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四十六話 終わりにしましょう

「っ、サラッ!!!」

「奥様、今のうちに逃げてください!」


 夫の手の力が弛んだ隙に、私はベッドから抜け出した。それと同時に、夫がゆらりと身体を起こして、サラの方へ振り返った。


「お前は……うちの使用人だな。主人にこんなことをして、許されると思っているのか……?」

「私は、奥様の専属侍女です……! 奥様をお助けするのが私の役目! それが例え、あなた相手であろうとも!!」

「サラ……」


 サラは勇敢にそう叫んだが、その手足は震えている。夫は舌打ちをして、思いっきり拳を握りしめて、大きく振りかぶった。

 サラが目をギュッと瞑る。


「ちょ〜っと侯爵サマ、女の子に暴力はダメなんじゃないですかね? あ、もちろん乱暴も」

「なっ……!」

「アントニー!? あなた、いつのまに……」


 サラが殴られるギリギリの瞬間、アントニーが後ろから夫の腕を掴んで止めた。それから軽く腕を捻り上げて、夫をあっという間に拘束してしまう。


「……あ、あれ? 私、殴られたんじゃ……」


 サラがようやく目を開けてキョロキョロと辺りを見渡す。数秒かけて状況を理解したらしい。

 そして目があった次の瞬間、サラが私に思い切り抱き着いてきた。


「奥様っっ!! ご無事で何よりでございます……!」

「サラ、それはこちらのセリフだわ……! あなた、なんて無茶をするの……」


 泣き出してしまったサラのセリフを擦りながら、私はほっと息を吐く。

 よかった、私のせいでサラになにかあったら……私はずっと、このことを後悔していただろう。


「あの〜盛り上がってるところ悪いんですけど、侯爵サマ、どうします?」

「あぁ…………」


 サラの安否が心配で、すっかり存在を忘れていたわ。


 私は夫を一瞥してから、一言静かな声で宣言した。



「離縁しましょう。あなたとは、もうやっていけません」

「…………は?」


 夫は一瞬ぽかんと呆けてから、すぐに顔を真っ赤にして怒鳴り出した。


「っ、ふざけるな!!! アレクとかいう男と浮気しておいて、何が『離縁しましょう』だ!! 私は絶対に認めない、シャーリンは私のものだ!」


 床に這いつくばってそう叫んだ夫。

 私はその姿をみて…………プツン、と何かが切れた。


「ふざけるな……ですって……?」

「……なんだ、何か文句が、」

「ふざけているのはあなたの方でしょう! 私は全部知っています! あなたがずっとキャロラインという平民と逢瀬を重ねていたことを!!!」

「なっ……!?」

「マジすか!? 侯爵サマ最低じゃん!」


 夫は驚いたような顔をしたが、すぐに勢いを取り戻した。


「そんなの……証拠がないだろう!」

「証拠!? そんなの、たくさんありますわ!! まず、サラがあなたを尾行して、パン屋の娘とキスをしているところをちゃんと記録してくれた! それだけじゃない、街中で堂々と浮気をしていたから、貴婦人達による目撃情報だってありますのよ! 必要なら、ここにヴァイス公爵夫人をお呼びするわ!!」

「ヴァイス公爵夫人……だと……!?」


 流石の夫も、権力には逆らえないらしい。

 そう、私はこの時のために、ちゃんと証拠を揃えていたのだ。

 まず、夫が用も言わず出かけて行った際……サラに尾行をさせて、日記をつけさせた。


 そして、イザベラ様は貴婦人とのお茶会でさりげなく情報を聞き出したところ、夫の浮気現場を目撃したという証言を手に入れてくれた。


「……だが、キャロラインはもう死んだ!」

「それがなんだというのですか!? 第一、私達は最初から、白い結婚だったじゃありませんか! そのことは、私の侍女であるサラがよく知っています!!」

「はい、しっかりと確認しております」


 サラが強く頷いた。

 夫の顔が、どんどん青くなっていく。


 そして最後に、私は床上の夫を見下ろしながら、一言静かにこう告げたのである。





「私はもう、二度とあなたを愛さない。だから、もう終わりにしましょう」

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