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四十二話 乱れる心

 

 *****


 昨晩の夫は、一体何だったの?


 急に別人になったみたいに、私の部屋に来て、私を……押し倒そうとするなんて。

 初夜であれだけ拒否してきたのは一体誰だと思っているのかしら?

 まぁ、二度目の人生では私も拒否した様なものだから、そこはお互い様ではあるのだけれど……。


 というか、どうして急に私を求めてきたのかしら?

 まさか、キャロラインさんが処刑されたから、その代わりの相手が欲しかったとか……。そうだとしたら、本当に最悪だわ。


 それにしても、私も少し……やってしまったな、と思う。キャロラインさんが処刑されて、私が殺される可能性が低くなったからって、「愛しておりません」なんて言うんじゃなかった。

 下手したら、逆上した夫に無理やり……なんてことも有り得たもの。


 諦めてくれて、本当に良かった。


 けれど、妙に心がざわつくのはなぜかしら。夫の心変わりに、心がついていかない。全く嬉しくもないし、むしろちょっと……怖いくらい。


 なぜ私が愛していないと言って、あんなに落ち込んだ様子になるのか理解ができない。あなたはキャロラインさんを愛していたのではなかったの?


 わからない、夫のことが……日に日に、わからなくなっていく。





 ____誰かに、相談したい。


 でも、「一度目の人生と違って、夫の様子が変なんです」なんて相談、イザベラ様たちには絶対にできない。頭がおかしくなったんだと思われてしまいそうだもの。


 じゃあ、誰に相談すればいいの?

 私の事情を知っていて、それで尚且つ、私の話を受け止めてくれる人なんて…………。



「…………あ!」









 ふと思いついた私がやってきたのは……王立図書館だった。

 でも、今日はいつもとは違う。サラもアントニーも連れずに、一人で馬車に乗ってきた。


 …………バレたら、きっと怒られるでしょうね。


 けれど今日は……どうしても、一人がよかったの。サラとアントニーは一緒にいると元気が出るけれど……なんだか今は、そんな気分にもなれなくて。


 そして私は、一人で図書館の扉を潜る。


 そして、いつもの定位置に向かった、その時だった。



 ____誰か、いる。


 長いコートに、フードを深く被った背の高い男性。

 私が王都で酔っ払いに立ち向かった時、助けてくれた格好と同じ。


 …………間違いない、この人は……。



「アレク様……ですよね?」


 私は震える声を誤魔化すように、ぎゅっと両手を握りしめた。

 けれどアレク様は、何も仰らずに私に背を向けてその場を去ろうとしてしまう。


「待って!!」


 私は思わず、アレク様を引き止める。こんなに必死な気持ちになったのは、二度目の人生で初めてかもしれない。


 でも、ここでアレク様が去ってしまうのを見逃してしまったら……。もう会えなくなる、そんな気がして。


 アレク様の足が、ぴたりと止まる。そして、背を向けたままフードを深く被り直した。


「……あなたが、尊い御方だということは……私にも、わかっております。けれど、どうしても……あなたの顔を見て、一度直接お礼を言わせていただきたいのです。私の死の真相を暴いてくださったこと、時を巻き戻してくださったこと、この本を書いてくださったこと、私を見守ってくださったこと…………その全てに、感謝しています」

「………………」

「だから、私はもっとあなたと____」

「……シャーリン、ごめん」

「…………え?」


 何に謝られたのかわからなくて、一瞬思考が停止した。でも、私今……拒絶、されたの?


 ショックで頭が働かなくなる。何も言えなくなってしまった私と、何も言わないアレク様の間で、沈黙が流れた。



 けれど、それから少し経った後。

 アレク様がゆっくりとこちらを振り返った。フードのせいで、顔はよく見えないけれど……。


「すみません、今はまだ、ダメなんです。あなたの気持ちは嬉しい。私もあなたと話したい。けれど……きっと今あなたの顔を見たら、この気持ちが抑えられなくなってしまう。だから、今はどうか、ご容赦ください」


 ……そう仰ったアレク様の頬は、微かに赤くなっている……ように見えた。フードの影のせいかもしれないけれど。


 そして、私の顔に血が集まっていくのがわかる。顔が熱い。きっと私、今真っ赤だわ。


「……そんなに可愛い顔をしないでください。本当に、抑えられなくなってしまう」

「ひ、ぇ…………」

「私はもう、行きます。ですが、約束します。その時がきたら、あなたを絶対に迎えに行く。私はいつでも、あなたの味方です」


 アレク様はそれだけ言うと、「…………それでは」と呟いてから、去ってしまった。


 私はもう、追いかけることすらできなかった。


 心臓がバクバクうるさくて、鳴り止まないの。こんな気持ち、知らない。


「この気持ちは、一体なんなの……」


 私はしばらくその場に蹲っていたけれど、ふと、今日の手紙を確認していないことに気が付いた。


 まだ顔が熱いけれど、そんなことは気にせずにゆっくりと本に手を伸ばす。


「……やっぱり、手紙だわ」


 そこには前回と同じく、王家の紋章で封をされた手紙が入っていた。

 封を開けて、便箋を取り出す。


 そして私は、上からゆっくりと、アレク様の文章を咀嚼した。



【親愛なるシャーリン


 お元気ですか。体は壊していませんか。

 ベルローズ男爵とキャロラインが処刑されましたね。

 これは、あなたの努力の賜物です。ただ……あなたは本当に、心配になることをする。

 新聞の記事を読みましたが、一人で男の屋敷に乗り込むなんて、危険すぎます。


 あなたは魅力的な人だから、皆があなたを狙っているはずです。私は心配で心配でたまりません。


 でも、何事もなくてよかった。ヴァイス公爵夫妻には、褒美を与えなければなりませんね。


 そして、シャーリン。よく頑張ったね。

 私は、あなたが誇らしい。一度目の人生でも二度目の人生でも、あなたは誇り高くて美しい。その美しさは、やっぱり変わっていないと思いました。


 早く私も、あなたを迎えに行きたい。きっと、もう少しです。


 私があなたに手を差し伸べたら、あなたはその手を取ってくださるでしょうか。


 愛しています、シャーリン。

 世界中の誰よりも。


 アレク】






「…………本当に、ずるい人」


 アレク様の文章は、いつも、私への愛に溢れていて……私はそれに触れる度、心臓が騒がしくなって仕方なくなる。

 この気持ちが、何なのかは私にはまだわからない。


 でも、これが恋であればいいと思う。恋ではないとしても、愛になればいいと思う。


「私も、早くあなたの手を取りたいです……」


 ぽつりと呟いた言葉は、静かな図書館の中で小さく響いて溶けていったのだった。

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