四十五話 悪夢
その夜。私は夢を見ていた。
それは、一度目の人生の私が、クラウゼン侯爵にプロポーズをされている夢。一度目の人生の私は、少しだけ戸惑った様子で求婚を受け入れた。
そして、その光景を見ている二度目の人生の私は、必死に叫んでその結婚を止めようとしている。
「罠よ」
「正気に戻って」
「あなたはその男に騙されている」
「そいつは一年後、あなたを殺すわ!」
そう、そうよ。
私は騙されて、裏切られて、殺される。
結婚初夜だって、抱いてくれなかった。私達は表面を取り繕っているだけの、白い結婚をするのよ。
けれど私の必死の叫びなんて届いていないようで、一度目の人生の私が、幸せそうに結婚式を挙げている。
男の唇が、近付いてきた。
その瞬間、なんだか全身がぞわぞわしてきて、鳥肌が立った。身体をまさぐられているような、そんな感覚が私を襲う。
嫌よ、やめて。私に触らないで。
「やめてっ!!!!!」
「っ、ぐっ……!」
____自分の叫び声と男の呻き声で、目が覚めた。
同時に、明確に何かを突き飛ばしたような、そんな手応えを感じた。
はぁ、はぁと息を乱しながら、私は上半身を勢いよく起こす。
すると、そこにはなぜか……私のベッドの上で顎を抑えながら苦しんでいる、夫の姿があった。
「……ヴィ、ヴィクトル様……!? なぜ、私の部屋にいるのですか……!」
「なにって、夫婦なんだから……妻と寝ようとするのは、自然なことだろう?」
「何言って……!」
そこで、何か違和感を覚えて私は自分の身体を見る。
「ひっ……!!」
____ネグリジェが、脱がされていた。辛うじて残っているのは下着のみ。
どうやらさっき夢の中で感じた「まさぐられているような感覚」は、現実で夫が私のネグリジェを剥いでいた感覚だったらしい。
私は吐き気が込み上げそうになるのを必死で堪えながら、「なぜこんなことを……」と零す。
「なぜ? そんなの、君のことを愛しているからに決まっているじゃないか。私達は初夜がまだだったな。だから、今からしようか」
「……なにを、いって…………」
夫の瞳が、ギラついている。
怖い。このままでは、襲われる。
私は咄嗟に、枕の下に挟んであった手紙を握りしめた。少しだけ、心が落ち着く。
だが、夫はそんな私の手元の手紙に目敏く気付いたようだった。
「……その手紙は、なんだ?」
「…………これは、イザベラ様からいただいた、大切な手紙です」
「ほう、私の妻は友人想いの素敵な妻だな、見せてみろ」
「………………」
「……見せられないのか? なら、貸してくれ」
「きゃっ……! ちょっと、やめてください!」
夫が私の手元から、強引に手紙を奪い取った。取り返そうとするけれど、私の体躯では敵うはずもなく。手紙を読み始めた夫は、わなわなと震え出した。
「……これは、誰だ。シャーリン、貴様、浮気していたのか……!?」
「違います! 私はその方のお顔も存じません!」
「じゃあこの手紙はなんだ!!!」
夫が叫びながら、強引に私の両手を掴んでベッドに押し倒す。
____このままでは、襲われる。いえ、もしかしたら、殺される……!!
「やめてください、やめてってば!」
「うるさい!!!」
「っ、どの口が……!」
そして、無理やり唇を塞がれそうになった、その時だった。
____ガンッ!!!!
「私の奥様にっ! 何なさってるんですか!!!」
……暗闇の中、誰かが箒のような物……いいえ、箒で思いっきり夫の後頭部を殴った。




