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二十九話 今更


その日の夜、いつも通り夕食を食べていた時のこと。


相変わらず小難しい顔をしてローストビーフを口に運んでいた夫が、突然ガタン!と音を立てて立ち上がった。


「……どうかなさったのですか?」

「いや……その、少し急用を……思い出して」

「こんな時間にですか? お仕事なら手伝いますが」

「仕事……ではないんだが」


妙に歯切れが悪い。が、顔色も同じくらい悪い。真っ青を通り越して、真っ白だ。

別に夫のことはちっとも好きではないけれど、流石にここまで具合が悪そうだと心配になる。


「顔色が悪いです。今日はもうおやすみになられてはいかがですか?」

「そ、そうだな……そうさせて、もらおう……」


私の言葉を聞いた夫は、ふらふらとダイニングルームを出て行った。あまりにも様子がおかしい……というか、最近の夫はいつも変だ。

一度目の人生では、絶対に笑顔を崩さずに「良き侯爵」「良き夫」を演じていたというのに……最近はどこかぼーっとしていることが増えた。書類仕事を手伝う時もあるけれど、ミスも多い。


別に、私を殺した男の心配をする義務なんてないとわかってはいるけれど……なんとなく放っておくのも気が引けて、私はこっそり夫の後を尾行した。


すると、夫は廊下を通り、ロビーをもスルーし……なんと、玄関扉を開けて外に出て行ってしまった。かと思えば、庭園をうろうろして……ベンチの下を覗き込んだりと、完全な不審者である。夫じゃなければ通報していたくらいには挙動不審だ。

だが、流石に私にだって、夫がなにをしているのかは察しがついた。


私はため息を吐いて、夫の背後まで歩いてから声をかけた。


「何を探されているんですか?」

「!? シャーリン、なぜここに……」

「なぜといわれましても、ここは私の家でもございますし……夫の様子がおかしかったので、気になるのは妻として普通のことではございませんか?」


私がそう淡々と告げると、夫は罰の悪そうな顔をして黙り込んだ。それから、仕方なさそうに白状する。


「ないんだ……その、ペンダントが」

「ペンダント? あぁ、そういえば……いつもつけていますよね」

「あぁ……。いつも肌身離さずつけているんだが、さっき首元からなくなっていることに気が付いて……。帰りの馬車に乗った時にはあったはずなんだが、今日は色々考え事がしたくて庭園を歩き回っていたから、この庭のどこかにはあるはずなんだ」

「……わかりました」


私は心の中でまた深くため息をつきながら、ドレスの裾を捲り上げて縛った。それから腕まくりをし、髪をまとめる。

使用人に探させればいいものを、そうしないということは何か知られたくない理由があるのか……それとも、万が一にでも盗まれることを心配しているのか。

なんにせよ、面倒な人ね。


「? なにをしているんだ?」

「何って……さっきまでの恰好じゃ、服も髪も邪魔になるでしょう? 私は庭園の半分から左を探すので、ヴィクトル様は右側を探してください」

「いや、そうではなく……そんなことをしたら、汚れるだろう」

「汚れたら、お風呂に入ればいいんですよ。事情はよくわかりませんけど、きっと大切なものなんでしょう」

「あぁ…………その…………」


夫が俯いた。それから、泣きそうな、笑っているような……なんとも言えない表情をしてから顔をあげて、小さく口を開いた。


「…………ありがとう」

「お礼は、見つかった後でいいです。ほら、暗くなる前に探しますよ」

「あぁ。……本当にありがとう」







夫はそれだけ言って、服が汚れるのも構わない様子で芝生の上を見つめだした。


____あの人があんな顔をするのを、私は初めて見たかもしれない。


ペンダントのことも、一度目の人生では何も聞いたことがなかった。私と夫は、本当に通じ合っていなかったのね……。


「はぁ……私も探すとしましょうか」


少しだけ、少しだけだけれど。

一度目の人生で、私ももっと夫に歩み寄っていれば……夫から優しくされるのを待たないで、今の人生みたいに積極的に行動していれば、違う未来があったのかしら?


……そんなこと考えても、無駄だとわかっているけれど。

でも、頭の片隅でほんの少しだけ、そんな風に思ってしまったのだった。


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