四十一話 別にあなたに愛されなくても
キャロラインが死んだ。
幼馴染で、かつては婚約者候補だったキャロラインが。私が、長年愛していた……いや、愛していたはずのキャロラインが、だ。
まぁ、彼女を死に追いやったのは自分なのであるが。
だが、こうしていざ人生の終わりを見届けると……人の命とは、なんて呆気ないものなんだと思う。
キャロラインにとって、人生の主役はきっとキャロラインだった。しかし、他の人生を生きる人間からしてみれば、所詮キャロラインは脇役でしかない。
それでも、気分の良いものではないが……不思議と、頭は軽やかだった。ずっと頭を支配していたものが、プツンとなくなったような……そんな感覚がある。
こんな時、目を瞑ると私の脳裏にはシャーリンの笑顔が浮かんでくる。
いつだって笑顔を絶やさず、社交の場ではさりげなく私をサポートしてくれる。私には、勿体ないほどの素晴らしい女性だ。
どうして私はあんな美しい女性を利用し、挙句の果てには殺してしまえばいい、なんて恐ろしいことを考えられたんだろう。
今となっては、シャーリンのいない人生など考えられない。
馬車が侯爵邸の前で速度を緩める。私はさっさと馬車を降りて、足早に侯爵邸に戻ろうとした。
するとなぜか、庭園の花壇にシャーリンがいるではないか。
庭師の男と楽しそうに話している。
シャーリンが他の男と二人で話しているのを見るのは舞踏会振りだが、全く気分の良いものではないな。
私は苛立ちを顔に出さないようにしながら、シャーリンに背後から近付く。
「なにをしているんだ?」
私がそう声をかけると、シャーリンはビクリと肩を震わせ、驚いたように振り向いて私の顔を見た。
それから、「花の手入れをしているのです」と答える。
「花の手入れ? そんなの、庭師に任せておけばいい」
「庭師ではなく、マーカスさんです。それに、私が花を触ってはいけない理由でもあるのですか? こんなに天気が良いのだから、花の世話にはもってこいの日でしょう」
「いや……まぁ、そう……だな」
……心做しか、シャーリンは少し……私への態度が、他の者に対する態度とは違う気がする。もちろん、「愛している」と言えば「愛していますわ」と返してくれるのだが、時々このように冷たい目をしたり、怯えているような瞳で私を見つめるのだ。
私には、その理由がわからなかった。確かに浮気はまぁ……していたが、シャーリンはそのことを知らないはずだ。
その証拠に、今日のキャロラインの処刑だって見にこなかった。
私は思いきって、シャーリンに声をかける。
「シャーリン。その……今夜、君の部屋に行ってもいいだろうか」
「……どういう風の吹き回しですか? もちろん、構いませんけれど……」
「! そうか!」
シャーリンの許可を得た私は、気分よく執務室へ戻った。
シャーリンだって、私に抱かれるのを待っているはずだ。今まではキャロラインがいたから何も出来なかったが、しがらみがなくなった今、私達の仲を邪魔するものはなにもない。
きっと今夜は最高の夜になる。そう信じていた。
「え? すみません、今日はちょっと……」
「……なんだと?」
だが、予想に反してシャーリンは、私がベッドに押し倒そうとするのを制止してきた。
初夜はあんなに抱かれたがっていたというのに、なぜだ?
「夫婦なら、こうして愛し合うのは自然なことだろう?」
「……結婚初夜、私に魅力を感じないと私を抱かなかったのはヴィクトル様ではありませんか」
「それは、君がそう解釈しただけだ! とにかく……いいだろう?」
私は再び、シャーリンをベッドの海に沈めようとする。しかし、シャーリンはそんな私の手を……払い除けた。
「……お帰りください。今更なんなのですか? 私は別に、あなたに愛されなくても構いません。それに……申し訳ありませんが、そういう気分になれないのです。もうお帰りになってください」
____私は、雷で全身を打たれたような……そんな衝撃を受けた。
シャーリンは、私を愛していないのか?
いや、そんなことはない。ないはずなんだ。でも、私からの愛は必要ないのか……?
何もかも、もう遅いのか?
「……私はもう、休みたいのです。お帰りください」
「…………わかった。最後に言いだろうか」
「なんでしょうか」
「…………私のことは、もう愛していないのか?」
恐る恐る訊ねると、シャーリンは目を瞑ってから、静かに言葉を発した。
「今の私は、もうあなたを愛しておりません」
その後の記憶はない。
ただ、気付いたら自室のソファで頭を抱えていた。
シャーリンに、拒絶をされた。
私のことを、もう愛していないと言った。
私のことを騙していたのか?
いつからだ?
それとも、他に男がいるのか?
……いや、関係ない。シャーリンが他の男に懸想していようと、シャーリンは私の妻だから。
だったら、何をしても……いいよな?
キャロラインを失った今、私には、シャーリンしかいないんだ。
だから、わかってくれるよな? シャーリン。




