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三十話 解放


 *****


「ペンダント? なぁにそれ知らない、見てないわよ~」

「そう……か……」


 昨日の夜、結局シャーリンと二人で外が真っ暗になるまで庭園を探し回ったが、結局ペンダントが見つかることはなかった。

 ならばキャロラインと会った時に落としたのかもしれない。そう考えて、キャロラインに会いに来たが……キャロラインも、どうやら見覚えがない様子だった。


 すぐさま帰って探しなおそうとするが、ふと昨日のシャーリンの様子を思い出す。

 もしかすると、キャロラインも探すことを手伝ってくれるかもしれない。そんな風に思って。


「実は……そのペンダントは、父の形見なんだ」


 するとキャロラインは一瞬目を丸くしてから、のんびりとした様子で口を開いた。


「そうだったの? それはなくして残念だったわねぇ。ところで、今日もそのつもりで来たんじゃないの?♡ 私、早くヴィクトルがほしいのだけれど」


 私はこの瞬間、衝撃を受けた。

 一つは、キャロラインなら探してくれるのではないかと期待していた自分に裏切られたこと。

 そしてもう一つは、なぜこんな女を好きなのかということだ。


 だって、シャーリンは事情も知らずに、自分が泥だらけになるのも顧みずに手伝ってくれた。未だに一度も妻を抱いたことがない、こんな夫に対して、だ。

 それなのに、キャロラインは今何と言った? 「残念だったわね」だと? 残念なんてものじゃない。親の形見だぞ。なのに、それよりも自分の欲を満たすことの方がよっぽど大事だというのか?



 何かが、すっと冷めていく音がする。

 だが、私はそれでもキャロラインを嫌いになることはできない。彼女は幼馴染だし、今こうして彼女が歪んでしまった原因を知っているから。


 でも、今日だけはどうしても、彼女を抱くことは考えられなかった。それよりも、頭に浮かんだのはシャーリンの顔だ。


 なぜか、無性に彼女に会いたい。それと同時に、ひどく罪悪感を覚えた。私は、彼女を拒んだのだ。夫として、最低だった。

 それに、今こうして結果的に愛人と会っている。なんて愚かな夫なのだろう。


 私は一体、何がしたかったんだ?


「ねぇ、ちょっと! 早くベッドにいきましょう、ね?」


 そういって上目遣いでこちらを見つめてくるキャロラインに、なんの感情も湧かなかった。いつもなら、この赤い瞳を見つめるだけで彼女に夢中になってしまうのに。今はもう、それすらどうでもいい。


「悪いが、今日はその気になれない」

「はぁ!? なに、不能になったわけ!?」


 ____不能、か。そういえば、初夜に彼女にも同じことを言われたな。


 駄目だ、なにをしていても、シャーリンのことを思い出してしまう。

 ……帰ろう、彼女が待つ侯爵邸に。


 後ろで喚くキャロラインを無視して、私は初めて今日、キャロラインを抱かずに馬車に乗り込んだのだった。






 侯爵邸に戻ると、そこにはなんと、またしても昨日と同じ格好で庭園に膝をついているシャーリンの姿があった。


「シャーリン? 何をしているんだ……?」


 私がそう訊ねると、彼女は少しむっとしたような表情で口を開いた。


「何って……あなたがペンダントをなくしたというから、探しているんですよ。あなたからは良い香りがしますけれどね。また香水でも見に行ったんですか?」

「え、いや……街で落とした可能性もあると思って、探しに行っただけだ」

「……なら、いいですが」

「シャーリン、君は……どうしてそんなに一生懸命、探してくれるんだ?」


 私は心底疑問に思って、彼女に問うてみた。すると彼女はさぞ当然とでもいった表情で、「夫を支えるのが妻の役目ですから」と答えた。



 私は、頭から水をぶっかけられたような気分だった。

 同時に、頭の中でバチン!と何かがはじけたような感覚を覚える。そして、あんなに愛していたキャロラインへの想いが一瞬にして泡になって弾けて消えた。


 私はなぜ、彼女を愛していたんだろう? まるで、洗脳から解放されたような気分だ。


「ほら、ぼさっとしてないで探してください! 私はベンチの辺りをもう一度見てきます」

「……あぁ」


 なぜか、無性に彼女から目が離せなくない。顔まで土まみれになっている彼女は、化粧で着飾っているキャロラインよりもよっぽど美しく見えた。


 一生懸命な顔が急にパっと明るくなる。


「ありました! 見つかりましたよ、ヴィクトル様!」


 そう叫びながら、彼女がペンダントを空高く掲げる。




 ____ストン、と胸が空くような気分だった。

 そして、それと同時に自覚する。


 私は、シャーリンに惹かれているのだと。


 そして、自分が今までしてきたことを思い出して、ひどく胸が痛んだ。彼女に対して初めて感じた、罪悪感という感情だった。


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