一番困ったこと
乾燥させた升麻の根は、指で押すと細かく崩れた。
崩れすぎているものは使えない。繊維が切れると成分の揮発が早くなる。ルイーゼは小袋を軽く叩いて粉をまとめ、布で指を拭った。
今日で、エドワードが辺境に来て十八日になる。
戸を叩く音がした。
クレマンの、少し遠慮がちな三つ打ちだった。エドワードはすでに先に入っていた。昨日から、エドワードの方がわずかに早く来るようになっていた。
「どうぞ」
クレマンが入ってきた。エドワードの顔を見て、昨日と同じ角度で目が動いた。
「おはようございます」
「来るのが遅かった」とエドワードが言った。
「手紙の件で少し時間がかかりました。返信が一通来ていて——」
「後で聞く」
「……承知しました」
クレマンが帳面を取り出した。膝の上に置いた。ルイーゼは昨日の続きを棚から引き出していた。橘皮の話が今日から始まる。
「橘皮というのは何か」とエドワードが帳面を見ながら言った。
「橘の果皮を乾燥させたものです。辺境では橘が育たないので、年に一度行商人から仕入れます」
「保存は」
「陶器の壺です。蓋をきつく閉める。布袋や木箱では湿気を防げない」
「……金属の缶は」
「王都では使えます。辺境では職人がいない。陶器で代用します」
エドワードが書き取った。クレマンも書き取っていた。ページが満ちていく音が、二人分、重なった。
「保存に失敗したときは」とエドワードが続けた。
「黴が出たら壺ごと捨てます。中の薬草を取り出して使い回すことはできません」
「……全部か」
「全部です」
エドワードが少し間を置いた。
「もったいないな」
「もったいなくても、捨てます。黴の入った薬草を患者に出すわけにはいかない」
クレマンが帳面に何かを書き足した。エドワードが帳面を一行読んで、またペンを動かした。
橘皮の話が一段落した頃、小屋の外で風が鳴った。
昼前になると出る風だった。石壁の隙間から冷気が差して、棚の上の小袋が微かに揺れた。ルイーゼはそれを一瞥して、棚の端を押さえた。
クレマンが立ち上がった。
「少し外に出てきます。手紙の返信を宿に届けておきます」
「行ってくれ」とエドワードが言った。
戸が開いた。クレマンの姿が消えた。戸が閉まった。
小屋の中に、二人だけになった。
ルイーゼは薬棚の方を向いていた。次の話題を整理していた。橘皮の次は、冷え性と浮腫みへの対処だった。
炉の火が低く燃えていた。
沈黙が降りた。重い沈黙ではなかった。何かを確かめるような静けさだった。
「……一つ聞いていいですか」
ルイーゼが言った。
昨日、エドワードが言ったのと同じ切り出し方だった。言ってから、それに気づいた。
エドワードが帳面からペンを離した。少しの間があった。
「聞いていい」
「私が王都を去って」とルイーゼは言った。「何が一番困りましたか」
棚の方を向いたまま言った。エドワードの顔は見なかった。見る必要はなかった。この問いの答えは、エドワードの声の質で届く。七年間、この人の間合いを読み続けてきた。
沈黙が来た。
今度の沈黙は、少し違う重さだった。炉の火の音が遠かった。
エドワードが何かを考えている気配が、背中に届いた。考えを整えているのではなかった。正直な答えを探している——その違いが、沈黙の質から分かった。
「……王国が」とエドワードが口を開いた。「と言いたいところだが」
止まった。
「……お前がいない、ということが、困った」
ルイーゼは棚の端を持ったまま、動かなかった。
息が、一瞬だけ止まった。手が木を離せなかった。七年間握り続けてきた棚の端が、今夜だけ、少し重かった。
炉の音が戻ってきた。風が石壁を撫でた。
「役割が消えたことではなく——お前がいなくなったことが」
エドワードが続けた。声は静かだった。命じる声ではなかった。何かを正確に言おうとしている声だった。
沈黙が、小屋の中に降りた。
炉の火の音だけが続いていた。石壁の冷えが、じわりと空気の中に滲んでいた。ルイーゼの呼吸が、自分の耳に届いた。その一呼吸分だけ、沈黙は形を持った。
ルイーゼは何も言わなかった。
七年間。七年間、ルイーゼはこの人の補佐として機能してきた。名前を呼ばれなかった。「道具」という言葉で括られ続けた。
「役割が消えたことではなく」。
その言葉を、受け取り方がまだ定まらないまま、ルイーゼは棚の前に立っていた。
本当のことを言っているのか、分からなかった。本当のことだとしても——七年経って、こうして言われたその言葉を、どう受け取ればいいのか。信じることと、信じきることは、違う。
棚の木が、手のひらの下で冷えていた。
戸を叩く音がした。クレマンが戻ってきた。
冷気が一瞬、小屋の中に差し込んだ。クレマンが帳面を持って席に戻った。帳面を開いた。ペンを取り出した。
そこで、止まった。
クレマンが小屋の空気を測るように、一拍置いた。ルイーゼの背中と、エドワードの机と、二人の間にある空白を、静かに読んだ。
ペンを帳面に当てなかった。
書き取る言葉ではないと、クレマンには分かったのだろう。帳面の上でペンが止まったまま、クレマンは黙って座っていた。
「……続けましょうか」とルイーゼが言った。
「ああ」とエドワードが言った。
声の質が、ほんの少し変わっていた。
「浮腫みへの処方の話でした」とルイーゼは言った。「冷えと浮腫みが重なっている場合は、温める薬草と利尿の薬草を組み合わせます」
「組み合わせる比率は」
「患者の体型と年齢によります。年配の方は利尿が強くなると却って体に負担がかかるので、比率を慎重に調整します」
「……一律ではない、か」
「一律ではありません。見て、聞いて、変えます」
「ここに来て毎日聞いていると——処方というのは、決まりではなくて、判断なんだな」
エドワードが帳面に書きながら言った。独り言のような言い方だった。
「そうです」とルイーゼは言った。「決まりは出発点です」
エドワードがペンを動かした。
クレマンがようやく帳面にペンを当てた。一行だけ書いた。一行書いて、止まった。
三人の音が、小屋の中で続いた。空気が——昨日と、違っていた。違っているのに、処方の話は続いた。続くことが、かえって何かを言っていた。
昼前の光が石壁を薄く照らす頃、エドワードが帳面を閉じた。
「今日はここまでにする」
「分かりました」
エドワードが外套を手に取った。立ち上がった。
出ていく前に、一瞬だけ止まった。
「……お前が問うとは思わなかった」
エドワードが言った。静かな声だった。
「何かが」とルイーゼは棚を向いたまま言った。「聞きたかっただけです」
「……そうか」
それだけだった。
クレマンが先に立って戸を開けた。エドワードが続いた。戸が閉まった。二人分の足音が石畳の上に出て、やがて静けさに沈んだ。
一人になった。
ルイーゼは炉の前に立った。薬袋を一つ確認して、棚に置いた。
「役割が消えたことではなく——お前がいなくなったことが困った」。
エドワードの声が、まだ小屋の中にあった。
受け取り方がまだ定まらなかった。定まらないまま、ルイーゼの中で何かがゆっくりと動いていた。
七年間の扱いが、今日の一言で変わるわけではなかった。
変わらないのに——言葉は、残った。残ってしまった。残ることを止められなかった。
夜になった。
蝋燭が机の上で燃えていた。白い台帳がその隣に置かれていた。今日も、棚には戻さなかった。
ルイーゼは椅子に腰を下ろした。今日の記録を記帳する前の短い静けさに座っていた。
「役割が消えたことではなく」。
その言葉の意味を、まだ測り続けていた。
七年間、正確な言葉を使ってきた人ではなかった。それが今日は——正確に言おうとした、という声の質だった。嘘をついているとは思わなかった。本当のことを言っているとしても——七年間ルイーゼに名前がなかった場所で、今日初めて「お前がいなくなった」という言葉が届いた。
それが何なのか、まだ分からなかった。
蝋燭が少し短くなっていた。
白い台帳が、蝋燭の光の中でひっそりと光っていた。
ルイーゼは台帳に手を伸ばした。革表紙の硬さが、指先に届いた。昨日と同じ重さだった。
開かなかった。
ただ——台帳の上に手を置いたまま、「役割が消えたことではなく」という言葉の輪郭を、もう一度なぞっていた。
答えは、まだ出なかった。




