・・・」
頭を下げて謝罪するセイニーの後頭部を、ゼロアが軽く叩く。
びっくりしたセイニーが、喋っている途中で頭を上げた。
ゼロア「黙って聞いていれば・・・・。 気色の悪い事を言うな」
風音「またまた~~~。 そんな恥ずかしがらなくてもバレバレっすよ、場所が場所なんだから」
代わりに風音が茶化す。
ゼロア「リロと俺の間にそんなものは無い。 愛情どころか、俺の中の序列ではリロはワグナより下だ」
ゼロアの頭をしょっちゅう鈍器で殴るワグナよりも好感度が低いらしい。
事実ならどんだけ嫌ってるんだという話だが、もちろん風音は信じない。
風音「いや、照れなくていいから。 喧嘩するほど仲が良いって言うでしょ」
ゼロア「・・・・・・」
何か言うのも面倒臭いので黙り、逆に質問する。
ゼロア「お前・・・・リロは俺の事が好きだから喧嘩を売ってきていると思ってるのか?」
風音「そりゃあ・・・喧嘩するほど仲が良いって言うし」
ゼロアが少し驚いたような表情で風音の顔を見る。
風音「な、何・・・・?」
ゼロア「いや・・・。 お前、ルミナは誰の事が好きだと思う?」
風音「サルトさんじゃないの?」
即答する。
ゼロア「理由は?」
風音「喧嘩するほど仲が良いって言うし」
疑うような表情でゼロアが風音の顔を見る。・・・冗談で言っているわけでは無いようだ。
改めて問う。
ゼロア「神楽は・・・好きな奴とか、居ると思うか?」
風音「あの人は微妙なんだけど、多分・・・千丸だと思う」
よく神楽は千丸に「あなたは近付かないで下さい」みたいな事を言っている。風音と千丸が会話しているだけでも、わざわざ絡んできて追い払うような行動をとる。
ゼロア「そう思う理由は?」
風音「喧嘩するほど仲が良いって言うし」
ゼロア「神楽は傍から見てても、男の中では他の誰よりお前と仲が良いように見えるんだが・・・例えば、自分が好意を持たれているとか思わないのか?」
風音「・・・いや、でも神楽さんってすぐ僕に「誰かと早く結婚しろ」とか言ってくるから・・・単に世話焼きさんなんじゃないの?」
ゼロア(ん? こいつ・・・・・)
そろそろ確信を得つつあったが、念の為最後にもう一つ質問しておく。
ゼロア「じゃあ最後だ。 凌舞が好きな奴は誰だと思う?」
その問いに、風音が少し憐みの表情を見せる。
風音「煉兄ぃでしょ? でも、煉兄ぃは癒々さんとくっついてるからなぁ・・・・。可哀想だけど、あれは諦めないと・・・」
ゼロア「凌舞が煉也を好きだと思う根拠は?」
風音「えっ? そりゃあ・・・喧嘩するほど仲が良いって言うし」
ゼロアが風音の側頭部を、スコンッと叩く。
風音「痛っ! いきなり何するんだよ」
ゼロア「いや・・・・・」
同じ事しか言わないので、どこか壊れているのだろうと思って叩いてみた。
機械ならこれで大体治るのだが。
前々から思っていた。風音は周囲の者達の感情に疎いのではないかと。
一言で言えば、鈍いというか。
そもそも風音は性欲がほとんど無い。身体能力だけでなく、そういう所も戦闘民族寄りだ。
戦闘民族は生涯を共にする相手を見つけるまでは、発情期を迎えない種族が多く存在する。
・・・その分相手を見つけたら、反動で性欲全開になる種族も多い。生涯における目的を、戦う事から種族を増やす事へと転換するからだ。
カノンではゼロア、フィリコヨーテ、リロがこの種族に該当する。そしてゼロアの見立てでは、風音はこの分類に属している。
だから自分に向けられた好意に疎い(と言うより好意と受け取らず、友情に変換している)のではないかと解釈していた。
だが今さっきのやり取りを見て少し印象が変わった。風音は周囲からの好意に疎いとか鈍いとかいうよりもどちらかと言えば。
ゼロア「そうか・・・お前、馬鹿だったのか」
この方がしっくりくる。
風音「はあ? 急に何だよ」
ゼロアがセイニーの方を見る。
ゼロア「・・・お前は、こいつと仲が良いのか?」
風音の方を指で示しながら、セイニーに問う。
急に話を振られて、焦ったように答える。
セイニー「私ですか? 風音とは仲が良いと思いますよ? 両者公認の友人ですから。 あと、私はお前じゃなくてセイニーですよ?」
ゼロアには以前自己紹介は済んでいるが、さっき戦闘民族について教わったので、改めて言っておく。
戦闘民族は少しずつでも仲良くなっていかないと、心を開かないらしい事をさっき聞いたばかりだ。
このまま「お前」という呼び方で定着されても困る。放置しておけば、助けに行った手を振り払われる様な関係のままになる。
ゼロア「そうか、覚えておけセイニー。 残念ながらお前が思う程、風音はお前の事が好きではないらしい」
セイニー「えぇっ!!?」
再びズガーーン! とセイニーの全身に電撃が走る。
秒でお前呼ばわりに戻った事など気にしている暇もなく、尋ね返す。
セイニ「どうしてゼロアさんにそんな事が分かるんですか!?」
セイニーの両手がカタカタと震える。少なくとも一人は友達が出来たと思っていたのに。
ゼロア「見れば分かる。 理由が知りたいか?」
セイニーが何度も頷く。
ゼロア「お前達は喧嘩をしていないからだ」
ゼロアからの痛恨の指摘に、セイニーが膝から崩れ落ちる。
セイニー「・・・そんな・・・でも・・・・・・確かに・・・!!」
驚愕の事実だが反論出来ない。
喧嘩というか、無茶をする風音を一方的に怒った事はあるけど、風音から何かされた事は無い。
今の風音の話を横で聞いていたセイニーにも分かる。確かに仲の良し悪しに関する風音の判断基準はそこだ。
そこで風音が割って入る。
風音「いやいやいや、喧嘩しなくても仲が良くなる事は出来るでしょ。 セイニーに変な事吹き込まないでよ」
セイニー「あ・・・そうなんですか?」
セイニーが立ち上がって、膝ポンポンしながら復活する。
ゼロア「そんな事は注意されなくても分かってる。 お前がさっき言ってた事は、このくらい暴論だという事だ。 ・・・・まぁ、どうでもいいか」
もうこの会話自体に興味を失くしたかのように、そのまま二人の横を通り過ぎ、その場を去ろうとする。
そのゼロアの背中に向かってセイニーが叫ぶ。
セイニー「あ、あのっ、私今日から・・・」
ゼロア「それはさっき聞いた」
背中越しにそう答え、そのまま去る。
その去って行く背中を見てふと思い出したように、風音が言う。
風音「ちなみに戦闘民族は今の二人と、さっきの亜稀と、あとフィリコの四人だよ。 フィリコとゼロアはリロと亜稀ほど警戒心の強い部類じゃないから、普通に接してるだけでも仲良くなれると思う」
セイニー「へぇ~~~」
ちょっと意外に思う。
四人とも見たが、少なくとも亜稀よりもゼロアの方が警戒心が強そうに見えた。
風音「リロと亜稀の二人は・・・根気が必要かな。 まぁ、セイニーなら大丈夫」
セイニーの社交性なら問題無いだろう。風音が太鼓判を押す。
セイニー「ありがとうございます。 ところで・・・」
セイニーがボクサーの様なファイティングポーズをとる。
セイニー「やっぱりこの辺で一度、喧嘩しておきましょうか?」
セイニーが風音の顔面に向かってジャブを放つ。プロボクサーも真っ青の速度で打ち出されるが、当たる寸前で拳が止まる。
止まった拳を、風音が横から軽くポンッと手で払い除けた。
風音「ゼロアの言った事を真に受けないで?」




